一時間、或いは二時間ぐらいだろうか。ナイトや漁師と適当に情勢や現在の本土の状況、これから向かう港の話をしていると、徐々にだが大海原以外にも見えてくるものがあった。水面に浮かび上がる巨大な姿は船だった。それが自分たちの向こう方から水面を走り、進んでいた。船の上から手を振ってくる見知らぬ姿に此方も手を振り返しながら、更に小舟が進んで行くと様々な大型船の姿を停泊させる桟橋、そして夜中は海を照らして道を示すであろう灯台の姿が見えて来た。思わずほぉ、と声を漏らしていると漁師は慣れた様子で小さい木製の桟橋へと小舟を寄せて行く。魚鱗島を出てからずっとこぎ続けているはずなのに、汗すら掻いていない姿にはやや驚きを隠せない―――まぁ、此方は疲れという概念の存在しないリビングアーマーを使役しているのだ。肉体労働は全部其方へと投げ捨てればいい。
そんな事を考えている間に小舟が桟橋に横付けされてしまい、そこから降りて、そして漁師へと向き直った。
「世話になった、ありがとう」
「いや……こっちも真っ先に利用する事を考えちまって悪かった。これから何をするか解らねぇけど、怪我をするな……は無理だな! 元気にやれよ!」
「はは、頑張るさ、適度にね」
軽く笑いながら別れを告げる。そのまま漁師は魚鱗島に帰ってしまうらしい。さようならを告げながら手を振り、そして背を向けた。
―――これで完全に新しい冒険の開始だ。
「さて、と……こっちで友人と合流する予定だからまずはそっちだな。金もねぇしというか通貨すらわからないからタカる。という訳で連絡を入れるか」
『流石ですマスター、もう既に活動の為のコネを持っているとは』
ナイトがややイエスマンになってないか? とは思いつつもこれはこれで便利だ。自己判断がちゃんとできるのであればそれでいいと判断し、メールプログラムを起動しながら外部を通して友人へとチュートリアル完了のメールを送る。すぐさま返答が返ってきて、迎えに行く、と返ってくる。開始地点の桟橋から動くな、とも同時に言われ、ここから動くわけにも行かず、桟橋に打ち込まれた杭を椅子代わりにする。
「ふぅー……―――」
軽く息を吐きながらそこから港町の方へと視線を向ける。此方は魚鱗島の村とは違って遥かに文明的だと表現しても良かった。イメージ的には中世というよりは十七世紀、十八世紀のヨーロッパを思わせる街並みだった。道路はちゃんとしたタイルが敷き詰められており、そして馬車が道路の上を行くのが見えるほか、武器を装備した人々や半裸の男達が作業に勤しむ姿が見える。間違いなく現代では見る事のない、古い光景だった。そんな景色を見ているだけでもかなりおもしろい。皆、着ている服装がどこか古臭さを持っているものの、どこか現代的な要素も感じさせる。まぁ、そこら辺はゲームだから、という事だろう。
「この光景を見て何か思い出せるか?」
『いえ、とくには何も』
「そうか……まぁ、そんな簡単にはいかねぇよな」
『忘れる程長く過ごしたのです。今更焦ったところでどうにもならないと思っています』
少なくとも石碑に掘られた文字が潮風に抉られて読めなくなるレベルの時間は過ごしていたんだよなぁ、と思った。となると数百年単位以上の時間が経過していそうだなぁ、と少しだけ考えてゾっとした。まぁ、約束は約束、そして契約は契約。ナイトが忠実に此方の言葉に従っている以上、真面目にやる気ではある。まぁ、何にしても、
「まずはレベル上げかな」
『流石にマスターのレベルでは旅をするのも大変でしょう。ですがご安心ください。我が槍術は守りに長けています。たとえ十の敵に同時に襲われても守りぬく事を約束します』
「それは頼りになるなぁ……しかしそんだけの技量があるとなるとほんと生前はなんだったのかが気になるな」
『どうでしょう……今の己の姿と技能を見ておそらくは騎士ではなかったのか、と思ってはいます。記憶に残る帝国という名前。なら帝国の騎士だったのではないか、と』
「まぁ、大いにあり得る話だな」
実際、自分もその線が一番濃厚なのではないか、と思っている。実際ナイトの鎧はかなりボロボロになっているが、それでもどこか品格がある様に思える逸品だ。こういう凝った作りの鎧は基本的に騎士とかが鼓舞を意識して見栄え良くする為に施されるのだ。冒険者とかだった場合、そこまで見た目に拘る必要もないだろうし、どこか、立場のある人物だったのではないか? と思っている。まぁ、それでもおそらくは遠い昔の話だ。
最初に探る場所は図書館かなぁ、と考えている。
ぼぉっと港町を眺めながら人の流れを見ていると、時折此方の姿を見る姿がある。たぶんそうやってこっちに視線を向けてきているのはプレイヤーなんだろうなぁ、なんて事を考えながら更に待っていると、やがて此方へと向かって歩いてくる人の姿が見えた。
それは胸当てと矢筒を身に装着する青年の姿だった。赤毛を見ればファンタジーの住人らしい格好だと言えるが、顔立ちが完全に東洋人のそれだ。髪型が少し海藻の様ではあるが、顔だちで誰かは解ってしまう。椅子代わりにしていた杭から降りながらよ、と片手を上げて挨拶をする。
「来たぞ、存分に貢げよ貴様」
「おまえ
「こういうキャラで通そうかなぁ、って」
そう言って向き合いながら笑い、手を叩いて握手を交わす。
「とりあえずフレンド申し込むわ。えーと……」
「俺はマスター」
「見た目はそんな感じあるよな……俺はこっちだとアイザックだからよろしくな」
名前を交換し、アイザックが何かを操作するとホロウィンドウにフレンド登録を申請されています、と表示された。それを許可するとフレンドウィンドウが出現し、そこにアイザックの名前が刻まれた。そういえばフレンド機能なんてものもあるんだよなぁ、と思い出しつつ、ウィンドウを消してアイザックへと視線を戻した。
「それでえーと……間違ってリアルの名前言っちまいそうだな……マスターはキャラの方向性というかビルドの方向性とかは決めたのか?」
「おう、勿論決めてるぞ」
そう伝え、びっくりさせる為にもナイトに魔力を与え、霊体に魔力による実体を与える。錆びついた金属音を響かせながら俺の横にナイトの姿が重量感と共に出現し、その姿にアイザックがビビって一歩後ろへと下がったのが見えた。その姿に高笑いを零しながら、腕を組む―――もうちょっと悪役っぽい笑い方を練習すべきだろうか、これ。
「なんか楽しそうだしあんまりそこまで深読みしてないけど、ネクロマンサー型、って奴か? まぁ、そんな感じだ。殴るのも魔法を放って戦うのも俺には無理っぽいからな。代わりに戦う手足を求めたら丁度良かったんでチュートリアルから拐ってきた。後はそうだなぁ……錬金術師ってのもやってみたいな。割と楽しかった」
「お、おう……そうかぁ、ネクロかぁ……」
アイザックが悩むように首を捻った。なにか問題でもあったのだろうか、と聞いてみる。その言葉に対してアイザックが答える。
「あぁ、いや、正統派ネクロマンサーならいいんだよ。【墓場の王】とか【デス☆骨】さんみたいなネクロマンサー型のプレイヤーで強くて有名な人はいるし。ただなぁ、お金がかかる上に序盤はキツイから初期からやるのはオススメされてないんだよ」
「えー。マジかー」
おう、とアイザックが頷いた。
「ネクロマンサーってのは自分の装備を整えなくて良い分、その代わりに自分の保有する戦力は完全に用意した死体や遺骨、或いは用意した霊に依存するからな。しかも
「……聖遺物?」
確か聖人とかが使用していた道具だっけ、と呟く。
「まぁ、こっちの場合はそう言う意味だけじゃなくてかつての英雄やそう言う連中の思念や魂の籠められた品って風にも解釈してるんだけどな。そう言うのから魂を呼び出して、んで使役するんだよ。現状、俺達
「―――ジャックポット! 最強職の完成だ! だけどそれが求められている上に貴重だって把握されているから手に入れるには発掘されていない戦場やクソ高い金を出してどうにか横流し品を手に入れるしかない、って事か」
「正解。だから初心者にネクロマンサーはオススメされないんだ。ある程度レベルが上がって、資金を確保するか安定した資金ルートを確保してから始めるもんだわ。まぁ、サブに錬金術で生産を始めようとするのは悪くない。資金源として優秀だしな。つー訳だ、解説の感想は?」
「俺のナイトは最強なんだ」
『お褒め頂き光栄ですマスター。負担にならぬように全力を以って報います』
「ま、そう言うよな。仕方ないなぁ、マスターくんはーさぁー」
へっへっへ、等という無駄に下衆い笑いの仕方をしながらアイザックは虚空から数秒かけて一つの布袋を取り出した。それを此方へと投げてくる。受け取り、ずしりと感じる重みに驚きつつ、その中身を確認する。その中に入っていたのは硬貨だった。大量の硬貨だった。
「とりあえずスタートダッシュに10万ゴールドあれば大丈夫だろ。誘ったの俺だし、流石に手放しってのもアレだしな」
「貢ぎ、ご苦労」
「一瞬で返して貰いたくなったぞ、不思議だなぁ……」
「冗談だよ、ありがとうな―――これから積極的にキャラを作っていこうと思うけどな」
「そう言えばお前TRPGやる時は結構役に入るよな」
その方が色々と捗るのだ。まぁ、リアルに自分の体を動かして遊ぶようになるとは思いもしなかったが。TRPGもTRPGで休日はコンベンションに参加するぐらいにはハマったから、こっちに手を出すのは恐ろしかったんだが―――もう遅いか、と半ば諦めの境地にある。ネクロマンサーは序盤はきついらしいが、我が従僕であるナイトの腕前と実力を信じるとしよう。とりあえず情報収集を行う前に、
「何から始めた方がいいんだ? ギルドとか冒険者協会みたいなのはあるのかこの世界?」
「あー、冒険者の酒場で冒険者登録は出来る。異邦人だったら細かい手続きはパス出来る。基本的にそう言う酒場で実力に見合った仕事を仲介して貰えるから、それを通して冒険メインの収入ってのは得られるぜ。ただ冒険者ってのは
それよりは、とアイザックが言葉を置く。
「錬金術師志望なら錬金術師のギルドで仕事を請け負ってそっちで稼ぐ方が安全で健全だぜ。後はネクロマンサー型って事は《死霊術》も取得してるんだろ? あの魔法って確か死者の慰撫も出来るから教会の方から仕事を斡旋して貰えるぜ」
個人的にネクロマンサーと教会みたいな宗教組織は敵対関係にあるものだと思っていたのだがどうやらこの世界だとそうでもないらしい。しかし確かに《死霊術》ランクFで習得した魔法の中には《レクイエム》と呼ばれる死者を慰撫し、浄化する魔法が存在していた。成程、どんな魔法でも使い方次第では金になるんだな、と理解した。
「つか教会があるって事は宗教もあるんだ」
「そこら辺は複雑だから自分で調べてくれ。WIKIるのが一番早い……うっし、何をするにしてもまずはその服装をどうにかするか。流石に初心者丸出しの格好で連れ歩くのは嫌だしな」
自分と違いアイザックの服装は胸当てに矢筒、その下はレンジャーかアーチャーか、どちらかは判断が付かないがトレックパンツにブーツ、ハーフスリーブのシャツに穴あけグローブと此方よりも遥かに機能的な格好をしていた。それに比べ自分は革靴、麻の服、そしてシンプルなズボン―――確かに何をするにしたってこの服装はねぇな、と納得する。
「そんじゃまずは俺の知ってる服屋にご招待って奴だな」
「良きにはからえ」
「うっぜぇこいつ……!」
軽くげらげらと笑いながらアイザックに先導され、服屋の方へと向かう事になる。インベントリの中に貰った金を収納しつつ、ナイトは目立つ為に霊体へと戻し、港町の街並みを楽しむように空気を味わって歩く。
先ほど評したように、この港町―――ルーゼン、とアイザックが説明するにはおそらく現在最も活気があり、そして発展している場所の一つだと表現する。多くのプレイヤーにとってのスタート地点であるのと同時に、この港町は帝国、そして共和国の中間に位置する場所にある為、海洋を通した交易の場合、双方へと流れる物資が一度は辿り着く交易拠点となっているのだ。現在のこの大陸の状況としては非常に珍しい中立の立場を貫いており、共和国にも、帝国にも協力しない代わりに自由に商売を行っている。
その影響か十七世紀、十八世紀ロンドンを思わせるようなタイルと煉瓦の街並みが広がっており、歴史の教科書や古臭いホロで見た事のあるような格好をした人たちが儲ける為に木製の屋台を出して商売を大きな声を響かせながら行っていた。活気のある街の様子は人々の熱狂が肌に直に伝わり、本当に今この場所にいるようだと感じられる。
リアルな熱狂とでもいうべきだろうか。それがこの街並みからは感じられた。
「どうだ、すげぇだろ? 初心者がまず最初に拠点に使う街だけどな、初心者だけじゃなくて熟練プレイヤーも普通にここで活動できるくらいには便利なんだ―――特に生産系はな。戦闘職に取っちゃそこら辺はやや不便だから戦いを求めて共和国や帝国の方に流れたりもするんだけどよ、
「へぇー……」
「まぁ、やっぱり戦うのが一番早いけどな」
とはいえ、注ぎ込めば込むほどちゃんと報われるのがネットゲームというシステム―――それにしっかりと反応する生産システムは人気が高いのは当たり前だし、戦闘職と同じぐらい生産職の方も人気が高いらしい。基本的に海外プレイヤーが戦闘職、日本プレイヤーが生産多め、という割合らしい。内気なのは日本人らしい気質だよなぁ、とは思う。それに対する様に海外プレイヤーの殺意の高さは相変わらずだ、とも言える。
そんな風にこの街や世界に関する軽い情報をアイザックに教えられながら歩いていると、やがて大通りに面した一つの店の前に止まる。鋏とリボンをモチーフにした看板をぶら下げている防具屋ではなく本当に洋服屋であるらしい。軽く首を傾げながらもアイザックについて中に入る。
「おいーっす、レックいるかー」
「はいはい、ここにいるわよ」
アイザックが遠慮なく店内に入っると、その声に反応してカウンターの向こう側に出てくる姿が見えた。それはエプロン姿の
「あら、中々素敵な子ね。ふむ……そうね、気に入ったわ。彼、ビルド方向は決まっているのかしら?」
「錬金と死霊だってよ」
「好みが渋いわね……だけど解ったわ。キッチリとコーディネイトするわ。採寸、いいかしら?」
「あ、はい、どうぞ」
ふふーんふうーん、と鼻歌を零しながらメジャーを片手にカウンターの向こう側からレックと呼ばれた店員がやって来た。アメリカ人特有のガッチリした体格の持ち主ではあり、違和感を覚える女言葉の使い手でもあるが、良くあるオカマイメージのなよなよとした姿は見せず、しっかりとした足取りで近づいてくる。採寸も真面目にやるつもりらしく、チェックする作業は慣れた様子でテキパキとこなす為か嫌悪感はない。
「おっと、紹介が遅れたな。こいつはレック、この洋服屋の店長兼デザイナーだ。んでこっちが俺のフレンドのマスターだ。紛らわしいけど名前がマスターな」
「あら、良い名前じゃない。貫録があるわ。後はそれに相応しい服装を用意する事ね」
そう言ってレックが店の裏手へと移動していった。その姿を視線で消えるまで追いかけてからアイザックへと視線を向けた。
「オカマの人?」
「せやで。まぁ、そういう筋の人の方がセンスいいからな」
まぁ、そう言う話は聞いた事があるので特に文句はない。ただ気になるのはあのオカマオーナーの事よりも、連れてこられた場所の方だった。どう見ても防具屋というよりは洋服の類いを売る店にしか見えない。
「……防具屋の様には見えないな」
「服屋だからな!」
その言葉に視線をアイザックへと向けるが、アイザックは何もおかしい所はない、と言う。
「寧ろお前、重鎧姿で自由に動けるか? 戦えるか?」
視線をアイザックから外し、霊体化されているナイトへと向けたがこいつは例外だよなぁ、とは思う。だからアイザックがいいか、と言葉を置く。
「基本的に専門のタンク職か、或いは城勤めの兵士でもない限りは
「《付与術》……」
「おう、エンチャントとも言うな。道具に魔術的な効果を与えるスキルだよ。一応分類としては生産活動に入る……錬金術をやるならついでに覚えておくと色々便利だぞ。なんか聞いた話によると作った道具に追加で効果を増やせるとかなんとか。まぁ、専門じゃないから詳しくないのは許せ」
「ほー」
それもそれで中々面白そうだなぁ、とは思う。しかしその話の内容を考えた所、
「ここでベースとなる服を購入して、んで別の所で《付与術》を使って強化するってわけか」
「正解。高位の冒険者や傭兵となってくると狩ってきた魔物や魔獣の素材を使って防具を作るのは良くあるファンタジーなアレだけど、強力な《付与術》があるならそんな事をしなくても防護を服に組み込むことが出来るからな―――まぁ、何より重要なのは硬さよりも耐性だからな、この世界」
また解らない要素が増えて来た。どうやら勉強しないといけない事は多々あるらしいが、詰め込んだところで結果は見えている。一つ一つ覚えて行く事にしよう。そんな事を考えている内にレックが服装の準備を完了させたらしく、更衣室の前へと移動して行く。着替える為にも更衣室へと向かう。
受け取った服装に袖を通して着替えた。鏡の前に立ち、着替えた自分の姿を確認する。
基本的に服装の色は青、そして白をベースにした、ややライトな配色をしてある。複数のポケットが存在するカーゴパンツに、トップスはシンプルなチュニックだがその上から此方も複数のポケットやホルダーが存在するベストを装着し、腰部分には多機能ベルトポーチを装着する。最後に白いフード付きマントを肩に装着する。此方はフードを被り前へと引っ張ればすっぽりと全身を隠す事が出来る、ローブとしての役割を果たす事も出来た。靴も新しく新調し、頑丈なブーツとなった。片眼鏡を装着しているこの姿と合わせ、
鏡に映る自分の姿はいかにもデキル、というイメージの魔法使い、錬金術師だった。
「どうかしら?
インベントリからアイテムを取り出すには数秒のラグが必要だ。その為、頻繁に使う道具は予め出して持ち歩いていた方がいいらしい。インベントリを倉庫、そして良く使うものはこういうベルトポーチなんかに入れておくのがいいのだろう。
「後それにね、死霊術師ってだけで悪いイメージはどうあがいても付きまとうわね。だからそれを払拭する意味でも明るめの色調を服装に選ぶのよ。人間、相手を判断する時に一番最初に見るのはその性格ではなく姿よ。どういう姿をして、そこから想像を膨らますのが人間なの。だから見栄えの良い服装をしていればたとえそれが詐欺師だったとしても、信じてしまうこともあるのよ。これは洋服のマジックね……それで、どうかしら?」
いや、それはもう、
「言葉もない。実にグッド、とてもグッド―――値段の方が心配になってくるレベルで」
「三万の分割払いで週一でここへと払いに来ててくれればいいわ、利子はなしで」
それが高いのかどうか、その基準が自分にはない為、視線をアイザックへと向ければ、材料費だけでほぼ三万だから儲けは全くない、と断言した。
「私は元々リアルの方では人気のなかったデザイナーなのよ。今の服飾の業界は魔窟よぉ? 裏で叩いたりするのは基本だし。私、こんな口調だからイジメも酷くてねぇ。自分のデザインした服を着ている人が見たかっただけなのに……まぁ、そういう訳で儲けは度外視なのよ。気に入った人には格安で提供しちゃってね?」
「まぁ、だから定期的に小物でも買ってくれると潰れずに済んで助かると思うぞ」
「難儀な性格してるなぁ……」
とはいえ、アイザックから貰ったお金はこれから色々と使う予定があるから今パっと使いたくはないし、自分で働いて稼いだお金で支払う、と言うのが一番モチベーションとしても健全だろう。レックの好意にありがとうと答えつつ、これで服装を整えた。この後で《付与術》で服装に防護の概念を与えればいいのだが、まぁ、それに関しては、
「自分でやるか。練習にもなるし」
「まぁ、言うとは思ったわ……んじゃあ道具の買い出しに行くか?」
いや、それよりも行きたい所があるとアイザックに告げた。その言葉にアイザックは首を傾げる為、答えた。
「―――図書館」
―――このゲーム、EX:Worldにおける読書には普通に情報を収集するという目的以外に、熟読する事によって知識を得て、そしてスキルランクの上昇を簡易化させるという役割を果たす所もあるらしい。入門書をちゃんと読み切った場合、SPが無くても最低限のランクで習得することが出来、秘伝書等をちゃんと理解できるように読み切った場合は上位ランクであっても習得に必要なコストが減ったりするらしくて、時間を喰ってでもしっかりと読書する事には意味があるらしい。
だがそれ以上に図書館、本という物にはWIKIには書かれていない現地の情報、現地の者から見た情報というものが入っている。勉強、理解、把握、これを行う為に図書館を超える設備は存在しない。誰かからの説明を聞けば確かに手間がかからないかもしれない。だがそれはその人物のバイアスが、主観のかかった内容でもある。
だが本は違う。選べば簡単にバイアスの抜かれた、純粋な情報を得ることが出来る。それ以外にもこのEX:Worldというゲームの世界に関してあまりにも知識がない事に困っていた。このまま探索や活動を開始しても良い。
だが前提となる知識や情報があった方が遥かに動きやすいし、そして理解しやすいし、楽しめる。一々物事に対して首を捻る必要がなくなるのだ。その為、道具を揃えたり活動を開始する前に図書館へと寄って、世界に関する事や気になる生産活動の入門書を軽く読み込んで、それで事前知識を付けよう、と言うのが自分の考えだった。
アイザックはそれを俺らしいと評価し、時間がかかるから一旦別れた。
再びナイトと二人だけの状態でルーゼン大図書館へと到着していた。帝国と共和国の狭間、その交易拠点であるルーゼンは大量の物資が集まるほか、両国の人間が集まる場所でもある為、色々と流れ着くらしく、その結果図書館は凄まじい大きさを誇っていた。紙媒体の本がほとんど消滅してしまい、電子媒体の書籍が9割を占める現代の文学事情の中で、図書館の中に踏み込んでみると大量の本棚と本の姿は圧巻を通り越して感動すら出来るものだった。
そうやって感動タイムを終わらせたら真面目に調査を始める。
まずは大陸について、だ。
本土と呼ばれるこの大陸を基本的にヴェルシアと呼ぶらしく、形状は大きくしたオーストラリアを思わせる。西と東で大陸は分断されており、西に帝国が、東に共和国が存在しており、南端にここ、ルーゼンが存在している。ここ百年程度は戦争もなく平和だったが、それ以前は群雄割拠の時代であったらしく、飛び出た先史文明のテクノロジーを武器に滅んだり建てたりを繰り返して現在の帝国と共和国という形へと併合されたらしい。そのやり取りも数百年、ではなく数千年単位で繰り返されたらしい。文明が滅んではショートスパンで蘇りを繰り返し、現代へと続いている。
―――ここら辺はおそらく運営による仕込み、かなぁ。
最初にある程度設定を与えて、指向性を持たせて、クロックを加速させて文明を築かせれば勝手に伸びて行く―――人類みたいに。全てを設定する手間がなくなるから、一定以上の文明に到達したら争い、滅ぶように自滅因子がプログラムの根本に組み込まれているのかもなぁ、と邪推する。ここら辺、VRMMOの世界観構築においてよくやる手段らしい。
それはそれとして、この戦国時代の出身と言うのであれば、少しだけ、ナイトの正体を探るのは難しいかもしれない。ヒントは魚鱗島の石碑だ―――歴史書辺りを探ればいいのだろうか? ともあれ、此方は一旦おいておくとして、基本的な知識や文化に関する情報を集める事にする。
こういうのもエッセイ感覚で書いて残す人が多い為、図書館を探せば割とある。
ともあれ、基本的な文化部分を頭に叩き込むわけだが―――やはり、異質さを感じる。
古代と近代が混ざった様なアンバランスさ、だ。文明の正しい発展に存在する間とも言えるべき部分が跳んでいる。数字で表現するなら文明の発達が1、2、3、4、5ではなく、1,2、5,という風になっている。そのせいで発展の途中で消える筈の風習や考え方、淘汰される筈の存在が色濃く残っている妙なアンバランスさが残されている。その証拠に、ルーゼンや帝国には闘技場の文化が残されているらしい。
殺人も許可されている一対一の勝負、お互いになんでも賭ける事が出来る合法的な戦闘の遊戯。
野蛮―――と思いつつもやや惹かれてしまうのは男故の衝動だろうか。今度暇があったら見に行ってみるか、と心の中のやってみたい事リストを更新する。
しかし勉学や修練を通してスキルアップに必要なSPを削減できる、という事はスキルのランクアップや習得に対して少し、計画性が出てくるなぁ、と思う。スキルのランクが上がれば上がるほど習得に必要な数値はおそらく加速度的に上がってくるのだろう。だがそれに対して修練を重ねる事でその数値を下げることが出来るというのであれば、即座に習得せずにキープし、後々習得するという手段も使えるのだろう。
悩ましい限りだ。スキルの修練具合を数値としてチェックできないのも一つの要素だ。
とりあえずここら辺でこれは切り上げ―――次は錬金術や付与術に関する本を読み進める。なににしたってまずは熟読する事から始めるべきだろう。
図書館のテーブルにどっさりと本を詰めば、恐怖の視線を周りから向けられる―――少しだけ心外だなぁ、と思いつつも、本を読む事自体も楽しい。
割とこのゲームに誘ってくれたアイザックの事に感謝しつつ、本を読み進める事にする。
『―――マスター、そろそろ食事を取り、部屋を探すべきだと思うのですが』
「ん? あ、……あぁ、そうか、そうか、そうだったなぁ……」
読んでいた錬金術関連の本を一回閉じて、そして意外とお腹の空いている自分の腹具合を探る。そう言えばこのゲームも食事を取る必要があったんだっけ、と思い出す。いや、別に夜の間はログアウトして、リアルでその時間を過ごして再び戻ってくる、という宿いらずの裏技もあるのだが……それはそれでなんとなくだがやや冒涜的だと言えなくもない。
電脳世界に没入している間はほとんど眠っているような状態だからリアルで眠る必要は一切ないし。
―――まぁ、世界観を楽しむためだ、ここで本を読むのを一旦切り上げて食事の方を探ってみるのもいいのかもしれない。
「それじゃあ一旦作業を切り上げてメシを探すか。なんか俺だけ悪いな」
『いえ、我が肉は今マスターの魔力によって形成する事でしか存在できません。寄生虫のような状態ですから』
卑屈だなぁ、と思いつつも記憶が戻れば変わるだろう。その考えを特にいう事もなく、本を片付けてから図書館を出た。
外に出れば既に空は暗くなっていた。もうそんな時間が経過していたのか、と思ってしまったが良く考えれば魚鱗島の方で半日も過ごしていたのだから、これだけ時間が経過していてもおかしくはないよな、と納得できた。暗くなったことで通りから人の気配は消え始めているが、その代わりに大通りに並ぶ酒場やレストランには多くの人の気配があった。当たり前だがこの時間帯に入ると食事を取り始めるのはリアルだけではないらしい。ちゃんとした食事の習慣も染みついているのだろう。
これはどこで食べるかちょっと悩むなぁ……。
どこの酒場やレストランも割と人が多く入っており、どうするか非常に悩むところとなってくる。店舗の前を通ってみれば暖かい湯気とと共に食欲を誘う様なスパイスの匂いがし、そしてじゅうじゅうと焼ける肉の音が聞こえてくる―――それを耳にし、理解すると改めて食欲がわいてくる。どこで食べようか、どれを食べようか、そんな事を考える度に段々とお腹が空いてくる。
「仕方がない、適当に飛び込んでみるか。こういうのも一つの経験だな」
自分にそう呟き銀の車輪亭と書いてある酒場へと飛び込んでみる。木製の扉を抜けたそこには笑い声が響く、そんな酒場の姿があった。多くの労働者たちが木製のジョッキを片手に乾杯し、笑いあいながら酒を飲み、そして食事をしていた。その活気や凄いもので、こういう光景を見たのは何時振りだろうか、と思わせるほどのものだった。うーん、これもまた旅の醍醐味だな。そう考えながら適当に開いている席へと身を滑らせる。
メニューはない。だが店員がやってくる。若い男性で、エプロンを装着している。
「いらっしゃい! 注文どうぞ!」
「エールとなんかガッツリ食えるもんで」
「了解でーす!」
去って行く店員の姿を眺めていると、ナイトの方から声が聞こえてくる。
『注文する姿に迷いがないようですが、慣れているのですか?』
「あー、いや。割と新規開拓するのは好きだからね」
居酒屋の、という言葉が付くのだが。そこまで呑兵衛と言う訳でもないのだが、居酒屋はアレで面白い文化の一つなのだ。店によって空気が違うし、酒と一緒に出て来るツマミも変わる。その一つ一つを渡り歩いて確かめながら空気を楽しむ、というのだろうか。まぁ、旅行とか出来ない分をそうやって楽しんでいると言っても良い。だからこういう大衆向けの酒場に来る時のマナーというか、頼み方も知っている。
下手に指定せず、大雑把に頼んで相手に自信のある物を持ってこさせればいいのだ。その方が上手く行く事が多い。
「―――と、まぁ、そう言うわけさ」
『成程。そこらへんの記憶や経験が不完全、というか思い出せないので共感し辛いのが難しいですね……』
「なに、気にするな。その内嫌でも思い出せるようにするさ。その時はお前も共感出来るようになる」
『契約とはいえ、実際は時が経ちすぎていてそこまで期待している訳でもないので、そこまで焦って進める必要はありませんマスター。あの場から離れ、こうやって再び誰かの為に戦う栄誉を得られたというだけで我には十分すぎるのです』
「俺自身が楽しんでいるんだ。黙ってダシに使われろ」
『その命を拝承しました』
若干ふざけるようなイントネーションがナイトの言葉にあったため、完全にお堅いだけの騎士ではないという事に安心する。パーティーを結成せずに冒険するとしても、これならナイト相手に喋ってていても飽きる事はないだろうなぁ、とも。そんな訳でナイトと軽いコミュニケーションを取っていると、やがて注文を取って来た店員が皿とジョッキを片手に戻ってくる。
一つはエールが並々と注がれたジョッキだった。そしてもう一つは石のプレートの上に置かれ、そして焼かれている肉だった。ステーキ肉と一緒に野菜も焼かれており、既にソースがかけられているのか香ばしい匂いの中に鼻孔を刺激するニンニクのにおいがする。あぁ、これは絶対に美味しいな、と確信を持ちながらフォークとナイフを受け取る。
「そいつは仕入れた食用に家畜化されたモンスターの肉だ、超美味しいぞ」
「食用に?」
「おう。なんでもテイミングを通じてそういう方向へと品種改良してるらしいぜ? 全く便利というか美味しい世の中になったもんだよな!」
「ま、食えて美味いなら問題はないわ」
「そりゃそうだ」
笑いながら店員を見送り、さっそく石焼のステーキにナイフを突き刺す―――日本のステーキと言えば歯ごたえよりも柔らかさが優先されがちだけどこのステーキは西洋系の歯ごたえのある方がベースとなっているらしく、一口サイズに切ってから口の中に放り込むと噛み千切るのにかなり顎の力を要求してくる―――だからと言って決してまずい訳ではない。
噛めば噛むほどに肉汁が溢れ出し、それがステーキのソースと混ざってまた味を変化させる。それが噛んでも噛んでも続き、飲み込むその瞬間まで消えないのだ。これはヤバイな、と言葉を漏らす。これでは普通のステーキがリアルで食えなくなってしまうではないか、と言うしかなかった。
『……肉の体がない事をここまで憎々しく思う日が来るとは。マスターは少々美味しそうに食べ過ぎです。表情がなんというか、実に幸せそうで周りの視線が……』
「ん?」
ナイトに促されて回りへと視線を向ければ、焼ける肉を口へと運ぶ一動を眺める視線が多数あるのが見えた。そんな姿も此方が見ているのに気づいたら即座に逃げる様に外し、こっそり店員を呼んで頼み始めているのが見えた。まぁ、隣の芝は青く見えるという言葉もある―――気持ちは痛いほどに良く解る。まぁ、美味しい夕食の時間だ。
楽しんで食べる事にした。
食事を終わらせて、そして店員にいい宿がないかを聞けば、そのまま近くの宿を紹介して貰う―――払いが良かったのか、それともチップが良かったのか、気分を大変良くしてくれた店員は地図まで用意して宿まで案内して貰い、とりあえずはそこで到着した宿を一晩借りる事にした。
そうやって借りた部屋は一人用の部屋だった。木製の床と壁にシンプルなベッド、バスルーム付きの部屋らしい。またもやアンバランスな文明さを感じるがここに至っては便利であれば多少違和感のある発達でもどうでも良かった―――生活に慣れる内にその違和感も忘れるだろうし。風呂場はバスタブがある訳ではなく、お湯の出る蛇口があり、そのお湯をバケツの中に入れて被るという珍しいタイプだった。だがそれでも汗と汚れを流すことが出来るだけ、かなり良い部屋だった。
そうやって一日の垢を落として確認するベッドも、しっかりと柔らかく、シミがついていたりする事もなく、清潔な物だった。個人的に旅行先の宿としては満点を与えても良いレベルの部屋だった。設定的に、ステータス的にそこまで疲労は感じている物ではない筈だった―――しかし最低限脱いでベッドに寝転ぶと、それだけで眠気が襲い掛かってくる。まだまだ話したり調べたりする気満々だったのだが、限界が来ていたらしい。
「すまん……寝る……」
『おやすみなさい、マスター。良い夢を―――』
ナイトの言葉と共に意識はあまりにもあっさりと夢の中へと沈んだ。
―――起床、ログアウト、リアルでのアレコレを終わらせ、再びログインする。
忘れてはならないが現実と電脳は別物ではあるが、同時に同じでもある。リアルで死んでしまえばネットでも死んでしまう。その為、あくまでもゲームであるという事を忘れずにリアルの自分のケアはしなくてはならない。致命傷にならない様にプログラムで監視すると言っても、自発的な行動が手遅れにならない事への一歩なのだ。その為、定期的にログアウトしてリアルで食事やシャワー、運動、そしてトイレなどの用事を済ませなくてはならない。
専用のダイブ用ポッドがあればそれに潜って数か月ノンストップでダイブなんて事も出来るらしいが、一般人には一生縁のない物だ。
そうやってリアルで必要な用事を終わらせれば再びゲームに思う存分にログインし、遊ぶことが出来る。
目を覚ますのは昨日と同じ、借りた部屋だった。リアルで体の面倒を見たばかりなのに、此方の方でも同じような事をしなければいけないと思うと少々面白いな、なんて事を考えながらもこの宿は気に入ったから滞在中はここを拠点にする事に決めた。
今度は此方側での朝の諸々を終わらせ―――朝食を探しに宿を出る。
朝から既にルーゼンの通りは人で溢れていた。その多くは忙しそうに動き回る労働者の姿であり、町のどこかへと荷物を運ぼうとする姿であったり、町の中心へと向かおうとする富裕層の人間や、武器を持った戦士の姿だった。そう言えばこの街にも闘技場があったんだよなぁ、と昨夜調べた事の内容を思い出す。だがその前に朝食だ。良く見れば周囲には甘い匂いを漂わせる屋台の姿が多く見える。
「スコーン! 朝にスコーンはいかがー!」
「ルーゼン名物ルーゼントーストだよー!」
「サンドイッチー! 職場へと向かいながら食べられるサンドイッチはいかが!」
……どれも魅力的に聞こえてくるから困る。だが敢て言うなら未知に挑みたいという気持ちが強かった。そう、ルーゼントースト。聞いた事のない名前だ。こうなったら試す以外の選択肢は存在しないだろう。そういう訳で少しだけ迷ったが、朝食はこのルーゼントーストにしようと決めて、屋台のおじさんにコインを数枚手渡し、包み紙の中に隠されたトーストを取り出した。
形で言えばイタリアで見るパニーニに一番近いのかもしれない。厚く切ったパンの上はソースとチーズによってコーティングされており、噛み付いてみるとチーズとホワイトソースが溶け出しながら良く伸びる。その中に感じられる味はアンチョビの様な塩味の効いた小魚と、そしてそれがしつこすぎない様にアクセントで混ぜられたハーブ類だった。港町らしい魚を使ったメニューだなぁ、と満足しながら食べ進む。チーズとトーストの組み合わせはやはり王道だよなぁ、という感想を抱いていると、
『マスターは本当に美味しそうに食べますね……』
と、少しだけ恨みがましいナイトの声を聴いてしまった。許せ、食べる事は好きなのだ。美味しいなら美味しく食べるのが礼儀と言う物だと思う。ともあれ、そうやって食べ歩きながら次の行動をどうするべきか考える。ぶっちゃけた話、《付与術》は昨日図書館で読んだおかげか習得可能スキルの中にリストとして追加されていた。ただそれを習得するだけのSPが足りないのだ。それ以外にもランクを上げたい、習得したいスキルは多い。SPの獲得が急務だ。だけど図書館で本を熟読すれば知識が増えるし、習得に必要なコストも下げられる。だけども、知識ばかりで実践しないのも流石にどうかと思う。
「困った……なにから手を付ければいいか悩むぞ」
『現状マスターの出来る事は多くありますからね。ただ優先度で言えばSPの確保かレベルアップでしょうか。とはいえ、急務ではありません。となるとまずは地盤固めという事で錬金術を始めたらどうでしょうか? まだまだマスターのレベルが低い事を考えればそれでも十分にレベルを上げられるかと』
「なるほどなー……かなり合理的だわ」
『お役に立てたのなら光栄ですマスター』
ナイトの助言を聞き入れ、錬金術方面にちょっと手を出してみる事にする。《付与術》を習得するにはまだSPが足りない。コストが0になるまで勉強をするのもいいが、それはそれでなんだか時間がもったいない気がする。だから素直に錬金術作業で経験値を貯めてレベルを上げる事にする―――アイザックの言葉を信じるなら生産活動でも十分に経験値は入るらしいし、軽く錬金術の方で色々と試してみるとしよう。
個人的にはナイトの記憶を求めるのもいいのだが、まだレベル3の状態で歩き回る方が迷惑というものだろう。少なくとも自衛であればある程度出来るというレベルになるまではレベリングとこのゲーム自体に慣れたいと思っている。
そうと決まれば、行く先は錬金術師のギルドだ。
場所は知らないが、通りすがりの労働者にでも声をかければその場所はすぐさま判明する。大きな組織であり、大陸の各所に支部を持っており、その本部がここに存在するらしいという事も解っている。錬金術、それは完全に未知の学問、領域、そして活動。そういう事にはやや目を輝かせるのはやはり男の子故、なのだろうか。
軽く心を弾ませながら錬金術師のギルドへと近づいて行くにつれ、やがてひときわ大きな建造物を見ることが出来る。リアルでいう大学に近い形状をした大きな建造物の扉は開け放たれており、常に行き交う人々によって忙しく機能していた。中に入って行くのは自分の様な格好の冒険者だったり錬金術師だったり、或いは荷物を担いだ商人だったりする。やはり需要は高いんだなぁ、と理解する。
そんな事を考えながら錬金術師のギルド内部へと進んで行く。木製の床を踏みしめながら中に入れば、調薬等の暗いイメージを吹き飛ばす明るく開放的なギルドの構造が見える。自分が抱いていたギルドのイメージと言えば創作のもので、暗く、そして酒場のあるような場所だったが、そんなギルドとは違ってここは明るく清潔に保たれた場所であり、近くには商店の姿まで見えた。活気に溢れるギルド内部では交渉などを行っている人たちの姿が見える。
とりあえずはカウンターの方へと向かう。比較的に空いている、青年が受付をやっている所の列に並び、数分ほど待っていると列が進んで行く。やがて自分が一番前に来たところで青年が対応してくれる。
「
「実は異邦人で錬金術としての道を歩みたいのですが何分色々と初めてでして。一応軽い教えを受けて入門書を読み込んできました」
その言葉にあぁ、なるほど、と受付の青年が頷いた。
「という事は所属と説明が必要ですね?」
「お願いします」
「いえいえ、お気になさらず。それでは説明の程ですが―――」
受付の青年が説明を始めてくれる。
錬金術師のギルドとは錬金術師達が互いに情報を提供し、助け合い、そして
その為の錬金術師のギルドである。その目的は安定した水薬の供給、技術の発展と交流、そして市場の保護にある。錬金術師のギルドに所属していなくても市場に水薬を卸す事はもちろん可能ではあるが、ギルドを通した方が遥かに安全だし、何より信用があるからほぼ確実に売れる。それだけではなく品質が低かったりしたらなぜそうなったのかを相談、改善する事を目指すことが出来るほか、常に納品依頼を出しているので錬金術を行えるのであれば基本的にくいっぱぐれる事はないのだ。
他のギルドと掛け持ちで所属してはいけないなんてルールもないし、所属する事に関するデメリットはない。自由な発展と安全な生活を。それがこのギルドの基本的なモットーであり、そしてスローガンでもある。その為所属する事に害は一切ないと言っても良い。これだけ聞けば所属するだけ所属した方がいい、という風に聞こえるだろう。
だがそこはギルド、所属するには少量の義務が発生する。
たとえば定期的に納品依頼をちゃんとやらなくてはいけない―――ギルド側が所属者に対して様々な支援を行うのは決して酔狂やボランティアではなく、それが利益、そして社会へと還元されるサイクルが存在しているからである。その為、ギルドに所属する以上は己もちゃんとその社会に貢献する一員としての自覚を持って、納品依頼を達成する義務がある。
とはいえそこまでキツイものではなく、錬金術の技能向上と利益を求めて何時も大量生産を行っている錬金術師たちは多い。一月に一度納品依頼をこなせばそれで大丈夫な辺り、割と緩い組織でもあるらしい。
なおギルド側は、ギルド内だけではなくルーゼンや他の都市にも個人用のアトリエを幾つか保有しており、金が貯まって自立を目指すのであれば紹介や販売も行うらしく、かなり大きな組織であるのが解る。
ここまで話を聞いて断る必要も理由もないのが完全に解り、自分からギルドへの登録を頼み込む。
「はい、解りました。お名前は―――マスター、様ですね。それでは此方が錬金術師のギルドに所属している事を証明するカード、そして【称号】です」
受付の青年が此方にカードを受け渡してくるのと同時に、ステータスに更新が発生する。ホロウィンドウを表示させ、ステータス欄を確認すると【称号】という項目が増えており、そこには【錬金術師:最下級】を表示されていた。その称号にも効果が設定されており、錬金術によって自分が作成するアイテムの品質をほんの少しだけ上昇させる、という内容だった。成程、こういうシステムもあるのか、と納得した。カードをインベントリの大事なものポケットにしまい込みつつ、受付の青年の話に耳を傾ける。
「これでマスター様も我らがギルドの一員です。まずは商店で基本的な道具の購入をお勧めします。一応此方の無料開放アトリエにも基本的な道具は揃っていますが、遠心分離機や濾過機などになってくると個人で購入するか、使用料金が発生するアトリエを利用して貰う必要があります。あと自分の道具を用意するのは手に馴染み、作業効率を上昇させる意味もありますのでオススメされます。納品依頼に関しては常にあちらの掲示板に貼り付けられているので、降ろされない限りは品を用意して持ち込んでくるだけで大丈夫です。そして最後に称号の方はギルドに貢献するか、或いは人々にそういう認識を与えれば自然と変わってきます、これからの進化は貴方次第です。どうか良き錬金生活を」
「此方こそありがとう、助かった」
感謝を告げながら受付から外れる―――思ったよりも有能な組織だったんだなぁ、と少し舐めていた事を反省する。
オススメされたとおりに商店へと向かうと、様々な物が販売されているのが解った。基本となる薬草やゼリー玉のような簡単な材料から、完成された回復薬を入れる為の瓶もあれば、遠心分離機や濾過機といった上位の調薬に必要となる道具まで揃っていた。
「……遠心分離機は40万で濾過機は25万か……高いわぁ……」
「まぁ、それだけ稼げるようになったのならそろそろ扱えるって時期の判別だからな。それでお客さん、何を買うかい?」
「ふむ……」
遠心分離機も濾過機も今は必要ないだろう。これらの出番は自分がもっと慣れてから、稼げるようになってからだ。アイザックがぽんと10万投げた感覚、そこまでお金を稼ぐのは難しくはない様に感じる。ともあれ、他の値段も確認する。
薬草が一束10ゴールド、ゼリー玉が一玉5ゴールド、空っぽの瓶が一つ20ゴールド。そして軽く盗み見た回復薬の値段が売却で一つ70ゴールド。薬草とゼリー玉に関しては一セットで回復薬が三セット作れると見れる。これに瓶を三個購入すればコストが75で210ゴールド分の回復薬を作成できる。差額で収入は約135ゴールド―――昨晩食べたステーキとエールがセットで大体1700ゴールドだったから、割とアレ、高級品だったんだなぁ、というのが解る。ただ悪くはない儲けではあると思う。少なくとも数をこなせば明確にプラス収支が付くというのは良い。
「見た感じ錬金初心者だな? 悪い事は言わず最下級の回復薬で回数をこなせ。最高品質なんて目指すな。教科書を片手に基本的な品質向上のやり口を練習して体で覚えろ。どっかの誰かが言った言葉だが才能があるにしろ、ないにしろ、回数が全てだ。それだけはこの世の中で裏切らねぇ。さぁ、買った買った。セールもクソもないが安全性と品質だけは保証するぞ」
商店の兄さんの言葉に苦笑しつつ、回復薬100セット分を購入する事にする。コストは7500ゴールド、ちゃんと全部売り切れる品質を用意することが出来れば儲けはほぼ倍の1万3500ゴールドになる。金があるんじゃねぇか、と少しだけ商店の兄さんに驚かれたが、自分の金ではないのだからノーカンだ。これを元手に堅実に増やして行き、ゆくゆくはしっかりとレックとアイザックに返済する事を当面の目標としよう。
「まいど。無料開放のアトリエはあっちだ。ちゃんと洗浄されて手配されているが基本的に自分用の道具を早めにそろえる事をお勧めするぜ。乳鉢とかはそんなに高くはないしな。手に馴染む道具を持っとけばそれだけ作業はしやすく、そして品質も上がる。そうして儲けたら更に金を落としに来いよ。じゃあな」
ぶっきらぼうではあるが、優しい人だったなぁ、なんて感想を抱きながら言われたとおりにギルド内の無料アトリエへと向かった。やはり構造も大学みたいで解りやすいなぁ、なんてくだらない感想を抱きつつ進んで行くと、教室の様に分かれた幾つかの部屋のある廊下を見つける。窓を通して中を覗き込んでみれば、既にいくつか場所を確保して作業している人たちの姿が見える―――自分の様に個人でアトリエを所有するだけの金もコネもない個人だろう。どこか親近感がわいてくる。乳鉢で薬草やゼリー玉を磨り潰して回復薬を作ろうとする姿は自分以外にも多く見られる。が、他にも色々と作業している姿もあり、興味がそそられる。大鍋を本を片手に掻き混ぜている姿なんて実にファンタジーチックで興味をそそられる。
しかし時間は有限だ、出来ない事を夢想していてもしょうがないのだ―――サクサクと作業を進めてしまおう。
適当に人の少なそうなアトリエを選び、作業台へと近づく。椅子を引っ張ってインベントリにしまい込んだ幾つかの薬草の束とゼリー玉を取り出し、瓶も取り出した。ちゃんと水道が通っているようで、綺麗な水をアトリエ内で簡単に調達できるようになっていた。まぁ、水はそこまで貴重でもない環境だという事だろう。これでナイトの手を使えれば楽なんだろうけどなぁ、とは思うがぶっちゃけた話、人手が増えた所で楽になるようなものでもない。自分一人でやるか、と諦める。とりあえず入門書を図書館で読んだんだ、その内容を思い出しつつ焦らず、一つずつ丁寧に進めて行こう。今、自分が欲しいのは即金ではない。技術と経験だ。
だったらゆっくりと、一つずつ確実に作って行こう、と決める。
蛇口を捻って瓶の一つを清水で満たして、早速錬金術に没頭する事にする。
あぁ、そうか―――買い出しと販売をナイトに頼めばこの場から動かず働き続けられるんだなぁ。
『マスター、いま恐ろしい事を考えませんでしたか?』
「そんなことないよー。全然ないよー」
これ、上手く行けば100個作成いけるんじゃないか? なんて事を考え始めた。とりあえずまずは乳鉢、そして乳棒を確認する。使用する素材もチェックし、そしてまずは使う分を取り出す。《識別》と《鑑定》のスキルを使って素材の品質や状態を管理しつつ、《計量》を使って詳細に量を管理する―――スキルって便利だよなぁ、と思いつつも全自動で体が動くわけではない。技術だけはどうしようもない。
そこはそこ、自分で磨くしかないのだ―――錬金作業を開始する。
『まさかと思いましたがこんな風に使われる日が来るとは思いもしませんでした』
「効率的だろ? 獣と違って理性のある人なんだ、ずっと見学させてるのも暇だろうし使えるもんを使うのは当然だろ」
『そう言われると何も言い返せないのですが。ではこれをどうぞ、昼食の方です。冷める前に』
「あぁ、助かる」
そう言ってナイトが此方に出してきたのはテイクアウト用の箱の中におさめられたミートボールのスパゲッティーだった。一緒に木製のフォークもついて来て、大粒のミートボールが湯気を立てながら美味しそうに己を主張していた。迷う事無くそれにフォークを差し込み、口へと運んでみた―――驚いた事に獣肉ではなく魚肉だった。見た目よりもさっぱりとしているが、それでも濃厚なトマトソースの味は非常にマッチしており、思わず無言になって食べ進めてしまう内容だった。
味わいつつも空腹である事に気づいて一気に腹の中へと叩き込むと、五感がフルに稼働しているR18ゲームだからこそ感じられる満腹感と充足感の中で、満足感を得ることが出来た。さてさて、と呟き、
「―――50個完成したからこれをギルドの方へと納品な」
『……拝承しました』
「これが一番効率が良いんだよ」
完成された回復薬をナイトへと渡して、納品の為にギルドのカウンターへと向かわせる。その間にいったん休憩を入れて、放置していたステータスとスキルのウィンドウを開く。
実際ナイトがいない間にレベルも6まで上がっている。割と集中している間にポップアップが飛び込んでくるから二回ほど調薬で失敗してしまった―――とはいえ、レベルが低い内はガンガン上がるらしいし、ここで集中的に作業していればこうなるのも仕方がないのだろう。だがレベルが5まで上がったおかげでAPとSPがだいぶ溜まった。とりあえず、このまま作業を続行するとしてまず体力に振り分けるのは確定だろう。目安としては大体10レベル分、体力を50のラインぐらいまでは上げたいと思っている。そうすれば少なくとも疲れを感じずに作業に没頭し続ける事も出来るだろう。
とりあえず、体力を集中的に、21まで上げた。何かが変わったような感覚はないが、長く苦しい作業を続けるようであればそれも解ってくるだろう。問題はSPの方だ。スキルの方は割と欲しいものが多く、そして今習得している物もレベルを上げたいという気持ちがある。
ぶっちゃけた話―――ここら辺で錬金術関連にSP全部ぶち込みたいって衝動はある。
ただそれをやった場合、完全にナイトに戦闘に関してはおんぶに抱っこだ。
ある程度方向性を持たせながらバランス良く―――とは行かなくも、せめて何かが出来る、と言う方向性に伸ばしたい。戦闘の面で言えば間違いなく《死霊術》がメインだから、戦闘に関してはこれを伸ばしていこうと思う。《闇魔法》に関してはサブ運用、あとそれが《死霊術》辺りと結びついて新しいスキルにならないかどうか、と言う気持ちがある。個人的に《光魔法》も習得して光と闇で! という感じの厨二臭さも悪くはないんじゃないかなぁ、と思っている。
そこらへんの派生、確かにWIKIには乗っていたのだが、流石にチュートリアルも終わったし、一々WIKIをチェックするのもどうかと思う。
―――とはいえ、振りをミスると大きく崩れるというのも現実だ。
世界観を優先してWIKIを見ないままやるか―――それとも真面目に遊ぶ為にWIKIを見るか。
「……WIKIみよ」
なんだかんだでEX:Worldはスキルのリセットがチュートリアル以降は行えないゲームだ。真面目に考えたらWIKI見ないで遊ぶとか相当なナメプだよなぁ、とも。チュートリアルの時の考えを撤回する形だが、最小限だがWIKIは確認しよう―――特にスキル関連辺り。流石にノーヒントでプレイしているとどっかで致命的なミスを犯しそうだ。そう考えたらWIKIへとアクセスするホロウィンドウを開き、そしてエクワWIKIのスキル欄を確認する。
やはりと言うべきか、滅茶苦茶な数のスキルが確認できる。検索でネクロマンサー、錬金術関連のスキルを探して行く。
「……やっぱ先に確認しておいてよかったな」
特定の組み合わせで出現するものの中にいくつか、見逃したくないものがあった。率いる仲間や自身の手駒を導き支援する《指揮》や《使役術》、ポーション等の薬品を投げる場合のその効果を上昇させる《ポーションピッチャー》、そういうスキルの存在を知る。あぁ、やっぱりちゃんと確認しないと駄目だなこれ、と思いつつ英霊型ネクロマンサー用の必須スキルテンプレを見つける。
「《死霊術》と《テイミング》と《闇魔法》に《光魔法》、その上に《使役術》を取得してMまでランクを上げると英霊使役関連のスキルが生えるのか……うわぁ……」
これを見ていなければ確実に後回しにしていたなぁ、と嘆く。いや、まぁ、それもゲームの醍醐味と言ってしまえばそうなのだろう。だが敢て言うならガチで強くなって楽しんだ方が面白いよね、という事に尽きるのだ。
強ければそれだけ選択肢が広がるのがRPGというゲームなのだから。
とりあえず、現在のSP状況は16/25、つまりはSPが9点振り分けられる。確認したがEからDへとランクを上げるにはSPが5必要になる。新規での取得は1、そしてFからEにするには3必要となる。レベルをこれからガンガン上げてSPを取得できる事を考えたらここら辺でメインを上げてもいいのだが、
「先に必要なスキルを取得して、訓練しながらコスト下げてそれからランク上げた方が効率がいいよなぁ……」
まぁ、実際《鑑定》と《識別》、あと《計量》はこの半日、ずっと使っていた影響かランクを上げるのに必要なコストが1だけ減っており、FからEに上げるのに必要なコストは2だけだ。今はこのランク上げをぐっとこらえて我慢し、残りの50セットをなんとかこなす事を考えよう。その間におそらくもう一段階習得コストが減る事を祈る。
それはそれとして、WIKIを確認して自分の錬金ネクロマンサー型のビルドで、取得しておくべきスキルを取得する。まずは《光魔法》、次に《投擲》を、《鑑定》や《識別》と合わせる事で新たなスキルへと発展する為に《夜目》を取得し、最後に《号令》を取得する。これは《指揮》や、《テイミング》と合わせる事で《使役術》へと派生する。その他にも何個か欲しいスキルがあるのだが、まだスキル自体を習得できていないので今は我慢する。ただ解放条件の方は確認したし、このまま錬金術の作業を続けていれば問題なく解放されるだろう。
余ったSPは5点―――これは今度スキル等を弄る時まで取っておくとしよう。あまり早くスキルを上げてもつまらないし。
そこまで考えた所でナイトが帰還してきた。その片手にはゴールドの詰まった袋が見える。それを受け取り、インベントリの中に放り込む。
「さて、基本に精通してこその技術だ。さぁ、練習と金稼ぎの時間だナイト。眠くなるような作業を繰り返して練習し続けるんだ。その果てに熟練という概念が俺を待っているのだから。今日はここが閉鎖されるまでひたすら引きこもるぞぉ」
『マスター、そのやる気と執念に関してはもはや感服以外の言葉が出ません』
褒めるな―――いや、もっと褒めろとナイトに告げてから錬金術の作業に再び没頭する。この最下級回復薬の作成だけでも実は割と楽しいのだ。本命は戦闘用の毒薬等の作成だが、今はまだそれを作る程の技量が自分にはあると思えないし、誰かしらからアドバイスを貰いつつゆっくりと作れる種類を増やしていこう。何せ夏休みだ、時間は此方の世界での半年も存在するのだ。一ヶ月や二ヶ月ぐらいひたすら錬金術の修練に割り当てたって一切問題ないだろう、VRMMOとはそういうジャンルのゲームで、その為のクロック加速なのだから。
ともあれ―――集中だ、集中。
単純作業は日本人が一番得意とするジャンルではないか。
「―――で、結局昨日は丸一日薬作ってた、と」
「あぁ。実に充実した一日だったよ。レベルは10まで上がったし、帰りに参考書を買って読んでみたら《薬学》スキルアンロックされたし。闇の中で読んでみたら《夜目》のトレーニングにもなったし。ほんと充実した一日だった」
「おまえ絶対ゲームの楽しみ方間違えてるから」
えー、と答えながら丸一日錬金術による練習とレベリングで終えた翌日、朝からアイザックに連絡を入れられたので朝食を食べ終わってから合流するとそんな事を言われていた。だけど待ってくれ、それはおかしいとも。
「システムとして生産活動が存在しているんだったらそれに没頭するのは俺の勝手じゃないか?」
「それは間違ってないけど基本的にVRMMO
「今日も最下級回復薬量産して売ろうかなぁ、って。昨日100個作って失敗したのがいくつかあったけど最終的に1万1000ぐらいの儲けになったし」
「ほんと何やってんだお前。いや、初期の投資があるなら生産に集中して資金稼ぎするのは間違ってないけどさ、何やってんだお前」
「錬金術」
「いや、違う、そう言う事じゃない―――えぇい、解ったぞ、お前押し出さないと絶対にやらねぇな、戦闘……!」
「そ、そんな事はないぞ……?」
やや目を泳がせている自覚を持ちつつも、何とかアイザックに答えた。ぶっちゃけた話どこかで戦闘をこなし、慣れておく必要はあると思った。だけどそれはそれとして、錬金術楽しいし、事前準備は入念にやっておくタイプなのだ、自分は。戦闘とは基本的に準備した時点で勝敗は決すものだと自分は思う―――まぁ、つまり、殴る蹴るの人間ではない。データと向き合って準備して考える、考えるタイプの人間なのだ。だから、こう、やっぱり戦闘面倒臭い。後回しでいいとも思う。
ただそんな此方の考えを大学の友人であるアイザックは完全に察しているようで、
「うっし、決めたぜ―――今日はダンジョンだ。ダンジョンへ行こう、な」
「えぇー……」
「うわ、心底嫌そうな顔をしやがって……!」
いや、だってそれはそうだ。冒険するというのなら事前にそれに必要な道具や装備を整えたいし、まだまだ錬金術だって始めたばかりなのだ。何か一つに集中して力を注いで、そっから形と作るタイプだから、広く浅く進めても効率が悪いだけではないだろうかと思う。いや、ナイトの過去を探すって意味では間違いなくここを出て探索に出るか、或いは情報屋かなにかでも探さなきゃいけないのだろう。
それにしたって後だ。
先にその下地を作らなきゃ話にならない。だけどまずは錬金術だ。自前で道具を用意できるようになればそれだけ有利なのだから、自分でお金を作るだけの手段、そして状況に的確に対応するだけの手札を用意する為の手段、その二つの構築の為に錬金術は優先して進めたい。
進めたいのだが、
「いいや、駄目だ。お前を放置してたら絶対に二ヶ月ぐらいは錬金術に没頭してるからな」
「何故わかった」
「寧ろなぜ解らないとでも思った」
アイザックの瞳を見れば絶対にダンジョンへと連れて行く、という鋼の意志を感じた。そういえばEX:Worldへと誘った時も同じような感じだったよなぁ、と彼の姿を思い出す。こうなってしまえば説得するのも難しそうだなぁ、と考え、同時にリアルな戦闘環境というのを軽く経験するにはいい機会だと割り切る事にする。だから溜息を軽く吐き出し、いかにも仕方ねぇなぁ、と言う風のスタンスを浮かべて見せた。
「お前の為を思ってやってるんだけどなんで俺がしょうがねぇな的な感じになってるんだろ……あぁいいや。軽く準備整えたら案内してやるよ―――この世界のダンジョンにな!」
ルーゼンは所謂スタート地点用の都市だ。港町であり、同時に中間点でもある。交易拠点であるが故にどこへとも向かいやすく欲しいものが手に入りやすい。意図してそう言う風に運営が都市をビルドしたのだろう、と思っている。そして当然ながらこれはVRMMORPG、つまりはロールプレイングゲームだ。役割を演じ、そしてステータスで戦うゲームなのだ。つまり戦う場所が必要なのだ。ルーゼンの中にも闘技場が存在するが、だがやはりRPGといえば、
―――そう、ダンジョンだ。
ルーゼンの付近にはダンジョンがいくつか存在するらしい。
ルーゼンから歩いて一時間ほどの位置に森が存在する。ある程度準備を整えてやってきたその森がダンジョンであると道中、アイザックは説明した。鬱蒼と生い茂る森はしかし中に軽く入ったところで、二つの石造に挟まれる様に石の門が鎮座していた。その前で動きを止め、そしてアイザックは振り返った。
「いいか、EX:Worldにおけるレベリングの基本ってのはダンジョンアタックでやるもんだ」
アイザックを背後のダンジョンゲートを親指で指す。
「基本的にEX:WorldのダンジョンはID―――つまりはインスタンスダンジョン制だ。入ったらランダムに形成されたダンジョンがあって、一番奥へと向かって攻略し、完了するとここへと戻ってくることが出来るってシステムだ。そしてダンジョン毎にも深度、って呼ばれた難易度が設定されている。一番楽なのが深度1で、現在最高難易度のダンジョンの深度が5だって言われている。ここは初心者向けのダンジョンだからな、深度は1と2しかねぇ」
「ほー……割とシステマチックなんだな?」
「と、思うだろう? 俺達からしたらそうらしいけど設定的には普通に侵入すると異界に飲み込まれて二度と出てこれなくなるからゲートを通して道を作り、安全に探索できる領域を疑似的に形成しているとかなんとか―――まぁ、定期的にこっからモンスターがあふれ出して街を襲撃する事もあるから、冒険者は基本的にダンジョン潜って敵を倒して、討伐証明を引っ提げてそれを換金してる」
ちなみに、と付け加えた。お金が全くない序盤はダンジョンで狩りをするのが儲けが良いらしいが、だが元手となる金があれば生産している方が基本的には儲かるらしい。レベル100を超えるモンスターを継続的に狩り続けることが出来るのであればそちらの方が最終的にはプラスになるが、現状のレベルキャップの都合で生産活動も、狩りもそこまでぶっ飛んだレベルや金額へと到達する事は出来ないらしい。
「ちなみに俺のレベルは現在80、適正ダンジョンに潜れば一時間で5から10万ぐらいは稼げるからな。まぁ、つまりはそれだけ金になるって事なんだわ」
「数時間狩り続ければ遠心分離機と濾過機が手に入るのか……いいなぁ……」
「そっちかよテメェ」
いや、だって他にもガラス製の器具とか色々と高い道具を見てしまったし、自分専用のアトリエを購入する為の代金だって考えると滅茶苦茶お金がかかるではないか。それに錬金術師スタイルの戦闘はお金を消費する前提での戦い方なのだから、やっぱり色々と入用になってくる。これ、ギルドに所属せずにやろうとしてたら軽く地獄を見ていただろうなぁ、と思った。
「じゃあ本題に入るけど、ダンジョンアタックに関してだ」
「おう」
「モンスターと戦うのが一番効率の良いレベリング方だし、戦闘系スキルを使いこなし、熟練度上げてランクアップのコストを減らすのならやっぱり戦闘で使うのが一番大事だ。それに日常生活だけじゃなくて戦闘を合わせてやり続けないと【固有スキル】が生まれないしな」
「【固有スキル】―――」
確かレベル30辺りで習得する個人専用のスキル、だったか。そのプレイヤー毎に合わせた専用、スキルマップには出現しないスキル。プレイヤーが今までどうやって活動してきたか、どうやって遊んできたか、それを学習して判断し、生み出されるのが固有スキルだと言われている。自分の事だしたぶん錬金術関連になるだろうなぁ、と思っている。だってほぼそれ以外やるつもりはあまりないのだから。
「まぁ、そんな訳でここに潜るぞ。深度1でな。1回のアタックで儲けは大体2000ゴールド前後って言われてるな」
「しょっぱい……と思ったけど俺みたいに一気に数をこなす為の元金もないんだな」
「おう、そうだぜ」
そこらへん上手くバランスが回っているんだな、というのが感想だった。回復薬のあの安さも多分はこのダンジョンで使う事を想定して、赤字にならない様に配慮されている値段なのかもしれない。まぁ、それはそれとして、こうなってしまったら仕方がない。ナイトを思いっきり動かす事も出来ていないのだ、運動させるのもいいだろう、と判断する。
「まぁ、俺が手出すとレベリングにならないしな。後ろから見て指摘してみるから。とりあえず戦ってみろ。というか戦え。じゃなきゃなんで俺が誘ったか解らなくなってくるから。な?」
「仕方がないなぁ……」
とはいえ、ここまで来るとダンジョンにも興味が出てくる―――素材はダンジョンで採取出来る物が多いらしいし、何か欲しいものがあったら直接自分の足で取りに来る必要もあるのかもしれないし。そう考えたらモチベーションは上がってくる。アイザックはその様子を見て良し、と呟くと門の前に立ち、ホロウィンドウを出現させた。その設定を深度1に設定すれば、ゆっくりと門が開き、光に包まれて向こう側が見えなくなる。
「さ、これを抜ければダンジョンだ」
そう言ってアイザックが光の中を抜けてダンジョンの中へと入って行く。その姿を眺めてからナイトに魔力を供給し、MP上限を削りながらその姿を現界させる。
「頼んだ」
『お任せください、マスターの身には傷一つ付けません』
頼もしい言葉を引き連れながら歩き、光る門を通って行く。視界は完全に光で満たされ、何もかもが見えなくなってくる。だがその先で急激に視界が広がって行き、そして風景は一変する。拓けた門のある石畳の上に立っていたはずが、門を抜けた先は獣道が伸びる完全な森林の中だった。既にアイザックがそこにいた。ナイトも数瞬だけ遅れて登場し、自分の前に先導、或いは守る様に立つ。
先ほどいた場所よりももっと空気が濃い―――深い場所にいるというのは理解した。これが異界、或いはIDと呼ばれる物なのだろう。軽く《鑑定》と《識別》スキルを発動させれば採取出来そうなアイテムが反応に引っかかる。もうこの時点で採取が出来るのか―――これは色々とコストが浮かびそうだと、思った。
「開幕から採取するのも良いけどインベの重量制限忘れるなよー。最初の方でやらかして後半新しいもんを持ち歩けなくて泣く泣く捨てるって事になるからな」
「あー……それもそうか」
ゲームは基本特化型構築が一番安定する、というかお約束なのだがそれがここでは通じないなぁ、と軽く嘆きつつ、新しく見るキノコや木の実を軽くインベントリの中に放り込み、前へと進む事にする。
「んじゃ、俺は後ろから見てるわ。全滅しそうになった時だけ助けるわ」
「……まぁ、そうだよな」
「おまえ、戦闘は自分が楽する事しか考えてないな……?」
いや、だって戦闘とか基本めんどくさいとしか考えていないのだからそれはしょうがない。ともあれ―――ダンジョン内だ、そろそろ空気と頭を切り替えようか。
「……お?」
アイザックを無視し、考えを切り替える。目標は最奥への到達、ダンジョンの突破。なら必要な事は障害の排除、状況の把握、そして索敵だ。
「1に索敵2に索敵3,4がなくて5に索敵―――敵は見つけ次第蹂躙しろ」
『命を拝承しましたマスター』
言葉と共にナイトの右腕にあの奇怪な槍が出現し、そして左腕が凶悪化した。そんな変化を迎えてからダンジョンの奥へと向かって進み始める。索敵、といっても常時《鑑定》と《識別》を使ってその反応を見るという事程度しか己には今は出来ず、ほとんどナイトの察知能力便りだ。自分のレベルや技能が上がって行けばその内ナイトの能力も把握できるようになるだろうし、その時が待ち遠しい。だが今は出来ない―――なら経験則から最適な答えを導くしかない。
故に見て、感じて、考えて、見つける。
故に神経を尖らせれば道の先で木の葉を揺すって道に出てくる獣の気配を察知する。視線をその方向へと向ければ、木々の合間から人の半身程の大きさを持った凶暴な面の猿の姿が見えた。これがここの代表的な雑魚モンスターだろうか? そんな事を考えながらも、此方がどんな動きを取るよりも早く、ナイトが一気に前に飛びだした。左の爪腕を掌底を叩き込むように折り曲げて、まるで盾の様にそれを押し込もうと振るい、正面から猿の頭にスピアを握った右腕を引きながら叩き込んだ。
本来は牽制の一打―――だが破壊力がありすぎたのか猿の頭がそれだけで一気に弾けた。ドロップアイテムを残しながら血も残さず魔力素に分解される猿の姿にはそのまま構う事もなく、まるで暴風の如くその槍を二度振るった。風圧を発生させる事なく綺麗に放たれる斬撃の閃は芸術からは程遠く、武骨な、戦う事に対する意味以外の全てを捨て去った動きだった。空間を薙いだ二閃の位置へ、木々から跳びかかって来た猿が二匹跳びかかってくるのと同時に突き刺さって勝手に分割されてドロップアイテムを残して分解され、消える。
そこで動きを止め、
『―――今のを見て他は逃げましたマスター』
「警戒続行。不意打ちや奇襲されたら俺は死んじゃうからねー。怖いからねー。警戒だけは止められないよねー」
猿のドロップ品を確認する。ドロップ品は主に尻尾だった。
しなやかな尻尾 ランク:F
様々な生物が持っている尻尾、これはマッド・モンキーの物。
加工する事によって様々な事に利用する事が出来る。
「ちなみに《狩猟》とか《解体》スキルがあれば殺したモンスターの死体は即座に消えず、しばし残ってそこからスキルを使って採取を行えるぞ。通常のドロップに加えてそれでしか出てこないドロップとかもあるから素材探索メインで潜ってるなら割と取得しておきたいスキルだぜ」
成程なぁ、そういうスキルもあるなら増々困ってくる。採取用のスキル、というものもあるのだ。いや、こればかりは採取の専門家でもダンジョンアタックの時に雇った方が効率が良いんじゃないかと思う。今度冒険者の酒場へと寄って、そこらへんの情報を集めようと決める。自分一人で全部やる必要はない―――オンラインゲームとはパーティーで、皆で遊ぶものなのだから。
そこでしかし、とアイザックが言葉を置いた。
「―――強すぎるな」
「ん?」
「いや、ナイトだよ。なんつーか……ちょっと強過ぎね? たぶんレベル、俺とそう変わらないぞ」
槍を握り、爪腕を解放した状態のナイトへと視線を向けた。威風堂々と立ち、そして常に自然体で迎撃の姿勢を見せるその姿は貫録があった―――一目で圧倒的な強者である、というのが解るレベルで。
「アイツ、劣化して今の状態なんだよな?」
「あぁ、記憶とかが掠れちゃって自分が誰かさえ解らないらしい」
「その状態でこれか……たぶん記憶を完全に取り戻したら相当なレベルに行くぞ。たぶん英雄級とかに届くぞ。ほんと魚鱗島で良く契約することが出来たな」
となるとナイトは聖遺物等を使って契約できる英霊だった、という事か。まぁ、確かに風格や威厳は存在する。しかしアイザックと変わらない、という事は実力的にレベルは80前後と言う領域なのだろうか。そうなるとしばらくは自分を鍛えなくても安心だな、という軽い余裕が生まれてくる。それにこの状態で記憶を取り戻せば更に活躍してくれそうだとも。
「スタダガチャでSSR引いた気分」
「なんかガチャって10連よりも単発の方が成功する、って時があるよな。まぁ、なんつーか、運がいいよな。羨ましいレベルで」
とはいえこの状態でMP上限をかなり削られているから完全にノーコスト運用という訳でもない。そこらへん、慢心しすぎると失敗しそうなので完全に油断や安心する事は出来ない。それに100レベルがプレイヤーのレベル上限―――つまりナイトよりも現状で強い奴は大量にいるという事だ。良いスタートダッシュだ。だがそれで上位に食い込んだわけではない。まぁ、とりあえず低レベルの間は無双出来ると考えた方がいいだろう。
歩き出す。敵の気配は規格外のナイトが先ほど一気に斬殺してしまった影響か、出てくる気配を見せない。だから歩きながら素材を探していると、アイザックが話しかけてくる。
「おまえ、ナイトがいない場合はどうやって戦うつもりなんだ?」
「ポーション投げて殺す」
「魔法を使わないのかよ……」
いや、だって、と言う。
「チャージタイムあるから絶対ラグが出る魔法よりもポーション投げた方が早いだろ? 毒薬、強酸、火炎瓶、そう言うのを投げつけて動きを止めている間に魔法で更に動きを止めて追加で毒か酸を投げつけてハメ殺せばいいじゃん」
「えげつねぇ……」
いや、だって仕方がないじゃないか。
「―――怖いのは嫌だし、痛いのも嫌だ。負けるのは嫌いだし、真面目に戦うのも馬鹿馬鹿しい。戦いってのは始める前の準備の時点で決定してるんだ。だったら調べて準備してメタ張って動きを読んでひたすら一方的に何もさせずにハメ殺して消し去ってやらないと安心できないだろ? 戦うなら最低限これぐらいはやらないと安心できない」
その言葉にアイザックが苦笑し、断言する。
「ほんとお前を誘ってよかったよ―――だっておまえ頭おかしいわ」
それから道中、マッド・モンキーと呼ばれるあの猿が出現する事はなかった。そこそこ知性があったようで、ナイトとエンカウントすれば斬殺される未来しか存在しない事を悟ったのだろう。そこらへん、ただ単に襲い掛かってくる簡単なロボットの様なAIではないらしい。アイザックもモンスターはモンスターで繁殖して数を増やそうとする為、知性があるなら必要以上に襲い掛かってこないものもあると肯定していた。そんなマッド・モンキーの代わりに出現し始めたのが、植物型のモンスターだった。
巨大な花に根の部分が触手の様に、足の様に機能するそんなモンスターで、普通に戦おうとするとリーチが長く、剣や槍が届く範囲外からその触手の様な根を伸ばして攻撃してくる。アウトレンジから勝負を仕掛けてくるモンスター相手に対する練習台としては非常に優秀なモンスターだった―――ただナイト相手には意味がなさすぎる。爪腕の左で触手を掴みながら引きちぎり、そのまま金属の体で突進し、潰しながら槍で両断する。たったそれだけであっさりと蹂躙してしまう。
宣言通りたったの一撃も此方へと通す事もなく、道中は実に平和な物だった。マッド・モンキ―自体を威圧して近づける事すらなく、採取中は的確に見張ってガードし、戦闘が始まれば先手を奪い、相手の攻撃を確実に潰しながら一撃で殺す。戦闘という行動に完全に慣れきった戦士の動きだった。文字通り蹂躙。この程度のダンジョンではナイトの脅威になるどころか、その本気を引き出す様な敵さえ存在しなかった。それでも一切慢心の類いをせずに常に自然体で警戒を続けられる辺り、根本的に一般人とは違う精神構造をしているというのも見られた。
「―――なんつーか、お前の事は引きこもりすぎないかどうか、心配するだけで良さそうだな」
「そうか?」
「おう。なんつーか……根本的に動きが
「ほー……」
その為、同じレベル同じ能力同じスキルで戦った場合、違いが出てくるのは経験と技量になる。その場合現代人の方が負ける可能性は非常に高い―――そりゃあそうだ。根本的にゲームとしか考えていない現代人と、そして日常的に生きる為に戦って技を磨くファンタジーの世界の住人では熱意や殺意が違うのだから、勝てる訳がないのだ。
それでもプレイヤーがやはり驚異的に強いのは、数値的な部分でこの世界における一般レベルを超過しているからなのだろう。
そんな事を考えながら進んでいると、やがてダンジョンの終盤に差し掛かってくる。別にモンスターが増える訳ではないが、一番奥に開けた場所が存在し、そこで待ち構える様に徘徊する姿があるとナイトが告げて来る。それはつまりゲーム的なボスが待ち構えている、という事なのだろう。アイザックから何故ボス部屋なんてものが存在するのかを聞き出してみる。
「ん? あぁ、ダンジョン生成時に強い奴は襲ってこれない様にある程度隔離するシステムなんだってよ。ただ深度が3とか4とかになると普通にボス部屋を抜け出して殺しに来るから、安心してボス部屋って呼べるようなもんは深度の低い所だけだぞ」
との事だった。なんともまぁ、殺意の高いゲームだなぁ、と感想を抱くしかなかった。
それはともかくとして、自分がどれだけ戦えるのかどうかを試す意味でも割と来るのが解っている、という敵は素晴らしかった。そういう事もあり、ナイトに指令を出す。
「ボス戦中は俺が致死の一撃を喰らう場合のみ介入してくれ」
『拝承しました』
「そこで地味に絶対に手を出すな、と言わない辺りお前らしいよな」
痛いのは誰だって嫌いに決まっているではないか。なら保険をかけるのは当然だ。第一、痛くなきゃ覚えない、痛い目を見なきゃ失敗するというのは
そういう訳で、特に扉みたいな人工物がある訳でもなく、獣道を進んで行けばやがて森の中に広がる広場が見える。広場をよく見ればそれは自然に生み出されたものではなく、木々を強引にへし折ってなぎ倒したことによって生み出された空間であるのが解る。そしてその奥には待ち構える様に巨大な猪の姿が見えた。大きさで言えば5メートルほど、自分よりも遥かに大きな猪の姿だ。猪は此方の姿が広場に現れたのを見ると、興奮する様に吠えながら大地で足を掻き始める。
「《ダークミスト》」
予め発動待機させていた魔法を即座に放つ。最下級の《闇魔法》の一つ、使用した場合相手の視界を黒い霧で悪化させるという内容の魔法である。予めチャージを終わらせていた事もあって動き出すのよりも早く放つことが出来る。それを確認しながらその直線から外れる様に横へと移動しつつ、先ほどまで自分がいた場所の直線状へと配置する様に液体の入った瓶を投げつける。
直後、怒りの咆哮を轟かせながら巨大な猪が突撃してきた。黒い霧によって視界が制限された猪は軌道を修正する事もなく真っ直ぐ誰もいない場所へと突っ込んで行き、投擲された瓶に正面からぶつかり、その顔面に液体を撒き散らした。
そうやって液体が顔にかかるのと同時にジュゥ、と肉の焼ける音が響く。
―――強酸だ。
「いやぁ、一瓶2000ゴールドもする高級品だし自分でまだ調合する事も出来ないけどいいねぇ、対人・対獣用の強酸。今の感じ目が焼けたかな? 魔法ってレジストされるって話だからあんまり信用したくないんだよねぇ。その内硫酸も用意できるようにしたいなぁ」
狂乱し始める巨大な猪の姿に追加で瓶を投げる。足を的確に狙うにはまだ無理があるので、太腿の辺りに強酸瓶を投げつけて機動力を削ぎ、ひたすら強烈な匂いの籠った液体の入った瓶を顔面に投げつけて、そして毒の入った瓶を強酸で溶けた所から浸透する様に投げつけた。もはや狂乱の声は悲鳴へと変わっていた。
「―――さぁて、怖い怖ーいモンスターさんはハメて一方的にぶっ殺しちゃおうねぇー」
のたうち回る様に、顔から液体を剥がそうと大地に転がって顔をこすりつけるが、その間にもどんどん体が溶けて行く。追加で足と顔面に強酸の入った瓶を投げつけて更に追い打ちをしながら安全を確保して距離を開けながら魔法のチャージを開始、安全に心臓を狙って《闇魔法》を育てるつもりで叩き込む。
数分後―――体のパーツを欠けさせながら動かなくなった大猪の姿が出来上がった。
その姿がドロップアイテムだけ残して完全に消滅するまでは距離を開けて次に投げる瓶を片手に、ひたすら姿が消えて行くのを眺めた。完全に消滅したのを確認すると、広場の奥に石の扉が大地を突き破って出現し、そして開いた。その向こう側は白く光に満たされているが、おそらくあれが出口なのだろう。レベルアップの表示が出現し、再び強くなった、というのを理解する。
合計で4レベル分アップ、道中でちょくちょく戦闘系のスキルを使っていた事もあってコストが減っているのもある―――ただ、まぁ、やはり、
「赤字かぁ……まぁ、しょうがないと言えばしょうがないか。道中で確保した素材を錬金でなんか売却できるアイテムにすれば収支0に何とか持ってけるか……?」
まぁ、無理だろうなぁ、なんて事を考えながらドロップアイテムを確認する。
雄々しい猪牙 ランク:F
ファング・ボアの雄々しい牙。
装飾品として加工する他、武具の素材にも使える。
初期ボスだからレアリティもF扱い、あんまり高く売れそうにないと判断し、やっぱり金策は籠ってひたすら錬金術を繰り返し続けるのが一番だな、と判断する。とりあえずレベルの上がった分、APだけ先に使って振り分けておく。体力を50へ、筋力をキリ良く10へ、そして余ったのを魔力へと回して8へ。SPは、もっとゆっくり考えられる所で振り分ける事にしようと決める。ともあれ、これでダンジョン攻略は完了だ。インベントリの中に積み込まれた採取された素材を確認し。何個か本で見た事のある素材であり、使えそうなレシピを思い出して満足する。
「まぁ、赤字だけど楽しかったしいいか」
「なんつーか―――うん。なんか、もう、好きにやればいいんじゃないかなぁ……」
アイザックからは完全に気が抜けていた、というか呆れた物を見るような視線を此方へと向けていた。失礼な、と思いつつナイトへと視線を向けるが、アイザックと違ってナイトは堂々としたものだった。ほら、やっぱり一切の容赦なく全力で殺すのが正しいのだ。
ほら、痛いのって嫌だし怖いし。なら徹底的に。
そんなこんなでダンジョンレイドは終了した。素材探索の為にこれは使えるな、なんて事を思わせながら。それにレベリングも此方の方が早そうだった。ナイトには適度に手加減させるとして、軽く自分を鍛え、そして素材を採取するのを目的でインベントリが満タンになるまで軽くダンジョンを何度か周回しようと決める。その意志をアイザックへと告げるとうん、まぁ、と言葉が返ってくる。
「心配するだけ無駄だって解ったしなぁ……俺もいっちょこっから離れるか」
「ん? 違う国へ行くのか」
おう、とアイザックが頷く。
「国境の北部で小競り合いが発生してるからな。そっちの方へと行くわ」
となるとこの大陸の反対側だ―――ちょっとやそっとじゃ会えなくなるだろう。小競り合いが落ち着く頃には再びルーゼンに戻ってくるとアイザックは告げて、先に扉を抜けてダンジョンから脱出した。その背中姿を見て、それまでに返済用の10万を用意するのが当面の目標だな、と自分の中で達成できる目標を作る。
「10万の返済、そして洋服代の支払……後は防具にエンチャントする事だな」
すっかり忘れてた。たぶんアイザックの方はもう済ませてた、とか思ってたんだろう。こういううっかりはどうにかしたいなぁ、と思いつつも、ノーダメージでここは突破できると判明した―――ならば周回だ。このまま直ぐに戻ってただ作業に没頭するのは効率が悪い。だったら一つの事にその日は集中しておくべきだ。
夕方まではここでひたすら周回する事を決意する。
―――それから半日程ダンジョンレイドを周回する。ネットスラングで表現するのであれば所謂
最終的に丸一日を深度1、最後の方はナイトの暴力任せで深度2の森のダンジョンに潜る事に費やして終了した。
そのおかげで最終的にレベルは20まで上がったし、大量の素材、AP、そしてSPが手に入った。APを筋力にガン積みしてインベントリの重量制限に何とか余裕を与えつつ、SPを分配しながらこの先の展開を計算した所―――非常に恐ろしい事に、割と真面目にスキルはかなり使い込まない限り、ランクアップさせない方がいいと判断できた。
レベルが20になってSPボーナスが発生しSPが10一気に貰えるまでは良かった。
だがEからDに上げる必要SPは5で、コストを頑張って減らせたとしても4になる―――おそらく次の段階で要求してくる量は7だろうし、コストを一つ下げるのに必要とした修練の時間は増えていた。このペースでSPを消費する事を考えると、割とヤバイレベルでSPを要求されるという事実に気づき、ほとんどトレーニングもなしにSPを振り分けることが出来るのはEまでだな、という事実にサックリと行きついた。
レベルを上げること自体はそう難しくはなく感じた―――重要なのはスキルを使い込み、そしてその要求値を下げる事だ。おそらくレベルよりも此方の方が重要だ。そしてそれがこのゲームを遊ぶ上でのキモと見た。
故にやる事は簡単である。
「―――数だ。数をこなすしかない」
『あぁ、やはり一日で冒険は終わりましたか……マスターはどう見ても研究者肌ですからね……』
場所は再び錬金術師ギルドに戻る。ナイトは出しっぱなしにしている。もう完全に雑用に利用しよう、と決めてしまったため、後出しているだけでも最低限の《死霊術》の修練にもなるらしく、そのまま出しておくことにしたのだ。必然、注目は浴びてしまうが、そんなもの必要経費として割り切ってしまえばいい。他人は他人、己は己、どう思われていようが関係ない―――自由に振る舞えばいい、ゲームなのだから。
ともあれ、材料は大量に採取してきたから態々購入する必要はそこまで―――最低限の出費で済む。
今日一日はひたすらアトリエに籠って作業する事をここに決意する。それだけじゃない。今日は新しい技術に教科書を片手に挑戦しようと考えている。それに素材も増えている。図書館で調べた時に簡単なレシピは暗記しておいたが、やはり本を片手に作業する方が遥かに安心、安定する。そういう事も会って今日は出費をさらに増やし、ギルドの商店の方で幾つかレシピ集と技能解説書を購入しておいた。
まず最初に最下級回復薬から製造する事にする。ただ今回は少しだけ手順が違う。
作業中に《魔力操作》のスキルを使うのだ。
《魔力操作》を使う上でそもそも魔力とはなんだという話になるが、ゲーム的な設定で言えばコスト、そして魔法の強さを決めるステータスだ。だがこのEX:Worldの世界観で言えば、それは加工された精製されたエネルギーと表現するらしい。
道具内で特定の偏りをみせる事によってその品質や効果が変動する。
そして《魔力操作》スキルはその道具に宿ったエーテルを、【エーテル値】を表層部分だけ、弄る事を可能とするのだ。発展形に《エーテル干渉》というスキルが存在するらしく、それを習得すれば回復薬なのに毒の効果がある、なんて改造も出来るらしい。もしエーテル値の幅が1から100まであったとして、《魔力操作》で干渉できる範囲は±25程度になる―――技術だけではなくレベルを上げてSPを確保しないと将来的に錬金術の方もドンづまりしそうだなぁ、と気づかされるものだった。
それはともあれ、《魔力操作》による品質の操作を行ってみる。
今まで通り乳鉢と乳棒で素材を磨り潰しながらも、《魔力操作》のスキルを使って素材を混ぜ込むときに干渉する。素材と素材が混ぜあう時、絵の具が混ざる様に物の内部に保存されたエーテルが結合、そして融合を始める。《魔力操作》はこの時に使って干渉を行う。
混ざり行くエーテルは混ざった時に
とはいえ、これはこれで面白い。
全く同じ手順、材料、しかし《魔力操作》によって異なるエーテル値を設定した同じ最下級回復薬を幾つか作成した。
一つ目はエーテル値をギリギリまで上げた回復薬。本来は50であるところを75まで上げた結果、
最下級回復薬 ランク:F エーテル値:75 製作者:マスター
一番安く、そして手頃に作成できる回復薬。
塗り薬、飲み薬としても使える為、非常に需要が高い。
・通常よりも少しだけ高い効果を発揮する。
追加の文章と共にエーテル値の表記が出現する事になった。エーテル値を上昇させれば品質が上がるという事なのだろうか? 逆にエーテル値を50から25まで下げた場合はどうなるのだろうか? それを調べてみる為にも作成したエーテル値を下げた回復薬を確かめる。
最下級回復薬 ランク:F エーテル値:25 製作者:マスター
一番安く、そして手頃に作成できる回復薬。
塗り薬、飲み薬としても使える為、非常に需要が高い。
・ほんのわずかだけMPを回復する。
エーテル値を下げた結果、マジックポーションの様な効果を発揮する事になった。そしてそれで別に回復薬としての機能が下がったわけではない―――そう、
エーテル値が特定の数値の時のみに発揮する様な効果も存在し、エーテル値の操作は品質の向上には直接は繋がらなくても、自分が戦闘利用する事を考えるのであれば間違いなく把握しておきたいメカニズムの一つだった。少なくとも回復薬を作成するコストでマジックポーションを作成することが出来るなら、本来の素材を用意せずに作れるからかなり安く済む。
―――それに、それだけで終わりもしなかった。
「お、エーテル値の操作を覚えたか。純化とは別に必要な技術の一つなんだが……この時点で使えるとなるとかなり優秀だな。覚えておけよ、エーテル値の操作は特定の効果を持つガン客相手にバカ売れするからな。純粋に品質と効能を上げる純化と並んで錬金術師の必須技能だ。……純化はまだか? ならこっちの本だ。専門書だぞ? 勿論、1万ゴールドだ。ん? そう言えば《付与術》の方はやってるか? アレはアレで軽いランダム性もあるがアイテムに追加効果を望めるから商品としては別に、個人用としては有用だぞ」
商店の兄ちゃんにエーテル値の違う回復薬を売ろうとしたら才能があると褒められ、同時にまだ覚えるべき事はあると、そしてエーテル値の調整次第では普通のよりも高く売れるとも教えられた。実際に掲示板をチェックすればMP回復効果のある回復薬を欲しがる人の依頼なんてものも張り出されており、最下級の回復薬を軽く調整した物だけでもそこそこ需要があるのが分かった。
やはり、錬金術とは金になるなぁ、と確信できる物事だった。
錬金術以外にも鍛冶や細工は戦闘が多い事から非常に需要が多いらしい。だがその中でも消耗が早い雑貨や水薬の類いはやはり、一番需要が高いから金周りが良いのだろうなぁ、というのを理解できる。ともあれ、
商店の兄ちゃんは商売上手だなぁ、と思いながら純化の専門書、そして《付与術》に関する専門書を購入するハメになった。
借金を返済する前にガンガンお金を消費し始めている所にはやや頭を抱えそうになるが、丸一日の作業分と合わせて収支で0だったので、問題はないと自分に言い訳した。
―――とりあえずは練習だ練習。それを繰り返して体で覚えてスキルで学習するのだ。
SP-1だけでは足りない、積極的に-2や-3のライン、更に上がったら-5ぐらいは目指さないとおそらくまともにスキルを育てる事も出来なくなってくるだろうから、集中して修練に励む必要がある。丸一日《魔力操作》による実験と練習を繰り返しながら錬金術を続けていた結果、一日でレベルが5も上がった。
それによって獲得したAPを振り分けつつ、SPは《付与術》を習得するだけで温存し、アトリエ生活二日目を開始する。
Name:マスター
Level:25
Status:
AP:115/115
筋力:40 魔力:8 敏捷:1 体力:70
Skills:
SP:64/93
《死霊術:D》 《テイミング:D》 《魔力強化:F》 《鑑定:D》
《計量:E》 《魔力操作:E》 《闇魔法:E》 《語学:E》 《光魔法:E》 《識別:D》
《投擲:D》 《夜目:E》 《号令:E》 《薬学:E》 《付与術:F》
Tips!
レベルアップ以外にもSPを取得する方法は存在する。ただしAPはレベルアップのみで取得。