厳密に言えば、農耕の神クロノスと時空の神クロノスは別物である。読み方こそ一緒であるが綴りが違うのだ。
むしろ僕にお似合いなのは前者の農耕の神クロノスの方であるが、後者の時空の神クロノスの力を使いこなすことができれば湊先輩との性活を他の先輩方にばれないか心配する必要がなくなる。
是非ともレベル上げをして精神力を増やさなきゃと勇んだ結果、割と簡単にレベル上げは出来た。
明彦先輩たちには見えず、僕には見える深層モナドへ続く【ヘブンズ・ゲート】。扉が見えていない先輩たちにちょっと違和感があると言って僕だけ近づいて、中に入った瞬間に時間停止スキルを発動。今の僕では対峙した瞬間にあの世へ逝ってしまうことになるだろう化け物級のシャドウたちが完全に動きを止めていた。
世俗の庭テベルにいた雑魚シャドウも時間停止した世界で問題なく倒せた。つまり、このモナドにいるシャドウも例外ではないはず。僕はとりあえず、近くに居た背中のマントが人間の手のように動く『グランドマグス』に殴り掛かった。
僕のペルソナとなるクロノスの能力は、農耕の神である部分の共に戦う仲間を支援する特化されたスキルと、時空の神である部分の敵味方を対象に行動を速めたり遅くしたり、止めることが出来るスキルである。
前者の農耕の神スキルは『進撃の剣』『守護の楯』『生命の杯』の3つ。
各SP20消費でスキル効果はそれぞれ味方全員の攻撃力アップ、守備力アップ、体力の回復。強化率と回復効果は僕のレベルに依存し、最低でも1%最高でも99%の強化が可能であるが、体力が全回復するメディアラハンやメシアライザーには劣るということ。
後者の時空の神スキルは『クイック』『スロウ』『ストップ』の3つ。
『クイック』と『スロウ』は『対象(数)×スキル効果(MAX4倍)×秒数=消費SP』という方程式が成り立ち、スキル使用中の僕はその場から動けなくなるというデメリットがある。
そして『ストップ』であるがコストは残っている精神力の半分という壊れ使用。だが、それを余って補うのが時間を止めている間は僕しか動けないというメリットだ。影時間限定であるが悪戯し放題という訳である。まぁ、僕の悪戯の対象は湊先輩だけなのだが。
「ふっふっふ。時間は掛かったけれど、これで僕のレベルは現在の湊先輩たちよりも上になった」
とはいっても現実世界では1秒も経っていないのだけれどね。
そして、深層モナドはそもそもタルタロスを254Fまで昇って、アルカナが死神のタルタロス最凶のシャドウ刈り取る者を討伐しないと来ることができない場所だ。最低でもレベルは88であり最高でレベル98、ラスボスを討伐するのに不安を覚えるプレイヤーたちに提供された強敵しかいない経験地稼ぎ場だ。
最下層には『メギドラオンでございます♪』なエレベーターガールがいるけれど、僕には関係ない。ともかく、当初の目的であったレベル上げは滞りなく終了した訳だ。支援スキルである『進撃の剣』を使えば脅威の攻撃力75%アップが待っている。
「あとはクロノスの力をどうエロに利用するかだけど……まぁ、考える時間はたっぷりあるか」
僕はそう呟きながら深層モナドを後にするために扉に触れる。そして、スキルを解除すると同時にエントランスに戻り何食わぬ顔で明彦先輩らと合流を果たす。先輩たちには違和感の正体は何だったかと聞かれたが、適当にぼかして話して帰路に着く。
途中で師匠と別れ、寮に帰りついた僕と明彦先輩を待っていたのは目尻を吊り上げてご立腹な桐条先輩と不安そうにおどおどしている山岸先輩だった。話を聞くと今夜のタルタロス付近で正体不明のペルソナ使いの反応があったとのこと。明彦先輩は驚きながら詳しい話を聞こうと山岸先輩に近づこうとしたのだが、その前に桐条先輩に耳をつかまれる。そして、音が鳴りそうなほど抓られた。
「こんなにも遅くなるなら遅くなると連絡をしろ、明彦っ!!」
「いでででっ!?」
「うわぁ、痛そう……」
「総司くんはセーフだよ。優ちゃんから『帰るのが遅れる』ってメールがあったことを聞いていたし」
「ここまで遅くなるとは思わなかったんですがね。……ところでこの惨状のことなんですが」
僕は台所を見ながら言う。
散乱した調理道具の数々、影時間が終わったにも関わらず、漂う死臭と触ると死んでしまいそうな紫色の煙。
処理しきれず残されたままのダークマター。
そして、コンロの横に置かれたままの空の容器。
僕は無言で山岸先輩へと視線を向ける。彼女は僕と視線を合わせようとせず、そっぽを向いている。僕は残されていたダークマターをスプーンで一口分掬うと、冷や汗をだらだら流している山岸先輩の前に立った。
「僕は言いましたよね。作ったものはまず自分で食べるって。さ、口を開けてください、山岸先輩。僕が『あーん』してあげますよ」
全力で首を横に振って拒否する山岸先輩。僕がスプーンを片手に近づくたびに後ずさりする山岸先輩。僕は立ち回りを考えつつ彼女を壁際に追い詰めた。山岸先輩の目の前には彼女謹製のダークマターがスプーンの上で妖しげな紫色の光と煙を発しながら死臭を漂わせている。
「さ、あーん」
「(ぶんぶん)」
「あーん」
「(ぶんぶんぶん)」
「……あーん」
「(ぶんぶんぶんぶん)」
「さっさと口を開けろや!せっかく僕たちが何日も前から仕込んでおいた麹漬けの牛肉まで使ってんだからさぁ!!」
僕の大声に驚いて口を少し開けた山岸先輩。そんな彼女の小さな口に僕はダークマターが乗ったスプーンをねじ込んだ。彼女の歯を傷つけないようにザラザラとしながらねっちょりとしつつ妙な弾力もあるそれを舌に乗せるとスプーンを引き抜いて、そのまま後方に投げ捨てる。
そして、左手で山岸先輩の下あごを掴むと、僕は満面の笑みを浮かべながら彼女に咀嚼させる。後ろの方から2人分の『もうやめてやれよ』的な視線が注がれているような気がするが、僕は構わず顔色を白とか青とか紫とか緑とかに変える山岸先輩がダークマターを飲み込んだのを確認してから解放する。
白目を剥いて、口から白い霊的なナニカを出しつつ横たわる山岸先輩を一瞥しながら振り向くと、明彦先輩と桐条先輩が同時に『ヒッ!?』と悪鬼羅刹を見たような短い悲鳴を上げた。
「……桐条先輩、僕は入寮する際に言いましたよね。山岸先輩は僕が居ない時には台所に入れないって。……巌戸台学生分寮の責任者として、その責務を果たしてもらいましょうか?」
僕は流し台に置かれていたダークマターが入った寸銅を持ち上げるとお玉で中身をかき混ぜながらそう言った。桐条先輩は目に見えて狼狽し、明彦先輩を楯にするように僕の方へ追いやってくる。抵抗しようにも帰りが遅れることを連絡し忘れていた明彦先輩は桐条先輩に強く出ることが出来ないでいるが、山岸先輩謹製のダークマターから逃れたいっていう気持ちは分かる。
「大丈夫ですって、山岸先輩もああなってはいますけど、死んではいませんし」
「お、落ち着け!鳴上、は……話をしようじゃないか」
「やめろ、美鶴!俺は山岸の料理はもう懲り懲りなんだ!」
「今回の麹付けの牛肉。今までで最高の出来だったんですよ。焼いても唇で噛み切れるくらい柔らかく、熟成させたことによって味もコクもあって、皆に喜んでもらえると思ったのに。こんな姿にされて……」
僕がどれだけの仕込みをしていたのかを知った2人は顔を見合わせる。だが、ダークマターが入った寸銅を持っている僕に近づいてくる気配は無い。僕は何かないかと周囲を見渡し、未だ安らかな表情で口から霊的なナニカを出してエントランス内を彷徨わせている山岸先輩の死体を視界に収める。僕は彼女に近づくと抱きかかえ、ソファに寝かせる。そして、宣言した。
「このダークマターを処理しない訳に行かないので、このまま協力を名乗り出ないのであれば、この残り全部を山岸先輩の口に流し込みます」
「やめろぉおお!!そんなことをしたら山岸が死んでしまうっ!!」
「だったら、桐条先輩。しないといけないことは分かりますよね?」
僕は台所の食器棚から透明なグラスをいくつか取り出すと、それにダークマターを注ぎ込む。ふむ、全部で8杯か。偶然にも寮にいる全員分がある。彼女が料理をするのを止めなかったという意味では全員に責任があるか。僕はそう考え、2人に囁く。
「別に桐条先輩や明彦先輩だけの所為ではないですよね。山岸先輩が調理しようとするのを止めなかったのは、この寮にいる全員でしょう?」
そんな悪魔の囁きのような提案をされた桐条先輩であったが、山岸先輩が台所で料理するのを黙認したことや後輩たちを犠牲にすることは出来ないと男気を見せ、朦朧としながら4杯飲んで気絶した。
明彦先輩も1杯は協力してくれたので残りは3杯。
1杯は未だ夢見心地の山岸先輩の口に流し込み、丘に上げられた魚のようにビクンビクンと跳ねた後、糸が切れた操り人形のように大人しくなったのを確認した。
あと2杯をどうするかと考えていたら、明彦先輩の忘れ物を届けにきた師匠と対面。事情を説明すると気絶した親友たちの姿を見ながら一気に飲み干し仰向けで倒れ込む。
そして残った1杯は僕が飲み干すことで山岸先輩が作ったダークマターはこの世から消滅することになった。ちなみに味は……
「くぁwせdrftgyふじこ……」
形容しがたいナニカだったことは確かだ。