「へー、結構美味そうじゃん」
テーブルの上の料理を見て先輩、遠藤時原はそう呟いた。
僕が用意したのは白米にハンバーグ、豆腐のお味噌汁と特に凄いメニューでもないんだけど、大袈裟な人だ。
まあ逆に、不味そうと言われたら言われたでなんだこいつってなるんですけどね。
「ふふん。僕にかかれば、これくらい当然ですよ」
褒められて、自慢げにしてるように見せる。本当は嬉しくも誇らしくもない。そもそも、他人に褒められたってなんとも思わない。
けど僕はそう演じなければいけない。それが例え、僕を犯した相手だとしても。
「じゃあ僕はトイレに行って来ますから、先食べてて下さい」
「へいへい」
リビングを出て、僕はこの状況を作った本人に電話かけた。
少しの間もなく、その本人は嫌味ったらしく話し始める。
「電話してきたってことは、遠藤君を上手く騙したってことかな?」
「はい」
「へー、あの怒り狂った遠藤君を騙すなんて、秋山さんも中々やるじゃない」
「流石、彼氏のためなら誰でも犠牲にするって豪語したことだけはある」
「それはあなたが強制的に言わせたんじゃないですか、江沢先輩」
僕は電話の相手でありこの状況を作り出した本人、江沢拓海にそう言った。
「いやいや、強制的でも君が言ったことには変わらないし、君の罪が消えることは無い」
「それは……」
「言わされた、やらされた、そう言って君は許されると思うのかい? ?違うだろ?」
「残念ながら君の立場は誰からも信用されないし、誰も許してはくれないよ」
「……っ」
悔しけど、今の僕に江沢先輩の言葉を否定できる言葉はない。
全てが本当のことだし、嘘など付かれていない。
そうなるように仕組まれていたのだから、当たり前だ。
「何で、僕達なんですか」
「何がだい?」
「どうして、あなたはこんなことをするんですか?」
「僕達が何かしましたか?あなたの気に食わないことでもしたんですか?」
「んー、何も無いよ。僕は君たちに何も恨みはない。そもそも君達を知ったの最近だしね」
「ならなんで!」
「遊びさ」
「あそ、び?」
「そう遊び。僕は人の不幸を見るのが好きなんだ。特に自分からそうなるようにするのがね」
「どうすれば騙されるのか、どう脅せば応じるのか。そうやって自分に都合のいいシナリオを作る。実に楽しいよこの遊びは」
遊び?そんな事で僕達はこんな目に合わされているのか。
有りもしない噂を流され、したくもない相手とヤらされて。
……いや、僕も似たようなものか。遼君のためとはいえ先輩を騙して、傷つけてるんだ。騙されてたなんて言い訳にならない、結局僕は僕の意思で行動しているのだから。
「さぁて無駄話はここまでにしとこうか、そろそろ遠藤君も怪しんでそうだし」
「いつまで、続けるつもりですか」
「僕が飽きるまでかな。それがすぐかもしれないし、永遠かもしれない」
「でも仕方ないよね、僕に見つかっちゃった君たちが悪いんだ」
そう言って江沢先輩は電話を切った。最後の最後まで嫌味ったらしい言葉を残して。
「どうしよう……」
不安が、焦りが、僕の心を侵食していく。
僕はただ遼君と一緒にいたいだけなのに、何故こんなことになっているんだろう。
何故僕は好きでもない人とセックスしてるの?何故僕は遼君と一緒にいれないの?
いつになったら遼君と幸せになれるの?いつになったら遼君と愛し合えるの?いつになったらいつになったらいつになったら……。
「いつになったら僕は自由になれるの?」
「何言ってんだお前」
「ひっ……」
唐突に後ろから声をかけられ僕は小さく悲鳴をあげてしまった。
「ごっごめんなさい」
「いや、何で謝ってんだよ。俺は何言ってんだって聞いてるだけなんだが」
「うっうん、いやちょっと混乱しちゃってて」
なんとかして気を落ち着かせる。というか、いきなり後ろから声をかけられたら誰だってこうなるでしょ。
だけど、ここで先輩に怪しまれたら今までの事が全てむだになってしまう。それだけは避けたい。例え他人を騙すことになったとしても、それしか僕にできることはないのだ。
「んで、何であんなこと言ってたんだ?」
「別に深い意味なんてないよ、早く江沢先輩の嫌がらせから開放されたいなって思ってたら、つい口から溢れてただけ」
「へー、まあそりゃ言いたくもなるか」
至極当然だなと言う顔でそう答える先輩。この人は本当に、僕に怒っていたのだろうか?普通さっきみたいに嘘をつくな、とかなんかしら別の返答があってもいいはずなのに。
この短い時間に何かあったのかな?まあ僕が何を考えても先輩のことを全然知らないんだから、分かるわけないか。
「それより先輩こそどうしたんです?トイレに行きたくなったんですか?」
「いや最初はそうだったんだがよ」
「リビングから出てみたら、あらビックリ言葉を荒げ苦しむ一人の乙女がいたわけよ」
「それは、僕のことですか」
「もちろん。んで、お前を苦しめる奴なんて一人しかいないから電話相手が江沢だって思ったわけよ。違うか?」
「……」
「沈黙は肯定とみなすからな。そんでもってようやく分かったんだよ、お前が何故俺の家に残ってるのか」
「普通に考えれば犯した相手の家になんていたいはずがない、誰かに脅されない限りなぁ?」
「……っ」
「何が、俺が可哀想だから残っただよ。結局お前は江沢と一緒に俺を騙してただけじゃねぇか」
「ちっちがうよ!」
「何が違うんだ?まさか言わされたなんて言うわけねぇよな?そんな被害者みてぇなこと言える立場じゃねぇ事ぐらい、理解してるよなぁ?」
何も、言えない。先輩は被害者で僕は江沢先輩の共犯者、弁明の余地なんてあるはずない。
やりたくないことをやらされてるなんて、先輩からして見ればどうでもいいことなのだ。
「どうすればいいですか?」
「あ?」
「どうすれば先輩の気は済むんですか?」
ああ最悪だ僕は何て酷い人間なんだ。バレた途端にこんなこと言うなんて江沢先輩のこと、とやかく言えないな。
「そうだな……」
どんな事でも耐えよう、僕に出来る罪滅ぼしはこれくらいしかないんだから。
「じゃあ失礼します」
「えっ?」
そう言って先輩は僕の体を抱きしめてきた。
優しくいたわるように、ただひたすらに抱きしめてきた。
「なっなにしてるんですか!」
「何って抱きしめてんだよ」
「そうじゃなくて!」
「なんだ?まさか俺が怒りに任せて、またお前を犯すとでも思ってたのか?」
「だって!」
「確かにお前は俺を騙した、さっきも言った通り被害者みてぇなこと言える立場じゃねぇ」
「でもな、そんな事じゃお前が被害者じゃない事にはならねぇんだよ」
「あ……」
「言わされた、やらされた、確かにお前が言っても意味はねぇかもしれねぇ。でもよ、それを聞く人によってはちゃんと意味ある言葉になるんじゃないか?」
「俺はお前が誰のために、何をしてるのかを知ってる。だから俺からして見ればお前は立派な被害者なんだよ」
心が、何か温かいもので満たされていく。人を騙してきた僕を、その被害者である先輩が肯定してくれた。僕を被害者だと言ってくれた。
決して望んではいけない、でもずっと言って欲しかった言葉を僕は今言われたのだ。
「いやだったんです」
「おう」
「でもやらないと遼君がみんなから嫌われちゃうから」
「おう」
「だから、だから……」
「うっ、ぁぁぁぁあ!」
溢れ出る感情が抑えられず涙として流れていく。
そんな僕を先輩は、ずっと優しく抱きしめてくれていた。
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