次の日。伶実は背の低い白髪の女に連れられて格納庫に向かっていた。
ロスマンはほんのり紅潮した顔を、見られないように先を進んでいる。
中々目を合わせない彼女の姿に、流石の伶実も首を傾げながらしゃべり始めていく。
「朝食後、直ぐに来てくれなんてな。ドイツに食休みという言葉のはないのか」
「しょうがないでしょ。将官が来られているのだから」
小さな声で、伶実とロスマンは進む足を止めずに、口を動かしていた。
「珍獣の俺に会い来たのか」
「珍獣というより、未確認生物ね」
UMA扱いされてさすがに心外だったのか、彼口をへの字に曲げた。
「ネス湖の怪獣になった覚えはないんだが?」
「見つかっていなかった、と言う点では、似たようなものでしょう」
ロスマンに軽く笑われながら言われ、伶実は納得したようにうなずいた。
二人が会話している間に、目的地へたどり着いたようだ。
軍服の少女の表情が固くなり、口元をまっすぐ伸ばした。
一声かけて男と女が、格納庫へ入っていく。
中には、背負い式のストライカーユニットと発進の為の補助機械。
その隣にガランド中尉と銃を構えた護衛二人。
彼らの後ろに丸い顔/ガッシリとした肩/筋肉ではち切れそうな軍服/胸元の階級章には一つのダイヤマーク――少将だ。
彼に向かってロスマンが歩き出し、伶実もそれに続く。近くまで行くと、背の低い彼女は、少将を見上げるように敬礼。後ろに続いていた彼も軽く頭を下げた。
観察するように伶実を見回す/にこりと笑みを浮かべた。
「初めまして、初発見の
帽子を軽く上げて、儀礼的な挨拶を放った。
「どうも、始めまして。レミ・アカマツです。本日はよろしくお願いします」
伶実は返礼に深い会釈を交える。
伶実の頭にある確信がよぎった。この男が今後のカールスラントでの伶実の扱いを決定付ける人間。すなわち交渉人だろうと言うこと。
そしてもう、一つカールスラントの彼に対する本気度。
(第一次ネウロイ大戦の英雄を送り出してきたか)
フーゴ・シュペレ。初の魔女分隊の指揮官/乗り込み式の航空兵器ストライカー/凄まじい戦果――大戦終結時には、ウィッチ隊第七軍の総監にまで上り詰めた男である。
此だけでカールスラントの彼に対する本腰の入れようが解るというものであった。
「早速で悪いが、飛ぶ処を見せてくれないかね?」
にこにこと人の好さそうな笑みを浮かべながら、立てかけられたユニット群を指差している。
指の示す方へと、伶実が歩く。ロスマンも彼に続いた。
背負うものを背負い、ストライカーユニットを履く。
頭と尻に妙な感触=山猫の耳と尻尾が出現。
同じようにユニットを履いたロスマンには、狐の耳と尻尾が生えた。
伶実達の前方にある扉が開く。太陽の光が格納庫に侵入。
二人ともユニットに魔力を送る/エンジンが唸る/プロペラが回った――空中に浮いて外へ進んでいく。
その様子を少将は、ただじっと見つめていた。
格納庫を出ると暖かな日差しが伶実を迎えた。顔を上げれば、綺麗な青空が目にうつる。
どこまでも続く青い空。伶実の体全体が疼く。
我慢など出来るはずもなかった。
「先に行く」
「えっ、ちょっと待ちなさ」
ロスマンからの制止の声を無視。自身の固有魔法を使い伶実は、助走距離を省みる事無く垂直に上昇。
一気に高度10,000Mまで上る。
綿あめみたいな雲に手が届く。彼方には世界の端にしか見えない地平線。身体を貫いていく風。
(誰にも遮られない俺だけの世界の様だ)
傲慢な考えが伶実の思考に浮かぶ。熱で沸いた頭に冷水を掛けるかのように、彼の耳に女の声が斜め下の方から突き刺さる。
「こらっ! 急に飛ばないの!」
ロスマンが同じように急上昇して、
それを見て、彼はにたりと悪い笑みを浮かべる。
「ついてこれるかな?」
伶実は、空中で縦に半回転。頭を下に向けて、急降下した。瞬間、男と女がすれ違う。ロスマンの目をまん丸に見開いた表情が、彼の目に移る。
伶実が下の方向を見れば、格納庫から飛び出してきた少将とガラント中尉の姿が見えた。
二人とも降ってくる男の姿に驚いている。伶実はぶつかる前に姿勢制御。斜め上の方へ飛んでいく。
その後また垂直に∞を書く様な軌道を描く。
無論彼が自由自在に飛んでいるのには理由がある。
伶実の固有魔法は、念道系の物は代替できるのは前に書いた。それを使い、姿勢制御や方向転換を自在に行っているのだ。
ローリング/ヨーイング/バレルロール――様々な空中動作マニューバを行っていた。
彼はかなりテンションが上がっているようだった。
そんな
凄まじい軌道制御であることは言うまでもない。飛び続ける彼の速度にうまく合わせて、服を掴んだのである。
これにはたまらず伶実も動作を止めて静止ホバリング。明らかに怒っている様子のロスマンに対し、しっかりと頭を下げた。
「すまない。ついテンションが上がって」
「初めてなのに、これだけ動けることはすごいことよ。でもね。ちゃんと随伴である私の話も聞きなさい」
悪い子供に反省させるような口ぶりで、頭を下げたままの彼に言い聞かせていく。
その様子を見たガランドはため息を吐く/少将はまるで面白いものを見たかのような笑み――何やら思いついたようであった。
その数時間後。お昼を過ぎた時間帯。伶実はロスマンに少将やガラントと立っていた。
軍の駐屯地/カールスラント義勇軍の軍服/ロスマンは護衛のように後ろ/周りにはマスコミ/フラッシュの嵐――写真撮影会場。
主に英語でマスコミ達から何かを言われているが、受け答えするのは少将やガラント中尉だ。伶実は時々頷いているだけだった。
一応彼にも、マスコミ達が何と言っているのかは、解っている。
何故カールスラントに/扶桑人なのか/本当に魔力を持っているのか/何故軍で戦うつもりなのか――マスコミの質問。
父がカールスラント人/伶実が頷く/少将が、彼は持っていると説明/親や妹が死に、義憤に駆られて――少将や伶実の対応。
何故伶実が素直にカールスラントに協力しているのか?
答えは簡単/彼は少将と交渉――直前までかかっていた。
交渉内容は簡単に記載。
カールスラントに協力する。ただし、自身を前線に出す事。
実験にも協力する。ただし乱暴や人体を弄るまではしない事。
性も提供する。ただしカールスラントにいる最後の魔女に合わせる事。
最後。あくまでも義勇軍の立場であり、扶桑には帰らせること。
最後は難航しそうだったが、扶桑と事を構えたくない上層部の鶴の一声で解決した。
実は扶桑本国から問い合わせが来ていたのだ。事実確認という名の保留の回答は、明日まで。その前に既成事実を作りたいのが、上層部の本音なのである。
カールスラントからは、最後を飲む代わりに、ロスマン軍曹やガラントを身の回りに置く事。
上官としてガランド中尉に従う事、とされた。
(取りあえず、この戦中に扶桑に強制送還はないだろう)
笑顔を浮かべながらも、伶実は自身の思惑通りに動いてたことに喜んでいた。
彼自身の目的のためには、前線で戦い続けるのが一番早いのだ。すぐさま扶桑に帰る気など更々ないのである。
(しかし、今後どうなるか。戦の間も色々起きそうだ)
今後の事を考えつつも、伶実はマスコミに笑顔を浮かべて対応するのであった。
無論、カールスラント以外も動いていた。派遣部隊のいない扶桑は一歩遅れたが。ネウロイと戦争中のヒスパニア/ブリタニア/ロマーニャ――全て水面下で暗闘を繰り広げている。
ただ思惑は一致している。
(どうにかして、あの
と、いうものである。
カールスラントも、自国の利益の為に独占しようとしているが、中々上手くいくはずもない。
どこも世界初の
ヒスパニア戦役中/ネウロイの目の前――一人の男の為に、人類連合軍が崩壊するわけにはいかないのである。
ある意味で伶実がネウロイの最大の味方になろうとしていた。
そんな中ある面白い話が上がる。
世界各国のエースウィッチを統合して一つの軍隊にしようとするものである。
普通なら与太話として消えるものだった。
どこもエースウィッチは手放したくない/作るなら自国にしたい――各国のエゴがぶつかり合い纏まらない計画だからだ。
しかし、この特異な状況。
一人だけも良いから、自国のウィザードを近くに置きたい。
あわよくば……。
どこもそう考えたのであった。
ここから展開はわりと巻いていきます。
交渉シーンは書けない/面白くないのでカット。