今日は大型シャドウと戦う日ということで午後は寮で過ごすように厳命されていたのだが、いつの間にか順平の姿が見当たらなくなっていた。なんだかんだ言いながらも今までにこんなことはなかったので、私もそうだが美鶴先輩たちも困惑している。だが、刻一刻と過ぎる中で順平1人を待っている余裕もない。
ということで、真田先輩主導の下、総司くんのペルソナの説明が行われる。と、言っても説明をする前に真田先輩と荒垣さんと総司くんは円陣を組んで何かを話し合った。そして、全員が納得したのかようやく説明が始まった。
総司くんのペルソナの名前は【クロノス】。
農耕の神ということらしいが、総司くんのレベルに応じて効果が上昇する能力向上補助支援スキルや体力を回復する能力に長けているとのこと。スキルの名称は『進撃の剣』『守護の楯』『生命の杯』の3つ。私たちのペルソナよりは風花のルキアに近い能力だと思う。
「正直な話、俺やシンジは総司も連れて行ってやりたい所だが、こいつはこの2週間ずっと伯父の家に行っていてレベルが上げられていない。大型シャドウとの戦いはどんなことが起こるか分からない。そんな状態で、こいつを連れて行くのはリスクが高い。しかし、ストレガの件もあり、この寮が安全とは言い切れないのが辛いところだが攻められても総司であれば奴らから逃げるくらいわけないだろう」
「今夜の戦いが済んだら、次回からのタルタロス探索にはこいつも連れて行くのは確定だ。クロノスの支援スキルは正直、馬鹿に出来ん」
総司くんのペルソナ能力を自分の目で確認したという真田先輩や荒垣さんの評価がもの凄く高い。回復と補助スキルに特化か、確かに今までにないタイプのペルソナであるが、違和感が拭えない。
私は昨日の影時間で不思議な体験をしている。巌戸台駅前広場から長鳴神社の境内に瞬間移動したのだ。総司くんのペルソナ能力であると思うけれど、そのことを意図的に伏せたということは何か不都合があるということだろうか。
◇◇◇
夜の23時を過ぎた頃、幾月理事長が寮を訪れる。彼は台所で明日の朝ごはんの仕込みをしている総司くんを見つけるとすぐに近寄って行って話しかけた。内容は総司くんがペルソナ使いとして覚醒したお祝いに専用の召喚器を作ろうということだった。最初は遠慮していた総司くんだったが、真田先輩が「くれるというならもらっておけ」というアドバイスを受け頷いた。
「いやぁ、実に興味深い。先日まで適性を持たなかった総司くんが君たちと過ごす内に影響を受け、自然発生的にペルソナ使いとして覚醒するなんて、このことはエルゴ研に報告しておかないと。しかし、今夜は大型シャドウとの戦いがあるね。総司くんはどうするんだい?」
幾月理事長の問いかけに返事をしたのは真田先輩だった。
「総司には別の場所で待機してもらおうと考えています。ストレガの連中がどういった動きを見せるか不明ですし、この寮も安全とは言い難いですから。すでに黒澤さんに場所は用意してもらっています」
夕方に総司くんのペルソナ能力の説明をした時に『彼は襲われてもどうにかなるから寮に残らせる』と真田先輩自身が言っていたのに、それと全く違う内容に私たちは驚きつつ顔を見合わせる。ふと壁に凭れ掛かっている荒垣さんを見れば、唇に人差し指を当てて黙っているようにとジェスチャーしていた。
「なるほど、総司くんはペルソナに目覚めて間もないということだったね。分かった。それと僕は今夜、所用があって君たちと一緒にいることが出来ない。任せてもいいかな」
「ええ。問題ありません。こうして総司も戻ってきて、体力や精神力も全員が漲っている状況です。ただ順平の姿がないのが気がかりですが」
「僕のほうでも気掛けておくよ。では、また明日」
そう言った幾月理事長は私たちに怪我はしないようにと声を掛けて寮から出て行ってしまった。まるで嵐ようだったなと視線を戻すと、また真田先輩と荒垣さんと総司くんの3人が集まって話をしている。秘密の相談にしては回数が多過ぎやしないだろうか。私がそう思っていると美鶴先輩が3人に向かって話しかけていた。
「さっきのアレはどういうことだ、明彦」
「幾月さんへの説明か?……“今”は、言えない。明日には必ず、話すから見逃してくれ」
美鶴先輩は真田先輩の真剣な眼差しに負け、深く溜息をつくと私たち全員を見渡した後、真田先輩たちに向けて言った。
「分かっていると思うが、説明をするなら全員にだ。明日はこそこそせず、全てを男らしく話せ。いいな!」
「ああ。……分かっている」
美鶴先輩とやり取りをしていた真田先輩の後ろで総司くんと荒垣さんが肩を竦めている。どうやらこういった風に話を持っていたのは真田先輩の独断であったらしい。恐らく、総司くんと荒垣さんは何かを察して真田先輩に話しを合わせたのだ。しかし、ただではすまない模様。
「明彦先輩に貸しを作っていてもしょうがないので、3日間プロテインは禁止ですよ」
「ちっ、こいつの料理にはプロテイン掛けないで、俺の料理には掛けるとはどういう了見だ。罰として一週間禁止だ」
総司くんと荒垣さんはお互いが言いたいことを真田先輩に告げた後、顔を見合わせて話し合う。
「「じゃあ、一週間禁止で」」
しかも間をとって5日とか総司くんの言っていた3日に減ることなく、荒垣さんが提案した期間の長い方が採用される始末。ついでと言わんばかりに、部屋に隠し持っているプロテインバーと呼ばれるものも全部差し出せと要求が続く。
真田先輩は何とか刑期が短くならないか交渉しているが、矢面に立つ荒垣先輩と裏でほくそ笑む総司くんという最強タッグの前にして彼が勝てる筈も無く。交渉むなしく刑期が3日増えた。
◇◇◇
風花のルキアの力で見つけ出した大型シャドウはポロニアンモールのクラブ・エスカペイドの地下にいた。ポロニアンモールの地下に広がるケーブルを媒介にしている巨大な敵。しかも、地下という密閉空間であり換気状況もかなり悪く、空気が淀んで見える。
『皆さん、気をつけてください。その地下空間の空気には微弱ですが毒が含まれているようです』
「息を吸うたびに毒になるんじゃあ、治す意味がねぇ。逐一体力を回復する奴がいる」
「……岳羽、頼めるか?」
「分かりました」
風花の分析を聞き、荒垣先輩が状況を把握し美鶴先輩が役割をゆかりに振る。さすがに以前、美鶴先輩や真田先輩と肩を並べて戦ってきただけはあるみたい。と私が思ったところでゆかりに飛びつく影があった。大型シャドウの目の前にコロマルやアイギスと一緒にいたはずの優ちゃんだった。
彼女はゆかりを正面から抱き締める。いきなり後輩の女の子に正面から強く抱き締められるという突拍子も無いことをされたゆかりは勿論のこと、その場にいた私や美鶴先輩はぎょっとしながら優ちゃんに声を掛けようとして、瞬く間に身体を駆け抜けた痛みと熱さに悶絶する。
「「がああっ!?」」
「ぐぅっ!!」
「えっ……」
ゆかりは自分の前で膝を付いて肩を痙攣させつつ浅い息を繰り返す優ちゃんを抱き締める。見ればアイギスと真田先輩と天田くん以外の全員が床に膝を付いてしまっている。今のは……電流?しかし、シャドウは私たちの存在に気付いていないのか、身動きひとつしていない。
「今のは、奴にとって攻撃でもなんでもねぇ。自身に必要のない余剰電力を放電したっていう訳か。密閉空間に毒を含んだ空気を撒き散らし、電撃が弱点ではない俺や鳴上妹にこんなダメージを負わせる電流じゃあ、岳羽は一撃で気絶確定だ。よくあの一瞬で判断した、やるじゃねえか」
「え……へへ。だって、ゆかり……先輩は、回復要員……です……もん。やられちゃ……だ……め……」
荒垣さんに褒められて微笑んだ優ちゃんはガクリと力を抜いて横たわる。ゆかりがゆすっても起きず、顔色はどんどん悪くなる一方だ。ゆかりは左足のホルダーから召喚器を取り出して、引き金を引く。牛の頭に腰掛ける少女の姿をしたペルソナのイオが現れる。
「イオ、ディアラマ!」
ゆかりの思いをそのまま反映するように、イオは回復スキルを発動した。倒れ伏した優ちゃんの周りに暖かな光が集まり、彼女を癒す。青白くなりかけた優ちゃんの顔色が人間らしい血液の通ったものになる。その姿にほっとした私に向かって真田先輩から檄が飛ぶ。
「結城!電撃属性に耐性があるペルソナを持つなら、お前が前に来い!俺はボルデュークス自体に耐性があり、アイギスは総司の道具でダメージが軽減される。シンジ、俺の分の道具も使え!この部屋に充満している毒は“蓄積”されるタイプだ!加えて、さっきの電流はシャドウに“近ければ近いほど、ダメージが大きい”。威力は鳴上を見れば一目瞭然だろっ!」
私は未だに倒れ伏したままの優ちゃんの頭を撫でると、『キッ』と大型シャドウを見据える。私の妹分ではない“未来の義妹”を虐めてくれた礼はしっかりとさせてもらうよ。
「皆さん、奴にはアギ・ブフ・ガル属性は効きますが、ジオ属性は吸収されるようです」
「大型シャドウに触れる武器での直接攻撃は危険であります。スキルもしくは遠距離攻撃が無難であります」
布で口元を押さえた天田くんとアイギスの活躍により、攻撃方法が確定される。しかし、それは敵も想定済みだろう。それに電力が供給される限り回復するということは、この大型シャドウに繋がっているケーブルを全て切り離さないといけない。私はその場でペルソナを換える。電撃属性を無効化するナーガラジャへと。
「真田先輩、アイギスたちと一緒に本体の注意を引いてもらってもいいですか?」
「何をするつもりだ?」
「奴に繋がるケーブルを全て断ち切ります。任せてください」
「そういうことか、聞いたな?アイギス」
真田先輩の確認するような問いに力強く頷いたアイギスは身を深く構え、前傾姿勢になる。
直後、彼女の人間の耳に相当する場所にある機関が蒸気を上げながら凄い勢いで回転する音が聞こえてくる。対シャドウにおける決戦兵器たるアイギスに与えられた切り札。ただでさえ鋼鉄の体という武器を持ち合わせているアイギスの能力を一時的だが爆発的に向上させるシステム。タルタロスのシャドウではオルギアモードが終了するまで、敵が生きていることはないくらい凄まじいもの。
「オルギアモードへ移行します。前回の大型シャドウ戦では不甲斐ない姿を見せましたが、今回は全力を出させてもらうであります」
そう勇んだアイギスの姿がその場から消える。『タタタッ』という発砲音が聞こえた方を見上げると、狭い空間内という環境を逆手にとって、アイギスは壁を蹴って縦横無尽に飛び交い、上方から隠者の大型シャドウに向けて腕に内蔵された武器を発砲する。そこでようやく私たちという存在に気付いたのか、攻撃を始める。
私は大型シャドウの背後に回り、一際大きなケーブルを武器の薙刀で一刀両断する。切断されたケーブルの端同士で『バチバチッ』と激しく弾け合うような音が響いた。それと同時に大型シャドウが甲高い悲鳴のような雄たけびを上げ、ケーブルを手足のように動かして私をなぎ払おうとする。
「させるかっ!ボルデュークス、ソニックパンチ!」
「カストール、デッドエンド!」
私をなぎ払おうとした細いケーブルが何十本も捩れて絡まったようなものは真田先輩と荒垣さんのコンビネーション攻撃で跳ね飛ばされる。そこに雄雄しい声が響き渡る。
「ケーブルを凍らせろ!ペンテシレア、ブフーラ!!」
美鶴先輩のペルソナの攻撃で先の方から根元の方へ向かって凍っていくケーブル。『タタッ』と白い影が視界の端から反対側まで凄い速さで移動するのが見えた。コロマルは自分のペルソナであるケルベロスを召喚すると同時に銜えた短剣を使って床と壁と天井を蹴った勢いで、美鶴先輩の攻撃で凍ったケーブルを斬りつける。次の瞬間には轟音を立てて、床に落ちたケーブルが黒い霧のようになって拡散する。
「来て、イオ!」「来い、ネメシス!」
「「ディアラマ!」」
回復要員となったゆかりと、天田くんの回復スキルが私たちの減った体力を回復する。
『真田先輩と天田くん、それと湊ちゃん。蓄積された毒が猛毒に変わったみたい回復を』
敵である隠者のアルカナを持つ大型シャドウに関しての情報を全て引き出したため、風花には私たちは勿論のこと大型シャドウの動きや体力、状態異常の変動などの管制をしてもらっている。体力が一番少なくなったメンバーをゆかりに伝え、私たちの身体に蓄積される毒がもの凄く体力を奪う猛毒に変わった瞬間に道具を使うように勧めるように。おかげで、自分で自分の体力の確認をしなくていいから、攻撃に専念できるという寸法だ。って、こういうの総司くんなんかが得意そうだなって思う。
私は武器である薙刀を振り抜く。その瞬間、近くにあった全てのケーブルが宙を舞って、粉々に切り刻まれる。大型シャドウがどう動き、味方である皆の動きが何となく分かる。一際、激しい動きをしている部分を押さえるように、薙刀の刃を差し込んで捻り切る。そして出来た穴を使って奥に薙刀の刃を差し込んだ私は左手で召喚器を構え、引き金を引く。
「ナーガラジャ、ミリオンシュート!」
スキルが発動し、大型シャドウの内部を破壊するように突き進む攻撃。すると胸部に激しい光を放ちながら収束する電力が見えた。私は風花を通して全員に距離を取って防御するように命令する。
その間も私は武器を突き刺したまま、連続で攻撃スキルを体内に叩き込み続ける。そして、眩い光が放たれた。私はナーガラジャのおかげで電撃は無効化されるが、他の皆はと思って目を向けると電撃攻撃に対して耐性を持つ真田先輩とアイギス、体力が高い荒垣さんが壁となって他のメンバーを守ったようだ。
しかし、威力は想像以上だったようで彼らは一様に膝をついた。ゆかりと天田くん、美鶴先輩が回復役に回る。すると彼らを背にして仁王立ちする姿があった。鷹のように鋭い眼差しで大型シャドウを睨みつける優ちゃん。その足元にはコロマルがいる。
「私を……嘗めるなぁあああ!」
優ちゃんの咆哮に一同の目が点になる中、彼女の背後に浮かび上がったウシワカマルが、自身が着ている白い衣を掴んで脱ぎ捨てた。
ちゃんと大事なところは逆光になっていて大きさは確認することは出来ないがたぶん総司くんのよりは小さそう。
しかし、なんでペルソナが服を脱ぐ必要があるのとツッコミを入れそうになった私だったが、ウシワカマルの行動には続きがあった。白い衣を脱ぎ捨てたウシワカマルは赤い鎧を身に纏っていく。頭には黒い烏帽子を被り、両手にはそれぞれ刀を持つ。そのまま刀を構える姿は童子ではなく、立派な若武者。
まさかペルソナが……進化した?
「ヨシツネ!ブレイブザッパー!」
優ちゃんが召喚器の引き金を引く。彼女の背後に浮かび上がっていた赤鎧の若武者が2本の刀を振り向く動作をすると、大型シャドウに大きな刃が振り下ろされた。袈裟斬りの形で振り下ろされたそれは大型シャドウの胴体を容易く切り裂き、大きな傷跡を残したのだが断ち切る前に消えてしまう。
どうして?と思って優ちゃんを見ると目をぐるぐる回して気絶していた。あれ、この光景を見たことある気がする。
「容量オーバーだったんだろ。いつかの俺と同じだ」
体力を回復してもらった真田先輩が同情するような視線でコロマルに足先を銜えられて引き摺られていく優ちゃんを見送る。ああそうか、法王と恋愛の大型シャドウと戦う際に総司くんが作ったスペシャルメニューで得られた能力で、真田先輩がもの凄く体力を使う攻撃スキルを使って膝をついたアレと似ているのか。
「つーか、そいつ。今の攻撃で虫の息だぞ」
「電力を供給していた全てのケーブルが切られているようであります。湊さん、総攻撃の掛け声を」
「うん。皆、武器を構えて。いっくよー!!」
その後、私たちは隠者の大型シャドウをぼっこぼっこにしたのだった。