幻覚/炎が燃え盛る。幻影/あったばかりのロスマンすら。幻/陽炎のように。
炎の先の過去へ落ちていく。
ある日の学校での事だった。そこの図書室で伶実は本の整理をしていた。
その後ろで茶髪がかった女の子/髪は肩程まで伸びている/穏やかそうな柔和な少女――竹井醇子が背筋を伸ばして慎ましやかに座っている。
「すまない。醇子君。妹ももうすぐ来る。これももうすぐ終わるから少し待っていてくれ」
「はい、伶実さん」
醇子と呼ばれたお淑やかな少女は、伶実に向かって頷く。
彼と彼女は妹の縁で知り合い、よく遊ぶ友人となっていた。
怜美は本の整理をしながらも、品よく待つ醇子の方へ意識を向ける。
「いつも妹に付き合ってもらって悪い」
「そんな事ないです」
怜美の言葉に対して、彼女は首を横に振っていた。
「私の方が面倒を見てもらっているくらいですから」
「いや、あれはあいつが君を振り回している感じだと思うな」
彼は一冊の本を手に持ち、首と体を回して醇子の方へ視線を移す。
「実際、何回か困ったことはあるだろう?」
「……多少は」
怜美の質問に対して、彼女は後ろめたそうに頬を掻きながら答えた。
その様子が面白かったのだろう。彼は喉を鳴らして小さく笑っていた。
「今度から俺も気にかけておこう」
そのまま棚の方へ体を向けなおす。背後に居る醇子は、気恥ずかしそうに体を竦ませていた。
最後の本を手に取り、隙間へと入れ終わる。その場所から手を出すとき、怜美は紙の先で指を擦ってしまった。
「いたっ」
指の先を切ってしまったようだ。
「大丈夫ですか?」
異変に気づいたのだろう。
醇子が椅子から立ち上がる/怜美に近づく。
彼の指先から血がにじみ出していた。
「ああ。これくらいすぐ直るよ」
怜美は何でもなさそうに、他の指で血をぬぐう。その様子を彼女は、じっと見ていた。
結構深かったようで、また血がしみ出る。
(後でバンソウコウでも貼っておくか)
彼は、また指で血を取ろうした。その腕を醇子が掴む。
「醇子君?」
「消毒しないといけませんから」
腕を引っ張る彼女の様子を、伶実の視線がとらえた。
醇子の頬は赤くなり、息が少々荒れている。とろんとした瞳から、傷口に向けて熱を持った視線を放っていた。
伶実は、肌が震え立ちそうな色気を彼女から感じる。
まるで蕾だった花が、開いたら真っ赤な桜だったかのような……そんな幼さと共にある女の艶だ。
醇子は血がにじむ指先を、そのまま口に含む。彼女の口内は、心地よさを持った熱さに満ちていた。
傷口を溶かすかのように舌が這う。
白いか細い喉が動くたびに、彼女は身体をかすかに震えさせていた。
伶実は背中を走る甘美な痺れを意図的に無視。醇子に声をかけた。
「もう大丈夫だと思うが」
「ふぇ」
熱に浮かされた瞳が彼を捉えた=彼女は弾かれたかのように体を放す。
「え、あ……そのっ! あのっ!」
醇子は真っ赤な林檎のように顔を赤くして、何事かを話そうとしていた。しかし言葉にならずただ戸惑うばかりであった。
そんな彼女の様子を伶実は楽しんで鑑賞していた。
(あの後は妹に異変をごまかすのが大変だったな)
この時彼は自分の固有魔法を知った。言うなれば過剰魔力。体内の魔力容量が異常なほど多く、中で循環しているのだ。
これにより、本来ならば物を動かしたりする程度の基礎的な事が、自身の体を浮遊させたりする効果にまで上昇する。
念道系の魔法ならば、ほぼ使えると思って構わない。
体の中で循環している為だろう。自身の体に関することでしか及ばないのが欠点だった。
副次的な効果として、巨大な魔力を抑えるため/大量の魔力が体液に溶け込んでいる。
過去から過去へ思考が移動する。戦場の時に舞い戻っていく。
後方にいるロスマンに己の能力を説明しながら、伶実は思い出に浸っていた。
説明が終わる/彼女は伶実の傍により、伶実に話しかける。
「ねえ。何処に向かっているの?」
ロスマンが、彼の斜め後ろにまで近づいていた。
「比較的安全な拠点に向かっているんだ。其処に食料を隠してある」
彼女の方に顔を向けて話していく。
「これからの事を一度話し合った方がいいだろう?」
彼は口を動しつつ、所々にある瓦礫を避けて歩む。
家が焼きつくされた燃えカスの匂いが、周囲に漂っている
道路には破壊跡がある場所もあり歩きづらい。
それらを意図的に無視して数分も足を動かしていった。二人は大きな施設の前に立っている。
ドアを開けて中へ入っていく。
その時ロスマンの目にある箇所が映る。
鍵の部分に壊された箇所があった。
先導する伶実に向けて、口を動かす。
「ここに無理矢理入ったでしょ」
「非常時だから。仕方ないから」
彼は言葉を紡ぎつつも、ロスマンに視線を向けることはなかった。
冷や汗を流しながら、言葉を続けた。
「一人保護した少女が居てね。ここが一番安全だったんだ」
言い訳のようだが、確固たる事実である。
普通の家ではいつ壁を破壊してネウロイが侵入してくるかわかった物じゃなかった。
地下室ならば見つかりがたいだろうと言う判断だ。
ロスマンも納得したのだろう。一度頷くと黙って着いていく。
途中扉を開けて、下へ続く階段を降りていく。それほど深くない。前方から明かりが漏れていた。地下室に到着する。
前にある扉が開き、焦げ茶色の髪の少女が出迎えた。
髪が背中まで犬の尻尾みたいに流れている長さ/気の強そうな釣り目/黄色い瞳/横が垂れた耳のような髪型をした少女――うっすらと微笑みながら近づく。
その笑みは、伶実の背後に控えていたロスマンの姿を発見した瞬間に消える。
「お帰り。戦果はどうだった」
「ただいま、アンジェラ。彼女だけだ」
後ろにいるロスマンを指差して答えた。
アンジェラと呼ばれた少女が、軍服を着た彼女を目に写す。
「カールスラント空軍の方ですか」
ロスマンに向けて、彼女は姿勢よく頭を下げた。
「アンジェラ・サラス・ララーバルです」
「エディータ・ロスマンよ」
二人とも握手を交わす。
アンジェラは手を離し、伶実に顔を向ける
「食料は?」
伶実は苦虫を噛み潰したかのような表情で、首を横に降り、「これ以上こっそり探すのは無理だ。ネウロイの数が増えだしている」瓦礫とかしていく家々を思い出しながら答えた。
ネウロイは金属を吸収して、増えていくものだ。壊した家の金属を搾取しているのだろう。
今いる場所も時期に危ないと言う言外の意味が届いたのだろう。
アンジェラは一度首を縦に降ると、
「言われた通り、準備はできている」
と報告した。
アンジェラの言葉を聞いた、伶実は頭を下げて礼を述べた。
「助かるよ。ありがとう」
「言われた通りやっただけだ」
彼からの感謝を受け取ったアンジェラは、目線を横にはずして答えた。
話題から外されていたロスマン=色々と聞きたそうに伶実を半目になって見詰めていた。
その視線を意図的にスルーしつつ、伶実は地下室の部屋へ入っていくのだった。