「お久しぶりです、百武提督。本日の演習、よろしくお願いしますね」
「……」
誰こいつ。
本日は待ちに待った、彼との演習、そして再会の日。運命の一日。
そのはずが。
そのはず、が。
もう一度、誰こいつ。
「あ、あのー……」
「……」
演習前の挨拶、私の目の前にいるべきは彼のはずだ。
だが目の前には美少女。そう、美少女だ。
その顔立ちで、『その可能性』について既に気づいている、というより確信はしているのだが脳が理解を拒否している。
小柄で愛らしい、まさに正統派というべき美少女。
墨を流したような艶やかな黒髪を肩の辺りまで伸ばし、自身の顔立ちに合わせた完璧なメイク、小ぶりだが形のいい胸。その身は私と同じ白の軍服に包まれている。仕草もいちいち女性らしいく、無性に庇護欲をそそる。男なら誰もが振り返るだろう。そして、『事実』を知れば驚愕するだろう。
「……もしかして私のこと、山科中佐から聞いていません?」
『彼』は、非常に困ったように尋ねた。
◇
「へっぷし!」
海軍本部の執務室。一人、盛大にくしゃみをする。最近寒くなったしな。
ストーブに火を入れる。
深海棲艦による海上封鎖によって物資の不足から燃料も節約が求められて久しかったが佐世保に続き、舞鶴の活躍によってある程度の緩和が始まっている。今までならストーブ一つ使うのにも気が咎められていたが、舞鶴様々だ。
そういえば、その舞鶴と呉の演習は今日だったか。結果は私の元にも届くことになっているが、どうなることやら。呉のあいつは先に卒業をしたが元は同期。前回大敗したものの、舞鶴の錬度もかなり向上した。結果はどちらに転ぶか予測しかねた。
「……あ」
あー。
この間何か忘れている、と思ったらあれだ。思い出した。
呉のあいつ、有馬 望少佐は女装をしている。
それを舞鶴の提督、百武に伝えるのを忘れていた。横須賀や佐世保のには以前の大規模作戦時に教えていたものだから、すっかり忘れていた。いかんいかん。
まぁもう会ってる頃合だし本人から説明するだろ。
艦娘の情動変化の問題。
それは百武という例外を除き、男性との接触により起こる可能性が高いと論じられていた。
しかし、呉の先任提督が引退し新たな提督を着任させるに当たり様々な力関係が絶妙に噛み合い、彼、有馬 望が後任の提督となることになったのだ。
その理由は適任となる人材の不足。そして海軍内で未だ大きな派閥である有馬派と呼ばれる連中の要望。エトセトラエトセトラ。しかし、そのまま着任させれば例の事件の二の舞となりかねない。そこで、あの爺……海軍大将、私の上司がある提案をしたのだ。
女装させてしまえば、男と認識されなければ情動変化を避けられるのではないか、と。
正直アホだと思った。ボケたのかと思った。しかしその案は通った。今でも信じられん。
かくして有馬は私の指導の下、女性としての所作や化粧などを学び着任。女装して。
自前の髪が伸びたことから今までつけていたウィッグは外すようになった、とこの間言っていたが胸はパッドだ。笑える。
百武は有馬の卒業後会うのは初めてだから面食らっているだろう、その愉快な様子を見れなかったのは残念だ。
まぁ、どうでもいい。
仕事に戻る。今日も書類の山はアルプス山脈を築いている。
◇
「と、いうことで……」
「……ソウデスカ」
応接室には私と彼……彼? の二人。そこで彼が女装している理由、その一通りを聞いた。
目の前に座る彼は、改めて観察しても美少女にしか見えない。正直、嫉妬を覚える程。理由を聞いたというのに未だに納得が出来ない。怒りがふつふつと込み上げてくる。
だって、こんなのって。
今日は朝四時に起きて仕度をしたのだ。彼を通すこの応接室の掃除から始まり、お風呂に入って入念に肌と髪の手入れをして何回もお化粧をやりなおした。お洒落もしたかったが軍服なのでせめてもと新品のシャツを下ろし靴もしっかり磨き、思いつくことは全てした。全て彼との再会、その時の為。
その彼が、目の前の美少女。何それ。
理由を聞いたことでこれが彼の趣味ではないことは安心したが、心境は複雑だ。未だ納得出来ないことが拍車をかけている。発案した奴をぶん殴ってやりたい。アホか。
「えーと、その……困惑されるのも分かります。ですが、本日の再戦、『僕』は楽しみにしていました」
「――っ」
『彼』の、言葉。偽らざる生身の。
前回の演習はたった二人の艦娘を送った癖に全力で挑め、という侮りを感じさせる内容であったことは山科少佐の命であったこと。ある任務の為、演習へ送れる数が足りなかったという事情があったにもせよ、失礼をしたことを謝罪される。そして何より。
私の、舞鶴の活躍によって大陸側の海上輸送が安定し始めている、それに対し敬意を表しますと。
――見ていて、くれていたんだ。目頭が熱くなる。必死に堪える。
ああ、やはり彼だ。私の大好きな彼だ。姿形を偽っていても、変わらなかった。訓練学校時代の、私の憧れ、恋焦がれた彼のまま。
「……ありがとう、ございます」
必死に平静を保つ。
今日、彼に勝てたのならば。彼に直接、磨いた私を見てもらえたのならば。
告白しよう。
◇
「……北上さーん、顔、やばいですぞ顔」
「うん、何か凄く嫌な予感がね。今日はマジでやるよ、漣」
今やばい顔になってた北上さんが真顔になる。普段基本的に抜けているというか、力の入ることのない表情が引き締まっている。珍しい。
舞鶴鎮守府の港、その近くにある倉庫にて艤装の準備を進めている。全弾演習用ペイント弾、魚雷も演習用の弾頭へ。他の面子も同じく妖精さん達と準備中。
こちらの面子は私、雪風、北上さん、神通さん、長門さん、瑞鶴さん。
前回と違いフルメンバー、それも呉鎮守府の高錬度、経験豊富な艦娘ばかりだ。北上さんは妙にやる気あるし瑞鶴さんの艦載機も最新鋭機揃い、ご主人様はどうも負けず嫌いな所があるが、やり過ぎな気もする。
前回は向こうの慢心もあったし、自慢じゃないが指輪持ちの私と北上さんは強い。だから勝てた。いくら実戦を重ね錬度が上がったとはいえこの短期間で精強、呉の全力に対抗し得るのだろうか?
「訓示でご主人様も気を抜くなと言ってたけど……」
「そうですね。過剰な戦力だと思いますが」
神通さんが言葉を挟む。『鬼』の神通。数少ない二つ名持ちの艦娘だ。高錬度、そしてその実力が認められた艦娘が持つ二つ名。百を優に超える艦娘達、その中で十指に満たない数しか持たないそれを持つ者が今回この面子に三人も含まれている。私もその一人だ。
実力も、装備も、そして何より私達が信頼しているご主人様の指揮。何から何まで過剰だろう。
「甘いよ、『鬼』」
――『蛇』。最後の一人、北上さんがニヒルな笑みを浮かべながら言う。
「恋する乙女は無敵なんだ」
◇
演習開始三十分前。いよいよ、始まる。
今回演習に参加する艦娘達。私が考えに考えた編成、その彼女達が私の前で一列に居並ぶ。演習前の訓示を行う為に集まってもらったのだ。
「皆さん、準備は整っていますか」
旗艦、金剛。続いて、比叡、榛名、霧島。
空母、飛龍、蒼龍。
今回の演習は互いの編成を直前まで告知されず、遭遇戦を想定して行われる。例の鬼級のことがあったので、その訓練としての意味合いもあるのだろう。だから編成には非常に悩んだ。
彼の呉鎮守府には数の少ない潜水艦の艦娘が着任している。
潜水艦は戦艦や空母では対応が難しく、非常に厄介な存在だ。一人いるだけでも水面下に警戒をしなければならず、対策をするなら対潜爆雷が可能な軽巡や駆逐を投入する必要がある。
そんないるだけで有利になる潜水艦は投入可能なら今回の編成最大数、貴重な六枠の内一つを使ってでも投入する。それが道理だ、それが効果的だ。必ず相手は潜水艦を編成してくる。だから、全体の火力を落としてでも軽巡か駆逐を投入する。
そう、思う。思わせる。
そう思わせて、敢えて潜水艦は使わず他の戦力を充実させる。そうして潜水艦対策に火力を落とした相手を充実した対水上、対空戦力で圧倒する。それが、彼の作戦だ。訓練学校時代の資料を読み漁り、気づいた彼の手管、その癖。法則。
予測させてもらった。賭けには、まずは勝てた。
相手の編成表をつい先ほど見た時、勝利への道筋が通ったことを確信した。こちらの編成は裏の裏。邪道とされるかもしれないが、賭けをさせてもらった。
戦艦四人に正規空母二人。対潜は全く考慮しない編成だ。もし、潜水艦を投入されていれば、それも旗艦に据えられていれば勝ち目はなかっただろう。ただ、水上での火力だけはどんな編成よりもある。
そして彼の編成は火力を保持しつつも各艦種をバランスよく配した形だ。悪く言えば器用貧乏、こちらの編成ならば押し切ることが出来る。前回大敗した金剛達四人だが、彼女達の錬度も上がっている。前のように振り回されることも、ない。
「前回、私達は彼女達に負けました」
金剛達の顔が悔しげなものになる。私も、同じだ。
「私の侮り、慢心、未熟。あの日から、私は改め続けてきました」
勝利の後、その覚悟については今は蓋をしよう。
「皆さんも同じであると、私は信じています。ですから」
居並ぶ私の艦娘達を見渡す。
「証明しましょう。私達が、強くなったと」
誓うように。
「必ず、勝ちます」
私の、運命の一戦が始まる。