入らなかった……。
「…………」
IS整備室でもくもくと作業をしている少女がいる。
彼女―――更識 簪は、自分と友人の力を借りて作り上げた専用機―――打鉄弐式の調整を行っていた。
数多くの空間投影ディスプレイを駆使して、打鉄弐式をより優秀な機体にしようと試みる。
今の彼女は真剣に作業しているだけなのだが、普段通りの無表情と愛想の悪さ、そして睨みつけるようにしてディスプレイを見ているので、近寄りがたい存在になっていた。
「調整は捗っているか?」
「……クロウ」
そんな雰囲気をものともせず、クロウは気安く簪に話しかける。
これがもし知らない人や、ましてや苦手な相手であったなら、良くて無視、悪くてビンタであった。
苦手な相手に一夏と楯無が組み込まれているのは言うまでもない。
「ん、順調……。大体終わったから、後は見直すだけ……」
「相変わらず慎重だな」
簪は楯無以上に完璧主義者だ。
テストでも、できたと思っても時間がある限り見直しをするタイプの娘である。
とくにこれはIS。姉にどれだけ近づけるかという重要な意味も持つ。
これが見落としていた欠陥でダメになると、それは手伝ってくれたクロウや本音にも顔向けできない。
そう思ってまたディスプレイと睨み合いを始めようとした簪の肩をたたく。
「お前のそれは美徳であるが、あまり根を詰め過ぎても良いことはない。少し休憩しろ」
「……クロウ」
自分のことを気遣っていてくれているという事実に、簪は頬を朱に染めて歓喜する。
クロウが彼女にこんなことを言えることが驚きである。
まあ簪のことは確かに心配していたが、第一に自分と話してほしいという欲望があったのは隠せない。
「しかしよく頑張ったな。お前は楯無と同様、ISを作り上げた」
「そ、それは皆が助けてくれたから……」
「それでも大して違いがないぞ。あいつも私やらに手を借りていたからな」
クロウからの珍しい褒め言葉に、簪は顔をポッと赤くする。
そもそも学生がISを組み立てることができるのが異常なのである。
本来ISというものは、束が作り上げたコアを、各国それぞれ優秀な科学者と技術者をかき集めて作られるものである。
それを他人から力を借りたとは言え、ほぼ独力で作り上げた簪は世界でもぬきんでた技術を持っている。
もしそれが公に知れれば、数多くの各国軍隊や企業が勧誘することだろう。
「……私が頑張ったのは……」
素直に頭を撫でまわされていた簪が、クロウの手を掴む。
大きな手を、小さな両手でキュッと握る。
そして恥ずかしそうにしながらも、クロウから目を離さずに語りかける。
「わ、私が頑張ったのは、クロウの隣に立ちたかったから……。お姉ちゃんより能力が劣る私は、こんなことしかできないから……」
物静かで無表情な彼女が、ここまで口数多く、切なげな顔をしているのを見られるのはクロウだけである。
たとえ肉親であろうと見ることはできない。
そして彼女の小さな口から告げられる熱い想いに、クロウは珍しく心を動かされる。
目の前にいる小さな女の子が、とても愛らしく思える。
「確かに何らかの能力があると望ましいが、私はお前が必要なのだ。たとえ能力があろうがなかろうが、もうお前は私のものなのだ」
「~~~~っ!!」
物語の主人公が言うにはあまりにも不遜で無礼な口説き文句。
しかしそれを受けた簪は、これ以上の幸せはないと語っているような表情を見せる。
身体中に電流が走り、ゾクゾクと何とも言えない快感が駆け巡る。
子宮がキュンキュンと疼き、目の前の男を欲する。
「クロウ……」
簪は本能のまま行動する。
クロウの顔に自分の顔を近づける。
ブサイクとは言えないが、お世辞にも端正とはいいがたい顔。
しかし簪には、顔の端正なことでよくテレビに出ているそこらの俳優やアイドルよりも魅力的に見えた。
二人の唇が近づいていく。
そして後少しで重なり合うといったところで…………。
「は~い、簪ちゃん!根を詰め過ぎてない?美味しいお菓子持ってきたから休憩にしましょー!」
スライド式の扉を開けて、元気な声で簪に語りかける
簪の実姉、更識 楯無は最愛の妹との会話を楽しみにしており、その思いが顔ににじみ出ていた。
対してそれを受け止める簪の顔は、凶悪犯罪者も裸足で逃げ出すような絶対零度の冷たさであった。
「あ、あら……?お姉ちゃん、タイミング間違っちゃったかしら?」
楯無は簪の恐ろしいほどの冷酷さをにじみ立たせる表情を見て、失敗したことに気づく。
頬を引きつらせ、冷や汗を垂らしているその姿からは、普段憧れの的である生徒会長の威厳はまったく感じられなかった。
「……お姉ちゃん、嫌い」
楯無は膝から崩れ落ちた。
◆
「うぇぇぇっ!クロウぅ……簪ちゃんに嫌われちゃったぁぁぁっ!」
クロウの身体にしがみついて号泣する楯無。
親しみやすくて常に余裕のある笑みを浮かべている彼女の姿しか知らない者が見れば、これは本当の生徒会長なのかどうか疑問に思ってしまうほど泣いていた。
楯無は簪とクロウのことになればポンコツになってしまうのだ。
「落ち着け、楯無。簪も本心からお前を嫌っているわけではないぞ?」
「うぅぅ……そうなの……?」
まだクロウにしがみつきながら彼を見上げる楯無。
目からは大量の涙を零しており、鼻水すら垂れていた。
クロウの制服が大惨事なのは言うまでもない。
そんな一刻も離したいであろう彼女の背中を優しくこすりながら、語りかける。
「あいつも本心ではお前のことを愛しているぞ。私と二人で話すときは、よくお前の話題になる」
「本当……?」
パァァァっと顔を輝かせる楯無。
話題の内容が彼女に対する愚痴というのは言わないほうがいいだろう。
しかし簪が楯無のことを大切に思っているのは事実である。
なんだかんだいって、彼女も姉のことが大好きだ。
ただ一時確執があっただけに、素直になるのが恥ずかしい。
「それにまた二人で遊びに行くのだろう?」
「ええ、そうだったわ!」
簪に嫌いと言われたことがよっぽどショックだったのか、スケジュール帳に赤文字で書き込んである予定も忘れていたようだ。
何度も何度も懲りずに誘い、ようやく得た妹とのデート券。
何としてでも成功させる気でいた。
「簪ちゃんを楽しませるために今からプランを練らなくちゃ!慰めてくれてありがとね、クロウ」
楯無はバッと立ち上がり、拳を握って決意を固める。
部屋から出ていく途中で振り返り、クロウの頬に唇を押し付ける。
ニコッと小悪魔のように悪戯げな笑みを浮かべて、彼女は部屋から出て行った。
クロウは頬の柔らかな感触を十分に愉しむのであった。
◆
「…………」
姉がクロウに縋り付いて泣きわめいていたころ、妹も部屋で悩んでいた。
展開された空間投影ディスプレイでは、簪が好んでいるヒーローアニメが上映されていた。
しかしその内容はあまり頭に入らず、脳内では別のことを考えていた。
「(お姉ちゃんに酷いこと、言っちゃった……)」
簪が悔やむのは、衝動的に言い放ってしまった姉への暴言。
姉のことを苦手に思っていたことは一時期あったが、嫌いなんて思ったことは一度もない。
むしろ簪は楯無のことが大好きである。
天性の才能があったのは事実だが、姉は他の者が想像もつかないほどの努力をしている。
だからこそ、楯無は完璧超人とまで言えるほど多才なのだ。
そして努力をして実力をつけた姉のことが、簪は大好きだ。
「(でも、お姉ちゃんも酷いよ……。あと少しで……)」
あと少しでクロウとキスできたのに……。
そこまで考えて顔が熱くなった簪は、布団を抱えてゴロゴロとベッドの上を転がる。
あの時クロウの名前を呼んだ自分の声は、今思い返してみるととても蕩けていた。
まるで客に媚を売る娼婦の言葉に、世界で最も愛おしいものに声をかける情が乗っていたような……。
「(でも、あんなこと言われたら……)」
思い返すだけで胸がキュッと締め付けられる。
身体全体が火照り、クロウを求める。
子宮がうずき、膣内では愛液が分泌される。
それが膣外へと漏れ出て、白いショーツを湿らせる。
「ん……」
簪は手をスルスルと下ろしていく。
この火照った身体を静めたら、姉に謝りに行こう。
そんな考えをして、細くてきれいな指でショーツの上から秘裂を擦る―――――。
「簪ちゃーん!」
「っ!?」
―――――直前に動きは止められた。
ノックもしないでいきなり姉が侵入してきたからだ。
楯無は早く簪に謝って、二人で楽しく遊びに行きたいが故の行動なのだが、流石空気を読めない女・更識 楯無。タイミングが最悪である。
「……お姉ちゃん」
「あ、あら?またタイミング間違っちゃった……?」
フルフルと身体をわななかせながら、ゆらりと立ち上がる簪。
そんな彼女を見て、楯無は少し前に似たようなことがあったように思いながら、頬を引きつらせる。
まだしていなかったとはいえ、自慰をしている部屋に家族が入ってきたときの気まずさは異常である。
簪はその恥ずかしさを今実感していた。
「お姉ちゃんなんか、大っ嫌い」
楯無は口から泡を吹きながら、膝から崩れ落ちた。
◆
「…………」
簪がチケットにつられて許可したインタビューの当日。
彼女は可愛らしくおめかしして、クロウと一緒に待ち合わせ場所に向かっていた。
簪が黙っている理由は、クロウにその私服姿を褒められたことと、はぐれないようにというのと恋人らしさを出すためということで手をつないでおり、この二つの理由から照れているからであった。
ちなみに簪はおしゃれなどにはあまり関心がなく、クロウとのデートと認識しているこの日を迎えるのに盛大にテンパったのだが、そういった方面にも才覚がある姉に助けてもらい、今日を迎えたのだった。
「(後でお姉ちゃんにお礼を言わないと……)」
楯無が選んだ簪の私服は彼女にとても似合っていて、彼女の容姿の良さと相まって多くの視線を引き寄せている。
しかし隣にいる強面のおかげで、ジロジロと見つめられることと、声をかけられることはなかった。
簪はこのことをクロウが守ってくれていると盛大に誤解し、クロウへの好感度をさらに上げる。
もう何か良いことが起これば、すべてクロウのおかげだと言わんばかりの勢いである。
「その服は楯無に選んでもらったのか?」
「う、うん……。私はあまりわからないから……」
「そうか、二人で出かけたのか。楽しかったか?」
「……うん」
簪は恥ずかしがりながらもコクリと可愛らしく頷く。
彼女も久しぶりに姉と二人きりで遊んで、大変喜んでいた。
普段は何かと冷たい態度を取ってしまう簪だが、楯無のことはクロウの次くらいに大好きである。
その後も二人で会話しながらゆっくりと歩き、目的地である会社へと向かって行った。
◆
クロウと簪が会社に着き、フロントにいた受付嬢に話を告げると、すぐに中に通された。
通された取材場所は広い場所で、一人の女性が待っていた。
「『インフィニット・ストライプス』の副編集長をしています、黛 渚子よ。今日はインタビューを受けてくれてありがとね」
「クロウ・ミキストリだ」
「……更識 簪です」
にっこりと笑って言う女性、渚子に、クロウと簪も自己紹介をする。
女尊男卑の時代に敬語も使っていないクロウはマズイはずだが、彼女はそんなことを気にするような女ではなく、ニコニコと笑っていただけだった。
世界で二人しか確認されていない男のIS操縦者と、普段取材を全て断っている日本の代表候補生のインタビューをすることができて、上機嫌なことも理由の一つだろう。
二人は渚子に勧められて椅子に座る。
「他の二人はいないのか?」
「二人には別の日に取材するわ。更識さんが織斑くんのこと、あまり良く思ってないみたいだし」
妹からの情報だろうか?
しかし簪からすればありがたいことである。
一応専用機は皆の力を借りて完成間近だからいいものの、これまで専用機を持たない代表候補生ということで随分馬鹿にされてきた。
とは言っても、代表候補生が皆専用機を与えられるというわけではなく、代表候補生の中でも優秀な者だけが与えられるのだが、一部の生徒たちはそんなことも考えずに、ただただ簪の陰口をたたいたのだ。
無論、その生徒たちはどこぞのシスコンに襲われて、もう二度と悪口を言わなくなったのだが……。
「じゃあ早速取材させてもらうわね。まずはミキストリくん、IS学園は女の園なわけだけど、そこに入学した感想は?」
レコーダーを起動させてインタビューを始める渚子。
思春期真っ只中の男子高校生には何とも答えづらい質問だが、クロウはこの程度で恥ずかしがったりするような魂ではないので、問題はなかった。
「うむ、世界各国から優秀な少女たちが集まっており、私も学ぶことが多い。設備も素晴らしく、教師の指導もまた良いものだ」
「(クロウが真面目なことを言っている……!?)」
簪は失礼なことを考えているが、普段の態度から考えれば仕方のないことである。
しかしクロウは頭でも打ったのだろうか?
「ほうほう、まじめだね~。もっと面白いことはない?」
「面白いこととは?」
「またまた~。高校生と言えば青春時代真っ只中じゃない。気になる女の子とかいないの?」
ニヤニヤと笑いながらクロウに問いかける渚子。
インタビューアーとしては今のような真面目な回答も嬉しいのだが、少し面白い回答も欲しかった。
クロウもそれに乗る形で話し始める。
「そうだな、優れた容姿の者が多いから目は惹かれるな。この簪のように」
「うぅ……」
ぽんと頭に手を乗せて告げると、簪の顔が真っ赤に染まる。
この回答で楯無などと言っていたら、彼女の目からハイライトが消えるのは想像に容易かった。
渚子は男性操縦者の色恋ごとを記事にするため、さらに掘り返す。
「おぉー、アツアツね。ミキストリくんは魅力的だし、モテるんじゃない?」
「そうだな、色々な女と仲良くさせてもらっている」
「……え」
「はっはっはっ」
思わぬ返しに渚子の身体はピシリと固まる。
唖然としてクロウを見るが、無表情で気持ちのこもっていない笑いを浮かべるのみ。
流石に雑誌に『IS男性操縦者が語る!学園内の淫靡な桃色ハーレム生活!』なんてものを載せることはできない。
載せれば売り上げも爆上がりするはずだが、そんなことをすれば会社が色々な方面から圧力をかけられて潰れてしまう。
「じゃ、じゃあ次は更識さんに質問させてもらおうかな。専用機がまだないって聞いたけど、それって本当?」
「……はい、織斑 一夏が優先されたみたいで。でも皆が助けてくれたので、機体は完成します……」
渚子は慌ててもう一人の取材対象に質問するが、簪の禁忌に触れてしまう。
答えるには答えているのだが、冷たい声色で背筋が寒くなる。
一夏が悪いというわけではないのは簪も理解しているのだが、感情的には簡単ではないようだ。
「えっ、機体を組み立てたの!?」
ISのコアを作るのは未だ束しかできないことだが、機体を組み立てることは他の者でもできる。
しかし組み立てることができるのは、国のトップレベルの科学者などが十数人集まってできるのだ。
いくら優秀な人材の宝庫であるIS学園の生徒でも、機体を組み立てることができるのは異常だった。
「はー……やっぱり凄いわね、代表候補生は。ところで稚拙な質問で悪いんだけど、二人じゃどちらが強いのかしら?」
「クロウです……」
渚子の質問に即答したのは、何故か簪だった。
まあ確かに事実なのだが、食い気味返答されて渚子は顔をひきつらせた。
「クロウは凄いんです……。近接戦闘では並み居る敵をぶった切り、遠距離戦闘では離れた敵を武器で吹き飛ばす。苦戦しているとすぐに助けてくれる私のヒーロー……」
はあ……と熱っぽいため息を吐いて語る簪。
目はキラキラと輝いており、まるで危ない宗教にどっぷりとはまってしまった信者のような態度になっていた。
クロウ教なんて宗教があれば、教祖となるのは間違いない。
「あ、ああ、そうなの。うん、インタビューはこれでいいかな。最後に撮影させてもらうから、着替えてくれるかな?」
渚子はまだまだ用意していた質問があったが、それを打ち切った。
簪はまだ話したりなさそうで、不満げである。
しかしクロウとのツーショットということで、ご機嫌になる。
渚子にとって記者をしていて、一番疲れた日になったのだった。
◆
簪は案内された更衣室の中に入る。
撮影に使う衣装もすでに置かれていて、彼女に着てもらうのを待っている。
「(今日の取材……やっぱり受けてよかった……)」
クロウと二人で豪華ディナーを楽しむために引き受けたこの取材だが、簪は少し後悔していた。
やはり性格的にこういったものは受け付けなかったのだ。
楯無なら嬉々として引き受けていたであろう。やはり二人は姉妹といえども似ていない。
「(取材は面倒だったけど……あと撮影さえ我慢すれば、デート券をゲット……!)」
グッと拳を握る簪。
一番乱入してくる可能性の高い姉には、以前遊びに出かけたときにしっかりと釘を打ちこんでいる。
『来たら嫌いになる』とまで言ったのだから、来ることはないだろう。
「(よし、着替えよう……)」
会社側が用意した衣装は、簪の穏やかで物静かなイメージにあった水色のドレスだった。
少し胸元が開けすぎているような気もするが、自分が貧にゅ……胸が慎ましいことを気にしているみたいに思われては困るので、文句を言わずにドレスを着用した。
「更識さーん、衣装は着れましたかー?」
「……はい」
「じゃあ次はお化粧しますね?さあ、早く来て」
「……え」
簪は撮影スタッフの呼びかけに言葉を詰まらせる。
化粧などしたことがないので、少し抵抗感がある。
勿論化粧をするのはスタッフだと思うが、あんな派手に見せるおしゃれはする気にならなかった。
「……化粧はいいです」
「もうっ、何言っているんですか!早く来て!」
「うわ、なにをするやめ―――――」
◆
クロウは衣装に着替えて簪を待っていた。
彼が来ているのは黒いスーツ。
元のいかつい顔立ちと合わせて、堅気ではない人にしか見えない。
事実、撮影スタッフたちは彼に目を合わそうとしなかった。
女尊男卑の時代であるにもかかわらず、女性も見ないのである。相当なものだ。
「ふむ……少しきついな」
それにスーツを盛り上げる鋼の如き筋肉がさらに圧迫感をも与えていた。
スーツの上からでもわかるほどの筋肉など、最早凶器以外の何物でもない。
これで黒いサングラスをかければ、屈強なSPにも見える。
「クロウ……」
そんな近寄りがたすぎる彼に声をかける少女。
この現場にはそんな人物は一人しかいない。
クロウは身体を振り向かせて、その人物に向き直る。
「簪、随分きれいになったな」
水色の髪をまとめて、それに合わせたのか、淡い水色のドレスを身に着けた簪。
所々見える肌色が、未成熟な身体を魅力的に演出する。
顔はうっすらとだが化粧が施されていた。
普段は大人しい雰囲気を醸し出しているが、今は化粧によって少し明るい印象を受けた。
可愛らしさというよりは美しさを増進させているように感じる。
「あ、ありがとう……。クロウも格好いい……」
初めて化粧をしたということで少し不安げにしていた簪だったが、クロウに褒められて恥ずかしそうに笑みを見せる。
そんないじらしい姿にやられたのか、男性スタッフの何人かが胸を押さえて膝をつく。
しかし簪の褒め言葉に同調する者は誰もいなかった。
クロウはお世辞にも格好いいとは言えず、怖いという感想の方がすっと頭に浮かぶからだ。
今の彼を見てほめたたえるのは、セシリアや鈴などクロウと密接な関係にあって盲目になっている彼女たちと、悪い男に捕まることに定評のあるIS学園教師の榊原 菜月くらいである。
「はいはーい、いちゃつくのは後にして先に撮影をしちゃいましょ。二人とも、よろしくね」
砂糖を口から吐きそうになるような桃色空間を無理やりぶち壊し、撮影を始める渚子。
簪はクロウに褒められて十分に満足しているのか、不満そうな顔を見せることはなかった。
素面のままなら顔が強張っていただろうと予想できるが、今はちょうどいい感じにぶっ飛んでいた。
クロウと簪は色々なポーズをとりながら撮影されていく。
とはいえ二人はあまり大げさなポーズをとることはなかったが、簪の容姿の良さのおかげで良い写真が取れていた。
これがクロウだけなら大惨事である。
「うんうん、いいわねー。じゃあもっと身体を寄せ合ってくれるかな?」
「っ!?」
渚子の要求に、簪は顔を赤らめる。
二人きりのときは遠慮なく甘えられるのだが、人の目がある状況では恥ずかしい。
姉とは違って羞恥心の強い彼女には、中々難しい要求だった。
しかしこれは報酬も用意されたれっきとした仕事である。
恥ずかしいからやりたくない、とは到底言えない。
「……っ」
だから簪は羞恥心を押し殺して精一杯の行動に出た。
同じソファーの隣に座るクロウにすすすっと尻をずらして近寄っていき、スーツの袖をちょこんと指で摘まむ。
これだけでも相当恥ずかしいらしく、顔を真っ赤にして俯く。
そんな姿にキュンキュンきたカメラマンは、パシャリとシャッターを切る。
「(たっちゃんの妹ちゃん、可愛いっ!流石は更識ね!)」
渚子はもじもじといじらしい簪を見て、頭を撫でまわしたくなる欲求に襲われるが、それを何とか押しとどめる。
そんなことをしたら、もう二度と取材を受けてくれなくなるだろう。
ついでにキング・オブ・シスコンの楯無もだ。
「ふむ、もっと近くに寄れ、簪」
「ひゃっ……!?」
袖を摘まむ簪がもどかしかったのか、クロウはさらに身体を近づける。
布に覆われていない細い肩に腕を回し、グッと抱き寄せる。
簪はクロウの胸板に手を添えて、真っ赤にしながらクロウを見上げる。
眼鏡越しに見る男の姿は、とても魅力的に見えた。
なお、魅力的に見えるのは簪だけである。
「おぉ……」
思わずカメラマンは息をのむ。
切なげに眉を寄せて顔を真っ赤にした簪の表情は、老若男女を問わず魅了してしまう魅力があった。
まさに恋する乙女といった表情の簪は、撮影中ということはすでに頭の中になく、彼女の目にはクロウしか映っていなかった。
「あ、ありがとう!撮影は以上よ!お疲れ様!そしてありがとう!」
「っ!」
かなり良い写真が撮れて非常にご機嫌な様子の渚子。
彼女の言葉に簪は我を取り戻し、バッとクロウから離れる。
しかしドキドキと胸を打ち鳴らす音は消えない。
その後は衣装がプレゼントされる旨が伝えられ、撮影は終了した。
クロウと簪は、それぞれ更衣室で私服に着替える。
「(き、緊張した……)」
それは撮影ということもあったが、クロウと近づきすぎたことでもあった。
特に肩を抱き寄せられたときなど、心臓が口から出てきてしまわないか不安になるほど高鳴っていた。
「(ご飯はいつなんだろう……。後で確かめないと……)」
簪は着ていた水色のドレスを脱ぐ。
質素な白い下着に覆われた自分の身体を改めて見る。
姉に比べてあまりにも起伏の乏しい身体だが、簪はあまり気にしていなかった。
「(だってクロウは、わ、私のこと、好きって言ってくれたし……)」
ただ慎ましい胸の持ち主が、豊かな胸の持ち主に敵対心を持つのはよくあることで、簪も楯無の豊満な肉体を敵視していた。
後はあまり話したことはないが、篠ノ之 箒である。
制服の上からでもわかる巨大な双子山は、簪の敵である。
「(まだ私は成長期……。クロウに育ててもらう……)」
新たに決意を固めた簪は、私服を着用する。
更衣室を出るとちょうどクロウも着替え終わっており、二人して会社を後にした。