立花家に残された四葉と瀧父の話です。
さすがに四人は狭いなぁ、ってのはみんな分かっていたことだから、あの二人が出ていったことで、ようやく正常な広さになったようだ。
布団も瀧君のものを使わせてもらっているので、たまに泊まりにきた時は、むしろ本来の持ち主が、居間に布団を敷いている。いや、私がそうしろと言ったわけではないのだけど、すっかりここは私の部屋みたいになっちゃってるから。
こうなってくると――本当に、どうして私がここで暮らしているのか判らない。
強いて言うのなら……この家は、四人で暮らすには狭いとしても、独りで暮らすには広すぎるから、なのかもね。
とはいえ、事実上私が世話になっている立場である。
だから、炊事当番――などと交代制にするつもりはない。
賑やかだった頃には霞んでいたことも、二人で暮せば見えてくるものもある。
あの人は……案外洋食の方が好きなのよね。
だから、今日はポークソテーにしてみた。
下味は付けているので、あの人が帰ってきてから焼けばいい。
しばらくして……今日は九時を回る前に帰ってきてくれた。
最近、少しずつだけど帰宅が早くなっている。
ちょっとだけ、嬉しい。
脱いだジャケットを受け取って、ハンガーに通して掛ける。
フライパンに火は入れてるけど、少しくらいならコンロを離れても大丈夫でしょ。
一足先に席に着いた彼に、食前酒代わりの生ビールを一杯。
私は未成年だから飲めない。
そうこうしているうちにメインディッシュも焼き上がった。
少し遅くなったけど……二人だけの静かな晩餐。
特に話すこともなく、落ち着いた時間が過ぎていく。
一日の終わりはこれでいい。
騒がしいのは、昼間、学校でやってきたから。
ここで――私のポケットがブルブルと震え出す。
中からスマホを取り出してみると――お姉ちゃんからだった。
「今度の日曜日、一緒に買い物に行こう……って」
来週に控えた、私の、誕生日プレゼントを。
「……そうか」
相変わらず、無関心。
こればっかりは、私もちょっと寂しい。
だからかな、少しだけ口数も増えてしまう。
「お姉ちゃんたちが出ていってから……随分経つねー……」
ここに来たとき、私まだ小学生だったんだけどね。
お姉ちゃんに続いて瀧君もついに社会人になっちゃったし、私もいつの間にやら高校生だ。
だけど、これに対する彼の返答は素っ気ない。
「キミは……まだ出ていかないのか?」
そんな冷たい言い草に、私も少し冷たく返す。
「出ていって、欲しいの?」
肯定されても悲しいのだけど――幸い、ちゃんと困ってくれた。
「そうは、言っていない」
これが彼なりの精一杯の優しさ……なんでしょうね。
彼も彼で――気にはしているみたいし。
「だが……私と暮らしていても、楽しくもないだろう」
「楽しいとか、楽しくないとか……そういうんじゃないんだよ、家庭ってのは」
壊れてしまうものもあるけれど、
確かなものが、ここにある。
そういうものを、求めてしまう。
だから……私はここにいる。
ご馳走様、と彼が席を立ったので、私は二人分の食器洗い。
いつもの彼なら、この後すぐにお風呂に入るところなのだけど――今日に限って、彼は食卓に戻ってきた。
「これを……キミは使えるか?」
水を止めて振り向くと、テーブルの上にはシックな濃紺の箱が置かれていた。手を拭いてからそれを開けてみると――中身は地味なネックレス。地味だけに、色んな服に合わせられそう。数十年前のデザイン、ってところに目を瞑れば。
「ありがと。でも、誕生日にはまだ早いよ?」
そういうのは、ちゃんと当日に欲しかったのだけど。
「深い意味はない。処分に困っていただけだ」
でしょうね。きっと、渡すべき人に渡せず、埃を被っていたのでしょうから。
「なら、誕生日には深い意味のある贈り物、期待していいの?」
「……娘相手に深いも浅いも意味はない」
ごく自然に実の娘みたいに接してくれるところは嬉しい。
だけど――
「私、娘どころか、血も繋がらない他人だよ」
それも、正式に結婚できる年頃の。
「赤の他人と、いい歳した娘が同棲しているのか。一人暮らしの男に家で」
彼にも世間体、ってのがあるものね。
だけど、私はあえて知らん振り。
「そだよ。……ダメ?」
今ある違和感は、数年も経てば薄まって消える。
私は、そう信じている。
けど。
「構わん……が、変な期待は持たないことだ」
そう言って、彼は再び席を立ってしまった。お風呂で疲れを取った後は、晩酌でもしながら寝てしまうんでしょうね。
変な期待は持つな……か。ま、それもそれで、あの人らしい気はする。
でも、私にはそれで充分。
一人暮らしは寂しいもんね。
だから……私がここにいてあげるよ。
気が変わるまで、ずっと、ね。