あの日から三日ほどたっていた
三日もすれば限界に達し始めていく。
銃弾は既に無い/矢も数本しかない/クレイモアも刃毀れが激しかった。
後方には保護した一人の少女が待っている。彼女のためにも食料が必要だった。しかし、もう大体のところは探したためか、全然見つからない。
(何とかして避難場所に行くべきか)
住民のいなくなった空き家で、残り少ない矢の数を数えながら伶実は思考する。
ここで死ぬつもりなど、彼にはなかった。そんな安い命ではないのだから。
死ぬのだとしたら、もっと意味のある場所であるべきなのだと、伶実は思う。
妹の死が無価値となることは、許されない/許さない――価値を示すべきだ。
(それが妹に救われた俺の生きる意味なのだ)
廃墟から出るためにドアを開ける。
目の前に僅かな立ち木が生えていた。数本程の密集した木々が、等間隔に生えている。木々の回りには様々な花が咲いていた。
心が休まるはずの風景だったが、それもそこかしこから漂う、なにかが燃える臭いがすべてを台無しにしていた。
(だからこそ、ネウロイは殺す。すべて殺す)
毎朝見る炎の夢を思い出しながら、既に襤褸となっている服の裾を握りしめた。
その時、上から小さな爆発音が、伶実の耳に届く。
音が聞こえる上空を見上げると、きれいな白髪の少女が落ちてきていた。
「親方!空から女の子が!」
伶実の口から思わず飛び出た言葉は、墜ちてくる足にプロぺラが着いた機械を履いている少女に聴こえたようだ。小柄な女の子の視線が伶実を捕えた。
「何でこんなところに民間人が」
しかし彼女の声は伶実に届かず、空中へ消えていく。
「ってそんなこと言っている場合じゃないか」
呟くと共に、手に持った弓矢を背中に背負い直し、意識を中に向ける。すると、黒猫の尻尾と耳が生える。
扶桑語で書かれた小さな魔方陣が、伶実の両方の足元に現れた。魔方陣は本当に小さく、足から少しだけはみ出す程度の大きさだ。
魔方陣が回り始めると、ふわりと彼の体が浮いた。
人が走る程度の速度で浮遊していき、少女に近づいていく。
その光景が目に映った少女の表情は、驚愕を露にしている。
「な、なんで男の子が魔法を使えるの」
「いや、何でと言われてもな」
いつの間にか、白い髪の少女の前に伶実は立っている。
近くに立つと、狐耳が彼女の頭から生えているのが解った。
ウィッチ/彼の妹と同じ存在。ネウロイに対し大幅なアドバンテージを持てる存在だ。
伶実と同じ存在である。
ウィッチの少女には、彼と違い狐耳の尻尾と耳が生えている。
そんな彼女の体をうまく捕まえた。
「大丈夫かな」
「え、ええ、ありがとう」
(この格好は少し恥ずかしいわね)
少女の顔は少しだけ赤くなっている。
何せ伶実は、彼女をお姫様だっこの形で持ち上げていた。脚が機械で覆われているし、背中には鉄のカバンみたいなものがある。そのため、彼はかなり不格好な抱き方をしていた。
「話は互いにあるが、先に降りてからにしよう」
「ええ」
彼の提案に、近くで見ると灰色がかった白い髪の少女は頷く。
地面へ降りていく間に、伶実は彼女をこっそり眺めていく。
髪をオデコで分けた柔らかなベビーフェイス/顔全体の雰囲気は大人っぽさを感じる――彼女の目元から感じる穏やかさがそうさせるのだろう。
体つきはすらりとして降り、カールスラントの軍事服は胸のところを少しだけ押し上げていた。
観察している間に、地面へ到着。
少女の脚からプロペラが着いた機械が取れた。狐耳と尻尾が消える。
そのまま優しく彼女を下ろした。
「ありがとう、助かったわ」
軽く頭を下げる少女。地面に下ろすと彼女と伶実の身長差がよくわかる。
カールスラントの血も混じっている所為で、伶実の身長はかなり高い。既に170cmは超えていた。軍服を着た少女は、彼の胸元程度の大きさしかなかった。
「いや、いいよ。俺はレミ・アカマツ。君は?」
「エディータ・ロスマン軍曹よ。私貴方に」
ロスマンと名乗った彼女の話=伶実の背筋に寒気が走った。
瞬間、背中の弓矢を構えて後ろを向いた。
破壊音/前方にある家の壁を壊れる/虎の形をしたネウロイが現れた。
幻覚/炎がちらつく。幻影/両親が燃える。幻/妹までも。
元凶のネウロイ目掛けて矢を放つ。
放たれた矢がネウロイに命中/光の粒子となって散る。
しかし、破壊された家の中からネウロイが二体ほど現れる。
「ネウロイ! 下がって、私がなんとか」
「いや、引くのは君の方だ」
前に出ようとするロスマンを押し退けた=伶実が前に出る。
「ユニットが無いと、ネウロイと戦えないだろう。君たちウィッチは」
彼の言葉に、ロスマンは奥歯を噛み締めた。
魔力を供給することで、身体能力の向上やシールドの発生を補助する機械/ストライカーユニット。先程、ロスマンの脚から外された機械こそが、航空用ストライカーユニットなのであった。
つまり彼女は今は只の女の子に他ならない。
ましてや、丸腰である。
戦えないことは彼女自身がよくわかっていた。
「そっちの方に、隠れてくれ」
隣の家を指差す。
ロスマンの言葉を待つ事無く、伶実はネウロイに向かって駆けていく。
虎型のネウロイも伶実に顔を向けて口を開く/銃口が隠れていた。
伶実に向かって、単発のレーザーが掃射される。
当たる前に、彼は足元に扶桑式の魔方陣を映して空をすべるように浮遊していく。
レーザーは伶実が立っていた地面に着弾/土を焼け焦がすのみ。
焦げ臭さが、炎の幻影をちらつかせる。
空中を滑り、ネウロイに急襲を仕掛けた。弓の下にあるクレイモアを引き抜き、両手で一体のネウロイに対して叩きつける。
青い光を伴って振るわれたクレイモアは、ネウロイの頭を叩き潰した=光の粒子となって消えていく。
もう一体のネウロイが口を開けた頭を、地面に降り立った伶実に向けた。口の中にある砲台から、赤いレーザーが発射される。
片手をクレイモアから放し、手をネウロイの砲台へ向ける=掌から小さな魔方陣が発生=レーザーを受け止めた。
レーザーが小さなシールドを起点に解れる/一本のレーザーが、彼の肌を焼く。
肉が焼かれる激痛を無視/伶実の体全体が青く光りだす。
足に魔方陣を作り出し、上空に避難。斜め右下にいるネウロイに向けて、両手持にしたクレイモアを振りぬこうとした。
だが後方の左上から鳥タイプのネウロイが、伶実に向かって突貫。彼はそれに気づいていなかった。
その時、
クレイモアを持った右腕を抉りながら、鳥型ネウロイは彼を通り過ぎる/虎型ネウロイに当たる。
鳥タイプのネウロイが爆発して、虎型タイプの物と運命を共にした。
伶実は爆発に体を浚われ、後方にある家の壁に体を叩きつけられる。
腕と背中に意識を向ける=青い光が集中していく。
治しながらも走る痛みを無視して立ち上がる。
彼の視界にもうネウロイは一体もいなかった。
ため息を一度吐くと、ロスマンがいる家に向かって体を向ける。
家の前に彼女は立っていた/伶実に向かって走り出している。
足を素早く動かしているため、軍服のジャケットがはためいていた。黒いズボンが、視線にちらちらと映る。
その間に傷は治癒していく。
ロスマンが傍に立つ頃になると、傷口はほぼ治っていた。ただ擦れた傷のように、血がにじみだす程度の負傷が残っている。
その傷跡をロスマンは、穴が開くほど注目していた。
熱に浮かされたような瞳=赤く上気する顔。
「消毒しないと」
一言だけ呟くと、伶実の手を取る。彼は、そんなロスマンの動作を見守っていた。
まるで、彼女の行動程度は慣れているかのようだ。
顔を興奮で赤らめながら、傷口へ口元を近づかせる。
恋人にキスをするかのように、伶実の傷へ口づけした=口内で愛撫するように舌を這わせる。
彼女の火傷しそうなほど熱い舌が、伶実に甘美な痛みを感じさせてくる。
「ん――っふ。れろ」
鉄分を含む血の匂いが、ロスマンの口内に充満する。赤い液体が舌を這い喉に染みていく。それと共に、じわりと溶け込んでいく温かさがあった。
ぞくりとした快楽が彼女の背筋に走る。
(もっと――)
まるで麻薬のようだ。ロスマンの舌が止まらなくなってくる。しかし、
「もう傷は治っているから血は出ない」
冷水を浴びせるかのように、伶実の声が彼女に降りかかった。
ロスマンは、熱く高鳴る心臓に氷が注ぎ込まれたかのように驚愕/彼の腕から反射的に身を放した。
「わ、私は一体」
「落ち着いてくれ」
声がひっくり返るロスマンに、掌を向けて優しく声を向けた。
「どうやらかなり魔力が減っているようだ。さっきみたいになっても仕方ない」
「え? それはどうゆう」
伶実の言葉を追求しようとするが、そんな暇はなさそうだった。
彼は、ロスマンと目を合わせて口を開く。
「移動しながら説明する。ここで留まるのは危険だからな」
伶実の説明に、彼女は少し躊躇してから頷いた。ロスマンも戦闘後の場所に長居する気はなかったようだ。
彼女が後から着いてくるのを確かめながら、伶実は過去を思い出していく。
(俺の体が特別なのを知ったのはあの時だったか)
さらなる過去へ思考が遡っていく。
伶実は自身が魔力を持っているのを昔から知っていた。
しかし、それを表に出すことはなかった。
魔力を持っているのは女性だけのはずだったからだ。
特別なことは決して幸せではない。彼はそれをよく知っていた。
その為誰にも話すことはなかった。
だがある時、それだけはないことを知る。
切っ掛けは些細なことだった。