※この作品はR-18です。

良くあるVRMMOモノ   作:てんぞー

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ぱーととぅうぇんてぃすりー

「―――♪」

 

 音色の様な声がした。機嫌の良さそうな、そんな声だった。半透明の状態の、音の主が周囲の空間を泳いでいた。空に浮かび上がる様に左右四枚ずつ、合計八枚のヒレを動かし、長い尾びれをびたんびたんと動かしながら空中を泳いでいた。その姿が浮かび、泳ぐ周囲には薄い海が出来上がっていた。その浮遊メカニズムは自身の周辺に疑似的な海を生み出す事で浮力を発生させ、それで浮かび上がる事を可能にしているというやり方だった。そこには海の属性、そして星の属性を利用した疑似海生成と重力制御による浮遊があった。それを一切苦にする事もなく行っている辺り、慣れているのだと、その黄昏色の姿を見て解る。

 

 それは大きさは、30cmほどに縮(・)ん(・)で(・)い(・)る(・)が、本来はその十倍を軽く超えるだけの大きさを持っている。それがこの小ささまで縮小しているのは純粋にそれでは不便なのと、も(・)は(・)や(・)そ(・)の(・)ま(・)ま(・)の(・)サ(・)イ(・)ズ(・)で(・)あ(・)る(・)肉(・)は(・)失(・)わ(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)か(・)ら(・)だ。つまりそれは肉体を失っていた。故にサイズは魔力次第でどうにもなる。だからこうやって、仮初めの肉体を魔力で生み出して与えていた。寧ろ与えない方が大きすぎて話にならないのだ。

 

 それは本来、海の中を揺蕩う生き物だった。

 

 それは本来、浮かぶなんて事はしない存在だった。

 

 それは―――鯨だった。

 

 それも、子鯨だった。

 

 椅子に座りながら本を読んでいると、構って構って、と言わんばかりに子鯨が頭に体当たりをかましてくる。それが愛情表現だというのは解るが、それはそれとして、非常にうざい。落ち着いて本を読む事さえも出来ない。だけど現界を解除すれば、本来のサイズに戻る。それが霊体であり、物質を透過できる性質を持っていても、

 

 そのサイズは30メートルを超えるのだ。

 

 邪魔。

 

「~♪」

 

 歌うように鳴き声を響かせながら何度も頭に体当たりを繰り返してくる子鯨の姿を見て、アイザックとゴエモンは少し距離を開けた所から和んでいるが、今、盛大に、助けなければ良かったと後悔していた。

 

 観測所の窓の外の深海の景色を眺め、あそこに放り出すだけに留めれば良かった、そう心底思っている。

 

「きゅ、っきゅっきゅ」

 

「はいはい、解りましたから。解りましたから。後で遊んであげますから……」

 

「見ろよあいつの表情、クッソ楽しいわ」

 

「他人の不幸は蜜の味と言ったものだな」

 

「よし! 新しい遊びです!」

 

 子鯨を掴んで、笑っているゴエモンの顔面に叩きつける様に投げた。クリーンヒットを受けて倒れ込むゴエモンの姿を眺めつつ、軽く息を吐き、思い出す。

 

 先日、この子鯨を鯨の墓場で拾った事を。

 

 つまり昨日、鯨の墓場に向かった時だった。最後に感じた、静寂を乱す気配―――それがこの子鯨だったのだ。大量の鯨の骨の中で、鯨達は静かに眠り、そして魂が世界に還元される様に昇天して行く中で、この子鯨はどうやら、死んだという事を理解できずに親鯨の骨の周りをうろついていたのだ。そして起こそうと鳴き続け、それがあの空間を荒らしていたのだ。とはいえ、特に何か、それで発生していた訳ではないが。

 

 ただそのままにしておくのも悪い。

 

 ネクロマンサー技能には死霊などとのコミュニケーション能力が存在する。だから死んだという事を自覚させたのだが……その結果、親代わりと認識されたのか、えらく懐かれた。深海探索で使えるかもしれないと思って、使役契約を行ってこうやって連れ出した結果が今に至る。

 

 実際、どうやら鯨の中でも珍しい変異種らしく、その影響でこうやって、室内で魔力の肉体を得たら浮かび上がり、空を文字通り泳ぐ事が出来る事を見せていた。とはいえ、遊びたい盛りの子供だからか、凄まじいまでにやかましい。

 

 とりあえず出していると凄い構ってくる。

 

 死んでいるから疲れないし、餌も必要もなく、睡眠も必要ないし、排泄も必要ない。

 

 その結果、テンションが永遠に続く子供という地獄の産物が生み出されてしまった。使役した事を心底後悔している。維持コストが英霊共の半分以下だったのは驚きだし、まだ子鯨だからレベルは120しかないし、既に死んでいるからここからレベルが上がる事もないから、かなり安い買い物だった。

 

 とはいえ、ここまで煩いとありがたみは皆無だった。運用の仕方は見えているが、本を読んだり勉強する時間をこうやって妨害される事を考えると、精神的なコストとしてマイナスに突入しているのではないか? とは思えた。とはいえ、ネクロマンサーとして、そしてあの景色を見た人間として、これはやらなくてはならない事だった。

 

 マンチで、畜生である自覚はある。

 

 だが対価はしっかりと出す事は躊躇しない。そこは間違えてはならない。あの景色、あの場所を見た対価に、平穏を戻そうとしただけなのだ。だけど久しぶりに善行をしてみれば結果はこれだ。もう善行なんてしねぇぞこの野郎、と心に硬く誓わせる案件となってしまった。

 

「きゅーい♪」

 

「クッソぉ……普通に失敗しました……ほんと……」

 

 アイザックの所から此方へと戻って来た子鯨がアタックして来るので、それを掴み、膝の上に乗せて黙らせる。そこでも満足なのか、きゅっきゅと鳴き声を響かせながら読書を邪魔して来る。この時間は休む為の時間だったのに、それがまるでどうにもならない気がする。いや、勉学を必要とする系統のスキルは今、何も習得していない。だから読書はただの趣味と言えるレベルなのだ。だけどこのまま、普段の時まで邪魔されるようなら、色々と考える必要がある。

 

 ただ、間違いなく地上に出た時、こいつの性質を考えればかなり役立つのだ。となるとやる事は一つだ。

 

「躾をするしかないですね……!」

 

「なんでそこでギアスに手を出さないんだよ」

 

 いや、まぁ、確かにギアスを使えば従順な奴隷を作り出す事は可能だ。ディーヴァも最初は自我が希薄で、言う事は何でもやってくれた。ただ自我がはっきりとして、自分で考えて行動できる方が遥かに便利な上に対応能力も上がるので、洗脳の類はやめたのだ。ただそれはそれとして、自分に絶対的な忠誠は持ってもらっているが。故に簡単にギアスで言う事を聞かせずに、調教して学ばせる事が一番だろう。

 

 まぁ、それはともあれ、

 

 東西北と、探索を進めて来た。

 

「そろそろ、南側も調べる所ですかねぇ」

 

「というか次の場所までのルートだな。ここを引き上げるにしても、次はどこを進めばいいのか、そのマッピングを行っておきたいな」

 

「そうですね」

 

 大体の探索は終えたのだ。だから次は次のエリアへと繋がる道を探し出す事でこの深海探索は一度、打ち切りにしようという判断だ。地上がそこそこ落ち着いて来たのが理由の一つ、そして行ける範囲で大体探索した、というのがもう一つの理由だった。ぶっちゃけ、未だに圧倒的力不足なのだ、この深海を探索するには。せめてレベルが200は欲しい。そして最上位系統のスキルを更に強くして、その先を目指す必要があるのかもしれない。ともあれ、今ではとてもだが効率的と言える探索ではない。

 

 ただ、今の実装されている範囲でのレベルキャップに到達し、その中でもかなりの恩恵に預かる事が出来た。トップ集団には流石に入らないが、それでも準先頭集団に混じる程度の資産や力を手にしている。

 

 なおこのゲームにおけるトップ集団の大体の強さがゴエモンクラスなので、割と馬鹿に出来ない。

 

 世の中にあるVRゲームはこれだけではないのだ。

 

 加速時間の中、他のゲームで鍛えられたプレイヤーだって存在する。そういう他のVRゲームを渡り歩き、鍛錬に鍛錬を重ねたようなやつらが現在のトップ環境を構築していたりする。それに最初から食い込める辺り、ゴエモンが本当にやばいのだが。まぁ、それはそれとして、

 

 今は深海探索の話だ。

 

「間違いなく前(・)は南の方なんですよね」

 

「俺もそう思う。海底が硬いのはそうだけど、それとは別に踏みしめられた痕跡みたいなのもあったしな。大体の足跡は南の方へと向かってたぜ」

 

「となると南へと真っ直ぐ進んで探索するのが良いか……コンパスと薬を多めに用意しておく必要があるな?」

 

「そうですね。一応本気を出せば6時間連続で海底活動出来ますが、なるべく回避したい所ですけど……まぁ、今回に限っては少しずつ調査しましょう。焦る必要もありませんし」

 

「だなぁ」

 

「きゅおーん」

 

 この子鯨にも名前をあげないとなぁ、と頭を悩ませつつ方針は決まった。

 

 南ルートの開拓だ。

 

 

♦

 

 

 南エリアは他のエリアと比べるとどういう風に違うのか? 簡単に言ってしまえば珊瑚多発地帯になる。見える範囲で珊瑚が大量に存在し、それが壁の様な高さでずらりと並び、道を塞いでいたりする。そしてサイズが大きくなれば引力も増す。その為、移動しながら定期的に珊瑚を駆除しないと進めないという事態に直面する。これが非常に面倒で、安全に相手が出来るのはアイザックだけなのだから、どうしても始末するのに時間がかかってしまう。

 

 大きくなればなる程攻撃する場所が増えるという事は楽になる―――という訳ではない。質量差は純粋な生命力の証でもある。大きいという事はそれだけ命が詰まっているという事であり、非生物型のモンスターに関しては急所と呼べるものが存在しない。その為、珊瑚との戦いとはつまり、相手の生命力が尽きるまでひたすら攻撃を続けるという戦いになるのだ。

 

 これが非常に時間がかかるだけではなく、疲れる。珊瑚多発地帯である南部は珊瑚を除去しなきゃ奥へと進めないというのに、その生命力は高く、アイザックのみが対処できるというのが相手の糞耐性っぷりを加速させていた。

 

 その為、観測所へと戻りながら休息を取り、それで少しずつ開拓する様に珊瑚を除去する事にした。道は間違いなく珊瑚を通り抜けていたのだ―――そして前日排除した筈の珊瑚が、僅かな再生の痕跡を見せていた。

 

 つまりこいつら、完全に殺しても蘇るのだ。

 

 或いは珊瑚そのものはただの器でしかないのかもしれない。

 

 珊瑚の生命力を完全に破壊し、その上で全て引き抜いた後は再生しない感じ、おそらくは珊瑚の中身ではなく、その触手の体自体が命を生み出しているのか―――星の光を吸収する事で自分に新たな命を生み出す力があるのかもしれない。故にアイザックが弓で爆撃し、それで生命力を駆逐した所で、引っこ抜いて除去する必要があった。

 

 そしてそれを子鯨が美味しそうに食べた。

 

 どうやらこの子鯨は食物連鎖の方でも、上の方に居たらしく、死んだ珊瑚だけではなく、生きている状態でも重力圧縮を無視して、近づいて食べて、そのまま自分の体を構築する魔力と同化させる事で、此方からの供給を減らしても活動出来ていた、コストのかからない優しい子だった。

 

 全員で掌を大回転させて評価を覆す。やっぱお前いてよかったわ。

 

 そしてそうやっていると、必然的にインベントリの中身が珊瑚の死骸で埋まり始めて行く。素材としては中々面白い性質をしている物だが、これでも全て必要という訳ではない。流石に数百キロという単位で集まり始めると、邪魔でしかなくなる為、それを処分する為にギルドへと持っていこうとすれば、

 

 過剰供給になるので、半分ほど受け取り拒否された。

 

 金にも出来ないので本当に害獣? 害虫? クソだなこの珊瑚、もうリアルでも見たくねぇわ、と3人で確信しながら同意した所で、まだ南のルートは完成されていない為、珊瑚を殺して回収する必要があった。もうこうなってくると、南ルートは無限に増え続ける珊瑚とその死骸との戦いだった。

 

 南ルートの開拓は今までのルートと比べれば、手段が制限され過ぎていたために遥かに時間がかかった。アイザックと子鯨―――黄昏色(トワイライト)から名を取って、トワと名付けたそれにしか駆除できない生物。二人でしか除去できないので恐ろしく鈍足の行程を進めながら少しずつ、少しずつ進めて行く。

 

 この珊瑚、どうにかして再利用できない? という発想からトワを見て、食料チャンレジというが実行された。

 

 結果、食おうとしてゴエモンの歯が砕けた。

 

 次、珊瑚そうめん。

 

 ゴエモンの腹を突き破ってきた。

 

「もうやめましょうよこれ……」

 

「いいや、日本人として食への追及はやめられん! 次だ、次を出すのだアイザック!」

 

「そこまで言われたらしょうがないにゃあ……」

 

 狂気、SAN値蒸発クッキング、続行。死にかけるゴエモン、それでも珊瑚を食べようとする姿は馬鹿じゃねぇのこいつ、としか思えなくて感動の一つもなかった、しかも食用処理する為に一々珊瑚を加工する必要があるので、自分も手伝わなくてはならない。その間、生のまま食べて美味しそうにしているトワをゴエモンがずっと羨ましそうに見ているので、ゴエモンやっぱりボケてるだろアイツ、とアイザックと結論していた。

 

 なおこの後、アイザックが料理は無理だと判断するまでゴエモンが死にかける回数は二桁に上った。相当馬鹿をやっているが、それでもこの変わり映えの無い深海の中ではそれが最大の娯楽だった。

 

 だがそうやって馬鹿をしている間にも、開拓は進んで行く。

 

 珊瑚とアイザックの相性は悪くないのだ。アイザックの新しい固有スキルは、チャージすればするだけ範囲、射程、そして破壊力が増大するというシンプルなスキルだった。だから移動中、軽くチャージした状態で珊瑚に攻撃を行えば、それで珊瑚の生命力を一気に消し飛ばせるのだ。寧ろ問題は金属質な珊瑚の除去方法で、金属質を一旦弱めないと、それを根っ子から抜き取る事が出来ないのだ。

 

 ただ、これも完全な罰ゲームではないのだ。

 

 小指の先程のサイズになるが、珊瑚からもメテオライトが取れるのだ。

 

 枝か、それとも根っこか。そこには溜まった星属性が金属と反応し、天然の錬金術によって自分の姿を媒介に、メテオライトを本当にカスクラスではあるが、生み出せるのだ。そして珊瑚を除去しながら進めば、その程度ではあるが、回収できるのが旨みだった。必ずついている訳じゃないし、珊瑚のサイズが10メートルを超えるタイプではないと最低限存在すらしないし、おそらくは亀を殺している方がこのメンバー的には楽かもしれないが、

 

 それでも地上では絶対に入手できない鉱物が手に入るのは、非常に喜ばしい事だった。

 

 深海での探索を終えた後、そこで続く錬金術の時間に思いを馳せながらたっぷり1週間、南部の開拓を進めた。

 

 そうやって南部の開拓を進めると、段々とだが南部、正確には南西になるエリアに、見えて来るものがあった。

 

―――光のカーテンだった。

 

 或いはオーロラとさえ呼ばれる光だった。それが見える頃には水圧が更に増し、そして深海水も更に冷たくなるのが解った。熱を保護している筈なのに、明確に寒い、辛いと感じ始めるレベルで冷たさを水と環境に感じ始める。それだけではなく、一部、海底が凍り始める場所があり、岩氷が偶に転がっているのさえ見える様になってくるのだ。

 

 そしてオーロラが広がる場所は、下から光が吹き上げているようで、更に下へ、下へと繋がる様な虚坑が見えた。

 

 つまり、あそこが恐らく《星墜海溝》なのだろう。

 

 ゴールが漸く、見えて来た。それがモチベーションを引き上げる。だがそれと同時に、環境の変化による生物の性質変化も見え始める。海溝に近づき始めると、今までは完全に暗闇だった環境が少しずつ、オーロラが見えてきてからは明るく成り始め、そして珊瑚の数が減って来た。どうやらあの海溝の近くでは、あの邪魔くさい珊瑚は存在できないらしい。

 

 そしてそれと同時に、闇の中では存在しなかった生物が増え始める。

 

 最初に目撃したのは一角獣の様な魚だった。

 

 1メートルほどの長さを持つ角を鼻に持ち、まるでミサイルの様に水中を泳ぎ、目撃した瞬間には突撃して来る交通事故のプロフェッショナルだった。それ自体はゴエモンが対処できる範囲なので問題はないが、

 

 この一角魚、100を超える群れで活動しているのが問題だった。

 

 最初にエンカウントした時はまだ、10程度の群れだった。アイザックが爆撃して一掃する事に成功した。だが次に目撃した時はまるで空間を覆うように存在する魚群であり、その探知範囲の外側を進まないと、100を超える集団に一瞬で飲み込まれるという状況に突入する。

 

 これが地上ならまだ対応できたかもしれない。

 

 だが水中では完全には動けない。

 

 しかも進めば進むほど、水圧は増して行く。故に環境維持用の魔力コストが更に加速し、環境維持と生存継続のために更に集中力を使わされる為、アイザックやゴエモンに対するサポートが行えなくなってくる。故に戦闘をなるべく回避できるように回遊ルートを見極め、気配を殺す様に移動を繰り返して行く。それでもどう足掻いても通れない場所や、時間の問題が出て来る。

 

 その為、何度も進んでは何度も戻る。

 

 来る日も来る日もそれを何度も何度も繰り返す。

 

 一向に到着できない見えるゴール。そこに嫌気がさすのか?

 

 そんな事はない。

 

 一角魚以外にも新しい深海生物が登場し始める。氷の属性を含ませた、異様な進化を遂げた生物や、そして変動する環境が苦しめて来る。

 

 だがそこにはこれ以上ない冒険、という感覚があった。不覚にも、普段は引きこもっている自分でさえ楽しくなってくるような、そんな環境、冒険だった。ここはダンジョンではない―――インスタンスダンジョンではなく、この世界に広がっている環境で、それがダンジョン以上の魔境として存在し続けているのだ。普通に生物はそこに暮らし、生きている。

 

 その中にある見た事もない場所、生物を感じとりながら進んで行くのが何よりもの冒険であり……なぜ、冒険者が定職につかず、ふらふらと歩き回っているのか、それが解る様な楽しさでもあった。

 

 これで、まだ禁足地の一つなのだ。まだその一つの入り口部分でしかないのだ。

 

 だとしたら他の場所、環境はどうなっているのだろうか……? 更に狂っているのだろうか? どちらにせよ、探索すればするほど、求めれば求める程、この不可思議な世界に興味が湧いてくるのは確かだった。

 

 益々、他の禁足地の事が気になってくる。

 

 果たして他の場所はどうなのだろうか。どういう風になっているのか、どういう物が手に入るのか―――進みながら、自然とそんな事ばかりを考えていた。

 

 

♦

 

 

『―――うっし、行ったぞ』

 

『うむ、行こうか』

 

 一角魚が去ったのを確認してから、薄く広げていた岩のシートを剥がし、移動を開始する。簡易錬成で生み出した金属のシートに土属性と岩そのものを張り付ける様にテクスチャーした、カモフラージュ用の道具のそれは、もはやエンカウント不可避な状況で、咄嗟に隠れる為の道具だった。

 

 今までは珊瑚の様に、視界以外で感知する存在を相手にしていたから意味がなかったが、一角魚は明確に視界を頼りに突撃して来る生物だった。その理由は、南部エリアは海溝の方から溢れ出すオーロラの影響で、明るい環境が保たれていた為、目の退化が発生していないという事にある。だが逆に言えば、視界を誤魔化せればどうにかなる、という事だった。

 

 布を金属でコーティングし、そこに岩を張り付ければ、盛り上がった大地として誤魔化す事が出来る。知能の低い相手であれば、これでも十分にカモフラージュとして機能する。それ故に、生物の目を騙しながら少しずつ、進んでいた。環境が変わり、出現する生物の性質も変わって行くより苦しく、より過酷に、環境は変化して行く。

 

 だがそれも、いよいよ終わりが見えて来る。

 

 少なくとも《珊瑚荒野》はもうほぼ、終わりが近かった。

 

 見える珊瑚の数は一気に減り、そして明るい海溝の姿が見えて来る。生物の数も増えて来る中、命の煌きを感じさせる環境へと出て来た。静かではある―――だがその中でも活性化が見える。

 

 海の属性よりも、星の属性が強くなってきた証拠だった。

 

 その証に、気を抜けば体(・)が(・)重(・)く(・)な(・)る(・)のだ。その理由は実にシンプルで、星属性が強くなった影響で、重力による束縛が一気に強化されたからだ。それからパーティーを守るために、自分の周辺の重力の遮断を星属性の緩和によって何とか行いつつ、探索を進めて行く。

 

 1日、1日、少しずつマッピングする距離を伸ばしてきた。

 

 それが漸く、終わりが見える範囲まで進んできた。

 

 海底を歩く足の裏から氷河に触れている様な冷たさを感じる。水に触れている肌はまるで凍るような痛みを感じる。呼吸する為に酸素を吸い出す水はそのまま、肺を突き刺すような痛みがする。

 

 それでも歩みを止めず、海底を進んで行く。

 

 そして到着する。珊瑚が完全に消え去った地平に。《珊瑚荒野》の果てに。

 

『……やったな』

 

『えぇ』

 

『うむ』

 

 言葉少なく、お互いに語りあいながら到達した海溝の端からその景色を眺める。

 

 それは海に空いた坑だった。垂直に空いた海底の穴、その上にオーロラが広がっており、黄金の光と粒子が垂直に上がったり下がったりを交互に繰り返している。それはま(・)る(・)で(・)星(・)が(・)無(・)限(・)に(・)落(・)ち(・)続(・)け(・)て(・)い(・)る(・)様な光景だった。

 

 坑そのものに溝が掘り込まれており、螺旋階段や、アリの巣を思わせる様にそれがぐるぐると巻き付いて、下へと向かって進んで行く。それがどうやら下へと向かって降りて行くルートだった

ようだ。

 

 だが……そう、それはまるで宇宙だった。

 

 宇宙の再現、そうと思えるような景色だった。まだまだ不思議で溢れるこの異常環境に軽く眼を奪われつつ、頭を横に振って立ち直りながら周囲を見渡す。そうすればすぐに海溝へと降りる事の出来る道を発見し、その傍に入れそうな整備された通路を見つけた。

 

 恐らくそこが、次の観測所なのだろう。ここで漸く休める、泡にしかならない息を吐き出した所で、

 

『何かが高速で接近してる―――来るぞ!』

 

 唐突なアイザックの警戒の声が響き、後ろへと下がった。既に荒野からの観測所からはかなり離れており、魔力もかなり消費している為、何度も口の中に丸薬化されたポーションを放り込んでいる。割と、中毒危険域に突入している。それを気にする事無く口の中に新たに補充しつつ、ナイトとディーヴァを現界させ、アイザックと共に後ろへと下がった。それと入れ替わる様にゴエモンが前に出る。

 

『ふ……拙にも解るぞ。この流れはボス戦だな!?』

 

『ダンジョンじゃないからそんなギミックはないと思うけ……ど……な……?』

 

 ゴエモンの言葉に対して返答するアイザックの言葉が段々と小さくなってくる。その理由も実に解りやすい。此方へと向かって飛翔して来る存在が見えたからだ。海溝の中を自由に泳ぎ、そして軽くゆらり、と流れながら迫ってくる姿は複数の触手を備えた、半透明の巨大な姿だった。

 

 それは泳ぎ、接近すればするほど大きくなってくるのが見える。

 

 水色の半透明な姿はそれこそ100メートル距離ほどに接近してから、50メートルを超える巨体をしたイカであるのが理解できた。それも触手はもはや、80を超える細いものと太いものが織り交じっており、頭の部分からも触手を生やしている、グロテスクな姿をしていた。

 

『星属性……宇宙……触手……クトゥルフ。成程』

 

『SANチェックの時間で御座います』

 

『アイデアロール成功……!』

 

 くだらない言葉を吐いている間に、巨大イカが砲弾の様に大地に向かって突撃してきた。その姿をゴエモンが迷う事無く後ろへと下がって回避しながら、入れ替わる様にナイトが飛び出し、双剣へと武器を変形させながら、凄まじい破壊力のラッシュでイカの衝突を相殺した。だがその衝撃は完全に逃せるものではなく、ナイトの体に罅が入った。そして同時に、触手が伸ばされた。

 

『ッ、あのイカってただの雑魚なのかよ!?』

 

 アイザックの驚愕の言葉に海溝の方へと視線を向ければ、同じようなグロテスクなイカが泳ぎ、此方を感知すると狙いを定める様に旋回するのが見えた。あ、これあかん奴や、と超直感的に理解した。降り注ぐ触手の豪雨をナイトが一瞬で弾きながら切り裂き、イカの体への道を開けた瞬間、そこに向かってゴエモンが一瞬で飛び込んだ。

 

 そして、イカの腹が開いた。

 

 牙(・)を(・)見(・)せ(・)な(・)が(・)ら(・)。

 

 剣を振り抜く寸前のゴエモンに合わせる様に、開いた腹が牙を―――口を見せていた。そのまま、ゴエモンをかみ殺す為に。その動きをキャンセルさせるように、直前に矢が着弾し、錬成された鎖が素早く口を縫い留めた。

 

 そしてそのまま、イカを真っ二つにゴエモンが両断した。

 

 さらにそのまま、正面へ、イカ共の進路を邪魔する様にディーヴァが射撃して吹き飛ばした。海溝の方へと向かってすさまじい勢いで射出されたイカの残骸に加速を乗せる様に魔法を付与し、飛翔するイカ共にぶつけて時間稼ぎの妨害を行う。

 

『あんな数相手してられねーよ!』

 

『すぐそこに観測所があります! 逃げましょう!』

 

『ぜぇやぁっ!』

 

 逃亡を始めるゴエモンが壁の様に大地を切り抜き、走りながらナイトがそれを蹴り飛ばした。飛翔して来るイカがそれに衝突し、衝撃を海底に響かせながら、心臓に悪い状況を継続させる。必死に逃げ出す為に今持っている魔力を全て放出する勢いで水圧を相殺し、軽減しながら一気に海溝へと続く道を、観測所へと続く道に飛び込んだ。ディーヴァとナイトを消して収容し、通路の中へと飛び込む。壁や大地に連続で生々しい音がぶつかる音が連続で響き、生きた心地がしない。

 

 後ろから通路の中へと差し込まれてくる触手に背を向けて必死に逃げ出せば、足の速いゴエモンとアイザックが切り裂き、射撃して迎撃しながら此方を迎えて来る。

 

 やがて、かなり奥へと進んだ所で諦められたのか、相手の動きが止まり、触手が引っ込んでいった。

 

 両手を膝に付き、荒く息を吐き出しながら振り向き、海流に吸い込まれる様に引き込まれ、消えて行く触手群を見て、そして息を吐く。

 

『もうイカが食べられそうにないですね……』

 

『俺もしばらくはいいや……』

 

 ぜぇ、ぜぇ、と息を切らしながらもう一度振り返ってから、奥へと向かって進む。そこにゆっくりと眺めている余裕なんてなかった。もうちょっと、しっかりと見せてくれても良かったのではないだろうか? と言うかもうちょっと見たかった。おのれイカどもめ。

 

『次回は種族特効アイテム作って来ますからね……』

 

『ゲソ殺し丸……?』

 

『鍛冶職人に頼め』

 

 それでも感じる達成感の中、軽く水中で手を叩き合いつつ進む。その先に見えるのは水圧調整用の鉄扉だった。どうやら、本当に観測所へと到着できたらしい。疲れたし、いい加減休みたいのでさっさとゴエモン達に扉を開けさせてから中に突撃する。

 

 そして扉をロックし、もはや感覚すらなくなってくる水の中を階段を上って出て、《珊瑚荒野》よりも広く作られている、第二観測所に到着した。

 

 ここにも色々と、本や、他へと通じる通路が見える。だが上がってきたところで疲労困憊で、食欲すら失せていた。椅子を見つけた所で、そこに座り込み、

 

 そのまま、誰一人として声を上げるまでもなく、眠りについた。

 

 

♦

 

 

 目が覚めるのはそれから半日が経過した後だった。誰もがぐったりと観測所の椅子やソファに座り込んで疲れ切った顔を浮かべていた。もう既に海底の中を何キロと歩き、食料を水の中で補充し、ポーションで体力や魔力を補充、後半はスニーキングしながら何キロも活動していたのだ。そりゃあ疲れるもんだ。だけど同時に、こうやって一眠りしてからもまだ、達成感が体を包んでいた。起きた所で不思議な笑い声が漏れてしまった。それを見たアイザックとゴエモンも笑い出し、三人で爆笑しながらゆっくり、ゆったりと椅子の上に転がった。

 

「あー……辛かった」

 

「うむ。この上なく辛かった」

 

「だけど楽しかったですね」

 

「あぁ、超楽しかったわ」

 

「拙が居なければ無理だったな。うむ」

 

「は? 俺が居なきゃダメだっただろ」

 

「私が居なきゃそもそも来れないんですよねぇ」

 

 そう言って、笑い声を零し、腹の虫が盛大に鳴った。さらに笑い声を零しながらあー、と声を零して、起き上がり、インベントリの中から食料を取り出す。用意したちょい高めの携帯食料だ。バー状のそれを軽くテーブルの上に広げて、手に取ってサクッと、噛み千切って食べる。食べ出してみれば腹が一気に減り始める。インベントリの中に突っ込んだ食料を全部テーブルの上に広げると、それを掴んで口の中に放り込み、飢餓を満たし始める。それを見て、アイザックが観測所内を軽く探索し、キッチンを発見、そのまま料理し始める。

 

 カニのサラダ、蟹味噌を使ったおにぎり、そんなものを次々と作っては並べ、それを3人で一気に食い散らかして行き、

 

 食べ終わった時に再び息を吐いて、椅子に体を沈めた。

 

「あー……楽しかったですねー……」

 

「うむ……しかしこの先は無理だな……」

 

「これ以上の環境の変動に対して私では対応できそうにありませんからね」

 

 楽しかった。どこまで何をやっても楽しい時間だった。だがそれも、いよいよ終わりだった。流石にこれ以上は探索が無理だと判断した。自分の製作物では対処しきれない環境がこの先は待っていた。恐らくこのまま突撃すれば、そのまま死亡するだろう。痛いのも、辛いのも嫌だ。

 

 嫌なのだが……楽しかった、今回は。それをどうにかしようと考えるのも楽しかった。認めなくてはならない。偶にはちょっと、苦しいのもいいと。それが達成感のエッセンスになるのだと。苦笑し、脱力し、そして息を吐きつつ、今度は何をしようか、と考える。こうやって冒険をした結果、なんで冒険者共が外へと飛び出して行くのかが良く解ったから、自分でももっと、広い世界を視たかった。そんな気持ちになっていた。あぁ、とはいえ、やりたい事がたくさんあるのだ。

 

「あー……次は何をしますかねぇ」

 

「俺はー……しばらくは冒険はお腹いっぱいだなあ。なんか、もう、しばらくはここで満足だわ。しばらくは自分のスキル上げに集中したい……」

 

「うーむ……対人戦が経験したいな。戦場に乗り込んで適当に切るか」

 

「剣豪って生き物は常識が欠落してなきゃいけないんですか」

 

 ゴエモンが何かおかしなことを言った? と首を傾げて来るので、これがどうやら常識らしい。剣豪となるとそのまま戦場に乗り込むのか……と軽い常識の違いに恐怖を覚えつつ、自分もこれから何をするか、それを軽く考える。まぁ、元々は他の地の禁足地へと向かう為に欲しい素材を集め、《鍵》を作る為の素材集めだった。必要となるメテオライトは入手できたのだから、それを入手したら……そうだ、

 

「帝国にはもう行きましたし、共和国にでも行きますか」

 

「首都か?」

 

「えぇ、何やら共和国の禁足地は首都が管理しているらしいですし、そういう目的で首都へと向かうならギルドの方が私の身分を証明してくれるので、安全に入国できますし。まぁ、一つのVIP待遇? 的な? ほら、私天才ですし?」

 

「ムカつくな……!」

 

 苦笑しつつそうですねぇ、と呟き、

 

「ついてきます?」

 

「いや、遠慮しておく。おんぶに抱っこで冒険しててもつまらないしな」

 

「うむ、拙もそろそろ一人で旅をしたい気分だ」

 

「となると、三羽烏は解散ですね」

 

「なに、また祭りがあるのなら集まればいいさ」

 

「そうだな、どうせネットで連絡は入れられるんだしな」

 

 まぁ、だから何時でも会えるのだ。とはいえ、これでこの賑やかだったメンバーも解散だと思うと、どこか寂しくなってくる。いや、既にそう考えるだけでだいぶ寂しさを感じていた。そうか、これが冒険の出会いと別れ、なのだろうと思った。いや、そりゃあ別れは初めての経験ではない。だがここまで他人と一緒にワイワイやってから別れるというのは初めてだ。帝国の時よりも、どこか重く、しかしずっしりと来る考えだった。何時の間にか自分も、利用する事を考えながら心の底から楽しんでいたようだった。

 

 不思議な話だ。

 

 だけど悪い気分じゃなかった。共和国に行けばまた新しい禁足地……軽く様子を見て、それで自分一人で探索が無理だと判断したら、現地で冒険者を雇う必要が出てくる。その場合、色々と不安は覚える。だがそれはそれとして、楽しみも覚える。またこの連中の様な、楽しい冒険があるのかもしれないのだ、と。

 

「……休んで地上にもどったら、宴会しましょっか」

 

「また酒場を貸し切って奢るか」

 

「別れは派手にやらねばならんな」

 

 おう、そうだな、と笑いながら達成感に包まれ―――《星海深脈》での探検は終わった。

 

 物語の様な劇的な終わり方ではなかった。世紀の発見をしたわけでもない。ただ単純に、今の自分たちの限界に挑んで、それを知って、そしてそれを達成しただけだという事だった。だけどそれで十分だった。1カ月にも満たない短い時間だった。それでもやった事はたくさんあった。

 

 必死に意思疎通して、考えを合わせ、相談し、連携し、練習し、準備し、笑って、馬鹿をして、そして必死になって探し回って、一つ一つの成果で笑いながら成長と自分の出来る事を実感した。

 

 リアルでは適度にスポーツして、勉強して……一般的な学生として生活していた。特に際立つものはなかった。友人に勧められてハマったTRPGでも、まぁ、少し外道というか畜生チックな効率主義を選んで笑いを取るのが手口な事を抜けば大体、普通の人生だったと思う。

 

 現代社会に個人の活躍が重視される様な事はもうない。

 

 効率化によって現代社会では人を歯車としてシステムの中に組み込み、冒険をする必要なく、一定の成果さえ提出すればそれが全てである様に出来上がっている。そして一般人の人生とはそういうものだ。必要以上の冒険を行わず、そしてとくに大きく認められる訳でもなく、ひたすらこなすべき義務を果たすだけだ。

 

 だからこういう、達成感は胸を打った。

 

 あぁ、また、こんな冒険がしたい。もっと世界を知りたい。更に上手くなりたい。

 

 そんな思いが胸中を満たしていた。こんなの、麻薬よりも酷い。こんな風に達成感を感じられるのなら―――誰かから認められる事があるのなら、頑張れる。楽しめる。もっと、もっと頑張りたくなってくる。ここまで本気で入れ込むのは、初めてなのかもしれない。爽快感を感じながらも、それを認めるしかなかった。

 

 そしてそう決めた所で、地上へと後ろ髪を引かれながら、戻った。

 

 それから戻っては、丸一日宴会に興じた。

 

 こうして、三馬鹿による深海探索は終わった。

 

 

♦

 

 

「あたまいたぁいぃ……」

 

 宴会の翌日、パーティーは解散してある為、アトリエの2階、つまり自室のベッドの上で久しぶりに目覚める。ここ最近はずっと深海で生活し、傍で星と海を感じていただけに自分の部屋のベッドで眠るのはどこか、新鮮な気持ちだった、久々のふかふかのベッドの感触は更なる眠気を誘ってくるのも事実なのだが、生憎と現実では刻々と遊んでいられる時間が削られて行くのだ。勿体ないから必要睡眠時間を取ったら、活動開始しなくてはならない。

 

 起き上がり、大きく背を伸ばしながら、窓を開けた。

 

 窓を開けた外では銃撃戦が繰り広げられていた。

 

「そこ! 早朝から迷惑ですよ! 港の方が崩れてるからそっちでやってください!」

 

「努力してみる!」

 

「じゃあ場所移そうぜ!」

 

「じゃあ撃ち合いながらあっちな!」

 

 窓を開けて新鮮な空気を部屋の中に呼び込みながら、銃撃戦が港の方へと移動するのを見届け、室内へと視線を戻す。このアトリエの新しい住人、黄昏色の子鯨のトワは部屋の隅に錬成でチャチャッと用意したバスケットに敷いた毛布で作った簡易ベッドの上に降りて眠っていた。

 

 既に死んでいるから食事も睡眠も必要ないのだが、本能的な部分が強いのか。必要もないのにそういう生物的な行動をトワは続けていた。中々興味深い事だった。子供だからそうなのだろうか? 死んでいるという感覚が薄いのが原因なのだろうか? それとも、人間と動物の差なのだろうか? 詳しく調べない限りは答えが出ない。

 

 だがとりあえずは、

 

「ディーヴァ、朝食な」

 

「はい、マスター。もうそろそろ起きる頃かと思って、もう少しで出来る所です」

 

 そう言うディーヴァは既に現界済みの状態で階段の下から姿を軽く覗かせた。スパチュラを片手に、エプロンを装着している。その声は使役し始めた当初よりも遥かに人間らしさを感じる。《禁呪魂冥士》が昨日の海底攻略完了で漸くMランクへと至った影響なのだろうか? かなり反応が人間らしいものになっている。

 

 まぁ、華やかになるのは悪くない事だった。

 

 朝食はディーヴァに任せるとして、洗面所でさっさと顔と歯を洗う事にする。そうやって朝の面倒を片付ければ、テーブルの上には出来立ての朝食が並んでいる。トーストとハニーサラダとスープ。肉の類の無い、シンプルな朝食だった。だが昨晩は宴会で飲み食いしまくった経緯がある為、これぐらいの軽い朝食のがありがたかった。トーストを半分に割って、半分はハニーを塗り、もう半分はスープ……コーンポタージュの中へと軽くディップさせて、ふやけさせつつ食べる。

 

 これが好きなのだ、地味に。食べながら毎度片手で料理をしているディーヴァだが、

 

「意外と料理が出来るな、お前は」

 

「銃を取る14歳まではお嬢様として育てられましたので、基本的に女として必要な技術は事前に全て叩き込まれました。その頃に料理に関しては学びました。将来夫となる男と一緒になった時、使用人ばかりではなく自分の手で胃袋を掴める方が何事も便利だと。まぁ……最終的には雑に料理する様になってサバイバル料理の方が得意になってしまいましたが」

 

「へー」

 

 人に歴史あり、とは良く言ったものだ。というか、思い出せばテオフラトゥスが世界の歴史はプレート状に積み上げられており、異なる文明と時代を生み出して崩壊してを繰り返している……という話だった筈だ。ディーヴァとナイトは見た所、間違いなく全く違う時代出身に見える。

 

 朝食を食べ進めつつ、今は時間も空いているし、気になった事をディーヴァに聞く事にした。

 

「ディーヴァが生きていた時代ってのはどういう時代なんだ?」

 

「高度科学文明時代ですね。トップが人間ではなくAIが管理する様になったディストピアでした。私は体制側の貴族として生まれましたが、社会構造に疑問を抱き、なんとか粛清を生き残ってレジスタンスになりました」

 

「おぉぅ、予想外にヘヴィだぜ」

 

 完全なるディストピア社会時代なんてものがあったんだ、と軽く感心するが、しかし、と言葉を零せば、

 

「マキナとかは基本的に私の時代の産物ですよ、マスター」

 

「マジか」

 

「マジです。マキナ、飛行船、軌道エレベーターなんてものも生み出していたのが私の時代でしたね。最終的には大体滅びましたけど。地上に落下していなければ宇宙ステーションも何個か残っていると思いますよ」

 

「あんまし現代(リアル)と科学レベルが変わらない時代もあったんだなぁ」

 

 そして自然とディーヴァが銃を使っているのを見れば、彼女がそれを武器に戦ってきた事は解るが、それが歌唱技能と結びつくのがちょっと、解らない。何故そういう技能を取得しているのか、ついでにディーヴァに聞いてみれば、ディーヴァが一切迷う事無く返答する。

 

「いえ……実はディストピア社会には根本的に娯楽の概念が存在しなかったんです。社会の無感情な歯車として働き続ける事が人間の義務。人間らしさがあったのは貴族階級だけでした。だから色で誘惑したり、歌で文化的思考を刺激したりすれば、それだけで脳髄を蕩けさせて無力化出来たんです、人の方は。ですがどうやら私の方もそれなりに歌の才能はあったようで、レジスタンス仲間に歌をせがまれている内に何時の間にか……」

 

「ほんっと面白いな」

 

 もっと詳細に聞けば面白い話が出て来そうだが―――話を聞いているだけで1日が終わりそうな気がする。流石にそれは勿体ないので、色々とやる事も多いし朝食を食べ終えて、会話を切り上げる。まずは依頼をする必要があるからだ。

 

 最初にやる事はインゴット作成の依頼だ。

 

「それじゃ出かけますか……ナイト、店番な。トワ、出掛けんぞ」

 

「……きゅ? きゅぉーん!」

 

 名前を呼ばれると目を一気に覚ました子鯨がロケットの様に飛び出してくるので、それを片手で掴んで動きを止め、軽く放り投げる様に受け流してから、外へと出かける準備をし……出た。

 

 現在、ルーゼンは軽度の内戦状態だった。

 

 理由は帝国と共和国、それに加担しようとする派閥で争っているというのがそれらしいが、裏の所では、これは談合で、適度に暴れて自分の庭を荒らせば、臭いものとして両陣営から触れられない様にする、という自殺にも似た演技であるらしい。他国に理念を侵されるのなら、自殺するぜ! というルーゼンのフリーダムスピリットが見える凄い作戦である。考え付いた奴は間違いなくアホだ。

 

 だから港の被害は大きい。

 

 だが逆に街中に入ると、被害が少ない。

 

 その理由は一番価値のある港を一時的に利用できなくすれば、都市としての旨みが減るからになる。だから港は粉砕されているし、大きく荒れている。正気かよと言いたくなるような作戦だが、実際にやっているし、裏で政治的なサポートが入っているのか此方に帝国や共和国が干渉してくるような事はない。

 

 ルーゼン、驚きの勝利である。

 

 馬鹿じゃねぇのと思いながらも住人としてはまぁ、良い事なんじゃね? という程度の認識だった。

 

 まぁ、派手に銃撃戦や剣による衝突が終わった今、商店街の方は割と平和だった。おかげで普通に営業を再開している所も所々目撃する。そういう訳で、ギルドの方から紹介を受けた場所―――鍛冶屋へと朝から向かっていた。前よりも遥かに平和になってはいる物の、まだまだ緊張感が街の中には残っている。それを肌で感じつつも、住人達もこの盛大な茶番に関して、感じつつあるのだろうというのが解る。

 

 ギルドに紹介された鍛冶屋は街の端の方にある、中心街近くにアトリエを構えている身としては、少々歩く距離があってめんどくさく感じた。だがどうやら寝起きのトワにとっては丁度良い運動らしく、子供らしい人懐っこさを見せながら周囲を飛ぶ様に周り、ついてくる。それをご近所さんが眺めていたりするのを視線で感じる、

 

 最近取得した《気配察知》のスキルで、そういう自分に対して向けられる視線とかがもっと良く解る様になってきた。

 

「おーい、アトリエの兄ちゃん、新しいペットかー? かわいいなー! おっと、染料を後で買いに行くからよろしくなー!」

 

「朝からやかましいから飼ってみると辛さが解りますよ。それで、染料ですね? 解りました」

 

 片手を上げて近所の服屋に手を振りながら道路を歩いて行く。今朝は此方の方では争っていないらしく、早朝の空気が綺麗なままだった。海の方から感じられる潮風は―――ちょっと、飽きた。いや、だって今までずっと海底の中で浴びるというか浸かるレベルだったのだ。流石に潮を感じさせる空気はもういいかなぁ、という気持ちが半分だった。だから自分の周りの空間だけ、ちょっとだけ魔力でコーティングし、それを虚無属性で満たす。《結界術》で自分の魔力から虚無属性のあの爆発的反応を一時的に鎮静しているので、それを利用してフィルタリングを行うのだ。

 

 そうすればあら不思議、空気から塩気が消える。

 

 綺麗な空気になるのだ。

 

 海底探索中にちょっと思いついたテクニックだった。水中では無理だが、空気が汚れていたり、毒性の空気が溢れている環境のなかで、これを使えば何も問題なく活動できるというコンセプトで作った術、というのだろうか? テクニックだった。まぁ、MPは消費していないし、テクニック、技術の類だと思う。

 

 まぁ、深く考えてもしょうがない話だ。終わりがないし。

 

 それはそれとして、トワの散歩を含めて目的地へと近づいて行けば、空気に響くかーん、という鉄を打つ音が聞こえてくる。鍛冶屋連中は朝が早いなぁ、と思いながらそれなりの大きさを持つ、この街一番の鍛冶屋の中へと木の扉を開けて中に入って行く。

 

 カウンターの向こう側に広がる鍛冶場が見え、巨大な炉の前では何人もの職人が作業をしている。ちりんちりん、と扉が開いた時と同時になる不思議なベルの音は、作業中の鍛冶場の中でも澄み渡る様に響き、聞こえていた。それに反応し、上半身裸でずんぐりむっくりな髭を生やした禿の男が此方を見た。

 

「おう、客だな?」

 

「錬金術ギルドからの紹介が来ていると思いますが、マスターです。是非ともインゴット化して欲しいものがあるので」

 

「あぁ、お前さんが期待の新人か。で、何を持ってきたんだ?」

 

「メテオライトです」

 

「あぁ、成程。確かにアレを扱えるのはこの街でウチだけだな」

 

 インベントリからその見た目以上の重量を保有するメテオライトを取り出して、カウンターの上に乗せる。拳サイズのが一つ。残りは小指サイズのが12個程だ。これをまとめれば大体、インゴット1個分になる。まぁ、ぶっちゃけ、インゴットという形にするだけなら俺でも出来るというのは事実だ。

 

 だが品質を上げ、そして鉱石や金属が保有する本来の性質を引き出し、強化する事が出来るのは鍛冶師連中の特権だ。或いは俺が成長すれば、真似事が出来るのかもしれない。だけどその道のプロフェッショナルにやって貰った方が遥かに良い物が出来上がる。何よりもメテオライトは貴重品だ。このサイズのインゴットを購入しようとすれば、数千万近くは消費する事になるだろう。少なくともそういうレベルで価値がある。

 

 失敗したくないし、特性を引き出す為だ―――ここは普通にプロフェッショナルに任せる。

 

「これだけありますが」

 

「ふん……インゴット1個分にちょい余るって程度か。余った分をくれるなら料金は引いとくぜ」

 

「懐が丁度寂しくなっていたんですよね。それでお願いします」

 

「おう、任せな。時間はそう取らねぇ。1時間ぐらいしたら戻って来い」

 

「では宜しくお願いします……トワ」

 

「きゅーん」

 

 鍛冶場をウロチョロと飛行していたトワを呼び戻しながら鍛冶屋を後にする。これから作成する錬金アイテムの《空の鍵》はまず最初に、メテオライトのインゴットから鍵の部分を作成する必要がある為、インゴットを作成しない事には何も始まらないのだ。それ以外の材料に関しては手に入れているから問題もない。だから後はインゴットを片手に、アトリエで作業を開始するだけだ。

 

 とはいえ、それまで多少時間がある。

 

 軽くベンチでこの先の計画でも練るか、と決める。

 

 近くのジューススタンドでフレッシュフルーツジュースを購入し、それを片手に街中のベンチへと移動し、座りながらジュースに口を付ける。その甘みで脳を活性化させながら考える。

 

 とりあえずは共和国へと行く準備をしなくてはならない。だからギルドに身分証の発行を頼み、何時でもルーゼンに戻ってこれる様に《空の鍵》を作成したい。これを作成すれば一気に行動範囲が広がるからだ。後は《界眼》を取得したこと。今の所この専用スキルは伸ばし方が不明だから、スキルランクを上げる方法を探したいとも思っている。ただ現状、一番早くどうにかしなくてはならないのは、

 

 《禁呪魂冥士》と《エーテル干渉》がMランクへと到達した事実だった。そしてこの先に習得できるスキルも出現したという事実だった。

 

 そして、表示されているスキルが全部合わせて複数存在している所が、非常に困る。二つのスキルを利用した、新しい統合、複合スキルが出現しているのだ。おそらくは最上位クラスだ。出現しているのは、以下の通りになる。

 

 まず《ロードウィザード》。あらゆる学問と魔術を理解した使い手であり、ネクロマンサーとしての技能と、属性を操作する能力をバランスよく極めたスキルだった。スキルであり、同時に称号でもあるらしい。これを選択すれば今まで以上に強力な魔法攻撃をしつつ、英霊の強化を順当に行えるが……どちらかというと魔法使い向けだ。

 

 次に《エレメントマスター》。此方は属性を操作し、コントロールする事に特化したスキルと称号だった。環境や空間ではなく、属性を更に巧みに操る事で一時的にエネミーに存在するような、それぞれの属性のスピリット等を生み出す事が出来るのだ。つまりは精霊を生み出している様な職業だ。英霊使役からはこの場合、ある程度離れるが、大自然を象徴する精霊たちを生み出したり契約したりする事が出来る。

 

 次に来るのが《邪仙》。此方はネクロマンシー方面が強く影響しているスキルであり、道具の作成や、人体を弄る事に特化したスキルらしい。どうやら人体改造や生物改造、改造という行いに関して強いスキル称号である様だった。ここら辺、《禁忌》からの流れを濃く組んでいるスキルの様に思える。

 

 次もまた禁忌系統のスキルっぽさがある、《アビスロード》。説明を読んでいる限り、どうやらこれが今までの禁忌系英霊使役系統の正統進化らしい。正統? という言葉には疑問を覚えるのだが、今までの様な英霊の憑依の他、英霊同士を一時的に融合させる事や、他のアンデッド等へ影響力を下げる代わりに、魂という概念に対する扱いが更に磨き上げられるらしい。

 

 個人的にこの《アビスロード》が一番取得を考えているスキルだった。単純に自分の手持ちの戦力であるナイトとディーヴァ、この二人を強化するうえでこのスキルを取得すれば、レベル上限と能力が更に他のスキルよりも高く解放され、英霊としての本来のスペック発揮にぐっと近づく。なお、トワは英霊ではないので《アビスロード》による恩恵を受ける事が出来ない。今のスキルであればまだ、トワをスキルで強化できるのが、技術的にサポートする以外での、英霊以外の霊体存在への強化やサポート手段が消えてしまうのだ。

 

 ただ魂概念に強くなる事は、個人的に非常に面白い事だと思うのだ。

 

 ただ同時に、《エレメントマスター》も非常に魅力的に思っている。此方を選んだ場合、英霊の強化系数に関しては据え置きらしい。ただその代わりに属性への干渉能力が非常に上昇する為、今まで以上に錬金術での作業が捗る他、星属性や虚無属性等の特殊属性に対する扱いもずっと楽になる筈なのだ。何より、ああいう深海環境を経験した以上、属性コントロールに特化するというのは決して馬鹿に出来ないものだというのを理解している。寧ろやれるようになりたい。禁足地では必須能力になりそうだった。

 

「悩む……」

 

「きゅい……」

 

 悩ませるように首を傾げれば、横でぷかぷかと浮かぶトワも体を捻った。

 

 悩ましい話だが、この選択肢がこれからの活動における自分の最終的なスタイルを構築するのだと思っている。戦闘の大半を英霊に任せて自分はぶっ放すだけにするのか。それとも自分でもある程度戦えるだけの能力を付けて行く事にするのか。最終的には大差ないのかもしれない。それでもこの時期、中堅とも呼べるランクで、これは自分のスタイルとイメージを明確に固める行いでもある。

 

 ……深く考えながら、結論を急がずに、考える事にする。




 Name:マスター
 Level:150
 Status:
 AP:730/730
 筋力:170 魔力:186 敏捷:180 体力:210
 Title:【錬金術師:上級】【Evil】【ソウルマンサー】【探究者】【未知を求める者】【畜生メガネ】
 Skills:
 SP:585/668
 《禁呪魂冥士:M》 《エーテル干渉:M》 《ポーションピッチャー:S》
 《性魔術:B》 《結界術:A》 《界眼:F》 《気配察知:C》

 どれを選択しても強くなるのは間違いがない。だけどやり直しはない。どれを選んでも面白いのも間違いはない。さぁ、選び終わればSSR確定英霊ガチャの時間だぞ。

 そして気づけばラノベ2冊分の文量になってるなぁ、これも。
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