「と、いう訳で【上級】になった事を報告しに来ました。なんか特典とかありませんかね?」
ルーゼン錬金術ギルドの受付でそんな話をすると、受付の青年の動きが完全に停止した。そしてそのままこちらへと視線を向け、確認を行い、確認が終わると再び驚くような、しかし喜ぶような表情を浮かべた。
「おめでとうございます! 異邦人で錬金術師として上級の領域に踏み込んでくるのは当ギルドが把握している内では間違いなく初めの一人となります! 本当に驚きました! まさかこんな短時間でここまで至れるなんて……これが異邦人の性質というものでしょうか? 本当におめでとうございます」
「あぁ、どうも」
受付の青年が手を伸ばし、握手を求めて来るので、それに握手を交わすと、周囲から拍手が聞こえてくるので、少し驚いた。振り返れば驚きながらも、歓迎する様に拍手する現地人NPCの姿や、PCが混ざって拍手している姿が見える。あー、これはSS取られたな、と確信しつつも、特に気にする事でもないので、視線を再び受付の方へと戻す。
「えーと、それで」
「えぇ、はい。上級となった方々にはギルドの方から渡すものがあります。少々お待ちください」
そう言って青年は後ろの方へとギルド長、と言葉を口にしながら下がって行き、しばらくすると本を片手に戻ってくるのが見えた。それを受け付けの上に乗せると、受付の青年は近くにあったハンドベルを鳴らした。《審美眼》で確認すれば、それが錬金術によって作成されたアイテムであり、
サイレントベル ランク:C+ エーテル値:21 製作者:ガルード
鳴らす事によって一定範囲の音を相殺し、音が外へと漏れない遮音空間を生み出せる魔法のベル。内緒話や密会をするときに、盗聴対策として良く利用される。
値段:20万ゴールド
・それは音を完全遮断する
・それは二人だけを対象に取る
中々便利そうな道具だった。ランクもCちょい上で、そこまで難しそうには感じない。それに調整次第ではかなり悪用の出来そうな道具でもあった……今度、レシピを探してみよう。そう思いながら受付の青年から、これをお受け取りください、と本を貰った。パラパラと広げながら確認するその本の中身は、見た事のない上位レシピや、その素材、その役割や構造に関する内容の本だった。レシピ……と言うよりは論文に近い感じがする。
「これは……?」
「それはルーゼン錬金術ギルドが記録している、
再び本を開きながらその中身を確認して行く。書いてあるレシピに必要とされる素材、それらは全てルーゼンの周辺、どこで、どうやって採取すればいいのか、それが記載されていた。ただそこには幾つか聞き覚えのない名称や、知らない技術が乗っていた。
「また、錬金術ギルドでは《禁足地》の管理を行っています」
「禁足地、ですか?」
「はい。特別環境が不安定だったり、非常に特殊な環境であったりする為、特殊な素材が採取されますが、非常に危険である為、安全性と素材の数を守る為に当ギルドで管理しているエリアです。上級に到達した錬金術師はここに踏み込む許可を得ます」
また、と言葉が付け加えられる。
「それぞれの地にある錬金術ギルドにはそれぞれの管理している禁足地、そして保有しているレシピが存在します。その為、各地を回る事でギルドから特殊なレシピや、禁足地から素材を獲得する事が出来ます」
犯罪者であればギルドと関われない、つまりレシピや禁足地に入る事も出来ない。無法には無法のメリットがある。だが組織に所属しておいた場合にも、ちゃんとそれ相応のメリットがあるのだ。やはり短絡的に犯罪者にならなくて良かったな、と思えた。こんなものを隠し持っていたなんて思いもしなかった。
……これは、今までまるで考えてなかった事を実行する必要があるかもしれない。
「大陸移動をしつつ、フィールドワークと錬金術をしたい……という表情をしていますね」
「流石に解りやすいですか」
にこり、と笑みを浮かべながら受付が笑い、頷いた。
「えぇ。錬金術の上級に至るという事はただ穴倉に引きこもり、錬金術を繰り返すだけでは駄目です。世界の真理を解き明かすという衝動と、そして行動を実行する者が初めて到達できる領域です。ですので、誰も彼もこの話を聞くと、アトリエを飛び出して研究しようと考えだします。ですので、此方でもある程度支援する方針を決めています」
途中で死なれても困りますので、と苦笑しながら受付が言う言葉に、納得させられる。まぁ、確かに自分も今の話を聞かされてから外へと飛び出す事ばかりを考えていた。とはいえ、支援がどんなものかを聞く。
「馬車です」
「馬車、ですか?」
「はい。ですが普通の馬車ではなく、錬金術を行う為の施設を乗せた馬車です。錬金車とも呼びます。それを作成できる職人の仲介を行います。これさえあれば一つの場所に留まる必要がなく、旅をしながら錬金術をする事が出来ます」
「おぉ……!」
「ちなみにお値段はこんな感じです」
「ふぁ―――」
八ケタとかちょっと見た事のない数字を要求されてきた事実に震え上がる。RPというか何時も掲げていた余裕みたいなものが一瞬で剥がれる。八ケタ。八ケタとかちょっと、どうしよう、絶対に出せる金額じゃない。少なくとも1か月頑張った所で届くラインではない。
「あー……やはり、そこまで資金に余裕はないようですね」
「えぇ、まぁ、今のアトリエを購入するだけでも割とぎりぎりでしたし」
「でしょうね。我々の基準ですと何十年もかけて到達する境地の一つですから、それだけ長く中級でいれば、かなり資産も貯まりますから、少し苦しくても決して届かない領域ではないんです、一般的には。ですが流石にまだ日の浅い異邦人となりますと……確かに、少々厳しいでしょう」
ですので、と、言葉を置かれた。
「《空の鍵》を作成するのが宜しいかと」
「《空の鍵》?」
はい、とレシピ本を開きながら受付がとあるページを指定してくる。そこには鍵と扉でセットになっている錬金アイテムが表示されていた。作成難易度は前に作成したイデア・エーテリアスよりも難易度が高く、材料もどれもこれも聞いた事のないものばかりだった。だがこの《空の鍵》と呼ばれるものは中々興味深かった。
それは扉と鍵で1セットになっている道具だった。
鍵を使って扉を開ければ、
ともあれ、
これを使えば世界中、どこに居ても即座にアトリエにつなげて作業を行う事が出来る。扉から離れすぎると繋がりがリセットされてしまうという欠点はあるらしいものの、これがあれば拠点を構えたまま、各地を回る事も出来るだろう。
「ちなみに作成に必要な材料は当ギルドで管理する禁足地にて採取出来ます。また、場所に関する情報も販売しております。此方もそれなりに値段はしますが、十分異邦人の方々でも払える設定となっています」
「……商売が上手ですねぇ」
「いえいえ、それほどでも。それと戦争の方、参加する気が無かったら事前にご連絡をください。上級ともなると貴重な人材ですから、アトリエと身分の保護を此方で行いますので」
「あ、これはどうも……」
「これは貴重な人材を保護する為ですから、気にしないでください。このままのペースで超級を目指し、そして錬金術界に革新でも起こしてくれればそれで問題ありませんから」
受付のその言葉に笑い、溜息を吐いた。戦争に関してはどうにか、関わらずにいられそうだった。
世間では間違いなく、戦争が始まりそうだったのだ。ルーゼンも面倒な問題に直面していた。だけどそんな中で、間違いなく自分はメインストーリーではなく、サブイベントに突入していた。本筋から離れて一人だけ脇道に突入し、それを横から眺められる場所に居た。
それがどうしようもなく、楽しかった。
【畜生メガネ】おいすー
【畜生メガネ】あれ? 誰もいない?
【飯テロ】おいすー
【飯テロ】って眼鏡が一番乗りか
【畜生メガネ】おっすおっす。やはり世界は俺を中心に回ってる
【飯テロ】なんか言ってるし
【飯テロ】だけど後はお爺ちゃん
【畜生メガネ】お爺ちゃん!
【飯テロ】お爺ちゃん!
【介護剣豪】飯はまだかのぉ……
【畜生メガネ】もう、今生最後のご飯は食べたでしょ
【飯テロ】最 後 の 晩 餐w
【介護剣豪】もうこれは腹を切るしかないな
【畜生メガネ】お爺ちゃんのノリが良すぎる事実
【飯テロ】お爺ちゃんだからね
【介護剣豪】拙はVR環境前のネット初期時代の経験者だからなぁ……
【介護剣豪】我々の世代がどう思われているかは不明だが
【介護剣豪】ネット網構築初期の混沌としたネタと創作の時代
【介護剣豪】その構築と流れを見続けていたのが拙の時代
【介護剣豪】それももう後数年で終わるだろうがな
【畜生メガネ】死んだら英霊契約で一生ウチで戦いません?
【飯テロ】不謹慎―――!
【介護剣豪】ヴァルハラはあった……?
【飯テロ】お爺ちゃんのノリが良すぎてまるで話が進まない
【畜生メガネ】あ、そうでした
ホロボードに文字を入力する指を一旦停止させながら頬を軽く掻いた。いやぁ、あまりにもゴエモンお爺ちゃんのリアクションが面白いもので、ついついネタに走ってしまっていた。とりあえず息を入れ替えて、思考をリセットする。本題の方に忘れる前に……いや、忘れる事はないのだが、入っておきたい。ともあれ、まずは最初に、事の経緯を入力して行く。
「マスター、飲み物をお持ちしました」
「ご苦労」
ディーヴァが運んできたベリージュースの入ったカップを片手で受け取り、自宅のアトリエの椅子に座り、作業机に片肘をつく様に寄り掛かりながら、ホロウィンドウの中に文字を入力していた。
つまりは上級になって《禁足地》へと入る事が出来るようになった、という事実だ。
【畜生メガネ】ここ、普通だと入れないんだけど……
【畜生メガネ】例外として上級錬金術師の護衛という枠であれば別らしい
【畜生メガネ】軽く話を聞いた感じ、ソロは不可能っぽいしな
【畜生メガネ】という訳で、高難易度超特殊エリア、行かない?
【飯テロ】超行く
【介護剣豪】何時行く? 拙も行こう
滅茶苦茶ノリの良い二人だった。まぁ、確実に身内だと言えて、その上で一緒に高難易度特殊ダンジョンに安心して連れて行けるのは、リアル友人のアイザックと、そこらへんの感覚が特殊なゴエモンだろう。特にゴエモンに関してはなんというか、軽く悟りを開いている様な清々しさを感じるから安心して身内にカウントできる。何よりあのお爺ちゃん、面白いし。
【飯テロ】それで、どういう場所なんだ?
【介護剣豪】場所によっては装備を変えねばならんからな
あぁ、そうだよなぁ、と呟き、腕を組み、そして首を捻り、苦笑をしながら
【畜生メガネ】《星海深脈ニルヴァーナ》だそうで
【飯テロ】涅槃とかいう名前がつくエリア、絶対にロクでもない
【飯テロ】というか星海? 海?
【介護剣豪】深……という言葉があるからに海の底か?
「あー、やっぱり解っちゃうかー」
まぁ、隠した所で良い所は一つもない。自分が知るにあたって数十万支払ってギルドから購入した情報なのだが、事前準備が非常に大事なエリアでもある。というか事前準備なしで突入した場合、
【畜生メガネ】まず場所はルーゼンから数百キロ沖に離れた海溝
【飯テロ】もうこの時点で嫌な予感しかしない
【畜生メガネ】そこは不思議な事に良く隕石とか落ちるらしい
【畜生メガネ】その影響で生み出された海溝だとか
【畜生メガネ】だけどそれが原因でその周辺だけ環境が狂った
【畜生メガネ】宇宙から落ちた隕石の星属性による環境汚染と変動だとか
【介護剣豪】わくわくしてきた
【畜生メガネ】だから水と星が混ざった特殊環境
【畜生メガネ】重力異常の発生地帯
【畜生メガネ】それに加えて深海だから海流が発生している
【畜生メガネ】環境に影響されて変質した特殊なエネミーが出没
【畜生メガネ】ただーし! 経験値も! アイテムも美味しい!
【畜生メガネ】というか作りたいものがあるので行きたい
【畜生メガネ】なお現状、入れるのは俺だけだかんな
【飯テロ】でも海の下で活動する準備が最低限……
【飯テロ】それでも行ってみたいよなぁ……
【介護剣豪】環境の中でも動けるようにするのはどうにかするのだろう?
【畜生メガネ】まぁ、誘っている張本人だし
【介護剣豪】なら文句はない
【介護剣豪】寧ろ行きたい
【介護剣豪】隕鉄拾って刀にしたい
【介護剣豪】宇宙剣豪にジョブチェンジするのだ
【畜生メガネ】一人だけ世界観違ゥ!
【介護剣豪】スペース侍だぞ?
【介護剣豪】隕鉄だぞ? ロマンあふれるではないか
【介護剣豪】大体重力異常が発生するぐらいなのだ
【介護剣豪】隕鉄を材料に重力剣とかも作れそうだなぁ……!
【飯テロ】見なくても解る
【飯テロ】お爺ちゃんの両目、今輝いてる
【畜生メガネ】まぁ、WIKIにも他のPCも踏み込んだ事のないエリア
【畜生メガネ】だからPC視点のメタ情報もないけどな
【畜生メガネ】推奨レベルとか地味に解らない
【畜生メガネ】後事前対策も最低限しか教えてくれなかった
【畜生メガネ】水圧、水中戦闘、光源、呼吸
【畜生メガネ】最低限これだけの対策を行わないと即死するって
【飯テロ】自然環境だなぁ……
【介護剣豪】うむ、燃えて来るな
あのお爺ちゃん、割とゲーマーだよなぁ、と最近では思えて来た。なんというか、ロマンに情熱を費やしているというか。もっとストイックな剣豪みたいなキャラかと思ったが、かなりのおちゃめさんだ。或いは年を経ているからこそのおちゃめさんなのかもしれないが。それはともかく、アイザックもゴエモンも、この探索には非常に乗り気だった。そこに安心する。ギルドで《星海深脈》の紹介をされた時、
ナイト、ディーヴァ込みでは回避できても、
【畜生メガネ】それで……行く?
【介護剣豪】超行く
【飯テロ】お爺ちゃんアグレッシブ……
【飯テロ】あ、行く行く
【飯テロ】で、爆死何時にする?
【介護剣豪】死亡前提
【畜生メガネ】まぁ、準備もあるだろうし5日後?
【畜生メガネ】水圧呼吸光源属性対策はこっちでするから
【飯テロ】あいよー
【介護剣豪】では拙も水中戦闘向けのアイテムや武器を探そう
【飯テロ】水の抵抗があるなら間違いなく弓矢が使えないからなぁ……
【飯テロ】俺もなんか対策を考えておくわ
【畜生メガネ】ではそういう事で
【畜生メガネ】こっちも準備するので落ちるー
【畜生メガネ】|ω・`)ノシ
【飯テロ】乙―
【介護剣豪】ばーいにゃー
【飯テロ】顔に似合わないメッセやめろwww
チャット部屋からログアウトする。やっぱりお爺ちゃん、不意打ち気味にネタを打ち込んでくるのを止めて欲しい。腹筋が辛くなってくる。軽く笑い声を零しながらジュースを飲み終わらせ、糖分と脳へのエネルギー補充を終わらせたところでさて、と声を零す。
「どこから手を付けるかな……」
属性、環境汚染に関してはエーテル操作による環境操作を行えばよい。これで何とかなる。だから深海という環境で水属性のエーテルが大量に存在しても問題はない。それが技術と技能でどうにかなる範囲であるのはまだいい。
問題は呼吸と水圧対策だ。光源は魔法でどうにかできるからだ。
「というか水中戦闘となると間違いなく服も濡れるから、その対策も必要なんだよな」
とはいえ、呼吸対策はそこまで難しくはない。エアドロップという酸素を固めたアメの様なアイテムが割と有名だからだ。これも錬金術で作成できるアイテムの一つであり、口の中で唾液に反応して溶けて、徐々に酸素を飴の中から放出する、というアイテムである。これに関しては割と一般的に流通しているのは、作成難易度がDクラスとそこまで複雑ではないからだ。
それに水中環境に潜る必要があるので別段、ここだけではない。
一部レンジャーに関しては湖の中へと素材採取のために潜ったりする必要もあるのだから、それなりに需要があり、そして利用されている物でもある。溺死対策にもなるから、海に出る場合は不測の事態に備えて常備している者も多い。
「とはいえ、対策しろってギルドで言われたんだ……つまりは普通の対策だけではダメだ、って意味としても取れる」
となるとエアドロップの様に口の中に入れて……という状況だと不都合が発生するのだろうか? 或いはこういう呼吸補助、水中探索用の酸素補充用のアイテムには上位のものが存在し、其方の方が適切なのではないのだろうか?
「ディーヴァ、図書館からB~Aクラスのレシピ集を借りてきてくれ。今まで図書館に向かっても見つからなかったけど、ギルドでの対応とかを考えればたぶん、今なら貸してくれそうな気がする。できるなら水辺に関連するもの、ルーゼンや同じような海洋都市に関連する書物も纏めて借りて来てくれ」
「直ぐに行ってきます」
ディーヴァがアトリエを出て、図書館へと向かう。その間にルーゼンの方で購入しているレシピ集を本棚から取り出し、それを机の上に積み上げながら開いて、中身を確かめて行く。
一般向けのレシピだと高くてもBランクまでしか記載されていないのがネックだ。それ以上となると、やはりギルドで保管していたり、或いは一般に出回らない様に保存されていたりするのだ。何せ、錬金術なんて危険な技術の塊だ。レシピや技術書を通して簡単に出回ってしまっては困るから、実力のあるもの以外には出回らない様にしっかりと管理しているのだろう。
「うーん……こういうの、ファンタジーの定番だと泡の膜みたいなのを作って、その中に居る間は平気ー! とか、水中魔法ー! 俺は水の中でも普通に動ける! ……とかあるんだけど、原理的に不明なんだよなぁ。それとも概念を利用すればいいのか?」
《結界術》を使った自己ルールの領域形成をし、それで安全を確保する! ……というのは、少々勿体ない。何せ環境の正常化や操作は他の事でも行えるのに、それに態々貴重な専用ルール作りに割くのはあまりにも愚かしい。個人的には《結界術》に、普段は、というか普通は生み出せない虚無属性や星属性の様な、特殊属性を保存する事が出来ないかを期待しているのだ。
本来、これらの属性は特殊な資質を持つ者でもなければ扱えない……つまりは専用スキルでそれらの属性を扱える事を選んだPCや、先天的資質のあるNPCでもなければ、生み出す事が出来ない。まぁ、虚無は生み出す事自体は簡単なのだが、星属性は本来
だから保存、複製、或いは生成できるようにしたいのだ。
エーテル操作……に関しては技術だから、鍛えればどうにかなる。
だが鍛えてもどうにもならない資質的部分がある。
それを《結界術》というスキルで補えるのであれば、それで良い。個人的には《結界術》を属性のコントロールに特化させたいと考えていた。星属性や虚無属性を内包する結界、魔力、エーテルを安全に生み出す事が出来れば―――普通は作成する事の出来ない、数々の道具を生み出す事が出来るようになるだろう。
レアな属性を扱える、という事はつまり普通では生み出せない道具を生み出せるという事なのだ。錬金術はエーテルを操作して、変化と変形を促し、変異を起こさせる事を観察する学問。星と虚無は間違いなくレアであり、そして扱い辛いが、扱う事が出来れば今までとは違うステージに進める。
……まぁ、俺が保有する必要はないけどね。
極論、星属性を生み出せるプレイヤーを助手に雇って、そいつに純属性エーテルを星属性に染めさせるという手段も存在するのだから。自分で全部やる必要はない。というかそうできるなら社会が回らなくなる。
個人的には“虚属性の保存”とかが《結界術》のルール候補と考えている。つまり虚属性を生み出しても即座に反発、拒絶を発生させず、そのまま保存できる。虚属性を保存している魔力が触れたら同質量に対して機能……いや、だったら魔力領域内であれば、虚属性の制御可能とかに特化させた方が遥かに有用ではないだろうか?
ただこの場合、ルールの追加を段階的に分け、虚属性の操作に完全に特化させる必要がありそうだ。そうなると星属性とかに手が出せなくなる。
悩ましい。まぁ、トレーニングだけ進めて、必要な時に設定を行えばいいだろう。今はそこまで焦る必要はないし。それに今必要なのは深海という環境に対する対策だ。
現実であれば深海探査艇等を使って探索する領域だが、凄まじいまでの水圧によって金属でさえ圧縮される環境になる。この水圧をどうやって軽減するか、というのが最大の問題だ。ぶっちゃけた話、深海レベルになると凄まじいまでの水圧が重量としてのしかかってくるのだ。それを完全に魔法で抑え込むのに必要な魔力量を考えたくはない。
となると強度、重量に関係なくその役割を果たせる力が必要だ。
「空間形成系統の能力……陣形構築の能力……あとは異界形成能力……この中で一番難易度が低いのは空間系統だな。だけどそれでも難易度が高い。となると純粋に例外を環境に対して組み込むのが一番か……」
肉体を捨てて、霊体になれば恐らく水圧とかは関係ないし、水の抵抗も関係がなくなるだろう。魔力の通りも関係がない。だから
そうなると環境に対して直接作用させる方が早いか、と思う。
両足を机の上に乗せて伸ばしながら、本を手に、それをぱらぱらとめくって行く。
「水中活動……環境……そうだ、適応だ。水中という環境に一時的に適応すりゃあいいんだ。
自分の手を見る。
それは悪魔に一度浸食された手だった。この手の中にあのどす黒いエーテルが混ざり込んだ。あの後で一度、手の中にある混ざっていたエーテルを抜き取って排除した。しかしエーテルはエーテルと混ざる事が出来る、という性質を持っている。つまり固体状態に流体状態が流入する事は難しくないという事である。
「……」
近くにあった彫刻刀を見た。作業机の上のそれを引き抜き、
「―――かぁっ。ぅ―――!」
『マスター!?』
それを左指の関節の間に突き刺した。涙が出そうな程リアルな痛みが生まれ、泣きそうになる。だけどそれを堪えながら、指の間に差し込んだ彫刻刀をぐりぐりと動かし、指を千切って行く。
「ひぐっ、う……ぐぅ、ぐっ、かっ」
『マスター、一体何を―――』
「だま、って、みて、いろ……!」
『っ、は、い……』
焦り、心配するナイトを無視し、そのまま指を千切った。だが一本では満足できずに、今度は涙を流しながら指をもう2本、彫刻刀で穿って千切った。左手からあふれ出す血液が作業机の上を汚しながら、指が3本消えた自分の手を見て、涙に濡れた目で、しっかりと視た。
「はぁ、はぁ、物質がエーテルの状態によって変動し、変形し、それでいて繋がるというのであれば、はぁ、はぁ―――ひぐっ、ぐすっ……」
千切れた指に手を近づけ、それを
そうすれば痛みと血に濡れているが、
指が全て揃っている左手が再錬成された。
「はぁ、ひぐっ……成功、だ……ひぐっ、うぐっ……」
痛みに震える体を抑え込み、―――散らばった血液もまた、自分の一部だ。それをエーテルへと分解し、そして自分の体の中へと、元の血液として返還した。痛みはまだ残っているが、それでも実験は成功だ。
「ふぅー……人体を構成するエーテルの比率は解った。だけど―――今、俺はどういう手順でそれを構築したんだ?」
人体を構成するエーテル比率。そして、それに変換する為のやり方。それを今、感じ取って、超感覚的に行ったのだ。あの時、悪魔に体を侵食され、融合されて行く感触を頼りに。エーテルから剣を生み出す為にはプロセスを必要とした。つまり作成再現のプロセスだ。ならば人体の構築と再構築もそうだった筈だ。
そのプロセスが、不明瞭だった。
感覚的に分解、再構築だけでその合間が無かった。
システム的にそれで正しい―――なんてことはあり得ない。そもそもワールドシミュレーター染みたこの世界で、世界設定の中で、ありえない程に世界設定が構築されているこのEX:Worldの中で、システムだから、という理由で出来てしまう訳がない。何かを見逃しているか、或いは……必要なのは経験だった?
禁忌に触れる?
禁忌を経験する?
禁忌に侵される?
「……答えはでない、か」
どちらにしろ、トライアル&エラーだ。解らないのなら繰り返すしかない。試すしかない。実験するしかないのだ。そう思っていると、ディーヴァが本を重ね、片手で運びながら戻って来た。それを机の横に置かせながら、本を見て、とりあえずは目標に関して考える事にする。つまりは深海探索に対する準備だ。
本は大量にある、ヒントぐらいはあるだろう。そう思って、痛みを脳内から追い出して読み漁り始める。
結論から言えば、図書館には上級レシピ本があった。そしてその中に幾つか、ルーゼンの様な港や海洋都市特有の水中活動用のアイテムに関する情報が記載されていた。場合によっては更に深い所まで潜る必要がある為、そういう事を考慮して生み出した、先人たちの知恵と叡智の結晶はちゃんと存在していた。そしてそれらを纏めると、いくつかのアイテムに別れる事になった。
まず一つ、《人魚の涙》。人魚は繁殖する際は海の中でする必要があるらしい。というか海の中でしか妊娠する事の出来ない不思議な種族である。その為、気に入った男が居ると人魚の涙と呼ばれる薬を使い、水中で呼吸が出来るようにするのだ。そして水中で交尾する、という事になっている。どうやらこの薬は一時的に水の中にある酸素だけを抜き取って呼吸する事を可能とする薬であるらしい。材料そのものは難しくはなく、面倒なのも人魚の血液が必要だが、現在人魚は普通に妊娠しない事を利用して娼婦として働いていたりするので、簡単に手に入れる事が出来る。薬の方は海水の中ではないと作成できないという制限が存在するが。それはどうとでもなる。
次に水圧対策として見つけたのが《海神の宝珠》だった。此方は中々作成難易度も材料の調達も面倒のかかるものであり、しかし効果は非常に強烈で、宝珠を中心とした半径10メートル以内の領域に発生する水属性エーテルに対して働きかける事でその空間にあるエーテルを支配し、操るというものになる。そのスペックに関しては消費される魔力次第ではあるが、深海の水を退けて空間を生み出そうとすれば間違いなく、莫大な魔力を消費する為、話にならない。だがこれを使えば少なくとも、常時水圧を軽減するという事だけならできる。少なくとも先人が深海へと潜った際、これを使って水圧を和らげ、深海探索を行ったという記録は残っていた。これを使って深海の海流対策も行える、非常に優秀なアイテムである。
そして最後に《導きの灯》。これは少々特殊なランプであり、ランプ自体の構造は普通である。普通ではないのは光の方であり、これは炎ではなく、特殊な加工を施された光属性エーテルであり、装着した者以外がその光の恩恵を受ける事はない。深海という特殊な環境の中に、おそらくは自分を遥かに超える実力の怪物が、エネミーがいると思われる。俺がここに冒険者を放り込むGMだったら、光を嫌うエネミーを間違いなく配置し、そして光を目撃した瞬間に突撃させる。そういう物の対策に、他人からは見えない灯という物を探した結果、これに行き着いた。何よりも炎ではない為、水の中でも関係なく光を提供してくれるところが良い。後は各自、《暗視》スキルを頑張って育ててくれ、という感じだ。
このアイテムを揃えて突入した場合の一つ目の問題は、水中で活動するという前提が消えない為、どう足掻いても水中戦闘を行う必要性が接敵した場合発生し、水と格闘する羽目になることだ。また、水中という環境である以上、液体や気体系統の薬は全て利用できず、火を起こす事が出来ない為、食事に関しても大幅な制限が存在する。何よりも口の中が常に海水で満たされているため、想像を絶する渇きが襲い掛かってくるのかもしれないのだ。
正直な話、現場を確認しない事にはどう対策すればいいのか、というのは完璧には行えない。ただ事前に情報から予想し、精査し、最悪を想定して準備をする必要がある。それだけだった。
そういう訳で、久しぶりになる、錬金術タイムが待っていた。
最初に行うのは素材の調達だった。
《人魚の涙》に必要なのは人魚の血、闇草魚の肝、水扇樹の枝、そしてクリスタルフラワー。
《海神の宝珠》に必要とされるのは蒼海のアクアマリン、鯨の髭、純度100%の流体水エーテル、水龍の骨、黄金、ブルーメタル、絶氷石。
《導きの灯》に必要な材料は魂の残片、ウィスプの炎、光が存在しない完全密閉空間、完成された中身のないランプ、霊衣の切れ端。
《導きの灯》の材料に関しては全て保管しているし、保有していた。何よりもクランがこういうアンデッド系統の素材を大量に余らせていた。アトリエを入手してからは余りクランの本部の方には向かわなくなったが、それでも防腐剤などの大量発注を行ってくれる為、未だに関係が続く、大事なお得意様だった。
《人魚の涙》に使う材料の内、血と枝、水扇樹の枝の方は難しくない。問題はクリスタルフラワーであり、これは水晶が草としての性質を保有してしまった事で、植物として育った水晶が辿る姿である。その為、観賞用に人気が高く、小物店で見かけるのだが、その人気故に売り切れている事が時々あるのだ。なので見つかるかどうかは運次第になる。
問題は《海神の宝珠》に使用される道具だった。絶氷石は錬成前提。ブルーメタルは鍛冶を前提とした金属。黄金は資産価値が高く、しかし錬成前提の品質とエーテル値を求めてきている。蒼海のアクアマリンも非常に貴重で高価な物であり、一応は錬成する事で生み出せるのだが、アクアマリンを材料として使用する関係上、非常に金を食う。鯨の髭はまだ、何とかなる。純度100%の流体水エーテルもいいだろう。だが水龍の骨なんて本当に運任せのものだ。素材として非常に価値が高い龍の骨だ。
竜、ではなく龍だ。
素材として必要とされるのは小指の単位だ。それでも滅茶苦茶レアだし、金がかかる。
財布の中身がこれを作成するという時点で、死亡する事が確定した。
「―――と、言う訳でして。戦争が終わるまでちょっと深海生活をしてくるので、その為に必要な素材を探して欲しいんです」
「やっと顔を出してみたと思えば第一声がそれとは客人も中々に出世したな」
「当然、錬金術上級到達のワールドレコーダーですからね。まぁ、到達のお祝いは特になかったのですけど。運営、SP1億ぐらい渡してくれませんかねぇ」
銀の蹄亭、つまりは冒険者の宿に来ていた。ちょくちょくルーゼンでは手に入らなかったり、探すのに時間がかかりそうな素材調達を冒険者に依頼する為に来ていた為に店主のペルソナとはこのように、軽口を言い合える程度には顔見知りになっていた。そして今回、ペルソナに頼むのは何時もと同じ事だった。
「何を言っているのかはまるで理解は出来ないが、しかし頼みたい事は解った。このリストにある物を何時も通り探させればいいのだな?」
「お願いします。今回に関しては糸目を付けませんので、それなりに数を動員しても良いです」
「あい、解った。何より今は仕事も少なく、暇な連中も多い。腐らせない為にも悪くはないだろう―――諸君、お得意様からの仕事の時間だ。報酬の方は成果を上げた者から優先されるぞ?」
ペルソナの言葉に気合を入れて動き出す冒険者達が、此方が用意したリストをサクッとコピーして、宿を飛び出して行く。やっている事は何時もと同じだ。まずはどこに求めている物があるのかを確認させる事。ルーゼン内にあるのか、それを確保できる状態にあるのか。それをキープさせる事が出来るのか否か。まぁ、そんな風に情報を集めさせ、出来るなら此方から出向くまでは差し押さえて貰っている、それだけだった。
見知ったルーゼンだからこそ出来るやり方だった。
しかし、
「仕事、ないんですか?」
「普段であれば冒険者の仕事もあるだろう。だがルーゼン内のきな臭い話は聞いているであろう?」
ペルソナの言葉に頷けば、ではそれが答えだ、と言葉を返される。カウンター席に座りつつ、ハニーミルクを飲みながら成程、と呟く。
「仕事を誰も頼みませんか」
「うむ、港の一時的な封鎖から市民の間で不安が広がっている。その影響でやや疑心暗鬼の気が広まっている。その結果、他人には頼らず、自分と知り合いでどうにかするという動きが強い他、外に用事を求めるような輩も出なくなった」
「戦争の影響ですね」
「然り。故に我が宿に居る連中もほとんど仕事がない始末だ」
「ならこのまま傭兵として戦争に加担するのでは?」
「残念だが戦争において冒険者はほとんど役に立たぬ」
そうなんですか、と呟けばペルソナがうむ、と頷いた。
「そも冒険者等社会の最後の受け入れ場所であり、チンピラごろつき一歩手前の連中の居場所だ。無論、上位に立ち、名声を稼ぎ、そして二つ名を得るような者は違うだろう。だが大半は就職等という概念に即死させられるような連中ばかりだ。しかも見ろ。昼間から仕事を求めて入り浸っては酒を飲んでいる。その時間を兵士は連携と訓練に捧げている。給金と安定した職場環境を持っている兵士の方が遥かに有能なのは自明の理であろう?」
「反論の余地もありませんね」
軽く笑い声を零しながら肩を振ると、ペルソナも小さく笑みを零した。
「だからこそ面白いとも言える。絶対にまともな環境では出てこないような者たちがここにはいる。それを眺め、そして潰れない様に適度に仕事を斡旋してやるのは愉悦というものでもある」
「中々素晴らしい趣味をお持ちの様で」
「客人ほどではない。中々難儀な業を背負っている様だ。もし、錬金術師を廃業して冒険者となる時があれば、いつでも専属として登録しよう」
「すみませんが生憎冒険とは縁遠い生活が好みでして」
「ふふふふ、心にもない事を言うものだ」
はっはっはっは、と笑っていると、軽く後ろから、というか話を聞いていて働いていない冒険者が引いている気がした。おかしい、普通の会話だった筈なのに……そう呟きつつ軽く息を吐けば、勢いよく宿の扉が開かれた。
どうやら、市内を走り回った連中の中でも特に早いのが戻ってきたようだった。それを見ながらあぁ、そうだ、と声を零した。
「実は最近、人体実験を始めようかと思いまして」
「ほう、スキップ感覚で常識を飛び越えたな?」
「えぇ、ですから食うのに困ったのが居たら、それなりに金を出すので送ってください。ちゃんと説明して。喜んで利用しますので」
「成程、まともに仕事しない奴を送ればいいのか―――良い処分先が出来たな」
その話を聞いた連中が揃って一斉に仕事を探し始める、そんな戦の前の平和な宿の光景だった。
幸運にも素材は全てその日の内に揃える事が出来た。一部素材に関しては財布をひっくり返す必要が出て来た上でアイザックから軽く借金をする必要があるぐらいには高価だったが、錬金術への情熱と、新エリアの素材への期待と比べれば、そんなもの軽すぎた。そういう事で何とか素材を全て揃えた状態、アトリエへとそれを持ち込んで、
待望の錬金術タイムが待っていた。
久しぶりにまとまった時間を消費して錬金術が出来るという事に、喜びを感じていた。この原理等を解明しながら物を作って行く感じ、非常に楽しくてやめられないのだ。
「この為に栄養ドリンクと不眠薬を用意した! 昨日は素材集めで1日が終わっちまったし、へへ、文字通り倒れるまで作り続けられるぜ……」
『マスター……』
「その、程々に……」
「ヒャッハー!」
ナイトとディーヴァがなんか声を送ってくるが、それは無視である。
まず最初に作成するのは、一番難易度が低い《導きの灯》だ。何よりこれは自分とゴエモンとアイザックの3人分を作成する為に複数作らなきゃいけないのだ。だから一番最初にサクサクと終わらせたい所だった。ともあれ、再び確認するがこれの材料は魂の残片、ウィスプの炎、完成された中身のないランプ、霊衣の切れ端であり、光の存在しない完全な密閉された暗闇の中ではないと作成できないという制限がある。
なのでまずは、レシピを確認する。錬金術はまず、1にも2にもレシピの確認だ。アレンジャーは爆死する。料理も錬金術もそこは一緒だ。原理を理解し、それを実践できるようになって初めてアレンジを許されるのだ。
1. 霊衣の切れ端を分解し、形のない霊エーテルに加工する
2. 魂の残片に対して霊エーテルを注入する
3. 混合させたエーテル光をランプの中に入れて、10分ほど馴染ませる
この時、エーテル操作技術によって特性の変化などを行える
4. 10分経過してからウィスプの炎を投入する
5. 融合させた光をランプ内の密閉空間で逃がさないようにする
この時、2度目の特性取得を行える
6. 光を当てない様にこのまま30分放置し、馴染ませる
7. 完成
……という、形になるらしい。この中で少しだけ難易度が高いのは霊体を分解する技術になるだろうが、これは比較的に手段が多かったりする。自分の様に直接的なエーテルを分解する手段を持たない場合、一番メジャーな手段は聖水に漬け込む事で存在を希薄化させ、それで分解しやすい状態に調整する事である。ちなみにそうすると、素材としての品質と強度が下がるらしい。その為、直接的なエーテル操作による分解を行うのが高品質なランプの作り方だった。
アトリエを完全に闇で密閉する為に、鉄を錬成して、窓や扉を全て封鎖し、そのうえで闇属性のエーテルを引っ張り出し、それで闇のカーテンを生み出す。それによって闇を生み出し、光を完全に空間から追い出す。昔取得した《暗視》スキルの力、効力、性質は今でもまだ残っている。それを利用して闇の中で目を凝らしながらエーテルを操作する。
そもそも、闇の中が視えなくても、エーテルを見る魔眼で目視すれば、光が無くてもエーテルが見えるのだから、それで作業が行える。
3人分を同時作成するが、元々難しくない作業なので、あっさりと1時間以内に作業が完了する。
完全に満たされた闇の中では何も視えないが、ランプを手に取った瞬間、光が室内に満ちて、視える様になる。所持者本人にしか視えない光、これが《導きの灯》という錬金アイテムの効果だ。
事前にランプには腰からぶら下げる事が出来るように、ベルトに通せるように天辺の部分を細工して貰っている。これなら片手を使わずに使用する事も出来るだろう。完成品としてはこうなる。
導きの灯 ランク:C- エーテル値:83 製作者:マスター
持ち主にのみ視る事の出来る灯を与える不思議なランプ。戦う事無く闇夜の中を駆け抜ける必要がある時に重宝される。上級、超級と呼ばれる錬金術師はこれを使って世界すらも錬成する。
EX:広範囲を照らす様に出来ている
EX:それは目に優しい光を生み出す
値段:18万ゴールド
・高い品質による良質な光を齎す
・高められた品質が効率を高める
・それは頑強だ
・それは隠れる霊体を照らし出す
・それは怪しく揺らめいている
デメリットは使用する事に魔力を消費する事だろうか? とはいえ、魔力の消耗は最低限にまで抑え込んでいる為、消耗はほとんど考えなくていいだろう。とはいえ、マジックポーションの類は間違いなくどうにかしたほうが良いだろうが。いや、この際ポーションの改造を行ってもいいかもしれない。まぁ、それに関しては時間が余った場合にする。その前にやる事がある。
次は《人魚の涙》の錬成だ。
材料は人魚の血、闇草魚の肝、水扇樹の枝、クリスタルフラワーになる。
人魚の血はそのまま、闇草魚というのは暗所に住まう草等に擬態する魚だ。そうやって植物に擬態する事で外敵から身を護る魚らしく、そのままだと中々見分けるのが難しい。《鑑定》系統のスキルにも僅かながら、耐性を保有するとの事であった。そう、見た目だけではなく植物と魚という両方の性質を保有する生物なのだ。その肝は酸素を生み出すという特性があり、それを取り出す為に必要とする。水扇樹の枝はそれをサポートする為であり、クリスタルフラワーは変質という例外を生み出す特性を利用するのに使うのだ。
そしてこれらを作成する際、その作業は全て水中で行わなければならない。
まぁ、普通は。
《導きの灯》を作成する為に密封していた部屋を解放し、光を入れて空気を入れ替えた所で、今度は錬金窯の中にルーゼンの港から採取してきた海水を完全に満たす様に注ぎ込んだ。そして今朝捕れたばかりの闇草魚を水槽から錬金窯の中へと放流し、密封された瓶の中に入っている人魚の血を容器諸共中へと投げ込み、他の材料も全部投げ込んだ。
普通に考えたらこの状態で作業するのは難しい。だが確認すれば、人魚たちは《キネシス》に似た能力で水中で混ざらない様に気を付けつつ作業を行うらしい。そういう事であれば、自分でも十分にできる。作成レシピはこうなる。
1. クリスタルフラワー、闇草魚の肝、水扇樹の枝を磨り潰す
この時粉末、ペースト状になったものを海水と混ぜない様に気を付ける
2. 人魚の血10に対して海水1を混ぜる
3. 人魚の血に対して肝のペーストを調合する
肝が保有する苦み、闇属性を完全排除する
4. 次に枝の粉末を混ぜる
この時に植物性由来の繊維質を必ず排除する事
5. クリスタルフラワーの粉末を投入する
6. 完成されたペーストを海水と3:7の比率で混ぜる
7. 完成
所々簡易化しているものの、大体レシピはこう書いてあった。所々海水を必要とするのは、水中呼吸という要素が海と性質が結びつく行動だからだろうか? まぁ、どちらにしろ、ちゃんと完成させる為に、作業をしながら観察する事にする。今回は長期間の探索と3人分を作成するつもりである為、大量生産する必要がある。
その為、事前に分量を精密に計算しながら作業を行って行く。
海水の中にどぼんさせた素材を遠隔操作で混ざらない様に自分の魔力を使ってコーティングする。この時、このコーティングを厚くしてしまうと、海中にあるという条件を満たせない為、集中力を切らさないようにしつつ、極薄の魔力で素材をコーティングし、それを遠隔操作で処理して行く。
脳をマルチタスクで稼働させながら行う作業は割と辛かった。何より素材をそれぞれ保護しながらそれを手を使わずに念力の類で処理して行くというのは左を見たまま後ろを見る、と矛盾した行いを同時進行するような辛さだった。
一つ一つ、丁寧に処理を行う為に闇草魚を絞めて、その肝を抜き取ってから潰して、ペースト状にしつつ他の素材を粉末にしてゆく。作業中、目が乾いて行くのを自覚しながらも瞬きをせずに集中して行き、それぞれの素材を加工して行く。
それが終わったら今度は人魚の血を容器から取り出しながら、海水に僅かに混ぜて、それ以上は混ざらない様に気を付けつつ、他の素材と合流させる。混ざり合う時に発生するエーテルの流入との合間に発生する、エーテル内に情報として記録されている特性、特質、そして素材そのものが保有する成分や性質。レシピや図鑑を何度も確認する様に見返しながら、どれがどれであるのかを素早く判断し、更に魔力を増やしつつ、それで溶け始めた素材の成分を包み、排除する様に握り潰して消滅させた。
それを完全に消し去る為に使ったのは―――虚無属性だった。
考えた末で、スムーズにこれらの作業を行うのに、これが一番だと判断した。だから《結界術》のランクを上げる事にした。そしてランクを上げつつ、自分の保有する《結界術》は全て、そちらの方向に特化させる事に決定した。虚無、或いは虚属性エーテルを生成し、保持する事が出来るというルールを作成した。そしてそれに加え、魔力に同属性の性質運動を反映できるという風にした。
これによって、ほぼ完璧な形で不必要な部分の成分を消去する事が出来るようになった。
そのおかげか、調合は驚くほどにスムーズに進んだ。
作業工程は合計で4時間かかった。だが終わってみれば中々楽しい作業だった。
人魚の涙 ランク:D+ エーテル値:99 製作者:マスター
人魚が繁殖する為に調合する、水中で息を吸う為の薬。人魚たちは完全な水中でしか孕む事の出来ない不思議な生態をしており、その為にこの薬を男に飲ませて水中で交尾を行う。
EX:海水に渇きを感じなくなる
値段:2万ゴールド
・その効能は長く続く
・さっぱりとした味わいをしている
・それはさらさらしている
・それは即座に効力を発揮する
・寒水に対して強くなる
道具のエーテル値を高めると大体の場合で、その道具の効力を高める方向へと進む。だが逆にエーテル値を下げる事で、品質を下げたり、真逆の効果を発揮させたりする事が出来るのが、錬金術の面白い事だ。だがエーテル値を弄っていると、存在としての性質や機能、その記録やパターンの情報はエーテルその物に記録されているのではないか、と感じなくもない。重要なのはエーテルその物を染める情報ではないのだろうか? と思える。
「……ま、とりあえずこれで大量に薬は確保出来たな。確か保存はなるべく海水の中が好ましいんだっけ?」
完成された薬は全て瓶詰にしたうえで完全密閉し、海水を満たした水槽の中に沈めて保存する。持ち運ぶ場合はやっぱり、この水槽諸共インベントリにしまう必要があるだろう。その場合、重量が滅茶苦茶かさむから辛いのだが。
まぁ、それはともあれ、
背筋を伸ばしながら椅子に座り込み、それで体を伸ばす。《導きの灯》と《人魚の涙》を何とか1日以内に完成させる事が出来た。おかげで残された時間は本日を含めて4日になるのだが、
「《海神の宝珠》は作成に最低3日はかかるからなぁー……」
今から作業を開始して、最後にぎりぎり休み時間が入るというスケジュールになってくる。まぁ、その為に栄養ドリンクとかを用意したのだから、是非もなし、と呟く。作業机の上に置いたメモやレシピを確認し、必要な素材を再確認する。
《海神の宝珠》を錬成する上で必要となる材料は蒼海のアクアマリン、鯨の髭、純度100%の流体水エーテル、水龍の骨、黄金、ブルーメタル、絶氷石である事は既に確認済みだ。このうち、蒼海のアクアマリンは確保できなかったのでアクアマリンから作成する必要がある。絶氷石はギルドが保管していたものがあったので、問題は解決している。そしてブルーメタルも鍛冶ギルドから購入する事が出来た。
水龍の骨は本当に高かった。
死にたくなるぐらい高かった。
軽く財産が吹っ飛ぶ姿にゲロを吐きそうになった。それぐらい高かった。それでも、止められない。作るのだ、借金をしてでも。これで入手できたのが小指の爪のサイズの量程度なのだから、高級素材はほんとやばい。
「さーて―――まずは蒼海のアクアマリンを作成する所から始めますかー……」
休み時間などない。スケジュールに間に合わせる為に、更に作業を続行する。
蒼海のアクアマリンは普通のアクアマリンの内部に水のエーテルが濃い濃度で発生している為、宝石の中に水が入っている、という不可思議な代物だ。作り方はシンプル。
アクアマリンの内部のみを融かし、水のエーテルを濃くして、その影響が外へと漏れないように保護しつつ完全に宝石の中に水エーテルを保存するのだ。
それが外へと漏れ出さなければ成功だ。これが自然環境で生み出されるのだというから、世界法則は凄い。
片手にアクアマリンを摘まみ、それを眺めながら内部へと干渉して行き―――パキ、と嫌な音を立てながらアクアマリンが砕け散った。ぼろぼろに崩れた宝石が指の中から落ちて行くのをうーん、と唸りながら眺める。
「失敗する度に数万消し飛んで行くの、SAN値に悪いわこれ」
宝石自体の強度が足りなかったかなぁ、と思いながら今度は宝石自体を軽く魔法で強化しながら内側へと干渉し、空洞を作成する。だが今度は魔法に影響されたのか、内側にある水エーテルが安定せず、空洞が無駄に広がってしまい、内側から割れた。
「次、と」
新しいアクアマリンを手に取った。
また割れる。
次のアクアマリンを手に取った。
また割れる。
新しいアクアマリンを手に取る。
……成功した後で罅が入る。失敗。頭を掻きながら床に広がり始める宝石の残骸を眺めてから深く溜息を吐く。
「よーし……精神力との戦いだぁ……!」
何時もとは方向性がやや違う錬成に対抗心が燃え上がるのを感じた。
そしてそれから、蒼海のアクアマリンを完成させるのにアクアマリンを12個程砕いた。かなりストレスの溜まる作業だったが、何とか、1個だけ作成するのに成功する。ここまで大きな失敗と言える失敗を経験したことが無かっただけに、これが凡人の苦悩か……! と、ちょっと遊びが入った部分もあった。そうやって完成された蒼海のアクアマリンそのものが一つの素材の様なもので、性質や特性は兼ね備えているものの、錬成品扱いではない為、他の作品の様な特殊性はない。
単純にアクアマリンから蒼海を得るだけのプロセスを、錬金的に再現しているだけなのだから、当然と言えば当然だった。とはいえ、それで完成したので問題はない。残された純度100%の流体水エーテルに関してはそこらへん、干渉に特化している者の特権として、3秒で用意する事が出来る。なので、これで《海神の宝珠》を作成する為の材料が揃った。
なお、材料は1回分、1個分しか資金の問題で用意出来ていない。
失敗は許されない。
「ま、失敗した時は失敗した時で全裸で土下座して金を借りよう」
そう決めて、改めてレシピを確認する。
1. 錬金釜を純度100%の流体水エーテルで満たす
この液体に他のエーテル属性が混じらない事を留意する
2. 錬金釜内の温度をマイナス30度にまで落とす
概念的な働きのある流体エーテルは凍らない
最低でこの温度を常に保つ
3. ブルーメタルを熔かし、液状化させたものを投入し、混ぜる
この時投入した際に熱によって温度が上昇する事に注意する
またブルーメタルは混ぜる必要がある為固形化してはならない
投入後即座に熱と金属としての特性を一時的に隔離する必要がある
これらは消滅させずに保存する
4. 鯨の髭の繊維を抜き取り分解する
海属性を抽出し、無形化させる
5. 粉末にした水龍の骨を投入し、海属性と結合させる
この時、水属性と海属性を混ぜない事とする
6. 次に粉末にした絶氷石を投入し、氷属性を抽出する
またそれを海属性と結合した粉末と結合させる
この時、同時に水属性とも結合させる
7. 3属性が完全に結合するまで3日必要とする
その為、3日間魔力を使用し、結合状態を維持しながら馴染ませる
8. 水=海=氷で完全な結合を確認したら熔かした黄金を投入する
この時、3での手順同様温度に注意する
また、金属の性質は処分せずにブルーメタル時同様保存する
9. 釜の内部温度をマイナス50度にまで下げる
10. 50度を超えた所で蒼海のアクアマリンを投入する
同時に結合属性をアクアマリン内へと注入する
11.アクアマリン内に結合属性が注入されてから金属性質を解放する
12.金属性質を解放すると宝石に変異が発生し、宝玉化が行われ工程終了
「……うーむ、この複雑さと地獄っぷりよ」
これでも細かい部分は自分に解りやすい様に把握しつつ省いた。しかしここでしっかりと説明の部分に変異という言葉が利用されている辺り、やはり性質や属性による形状や資質の変異はAランクからの製作物に関しては、基本的な知識なのかもしれない。今思えばイデア・エーテリアスのあのバラバラだった素材が合体して一つの本として完成される姿、アレも属性と性質による変異現象によるものだったのかもしれない。
「どちらにしろ、色々と知識がある事を前提に書いてあるすっげぇ不親切なレシピだな、これ。当たり前のように海属性とか氷属性とか出してくるし。水の温度を下げて凍らせる事以外にも、氷属性というのがあったり、海属性は水属性と違ったり、やっぱりそれぞれに対して概念的に情報の違うエーテルが存在するのか……?」
なんというか、
「まるでDNAみたいだな」
DNA……いや、確かにそうだ。たしかにDNAと言えばそうだ。一番近い表現はそれに近いかもしれない。根源としては純粋に何でも受け入れるが、そこに刻まれたコードによって多種多様に変化する、万能の情報記録。エーテルがこの世界の万物を構成する最も小さい原子ならば、これこそがこの世界におけるDNAコードだと表現も出来るだろう。
「性質、状態、特性、分類、属性。それぞれの情報をエーテルは記録しているのかもしれない」
少なくとも錬金術をする時、素材を溶かしてその性質などを抽出する時、間違いなく錬金釜の中でそれが可視化出来ているのだ。つまりそれがどこからか引き出されている、という事でもあった。
今までは錬金術という技術のみを見て来た。だがそれを通して世界法則を解き明かす事を考えてくると、段々と考える事、行う事に疑問を抱いて行く。それがまた楽しいのではあるが、しかし、想う。
……これだけの規模でシミュレートする事を可能とするサーバーを運営はどこから調達してきているのだろうか? これだけ細かく世界を出力しているのだ、生半可なサーバーではないだろうし、それを維持する電力も間違いなくありえないレベルだろう。
いや、面白いから別に良いのだが―――探求すればする程、増える疑問と謎。
面白いが、このゲームは不思議ばかりだった。
Name:マスター
Level:140
Status:
AP:680/680
筋力:170 魔力:181 敏捷:170 体力:170
Title:【錬金術師:上級】【Evil】【ソウルマンサー】【プロフェッサー】【畜生メガネ】
Skills:
SP:570/625
《禁呪魂冥士:A》 《超魔力:S》 《審美眼:S》 《エーテル干渉:S》
《ポーションピッチャー:S》 《性魔術:B》 《結界術:B》
《改竄:S》 《魔眼:M》 《邪眼:S》 《幻想の色彩:M》
成長は結界術だけ。参考元? どっかの赤い月が出て来るTRPG。EXを参考にしてた。それはそれとして次回は漸く深海エリアの探索始まるよー! 寒い! 暗い! 潰れる! 千切れる! 適応進化した生物! レベルとリアル技能ではどうにもならない地獄が僕らを待っている!