あけましておめでとうございます。
一月一日、日本で最も交わされるであろう挨拶である。
「あけましておめでとう……」
「うむ、おめでとう」
それはクロウと簪の間でも交わされた。
クロウは普段着だが、簪はいつもの私服ではなかった。
青を基調とした和服を着ていて、桜の花びらの模様が取り入れられている。
頭にも桜をかたどった青い髪飾りをさしている。
「よく似合っているぞ、その和服」
「あ、ありがとう……」
クロウは心からの本心を告げて簪を褒める。
簪も褒めてもらって嬉しく、頬を少し紅潮させて興奮しているのが分かる。
「よし、では行くか」
「うん……」
自然に二人は手を握り合い、指を絡ませ合う。
2人が向かったのは、当然初詣である。
◆
「凄い人……」
思わず簪は頬を引きつらせてしまう。
近くの神社に来てみたのはいいのだが、やはり多くの参拝客がいた。
人ごみが苦手な簪にとっては、まさしく地獄である。
それにせっかく姉におめかししてもらったのに、それが崩れてしまうのも嫌だった。
だがここまで来て参拝しないというのは嫌だ。
「ふむ……手を離すなよ、簪」
「う、うん……」
ギュッと優しく、しかし力強く手を握られて安心感を覚える。
簪も小さな手でキュッと大きな手を握り返した。
そうだ、近くにこんなにも頼れる男がいるのだ。
それにクロウと一緒なら、なんでもできると思える。
「よし、行くぞ」
「うん」
そして二人は人が込み合う境内に入って行ったのだった。
◆
「むぎゅっ」
簪は早速人ごみに押しつぶされそうになっていた。
一般の女性から見ても小柄な彼女は、色々な人間に押しつぶされそうになる。
何とか脱出しようとするが、自分の非力な腕力では人を押しのけることもできない。
「(助けて……クロウ……)」
彼女が自分ではどうにもできないと悟って助けを求めたのは、クロウだった。
人ごみに揉まれてもけして離さなかった手をキュッと握る。
すると先ほどまで感じていた圧迫感がふっと消えた。
「大丈夫か、簪?」
助けてくれたのはクロウだった。
簪を引き寄せて、自分の身体で守ってくれているのだ。
自分を見降ろしてくるクロウを彼の胸の中で見上げると、キュンと胸が締め付けられた。
「あ、ありがとう……」
「ああ」
簪はドキドキと高鳴る胸を押さえて、必死に鼓動を沈めようとする。
クロウと密着しているので、胸の高鳴りが聞こえてしまわないだろうかと心配する。
和服は分厚いので聞こえるはずがないのだが、簪の高鳴りはそれを飛び越えてしまいそうなほど大きい。
「(わ、わわ……)」
頬に手を当てると、寒い一月の外気に対抗するように熱かった。
これほど熱いのだから、おそらく真っ赤に染まっているだろう。
それをクロウに見せないように、顔をクロウの腹に押し付ける。
「(あっ、これもダメ……)」
しかしそうすると、今度はクロウの匂いが鼻孔を満たした。
嗅いでいるだけで安心して、この世で最も好きな匂いを嗅いで、簪は思わず脱力してしまいそうになる。
抱き着けば匂いでやられ、離れれば真っ赤な顔を見られてしまう。
最早簪にはどうすることもできなかった。
「着いたぞ、簪」
「……ふぇ?」
どうやら抱き着いているか離れるかと葛藤している間に、賽銭箱の前まで連れてきてもらったらしい。
簪はぼっと顔を赤らめて、クロウから離れた。
「さて、賽銭を入れるか」
「うん……」
簪は財布のなかから五百円玉を取り出し、賽銭箱に入れた。意外と奮発した。
ふんすっと何故か鼻息荒くなりながら横のクロウを見ると、諭吉が一枚賽銭箱に消えていっていた。
「……え?そんなに入れるの?」
「まあ一年に一度だしな」
目をパチクリとさせてクロウを見るが、いつも通りの無表情だった。
彼の銀行口座にはあるウサギから毎月目玉が飛び出るような額の金が振り込まれているので、資金は有り余っているのだ。
「ほら、願い事を心の中で言え」
「うん……」
知識として再拝二拍手一拝は知っているが、これだけの参拝客がいるの中でそれをするのは迷惑かと思い、手を合わせてお願いすることにした。
「(クロウとずっと一緒にいれますように……あとお姉ちゃんと……)」
おまけ扱いされている楯無だが、一時期氷河期のように冷え込んでいた姉妹関係がこれほど改善されている。
姉バカがいれば狂喜乱舞して簪に抱き着いているだろう。
「さて、ではおみくじでも引きに行くか」
「うん……」
簪のお願いが終わったことを見て、クロウがそう提案した。
簪も素直にうなずき、また手をつないで歩いていく。
諭吉を一枚使ってまでかなえたい願い事が何か気になる簪だったが、尋ねるのも無粋と考え聞くことはしなかった。
まさにクロウと神のみぞ知る処である。
「二人分だ」
おみくじ売り場に着いたクロウは、さっさと二人分の代金を払ってしまう。
慌てて自分の代金を払おうとする簪だったが、クロウに止められて渋々やめた。
こういう所も格好いいと考えてしまう簪であった。
「はい、ではこちらをどうぞ」
巫女に御籤棒が入った角柱を渡される。
クロウは巫女服もいいなと不純なことを考えていたりした。
それから二人は角柱を振り、御籤棒に書かれていた番号を巫女に伝える。
そうすると巫女は番号の着いたみくじ箋を二枚持ってきて、それぞれクロウと簪に渡した。
「吉……」
簪の運勢は吉だった。
良い点では、簪の願望が叶うとされていた。
それを見て簪は大いに喜んだ。
「家族に注意……?」
悪い点としては、家族の行為によってとても疲弊するとあった。
簪の頭の中では、扇子を持った姉の姿が浮かんでいた。
「クロウはどうだった……?」
「ふむ……」
関係の深い自分にしかわからないが、無表情の中に少し自慢げなものが含まれていた。
突き出してきたみくじ箋を見ると、そこには大吉の二文字が書かれてあった。
「すごい……」
「ふっ……」
手をパチパチと叩いて純粋に褒める簪と、それを受けて少し誇らしげなクロウの姿があった。
「簪、次は絵馬を書きに行くか?」
「うん……」
少しして簪からの称賛に満足したのか、クロウはそう話しかけた。
簪はみくじ箋を木の枝に結び付けると、トテトテとクロウに駆け寄った。
そしてまた2人仲良く手をつなぎ、絵馬の売り場へと歩いていく。
「絵馬を二つくれ」
「はい」
売り場に着くと、クロウが巫女にそう言う。
また代金を出そうとしたので、簪は素早く自分の分を払った。
流石日本の代表候補生、学習が早い。
「(今度はなにを書こう……?)」
絵馬を渡され、何を書くか悩む簪。
先ほどは神様に『クロウとずっと一緒に』とお願いした。
なら同じことを書くのはやめとこう。
「(ちょ、ちょっと恥ずかしいけど……)」
思いついたお願い事を、すらすらと書き込んでいく。
綺麗な字で書きこまれた絵馬を見て、自分が恥ずかしくなってしまい顔を赤らめる。
「何を書いたんだ?」
「だ、ダメっ」
ひょいと覗き込んできたクロウに気づき、バッと絵馬を隠す。
願い事を書いた面を胸に押し付け、絶対に見えないようにする。
そんな反応をする簪に無理やり見せるように言うクロウではない。
それ以上追及することなく、二人で絵馬を掛けに行った。
「さて、では神社から出てデートをしようか」
「う、うん……」
改めて言われると恥ずかしくなってしまう簪。
絵馬を掛け終わった二人は、身体を寄せ合いながら神社から出ていった。
2人が出て行った後に絵馬を掛けに来た人は、ある絵馬を見て微笑んだり嫉妬に狂った顔をしたりと色々な表情をしていた。
『大好きなあの人と結婚できますように』
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。