そして。
いよいよ、演習が開始される。
私と彼は鎮守府の地下、作戦室へ。こちらには通信機や海図が用意されており、各艦娘への通信、指揮が可能となっている。通信機操作はどちらも秘書艦が演習に参加している為、あきつ丸にお願いした。
必要最低限の照明で薄暗い作戦室、時計の針を見守る。
「演習開始前、五、四、三、二、一――」
今、であります。とのあきつ丸の声にサイレンが重なる。
「――報告ッ!」
違う。この重く響くサイレンは、演習開始を告げる物とは別だ。
短く叫び、報告を促す。
「舞鶴鎮守府に接近する航空機部隊を確認ッ! 総数計測中!」
「演習中止! 迎撃は!?」
内心舌打ちしながら状況を確認する。演習中で手薄になる防衛を補填する為、佐世保からも何人か艦娘が来て警戒を行ってくれているが、数が少なく貴重な空母は来ていない。そして舞鶴所属の空母は全機演習弾装備。対空戦闘は行えても制空はしようがない。
全力での演習が、こんな形で裏目に出るだなんて。
愚痴っていても仕方がない。とにかく、演習用装備の艦を下がらせないと。
「……百武提督、こちらの長門、北上、漣を前面に置きます。雪風、神通を護衛につけますので、そちらの艦隊は瑞鶴と共に後退し換装を」
「っ……ご配慮、感謝いたします」
彼の判断は的確だ。
敵航空機の侵攻ルート、距離、速度を考えればどうしても足止めが必要となる。
各艦娘の装備や練度も編成表に記されていたが、長門は対空用の三式弾、高射装置装備。そして北上、漣の両名はこの場にいる誰よりも練度が高い。いわゆる、ケッコンカッコカリという性能限界突破を成している。特に長門の装備する三式弾は、演習用であっても装甲の薄い航空機相手ならば充分な威力がある。
『提督、ワタシ達も残るヨ』
通信機を介して金剛が声を上げる。ごめんなさい。否。
「ありがとう、金剛。飛龍、蒼龍は可能な限り迅速に後退、装備換装を急いで下さい」
彼の艦隊は演習の為にこちらに来ているだけの外様だ。戦力を合理的に判断すれば確かに彼の差配に従うべきだろうが、それでは私の名が廃る。それ自体は部下を無駄に傷つけるのと比べれば欠片の価値もないことだが、金剛の言葉が素直に嬉しかった。だから。
「あきつ丸」
「はッ」
「貴女は陸軍からの出向の身である為、一応は私の指揮下でありながらも強制はできませんが……」
「このあきつ丸、閣下より提督殿の身をお護りするよう命じられております。出ます」
「……お願いします」
短く告げると、敬礼の後にあきつ丸は床を強く蹴って駆け出した。先ほどから感謝しっぱなしだ。
彼が通信機の操作を申し出てくれる。進言の他はここの主であり、後任とはいえ同じ階級の私が指揮すべきということらしい。望むところだ。
「――総員、対空戦闘用意ッ!」
◇
「……がくぶる」
「棒読みだねぇ、漣」
「ふっ、頼もしいことだ」
雲霞の如く蒼空を蝕む無数の黒点。その数に震えたつもりなのだがこの『蛇』と脳筋は冗談と取ったようだ。いや割とマジですよ? 弾全部ペイント弾ですからね、私達?
ご主人様の鬼畜っぷりには困ったものだ、脳筋の長門さんやそれを盾にしてでも生き残りそうな北上さんはともかく、私はか弱い駆逐艦なんですどねぇ。
ま、あの人は出来ない人には命令しない人だ。やってやりましょうかねー。
私達の右側、片翼を担当する金剛型の四人もやる気だ。少なくとも私よりはびびっていない。
北上さんと私でボコった時に比べて、随分と逞しくなったものだ。
余所見していたらそろそろ長門さんの有効射程距離。
唯一対空が有効そうな長門さんを守るのが今のお仕事。そうして時間を稼げば、退かせた空母達が実戦用装備に換装して押し返してくれる。信じるしかない。
「漣もたまには真面目にお仕事お仕事、ですかね!」
虫の羽音のような、それでいてとてもつもなく大きく、無数の飛翔音。深海棲艦の航空機、その群れを前にして気合を入れる。実戦は久しぶりだ。
一機でも多く、引き付けなければならない。一発でも多く、撃たせねばならない。
頼みの砲はペイント弾入りの玩具だ、だが注意を引くくらいには使える。
早く来てよ、空母様!
◇
「事実なのか!」
「……耳の早いことじゃのう」
帝都、海軍本部。
そこは鎮守府への空襲という最悪の事態で蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
次々と報告を入れたり、指示を乞うたりする者が出入りを続ける一室。海軍大将の執務室、そのドアを一際激しく破る勢いで開くと同時、声を上げる。俺の入室を制止しようとした若い海軍の士官は腰にしがみついたままだ。煩わしい、と振い落す。
「あきつ丸から聞いた」
「やれやれ……」
海軍大将、その老年の男はこちらに視線をやると軽く溜息をつく。
普段は飄々としているこいつが珍しく疲れを見せる。どうも、よくない状況なのは確かなようだ。
「……増援は」
「佐世保、呉から既に一部を動かしておる。間に合わぬが、な」
「飛燕を出す」
男の目が大きく見開く。ふん、長い付き合いだがこいつに動揺を与えたのはこれが初めてか。
飛燕。正式名称、三式戦闘機。陸軍で開発された妖精用の戦闘機だ。これまで妖精が駆り深海棲艦に対抗し得る戦闘機は、全て艦娘を介した艦載機しか開発できなかった。その艦載機を陸が長年の研究によって陸上から離陸、運用可能にしたのがこの飛燕だ。
陸軍にとってはまさに切り札、あきつ丸と同じく陸軍に光明を齎す存在だ。それを、使う。
「ううむ……」
断れまい。これまで陸は海に借りを作りっぱなし、この程度では貸し一つにもなるまい。しかも、漸く軌道に乗り始めた舞鶴を失うことは痛打となる。安い買い物、使い得。それくらいの算盤は出来る男だ。だからこそ今の椅子に座っている。
「構わんのか。そも、可能か」
俺の立場を以ってしても、横槍は厳しいものとなるだろう。あきつ丸出向の際もかなり揉めた。
だが。
「陸には、俺の娘のファンが多くてね」
「親馬鹿じゃのう」
言っていろ。これでまた、我が娘との見合いを所望する輩が機を得たと万来するだろう。
そちらの断りをどうするかの方に大きく頭を悩ませながら、手配の為急ぎ部屋を後にした。
◇
「前面部隊、接敵。対空戦闘開始」
「了解です。時間稼ぎが本分です、どうか」
無理を、しないで。
通信機を操る彼の言葉。応える私の続く言葉を手で制される。安心をくれる、優しい微笑み。
「大丈夫。君も、君の艦隊も優秀だから。必ず、守り切れる」
ああ。
湧き上がる、温かいモノを必死に心の中に縫い留め、仕舞い込む。今は、ダメなのに。
今すぐ大好きだと伝えたくなる。抱き着きたくなる。認めて、くれた。ダメだ、今この心を晒せば嫌われてしまう。何より、今もなお前面に立つ彼女たちに合わす顔がなくなる。だから。
「はい。必ず、守り切りましょう」
そう決意を新たにした瞬間。
爆音、振動。
天井が軋みを上げて粉塵が零れ落ちる。爆撃が開始されたのだ。
……え? 揺れている。爆音が響く。ここ、に。
「……漣、確かなんだね? ――百武提督」
通信機で指揮下の艦娘に何かの確認、その念押しをしていた彼が報告を上げる。
――敵航空機部隊は、前面部隊を無視し鎮守府設備に殺到しているらしい。
ありえない。
深海棲艦の攻撃目標は海上、海中の物に限定されてきた。過去にあった横須賀への襲撃で攻撃も海上、せいぜいが沿岸部の設備までだ。理由については解明されていないが、これまで陸上施設である鎮守府自体が攻撃を受けたことはない。海上にあるモノ、特に艦娘にまるで執着するかのように攻撃を加えるのが、奴ら、深海棲艦だったはずだ。
今回の演習を狙い澄ましたかのようなタイミング、そして敵航空機部隊の動き。
明らかな、作為を感じる。報告書にあった例の鬼級深海棲艦のことが、今回の空襲に重なる。あの鬼級は、空母型だった。まさか。
「観測によると鎮守府本館、弾薬庫を始めとした倉庫群に空爆は集中しているそうです」
「……後退中の部隊は地下弾薬庫へ。時間はかかりますが、こちらで換装するしかありません」
やはり、敵は狙ってやっている。指揮系統を司る本館、執務室や地下の作戦室があるここと重要な装備、物資が保管される倉庫を狙い撃ち。これが偶然な訳がない。とにかく、このままでは不味い。
最悪のタイミングを狙われ、こちらの手札は僅か。この地下の作戦室も、このまま飽和爆撃を加えられ続ければ何時まで持つか分かったものではない。
先ほどから震動は続き、執拗な爆撃は中断される気配がない。まさか、私達がここにいるのを知っているというでも言うのだろうか。だとすれば、敵はどれほどこちらについて情報を得ているのか。
司令官は、最悪を、その上をも考えねばならない。
「有馬提督、脱出の用意を。ここは、私が残ります」
「いえ、まだ――百武ッ!」
え。
訓練学校時代以来。初めて、名前で――。
そんな場違いな私の感想は、一際大きな揺れ、爆音と共に崩れ落ちる莫大なコンクリートの塊で押し潰された。
◇
「まさか、初の実戦が陸の上、とは」
空には雲霞の如く敵航空機の群れ。爆撃に揺れる大地、爆音で自身の発した声すら碌に聞こえない中、一人呟く。
――背負った艤装が、滑らかに稼動する。
「海のはまだ換装に手間取っておるようでありますな。ならば、孤軍奮闘という奴でありますか」
――背の艤装に据えられた巻物が展開、自身を包み回り込むように左側から伸びていく。表面には、精巧な甲板が描かれている。
「一番、烈風改。二番、三番烈風六○一。たった、二十四機ではありますが」
――右掌、その上に載せた小さな灯篭、走馬灯が朧な光を宿し始動、回転を始める。その光に照らされて影達が、浮かび上がる。
「この自分が海軍の艦載機を……はッ」
――鉄像鬼召喚装置と記された巻物に、走馬灯から映された影達が載って走り出す。
「まるで空母でありますな……さあ、烈風共。出番であります」
――走り出した影達は、巻物に描かれた飛行甲板から離れた瞬間、実体を具現化した。
濃緑色の戦闘機達が、次々と甲板を駆け空へ翔け昇って行く。
鉄像鬼、巻物に記されたこの文字は西洋の怪物を象った雨樋、ガーゴイルを表したものだという。今、天から雨霰と爆弾を降り注ぐ連中を駆逐し、護るべきものから追い払うのがこの艤装であることはあまりにも出来すぎに思えた。その名の如く、この豪雨を遮って見せよう。
「何であろうと。何を使おうと。護って、みせるであります」