隠者のアルカナを持つシャドウを討伐した私たちは地上に出てきて直ぐに新鮮な空気を吸い込んでようやく落ち着く。前回の時のような戦いにならなかっただけマシなのかなと思っていたら、腰が抜けてしまった私はその場で座り込む。他の面々も安堵の息をついたり、怪我の治療を行ったりと過ごしている中、風花だけが戸惑うような表情を何度も見せる。
「これって、総司くんのペルソナの反応?……どうして、何度も現れたり消えたりしているの?」
「っ!?動きがあったということか!コロマル、アイギス、寮に向かえ!恐らくストレガの連中だ!」
「了解したであります」
「ワォオオン!」
風花の言葉を聞いた真田先輩がはっとした表情を見せ、アイギスとコロマルに指示を飛ばす。指示を受けたコロマルとアイギスはそれぞれ最高速度で駆け出す。指示を出した真田先輩が脇に天田くんを抱え走り出し、どういうことかを聞き出そうとした桐条先輩が後を追って走り出した。
残されたのは腰の抜けた状態の私と怒涛の展開についていけなかったゆかりとルキアを展開したままおろおろしている風花。そんな私たち3人娘を面倒くさそうに見ている荒垣さんの背には未だに目を回している優ちゃんがいる。
「結城、立てそうか?」
「えっと、無理っぽいです」
「……。岳羽と山岸は自分で走れるな?」
「「は、はいっ!」」
「……仕方ねぇ」
ゆかりと風花の返事を聞いた荒垣さんは私を肩に米俵のように担ぎ上げた。それと同じように優ちゃんも反対の肩に担ぐ。
「あの野郎は無事だと思うが、さっさと行くぞ」
荒垣さんはそう言うと走り出す。荒垣さんの後ろをついて走ってくるゆかりと風花が私たちに向かって不憫なものを見るような視線を向けてくる。考えたくはないが、ショーツが丸見えなんだろうなと思う。影時間だから見るのはゆかりや風花だけだからいいけれど、もしもこれが日中の出来事なら迷わず置いていってもらいたい。
「あ、そういえば。失くしていたと思っていたお気に入りのショーツが見つかったんだよね。今までどこを探してもなかったのに、なんでいきなり3枚も出てくるんだろ?」
「……結城、何故それを俺に言う?」
荒垣さんが心底どうでもいいと言わんばかりに告げる。
「いや、総司くんがいない間、洗濯物は自分で洗わないといけなかったじゃないですか。だから、気掛けていたんですけれど、今日学校から帰って来たら部屋にちゃんと畳まれた状態で他の洗濯物と一緒にあってですね。……って、犯人は総司くんかっ!?」
寮に帰ったら問い詰めようと決意した私に対して、ゆかりからとてもきつい一言が言い渡される。
「……湊、自意識過剰」
「ち、ちがうもん!!」
「あは、ははは……」
私と総司くんがお付き合いをしているのを知らないゆかりや風花からすれば、年下の男の子に恋恋慕を抱く痛い女子高生にしか見えないのだろう。しかも、失くしたはずの下着をその男の子が隠し持っていたのではないかと疑う女子高生という図式だ。まだ、ゆかりと風花だからいいけれど、優ちゃんに聞かれると完全にアウトなので、これ以上は災いになると思い寮まで口を噤むのだった。
◇◇◇
翌日、身体に昨夜の戦闘による疲労はなさそうだと軽くストレッチをした私がエントランスに下りると、コロマルの困ったような助けを呼ぶような情けない鳴き声が聞こえてきた。視線をそちらに向けるとコロマルを胸に抱きながら床に寝転がっている優ちゃんを発見した。そっと様子を見ると優ちゃんは夢見心地でコロマルの背中に頬ずりしながら眠っている。
気持ち良さそうに眠る優ちゃんを起こすのも悪いと思ったので、コロマルの頭を一撫ですると私は立ち上がった。台所を見ると天田くんと風花に調理講習をする総司くんの姿があった。
他の皆の姿がないことを不思議に思っていると、私に気付いた風花が教えてくれた。昨夜誰にも知られることなく、この寮に侵入し順平を拘束したチドリというストレガのメンバー。彼女は召喚器を奪われたことに気付くと錯乱したので、アイギスの手刀で昏倒させることになった。現在は桐条グループ管轄化の病院に移送されて、先輩らから尋問をされているだろうとのこと。順平は場所を知っていたゆかりから病院の場所を聞き出し、会いに行ってしまったと。
「愛かな?」
「うん、たぶんね」
私は風花とそんな話をしつつ、台所で料理する総司くんの姿を見る。すると彼はアクロバティックな動きで白くて丸いものを指先で回していた。天田くんが尊敬するようなキラキラとした視線を彼に向ける。
「風花、今日の昼ごはんって何?」
「ピザだよ。湊ちゃんが総司くんに贈ったんじゃない。あの大理石のまな板」
「あはは、そうだっけ?」
私は苦笑いしつつその場をやり過ごすしかなかった。
待つこと暫し、巌戸台学生分寮の料理人たち珠玉のお手製の本格ピザは、自家製プチソウルトマトをふんだんに使ったトマトソースをベースに、自家製ハーブや自家製チーズなどを載せてオーブンでこんがり焼き上げたもの。出来上がった時の香りも口に入れた瞬間の幸福感は食べた者の常識を崩壊させる。私と風花は腰砕けの状態でありながら、色々なバリエーションで出されるピザの魔力に抵抗できずに出されたピザ8種類すべてを味わってしまった。
私は張ってしまったお腹をなでつつ風花を見る。私はタルタロスで運動するからいいけれど、風花はどう運動するんだろうと疑問に思って聞くと、『汗を掻く運動は1人でも出来る』とのこと。まさか、風花。アレのことを言っているんじゃないよね?
「晩ご飯はどうしますか、総司さん」
「うーん。先輩たちの動き次第なんだけれど、たぶんこのメンバーだけになる可能性が高いからさ」
そう天田くんと会話している総司くんは出来上がったピザを未だに床に寝転がったままの優ちゃんの口に垂らしている。トロトロのチーズに匂いを嗅ぎつけた優ちゃんはばくりと、まるで餌につられて針を丸呑みする魚のように食いついた。
「もぐもぐ。うまー!!」
「他にも種類あるんだから、席について食べてきな。代わりにコロマルを解放しなさい」
「はーい!」
今までダルそうにしていた彼女とは裏腹に総司くんたちが作ったピザに齧り付く優ちゃん。優ちゃんの抱き締め攻撃にグロッキーになっているコロマルの前にコトリと置かれた皿の上にはピザみたいなものが乗っている。
「昨日はコロマルも大活躍だったって聞いているよ。今日はドッグフードじゃなくて、ライスピザにしてみたよ。あとで感想を聞かせてね」
総司くんの言葉に頷くように小さく吠えるコロマルはすんすんと匂いを嗅ぐと、端っこの方から食べ始める。そして、自分のために作られたライスピザが美味しかったのか、ブンブンと尻尾を振りつつ勢い良く食べ始めた。そんなコロマルの頭を一撫でした総司くんは、私たちや天田くんを見て告げる。
「時期的には少し早いけれど、鍋にしましょうか。何か希望はありますか?」
鍋かぁ……私はしたことないなぁ。と肩を落としていると何か私の心の機微を感じたのか、風花と天田くんが総司くんに自分たちが知っているようなありきたりの物ではなく、『変わり鍋』はないかを尋ねている。
自分から尋ねたのに、まさか尋ね返されることになろうとは考えていなかったのか、総司くんはじゃあと言いつつ意見を言っていく。そして、私と風花がびくりと反応した鍋を作ることになった。その名は『コラーゲン鍋』。
ピザに続き、鍋も本格的に作ると言って総司くんは天田くんとコロマルを連れて買出しに行ってしまった。優ちゃんも昨夜の疲れが取れ切っていないようで残されていたピザを食べ終えるとのそのそとした動きで階段を上がっていった。
それと同時に階段を降りてきたのは収穫してきた野菜を抱えたアイギスであった。アイギスはそのまま台所の台の上に野菜を下ろすと、常温保存のものと冷蔵保存のものに分ける。そして、土を洗い流し、鮮度を保つようにそれぞれの野菜にあった処理を行った後、私たちに気付きエントランスにやってきた。
「湊さん、風花さん。どうかしたでありますか?」
「いや、今まで屋上にいたの?」
「早朝は総司さんと一緒に作業していたでありますが、彼は朝食や昼食の準備をするためある程度のところで切り上げますから。私は予定が特に無いのでずっと作業をしていたであります」
アイギスはそう言って、ソファに腰掛ける。彼女の身体は汗を掻く事の無い機械であるが、総司くんのお手伝いをするようになってからお洒落になった。というのも総司くんが農業をするからといって地味な格好をする必要が無いとアイギスにも服を用意し始めたからである。ちなみに私が失くしたと思っていた下着や寝巻き一式がアイギスの部屋のタンスの中に入っていたという話を聞いて、総司くんに詰め寄らなくて良かったと思った。
「それにしても驚いちゃったね。まさかアイちゃんが私たちと一緒に学校に通う事になるなんて。総司くんのおかげで服を着るようになっていたから、制服を着ていても全然違和感がなかったよ」
「ありがとうございます。ところで、湊さんや風花さんはここで何をしているでありますか?」
「えっと、特に何もすることがないんだ。総司くんたちが今夜の晩ご飯の材料を買いに行ってしまったからね」
「ちなみに今日の晩ご飯のメニューは何でしょうか?」
「コラーゲン鍋だって」
「……。天田さん、コロマルさん。ご愁傷様であります」
アイギスはそう言って玄関に向かって敬礼をすると、今度は果物の世話をしてくるかと階段を上がっていく。私たちは彼女の言った意味が分からぬまま、悶々と過ごす事になったのだった。
そして、その夜に鍋を囲むことになったのだが、天田くんは涙を噛み締めながら鶏肉を『はふっはふっ』と熱いのも構わずに食べている。総司くんはいつも通りだが、コロマルが自分の耳を押さえるようにして伏せているのを見ると彼に連れられていった買出しで碌なことがなかったというのは分かる。
私と風花と優ちゃんは箸で挟んだ『ぷりっぷり』の鶏肉を見る。もしかして……と思ったが深く考えると食べられなくなると思い、私たちは何も聞かずに食べ勧める。
〆であるコラーゲンたっぷりのおじやを食べた私たちは今までの人生に無いほど手を合わせ、私たちの血肉となるために散った命に感謝するのであった。