ガランド達カールスラント軍に、伶実達は避難場所まで案内されていく。
その間に二つの問題が起きていた。
伶実は空に浮かんでいたが、飛ぶスピードはかなり遅い。そのために従軍記者=カールスラント宣伝課―――牽引していた。周りをガランドとボニンが護衛。
もう一つは避難する所まであと少しのところで、伶実が、「魔力が切れそう」と言う事情/嘘―――進言した。
「もう少し何とかならないかな?」
ガランドが少し困ったような顔つきで言い漏らす。その間にも少しずつ伶実の高度が、落ちている。従軍記者のウィッチをそれに合わせて高度を落とす。
「こればっかりはな。何とか、持たせるが」顎で場所を指す。「あのあたりからかなり高度が落ちる」
そこは避難区域側/広い広場/人が多い―――必ず人目に映る場所。
彼の示した先を見て、残念そうにため息をついたガランドは、ボニン少尉に視線を送る。ボニンが伶実達から距離を取り、どこかへ報告。直ぐに戻ってきて、ガランドの耳元で内緒話をした。
カールスラント軍からの指示を受けたガランド中尉が、伶実達の方へ振り替える。
「解った。しかしあの辺りから住宅が多くなる。気を付けて飛行してくれ」
前に向き直り先導を続けていく。
高度を少しづつ落としながらも、彼等は飛び続けていく。
伶実が示した広場まで行くと、一軒家の屋根当たりまで飛行する高さが落ちていた。その為、伶実がロスマンとアンジェラを支えながら浮いているのが、野次馬から見えた。
つまり、男が魔力で空を飛んでいるのが多数の人の目に映る事となった。中には写真を撮っている者までいる始末。
(任務失敗か)
後の上官からの叱責に頭を悩ませながら、ガランドは伶実達をカールスラント義勇軍の駐屯地まで送っていった。
伶実は下方にいる人達が自身を指差し騒めいているのに感付く。
(メンゲレは勘弁願いたいからな)
今のところは彼自身の思惑通りに進んでいた。
カールスラント義勇軍=コンドル軍団=ヒスパニアからネウロイを追い出す為の派遣部隊―――駐屯地に着く。
ここで伶実はアンジェラと別れることになった。ヒスパニア国籍の民間人が、カールスラント軍の駐屯地に留まるのは良くないようだった。
彼女は伶実に上目遣いで質問/目には薄い涙。
「また会えるか?」
アンジェラの懇願のような質問に、彼はうなずく。
「君が空を飛ぶのだったら、必ず」
伶実の答えに、彼女は「必ず」と言って去っていった。
アンジェラと別れた伶実は、ある部屋に案内される。
「悪いが、色々事情を聴きたいのでね。此処に滞在してもらいたい」
「解った」
ガランドのお願い=命令―――伶実は素直に頷き、個室に入る。
「ではまた今度」
ガランドやロスマン、ボニンは部屋から去っていく。
周りを見渡すとベットに簡素な椅子に机/幾つかの本。
机の上にある本は、魔女に関する物のようだった。
本を手に取り、近くのベットに腰掛けて読みだす伶実。
その間にも緩やかに時間が流れていく。
「へぇ、ドイツにはまだ古い魔女の生き残りが居るのか」
本の内容は、伶実とって為になる事が書かれていたようだ。一冊の本を閉じ、次に手を出す。
その時、部屋のドアが開いた。伶実が開く扉に視線を送る。ロスマンが二つ程の白いトレイを持って入ってきた。
「昼食よ」
「ありがとう」
伶実は彼女が運んだ昼食を、礼を言って受けとる。
トレイには茹でたジャガイモにソーセージ、パンが乗っていた。
彼の隣にロスマンが座る。付属のスプーンとフォークで、食事に取りかかる。ついでロスマンにも「監視役かな?」と楽しそうな口調で話しかけた。
「そんなところかしら」
彼女はすましたように、食事を続けていく。
「実際のところ、俺はどんな扱いになる?」
「このままカールスラントに移送。とはいかないみたいね」
伶実の質問に答えると、黙って食事を続けていく。
ロスマンはそれ以上の事を言う気はないようだ。
彼女は軍人である。機密に接触する事や作戦行動のことを軽々しく話すわけにもいかなかった。
伶実もそれ以上は聞かずに、しっかりと焼き色のついたソーセージにフォークを刺して噛みつく。肉汁が破裂したかのように、口のなかに広がる。噛み締める度に、濃厚な肉の味が舌を直撃する。
「本場のソーセージはやはり違う」
「そうなの?」
「扶桑でもここまで味が濃厚なものは食べたことない」
「そう」
彼の感想に、ロスマンが嬉しそうな声色で答えた。
「しかし、ドイツの昼食は結構がっつりだ」
「扶桑では違うの?」
意味のない会話をしながら、二人は食事を続けていく。
「どっちかと言えば、魚介中心なんだ」
「名だたる海洋国家だものね」
二人とも食べ終わる。
しかし、伶実が腹を押さえて申し訳なさそうに申し出る。
「悪いが今度はもっと持ってきてくれないか?正直全然足りないんだ」
「そうなの?」
ロスマンの問いに彼は深く頷く。
「最低でもこの量の三倍くらいは頼む」
「そんなに!?」
彼女は驚きを露に、口を大きく開けた。しかし昨日の夜のことを思い出す。
「でも昨日は同じくらいの量だったと思うのだけど?」
「あの時は、まだ避難できるかどうか解らなかった。だから、我慢してたんだ」
自分達のために空腹に耐えたのだ、とロスマンは悟り、胸に微かな暖かさを感じてしまう。
彼女は頬に手を当て、大きなため息を吐く。
「解った。ガランド中尉に連絡しておくわ」
「頼む」
伶実は軽く頭を下げる。それに対して、ロスマンが気にしないでと言うように、手を横に降った。そのまま空のトレイを片付けていく。
ロスマンが伶実のトレイを持ち上げた。その時、「今日は良いのかな?」と笑みを浮かべながら囁く。
彼の言葉の意味を理解した背の低い女が、顔を赤らめる。引っ叩こうにも、両手がトレイで埋まっていた。
ロスマンは何も言わずに、ドアに向かう。開けて、部屋から出ようとする。
「鍵はいつでも開けておく」
背中に伶実の声が届く。彼の言葉に返すことなく、扉は大きな音を立てて閉じられる。
その様子を見て伶実は、くつくつと笑みを浮かべていた。
その後、笑うのを辞めて他の本を読みだす。
部屋の中はシーンとして、ただ彼の本の紙を擦る音だけが響く。
その間も時間は流水のように流れていく。
扉を叩く音がした。
本から視線を外し、扉へ向けた。
「どうぞ」
「失礼する」
扉を開けて入ってくる少女。
白いの短髪/軍用ブーツに帽子/だらしなく開かれたトレンチコート―――フーベルタ・フォン・ボニン少尉だ。手にはチェス一式があった。
「やあ。初の男のウィッチ。一局どうかな」
「ああ、喜んで」
伶実は彼女の誘いに乗った。簡素な机を挟んで、チェスで遊びだす。
駒を動かす手が互い互いに変わりゆく。
中盤頃になると、盤の上にある駒も少なくなっていた。
攻めているのは、伶実の様だ。だが、どちらかが有利というわけではない。
「東洋人なのに、チェスをよく知っているな」
「誘っておいていうことか?」
ボニンの言葉に、伶実は笑って返した。
「それもそうか」
彼女も笑みを浮かべる。
「父が、君たちと同じカールスラント人でな。良く教えてもらったんだ」
「なるほど」
会話を進めながらも、チェスの場面は進んでいく。
伶実の手はかなり攻撃的な進め方だった。炎のように攻めて立てるが、完全に防がれれば、
「チェックメイト。私の勝ちだな」
一気に形勢逆転で敗北する手だった。
「負けか。もう一回するか?」
「いや、この後用事がある。また今度にしよう」
チェス盤を片付けていく。
「再戦のチャンスに期待させてもらう」
伶実の台詞に、ボニンは笑って返事をする。
「無論だとも、結構楽しかったからな」
そのまま部屋から去っていった。
扉の向こう側で彼女は独り言を吐露する。
「本当に、火のような男だ。火傷しないように気を付けねば」
先のチェスの対局中にあった、視線をつい思い出す。攻め立ててくるときに、見つめてしまったのだ。
飲み込まれるような黒い瞳。その奥底にあった、全てを燃やすような、燃えたぎる闘志/雄の欲望/熱い視線。
ずくんとした刺激が女の下腹に走る。
「本当に気を付けよう」
彼女の口からこぼれた言葉は誰にも聞かれる事無く消えるのだった。
中々エロまで進まないのは使用だと思ってください。