※この作品はR-18です。

良くあるVRMMOモノ   作:てんぞー

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ぱーととぅうぇんてぃ

「はっはー! ふっはー! くっはー! は! は! は! は! は!」

 

 叫んだ所で顔面にビンタが叩き込まれた。それを叩き込んだのはディーヴァだ。そして叩き込んだ所で、物凄く申し訳なさそうな表情を浮かべている。いくら俺が頼んでビンタを叩き込ませたとはいえ、主にビンタを叩き込む事には抵抗感があったのだろう。正気を取り戻しながら、ディーヴァへと視線を向ける。

 

「正気を取り戻した、良くやった」

 

「いえ……その、はい……マスターがそれでいいのでしたら、それでいいのですが」

 

「いや、うん。こうでもしないと正気を保っていられない」

 

 《海神の宝珠》作成開始から3日目に突入している。眠っていない。ログアウトしていない。栄養ドリンクをがぶ飲みしながら濃縮紅茶をキメて、集中力をずっと維持している。部屋の温度は錬金術の影響を受けてかなり冷え込んでいる上に、複数の性質隔離、結合維持、馴染ませる作業―――言葉として表現するなら、逆立ちしながら両手で自分の名前を鏡映しに書いている……そんな作業をしている真っ最中なのだ。

 

 それも3日間、一切休むことなく。その作業もようやく終わりが見えてきたが、途中で何度発狂しそうになった事か。その度にディーヴァに一発、正気を取り戻す為にビンタを叩き込ませている。魔力もガンガン消費しているからマジックポーションを口の中に放り込んでいる。トイレに行く暇もなく、リアルの体は一時的にリアルで長期ダイブ時の専門の介護業者に頼んで、世話をして貰っている。何せ、此方での3日とはつまり、リアルでの24時間になるからだ。

 

 誰かが面倒を見なければ、酷い事になってる。だがこの錬成の為に人間としての尊厳は捨てた。リアルでも、此方でも。正気では決して、大錬成を行う事が出来ないのだ。エーテルの監視、魔力への繊細なコントロール、汚染や混濁しない様に繰り返されるチェック。それが一切休むことなく常に、ずっと、部屋から出る事もなく続けられるのだ。

 

 そりゃあ気の一つでも狂う。

 

 だが乗り越えた。

 

 その苦痛の全てについに打ち勝ったのだ!!

 

「へ、へへへ、へへへ―――見えた、見たぞ!! 俺にも! 世界が!」

 

 再び頬に一発叩き込まれた。

 

「あの、マスター?」

 

「うん、俺もかなり頭にキてるのは自覚してる。残りの作業も一気に終わらせちまおう」

 

 水、海、氷属性のエーテルが結合する事で、一つの属性へと昇華されて行くのが解るが―――その詳細、なんと名称すべきかが自分には解らなかった。今、自分が保有する鑑定や固有スキルでは、それを見る事が出来なかったからだ。まだまだ、足りないものがある。それを感じながら、《海神の宝珠》を完成させる為の最後のステップへと踏み込んだ。

 

 

♦

 

 

「燃え尽きた。マジで。真っ黒に」

 

「お疲れ様ですマスター」

 

 完成直後、疲労から床に倒れ込んだところをすかさずディーヴァが膝枕してキャッチしてくれた。三日に及ぶ一瞬も集中を切らす事の出来ない作業。本当に、本当に疲れた。途中何度発狂しかけた事か。ぶっちゃけ、万魔殿よりもつらかった。単純で集中力を必要とする労働の方が遥かに狂気を誘っていた。

 

 つまり現代ブラック社会の方が万魔殿より凄い。

 

 ブラック企業凄すぎない? ラスダンだぜアレ。

 

 そんな考えが頭の中をぐるぐると回り続けるぐらいには疲れていた。それでももう二度とやらないと言わない辺り、自分も確実に末期だった。いや、まぁ、楽しかったのだからしょうがない。自分の技術、知識、技能、それを遠慮なく全力で試す事が出来たのだから。楽しくない訳がないのだ。まぁ、それでもしばらくはここまでの重労働はいいや、って思えてしまう。

 

 この後、深海に行くんだぜ……?

 

「ヴぁー……」

 

「マスター? 変な声を出していますが大丈夫ですか?」

 

「大丈夫、大丈夫……そう、徹夜での作業は現代社会人の必須スキルなのだ……」

 

「マスター、もう一発必要ですか……?」

 

 心配しながらビンタの準備をする辺り、お前最近調子に乗ってきている……のではなく、自我と呼べるような部分がはっきりしてきた感じだろうか? なんにせよ、はっきりと意見を言ってくれることは個人的にはありがたい事だった。なんだかんだで、ナイトとディーヴァの記憶にある話を聞くのは楽しいからだ。なんかこう、サブクエストで手に入れた文献を読んでいる様な、そんな感覚に近い。

 

「はぁー……よっし、メンタルリセット完了」

 

 ディーヴァの膝枕から起き上がりつつ軽く体を伸ばし、深呼吸をして、軽くリフレッシュする。長く、辛い錬金作業だった。だがそれでも、その成果は出たのだ。ついに、完成されたのだ―――今回の冒険、その為に必要とされる最大のパーツが。ぶっちゃけ、途中で何度か意識が飛んでいたのが原因か、最初の方の作業はまるで頭の中に残っていない。それでも錬金釜の中に視線を向ければ、

 

 そこにはエーテルと物質の変異現象によって姿を変え、圧縮されて一つの姿へと完成された宝珠の姿があった。イデア・エーテリアスを作成した時と同じだ。材料を全て用意し、錬成した所で、勝手に完成された形へと自らを誘導する様に形を生み出して、完成品が出来上がった。錬金術はその変異を、エーテルに対してそのコードを打ち込む事が出来ていた。

 

 だからバラバラだったはずの素材は今、蒼い海を思わせるような宝玉に変貌していた。その宝玉には黄金の茨の様な装飾が絡みつき、合間から見える宝玉の中を覗き込めば、そこには海が広がっているのが見えた。持ち上げ、握り、覗き込めばどこからともなく潮騒が聞こえてくる……心が安らぎ、静まり、そして沈んでいくような気がする。

 

 危険な魅力を持つ、マジックアイテムの完成だった。

 

 海神の宝玉 ランク:A エーテル値:100 製作者:マスター

  かつてとある錬金術師が砂漠に住まう者に海を教える為に生み出した宝玉。

男はやがてそれを砕き、砂漠を沈める海を生み出したという逸話を持つ。

  魔力を使う事で海という概念そのものに触れ、操る事を許す。

  EX:それは深淵の安らぎを感じさせる

  EX:それは水エーテルを完全に支配する

  値段:490万ゴールド

  ・海の音が聞こえる

  ・海王の脈動を感じる

  ・それは芸術品でもある

  ・それは大いなる力を秘めている

  ・持ち主に海への抵抗力を与える

  ・それは再生する

  ・それは消費を重くする代わりに更なる効力を見せる

 

「490万か……ぎりぎり黒字だなぁ……」

 

 エーテル値は文句なしの最大値、100にしてある。100にした結果、魔力消費が重くなったが、それでもこれから向かう即死級の環境の事を考えると、これぐらいは準備しておかないと安心できないというのが自分の意見だった。それに魔力担当は自分なのだ、一番魔力を持っている人間としてどうにかすればいい……いや、やっぱり不安だ。魔力回復薬を丸薬化させて、大量に持ち込むことを考えた方がいいだろう。中毒性を下げて、瞬間的な効き目は低くしておく代わりに、持続する様に調整すればいいだろう。

 

 まぁ、とりあえず、これで完成だ。持ち上げたものをインベントリの中へと放り込んでから、軽く息を吐き、片手で頭を掴む。これで必要最低限の準備は整えられた。他に考えられるのは……まぁ、寒さに対する対策だろうか? そちらの方はそこまで難しくはない筈だ。だがそれはともあれ、と呟き、

 

「寝る。誰が来ても絶対に追い返せ……流石に疲れた……」

 

「はい、マスター。研究の方、お疲れ様でした」

 

 頭を下げるディーヴァへと向けて軽く手を振りつつ、疲れたのでナイトに体を支えて貰い、ベッドまで運んでもらう事にする。

 

 とにかく今は泥のように眠りたかった。なんとか、スケジュールには間に合ったのだから。

 

 

♦

 

 

「おっす、数日ぶり」

 

「うむ、来たぞ」

 

「どうも、いらっしゃいませ……と言っても今は営業していませんが」

 

 ルーゼン内部でも段々とだが治安の低下が見えて来た。その為、店を開けていると変な連中が来るかもしれないというので、店を閉めて、顔見知り以外に販売しないという所はちょくちょく出始めている。後は戦争や内戦に向けて物資を溜め込むというのも見え始めている。その為、表の店は現在、閉めてある。バイト二人にはバイト代の代わりに護衛用の錬金アイテムを何個か渡して、それでしばらく休みを与えている。まぁ、こっちはバックにギルドがあるのでそこまで恐れてはいないのだが、一応トラップを幾つか仕込んで対策を施している。

 

 そういう訳で正面からではなく、裏からゴエモンとアイザックを迎えた。予め集まる場所は拠点を保有するウチであると決めていたので、レモンケーキと紅茶を用意しておいた。それを2階の生活空間にあるダイニングの上に並べて、3人でテーブルを囲んだ。なんというか、一気に見慣れた光景になって来た気がする。3人でテーブルを囲んだところで、

 

「目の下のクマが酷いが……大丈夫か?」

 

「3日間眠らずにちょっと集中を切らさず作業してただけですから大丈夫です」

 

「寝ろ」

 

「さっきまで眠ってたから大丈夫ですよ。まぁ、この後でもう一度眠る予定ですけど。流石セルフデスマーチは新鮮な気分でした」

 

「マゾであったか」

 

「どちらかというと少しずつ苦しめる方が好きですね」

 

「拙も凄く良く解る」

 

「黙れ大きな子供共」

 

 紅茶を飲んで頭をすっきりさせながら、レモンケーキを軽く口に運ぶ。この、サクサクとしっとり感が混在しているケーキの感触が好きなのだ。後甘すぎるのが苦手なのだ。だから甘すぎるチョコレートとか、ああいうのはちょっと駄目だ。ほろ甘さや苦さの混じったこういう味が好きだったりする。だから紅茶にも砂糖は入れていない。甘さはケーキの方だけで十分だからだ。こうやってゆっくりと食べていると、落ち着く。

 

 まぁ、その為にこうやって集まっている訳じゃないのだが。

 

「とりあえず準備と成果の報告しましょう、報告。チャットだけでは限界ありますし」

 

「そうだな。そして終わらせてお前を寝かす」

 

「いや、私この後もポーションの丸薬化作業あるので」

 

「それは拙がギルドから買って来よう」

 

「えー……まぁ、そう言うなら有難くまた眠らせて貰いますか」

 

「このワーカホリックめ。お前ほんと一度目標とかやりたい事を見つけると加減せずに突っ走るからな……」

 

 いやぁ、だって楽しい事は楽しめる内に味わった方が旬ではないだろうか? 後で飽きた時に手を出しても、その時の新鮮さは感じられないのだ。だからまだ楽しい、面白い、そう思えている間に手を出さないといけないのだ。そう考えると必然的に色々と突っ走ってこうなるのだが……まぁ、流石に今回は必要だったから、と、理解してもらおう。

 

 ついでに、作成物の成果を見て貰う。《導きの灯》は2人にも渡して、《人魚の涙》と《海神の宝珠》を取り出し、その機能と役割の説明を行う。またそれとは別に、体温を低下させない為の対策として別に作成した保護用ポーション、そしてそれを丸薬化させたものを見せる事にした。

 

 水中という環境で活動する以上、薬という物を口にする事は出来ない。飲むことが難しい事になる。だからポーションを液体ではなく、丸薬という形に固形化したのだ。この作業そのものは難しくはない。エーテルの気体、流体、固体の関係を知っていれば簡単に変換する事が出来る。帝都で見つけた《流体学》の本に感謝するしかない。

 

 そんな訳で、水中活動という事に焦点を絞って作成した道具の数々を見せて、語った。

 

「まぁ、根本的に私、職人キャラですからこんなもんですよ」

 

「世の中爆撃テロを行うようなやつを職人って言わないんだよ。お前のようなやつを犯罪者予備軍って呼ぶんだよ」

 

「酷いですねぇ、確殺が大正義であると確信しているだけなのに……」

 

「それがダメなんだろおめーは」

 

 リスクは取らない。確実に敵は殺す。これだけでだいぶ安心できるのになぁ、と思いつつ、自分の成果をとりあえずインベントリへと戻し、今度はアイザックのお披露目の番となった。それを受けてんじゃ、とアイザックがインベントリから新しい武器を取り出して来た。前使っていたのとは違い、白い大弓をアイザックは取り出した。そこから感じられるのは、

 

「霊属性ですか」

 

「おう。霊は物(・)質(・)的(・)な(・)質(・)量(・)を(・)持(・)た(・)な(・)い(・)から、海水という障害物があっても一切抵抗を受けずに海中で放つことが出来るんだよ。これなら直接生命力を削り殺せるしな。結構高い買い物だったけど、海中で見かけたエネミーの素材をなるべく綺麗に剥ぐならこれが一番だって思ってな。後ついでに感知探索系統のスキルガン上げしてきた」

 

「探知、大事」

 

「斥候がないと楽に死ねるからな」

 

 アイザックの言葉にゴエモンと一緒に並んでうんうん、と頷いた。先制判定の取れない戦いとか、開幕即死でゲームオーバーが見える。スカウト、レンジャーはどんな場所、環境であっても必須なのだ。パーティーに一人、そういうのに特化した味方がいるだけで生存率がガン上げされるのだから、それだけではなく、探索効率も全然変わってくる。ここら辺は万魔殿探索の時にアイザックが価値を見せてくれた。

 

 あの時、エネミーのほとんどはアイザックが見つけてきてくれたのだ。

 

「まぁ、俺はマスターと違ってやや地味だけど許してくれ」

 

「いえ、私は恐らく水中活動中は環境維持と生存権確保にずっと集中していなきゃならないと思うので、恐らく戦闘は二人に任せますから」

 

「うむ、なら拙の成果を見せよう」

 

 そう言ってゴエモンが一本のナイフを取り出した。やや緑がかった光沢を持つその刃は、《審美眼》のスキルを使用する事で、一瞬で何であるかを看破し、アイザックと揃って茶を吹き出しそうになった。

 

 KATANA ランク:A+ エーテル値:51 製作者:ギルバーグ

  圧力を受ければ受ける程硬くなるアダマンタイトを利用した短刀。

  その性質上魔力の通りが非常に悪く、切れ味もそこまで凄くはない。

  ただ恐ろしく頑強で、決して折れる事はない。

  EX:それは不壊の刃だ

  EX:それは魔力を通さない

  値段:2890万ゴールド

  ・酸を弾く

  ・経年劣化する事がない

  ・溶かす事が出来ない

  ・分解耐性を保有する

 

「駄目だ、ツッコミどころが多い。助けて」

 

「私も色々とツッコミたいので相思相愛ですね♡」

 

「怖気が走るからやめろ……。絵チャまで使ってクソみたいな表現するのほんと止めろ。というかお爺ちゃん、これどこで手に入れたんだ……?」

 

 滅茶苦茶レアとかいうレベルじゃない。市場に出回っていないタイプの代物だ。アダマンタイトと言えば非常に高価でレアな金属であり、錬成等の手段で作成する事が不可能と言われている、ミスリルやメテオライトと同じグループの金属だ。恐ろしく頑強で、不壊であると言われており、その性質は圧力を受ければ受ける程その硬度が増して行くとさえ言われているのだが……どうやら鑑定結果を見た限り、噂は本当だったらしい。

 

 ただ、余りにも硬い為、加工手段が限られており、アダマンタイトの鉱石や金属を手に入れた所で、相当腕の良い職人でもなければ、加工する事が不可能だと言われている。何せ熔けない、曲がらない、砕けない金属なのだ。その形を変えるだけでも恐ろしく難しい上に、分解耐性とかいう錬金術の怨敵とも呼べる耐性の保有に、ちょっとどうやって加工を施したのか、想像もつかない。

 

 そんな視線を受け、ゴエモンがうむ、と頷いた。

 

「それは数日前の事だった……」

 

「回想が始まりましたね」

 

「あぁ、映画を見ている気分になって来た」

 

「……それは数日前の出来事だった。拙は深海という環境の中でも戦う方法を考えた結果、深海でも折れない刀を振るえばいいのではないか? という発想に至った。故に拙はまず、深海の中でも折れぬ刀を求めて鍛冶ギルドへと向かったのだが、発狂者の様に扱われ、追い出されてしまった……」

 

「そらそうよ」

 

「そこで困った拙は憂さ晴らしに喧嘩を吹っかけて来る相手を求めて路地裏に入った」

 

「ナチュラル通り魔思考」

 

「そして路地裏でチンピラに犯されそうな娘を助けたらこれがなぜかここの大商人の娘であってな? 気が付けば歓待されていてな? 気が付けば悩みを口にしていてな? それでいて気づけば手の中に不思議なものが……」

 

「なんで90超えたお爺ちゃんがテンプレ王道ファンタジーしてるんだよ」

 

「微妙に羨ましい展開を経験してますね……」

 

 名前がKATANAとか、性能とか、それで斬れるの? とか色々と疑問があるのだが、とりあえずKATANAを片手に満足そうにしているお爺ちゃんの姿を二人で数秒ほど眺めてから、頷き、

 

「うん、そうだな!」

 

「満足そうならなんでもいいですね!」

 

 考える事を放棄した。若干考えるのが面倒になっていたことは事実だった。まぁ、リアル剣豪だしそういう事もあるよね! と脳死させて納得させる事にした。とりあえず、それでゴエモンから成長報告を聞く事にした。とはいえ、武器を新調したこと以外は、スキルランクを上げただけで特に変化らしい変化はない。それで水中戦闘は大丈夫なの? と思ったが現役時代に水中戦を経験したことがあるらしい。やっぱりお前だけ違う世界から来てるだろ。まぁ、それはともかく、

 

「これで大雑把に役割分担が出来上がって来たな。俺が斥候と探知、ゴエモンが戦闘、そして眼鏡が環境安定。可能なら戦えるのがあと一人は欲しい所だけど……」

 

「まぁ、探索していて魔力に余裕があるようでしたらナイトかディーヴァを出しますよ。それで手は十分なはずです。私個人に関しては戦闘の方は期待しないでください。たぶん環境維持で限界ですから」

 

「って、事だな。じゃあ、《星海深脈》だっけ? への進出は明後日って事で」

 

「うむ、それが良いだろう」

 

 えっ、明日じゃないのか? と首を傾げると、アイザックが此方を指差す。

 

「今からリアルでお前の部屋に凸って無理矢理休ませに行くからな」

 

「禁断の手を使ったな……!」

 

「うるせぇ! リアルに休め! リアルあってのゲームだろうが!」

 

「酷い……けど正論なんですよねぇー……」

 

 まぁ、見た目がそれほど悪いというのであれば、休むに越したことはない。また探索はお預けだなぁ、と思いつつ、今度からはもっとスケジュールに余裕を持つ事を考える。そうしないとまたこうやって強制的に休みを叩き込まれそうだし。片手を上げてアイザックとゴエモンに挨拶をしてから、よろよろと揺れる体を引きずりながら寝室まで移動し、

 

 そのまま、ベッドに倒れ込んで目を閉じた。

 

 やっぱり疲れた。今日明日はたっぷり休んで、その次にたっぷり、未知を探索しよう……。

 

 

♦

 

 

―――目覚めは轟音と共にだった。

 

 爆発音が聞こえてきたことに反応し、ベッドから起き上がった。疲れを抜く為に、ベストコンディションで挑む為に日を置いた結果、体の調子は快調と呼べるレベルにまで回復していた。起き上がり、欠伸を漏らしながら軽く体を伸ばし、体をほぐしつつ窓の外へと視線を向けた。

 

 その外の景色では煙が立ち上り、その中から金属と爆破の音が聞こえる。

 

「ふぁぁーあ……暴動始まっちゃったかー」

 

 まぁ、対立する陣営が戦争目前の状態でどっちに参戦するかを決めてないのだから、こんな形にもなるだろうよ、と漸く動き出したルーゼンの様子に安心感すら覚える。ともあれ、しばらくの間ルーゼン市内は危ない状態になるだろうな、と解る。まぁ、自分の店とアトリエは念入りに防犯対策がしてあるから、治安が低下しても特に怖くもないのだが。それはともあれ、暴動が始まったのなら巻き込まれたくはないし、そろそろ行動に移すか、とメールをアイザックとゴエモンへと送る。

 

 二人からも返答が返って来た。錬金術ギルドで合流する事に同意し、二人共サクッと準備して向かうとの事だった。欠伸を漏らしながら道路の上で殺し合っている過激派の姿を眺め、もう一度欠伸を漏らしてから部屋の中へと戻る。

 

「えーとアイテムアイテム……」

 

 外に保存してあるものはインベントリの中へと押し込んで、装備品などはちゃんとつけているかをチェックし、何も忘れ物がないかを確認してから眠気覚ましに顔を洗ってから裏口からアトリエを出る。

 

「ナイト、迎撃と自衛だけは任せた。それ以上はめんどい」

 

『拝承しました』

 

 ふわぁ、と欠伸を漏らしながら紛争地帯になりつつあるルーゼンの中を歩いて、さっさとギルドの方へと向かう。主義主張を通す為だというのは解るが、それでも良くこんな面倒で非効率的な手段に手を出す事が出来るよな、と喧騒を回避する様に向かいながら思った。頭に血が上っている様子の連中は殴りあって殺しあい、少しずつ数を減らしながら大通りを独占していた。

 

 その姿を無視する様に、隠れる様に路地裏をメインに歩いて進んでいれば、自分の様に騒ぎから逃げる人たちが多数見えた。

 

「おや、薬屋さんはおでかけかい? ファイアボルトの雨には気を付けるんだよ」

 

「お構いなく、魔法の類でしたら大体通じませんから」

 

「矢にも気を付けろよー。後良い魚が入ったから近いうちに見に来いよ」

 

「おや、それは楽しみですね。時間が空いたら見に行きますね。とりあえず今は用事があるので」

 

 ご近所さんと軽く挨拶を交わしつつ、飛び交う魔法をエーテル解体によって解除し、此方へと届く前に流れ弾を始末しながら歩く。錬金術を修めている内にこんなことが出来るようになるのだから、世の中何が何に繋がるもんか、解ったもんじゃない。とはいえ、軽い内乱状態にめんどくささを感じつつもナイトとディーヴァが居れば過剰防衛なので、傷が一つつく事もなく、ギルドに到着する。

 

 その中には、予想していたよりも多くの人の姿が見える。

 

「避難ですかねぇ」

 

「ギルド関係者は組織の一員として守られるからな」

 

 横から聞こえる、ギルドの販売員の声に成程、と頷く。まぁ、それと財産とは別カウントっぽいのだが。命があるだけまだマシか、と判断する。第一プレイヤーのほとんどはインベントリに財産を積み込んであるだろうし。俺の場合は上級認定からの特権で安全と立場を保証してくれる。やっぱり、世の中コネだよ。犯罪なんてやるもんじゃねぇ。

 

 でも何時かは絶対に実行してやるが。

 

 それはそれとして、姿を探せばギルド内の待合用ソファに座っているアイザックとゴエモンの姿を見つける。片手を上げて近づけば、此方を二人して見て来る。

 

「……うむ、疲労は抜けているようだな」

 

「リアルでも一発蹴りを入れてやったからな……あ、レモネード飲む?」

 

「それはやめてください、と、貰いますね」

 

 アイザックが透明なガラスのジャグを取り出すので、マイ・マグカップをインベントリから取り出し、その中に注いでもらう。レモンケーキをこの前食べさせた影響だろうか、たぶんこのレモネード、手作りだ。鑑定してみれば製作者にアイザックの名前がやはり、載っていた。

 

 レモネードの方は普通にさっぱりとしながら酸味を残し、喉に残る味は……ハチミツだろうか? 頭をすっきりさせてくれる味わいだった。悪くない。僅かに残っていた眠気が頭の中から消えて、思考がクリアになって行くのを感じる。それで頭の中がはっきりした所で良し、と声を零す。

 

「外では内乱がはじまっていますが、私達は冒険に出ます。愚民たちに俗世の事は任せましょうか」

 

「いい笑顔してるなお前」

 

「拙もわくわくしてきた。この秘剣アダマンカターナ丸が魚類エキスを求めている」

 

「お爺ちゃん、ボケ進んできた?」

 

「ゴエモンがボケに回るとシャレにならないんで止めてください」

 

「……」

 

 刀を抱えてゴエモンが落ち込んでいる。このおちゃめな90代め。口の中で呟きながら行こう、と呟けば、それに従って二人が立ち上がり、頷きを返す。今から、WIKIやプレイヤーたちからの事前情報のない、未踏の地へと向かうのだ。それなりに準備や対策はしてきた。後は実地で何が出来るか、という事だった。

 

 外の通りからは未だに叫び声と爆発音が聞こえてくるが、それを無視して受付へと向かえば、此方の面子と姿で、何をやるのか察してくれたらしく、ニヤリ、と笑みを浮かべた受付が此方の方へどうぞ、と今まで通れなかった関係者用の通路の方を示してくれた。それに従い、扉を開けてその先へと向かう。

 

 扉の先に会ったのは、地下へと向かう螺旋階段だった。

 

 作りも扉の向こう側とは違い、石づくりになっており、かなりしっかりした造りを感じさせる。壁には松明が燃えているが―――普通の炎ではないのは、その炎が金色に燃えているのを見れば解る。不思議な輝きをしている松明の炎は、《星》の属性をしていた。

 

「星、の光ですね。星属性は重力に関連する属性でもありますから。光って見えるのは重力で光だけを引き寄せている結果……と、どこかで読みましたね」

 

「流石ファンタジー、常識が通じない」

 

「あ、拙の刀折れない。凄い」

 

「お爺ちゃん、お爺ちゃん」

 

 ゴエモンが松明の中に刀を入れたり、短刀を突っ込んだりして遊んでいる。お爺ちゃんもきっと、子供の様になりたい時があるのだろう、最近ずっとその調子だが。やっぱりこれ、リアルにボケが進み始めているのでは? と思いながら、必要以上に薄暗い階段を降り始める。不思議な事に、夜目は利く筈なのに、この階段にある闇の中では通じなかった。腰に装着した《導きの灯》を使えば、光属性とは違う原理で灯を生み出しているので、闇の中を照らす事が出来た。

 

「やはり、星属性に光が吸い寄せられている影響で、光が完全に存在出来ない闇が生まれているようです。《灯》を付けてみると見える様になりますね」

 

「おっ……マジだ。つーか態々なんでこんな真似してるんだ」

 

「つまりはチュートリアルなのだろう」

 

「この先……いえ、深海でも似たような状況があるのかもしれませんね」

 

 《星海深脈》という名前だ。星の海。つまり星属性の海だ。星属性が濃密に存在するのであれば、今と同じような状況が構築されていてもおかしくはないのだ。

 

 まぁ、それでも確認しない限りは何も解らない。

 

 階段を降りて行く。

 

 まるで深淵に通じている様な階段は、10分下って行くだけではまだ、終わりが見えない。試しにコインを指で弾いてみれば、かなり深い所まで落ちて行くのが遠くに聞こえる音で理解出来た。まだまだ歩く必要がありそうな事実に、代わり映えのしない空間を3人で歩いて降りて行く。とはいえ、歩くだけでは暇だし、特に警戒する事もないので、ホロウィンドウを開き、WIKI等にアクセスしながら降りて行く。

 

「そういや今回の取得情報とかはどうするんだ?」

 

「ん? WIKIで公開予定ですよ」

 

「ほう、独占せぬのか」

 

「まぁ、技術の独占は確かに旨みがありますが、それ以上に発展性がないですからね」

 

 独占している間は利益を一人だけで甘受する事も出来るが、最終的に学問や技術は一(・)人(・)の(・)天(・)才(・)で(・)押(・)し(・)上(・)げ(・)る(・)の(・)は(・)不(・)可(・)能(・)なのだ。プレイヤーというこの世界からすれば反則的な資質を一人が保有し、独占して頑張った所で思考能力や思考形態による限界がやってくる。だから情報や技術は共有し、それを広い範囲で利用できるようになって進歩が生まれる。

 

「だから、まぁ、私固有の知識は別として、錬金術の上級に至れば来れるエリアですし、こっちの業界に参入するプレイヤーを増やす事を考えて今回の探索に関する発見とかの類はある程度公開しようかと」

 

 まぁ、本音を言うと星属性を使える連中が増えて欲しいのだが。

 

 これ、レア属性な上に、自分が知っている範囲でそれを扱えている存在がいないのだ。そこには無論、自分も含まれている。現状、星属性に関する資質を持たない存在がそれを扱うには、星属性が存在している空間や領域からそれを抽出するしかない。しかも属性やエーテルは消耗する。星属性を抽出したとしても、それを消費してしまえばまたどこからか補充しなくてはならない。

 

 だが今回の探索でそれに興味を持った存在がいれば、或いは星(・)属(・)性(・)を(・)扱(・)う(・)固(・)有(・)ス(・)キ(・)ル(・)を(・)望(・)む(・)か(・)も(・)し(・)れ(・)な(・)い(・)だろう。そういうプレイヤーが増えてくれれば、此方から助手を探しに行けるのだから。まぁ、そういう狙いもあるし、個人的にちょっとちやほやされるのもいいかなぁ、と、あの時、ギルド内で受けた拍手を思い出して思ったのだ。

 

 そこまで俗世に興味はないのは事実だ。でも俺も少しはちやほやされたい。

 

 名前ぐらい、少し広がってもいいんじゃないか?

 

 ……とは思わなくもない。

 

 だって、俺もプレイヤーだし。少しぐらいちやほやされたい。

 

「しっかし、帝国と共和国の戦争、一度本格的な衝突あったらしいし数日中には始まりそうだぞ、これ」

 

「マジですか。なのにルーゼン内乱勃発したんですか」

 

「いや、寧ろ乗り切る為の内乱ではないか」

 

 ゴエモンの方へと視線を向ければ、簡単な事だろう、と言葉を続ける。

 

「誰(・)も(・)火(・)中(・)の(・)栗(・)は(・)拾(・)い(・)た(・)く(・)な(・)い(・)。そういう事だ」

 

 ゴエモンはつまり、今のルーゼンの内乱状態、帝国派と共和国派がぶつかっているのは意図的な流れであり、双方に与しない為にはルーゼンそのものを触れたくないものにするしかない。だからこそ内乱状態で、戦争に参加するしないどころじゃない状態にする……いや、確かにそれで港は封鎖されて、最大の収入源と魅力が封じ込まれている状態であるのは確かだ。だけどこんなの作戦でもない。ただの緩やかな自殺だ。

 

 もし本当にやった奴が居るのなら、本物のサイコパスだ。

 

「焦土戦術ぐらい信念を守る為ならやるだろう?」

 

「やっぱお爺ちゃん違う世界の住人だぜ」

 

「お爺ちゃんは話せば話す程実は違う地球出身なのでは? と思えてしまうのが面白いですよねぇ」

 

 まぁ、そんな話をしながら1時間ほど階段を降りて行く。そこまで移動して漸く、階段の終わりに到達する事が出来る。螺旋の石階段の一番下、そこに待っていたのは少し広い空間だった。だが特に何かで飾られている訳ではなく、存在するのは一番奥に扉が設置されていた。

 

「えー……まだ進むのか?」

 

「いえ、ここで終点のようです。この扉はとある鍵とセットになっていて、記録した場所へと繋げる事の出来る扉です……私が知っているレシピの物よりも、更に上位の性能の、ですか。流石に上には上がいますねぇ」

 

「錬金術かー。軽くWIKIやお前の話を聞いている感じ、頭脳労働が多すぎて俺には無理だ」

 

「拙はもう勉強したくない」

 

 まぁ、学校を卒業したら普通の人間はそこまで積極的に勉強したいとは思えないよな、とは思う。自分も最初は勉強とか少し、めんどくさく思っていた。だけど勉強すればするほど、現実とは違って確実に変化と成果が出てくるのだ。リアルでもこれぐらい勉強の結果が反映されてくれるのなら、もっとまじめに勉強しただろうに。そう思いながら扉に近づき、そこについている文字を読んだ。

 

「―――星海観測所。どうやらこの先が目的地の様ですね。一応、最低限の準備だけはしておきましょう。これ、ポーションとか丸薬です」

 

「お、サンキュ」

 

「かたじけのう御座る」

 

「私、ツッコミ担当とか嫌ですよ」

 

「俺もやだよ。それより装備変更終わらせたぞ」

 

 アイザックは言葉の通り、服装を替えていた。レンジャー用のひらひらとした緑の布地が多い服装を脱ぎ、体に張り付くインナースーツを上半身に、ブーツ、ロングパンツに手袋とゴーグル、と水中の中でも動かしやすい恰好をしていた。それに比べ、ゴエモンは褌だけだった。

 

 褌だけだった。

 

「あの、お爺様? 大丈夫でありましょうか?」

 

「……水泳する時は大体こんな格好だったが……?」

 

「ボケでもなくこれが常識であったか」

 

「うむ、このようにカンテラも横にぶら下げられる」

 

「駄目だ、腹筋が死ぬこれ」

 

 真顔のまま首を傾げるゴエモンの姿に、アイザックが肩を掴んで、まともな恰好をする様に懇願する。戦闘中、そのままの恰好だと笑ってまるで探索出来ないからだ。それを聞いて納得してくれたゴエモンが何時も通りの袴姿に戻ってくれた。ただ水を吸い込むことを考えて羽織はなし、という形だったが。

 

「お前は着替えないの?」

 

「魔力で濡れない様に体をコーティングしますから」

 

「また卑怯臭い事をこいつ」

 

 まぁ、あくまでも実験なのだが。虚無属性魔(・)力(・)を衣服に通す事で疑似的な干渉遮断状態を生み出す事が出来るかどうか、という事の実験だ。まぁ、成功すればそれでよし、失敗してもそれでよし。実験とはそういうものだ。だから自分もランプを腰に装着し、《人魚の涙》を片手に、《海神の宝珠》を懐に仕込んで、扉のノブに手をかける。

 

「……行きますよ?」

 

「おう」

 

「うむ」

 

 二人の了承を確認してから扉を開けた。

 

 その向こう側に広がっているのはここと同じく、暗闇に包まれた部屋であり、まともに景色が見えなかった。その中へと進み、灯で道を明るくしながら抜けて行き、反対側へと続く。一番最初に感じたのは、恐ろしいまでの冷気だった。寒い。凍える。体が震える。その感覚に迷う事無く体温保護用のポーションを丸薬加工したものを口の中に放り込んで、飲み込む。それを飲み込んで数秒後、歯がカチカチとしそうになるほど寒かった空間が、少しだけ和らぐように感じた。

 

 扉を抜けて、3人で到着した所、魔力の一部リソースをナイトへと注ぎ、即座に召喚できるようにした状態で、扉のある部屋の奥を目指す。僅かな灯がそちらの方からへ見えていた。故にゆっくりと、闇の中を歩き出した。

 

 歩き、こつこつと、黙って足音を響かせながら進む。

 

 そうやって窓も存在しない空間が、通路へと変わり、そして窓の存在する通路へと変わった。

 

 そこで初めて足を止めて、その向こう側の景色を見た。

 

「―――」

 

 瞬間、誰もがその小さな窓から見える景色に視線を奪われた。

 

 その先に広がっていたのは闇だった。圧倒的なまでの闇。どこまでも闇が広がっていた。だがその中に僅かな光が見えるのだ。所々、ぽつぽつとランプやライトの様に光っている、小さな粒の様なものが見える。いや、吸い込んでいるのだ。光を。僅かに存在する光を吸い込んで、自分の周囲だけを照らしている。

 

 そしてそれによって照らし出された珊瑚が未だかつて見た事のない美しさで輝いていた。闇の中で、地上ではありえない程の美しい輝きを放って輝く珊瑚が、その光に密集する様に存在していた。

 

 その景色を、まるで星空の様に思えた。

 

 再び歩き出した。

 

 歩き出すと段々とだが窓が増えて来る。

 

 だが外の珊瑚が放つ輝きは、此方へと一切近づいてこない。あの松明と同じなのだ。黄金色の光が、星属性によって放たれている。光という性質を吸い寄せて、自分の周りだけが輝く様になっているのだ。だけど錬成してきた灯のおかげで、どうにか地形が見えている。光の存在しない空間はまるで死の大地だった。草が存在せず、命の気配もない。だが目を凝らせば、その空間の中に揺蕩う姿が見える。

 

 そして歩く通路の先、扉とその隙間から光が見える。

 

 深海を覗き込める通路を抜けて、扉を開けば、ベッドやテーブルが設置してある、普通に寝泊りの出来そうな部屋に到着した。そこに人の気配はなく、誰かが居る訳でもないが、中央の机の上には赤い本が置いてあった。未だに無言を保ったまま、その本を手に取って広げてみて、中身を確認する。

 

 そこで漸く、声を発する事が出来た。

 

「……ここは星海観測所、《星海深脈》と呼ばれるこのエリアの入り口で同時に観測所、更なる深淵へと進む為に休み、生活できる場所だそうです。《珊瑚荒野》、《星墜海溝》を通る事で到達できる《海龍王の巣》へと向かう為に準備をする場所でもあるようです」

 

「はー……なんつーか、予想以上だったわ」

 

 アイザックの言葉にゴエモンが頷いた。

 

「言葉を口にする事を憚られる雰囲気だったな」

 

 その気持ちは……解る。なんというか、穏やかなのだ。敵意がない。殺意がない。害するという意識を感じない。ただ存在している。それだけだった。それがこの玄関口で感じる全てだった。深海の闇の中、その静けさの中で、静かに、静かに生きているだけ。それだけの場所だった。その静けさを破壊する事がなんか、とてつもなく悪い事のように思えて、言葉を口にすることが中々出来なかった。

 

「……ふむ、どうやらちょくちょく中継点が存在するらしいです。それぞれのエリアを区分する入り口に観測所が設置されているみたいですね。ただ《海龍王の巣》だけは刺激させない為に無い様です……まぁ、おそらくそこまで接近することもできないでしょうが」

 

「今日は観測所周りを探索するだけで限界か?」

 

「ま、まずは慣れる為に近くで済ませたいよな。戻るだけならいつでもできるしな、ここなら」

 

 アイザックの言葉に頷き、本の内容を軽く頭の中に叩き込んでおく。これをゆっくりと読むのは探索を終えた後で問題はないだろう。だから本をテーブルの上へと戻し、ライトなどによって明るく照らされている観測所内、階段を降りて下へと向かおうと、階段から下が深海へと通じる様に浸水しているのが見えた。

 

 どうやら、ここから降りるみたいだった。

 

「……どうだ?」

 

「水の属性が非常に濃いですが、水自体は普通ですね。というか冷たさが痛いぐらいのレベル」

 

「まぁ、予期していた事だな」

 

 ですね、と声を漏らしながら片腕をそのまま、水面に突っ込んだ。薬の影響で肉体の熱は保護出来ているが、だからと言って冷たさを感じない訳ではない。それを感じ取ってから腕を引き抜き、魔力によって服が保護されているのを感じ取る。ついでに言えば、まだ観測所内だから水圧は低いらしい。

 

「それじゃ……やりますか」

 

 覚悟を決めて、足から先に、階段を降りて行く。《人魚の涙》をこの時、一緒に飲み込んで水中呼吸が出来るようにしつつ、痛みすら感じる深海の冷たさに体を浸らせて行く。一歩、また一歩と沈むたびに体が深海の冷たさに染まって行くが、体は問題なく稼働する。寒い。冷たい。そう思いながらも完全に水中に没する。ここも明るく、水中で深海へと進む為に作られた、観測所の領域だった。ここも上のフロア同様、整えられている。だがここには外へと通じる鉄の扉があった。どうやらこれで水圧などもコントロールしている様だった。

 

「ごぼぼぼ」

 

 口を開ければ海水が入り込んでくる―――薬の影響で、塩の強さは感じない。だがその代わりに言葉を口から放つ事が出来ない。当たり前だが、水中だから喋る事は出来ないのだ。そのまま衣服に触れても、濡れている事はない。どうやら濡れる事に対する対策は出来ていたようだ。だから腰のブックバインダーからカードを引き抜き、二枚浮かべる。同じように階段を降りて来たゴエモンとアイザックへと向かってそれを投擲する。

 

 水中の、水の抵抗によってそれは軌跡を流れとして描きながらアイザックとゴエモンへと向かい、二人がそれを受け取った。

 

『それは私とパスが繋がってますから、魔力を込めればこのように念話をする事が出来ます』

 

『おぉ、入ってからどうやって意思疎通するかって悩んでたんだよな』

 

「ごぼえもん」

 

『ごぼえもんじゃねーよ』

 

『やってみたかっただけだ』

 

『とりあえず、それをベースに宝珠での水圧軽減を行いますので、絶対に無くさない様にしてくださいね? それでは門の解放をお願いします。此方はコントロールにリソースを割くので』

 

『任せろ』

 

『うむ。……これだな?』

 

『うおっ、硬ッ! ってこの扉、アダマンタイトじゃん!』

 

『つまり拙にも切れる……?』

 

『そろそろ自重してねーっ! っとぉ! そいらぁ!』

 

 扉にはバルブの様な回転式のロックがあり、ゴエモンとアイザックが二人掛かりでそれを掴んで、回して行く。かなり力を入れている辺り、二人の筋力を合算した所でぎりぎり、という判定なのだろう。そしてそうやって扉が少しずつ緩んで行く度に、水圧が一気に上がって行く。それに呼応し、《海神の宝珠》へと魔力リソースを割いて行く。少しずつ、少しずつ、増えて行く水圧に合わせて魔力を注いで行き、水圧を相殺する。

 

『っ……結構、消耗しますね、これ』

 

『頑張れ! 頑張れ!』

 

『ロリっぽく!』

 

『がんばえー、がんばえー』

 

『悔しく』

 

『がん……ばれ!』

 

『っと、遊んでいる内に開いたな』

 

 カシュ、と音を立てながら扉が完全に開いた。闇と星光が照らしながら消える深海の荒野に―――《珊瑚荒野》へと飛び出す事が出来た。この時点で感じる水圧は凄まじい物だった。リソース管理をしているが、現状、今のペースで水圧軽減を行っていると、

 

『30分後には丸薬を1個消費、そこから継続回復を考えると20分毎に接取する必要がありそうですね……これ。中毒性が少ない物を作って来ましたけど、それでも合計で動ける時間は3時間程度でしょうか……』

 

『そんなに短いのか?』

 

『あ、凄い、大きくジャンプができるぅ―――なぁ―――……』

 

『お爺ちゃーん―――!』

 

 必死に計算を始めた所、外に出たゴエモンがジャンプすると、そのまま上(・)へ(・)と(・)向(・)か(・)っ(・)て(・)落(・)下(・)し始めた。それで即座にこの《珊瑚荒野》に存在する星の属性、それが慣性と重力を歪め、跳躍しすぎるとそのまま上へと向かって落下するのである、ということに気付く。

 

『ディーヴァ!』

 

 即座にディーヴァを現界、肉体を得たディーヴァは片手でワイヤーガンを取り出し、それを一気に射撃してゴエモンへと届かせ、ワイヤーを掴んだゴエモンを地底へと向かって引きずり下ろした。降りて来たゴエモンが両手両膝を地底についた。

 

『拙、ちょっと死ぬかと思った。こう、離れれば離れる程内臓がぎゅ、きゅ、となって骨がみしぃ、っとな?』

 

『無駄に魔力を使わせないでくださいよこいつ……』

 

『でもおかげでここの特性が解った事だしさ……』

 

 はぁ、と溜息を吐いてもぶくぶくとしか泡が出てこない。それに合わせ、エーテル操作で軽くゴエモンの体を検査し、ダメージの入った骨を修復してしまう。人体を構成するエーテルを理解すると、治療が楽になるなぁ、と思いつつ、すまんすまん、としかし子供の様な輝く眼でゴエモンが謝ってくる。

 

『後ついでに、上へと跳躍した時、あっちの方向に水(・)竜(・)の(・)群(・)れ(・)を見たぞ。なんか鮫に近い形をしていたが』

 

『あぁ、やっぱりモンスターいるんだな、こんな場所でも』

 

 リアルにもシーラカンスとか存在する事を考えると、普通に存在していても別におかしくはないのだ……とはいえ、この環境に適応した生物というのは、ちょっと余り敵対したくはない。とりあえずは、と言葉を置く。

 

『今日はなるべく戦闘を回避します。まずは調査とかを行いつつ、採取できる物を探しましょう。どうせ戦時中は行く場所もないんですから、ゆっくりここを探索しましょう』

 

『そうだな。警戒と探知は俺がやるから、眼鏡は思う存分探索と調査をしてくれ。たぶんそれが一番重要だ。んでゴエモンは護衛頼むな……というか戦えるのか? 水中で』

 

 アイザックの素朴な疑問に、ゴエモンが鞘から刀を抜き、淀みのない動作と素早さで刃を振るい、納刀した。まるで地上と一切変わらないその動きに、一体普段と何が違うんだ、という事を自分は理解出来なかったが、

 

『うむ、少々鈍いがこの程度なら誤差だ。出来るなら戦闘中だけ、更に水圧を減らしてくれれば拙も助かるが』

 

『相手次第ですね……なんというか』

 

 奥の方を眺める。命の気配はあるし、それが近くに存在しているのも確認できる。だがそれはそれとして、興味がない―――というか関わろうとする気配を一切感じなかった。

 

『戦う必要……あるかどうかが解りませんが』

 

『まぁ、人間の手の入っていない環境に居る生物って、基本警戒心とか存在しないらしいからな。そういうもんじゃないのか?』

 

『いや、警戒する必要はある。ここはファンタジーだ。こんな環境にまともな生物が生まれて来るとは思えない』

 

『どちらも一理あります……ですので適度に警戒しつつ探索を行うという事で。まずは観測所が見える範囲で活動する為、魔力は多めに使用する予定ですし』

 

 此方の言葉に二人が頷いた。

 

 凍える深海の、闇と光がアンバランスに存在する環境の中で、漸く、探索が始まった。

 

 アイザックが周辺に対して気を張っている間に、まずは足元の調査から始める。なによりもまずはこのメインとなる足場の事で安心したかった。《魔眼》を使って調査する足元、地底部分は構成が土属性エーテルによって構築されている他、その上にコーティングされる様に弱い星属性を感じる。つまりは土と星の属性が融合した大地となっているのだ。その為、重力が水の性質と合わさっておかしくなっているのだろう。

 

『石ころ一つが鋼よりも固くなっている……』

 

『水圧だけではなく、属性による研磨があるのやもしれんな』

 

 土を水圧が押し潰し、その上に更に星属性による重力で押さえつけられている結果、凄まじい圧力が発生して、それがこの大地を生み出したのだろう。正直、変形させたり、削ったりするのは難しい……と表現する。壁に入った亀裂から鉱石を掘り出すぐらいならまだ、可能かもしれないが、平面の大地に対する干渉は諦めた方がいいだろう。その代わりに、足場としては信頼できると考えておく。

 

 地面自体が一つの素材として利用できそうだが、とてもだが自分ではこれをどうにかする事は出来なさそうだ。そう思っていると、ゴエモンが刀を構えた。

 

『なんだ、土が欲しいのか』

 

 そう言うと刀を振るい、大地を小さいプレート状に削った。切り取ったそれをゴエモンが手渡してくる。感謝しながら受け取ったそれを、驚愕とともに握った。

 

『なんですかこの重量は……』

 

『見た目を遥かに超える重量……これが星の性質、という奴なのか?』

 

『恐らくは……ですね』

 

 霊属性が魔力を得られない限りは質量の無い存在であるのに対して、星属性はその状態で質量を保持している。つまりは重(・)い(・)のだ。だからその最大の恩恵を受けた隕鉄、隕石、メテオライトなどと呼ばれる鉱物はすさまじいまでの重量と引力を有すると言われている。それが属性に付与される、重力という性質の正体でもある。片手で握る、20cmほどの海底のプレートは予想をはるかに超える重量を示している。

 

 これだけでこうなのだ、本物のメテオライト等の鉱物は、もっと重量があるのだろう……少しだけ、震えて来た。

 

 それはともあれ、これは調査用にインベントリの中に入れておく。

 

 次だ。この《珊瑚荒野》と呼ばれるに至るもの、つまりは珊瑚の方を見てみる。

 

 重力による光の吸引で、珊瑚は黄金に輝いているのが見える。まるでそれその物が一つの財宝の様な輝きで深海を照らしているが、その輝きは珊瑚が伸びている領域にのみ、存在している。その為、珊瑚と珊瑚の間には光が完全に存在しない、闇の空間が存在する。その空間が余りにも不気味で、踏み込みづらい。が、持ち込んできたランプの存在その内側は見透かせる。

 

 闇の中には大体、何も存在していない。海藻さえも。そこにあるのは砂すら存在しない、ややデコボコとしている海底の姿だった。砂利さえも存在しないその景色の中、完全なる闇の中を這いずる姿が見える。

 

『あれは……アンコウ、ですか?』

 

『にしては……奇怪な姿をしているな』

 

 ちょうちんの様な器官を頭からぶら下げているのはいいのだが……普通のアンコウの数倍の大きさをしており、その上でなんというか、冒涜的な触手の様なものを体から生やしているのが見えた。間違いなく普通のアンコウではない。その姿は此方に気付く事もなく、或いは興味を示す事無く、海底を這いずっている。それが此方へと向かってくるような事はなく、

 

『珊瑚を回避する様に動いていますね……』

 

『なんか気持ちが悪いな、姿が』

 

『始末するか?』

 

『いえ、無暗に刺激したくありません。休める場所は近くにありますし』

 

 個人的に気になったのは、珊瑚を避ける様に回遊する事実だ。何故態々闇の中を泳いでいるのだろうか? その事実が気になる。故に観測所の前を離れ、黄金に輝くオーラを放つ珊瑚の方へと近づき、

 

 強く、掴まれる様に引き寄せられる感触を得た。

 

『む、これは』

 

 強く引き寄せられる様な感触に、重力か、引力か、それに由来する力が珊瑚に発生しているのを感じた。更に近づこうと一歩近づけば、更に強く、手繰り寄せるような力を感じる。足でしっかりと体を支える様に踏みとどまれば、引き込むような力に抗いつつ、珊瑚を観察する事が出来た。

 

 珊瑚は金色に輝いている。それは珊瑚のそのものが星属性の性質を得て、変質しているからだ。だけどこの珊瑚、普通の物ではない様に思える。その姿を観察し、どれぐらい引力が働いているのかを探る為、カードを一枚抜いた。それを水中の中を泳がせるように珊瑚へと向かって投擲する。ゆっくりと、だ。

 

 だがそれは珊瑚へと近づけば近づく程凄まじいまでの引力によって引き寄せられ、

 

 伸(・)び(・)た(・)珊(・)瑚(・)に(・)捕(・)ま(・)え(・)ら(・)れ(・)た(・)事で握り潰された。

 

『動くのかよそれ……』

 

『流石ファンタジー』

 

『というか重力で圧縮して握り潰してエーテルに還元してから吸収してますよこれ……』

 

『えげつない』

 

 カードがその形状を崩壊させ、物質からエーテル体へと分解されてから、養分として珊瑚に吸収された。その姿を見て成程、と納得した。この珊瑚はエーテルを吸収しているのだ、養分として。だから光を独占しているのだ。海の上から注がれてくる光だけが深海にある物とは別のリソース、それだけを吸い込む事に特化させる事でこの深さの中でも光っている様に見えるのだ。おそらくは物質を引き寄せる事はおまけでしかないのだろうが……それでもこれ以上踏み込めば、超重力と珊瑚の触手に捕まり、抵抗も許されずに圧縮解体されそうな気がする。

 

 まだ、肉の体を捨てる予定はないので、後ろへと下がる。珊瑚は近づいてはならない、という事は覚えておく。

 

『あー、でもサンプルに欲しいですね。ちょっとだけ。どうやって採取すべ―――』

 

 と、考えようとした所で、

 

 深海が震えた。

 

 まるで地震の様に海の底が揺らぎ、そして大地が揺れる様に感じた。それと共に水の流れが一気に加速し始める。その事に危機感を覚えた瞬間にはゴエモンが此方を掴んで、大地へと引きずり倒しながら、片手でアイザックを掴んでいた。アイザックも同じように地面に体を倒し、そしてゴエモンが更に刀を海底に突き刺して、体を固定していた。

 

『何が―――!』

 

『来るぞ……!』

 

 言葉と共に、視線を持ち上げた。一気に加速する海流を相殺する為に魔力を放出し、自分の周りの海を支配する。だがそれを無視する様に海底の水が、押し出される様に動いていた。それはつまり、それだけの大質量が動いているという事であり、その動きによって水が流されているという事であり、

 

 その正体が、見えた。

 

 それは巨大な存在だった。

 

 見えるだけでも腹の部分だけ。それが闇の中、灯によって照らされて見える。全長は見えず、見える範囲だけでも100メートルを超えていた。そして闇の中に更にその巨体が通じている様に見えた。何か、突き出ているヒ(・)レ(・)の様なものがゆっくりと、流れるような形で伸びているのを見て、この体が吹き飛ばされそうな水の流れはア(・)レ(・)が(・)一(・)回(・)動(・)い(・)た(・)事(・)に(・)よ(・)っ(・)て(・)起(・)き(・)た(・)事だと理解させられた。

 

 深海を優雅に、どこまでも終わりの見えない巨体が慣性に任せて流れて行く。

 

 その想像を絶する存在感に、

 

 この未知の領域に、

 

 心はどこまでもわくわくしっぱなしだった。




 Name:マスター
 Level:141
 Status:
 AP:680/685
 筋力:170 魔力:181 敏捷:175 体力:170
 Title:【錬金術師:上級】【Evil】【ソウルマンサー】【プロフェッサー】【畜生メガネ】
 Skills:
 SP:570/628
 《禁呪魂冥士:A》 《超魔力:S》 《審美眼:S》 《エーテル干渉:S》
 《ポーションピッチャー:S》 《性魔術:B》 《結界術:B》
 《改竄:S》 《魔眼:M》 《邪眼:S》 《幻想の色彩:M》

 現在位置:《珊瑚荒野》

 という訳で深海探索しつつ技術技能を鍛えて発見しながら成長して行くお時間。戦争? メインイベント? こっちのが楽しいからこっちやるわ……はどのゲームでも見る現象。

 お爺ちゃんの使いやすさよ。

 後こういう調べながら少しずつ理解して、適応しつつ探索して行く楽しみほんと好き。
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