優は実際に体験するのとかは全然大丈夫だが、映画で見るホラーは別という設定
「じゃーん!総司くん、今週の土日にここに行こうよ!」
と、湊先輩に声を掛けられたのは乾くんと一緒に朝食で使った食器を洗っている最中だった。僕の代わりに湊先輩が持ってきたパンフレットを受け取る乾くん。彼は僕の横に移動してパッとパンフレットを広げた。
「「ポロニアンロングビーチ?」」
「そう。桐条グループが運営しているリゾートプールだよ。会員制だから、人が入り乱れていることもないだろうし。どうかな?」
湊先輩の視線は僕にロックオンされているが、乾くんは気付いていない。これはどう答えたものか、と僕が悩んでいると隣で熱心にパンフレットに目を通していた乾くんが興奮した様子で話しかけてきた。
「総司さん、見てください!ウォータースライダーがいっぱいあるみたいですよ。流れるプールも全長500mあります!」
「天田くんも興味があるみたいだね。で、どうかな、総司くん?」
僕が助けを求めるように視線をエントランスに向けるとやれやれと言わんばかりに優と岳羽先輩が肩を竦めていた。見れば順平さんがはしゃぎ、明彦先輩が意味深に深く頷いている。どこかデジャブを感じる光景に、そういえば屋久島に行く前もこんな感じだったと思い出し、僕は湊先輩の誘いを受けたのだった。
◇◇◇
今日は一日を通して日差しが強く、天気予報士が口々にこの夏一番の暑さになるということで、エアコンを利かせた部屋で過ごしていたら乾くんと順平さんの2人にゲームをしないかと誘われ、どうせするならと作戦室に移動した。話を聞きつけた明彦先輩も混ざることになったのは意外であった。
するとそこに優からの電話があり、結局寮の中にいた全員が作戦室に集合することになった。初めて触れるゲーム機器に桐条先輩の目がキラキラ輝いていたのが印象に残っている。そんなゲーム大会も終わり、タルタロスにも行かないということで夕食後、エントランスでのんびりとテレビを見たり、雑誌を読んだりして過ごしていたら、眠気に負けた面々がどんどん自室に向かい、いつの間にかエントランスには僕と優と湊先輩とアイギスさんとコロマルだけになっていた。
「兄さんにしては珍しいね、こんな時間まで起きているなんて」
「実を言うと今夜は深夜のレイトムービーで好きな映画があるんだよ。それが起きている目的」
「えっと……、げぇっ!?これってもの凄い怖い奴じゃない!」
「そうは言ってもシャドウよりは怖くないと思うよ」
「それはそうだけど、怖いの程度が違うよ」
調べなきゃ良かったと新聞を置きながら優は言うけれど、僕の隣から移動しようとしない。そんな様子を見ていた湊先輩がクスクスと笑いながら声を掛けてくる。
「相変わらず仲がいい兄妹なんだから。あーあ、羨ましいなぁ、私にも総司くんみたいなお兄さんが居ればよかったのに」
「えー。兄さんが湊先輩の兄さんだったら、お付き合いも結婚も出来ませんよ」
「うわぁー、それは困る~」
そう言って優と湊先輩は顔を見合わせると笑いあう。僕は内心、出汁に使わないで欲しいと言いかけたのだが、湊先輩の潤んだ瞳を見てぎょっとした。さすがにこんなところで発情されては困ると視線を勢いよく逸らしてテレビを見る。優は湊先輩の横に移動するとアイギスさんも交えて女子トークを開始する。僕は丁度いいと思って、3人に一言告げるとシャワーを浴びるために浴場に向かう。
巌戸台学生分寮にある浴場を使用するのは桐条先輩とアイギスさんを除く全員であるが、基本的に女性陣が先に入ってお湯を流し、軽く掃除をしてお湯を入れなおし男性陣が入るようになっている。明彦先輩に関しては朝のロードワーク後にシャワーを浴びる時もあるので絶対ではない。
僕はお風呂に入ると同時に洗濯物で汚れが酷いものを一緒に洗いながら入浴を済ませるようにしている。それが終わるとお風呂の栓を抜き、浴槽の掃除を行い上がる。
寝巻きに着替えた後、洗濯物を男女別にして洗濯機に入れた僕が脱衣所から出るとそこには湊先輩とコロマルだけになっていた。
「あれ、優はともかくアイギスさんはどちらに?」
「2人とも3階に上がったよ」
そう言って、湊先輩はポンポンと自分の左側に座るように促してくる。それは昨夜の彼女を髣髴させる動きで、僕はちらりと床に伏せているコロマルを見る。コロマルは喋ることは出来ないけれど、彼の思いをアイギスは人間の言葉に変えることができるのだ。まさか、それを忘れたわけではないと思うから、エロ方面の展開はないだろうと考え、彼女の右隣に座った。テレビは僕が見たいと言った映画が流れるチャンネルのままであったが、湊先輩はそちらに視線は向けずに僕の横顔ばかりを見ている。
「ど、どうかしました?」
僕が湊先輩に問うとフルフルと首を横に振る。するとコテンと僕の太ももを枕にするようにソファに寝転がる。内心、『逆じゃね?』とツッコミを入れたが、ふとこれもこれでありかと思い湊先輩の髪を梳く。
湊先輩の髪は普段はアップになっているので分かり難いが結構長髪である。公式ビジュアルブックには初期ペルソナであるオルフェウス♀と同じくらいの長さがあるらしい。女性の髪は長くなれば長くなるほどケアが大変らしいので、結構気を使っているのかもしれない。すると湊先輩の髪を梳いていた僕の右手がいきなり掴まれる。ギョッとしながら彼女を見ると僕の手の甲を顔の前に持ってきてキスをしていた。まるで自分を労わってくれる手に感謝するように。止め処なくキスの雨を降らせる。僕は右手が使えなくなったので仕方なく左手で頭頂部を撫でることにした。
ちなみに僕が楽しみにしていたレイトムービーは『着○アリ』。
画面に映画のタイトルが出た瞬間、湊先輩の身体が目に見えて硬直したのが分かった。
映画のあらすじは簡単である。
携帯電話に死の予告電話なるものを受け取った人たちが次々に死ぬ現象が起きる。主人公である女子大生の周囲でも死が起こり、親友の下にも予告電話が来てしまう。主人公は死の予告電話の最初の犠牲者の兄と協力し、親友を救おうと調査するが、その間に親友は死んでしまう。その後、主人公にも死の予告電話が入るのである。
クライマックスに向けてテンションが上がる僕を余所にいつの間にか寝返って身体に縋り付いてくる体勢になっていた湊先輩。途中、起きて来た先輩方が珍しいものを見たと言わんばかりに近寄ってきたのだが、僕が見ている映画が邦画でも特に怖いといわれる映画のランキング上位に入るものだと知ると、一緒に見ようと誘う僕に対して首を横に振って脇目も降らず退散していった。
岳羽先輩が幽霊のことが大の苦手というのは知っていたので、『アクションものですよ』と嘘をついてソファに座らせたら、映像が映った瞬間に涙目で逃げて行った。
そして最終的に悪霊に憑かれた主人公が協力者の男を刃物で刺し殺す寸前の場面で画面が真っ暗になった。というか影時間になったようで電灯も消えて、辺りはうす気味悪い状態になっている。
相変わらず湊先輩は僕に抱きついたまま震えている。こういった場面で携帯が鳴ると面白いんだけどなぁと思ったのだが、影時間内では携帯電話を使えないので考えるだけ無駄である。仕方が無いので影時間が終わって映画が再開するまでの間、瞼をぎゅっと瞑って僕の身体に抱きついている湊先輩に悪戯することにした。
「……やめっ……やぁん……総司くんの……いじわるぅ……」
恐怖とは別の意味でゾワゾワくる感覚を引き起こす湊先輩の声。
先ほどまで僕たちが座っているソファの近くにいたコロマルはクッションを咥えて、エントランスの隅に設けられた専用スペースに逃げていった。あとでお詫びと口止めの意味で高級ドッグフードを献上しようと思う。
ちなみに僕が湊先輩にしているのは服の上から胸を揉んだり、ジャージの上から秘部を軽く触ったりするだけである。映画が始まる前までここでエロいことをするにはリスクが高過ぎるという考えはどこかへ飛んでいってしまったようだ。
「あと……もうちょっと……なのにぃ……」
うん、ここはエントランスなので絶頂されると後始末に困るのだ。だから、もうそろそろかなって思ったら手を休めるようにしている。すると当然、瞼を開けて視線で訴えかけてくるのだが、僕が『映画の続きを見ますか?』と尋ねると途端に『ぎゅっ』と目を瞑って抱きつきなおすのである。
このやり取りが好きでもう3度目である。
しかし、長らくテレビの音がしないことに気付いたのか、もぞもぞと湊先輩が動き出した。寝返りを打ってテレビの方を向いたのである。だが、丁度影時間が終わり何事もなかったように電灯が点きなおってテレビの画面に悪霊に取り憑かれた主人公が男を刃物で刺す場面が映った。どうしてと言いたげな男が倒れ、最後に画面に映ったのは人のものとは思えない表情を浮かべた主人公。
その場面を見てしまった湊先輩がどんな反応をしたのかは語る必要はないだろう。
当然、甲高い若い女性の悲鳴が真夜中の学生寮に木霊したのであった。