『敵はアルカナが女帝のジュピターイーグル、ジオ属性が弱点です。それと戦車のマッハフォートがいます。マッハフォートはジオとガル属性が弱点です』
ナビゲーターを務める風花の声が頭に響く。私はペルソナをアルカナが皇帝のナーガラジャに換え、召喚器を米神に押し付けてトリガーを引く。
「ナーガラジャ、マハジオンガ!」
「ポリデュークス、ジオンガ」
「ネメシス、ジオンガ」
私に続くように真田先輩と天田くんが続いてペルソナを召喚し、敵シャドウの弱点を攻め立てる。私たちの後方ではアイギスやゆかりといった長距離攻撃を行える面々が武器を構え、敵の動きを注視しているが、その心配はなさそうだ。
『皆さん、敵シャドウの消滅を確認しました。これで88階層は完全制圧完了です。89階は階段しかありませんので1階エントランスへ降りて来て下さい』
風花の分析通り、私たちの攻撃スキルを受けたシャドウたちは姿を消していた。あまりの呆気なさに一昨日までのあの苦労はいったい何だったのだろうという疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消える。
「意味が分からん。鳴上が叔父家族の下に向かい、我らのペルソナの能力を強化する料理を食べられなくなったことで私たちはその恩恵を失い、死ぬような思いをしたのだろう?それが何故、今になって鳴上の料理を食べていないのに身体がこんなにも強化されるんだ?」
89階に上がった直後、美鶴先輩が沈黙を破る。それは全員が気になっていたことだ。受けていた重傷ともいえる傷を跡形もなく癒すなんて、ゆかりのペルソナであるイオでもそんな真似は出来ない。それこそ、タルタロスの宝箱に入っていても中々手に入らないソーマを使わないと。けど、私たちが持っていたソーマはチャリオットとジャスティスとの戦いで瀕死になった私を生きながらえさせるために全部使ったらしいし。
「あー。その疑問についての心当たりが俺とシンジにはある」
「え、そうなんスか?」
「ああ。というか順平、お前も知っているはずだ。それと美鶴と岳羽、アイギスに鳴上妹もな」
呼ばれた面々で顔を見合わせる。呼ばれていないのは風花と荒垣さんと天田くんとコロマルだけだ。そして、呼ばれた面々で共通するのは……。
「ポロニアンロングビーチに行く日の夜、結城とアイギスの騒動で一同を会しただろう。あの時、お前たちも見たはずだ。いてはおかしい奴がいたことを」
「いやいや、真田サン。あの時いたのは全員、巌戸台学生分寮に住んでる俺らばっかりで怪しい奴なんていなかったっすよ」
「あの時間が、……影時間だったとしてもか?」
「「「え?」」」
『そうですよ。私がルキアを使って周囲の様子を探っていたんですから、あの時間は影時間で間違いありません』
真田先輩の確信めいた言葉と風花の証言により、『私の自慰事件&アイギスの誤爆事件』が影時間に行われたことが証明された。だからといっておかしい所は特に何も……あれ、ちょっと待てよ。
「何で総司くんがいたの?」
「「「「……」」」」
私が呟いた質問に皆が固まった。
優ちゃんは特に私を凝視している。あれが幻であったはずがない。だって、私が短パンの下にショーツを穿いていなかったことを見抜いて悪戯してきたし。キスしてくれたし。何よりも自分が着ていたシャツをその場で脱いで私にくれたし。あのシャツは今でも私の部屋にあるからあの時間に総司くんがいたことは間違いない。
「ええっ!?総司さんは確実に象徴化していましたよ!夏祭りの前の15日の夜も。成行きとはいえ、湊さんと夏祭りで一緒に回ることになったって言った直後に象徴化していましたもん!」
『えっ?……でも天田くん、私たちにそのことを相談に来ていないよね。もしかして、15日の時点で知っていたの?』
「え、えっと……。今だからぶっちゃけますけれど、皆さんが病院に行かれた日の内に総司さんに教えてもらって、翌日から荒垣さんに師事してもらってタルタロスでレベル上げしていました。コロマルも一緒に」
「「「「ちょっと待てぇええええ!!」」」」
道理で天田くんもコロマルも戦いなれているはずだよ。天田くんなんか自分のリーチを補うために槍を使いつつ、4属性の攻撃を使い分けられる拳銃を使えるから器用だなぁとは思っていたけど。
それに初めてのペルソナ召喚のはずなのに恐れも全く無かったしね。その事実にゆかりがショックを受けていたんだよ。あれだけ召喚器のトリガーを引くのに躊躇したの『私だけじゃん』って、膝抱えていたし。
「驚いていないということは、明彦。お前は知っていたんだな」
美鶴先輩が額に青筋を立てて確認するように真田先輩に詰め寄っている。真田先輩はあまりの迫力に慄きながら落ちつくように美鶴先輩に言い聞かせるように言う。
「勘違いするな。俺がシンジや天田のことに気付いたのは、鳴上が気配を感じると言ったあの日だ」
「確か夏祭りの翌日でしたね。あの時も湊先輩はプールに遊びに行った翌日の時と同様に獅子奮迅の勢いでシャドウを蹴散らしていましたけれど」
優ちゃんの言葉を聞いて、私は考える。確かに調子がいつもよりもいいなという日はあった。そのどちらにも共通しているのはタルタロスに行く前日に最愛の彼である総司くんに抱かれていること。けれど、今回はそれがない。総司くんは叔父さんの家にお手伝いに赴いている。今、寮には総司くんがいないのだ。
あれぇ、……本当にいないんだっけ?
今朝は確かに気持ち良く目覚める事が出来たけど、おかしいと思うこともあった。寝る前に穿いたショーツではなく、明日の朝に換えようと思っていたショーツを身に着けていたのである。そして、昨夜穿いていたはずのショーツは部屋のどこを探してもなく、ランドリーにもなかった。そういえば穿くものといえば、『オm』うっ、頭が……。
「あの、結局のところ総司もペルソナ使いになったっていうことっすか?」
「ああ。それは俺とシンジの目で確認してきた。ある意味であいつにふさわしいペルソナだ。何せ【農耕の神】クロノスという名のペルソナだからな。スキルは味方全員の攻撃力と防御力を上昇させるのと回復させる能力に長けた後方支援特化型だった」
【農耕の神】クロノス。
真田先輩が持っていた手帳に漢字を記した瞬間、部屋の至る所から納得の声が上がった。巌戸台学生分寮の屋上は4月の時点では寂れたパイプが剥き出しになっている上に塗装が剥がれたままになっているなど、言っては悪いが廃墟の屋上っていう感じだった。だが、今は違う。一面に栄養たっぷりの肥沃な土壌が敷き詰められ、色どり豊かな野菜や果物が生い茂る立派な農場がある。
果実園に至っては美鶴先輩が宝の山だと玩具を買い与えられた子供の様なキラキラとした瞳で見ていたくらいだ。
「つまり、鳴上には元々ペルソナ使いとしての資質はあったが表に現れるほどではなかった。しかし実際に土いじりをして、育てた野菜を使って料理して、その食事を摂る私たちの無事を願うことで無意識にペルソナのスキルを使っていたということか」
「恐らくその通りなのだろう。で、今回に限って俺たちの体調が良くなった件だが、恐らく総司が一生懸命に願いを籠めて育てた食材を使って作られた料理を口に含んだからだろう。シンジは屋上の農園のことは知らなかったし、天田は変に触ると怒られると思っていたから、ここ最近は俺たちも食べていなかったんだ。だが、屋上の野菜や果物の世話を総司から太鼓判を押されるほどに任されていたアイギスが収穫した果物を使って昨日の晩飯は作られていたからな。あれは何て言う果物だったか?」
「ソーマンゴーであります。総司さんによれば果汁を飲めば日々の疲れが吹き飛び、果肉を食べれば肉体が若返る。かつて中国にいた仙人の太公望が好んで食べていた仙桃に匹敵する神秘の果実なんだそうであります。ただし、採れる木が育つまでに長い年月が掛かり、1個採れたらその木にはもうなることはないと言われていると。昨夜の晩ご飯のおかずにはそのソーマンゴーの果肉が使われていたんですが、ほとんどが捨てられてしまいました。これを総司さんが知れば先日の風花さんが調理したダークマター事件と同様に怒り狂うこと間違いなしであります」
あっけらかんと世間話をするように死刑を宣告するアイギス。
大昔の仙人さまが食べていた神秘の果実に匹敵するような代物をなんで何の説明もせずに出すの!って、荒垣先輩も驚いているということはまさか、アイギスが普通に手渡したってこと!?
ああっ、美鶴先輩の目が死んでるっ!!