巌戸台学生分寮に住む学生全員が食事を済ませるのを確認した僕は残っていたおかずを適当なお皿に盛り、少し遅めの朝食を食べ始める。お昼は何を作ろうかと思い浮かべながら白飯を咀嚼していると僕の正面に腕を組んでお冠の岳羽先輩が現れた。
「どうかされました?」
「昨日の映画。ホラー映画だったでしょ」
「はい。僕の大好物です」
「もの凄く怖かったんだけど?」
「はぁ……」
岳羽先輩の意図を汲み取れず僕は首を傾げつつ箸を休めることなく食べ続ける。するとその様子が癪に障ったのかプルプルと震えだした岳羽先輩は机を強く叩く。そして断言したのである。
「私はあの後、布団の中で一睡も出来なかったんだから!それと湊の悲鳴で余計に怖さが倍増したし!」
「で、岳羽先輩は僕に何を求めているんですか?……デート?」
発言を聞いていたのかエントランスで順平さんや桐条先輩たちと喋っていたはずの湊先輩が動きを止めて首から上だけをこちらに向けて岳羽先輩の後頭部と僕の顔を凝視してくる。その異様な視線に気付いたのか気付いていないのか岳羽先輩は冷房が効きすぎじゃないと腕を擦る。
「別に君は私の好みじゃないし。……よし、果山の『フルーツロール』で手を打つよ」
「それ……普通に僕が作った方が美味しくなると思うけどなぁ。ま、岳羽先輩の腹の虫がそれで納まるならいいや。分かりました、買ってきますね」
残っていたおかずを全部食べ終えた僕は立ち上がる。そして食器を片して階段を上がろうとした僕に声を掛けてくる人物がいた。
「総司、俺もそっち方面に用がある。途中まで一緒に行くぞ」
「あれ、珍しいですね。明彦先輩」
「ふっ、渋谷にボクシングシューズのいい店があるからな」
そんな会話をする僕らの後ろでタイミングを逃したと言わんばかりに頬を膨らませながら唸る湊先輩の姿があったのだが、今回は運が悪かったと思ってもらうしかない。僕は折りたたみ式のクーラーバックをリュックサックに入れて出かけることになった。駅に向かう僕と明彦先輩であったが、巌戸台駅には臙脂色のコートと黒いニット帽を被る師匠がいた。アイコンタクトを交わす明彦先輩と師匠の姿を確認した僕は乾くんとコロマルの強化計画が漏れていることを悟った。
「総司、手前の妹。勘が鋭すぎだ、俺らが潜んでいたポイントを確実に見抜いていたぜ」
「だが、実際にシンジたちの姿を確認したのは俺だけだ。今はその事実を少し伏せさせてもらっている」
「……その心は?」
「お前が原因だ、総司。俺は散々お前が影時間になったら象徴化するのを見てきた。だがここ最近は象徴化せずにいるだろう。昨夜は映画が影時間で映らなかった間も平然としていた。というよりも“結城の髪を撫でるのに夢中”で気付いていなかったようだがな」
明彦先輩は年下の家族に接するような優しい雰囲気で僕を見てくる。師匠も鷹のように鋭い瞳で僕を一瞥した後、流れる景色を眺めるようにしながら電車の壁に寄りかかった。
そんな心優しい先輩たちを前にして僕は内心、汗を滝のように流し、平静を装うように笑みを浮かべている。明彦先輩がどのタイミングで見ていたのか分からないが、影時間内で僕がしていたのは湊先輩の身体へのエッチな悪戯である。確かに左手は湊先輩の頭を撫でてはいたが、右手はブラジャーの上から胸を揉んだり、突いたり、抓んだりを繰り返し。股座に至ってはジャージの上から触って、揉んで、いじって。湊先輩が絶頂に達しようとするたびに止めて、潤んだ瞳で見てきたら胸を揉むところからやり直すとい
うものを繰り返していた。明彦先輩が語ったような健全なコミュニケーションではない。
「寮ではボクシングシューズがどうとか言ったが、今回俺が総司についてきたのは他でもない。お前のペルソナを確認するためだ。影時間に適性の無かった人間がある日、適性を持つようになるということは前例がない……訳ではないが、確かめておきたい。岳羽の言っていたロールケーキはクール便で寮に送ればいい。シンジは万が一、総司のペルソナが暴走した場合の鎮圧用に連れて来た。……シンジは経験者だからな」
「……召喚した直後に暴走はない。ペルソナが自身の制御を離れるのは抑えられなくなった時だ」
師匠は嫌な記憶を思い出したように苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。ペルソナの暴走、それは師匠……荒垣真次郎にとってのトラウマ。それが起きたのは2年前。乾くんの母親が死ぬことになってしまった悲しい事件。それ以来、師匠は償いの場を求めて彷徨い、乾くんは復讐の相手を探している。
「明彦先輩、ひとつ聞いてもいいですか?」
「どうした?」
「ペルソナって、自分の『心の力』で、『もう1人の自分』という認識でいいんですよね?神さまとか悪魔みたいな形していますけれど……」
「幾月さんの話ではそうらしいな」
「……なら、召喚器はいらないかも」
「「は?」」
明彦先輩と師匠がこいつは何を言っているんだと言わんばかりに口を開けて唖然としている。
ペルソナ3だけでなくペルソナ4の内容も覚えている僕からしてみたら、ペルソナは死を覚悟しなければ召喚できないものではない。実際にストレガのタカヤは武器として銃を使ってはいるけれど、ペルソナの召喚に召喚器は使わない。彼の場合は明彦先輩たちと違ってすでに死を覚悟しているからかもしれないけれど。
◇◇◇
岳羽先輩が御所網だった果山の『フルーツロール』をクール便で送った後、適当に時間を潰した僕たちは巌戸台学生分寮に寄らず、そのままタルタロスへ向かう。そして、僕は初めてその異形の塔へ足を踏み入れた。
「話には聞いていたけれど、実際に見るとやっぱり違うなぁ」
「一応、ここはシャドウだらけなんだから気を抜くんじゃねぇぞ」
「分かっていますって。あ、でも大丈夫なんですか?山岸先輩って、前回のストレガの件を受けて影時間中はペルソナを展開して周囲を探っているって岳羽先輩に聞いたんですけど?」
「山岸には一応、俺たちが居ない間に変な動きがあったとしても寮で緊急時に備えるようにしているように伝えてある。無理はしないはずだ」
そう言いながら僕らはエントランスの隅にあるポータルには近寄らず、中央にある巨大な時計盤のような形をしたモニュメントの下に設けられた入り口に行こうとして、エントランスの奥に銀色で縁取りされた金色の扉があることに気付いた。もしかしなくても深層モナドへ続く、『ヘブンズ・ドア』だろうか。しかし、先輩たちには見えていない様子。自分のペルソナを確認したら、寄りたいところだ。
シャドウが蔓延るタルタロス、エントランスにある階段を上っていけるのは【世俗の庭テベル】といわれる最下層である。出てくるシャドウはレアシャドウこと『宝物の手』といわれるアルカナ不明のものも含め8種類。さすがにここで死ぬようなことはない。現に明彦先輩と師匠の登場に悲鳴のような甲高い奇声を上げて逃げて回るシャドウがわんさかいるのである。
「じゃあ、総司。コレ、やってみろ」
そう言って明彦先輩が自分の召喚器を手渡してくるのだが、僕はとりあえずそれを受け取らずに目を閉じて深呼吸する。
イメージは心の底に眠るもう1人の自分を目覚めさせる感じで。影時間という特殊性からか、心の奥底から何かが沸き起こる感覚を覚える。心臓が早く脈打ち、体中に熱いナニカが駆け巡る。
そのナニカが直接、僕に語りかけてきた。
僕は頭に直接語りかけてくるような、その口上をそのまま自分の声に変える。
「『我は汝、汝は我。農耕と時空を司る神、我が名は【クロノス】』
一緒にいた明彦先輩と師匠は召喚器を使用しないで召喚をした僕に対し驚きの声を上げる。
その間、僕は召喚することになったクロノスのスペックを確かめ、戦闘における支援に特化しているスキルと、湊先輩とのエッチな性活に使えるなぁと思える時間操作系スキルの存在を知った。
後者のスキルを十全に使うにはレベル上げをあげて精神力(SP)の底上げが必要不可欠。僕はとりあえず、先輩たちに知られない程度で後者のスキルを調べるために、なけなしの精神力(SP)を半分支払って全ての時間を停止させたのだった。