「ふぅ―――疲れたな、流石に」
「たった1時間だけだったが、それでも普段とはまるで違う環境だったからな」
「いやぁ、観測所に風呂場があって良かったですねぇ。ここで泊まり込み出来るようになっていますし。しばらくはルーゼンを離れて、消耗品がなくなったらギルドで購入して錬成ですねぇ」
一旦、探索を終了させた。成果はある。《珊瑚荒野》を引き上げて観測所に戻り、リフレッシュの最中だった。正直、今は1時間以上潜るのは体力的にちょっと難しい、というのが本音だった。ちょっとこういう環境での探索を舐めていたかもしれない。とはいえ、成果は成果だ。最初に観測所内のお風呂を交代で利用した後で、地上から持ち込んだ食べ物やらを軽く摘まみつつ、本日の話をする。
つまり何を得たか、何を理解したか、という事だ。
「とりあえず―――ここ、やべぇな」
アイザックの言葉に頷く。
「変質する事が恐ろしく困難な地質に、傍に寄った存在を重力で圧壊させてから分解吸収する珊瑚―――そして巨大な回遊魚」
「アレには肝が冷えたな」
巨大な魚―――というよりは竜や鯨の類だったのかもしれない。ともかく、大きい。全長がまるで掴めなかった。ただそれが身じろぎするだけで凄まじいまでの海流が発生し、それで吹き飛ばされそうになる。正直、俺の筋力では駄目だった。俺一人だったらアレが通った瞬間に吹き飛ばされてデッドエンドだ。本当に近くにゴエモンが居て良かった。しかもあの回遊魚、どうやらこの《珊瑚荒野》が定期回遊ルートとなっているらしく、定期的に引き上げてから数時間、観測所内から数時間おきにここを通る姿を目撃する事が出来た。
長時間活動するのであれば、間違いなくあの質量への対策を考えなくてはならない。戦うなんてことは考えてはならない。正直、ダメージなんて発生するの? ってレベルの大質量だからだ。
まぁ、それはさておき、今回の成果をとりあえずは、テーブルの上に並べている。
まずは海底の土だった。土、というには余りにも硬すぎて、そして圧縮されている。アダマンタイトの刀で切り裂いて漸く手に取る事が出来るというレベルで硬く、その上で見た目の数倍を超える重量をしている。恐ろしく硬く、そして重い。どうやら環境そのものが星属性を秘めているらしい。切り出したプレートから感じられる星属性は非常に弱く、抽出できる程もない。とはいえ、この頑強さは何らかの素材になりそうな感じもしていた。
次に確認するのは珊瑚の一部だった。近づくと即死する非常に凶悪な珊瑚だったが、質量を保有しない霊属性であれば生命活動を停止させられるので、アイザックが射程外から矢を放って珊瑚を殺害した。此方は死亡と同時に星属性が消え去ったのを確認できた為、どうやら星属性を内包したまま獲得するには、特殊な手順が必要そうだったのが解った。とはいえ、アイザックの協力で手に入れる事の出来た珊瑚は面白い性質をしていた。
「この深海にある生物、本来の深海の生物とまるで性質が違います。本来魚とは浮かぶ必要性がある為に、軽量化を行っています。特に深海魚はそこら辺が更に進化しています。体も脂肪分を増やしているらしいですが―――」
「これじゃあまるで
硬い。阿呆みたいに硬い。それが珊瑚の死骸の感触だった。性質的には鉱物に近い。それでいて生物なのだ。握り潰そうとすれば、凄まじいまでの剛性を感じる。だが
「硬く、しかし柔軟で伸びる性質を持つ……摩訶不思議とはまさにこの為の言葉よ」
「これが自然な状態で存在しているってのがまた凄いよな」
「間違いなく特殊な環境とエーテルという要素によって変質した結果ですね。その上に集光性を保持しているみたいですから……素材としては使えそうですね」
そして次に確認するのは、少し大きかったので、テーブルの上には乗せられなかった―――テーブルの横に置いた、竜の死体だった。マットの上に置かれた水竜は全長3メートル程、それが真っ二つになっている。ゴエモンが一発で仕留めてくれた奴だ。胴体を中心に真っ二つになった水竜の血液は深海の水に吸い出される様に流され、それを近くの珊瑚が全部吸血していた。果てしなく気持ちの悪い光景だったが、
こいつ一匹で凄い金になる。
「血液が流れちまったのは勿体なかったなぁ。でも皮で300万、鱗全部で120万、骨で210万って所か。肉は美味らしいぜ。売るのもいいけど、食っちまうのが一番だと思う」
「これ、1匹で計630万ですか。3等分しても一人当たり210万……いや、私はまだ赤字ですけどこれ、後5匹ぐらい狩りたいですね……というか良く竜を狩れましたね、ゴエモンは……」
呆れながら確認するレベルは145―――つまり、こいつ1匹で4レベルも上がったという事だ。
あの巨大な存在が去った後で殺気だったのかどうかは解らないが、此方に反応する水竜が1匹だけ出現したのだ。しかもピンポイントで一番戦えない此方を狙い、反応出来ないような速度で水中を加速し、迫って来たのをゴエモンが一切の抵抗もさせずに、接近する前に迎撃し、一撃必殺して仕留めたのだ。文字通り、その動きに両方とも、反応出来なかったのだ自分は。ゴエモンが居なければ今度は死んでいた。
研究職にこの環境は辛い。
そして一気にレベルが上がったというのはつまり、それだけレベルの高い相手でもあった、という事だ。というかレベルが上だった悪魔を相手にした時でさえ、簡単にレベルが上がる事はなかった。つまり、この水竜はそれだけレベル差があった存在であり、それを完全な後の先で殺し切ったのだ、ゴエモンは。
「ほんと、良く狩れましたね……」
「ん? あぁ、確かに早いがそれだけだったからな。早いだけ、硬いだけ、力強いだけというのは拙にはそこまで恐ろしくはない。戦車の類も斬り慣れているからな」
「戦車」
「まぁ、それでも流石にあの巨体には驚かされたな。斬鉄や無念無想の心得もある。ある程度硬さを無視して斬り抜く方法も知っている。だが純粋な圧倒的質量差というのはどうも無理だ」
「無限ゴエモン斬とかないんですか」
「現在開発中だ」
「開発はしてるんだ……」
「まぁ、拙も遠距離攻撃手段欲しいからな」
まぁ、侍ってリーチ外から弓でばしゅんばしゅんやってれば死ぬし、とかこの前ゴエモンが言っていたのを思い出す。体が反応についてくるレベルであれば、銃よりも矢の方が怖いらしい。それをゴエモンが言った時、ディーヴァがちょっと頬を膨らませてたなぁ、というのを思い出しつつ、水竜の死体を見て、
「売却だけじゃなくて素材用に幾らか欲しいですねぇ……ぶっちゃけ、可能だと思います?」
「釣り出して狩るってのが可能なら可能だろうな。そこはゴエモン頼りになるだろうけどさ」
「レベル差は感じるが、拙の技量でどうにかなる範囲だ。とはいえ、集団で囲まれたら死ぬ」
どの時代であれ、数の暴力が一番の脅威だというのは変わらないらしい。ただ水竜は間違いなく経験値、素材としても美味しい存在なのだ。一応1:1の状況であればゴエモンが確殺できるようだし。ただ軽く荒野に存在する水竜を見た感じ、此方を警戒していないというか、関わるつもりがないというか、興味がないというか……しかし、グループとして固まっているのが見えた。アレを1匹1匹釣りだして殺すのは、中々に手間だろう。
「アレ、魔法でどうにかならないのか?」
「無理ですね。海の属性が強すぎて、別の属性を使おうとしても強制的に上書きされてしまいます。念話だって割とぎりぎりなんですよ? 後ここ、一応私が居ないと体まで強制的に上書きされるようですから……」
「怖っ」
「戦闘においては今回は真面目に全ての選択肢からマスターを抜いたほうが良いかもしれんな」
「一応、ナイトとディーヴァを現界させる事も頭に入れておいてください。維持する為に魔力を消耗しますから活動時間はがりがり削れますが、逆に言えばすぐに休める場所に居るのなら……」
「問題なく運用できる、って事だな。つかしばらくここを拠点に、《珊瑚荒野》で活動するなら直ぐにここに戻ってこれるんだし、魔力の消耗に関してはそこまでビビらなくてもいいんじゃねぇか?」
アイザックの言葉に頷く。ここに来る前はもっと奥に進む予定だったのだが―――無理だ。現実的に考えて、実力も何もかも足りていない。ここを本格的に調査するのであれば、もっと腰を据えて数週間、月単位で対策を進める必要がある。少なくとも今用意した道具と、このレベルだけでは不十分であるのは間違いがなかった。後、もっと人員を増やす必要があるのかもしれない。《海神の宝珠》を使えるのは俺だけではない。魔力の高い人間であれば、誰だって使用する事が出来る。
理想は自分の様な魔力タンクをもう一人用意する事だ。
交代で宝珠を使えれば、それだけ活動時間が伸びるからだ。
とはいえ、ほいほいここに人を連れて来たい訳ではない。これは一種の特権だ。優越感に浸れる場所であり、ネットゲーマー特有の醜い嫉妬を煽れる環境でもある。俺は特別なんだと他人を見下せる場所でもあるのだ。既に今回の成果、その公開してもいいと思った部分はスクリーンショットを撮影し、WIKIにアップしてある。既に炎上するような報告と生放送で公開しろよという声をガン無視しつつ、気分は良かった。
「とりあえず、軽く探った感じをフィードバックしつつ……今回の目標、決めません?」
「そうだな……つってもまずは150レベ目指したい所だな」
「そうだな……個人的には隕鉄の一つでも拾いたい所だな。スペース刀……」
「まぁ、確かにメテオライトは欲しいですよね。ここに置いてある本によると、ここら辺は宇宙から隕石が妙に落ちやすい区域になっていて、その影響で星属性が強いらしいですし、場合によってはここで生成されたものもありそうですし」
とはいえ、あの珊瑚を見た感じ、隕石が落ちてきても食っちまっていそうだが。いや、だが、それは逆に言えば星属性を溜め込んでいる、という事ではないだろうか? あの珊瑚の伸びた触手を切り落としてこれなのだ、中央部分がどうなっているのか、それが気にならないと言えば嘘だ。次潜る時は珊瑚の中央部分を調べるとする事を決める、
「まぁ、でも《星墜海溝》とかいうのには近寄れる気がしませんね」
「今の所この荒野で限界だからな」
水中戦闘のノウハウや、他にも想定していた状況を超える対策が必要だった。決して舐めていた訳じゃない。ただ、単純に環境の壮絶さが想定をはるかに超えているだけだった。即死対策を何度も想定して行っても、予想外の方向で死亡するのがあり得るという環境だった。
しかもまだまだ、変異が甘く感じる。
この先、更に過酷な環境になるに連れ、もっとおかしな生物が出てくるんだろう。そう思うと少し、怖い。
「つーかさ、なんでこんなに寒いんだ、水の中が。深海って寒くてもせいぜいがマイナス2、3程度だろ?」
「む、そうなのか? もっと寒いかと思っていたが」
「それは北極とか南極のイメージですかね。話に聞くリアル深海環境はここまで寒くないらしいです。ここ、立地的にルーゼンからもそこまで遠くないですし、それなのにマイナスかなり入っていますから、つまりはその冷気を生み出すだけの原因があるんでしょうけど」
「考えれば考える程恐ろしくなってくるなここ」
「拙、もうちょっと殺し合える生物と会いたい」
まぁ、今のところロクなエネミーと遭遇できてないからね、と呟く。それにこの深海のモンスターたちはどうやら、地上で出会える連中よりも殺傷性は高くても、殺意や敵意というものが非常に薄く、状態がアクティブではないのだ。だから1:1の状況さえ作れれば、一方的に経験値に出来る事もなくない。問題はそうやって戦える相手を探す事なのだが。
「まぁ、また後で潜りましょう、たっぷり休んでから。最低で5時間か6時間は休息を入れましょう」
たぶんそれぐらい休まないと完全に疲れが抜けないからだ。今もこうやって休んでいるが、それでも慣れない環境での探索、しかも常に警戒していなきゃいけない場所なのだ……簡単に疲れが抜ける事はない。
「こういうのは何時の間にかストレス感じてるもんだしな……休み過ぎた、ってぐらい休むのが良いって聞くな」
アイザックの言葉に頷く。どうせ戦争はしばらくの間続くんだ。半日に1~2時間探索するペースで十分すぎると思う。少なくとも今はそれ以上探索するのは難しいと思う。それを聞いたゴエモンが頷いた。
「嬢のデリバリーとかはできんのか」
「できねーよ。デリヘル頼もうとしてんじゃねぇよ」
「別に、制限がないから地上に補給へと戻ってもいいですよ? 私はしばらく此方で過ごす予定ですけど」
なんと言うか、と、言葉を置きながら窓の外を見る。そこに広がっているのは黄金の珊瑚が煌く海底の荒野の姿だった。静かで全てを包み込むようなその環境を見て、妙な落ち着きと、力を感じる。引き寄せるような星の引力。静かに包み込む海の慈愛。それをこの空間では、地上のどこよりもはっきり、そしてしっかりと感じるのだ。その性質をどこよりも間近で。
「なんというか……ここでは海属性と星属性の息吹を感じます。ここで生活していれば何かを掴めそうなので、しばらくはこっちで生活をしようかと」
地上ではここまで濃く感じる事が出来ないこの二つの属性、身近に感じる様に生活すれば、それらに関する何かを掴めるのではないか、という個人的な考えだった。その為にもここでしばらくは寝泊りするのが一番だと思っている。
「まぁ、地上は今ドンパチの最中ですけどね。私とか怖くてとてもとても」
「どの口で言ってんだこいつ……まぁ、だったら俺は一旦地上に戻るかな。もうちょい飯の材料になりそうなもん買ってくるわ」
「じゃあ拙はその間に娼館行ってくる」
「僅かな時間を探して娼館に通い詰める遊び人のプロですね」
呆れながら笑い声を零し、椅子に寄り掛かりながら地上へと戻って行くアイザックとゴエモンを見送った。個人的な物資にはまだ余裕があるので、自分はここに引きこもる。困る様だったら二人に頼めばいいし。だから椅子を窓の前まで引っ張り、それで窓の向こう側の景色を眺める事にした。
静かで、暗く、そして生命の気配がまるでしないその領域に。
その全ての環境を海は満たし、包んでいた。
何もなく、寂しい様に思えるが、
「寧ろ見ていて安心するんだよな……」
この静けさは……そう、揺り籠の様な安心感だ。何もない、のではない。
「……」
無言のまま窓の外を見る。何も口にせず、何も考えず、ゆらゆらと移り変わらないその景色をただひたすら、ぼーっと眺める。
屋内の光によって、深海の光景が僅かに見える。そこでは闇の中を魚や竜が泳いでいる。竜が他の生物を襲って食べようとする姿は見えない。一体何を餌にしているのだろうか、ここの生物は? あの珊瑚はエーテルその物を食らっている様だった。
或いは普通の深海魚みたいにプランクトンでも食べているのだろうか?
そもそも原子とか遺伝子とか微生物とか、そういう概念存在するのか、ここ?
考えれば考える程疑問は尽きない。深く考えれば考える程、終わりが見えないこのゲームのルール、法則、世界設定。一体、どこまで作り込まれているのだろうか、どこまで考えなくてはならないのだろうか? 頭をなんで学業以外で使わなきゃいけないんだろうか、とも思わなくもない。
だが魅了されてしまった、この世界に。
だからのめり込む様に、出来る事全てを模索している。
「俺、どこに向かってんだろうなぁ」
最近、躊躇というものが自分の中から消えて行くのを感じる。
悪役、黒幕RP。まぁ、確かにロールプレイだった―――最初は。だけど最近はそれが自然と口と体の動かし方に出て来る部分がある。指を切り落とした時とか、一切躊躇がなかった。ゲームの中であっても、痛いのは嫌だ。そう思っていた筈なのに、研究の為であればまぁ、いっか。そんなノリだった。
善悪に関するブレーキが外れてきているのだろうか? それともゲームの遊びすぎだろうか?
まぁ、葛藤なんてしないんだけど!
リアルに影響が出ないのならそれでいいのだから。
「とりあえずは、深海探索をどう進めるかを考えなきゃならんな……」
どうしたもんか、と呟いた所で、かちゃり、とノブの回る音がする。あれ? もう帰って来たのか、とアイザックたちが去ってからまだ1時間程度しかたっていないのに、どんなスピードファックしてきたんだあいつら。ワールドレコードの記録更新でも狙ったの? そんな事を考えながら扉の方へと視線を向け、
「お帰りな―――っと、人違いでしたか」
「ん? んン? おや、こりゃ珍しい」
扉を開けて入って来たのはインバネスローブで全身を隠すという恰好に、煙草を口に咥えた天然パーマ気味に髪の毛がぼさぼさとした、髭を軽く生やした中年だった。最初は此方を見て少しだけ驚いてから、
「異邦人がこんなところに居るなんて思わなかった。時期的にまだまだ先の事になると思っていたんだけど……いやぁ、情熱かなぁ、それとも才能かなぁ。どちらにせよ、もうそんな時期なのか」
「あの……?」
声をかけるとおぉっとぉ、と両手を持ち上げて振る姿が見えた。
「やぁ、すまんすまん、ついつい珍しいもんを見てはしゃいじまった。オジサンはテオフラトゥスだ」
「あぁ、どうも。マスターと呼ばれています。後輩……というポジションでしょうか、この場合は」
「はははは、後輩か。確かにそりゃそうだ」
何が面白いのかは解らないが、テオフラトゥスは爆笑していた。なんか、頭のおかしい奴とエンカウントしちゃったなぁ、と思っているが、だけど同時に、ここまで来れるという事は上級以上の錬金術師である、という事なのだろう。そう思うとこの人は自分以上の実力を最低限保持している。そう考えたらどこか、尊敬できる気がしてきた。
「それで先輩は―――」
「いや、俺の事はいいんだよ、ちょっと潜るだけなんだから。それよりもお前の話を聞かせてくれよ。まさかこの速さでここまでやってくるような異邦人が居るとは思わなかったんだ。ちょっとオジサンと話をしようぜ」
言葉の勢いで一気に此方の言葉を押しのけると、椅子を握ってテーブルに寄せて来た。それを見て、かなりぐいぐい来る人だなぁ、と思いつつも、先人なのだから、何か参考になる事を言ってくれるかもしれない、そう希望を抱いて相対する様にテーブルの反対側に座った。
「おーし、おじさん素直な子は嫌いじゃないぜ。で、マスター君だっけ? 上級だよな?」
「えぇ、まだ上がって1週間程度ですが。今は地上に戻りましたけど、身内のパーティーでちょっと探検、って感じですね」
「ほえー……1週間前か。ってこたぁかなり早い段階でここまで到達したなぁ、お前。成程成程、才は悪かぁない……で、調子はどうだ?」
テオフラトゥスが窓の外を指さした。
「結構大変だろ」
「えぇ、まだ1時間程度しか探索出来てませんがどれだけ環境が過酷か、そして上級からではないと入れないって事の意味を理解しましたよ。なんというか……次元が違いますね、危険度の」
「ま、だから禁足地って言われてるんだよ。特殊な技能を持つ人間以外が入ると確実に死亡する場所だからな。まぁ、ここは原生生物の殺意が薄いから他の所よりは大分マシだけどな。その代わりに環境対策が他よりも辛いが。それにこの大陸で星属性の鉱物を採取できるのはここと、後共和国辺境の禁足地だけだからな」
この大陸、という言葉には少し、引っかかるものがあった。それはまるで他にも大陸が存在している様な言い方だった。その事を聞くかどうかを考えたが、止める事にした。それよりも知りたい事があった。
「テオフラトゥス先輩は……私よりも実力が上と見ますが、等級はどうなるんですか?」
「俺か? よくぞ聞いてくれた」
きらりーん、と光る様なエフェクトでうぉっ、眩しっ、と思いながら軽く瞬きをすると、いつの間にかテオフラトゥスが立ち上がっており、ポーズを決めていた。
「ある時は流浪のイケメン!」
「イケメン」
「ある時は流浪のダンディ!」
「ダンディ」
「そしてまたある時は流浪の超絶天才錬金術師!」
「あの、他の職業は」
「その名もテオフラトゥス!
いい笑顔を浮かべながらテオフラトゥスがそれを言いきった。滅茶苦茶なノリの人物だったが、悪い人ではない様に思えた。そして同時に、聞き覚えの無い単語を口にしていた。
「アルス・マグナ、ですか」
鸚鵡返しの言葉におうよ、とテオフラトゥスは頷き、再び椅子まで戻って来た。ふぅ、と煙草の煙を吐き出しながら、
「アルス・マグナってのは【超級】を更に超越した、最高位の錬金術師に与えられる称号よ。つまり今、お前が目の前にしているのはこの! 世界で! 3人しか! 存在しない! 錬金術の! 最高位! なんだよ!?」
「そこ、なんで疑問形なんですか……?」
「いや、このキャラで最高位の錬金術師って信じられるの無理じゃね? ってオジサンもちょくちょく思ってるから……」
あ、自分で解っててやってるんだ……そう思いながらも、凄いのかどうかは解らないが、それでもなんか、親しみやすい人物であるのはこの短い時間で良く解る。それに何より、自分よりも知識が多いのは言葉の端から理解できる。明確に見える、自分より同じジャンルでの上の存在は、普通に敬意に値する。
「あ、でもテオフラトゥス先輩の実力は疑いませんよ。一人でこんなところに来る時点でソロでもどうにかなるって確信を抱いている様ですし」
「そこ、馬鹿が自殺しに来たって考えないのか?」
テオフラトゥスの言葉にないない、と手を振る。
「リアル―――異邦人ならともかく、この世界の人間はそこら辺の意識や感覚がしっかりしていますし、テンションに任せて突撃したり、自分の実力に驕ったりするケースは全くない様に感じますから」
まぁ、VRMMOでのプレイヤーは所謂超人だ。金! 暴力! セックス! これらを社会のルールを犯さないまま楽しめる上に、成長率はチートと呼べる速度そのもの、その気になれば現地のNPCを購入してハーレムだって疑似的に作れる。それが現実のものではない事に価値観を感じるか否か、それは個人の判断になるが……大体のプレイヤーというのはこういう、非現実的な優越感を楽しみ、求める。そして間違えて死亡しても
死亡した所でまた蘇るのだ。
アカウントをロストしてもまた遊び直せばいい。
それがプレイヤーという人種だ。
だけどNPCは違う。死ねばそこでおしまいだ。この仮想世界が彼らにとってのリアルだ。ここで死亡すれば蘇る事はない。だから何に対しても本気になれるのだ。そして本気であり続けるのだ。プレイヤーよりも遥かに狡猾で、そして慎重に見極めて食らいつく。だからプレイヤーなんかよりも遥かに賢いと自分は思っている。
別にAI主義者を謳っている訳じゃない。
ただ単純に、事実の話をしている事として、本気で生きているNPCの方がそこら辺の判断がシビアであると言っているのだ。
「だから、先輩が見た目くたびれたオジサンで言動もそれっぽく、家族を泣かせてそうな雰囲気をしていても私はちゃんと評価しますよ」
「ははーん、お前実は性格悪いな?」
「良く言われます」
サムズアップと共に答えれば、笑い声が返ってくる。
「ま、そういう奴は嫌いじゃないよ。オジサン、もっとフランクに接してくれる方が好きだしなぁ。まぁ、異邦人にゃあそこらへん、馴染みが薄いんだろうけどテオフラトゥスと言えば誰もがビビって逃げ出すぐらい凄いんだぜ?」
「その割には初耳なんですけど」
「うん……ほら、錬金術ってジャンルとしての難易度が高くて、上級以上に関しては割と需要が二ッチになってくるから……」
世知辛い話だった。いや、まぁ、ぶっちゃけ錬金術を学ぶよりも、やりたい事欲しい事があるならその手の人から購入したり、特化させた方が楽なのは解っていた。第一、総合的に広く知る必要がある以上、自然と様々な事に触れて、其方へと興味が移って行くケースも珍しくないのだろう。まぁ、自分はこうやって錬金術で遊んでいるのが一番楽しいのだが。それはそれとして、
「先輩は此方へ何の用事で?」
「オジサンか? オジサンはちょっと素材集めに寄っただけだよ。ここが終わったら次は宙だな」
「宙」
「おう……ってその様子だと知らないみたいだな?
宇宙ステージなんてあるのか、と軽く興味を持ちながらしかし、気になるワードを拾う。
「何期、ですか?」
「ん? あぁ、この世界は何度か文明が構築されてはそれが崩壊しているのは知ってるか?」
テオフラトゥスの言葉に頷く。ぶっちゃけ、ナイトとディーヴァは同じ時代どころか、同じ文明や世界出身だとは思えないレベルで文化が違っている。明らかにかなり古いのにロボットが存在していたり、文明のレベルと時代がちぐはぐすぎるのだ、この世界は。だから言葉に頷けば、テオフラトゥスが良いか、と言葉を置く。
「この世界はな、意図的に流されたテクノロジーや文化によって、文明の方向性を決めて成長させられているんだ。ある時は指導者に成り代わったり、裏から方向性を進めてな」
テオフラトゥスは虚空に手を動かすと、そこに空中に浮かぶプレートを生み出した。その上には町の姿がミニチュアのスケールの様に浮かび上がっていた。発達する文明の姿を見せ、そしてそれが育った所で―――崩壊が始まる。
「んで完全には消え去らない様に、崩壊させる。テクノロジーや文明レベルを一気に落とす為にな。そして最初の様に、文化やテクノロジーを流す」
テオフラトゥスが最初に浮かべたプレートが新しいプレートの上に潰され、その上に新しい、違うスタイルの文明が築かれて行く。だがそれも頂点に達した所で崩壊を始め、その上に新しいプレートが乗せられる。
「んで崩壊し、新しいのを重ねる。この繰り返しがこの世界の歴史だ。意図的に育てられた文明、その崩壊をする事で歴史を積み重ねて、世界のバックボーンを構築して行く。そうする事で多くの遺物や文化、文明の混合を生み出して、多様性を産む。そうやってこの世界に対して法則、設定、バラエティ、そして変化を与える事で冒険する舞台を用意しているんだよ」
最後にプレートが一つ追加され、その上に今のルーゼンの姿が映し出された。
「文明が滅ぶ理由はまぁ、毎回手管を変えて来るんだけどな。最終戦争だったり、神々がノリで黄昏を始めたり、世界の執行者が文明浄化に乗り出したりで。ただそれで世界が完全に滅ぶことはない。その一歩前で絶対に停止させ、再び文明は構築されて行く。そうやって出来上がったのが今の文明で、最も混沌として狭い世界だ。まぁ、どうせ後から広がるんだけどな」
ゲーム的に言えば設定から構築したのではなく、ワールドクロックを加速させて、干渉しつつも文明の興廃を繰り返す事で世界を構築したのだろうが―――これでは本当にVRゲームではなく、ワールドシミュレーターになってくる。だが驚くのはそれだけではなく、
「テオフラトゥス先輩は……運営サイドの存在ですか?」
明らかに、NPCが知っている様な内容じゃなかった。寧ろ、言動的にチュートリアルの畜生妖精を思い出させるような言動だった。だがその言葉にテオフラトゥスは笑った。笑いながら立ち上がり、片手を持ち上げた。
「いやいや、そんな上等なもんじゃないさ、オジサンは。ちょっくら、
「……?」
言った言葉の意味が理解できず、首を傾げているとテオフラトゥスはそのまま、階段へと飛び込む様に深海に沈んだ。何の対策をしてもいない様に普通に飛び込んだ姿を見て、びくりとするが、やがて下から扉が開いて閉まる音がし、窓の外へと視線を向ければ、テオフラトゥスが
珊瑚がその姿に怯える様にその金属質な触手を引っ込め、光が揺れる。その中をテオフラトゥスは歩きながら、振り返り、此方へと向かって片手をあげた。
「頑張れよ青年! オジサンは応援してるぞー!」
「うっそだろお前……」
水の抵抗も何もかも存在しないかのようにテオフラトゥスは深海の中で、此方へと向かって声を響かせつつ、何物にも干渉される事無く海底を歩いて去っていった。その背中姿が完全に闇の中へと呑み込まれるのを眺めてから、溜息を吐いた。
「上は眺めるとキリがないなぁ……」
『流石に比較対象としては不適切かと』
ナイトのフォローに再び苦笑を漏らしつつ、椅子に背中を預ける。先ほど聞いた情報を全て飲み込んでから、一旦、全部忘れる事にした。深く考えた所で意味のない情報だし。それよりも、テオフラトゥスという男に関して地上に戻った時は調べようと決める。そしてそれはそれとして、今の会話と上の存在を見て、やる気が漲るのを感じた。
「よっし、馬鹿二人が返ってきたら更に探索を頑張るか」
まだまだ成長できる。
まだまだ先は長い。それを再確認できた所で、より一層励む事にする。まだまだこの世界は開拓しがいのある事ばかりだった。
アイザックとゴエモンが帰還してから再び探索を再開する。
更に上の領域の錬金術師を目撃した所で、自分の到達点というのが一つ、見えた。文字通り極みと呼べる領域にある存在に達すれば、それこそどんな環境、どんな状態であっても、一切侵される事無く自分の空間、領域を維持しながら活動できる。
今度の探索はナイトとディーヴァを現界させた状態で行う事にした。
これに関しては観測所周辺で活動しているからこそできる事で、負荷が増えたとしても、直ぐに休めるのと補給できる事を念頭において活動するものだった。それとはまた別に、この環境で英霊を長時間運用した所で問題が出るかどうか、というのをテストする為の実験でもあった。
前回は観測所周辺の珊瑚を観察するのがメインだった。
だから今度はそれ以外の観察を行う事にした。
つまりは他の生物の観測と採取だ。《珊瑚荒野》はその名の通り、ほとんどが荒野と珊瑚に覆われている領域になっていたが、何もそれだけではなかった。この静かな環境に適応進化した異形の生物が他にも存在し、それを調べて、性質や特性を解明する事でここでの探索を捗らせようという話だった。また、ナイトとディーヴァが問題なくこの環境で動けるのであれば、自分が観測所に居る状態から二人を外に出し、安全に狩りをさせる事も出来る。何せ、ナイトとディーヴァは生身ではないのだ。肉体的疲れはなく、精神的な疲れでミスがあって死亡しても、現界解除状態になってしまうだけだ。その後で休めば再び召喚できる。
魂に対して致命的なダメージが発生すればどうしようもないのだが、それに関しては此方で完全管理している。霊体が割られたためにロストする心配はない。
そういう事で、活動再開。
レベルアップした影響でAPを体力へとぶち込んだが、それでも疲労を急速に得ている身体を自覚しつつ、魔力を消費して環境に抗いつつ探索する。
今回は暗闇の中に潜む生物、珊瑚から外れる様に存在するものへと視線を向けて調べる。黄金の光を避ける様に存在する暗闇の中を進んで行きながら調べる。
最初は珊瑚の光に集中しがちだが、ほとんどの生物は寧ろ闇の中に存在していた。それらを探る様に近づき、調べて行く。
最初に見つけたのはカニだった。ただこれは全身が透き通るような水晶の体をしており、その内臓が透けて見えるという奇妙なカニだった。その姿は恐ろしく見つけるのが困難であり、アイザックの探知系スキルによってようやく姿を見つける事が出来る、という生き物だった。ゴエモンの気配感知にも引っかからない程恐ろしく見辛い生き物であり、まるで死んでいるかのように動かなかった。
だけど捕獲してみようとする意思を見せた途端、クリスタルの様なハサミで威嚇して来る。しかもその甲殻は非常に硬く、ゴエモンが一瞬で両断しながら告げて来るのは地面よりも硬いという評価だった。
まるで錬鉄された鉄の様な、そんな硬さだったと表現しながら再び、カニを発見する。闇の中を眠る様に身じろぎもしないカニだったが、再び調べる為に敵意を見せると、今度は逃げ出した。
そして珊瑚に向かっていった。
驚く事に、そのカニは珊瑚に近づいても平気だった。
珊瑚が放つ黄金の光、それを水晶の様な体で透き通らせながら、珊瑚の一部であるように見せながら珊瑚に逃げ込み、守られる様にそこに入り込んだ。どうやら共生関係にある様だった。その珊瑚へと逃げ込んだ姿が何をするのかをしばらくの間眺めていると、数分ほどで珊瑚の触手がカニを掴み、
そのまま圧壊させて食った。
共生ではなかった。一時的に騙しているだけだったらしい。
あの硬いカニさえ、どうやらここでは食物連鎖の下位に属する生物なのだと、それを理解させられる光景だった。
それとはまた別に、ナイトがゴエモンの様に水晶蟹を粉砕する事が出来る事が発覚した。ゴエモンの様に綺麗にではなく、腕力で粉砕するような形になるが、倒せなくもない事が判明する。
なおこれを一番綺麗に殺せたのはディーヴァだった。特殊弾によって直接体内に電流を流して焼き殺す事が出来る為、内臓だけを破壊して甲殻を完全に無事な状態に出来るのは彼女だけだった。
それを見ていたナイトとゴエモンが妙な対抗心を燃やしていたのが面白い。
カニの観察と記録を行いつつカニを生け捕りにし、引き上げる。
水圧差で破裂しないかどうかが疑問だったが、水晶蟹はどうやら純粋な硬度で水圧に耐えていた生物らしく、深海の水から解放され、観測所内の水槽に解放された所で、特に問題なく生存を続けていた。
観察を行う為、クーちゃんという名前を3人で命名し、ペットとして飼う事にした。餌やりは交代でする事にした。そして水晶蟹を潰した所で、全員のレベルが150に到達した。根本的にエネミーのレベル概念が狂っていると言える経験値だった。そしてレベルが150に到達する事でレベルキャップへと到達、それと同時に固有スキルが新たに発生した。
それはそれぞれ変異、統合、或いは合併という特殊な形で出現し、今まで習得したスキル、それらを固有スキルと合わせる事で生み出されるような形で生まれて来た。これが詰まり、レベルキャップへと到達した事の証でもあった。その結果、スキルが大幅に減り、またランクの上がったスキルも出て来た。これに戦力の増強が大幅になされたが、
やる事が変わる訳でもない。
そのまま水晶蟹の生息地である観測所北側の領域を探索する。
観測所を中央に、東西南北に荒野を分けて探索する上で認識するのは、奥へと進む道は南になる。つまりはテオフラトゥスが向かった方角になる。とりあえずは周辺をマッピングし、地形と危険を覚えなければどうにもならない。
そんな考えと冒険への期待感を深めつつ、深淵へと挑む。
Name:マスター
Level:150
Status:
AP:730/730
筋力:170 魔力:186 敏捷:180 体力:210
Title:【錬金術師:上級】【Evil】【ソウルマンサー】【プロフェッサー】【畜生メガネ】
Skills:
SP:578/668
《禁呪魂冥士:S》 《エーテル干渉:S》 《ポーションピッチャー:S》
《性魔術:B》 《結界術:A》 《界眼:F》
水晶蟹のサイズは大体1メートルぐらい。水晶=クリスタルからクーちゃんという名前を付けたそうで。大規模成長会ってキリがいいので今回はここまでかなー。