ぱーととぅうぇんてぃせぶん
「か……ん……せい……した……」
言葉と共に作業机の上に倒れ伏した。口から魂が抜けている気がする。というか実際に抜けている。それを見てディーヴァが滅茶苦茶焦っているのが地味に見ていて面白い。魂の操作が行えるのは何も他人相手だけではなく、自分にもそうだ。これ、良く考えたら悪用し放題だよなぁ、と思いながら自分の体に魂を戻して幽体離脱を止める。その間、マーダーが茶を淹れに行っている。なんというか、雑用の似合う王女様になってしまったが、まぁ、そこはいい。
それよりも完成だ。
《空の鍵》がついに完成した。
今、完成された鍵が机の上で鈍い輝きを放ちながら宙に浮いている。大量に詰め込まれた星属性と空間を越える力が、重力の概念だけではなく、空間の概念さえも捻じ曲げている。均等に混ざり合った四属性が星属性と結合し、虚属性によってエーテルへの干渉を通す事で、空間という概念への干渉を可能とする道具に出来上がった。その効能を増幅させているのはメテオライトという希少な金属と、夢と現実の境を崩壊させる《夢幻の羽》だ。これらすべてが合わさる事で漸く、《空の鍵》は完成された。
長くて、苦しい作業だった。
星属性の鍵という形に変化すると、反発力を空間に対して生み出す様になったのだ。その影響で《シスカの瞳》の中身を鍵へと注ぎ込もうとすれば、
だがこれで力を籠め過ぎると逆に鍵を貫通してしまう他、鍵が纏っている星属性そのものが破壊されてしまう。一度完成させれば安定し、霧散しても時間経過と共にエーテルの属性が再生するらしいものの、作成中に霧散させてしまえば元には戻らない。つまり慎重に、しかし素早く作業を終わらせなければならなかったのだ。
その限界を調べる為に《シスカの瞳》を一つ使い潰すものの、二個目を使って何とか鍵を完成させる事が出来た。
数日間集中し続けるのとはまた違った経験だった。なんというか―――そう、
だがそのおかげで完成した。
「これがあれば遠征してもすぐに戻って来れる」
遠い国へ行っても、即座にアトリエに戻って作業できるし、宿を見つけなくても自分の家で寝泊まりして現地に戻る事が出来る。素晴らしい程に便利なアイテムだ。だが制限も存在し、扉というのはただの扉では駄目なのだ。
つまり扉だけ作成して、それをインベントリに突っ込んでどこでも移動できるドアみたいな裏技は通じない。
だがそれを入れても便利な道具だ。少なくともダンジョン内部で生活することを考えなければ、大体どこでも使用する事の出来る錬成品だ。これで活動範囲が一気に広がる。
俺は遠征出来る。
アトリエは稼働できる。
ギルドは集金を続けられる。
全方位的にWin=Winな方程式である。ギルド側としても長期遠征の前にドカッと一気に納品して貰うよりも、定期的にアトリエで働いてもらって供給を維持して貰える方が遥かに助かる。そういう意味ではギルド側としても非常に助かる錬成品だよなぁ、とは思う。まぁ、ギルド員である以上は逃れられない話だ。
まぁ、これで遠征する最低限の準備は整った。鍵をこのアトリエへと繋がる様に先に軽く登録させてからインベントリへと放り込めば、レモンパイと紅茶をマーダーが持ってきてくれた。
紅茶の方は砂糖なし、だがレモンパイと交互に食べれば甘みに関しては十分すぎる程あった。あっさりとした爽やかな甘さが脳に行き渡って行くのを感じられる。
「あ゛―……ディーヴァが淹れる茶の百倍美味しい……」
「!?」
「女子力最強だな……ディーヴァとは比較にもならないな」
「!?」
ディーヴァが視界の端でチラチラと此方にアピールし始めているが、それをガン無視して、お茶とレモンパイを食べ終わる。それで多少は頭の疲れが取れる。ふぅ、と息を吐きながら鍵を見る。
これがあればどんな遠くでも―――それこそ大陸の向こう側からでも自分のアトリエに戻ってくる事が出来る。その為、長期の遠征に出たとしても、何の問題もなくなってくる。だとすればそれでこれからどうするか、という話だった。既にトワに騎乗する為の道具はテイマーズギルドに発注してある。そろそろ取りに行くのも悪くはないだろう。だけどそれに乗ってどこに行くか、という話だ。
元々、計画していたのは共和国行きだ。
共和国にはまず大学が存在し、そして同時に錬金術師のギルドによって管理されている禁足地の一つが存在する。首都のギルドからその禁足地へと挑戦するのも悪くはないと思う。この世界における大学、或いは教育機関というものを見てみるのも一つ面白いが、多種多様の種族でどうやって議会を運行しているのか、と言うのも気になる話だったりする。
だがこの鍵があればもっと遠くへと遠征する事も可能になる。その事を考えたら共和国じゃなくても別に良かったりする。あぁ、だがまずは手身近な場所からクリアして行く、というのも楽しそうだ。
どうせ、時間だったらまだまだあるのだから共和国でいいか、とは思わなくもない。どうせゲームなのだから、焦らず、楽しく、ゆっくりと遊べばいいのだ。それこそ駆け抜ける様に遊び尽くした所で、結局はゲームの寿命を縮めるだけの行いなのだから。そう考えると、近場から範囲を広げていくというのはナイスなアイデアに思える。
という訳で、
共和国への遠征を自分の中で決定する。
作成を完了させた所で翌日、ギルドに報告を軽く入れて来た。良識のある、好意的なアルケミスト、という印象を残す為である、印象操作は割と馬鹿に出来ないもので、こういう所属の時に優遇されるのは優秀で、そしてその上でちゃんとルールに従ってくれる奴になるのだから。なので作成完了を告げ、そして時折遠征で街からいなくなる事を告げる。それで必要な連絡をギルドに入れた後で、
今度はテイマーズギルドへと向かった。
「よう、待ってたぜ」
テイマーズギルドへと向かえば当然の様に作成を完了されていたトワの騎乗具が用意されていた。ここら辺の作業効率が段違いなのはやはり、プロとアマチュアの違いという奴なのかもしれない。そう思いながら案内された中庭でトワを呼び出して本来のサイズへと戻し、用意されたものをトワに装着した。
簡単に言ってしまえば、シートの様なものだ。或いはゴンドラ。背中にはゴンドラの様な長方形の、上が開いている空間を作ってある。長方形のゴンドラ? とでも言うべき部分は木製に見えるが、その内側にはクッション付きのシートが前半分に、後ろ半分には八人が余裕で寝転がれるだけのフリースペースがあった。
それを軽々と背中に乗っけられる事が何よりも、トワという子鯨の巨大さを説明していた。
「見ての通りだ。座る事も裏のスペースで毛布でも引きゃあその上で寝る事も簡単な作業も出来る。装備した時に鯨と波長を同調させておいたから、ほとんど体の一部の様なもんだ、破損しても簡単に修理できるし、収縮に合わせてサイズも変わる。ただ値段は……こんな感じだ」
「えぇ、良い仕事をありがとうございます。これで楽しく旅が出来そうです」
「毎度! きっちり一括で支払ってくれる客はやっぱり最高だなぁ!」
ひゃっほぉ、と叫びながら親方がトワへと突撃し、重力に巻き込まれてそのまま空に吹っ飛んで行った。やらなきゃいけないのそれ? と思いながらも、トワは自分の背中に装着された新しいパーツに興味津々と言う感じで、頭の上にリトルラットマンのセワスチアンを乗せた状態で軽くはしゃいでいた。
アイツにも小さな服装、購入してやらねぇとなぁ、と思う。トワとも意気投合しているし、遊び相手としては十分だ。叛逆するようなら魂を何時でも握り潰せるように呪ってあるし。そこら辺は抜かりない。ともあれ、これで旅をする準備も整った。
支払いを終えたのでテイマーズギルドを出て、道路に出た所で足を止め、腕を組む。
「うーん、アトリエに、というかルーゼンに戻れる事を考えるとあんまり買いだめしなくてもいいんですよねぇ。最悪食事はこっちで取れますし。だから野営の分の食料と……テントですね、今回は」
帝国遠征の時は馬車を使っていたし、馬車の中で寝泊まりが出来るタイプだった。食べる時だけは外で食べればよかった。だが今回はトワの背中で眠る訳にもいかないだろう。トワの事だ、急にバレルロールを決めた所で違和感はない。だからちゃんと地上で寝起きをしたい。
いっそ、テントも自分でなにか錬成品を擁してみるのも手かもしれない。
キャンプセット……もう、いっその事自作してしまうか? カモフラージュ機能を付けてダンジョンでも使用可能な奴。あ、だけど大きな作成物作ったばかりだし、流石にまた籠って作業をするというのはちょっと健康に悪いかもしれない。
「だけど作りたい……」
だけど作れば作るほど出立までの時間が伸びる。
時間は無限に有限だ。そのリソースをどう割り切るかが問題だ。好きなタイミングで好きな事をすればいい。それは基本だ。だが
ただ単純に、その時間を想え、と言う話だ。過ぎ去った時間は戻ってこない。終わってしまったイベントは復刻しない限りは参加できない。だとしたら今が旬、そんなイベントがある筈なのだ。
だらだらぐだぐだとやって戦争が終わるのを待つのもいいだろう。
だが戦時中の共和国で剥き出しになった人の本質を観察するのも悪くはないだろう。
何より戦争だ―――感情エーテルの増大を観測できるだろう。そう言う意味では最も憎しみと殺意が渦巻く、それぞれの首都を見に行くのは面白いだろう。
まぁ、やはり共和国か。結論する。
「じゃ、マーケットで軽く見繕ってくるか、道具」
歩き出す事にする。
地味にマーケットを巡って買い物をする、と言うのも実に文化的で楽しいんだよなぁ、と思う。何より街がこんな状態なのに普通に金を儲けようとする異邦人や現地人の商魂の逞しさはいっそ、感動さえ覚える。少しでも儲けてやる、という意思の中には自分の生み出したもの、手に入れたものに対する絶対的な自信も含まれている。
怪しい所も多いが、それでも面白い物もたくさん見つかる。ロトをやっている様な感覚だが、マーケットで道具を揃えるのは個人の趣味や趣向が良く見れて、嫌いじゃなかった。
ともあれ、遠征中の為の道具を買いそろえる必要がある。
マーダーが意外と料理力が高いので、この際野外用の本格的なクッキングツールを揃えて、後は保存のきく調味料を購入してしまおう。石窯とかだったら即席錬成で作成できるから、設計図を頭に叩き込んでおけば良い。そう考えると鍛えられた錬金術って便利だと思える。ここから更に特性や性質の創造を行える領域にまで上がるには、どれぐらいかかるのだろうか……。
まぁ、ネトゲなんて長期で遊ぶのが基本だ。
遊び始めた数か月で最強無敵チート! となっても引退してしまうだけだし、目標は遠く、大きい方が楽しいだろう。
そんな事を考えている間に、マーケットに到着する。
マーケットの入り口では全長10メートルほどの良く見える十字架が複数突き刺さっており、
そこには
今日もルーゼンは平和だ。
それからさらに数日、こまごまとした道具作成や購入、事前の準備に時間を要する。メテオライトが少しだけ余っていたのでそれを使ったアイテムや、服屋でちょくちょく着替えなどを注文したりすれば、それだけで数日が経過する。そして遠征するとしてもアトリエに定期的に戻って来れる事が確定したので、店番のバイトに雇っている二人にはその事を説明し、それ込みで働き続けるかどうか、という話をしなければならない。
ここら辺、自分の城を―――つまりは店や土地を保有する人間は動きが遅い。ボウケンジャー共が簡単に土地から土地へと移動できるのは、社会的な立場や責任を一切負わないからだ。つまり背負うものが自分と評判以外存在しない。だからほいほいと場所を開けられる。
だが自分の様に拠点を保有し、そこを中心に活動する人間はたとえ戻って来れるのだとしても、事前に連絡を入れたりする必要がある。帝国行きの時に既に一回経験しているので、諸々の準備はそこまで難しくはなかった。ただ前回とはやや違う状況である為、準備には少々手間取った。
今回の場合、共和国に入る際は国境の関所でチェックを受ける必要があるらしい。
どうやら共和国では現在、厳しく入国者をチェックしており、関所や役所などで発行されるパスを保有していない旅行者は厳しく罰せられるらしいとの事だった。その為、共和国に真っ直ぐ空域を突っ切るルートではなく、国境の関所を最初に目指し、そこから共和国首都へと向かうルートを構築する事になった。
そういう諸々の面倒な準備を追えれば、
「さ、お前の初飛行の時が来ましたよ」
「きゅおーん!」
「空飛ぶ鯨かぁ……空飛ぶ海賊船並みに面白いもんが見れたなぁ……」
ルーゼン正面外、その広い空間にトワを本来の大きさまで戻した状態で、浮かび上がる姿の鼻先を正面から軽く撫でる。門衛がその光景を眺めながらしみじみと珍しい物を見た、と言う風に呟いているのが聞こえる。振り返りながら眼鏡をクイっと持ち上げ、にやりと笑う。
「自慢の子です」
「見りゃあ解るわ」
ほんと、深海での探検は色々と成果のある探検だったと思う。単純なレベルやスキルだけではなく、技術や理解力、そして事前準備の大切さを良く理解させられる探検だった。そして同時に、大量のアイテムや新しいペットを獲得する事もあった。ハイリスクハイリターンな領域は伊達じゃなかった。
おかげで今、自分は錬金術という分野においてはプレイヤーでトップに立っている。
或いはネクロマンシーでもトップに立っているかもしれない。
自覚はあるが、自分は
「ま、今はいいですね。それよりも宜しくお願いしますよ」
「きゅおーん!」
トワの景気の良い返答を聞きながら、跳躍して一気にその背に飛び移る。ゴンドラに乗り込みながら最前列の席へと移動し、座れば、その更に前、ゴンドラの先端部分の上に立っている姿が見える。
小さいタキシード服にステッキを装備した、リトルラットマンのセワスチアンの姿だ。此方が座ったのを確認すると、シルクハットを脱ぎながら優雅に一礼して来る。何時の間にそんな芸を覚えたんだお前。
『主の周辺に置くのであれば粗相されては困る為、仕込みました』
『協力しました』
『しました』
どうやら英霊たちがグルだったらしい。ここ数日なにか楽しそうにしているかと思えば……まぁ、自主性があるのはそれでいいと思う。
「じゅ!」
優雅に礼を終えたセワスチアンがこんこん、とステッキをゴンドラの柵を叩けば、それで合図は十分なのかトワがゆっくりと空へと向かって持ち上がり始めた。
「おぉ……」
思わず、その不思議な感触に声が漏れる。ふわりと浮かび上がるがそこに風や動作からの圧力は感じない。飛行機が離陸するときは圧力で耳やら体に負荷がかかるものだが、それが一切存在しなかった。感覚で言えばエレベーターが静かに上がって行く感覚に近い。トワの周辺に疑似海が形成され、重力操作と合わせる事でその巨体が空を泳ぎ始める。
「おぉ、すげぇなぁ。旅を楽しんでこいよー」
「いやぁ、いいもん見せて貰ったわ。元気でなー」
門衛からかかってくる声に軽く視線を向けて頷きを返す事で返答しつつ、そのままトワは空へと浮かび上がった。
高度は上昇して行く。
20メートル。
30メートル。
40メートル。
50メートル。
70メートル。
―――そしてあっさりと地上100メートルの高さに到達する。
だがそれでもまだまだ全然余裕をトワは見せていた。更に泳ぐように進みながら上昇して行き、滑る様に空を泳ぎながら優雅に進んで行く。その間も高度は上昇して行き、カウントできる範囲でそれは200メートルを超えていた。更に上昇出来るものの、余り高く飛び過ぎると地上が見えなくなってしまう為、そこで高度の上昇を止め、セワスチアンが共和国までのルートをゴンドラにセットした地図を確認しながらステッキでゴンドラを叩き、トワに指示を出して行く。何時の間にかそんな技術を……と思いつつ、実験の副産物としては結構成功したんじゃないか? とその様子を見ながら思う。
今度は艦長セットでオーダーしてやろう、と思った。
「しかし、恐ろしい程に快適だなぁ」
温度は周囲のエーテル属性を切り替えて操作すれば快適な温度を維持する事が出来る為、特に問題はない。まだ酸素が薄くなる程標高が高くなった訳でもないし、それも問題はない。トワの移動は空を滑る様な、泳ぐような動きで、体がほとんど揺れなく、安定している。それだけではなく風圧の類も遮断してくれている為、ほとんど飛行機に乗っている様な感覚で騎乗できる。
しかもシートはふかふか、物凄く快適だ。
これぞ異世界でのファーストクラス飛行だろう。シートに背を預けながら、誰かに遠慮する必要もない状態で、くつろいだまま蒼空とその下に広がる大地の様子が遮られる事無く見れる。
「お、そうだ、自慢用にSSと動画取らなきゃな。動画収入にもなるし」
誰もこの景色、領域には流石にたどり着いていないだろうと思う。まぁ、他にも手段はあるかもしれないがざっと調べた所、空飛ぶ鯨に乗った事のあるプレイヤーなんて情報、少なくともWIKIには存在していない。検索エンジンに軽くシチュエーション叩き込んでも何も出てこない。
つまり俺がナンバーワンだ。
「いやぁ、良い景色で良い気分だ」
前人未踏の領域へと最初の足跡を残していく、その楽しさは言葉で表現する事は中々出来ない。
少し前までは他人に邪魔されず、静かに引きこもって好きな事をやっていればいいと思っていた。だけど今ではちょっと自慢したいかなぁ、と思えるぐらいにはこのゲームを楽しんでいる。
いや、まぁ、だってお金になるし。それにちやほやされて悪い気はしない。馬鹿が寄ってくるのも有名税だと思えば面白い。寄ってくる馬鹿の事で頭を悩ませるのもそれはそれで面白いのだ。
まぁ、とりあえずは自慢だ、自慢。金になってそれを課金代に回せるのであれば、やらない手はない。少なくとも楽しくお金を稼げるのであればやっておくべきだろう。このゲーム、課金しておけばゲームをもっと楽しく遊べるし。
「っと、そうだ。アレを設置しちまうか」
シートから立ち上がって後ろのスペースへと向かい、そこにインベントリから取り出したレコードプレイヤーを設置し、レコードを設置する。旅をするならやっぱり作業用BGMは欲しいよな、という考えから用意したものだったが揺れが無かったり予想以上に快適なトワの背中である故に、思い切って設置してしまう。本当ならキャンプで使う様だったのだが。
そしてそれをセットした所でシートへと戻り、インベントリから旅の間に購入してきた本を取り出し、
ゆっくりと、ファーストクラスの空の旅を楽しむことにした。
それから優雅な空の旅が進む。
帝国よりも共和国にはやや距離があり、馬車を使って陸路では二週間程度、空路ではワイバーンで二日かかる。これをスピードを落としたトワで向かうのだから、更に日にちは伸びておそらくは三日、四日はかかるだろう。急ぐ旅ではない為、空からルーゼン周辺の環境や、地形などを眺め、時折それを記録したりする事で時間を潰して行く。
その間に最後に共和国という国家に関する軽いおさらいをする。
ラステン共和国。
これは複数の小規模国家や部族、州をまとめ上げる事で存在する小国家群だと表現してもいい。帝国の肥大化に従い、集まって生み出された共和国だと言える。特徴的な多種多様の人種、種族が議会に参加している事であり、絶対帝政である帝国とはまるで違う方向性で国家の舵を切っている事、そして完全な統一が行われていないという点だ。
ぶっちゃけた話、帝国に勝てないから集まろう! と言って集まった国家や州の代表者たちで議会を構築し、その代表者が大統領というのが共和国のシステムであり、細かい国境や国としての形はまだ色濃く残っている。
それら全てをひっくるめて、ラステン共和国と呼んでいるらしい。
なおギルドラン帝国と比べ、ラステン共和国最大の特徴は数多くの種族と人種の多さ、その違いだ。エルフ、ドラゴニュート、リザードマン、ドワーフの様な基本種からサードアイの様なマイナーな種族まで、多くの異種族が集まっている。
その最大の理由は帝国と共和国での政治の違いだ。
つまり共和国は文化を染め上げようとしない。横の繋がりは強いが、縦の構造には薄いのだ。その為、帝国が併合する時に行う様な文化、文明浸食を行わないので、それぞれの種族や人種の文化が残されるのだ。帝国から異種族の類が去って行くのはそういう文化を守る為、そして保存する為でもある。自分の血筋が、或いは種族が継承してきた文化を守る為に共和国に参加した、というケースもある。
ただ帝国は文化浸食の影響で教養や科学力は共和国とは比較にならないレベルの高さを保持出来ているのは事実だ。つまりかなりの近代化が進んでいるのが帝国だ。
文化を残すか、文明を育てるか。
悪も善も判別の出来ない話だ。これで私欲で戦争しているのならもっと簡単な話だろうが、国家間の戦争とは
少なくとも、人が賢ければ。
そしてこの世界の住人は賢い。
少なくとも法整備や政治、文化や文明レベルに教養のレベルを考えれば、土地が欲しいから戦争する! という脳筋的スタイルをぶち込んでくる程蛮族的な知能はしていない。戦争に至るまでの道筋は解らないが、それなりの理由があったのだろう。
ともあれ、そういう事で共和国と言うのは帝国に対してだけではなく、自国内に対しても結構警備の目が厳しいらしい。
なので、というか入国審査の為に関所に降りた時はかなりチェックが厳しかった。NPCかPCかをまず調べられ、その上でPCだと判断された場合は《嘘か真か》の魔法を使って、軽い質問を行われ、スパイか共和国に対して害意のある存在であるかどうかをチェックされる。それが終われば漸く国内の通行手形を取得できる。だがこれも決して万能という訳ではなく、共和国内を細かく移動したければその度に更新したりする必要があったりする。
割と現在の共和国内での移動は面倒だったりする。
戦時中だから当然と言えば当然ではある。
だがそれさえ乗り越えてしまえば共和国首都リンベルまでは一本道になる。
共和国は帝国と比べるとやや温暖な地域であり、広大な土地に多種多様の種族が住み込んでいる他、エルフが住まう大森林まで存在するらしい。後はドワーフが住まう地下都市というのも地味に共和国でしか見られない所だったりする。ただ其方へと向かう事となればまず間違いなく寄り道してしまう必要があるので、それは回避する事にしていた。
素直に国境を超えてからはリンベルへの道を真っ直ぐと進んで行く。時折空域を警戒する軍人とエンカウントする事もあるが、ちゃんと国境を超えた証を見せれば問題なく飛行し続ける事が出来る。
戦時中というのは理解していたが、予想外に検問やチェックが多く、何度かトワから降りたりする必要があった。やはり、それだけ帝国からの侵入や進行を警戒しているという事の証でもあるのだろう。
そして同時に、それだけプレイヤーがやらかした、という事でもあるのだろう。
そもそも帝国と共和国の戦争状態はプレイヤーが無差別にヒャッハーし始めた事が原因で拡大したとも言える。ゲーム感覚でジェノサイドしたり、或いは点数を稼ぐつもりで戦ったのか。それとも純粋に戦乱を起こしたかったのか。
どちらにしろ、そういう意味で
じゅんすいなぜんにんにとってはつらいはなしだー。
ともあれ、そうやってトワに乗って飛行していれば、予定より一日遅くなったものの、共和国首都・ラステンの姿が見えて来る。帝都クルシュワが要塞都市の様なイメージだったのに対して、共和国の主都はまるで違う方向性を進んでいた。
近代都市というイメージに近い。
平たい大地に道路や区分けされた建造物が建設されており、首都の中央には大きな建造物が見える―――おそらくは大統領邸なのだろう。そこを中心にするように近代都市の様な設計された区画整備の行われている都市が広がっている。どっかで現代の知識を入れ知恵している奴でもいるのかな? と思わせる程度には綺麗に整備されている様に思えた。
ただ、空から見る限り城壁が存在しているのがやはり
ともあれ、
優雅な共和国への旅はリアルでほぼ二日、ゲーム内で五日かかった。
やはり旅行者・異邦人に対する猜疑の視線は強く、首都に入るのにチェックするだけで十数分も時間を必要としてしまった。とはいえ、錬金術師ギルドからのお墨付きを確認してからはこういうチェックも早く通る様になった―――やはり、社会的に何らかの立場を保証されている、というのは強い。
そうやって、漸く首都に入る事が出来た。
「流石共和国首都、戦時であっても華やかですね」
「きゅおん」
「じゅっ!」
すぐ隣にトワとその上にセワスチアンを乗せた状態のまま、ラステンに入ってすぐの大通りから、そこに広がる光景を眺めながら頷く。
「やはりルーゼンやクルシュワとは違いますね」
こうやって眺めているだけで多様な種族が歩き回っているのが見える。自分と同じ純人種は当然ながら、細身で耳が特徴的なエルフ、背が低いが頑強なドワーフ、獣の特徴を兼ね備えた獣人も見える他、体が甲殻に覆われている緑色の体をしている蟲人までもが堂々と歩いているのが見える。
「体が岩で出来ているんでしょうかアレは……?」
ゴーレムかと思ったら肌が岩になっている生物が服を着て友と笑い合いながら歩いている姿を目撃する。見た事もない種族だ。なんという種族なのだろう? というか生物なのか、アレは? やって来ていきなり面白そうなものにエンカウントできた。
だけど共和国首都には大学が存在する。そこの図書館で調べものや本の並びを確認したいのも事実だ。
「うーん、贅沢ですねぇ」
戦闘職ではないので、戦争に参加する意義も意味もない。こうやって出来上がった時間に自由に研究を行えるのが求道系プレイの醍醐味だと思う。まぁ、それはともあれ、最初に向かうべき場所は決まっている。
錬金術師のギルド・ラステン支部だ。絶対中立のギルド関連の施設はどの国にでもあるし、既にここにあるのも確認済みだ。とりあえずはギルドに顔を出さなければ何も始まらない。
そういう事で首都の街並みを堪能する様に歩く。
がやはりチラチラと武装した共和国兵士が警邏しているのが目立つ。確認するような視線を常に向けている辺り、雰囲気はどこか和やかに見えても、警戒態勢中である事実は一切の変わりがなかった。
あまり、寄り道とかを考えずに移動した方がいいかもしれない、と雰囲気を察しながら判断する。ここで観光をするのは現地で身分を保証される様になってからにしよう。そう決めて、
特に迷う事無くマップを見ながら錬金術師のギルドへと到着した。
「おぉ、でかいでかい」
流石首都のギルドともなればかなりのサイズとなってくる。ルーゼンのそれよりももっと大きい。クルシュワのギルドもそれなりの大きさがあったが、サイズで言えばおそらくはここが一番だろう。流石にトワを出したままだと迷惑になるだろうから、一旦霊体化させ、セワスチアンもマントのフードの中に入れておく。
扉を抜けて中に入る。
意外と人は多かった。とはいえ、ルーゼンと比べると減る。そして美男美女率の低さは……異邦人の少なさを証明する。つまりここにいるギルド員はほとんどがNPCなのだろう。ちらり、と此方へと視線を向けてはひそひそ話する様な気配を感じる。
『人気者ですねマスター』
「この溢れるイケメン力を隠せないのは仕方がありませんね」
『マスターはイケメンというよりイケゲスな気がする』
自分でも結構そう思う。でもそれをはっきりと言ってしまうのは間違っている様な気もしないでもないので、後でおしおきでもしておこう。そうしよう。心の中でその未来を確定した所で、ギルド内を進み、一番空いているカウンターに適当に近づく。列に加わって順番が来るのを待つ。
数分で此方の番がやってくる。
カウンターに居たのはギルド職員の制服姿の受付嬢だった。ファンタジー特有の桃色の髪色をした女性はニコリ、と笑みを浮かべながら口を開いた。
「上級錬金術師のマスター様ですね、ようこそ
「これはどうも」
名前や容姿を知られていたことに驚きはない。ギルドにはそこそこ貢献しているし、何よりもプレイヤーではトップの錬金術師だ。ギルドには横のつながりがあるのだし、事前に動きやすい様に連絡を他の支部に入れてくれているのだろう。流石上級ともなると対応が良い。
大変満足である。
「《ウィスパー》……あ、はい、風の結界でちょっと声が漏れないようにしました。他人に知られても対応が面倒ですので。それでは恐らく目的であるラステン支部保有の禁足地の説明をさせて貰います」
「お願いします」
言葉を返せばはい、と受付嬢が説明に入る。
「ここ、ラステン支部で管理している禁足地は大まかに分けて二部に分かれているエリアとなります。過去の探索から発見されたエリアの名称は《宇宙ステーション》と《軌道エレベーター》になります」
「世界観が違いますねぇ……」
実にSF染みているなぁ、と苦笑する。だが既にエネミーでロボット型が存在するし、そうじゃなくても帝国では量産体制に入っている。ディーヴァを見れば機械によるディストピア社会が構築されていた時代も存在していた……そう考えれば、その時代から残されていた遺物だと思えば納得できるかもしれない。
「当支部に設置してある扉からは《軌道ステーション第500階・休憩室》に繋がっています。そこから上へと目指し、最上階から《宇宙ステーション》へと乗り込む事が可能です」
「やはり世界観違いますね」
「まぁ、この世界は時々不自然なオブジェクトとか転がっている時がありますから……ちなみに現在でも機能は生きています。そして周囲の大地を削りながら鉄を生成し、それで機械の修復や兵の生産を行っています。そしてここから先の情報は有料となります」
「全部買いましょう」
「はい、毎度ありがとうございます。あぁ、後外で宿を取るのも面倒でしょうからアトリエを一つ自由に貸し出しますので、自由に扉を使ってください」
サービスが地味に嬉しい。だけど相手からすれば将来有望な錬金術師なのだ、印象を良くしておく思惑があるのだろう。実際、助かっているし何も文句はない。受付嬢からここの禁足地に関する情報を購入し、受付嬢から情報を纏めた資料を貰う。やっぱり、事前に用意されていたらしい。理解されている感じがちょっと悔しい。
「ではアトリエの方は6番アトリエになります」
「どうも、ではまた後で来ますね」
「はい、それではまたのご利用をお待ちしておりますね」
ここで確認せず、ゆっくりと確認する為に話終わったら切り上げ、ギルドの奥の方、貸し出しアトリエの方へと向かう。
インベントリから《空の鍵》を取り出し、それをアトリエの扉の鍵穴に差し込み、鍵を開けて扉を開けた。
その向こう側には見慣れた、自分のアトリエが広がっていた。
「……」
扉を開けた先が繋がっている空間、それが出来てしまった事に軽く感動を覚えつつ、他の誰かに追いかけられない様に扉を抜けて閉めた。鍵はインベントリには戻さない。鍵が扉から離れ過ぎてしまうと、二番目の扉を忘れてしまうからだ。だからアトリエの扉の横に設置した鍵を置く為の台に鍵を乗せ、
自分のアトリエの椅子に座る。
「はぁ―――数日かかった距離を一瞬で越えられてしまった……」
空間を超えた瞬間、妙な感覚はあった。だが何か特別な動きがあった様には見えなかった。まるで原理が理解できない。それでも、自分はテレポート染みた事を、自分の能力だけで達成する事に成功したのだ。数日という距離を一瞬で乗り越える事が出来た。胸に満ちる達成感を感じながらラステンのギルドで受け取った禁足地の情報を見る。
前半部分は《軌道エレベーター》になる。
雲を突き抜けて直立する成層圏を抜けて宇宙へと繋がる為の建造物。前時代の遺物であり、そしてその時代からの指令によって運営されており狂ったロボットたちが無限に生産と破壊を繰り返している場所でもある。ロボットたちの目的は警備であり、《宇宙ステーション》への人類の侵入を阻止する事らしく、《軌道ステーション》そのものにはあまり、うまみと言える部分は少ないらしい。
酸素の供給機能は壊れているらしく、上へと上がれば上がる程当然の様に酸素が薄くなって行く為、自前で酸素を確保する手段が必須になる。また所々破壊されており、外壁が剥がれていたり、フロアが20フロア分崩壊している事が原因で外からの熱や冷気に晒されている部分がある為、常に快適な温度や環境を保つ為の技術も必要になる。
外壁部分にはレーザー砲塔等が無数に存在する他、飛行するロボットが常に飛び回って警備を行っているために、中を登って行くルートが一番安全とされている。
重要なのはこれを抜けた先、宇宙に浮かぶ《宇宙ステーション》へと繋がっている所であり、そこではメテオライトを採掘、採取、生成する為の希少施設が存在する事である。それ以外にも星の影響が非常に薄い為、地上では空間エーテルの比率の問題で錬成を行おうとすれば汚染現象が発生し、作成できない様な錬成品であっても《宇宙ステーション》という環境であれば、地上や星の影響を受けずに研究、錬成する事が可能という事実だ。
その為、
なんとも、まぁ、言葉も出ない話だった。だけど重力の影響、地上の影響を受けない環境というのは実に興味を湧かせる環境だ。確かに地上で錬金術を行うと常に地上の物理法則に縛られる部分がある。宇宙で作業を行えばその制限から解放されると考えると実に面白い。
『んー……?』
アトリエの机に纏めた情報を広げて確認していると、霊体化していたディーヴァが後ろから覗き込む様に唸っていた。
「どうした駄肉」
『駄肉……』
そう呼ばれたディーヴァがちょっとだけしょぼん、とした表情を浮かべたが、その次に爆弾発言を放った。
『いえ、
「懐かしい?」
資料から顔を持ち上げ、視線をディーヴァへと向けて、それが一体どういう意味なのかをディーヴァへと問うてみる。それを受けたディーヴァはいや、と言葉を置いた。
『
とんでもない発言を口にしていた。えぇ、と声を零す中で、ディーヴァが懐かしそうに笑う。
『実に懐かしいわね。今は宇宙ステーションになっているけど、その前は《支配者》に保有されていた軌道兵器だったのよね。光の属性を重力によって集光させ、それを熱と光のエネルギーに変換し、重力レンズで方向を捻じ曲げる事によって地上を薙ぎ払う事の出来る兵器だったのよ。これがある限り地上で安全に拠点が構築できないから無力化したのよね』
「お前の生前が気になるわ」
最近、若干影が薄かったディーヴァが思わぬジョーカーとして輝いた。だがそう言えばナイトやマーダーの様な神話出身ではなく、機械・科学文明出身の英霊だったな、とディーヴァの事を思い出す。こいつだけ出現する時代の背景が違うのだ。
『マスター、喜んでいいわよ。ここなら私がハッキングである程度警備とか無力化出来るわ。当時からセキュリティが変わっていない前提だけど、ある程度施設を復旧できるかも』
「マジか」
『マジよ』
「マジかぁ……」
『マスターのそのこいつそんな事出来たのかって表情が地味に傷つく。私、別に椅子になる事だけが特技じゃないのよ……?』
それ、何時の間に特技になってたの? と思いつつ、これは思わぬ朗報だった。禁足地という環境の殺意の高さに関しては地味に良く理解している。特に深海とか酸素を確保した上で、水圧による死をどうにかしなくてはならなかったからだ。宇宙に近づくという事を考えたら今回もまた、かなり難易度の高い環境に挑む事になる。
その中、攻略経験のある存在を味方につけているというのは非常に助かる事でもある。
『懐かしいわねぇ。結界技能持ちに空間を安定させて温度とかの変化には対応し、全員フルフェイス型のガスマスク装着して酸素を維持してたのよねー。20人ぐらい死んだわね……まぁ、今では私も死んでるけど!』
「英霊ジョーク」
やっぱ脳味噌が物理的に存在しないとこういう風になってしまうのだろうか。まぁ、それはともあれ、まさか手持ちの駒が禁足地に関する突入経験があるとは思わなかった。これは大きな助けになる。なにせ、初見殺しがある程度ディーヴァの経験のおかげで緩和できるという事になるのだから。これほど良い事はない。
心の中でちょっとディーヴァの評価を上げておく。
「じゃあ、どんな準備をすればいいか、解るか?」
『まず第一にメカニックとハッカーの確保ね。隔壁とかセキュリティキーが必要な個所が結構あるのよね。だからメカニックかハッカーが居れば態々IDを取得する為に機械兵を襲う必要もなくなるわ……まぁ、これは私が出来るから問題ないわ。少しは待遇を良くしてもいいのよ……?』
「結果次第でな。それで?」
『職場が辛い……。後は生存領域の確保ね。つまりは酸素の確保と寒暖対策よ。後段々と重力が弱まっていく事が原因で
「減る?」
うん、とディーヴァが頷いた。
『原理は解らないけど星から離れれば離れる程、酸素みたいにエーテルが薄くなって行くのよ。だから魔術師とかテクノマンサーとか、固形化したエーテルの塊を事前に用意して、術等を使う時はそれを分解する事でリソースを確保していたわ』
「空間にエーテルは満たせないのか?」
その言葉にディーヴァはさぁ? と答えた。
『なんか解らないけど同僚は軌道エレベーターに居る間、というか重力が届く範囲では
となると、エーテルもまた物質として重力の影響を受けるのか? 或いは引力の影響を受けるのだろうか? 物質化していれば問題はないらしいが、それでも《軌道エレベーター》を登って行けば登って行くほど、魔術などに関する能力が使えなくなってくるというのは地味に、錬金術師としては致命的だ。環境にある物質を分解してエーテルに変換する事も可能だが、
地上数千メートルという環境でそんな事を行って、万が一破壊してしまった場合……とてもじゃないが、恐ろし過ぎてそんな事は出来ない。
となるとディーヴァの言う通り、エーテルを固形化して持ち込むのがベストだろう。下級の錬金レシピにエーテル結晶の作成が存在していた筈だ。禁足地に挑むときはそれを大量に用意しておく必要があるかもしれない。
『でも、まぁ、一番辛いのはステーション内部でしょうけどね。宇宙空間にはなんかエーテルが存在しないとか、エーテルが超希薄だからエーテルに作用する力は極限まで削減されるらしいわ。本来の効果を発揮するには大量のエーテルと魔力が必要になるから道中で消耗してたら何もできなくなるとか』
「……ふむ」
ディーヴァから伝えられる情報はギルドの資料に載っていない物も多かった。少なくとも資料通りの対策を行った所で死亡する事はないだろうが、凄まじい不便さに頭を悩ませ、その対策をする為に何度か出入りしながら頭を悩ませる必要があっただろう。だがディーヴァのおかげでその悩みが割と解決される。事前に環境の情報を実際に突入した経験から語れるのは、重要な事だ。
「話を聞いて最初はウチだけで出来るかなぁ、と思ったけど……無理だな、これ」
『うん、正直戦闘を全部私達に任せれば突破出来ても、ステーションの方で枯渇して何も出来なくなると思うわよ』
ディーヴァの言葉に頷いた。まさか空を上がれば上がるほどそんなデメリットが存在するとは思いもしなかった……いや、兆候はあった。深海探索の時に、異常なほどの海の属性を感じていた。アレは環境故の特殊な状況で増幅されていると思ったが、違ったのだ。純粋に圧縮され、重力によって押し潰され、そしてプレッシャーがかかった状態で積み重ねられた海の属性が重くなっていたのだ。
だから上へと上がれば海の属性が減り、空へと上がればエーテルという概念そのものが希薄になる。
全く知らなかった事でもあった……どうやら、場所や地上であるか否かで法則も変動するらしい。というか宇宙空間までちゃんとジェネレートしてある辺り、本当に変態的であると表現さえ出来る。
しかし、幾つか問題が見えてきた。
酸素、環境安定に関しては問題ない。酸素はそれを確保するアイテムが作れる。此方の方は深海探索用に色々と調べたし、不採用だったが、それでも使えそうなものは頭にインプットしてある。環境安定に関しては自分の操作技術でどうとでもなる。魔力回復用のポーションとエーテル結晶を大量に持ち込んで、それを使いつつ自分の周りを整えればいい。
問題は戦闘周りだ。ある程度ディーヴァがハッキングして戦闘回避できるとしても、それでもエンカウントする時はする。
「実体化に使うのは俺の魔力で、魔力はエーテルを取り込む事で変換して生み出している……つまりお前らの運用と維持は普段であれば自然回復分で賄える程度でも……」
『エーテルが薄い環境では維持が難しいでしょう』
『マスター、最初から最後まで歌姫を出す事を考えれば、我々は出さない方が宜しいかと』
「となるとまた誰かをアタックに誘う必要があるなぁ」
アイザックかゴエモン。たぶん誘えば普通にやってくるだろうなぁ、とは思っている。とはいえ、同じ面子でアタックするのは安定するものの、ネットゲームとしては落第的な行動だよなぁ、と思う。
新しいメンバーを発掘する事にもまた、愉しみがあるんじゃないか? とは思いつつもある。それに見た事のないスキルを使っている相手とかであれば、それだけで勉強や新しいアイデアの種にもなる。そう考えると同じ仲間ばかりではなく、新しい人と一緒にアタックに挑戦するのも悪くはないだろう。
「物理系だな……」
必要な人材があるとすれば物理アタッカーだろう。構造は覚えていないが、マップを抜き出す事は可能だ、とディーヴァが言っている。それに攻略経験がある上、機械兵を相手にするのはなれているとも。それを考えればスカウトはディーヴァに任せられる。だが問題なのは物理的な攻撃手段だ。
相手が機械であり、環境的に魔力の消耗をなるべく抑えなくてはならない場所なのだから、魔力に頼らない物理アタッカーが理想的だ。出来ればレベルが自分よりも上の現地人が理想的だ。まぁ、おそらくは無理だからプレイヤーを雇う事になるだろうが。
「うーん、楽しくなってきた」
にやり、と笑みを浮かべながらギルドで受け取った新しいレシピを確認する。メテオライトを使用したルーゼンのとはまた別方向の錬成品が載せられていた。これのどれを作ろうか、どれが自分の為になるだろうか、どうやって攻略しようか。どんな出会いがあるのだろうか。
そんな事を考えると楽しくなってくる。あぁ、だが禁足地だけじゃなくて大学もあった筈だ。そっちも見に行きたい。そう考えるとやりたい事がたくさんあって実に困る。あぁ、だがそろそろスキル技能も成長させなくてはならない。SPもそう考えると確保しておかなければならない。
しばらく、飽きる事はなさそうだと小さく笑った。
成長なし。
当初は目立たずに好き勝手出来れば良かった程度だけど、段々とゲーマーらしく目立つのが楽しくなってくる。
ネトゲはしばらく遊んで強くなってくると自尊心というか俺は強くなったぞ! というのを感じ取る為に態々初心者エリアに行って初心者のお助けとかをし始めるが、眼鏡の場合は動画活動などはそれに該当してたり。
ちやほやされるのが楽しくなってきているのだ。あるある話。
次回は仲間探しと大学探索かなぁ……。