※この作品はR-18です。

乙女提督が着任しました。   作:蒼樹物書

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【4】

 「ご馳走様でした」

 

 朝の一杯。秘書艦、金剛の手で淹れられた紅茶をゆっくりと愉しみカップを干すと、私のお礼の言葉にノックの音が重なる。しっかり三回、執務室の隣、私の私室に響いた。

 

 「お姉さま、提督、朝食のご用意が整いました!」

 「ご苦労様ネー!」

 

 見計らったようなタイミング。事前に金剛が手配してくれていたのだろう、彼女の姉妹艦、比叡が朝食を用意してくれたようだ。

 金剛がドアを開け先導、こちらの私室には小さなテーブルのみなので食事は基本的に執務室で摂ることにしている。金剛は秘書艦用の机へ、私は執務机へ。

 今日の朝食はサンドイッチ。胡瓜とハム、そして卵なのだが、あれ、見慣れたモノではない。茹で卵を砕いてマヨネーズを和えたものではなく、しっとりと焦げ目無く焼かれた卵焼きが挟まっている……?

 伊良湖の手製なら間違いはないはずだけれど、こういう卵サンドもあるのだろうか。首を傾げながら、椅子につこうとした手前。

 

 「……」

 「比叡……?」

 

 何故か私の正面に立ちはだかる比叡。私の問いかけにも無言で、じい、と私の目に吸い込まれているように見詰め続けている。顔も能面のように無表情。少し、怖い。

 しかしよく見れば無表情の中央、小さな鼻がひくひくと忙しなく震えているようだ。何を……。

 

 「――金剛お姉さまの、匂い」

 「えっ」

 

 困惑する私に構わず、比叡が私の背後に回り両肩に手をかける。身動きを封じられ、されるがままの私の背中、下ろした髪を掻き分けるように顔を押し付け……か、嗅がれてる?

 ふすふすと荒くなっていく比叡の呼気、軍服越しでもくすぐったくなって身を捩ろうとするが万力で抑えられているかのように両肩にかけられた彼女の手が拘束している。

 何? 何で?

 困惑を超えて混乱する。彼女は黙したまま、一心不乱に私の背中を嗅ぎ続けている。香水などは使っていない。今朝はシャワーを浴びる時間がなかったが、昨日ちゃんとお風呂で身体は洗っている。気になるような匂いがあるはずないのに。

 そんな私の混乱を他所に、嗅がれる箇所が下へ下へと徐々に下がっていく。嫌、ダメ、このままいくと。

 

 「比叡」

 「はい、お姉さま」

 

 金剛のたった一言で、比叡の拘束が解かれる。熱くなった頬を両手で押さえる。

 あ、危なかった。何が危険だったのか分からないが危険だった。比叡はまるで何事もなかったかのように、無表情のまま私から離れて行き真っ直ぐ外に通じる扉へ。

 

 「ごゆっくり、どうぞ」

 

 頬を押さえ硬直したまま、自然に退室していく比叡を見送る。

 

 「さっ、朝食に合わせて紅茶も用意するヨー。食べまショー」

 「えっ、あ、はい」

 

 比叡と同じく何でもないとばかりにテキパキとお茶の用意をし始める金剛に尋ねるのは、何故か憚られた。

 

◇

 

 「あ~……生きた心地しなかった……」

 「不知火に……何の落ち度が……」

 

 時刻はヒトフタマルマルを少し過ぎた、お昼。舞鶴鎮守府の食堂は賑やかだったっが、呉のそれと違い強制参加の椅子取りゲーム状態ではない。カウンターで伊良湖さんから定食の載ったトレーを受け取り、私、陽炎型一番艦陽炎は不知火を伴って目ぼしい席につく。

 私達がここに着任する前、在籍していた呉鎮守府は百を超える艦娘が在籍しており朝昼晩の食事時は何時もほぼ満席状態。空腹抱える駆逐艦達は一刻も早くその腹に燃料を注ぐ為にありとあらゆる手で席取りに精を出したものだった。

 舞鶴には三十人と、三分の一以下の人数しか利用しないここではそんな争いは必要ない。平和そのものだ。今になって思えば微笑ましくすら感じる。今日のメインは焼き鯖。香ばしく焦げる限界まで焼き上げ、ぱりぱりとした皮、油が滲み出ている。たまらん。

 

 しかし。

 今、美味しそうな焼き鯖を前にして私と私の姉妹艦、不知火がぐったりしているのは私達の来歴によるものだ。

 そう、私達二人は朝から百武司令に呼び出され、つい先ほどまでその来歴についてずっと話していたのだ。突然な呼び出しに戦々恐々としながら不知火と訪れた司令の執務室。秘書艦でもなければまず私達、駆逐艦が入室することはない場所。

 迎えた司令は真剣そのものの表情。何かやらかしたのだろうか、まさか昨日のギンバイがもうバレたのだろうか。いやもしかしたら特攻でもやらされるのだろうか。手に汗握りながら敬礼をした私達に告げられた要求は何ということはなかった。

 

 ――呉鎮守府のことを、教えてください。

 

 たった、それだけ。金剛さんの手ずから紅茶が用意され、お茶を愉しみながら私達がいた呉鎮守府について話しただけだった。何故かは未だわからない。他の鎮守府運営について私達艦娘の生の声を聞き参考にしたい、とかだろうか。

 それにしてはどうも私達の話を聞き、時折質問を挟む司令の様子は少しおかしく感じた。特に前の司令、有馬司令についての話題の時。

 どうも随分、彼女について知りたいという意思を感じた。何か憚る理由でもあるのか、直接的に求めることはなかったが言葉の端々にその欲求が漏れていた。

 不知火も同意のようだ、食べ進めながら執務室での先の面談について感想を求めると同じく百武司令は有馬司令に興味を持っているようだったと感じていたらしい。何でだろう。

 有馬 望司令。彼女は呉鎮守府二代目となる司令だ。辣腕の前任が高齢を理由に引退した後、それを引き継ぎ司令となった。その能力は呉立ち上げを支え連戦連勝の前任者と比べ遜色なく、優秀な先代という重圧に晒されながらも今なお多大な戦果を上げ続けている。

 飛ぶ鳥落とす勢いの先任、それも同じ訓練学校で学んだ彼女に学びたいということだろうか。それにしても、何やら熱が入っていたようにも思う。

 

 そこはいい、私達二人が疲れているのはそこが理由ではない。

 私達が有馬司令について語る度に。百武司令の顔が喜色に染まる、その反対に。

 彼女の傍に控える金剛さんが睨むのだ。音を立てず舌打ちするのだ。大らかで明るいあの人からは想像できないレベルで。私達駆逐艦にとって戦艦や空母の人たちは雲上人だ。彼女達は身を挺してでも守るべき存在と駆逐艦としての魂に刻み込まれている。

 そんな彼女の不興を買っている。しかし背後にいる金剛さんの様子を知る術がない司令の求めを無視することは叶わない。針の筵。『鬼』の神通、かつての教官が課す過酷な訓練すら天国に思えた。

 地獄のような時間は昼を知らせる鐘の音で漸く終わりを告げた。これほどの修羅場はもうないと思いたい。真の地獄を体験した私達は今後、ヲ級に包囲されようがル級の飽和攻撃に晒されようが平静を保てるだろう。感謝などしないが。

 またお話を聞かせて下さい、と退室間際に告げられた百武司令の言葉を必死に忘れようとしながら麦飯を掻き込んだ。

 

◇

 

 ――ああ、終わった。

 凶悪な標高を誇る書類のマウンテンフジ、その標高を目標まで減滅させることに成功した。

 ペンを握った右腕が重い。凝り固まった眼を瞼越しに揉み解す。肩には錘が圧し掛かって米神にはずきずきとした痛み。訓練学校は走り込みなどさせるより書類仕事の効率的な処理を教練すべきだ。

 

 「お疲れ様デース。紅茶、淹れ直しましょうカ?」

 「いえ、もうそろそろ」

 

 夕食ですし、と言おうとした所でノックが三回。朝、昼に続き夕食の給仕に着てくれたらしい。

 どうぞ、と私の声に入室するのは比叡。台車に載せられているのは丼と小皿に載せられたおにぎり。

 卒なく私の執務机と秘書艦の席に配された丼と小皿。丼の中身は食欲を誘う特徴的な香りですぐに分かった。緑豆の色が鮮やかに彩っている、カレーうどん。

 そう、カレーうどんだ。これは、不味い。

 否、味の問題ではない。これは、悪魔の食べ物だ。

 

 ――この世の悪について。吐き気を催す邪悪とは、何も知らぬ無知なる者を利用する事らしい。

 例えばカレーうどんという悪魔の食べ物を知らぬ、母の形見たる純白の衣装に身を包んだ少女へこの食べ物を薦めるような行為。

 結果は推して知るべきだろう。そしてこの悪魔の食べ物は彼と同じ白の軍服に身を包む私にとって例外なく脅威だ。とりあえず、脱ごう。

 給仕を終え、退室する比叡を見送りながら軍服の上を脱ぎ壁のハンガーへ。下も白のシャツだが被害は最小限に抑える。前掛けに成り得る物がない以上、この判断は指揮官として当然のことだ。

 いただきます、と手を合わせてから慎重に、慎重に箸で麺を手繰り上げる。ゆっくり、そうゆっくりだ。決して麺を跳ねさせ踊らせてはいけない。そうしたならば悪魔はすぐに三式弾の如く飛沫を白に浴びせ後戻りできない被害を齎すだろう。

 髪を掻き上げつつ口に運ぶ。

 

 世界が、破裂した。

 

◇

 

 「Oh……」

 

 恐る恐る提督の首筋に手を添え、脈を確認する。良かった、生きてマス。自身が仕組んだとはいえ、あまりにも劇的な効果に恐怖を覚える。これ、海に流したら戦争終わりませんかネ?

 妹艦、比叡手製のそれが満たされた丼に顔を突っ込まなかったのは幸いデシタ。もう少し摂取していたら死んでいたかもしれません。我が妹ながら恐るべき手腕デス。

 ぐったりと椅子の背もたれに体重を預け、気絶している提督の様子を観察する。完全に脱力して瞳は閉じられている。薄手のシャツを押し上げる胸が眼の毒だ。

 ……こんな強行的な手段を選んでしまうなんて、少し焦っていたのかもしれません。今日の午前中。呉鎮守府から転任してきた駆逐艦二人の話、特に呉の提督についての話を乞う彼女。その瞳は、完全に恋する乙女のそれだった。

 だから、柄になく不機嫌を露にしてしまった。だから、嫉妬という初めての感情に身を焦がしこんな乱暴な手段を選んでしまった。だから、仕方ない、ですよネ?

 我慢は止めだ。ちょっと順番が逆になるだけ。彼女という花を手折り、懐に大事に仕舞ってしまおう。恋敵の手に落ちてしまう前に。彼女の肩に手をかける。まずは彼女の私室、そのベッドへ。

 

 ――こん、こん、こん。

 

 そんなワタシを咎めるようなノックの音が、執務室に響く。内心、舌打ちする。出入り口を固めさせている比叡は何をしている。

 

 「どうぞ?」

 「失礼します」

 

 果たして、扉を開け現れたのは白と黒の少女。

 黒の軍帽、黒の制服、肩口で切り揃えられた黒髪。表情は無。それが載せられた肌は白。礼に則った所作。なのに、苛立つ。邪魔だ。

 

 「陸軍の特殊船丙型、あきつ丸であります。提督殿へ着任のご挨拶に参りました」

 「ご苦労様デース。デスが、提督はお疲れでこの状態デスので……明日の朝、改めてお願いできますカ?」

 

 ワタシに体重を預けたままの提督を指し示し、乱入者へ告げる。陸軍の? と思いながらもまずはこいつを帰し目的を完遂することを優先する。

 

 「自分は百武閣下から提督殿の護衛、その身のお世話を仰せ付かっております。後は、自分にお任せを」

 

 あ?

 剣呑な思考が頭を支配する。何を、言っている。彼女の秘書艦はワタシ。ぽっと出のお前なんて必要ない。百武閣下、とこいつが表するのは彼女の父、陸の重鎮百武一成のことだろうが知ったことではない。

 

 「ワタシは百武提督の秘書艦を務めていマス。軍規に置いて秘書艦は提督の判断が困難な場合、それを代理する権限を持ちマス。今日は、お引取りを」

 「海の軍規は陸のそれに束縛されません故。自分は自分の職務を全うするのみであります」

 

 この、陸助が。頭に血が昇る。周到に用意したこの夜。彼女の純潔を貫き、この手にせんと画作した夜。それを、邪魔するというのならば。

 

 「おい新参。調子に、乗るなヨ?」

 「自分が居ると、金剛殿はお困りになられるのでありますかなぁ?」

 

 我慢の限界を超えて堰を切ったワタシの威圧を涼風の如く受け流す白面。こいつ、潰そう。

 

 「お引取り、願いましょうカ」

 「陸軍は海軍の判断に反対である、でありますな。どうぞ、らいみー?」

 

 頭に上る血の赤が白に染まる。上等デース。

 獣の如く床を蹴って拳を奴の顔に直撃させんと強襲する。特殊丙型だか何だか知らないが、栄えある金剛型戦艦、このワタシに歯向かった事をあの世で後悔させてやりまショウ。




彼女と表される呉鎮守府提督の部分は誤字ではありません。
そして僕らのヒーローもといヒロインあきつ丸参戦。ライミーの好きにはさせねぇぜ!

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