ここの所、学校の授業が終わったらすぐに桐条グループが運営している病院に向かってストレガのチドリを尋問していた先輩たちが寮に帰って来た。順平も一緒に帰って来たのだが、雰囲気がかなり沈み込んでしまっていて、何と声を掛ければいいのか分からない。
そんな中、真田先輩に頼まれて夜食と呼べるものを用意していた総司くんが、帰って来た先輩たちに何も言わずにさっと料理を振舞う。パリッとした焼き目を付けた白身魚を使ったお茶漬け。眉を寄せて難しい表情を浮かべていた先輩たちや順平は、さらさらとしたお茶漬けを一心不乱に食べ、大きく安堵の息を吐いた。
「相変わらずだな、総司。胸に抱えていたモヤモヤが全部吹き飛んだぞ」
「ふっ、寮という環境にいるにも関わらず、口に入れた瞬間には木々に囲まれた渓流を思い浮かべさせるとはな」
美鶴先輩がお茶漬けを啜るなんて似合わないと思ったのだが、私の思い違いだったようだ。凛としていて、すごく華のある姿だった。
「お嬢さま、お帰りなさいませ」
「葛城……か?何故、父上の護衛である貴女がここにいる?」
「総帥の護衛には郷田と影村がついております。総帥の言伝を聞いている真田さまはどなたでしょうか?」
「俺だ」
お茶漬けを食べ終えた真田先輩が丼を机に置きながら言う。服の袖で口元を拭うと、周囲にいる私たちを見て大きく頷いた。
「全員、揃っているようだな。俺の最近の言動について聞かせたいことがある。……心して聞いて欲しい」
そう言って、真田先輩は語り始める。
◇
「事の発端は夏祭りから数日経ったある日に遡る」
真田先輩は椅子にふんぞり返って腕を組むと思い出すように話し始める。
「俺はとある人物に呼び出され、桐条グループの本社へ赴いた」
桐条グループと聞いて私たちの視線は葛城さんを侍らせる美鶴先輩へと向かう。
「俺を呼び出したのは美鶴の親父さん、桐条総帥だった。俺自体が美鶴の活動に協力した時点で親父さんとは何度か顔を合わせていたので特に気にはしなかったのだが、護衛の人間まで下がらせるやり方に、機密性の高い情報がやり取りされるということが分かった」
そんな重要な話をするのにどうして娘である美鶴先輩が呼ばれなかったのかが気になった。勿論、美鶴先輩の目にも困惑の色が映る。父親である桐条総帥に信じてもらえていないのではないかといった不安が伝わってくる。
「そして、桐条総帥から、屋久島で見せられたビデオが改修されていた件と、改修を施した人物について話をされた。その人物は自分の目的のために相当な期間を掛けて準備をしてきていたようで、中々尻尾を掴むことが出来なかったのだが、最近になって怪しい経歴を持つ人物が浮上したというのだ。しかし、その人物を捕らえるにも証拠がないという話を聞き、俺はひとつの案を提示した」
屋久島でのビデオの一件と聞いてゆかりが泣きそうな表情を浮かべ、下唇を噛み締めた。加えて、改修されていたという事実を聞いて涙をポロポロ零す。屋久島でのあの時は、信じていた人物に裏切られたと絶望して涙を見せたが、今度の涙は違うはずだ。
「今まで象徴化していた人物が俺たちと生活する中で影時間の適性を得て、ペルソナを覚醒させたという話を。実はその時点ではまだ、総司のペルソナは確認していなかったのだが、そこはハッタリという奴だ」
真田先輩は肩をすくめながら総司くんと荒垣さんを見た。2人は特に気にせず、話を進めるように促す。
「桐条総帥もその案を受け入れた。一番、その人物が動くと思われていた満月の日、俺はその人物に真実と虚言を織り交ぜて説明した。結果は皆が知っての通り、この寮にストレガのチドリが現れた。順平というオマケ付であったが。そして彼女は総司と対峙した際に『こんなペルソナ使いがいるとは“聞いていない”』と発言した。そのことは総司と順平が覚えていたし、彼女の反応を見る限り間違いないだろう」
疑念は疑惑へと変わり、そしてついに怪しい人物を照らし出した。
「勿体ぶり過ぎたな。そうだ、岳羽の親父さんを貶める映像を作り、俺たちを自分の駒として動かしてシャドウと戦わせ、ストレガに俺たちの情報を流して危機感を抱かせ、何か大きな事を起こそうとしていたのは、幾月理事長だ。現在、桐条グループは全力でアイツの行方を捜している。そこの女性が護衛として派遣されたのはそういった事情があったということだ。もしかしたら、ここに立ち寄る危険性もあったからな」
つまり、真田先輩は幾月理事長の疑惑の証拠を手に入れるために芝居を打ったという訳なのか。そして、美鶴先輩のお父さんが彼女に事情を説明しなかったのは……。
「私の影時間を消し去りたいという目的に賛同して協力してくれていたと思っていた幾月理事長が、実は私を利用して何か事を起こそうとしていたとはな。とんだ笑い話ではないか。……私の目は節穴でしかない」
「お嬢さま……」
両手で顔を覆った美鶴先輩に寄り添う葛城さん。すると、総司くんが疑問の声をそんな美鶴先輩に投げかけた。
「あの桐条先輩、何故落ち込む必要があるんです。幾月氏の企みが為すことを未然に防ぐ事が出来た。まだ何も“誰も”犠牲になっていないんですよ。そんな風に落ち込む暇があったら、幾月氏が何を考え、皆さんにシャドウを倒させて何をしようとしていたのかを調べるほうが先決ではないですか?」
「ねぇ、総司くん。本当に君は中学生なの?当事者である私たちでさえ、驚きの連続なのに」
ゆかりの容赦の無いツッコミに総司くんが頬を膨らませる。そんな姿を見て、その場の雰囲気に飲まれていた面々の表情が安らいだ。そんな中、今まで一言も喋らなかった順平が総司くんに近づいていって声を掛ける。どうやら内緒話のようで聞こえてこないが、総司くんが驚いた表情を見せた後に笑みを浮かべたので、悪い話ではないのだろうが。すると、先ほどまで落ち込んでいた美鶴先輩がすくっと立ち上がった。
「葛城、理事長が使っていたパソコンが4階の作戦室にある。恐らく近日中に調査チームが来て、持ち運びだされることになるのだろうが、その前に確かめたい。山岸、岳羽、アイギス。手伝って欲しい」
美鶴先輩に名前を告げられた面々は呆然とした表情を浮かべたがすぐに頷き返す。そして、立ち上がろうとしたのだが、総司くんが時計を指差したのを見て、美鶴先輩の頬が桃色に染まる。その様子を見ていた真田先輩と荒垣さんが小さく噴出した。そんな男子2人を睨みつける美鶴先輩の口元も笑っている。
「よしっ、特別課外活動部の新たな門出を祝って果物を切りますか!丁度、“ソーマンゴー”が熟れ頃だったんですよね♪」
その場にいた総司くんと葛城さん以外の人間の動きが固まる。
総司くんは鼻歌混じりで屋上に向かうために階段を上がろうとしている。私は咄嗟にアイギスを見る。ソーマンゴーはあれ以外にあったのかをどうかを。しかし、私に視線を向けられたアイギスはにっこりと微笑んで、すぐに首を横に振った。その仕草を見て、もう終わりだと絶望的な表情を浮かべる美鶴先輩と真田先輩と風花。彼女らは風花のダークマター事件の折、処分のために犠牲になった。
そして、もう1人の犠牲者はというと、寮の玄関から外に逃げようとしていたのか、天田くんとコロマルによって脱走を阻止されている。
私は考える。正直に言ってしまうか、それとも知らぬ存ぜぬを貫くかを。前者は確実に総司くんが臍を曲げる事案である。しかし、後者は人間関係そのものを壊してしまう危険性がある。ええい!当たって砕けろだっ!
「総司くん、実はそのソーマンゴーなんだけれど。私たちが……食べちゃった」
私は、“嘘”は言っていない。味わうことはしなかったけれども口に入れたのは確かだ。ほとんど捨てられてしまったっていうのは、私たちが言わなければバレないことであって。
「そ、そうなんですか?うわぁ……残念だなぁ、でも皆さんが食べたんならいっか。おいしかったですか?」
「とっても美味しかったよ!」
「ほっぺが落ちるかと思ったよ!」
「若返った気がするなぁ!」
「美鶴、さすがにその感想はないんじゃないか?」
「「「あははははは……」」」
私たちは心の中で総司くんに土下座しながら笑う。今後はこんなことがないように気をつけるからと、皆で頷きあいながら。あとでアイギスに口止めさせておかないといけないなぁと思いながら、私たちは夜を明かすのだった。
□
翌日、私が学校から帰ってくると同時に目を真っ赤に充血させたゆかりに抱き締められた。泣き喚く中で喋るものだからほとんど聞き取れなかったのだが、要約すると私が屋久島で彼女に向けて言ったように『自暴自棄にならずにお父さんを信じ続けてよかった』というものであった。
今日の学校を休んで理事長のパソコンを調べていた美鶴先輩、風花、アイギス、そしてゆかりの表情は晴れやかだった。ただ幾月理事長の企んでいた計画が入っていそうなファイルも見つかったがパスワードが解読できず、それだけが心残りだそうだが、後のことは美鶴先輩のお父さんの主導の下、きっと捜査チームが解いてくれることだろう。
父親の無実が証明されて喜びの感情を爆発させているゆかりの発散も兼ねて、今夜は久しぶりにタルタロスに行くことになった。勿論、総司くんも一緒に。
タルタロスに行って驚いたのは優ちゃんに引き続き、ゆかりのペルソナも進化していたこと。牛の頭部に象った椅子に座る女性のような姿をしていた【イオ】から、左右に大きな羽がついた胸像のようなペルソナ【イシス】へと変わっていたのである。ゆかりのペルソナが進化したのは、やはり彼女のお父さんのことが関係しているのだろう。心の変化に合わせてペルソナが進化する。つまり、以前のゆかりから何か変わったという証明になるのだろうか。
「ひゃんっ!?……ちょっと、誰……あれ?」
「どうした、結城?」
「い、いえ……」
お尻を思い切り鷲掴みにされた感触があって振り向いたが、そこにいたのは両手を臙脂色のコートのポケットに突っ込んだままの荒垣先輩とコロマルとじゃれあっている天田くんのみ。総司くんは床に“の”の字を書く優ちゃんの話を聞いているようだ。
優ちゃんのペルソナはウシワカマルから進化してヨシツネとなったが、どうやら優ちゃんのレベル的にヨシツネのスキルはとても使いづらい状態になってしまったらしく、そのことを総司くんに相談しているらしい。ゾクリと変な感覚があったと思ったら、胸や太ももの内側を触られる感触があり思わず内股になる私。周囲を見回すも私の近くには怪しい人影はない。何だろうと思っていたら、
「うぉっ、総司。いつの間にこっちに来たんだ?」
「えっと僕、順平さんと話していませんでしたっけ?」
「優ちゃんと話をしていたろ?優ちゃんも目を丸くしているぞ」
私から見て右端にいる優ちゃんのところから、左端にいる順平のところまで瞬間移動した総司くん。なんだろう、これの解明が出来れば、ここ最近私の身近で起きている謎現象も解決できそうな気がする。特に巌戸台駅前から長鳴神社に移動したトリックが。とりあえず、その解明もしないといけないのだが、まずはタルタロスの探索という訳で、11人という大所帯になった私たちはポータルを使って上がれるところまで上がった。総司くんがいない間、酷い目にあったあの階層へと。
「レベル上げした分、それとなく戦えるようになったがやはりまだきついな」
「岳羽も鳴上妹も進化した自分のペルソナに振り回されている印象を受けるな」
「す、すみません……」
「面目ないです……」
強力な風属性スキルを扱えるようになったゆかりであるが、威力上昇と同時に使用する精神力が増しているようで、スキルを使うたびに眩暈がするようで、進化した意味が感じられない。優ちゃんの方は更に深刻だ。彼女のヨシツネは体力をかなり奪うらしく、スキルを使う度に産まれたての小鹿のように足をプルプルさせている。
そうこうしていると、進行上に紫色の巨大な騎士の姿をしたシャドウが待ち構えているのが見えた。
「凱旋の騎士か……湊、大丈夫か?」
「……はい」
私は無意識に腹部を擦っていたようだ。今回は大丈夫と言い聞かせるが、やはり一度刻まれた恐怖は中々拭えない。すると、真田先輩と荒垣先輩が振り向いて、後方にいた人物に声を掛けた。
「総司、お前の力を見せてくれ。あいつはかなり拙いんだ」
「負けることはないと思うが、前回あいつに酷くやられた奴が多い。奴の存在自体がトラウマと言ってもいい。軽く捻り潰したっていう風に意識を変えてやりたい」
「分かりました。……来い、クロノス!『進撃の剣』『守護の杖』発動!」
総司くんの背後に現れたのはいくつもの噛み合った歯車を背にする黒い衣服を纏った美丈夫。右手には苗木を、左手には懐中時計を持っている。これが総司くんのペルソナなんだと思っていたら、今までに感じたことの無いくらいのステータスアップの恩恵を感じた。
進行上で私たちを待ち受けていた凱旋の騎士という名のシャドウも急に慌てだし、背を向けて逃げていく。それを逃がさないと言わんばかりにアイギスが腕に内蔵されている銃で撃ち抜いた。身体の中心に大きな風穴を開けて崩れ落ちた凱旋の騎士はその場で消えてなくなった。
私にトラウマを刻んだあのシャドウがこんなにも簡単に駆逐されてしまうなんて、逆の意味でへこたれそう。
「え、マジで?」
「これはさすがに……無しでしょ?」
「ふふふっ……鳴上が作る料理を通して我々が受けていた恩恵は本当に“出涸らし”だったのだな」
遠い目をしながら総司くんのペルソナの能力の感想を個々で語る面々。
これは本当にピンチの時だけに頼らないと今まで以上に駄目になってしまうと思った。ちなみに総司くんのペルソナは2種類の能力があると聞いていたので、お腹いっぱいだったがもう片方の力も見せてもらうことになった。総司くんの支援スキルのおかげでシャドウは勝手に逃げていくので、行き止まりになっているところに追い込んだシャドウを相手に実戦してもらうことに。
「じゃあ、行きますよ。ターゲティング、『アイスレイブン』4体に『スロウ』4倍掛け、時間は10秒!」
変化はすぐに訪れた。
今まで忙しなく私たちから逃げようとしていたシャドウの群れの動きがまるでカタツムリが移動するように遅くなった。1回の羽ばたきをすることも出来ずに総司くんが言った10秒が経過した。その後は何事も無かったように羽ばたき続ける。
総司くんのペルソナのもう1つの能力は時間操作であることは明白だった。
「確かにこれは破格すぎるな。しかし、能力を発動している間、鳴上は動けないというデメリットが存在するようだし、使いどころは選ばないといけないな」
見れば総司くんは膝に手を置いて肩で息をしていた。消費されているのが体力なのか精神力なのかが分からないけれど。しかし、相手を遅くするというスキルがある以上、動きを早くスキルもあるのは当然の理だろうけれど、あの瞬間移動が説明つかない。
それこそ時間を停めるくらいしないと……あれ?もしかして……。私は総司くんの傍に移動する。そして、内緒話をするように声を掛けた。
「もしかして、総司くん。クロノスの力で時間を停めて、私の身体に悪戯しているんじゃないの?」
「……」
総司くんは何も言わなかった。しかし、その行為はまさに肯定していることと同義だ。これは深くお話をする必要があると私は思い、彼の肩に手を置いた。それと同時だった。
「『ストップ』」
全ての動きが止まったのは。
壁際に追い込まれていたシャドウも、腕を組んで悩むように眉を寄せる美鶴先輩も。すごいすごいと跳ねていた天田くんは空中で制止し、優ちゃんが私たちに向かって何かを声を掛けようと口を開いたまま固まっている。
「うーん。どうしよう、まさか、ばれちゃ拙い人に真っ先にばれちゃうとは。開き直って、悪戯していましたって言うかな……あれ?」
「ほほう。罪を認める訳だね。覚悟はいいかな、総司くん?」
「うぇっ!?湊、なんで時間停止したはずなのにっ!?もしかして、僕に触れていたかr『ぷげらっ!!』」
私の思いを篭めた右ストレートを顔面に受けた総司くんはタルタロスの壁に後頭部を強打し、そのまま意識を失ったようにぐったりとしている。やりすぎちゃったかなと心配している私に悲報が訪れる。
なんと、総司くんが発動させた時間停止が解けないのである。私は必死になって彼を揺らしたりして起こすために奮闘するのだった。