今日も一日、お疲れ様でした。
時刻は日付を跨いだ頃。秘書艦の金剛と護衛として控えるあきつ丸、二人の放つ重圧に挟まれながらの本日の業務は終了した。機を見てそれぞれに不仲の原因を探ってはみたが、結局不発に終わった。
やっぱり、緊急避難措置として金剛を秘書艦から外して距離を取らせる必要があるのだろうか。しかし、どう切り出したものか。目下の悩みに溜息をつきつつ執務室隣に据えられた私室のドアを開く。
金剛は業務終了と共に何故か口惜しそうに自室へ戻っている。今日は静かに眠れそうだと思った矢先、背後に影。
「あの、あきつ丸。もしかして」
「はッ。不寝番で提督殿の傍におります」
……今朝、私が目覚めた時直立不動で立っていたのは、やはり夜からずっとだったのだろうか。
さも当然の如く応えるあきつ丸に恐怖を覚える。
「……献身はありがたいですが、休んで下さい」
「休みなぞこの身には不要であります。足りぬ足りぬは工夫が足りぬ、です」
これだ。身内のことながら陸の関係者は根性論が過ぎるように思う。パパもそうだったが、大抵のことは気合で何とかなると思っている節がある。深海棲艦の登場前、人類同士、彼の国との戦争で得たはずの教訓は何処に行ってしまったのか。
「えー、では。将校の自由時間、その安寧を守るも従兵の務めです。落ち着きませんので私室には立ち入らぬように」
「はッ。提督殿の仰る通りにするであります。執務室におりますので、御用がありましたら何時でもお呼び下さい」
こういった類の扱いにはいくらか慣れてはいる。素直に引いたあきつ丸に返礼し自室へ。あぁ、疲れた。漸く得た一人の時間に脱力する。
「……あ、そうか、明日は」
壁に架けられたカレンダー。赤丸を付けられた明日の日付が目に入り一人呟く。『演習』。
明日は彼の。私の想い人が指揮する呉鎮守府、その所属艦との演習だ。そう、彼との初めての対決となる。
彼自身は多忙の為、今回はこちらに来れず艦娘のみこの舞鶴鎮守府を訪れて演習に参加してくれることになっている。非常に残念ではあるが、これは試金石だ。
私が提督となって未だ数日、だが手持ちの戦力は与えられたものとしても充実している。平凡な才しかない私だが、そうそう負けるつもりはない。
彼と並び立つこと。それが私の目的。その先に、彼と共に歩む未来があると信じている。
だからまずは私の、私の指揮する艦隊の力を彼に見せなければならない。私は彼に相応しいのだと。共に歩めるのだと。
演習後には電話で演習結果について彼と評価を行う予定だ。任務の内だというのに、久々に彼の声が聞けるという事実に胸が高鳴るのを感じる。私が勝てば、彼は褒めてくれるだろうか。認めて、くれるだろうか。
直接会えれば、とまた未練に思う。多忙の理由については海洋資源回収の任が急がれているとのことだと書類で通達されている。何でも特殊な装備を用いる任務だそうだ、新任の私には想像もつかない大変な任務なのだろう。
明日の演習、その結果、そしてその後の彼との会話に心躍らせながら床に就く。明日が待ち遠しい。
◇
「特型駆逐艦の十九番目、綾波型でいうと九番艦の漣だよー」
「スーパー北上様だよー」
翌日。到着した彼の呉鎮守府、そこからやってきたのは二人の艦娘だった。二人、だけだった。
先に名乗ったのはセーラーの上下にエプロンをつけた、桃色の髪をツインテールにした少女。なんというか、フレンドリー。パパなら無礼者、と一喝しそうな感じの緩さ。
それに続く黒髪おさげ、同じくセーラーながらお腹を大きく露出しクリームとオリーブ色に身を包んだ少女も緩かった。何すーぱーって。何がすーぱーなの。
一応彼女達について知識はある。特型駆逐艦、呉最古参の漣に数少ない重雷装巡洋艦の北上。呉と言えば、で名の挙がるような有名人ではある。
「舞鶴鎮守府提督、百武 環です。本日はよろしくお願いします」
いくら緩いとはいえ、彼の艦隊、その艦娘だ。何時もより一時間早く起きて入念に身支度した身で敬礼する。
「おっぱいおっぱい! 環たんきゃわわ!」
「よろしくねー、環ちゃーん」
……えー。
ちょっと待って金剛、まだ演習始まってないから艤装仕舞って。あきつ丸もステイ。何時の間にサーベル腰から下げてたの。抜かないで。
私の左右に控える秘書艦と護衛にこっそり自制を促す。何というか、舞鶴にはない乗りだ。鎮守府毎にそれぞれの空気みたいなものがあるということだろうか。勤勉で紳士的な彼の鎮守府の艦娘とは思えないが。
とにかく。今回こちらに演習の為訪れたのはこの二人だけらしい。百を超える艦娘を擁する呉とて、他の鎮守府に演習の為送れる艦娘はそう多くなく、都合がつかなかったとのことだ。
しかし演習は状況設定を選べるのも利点だ、仮想敵が二人というならばそれにこちらが合わせればいい。
「あ、ご主人様から舞鶴は全力で以って演習に挑んで欲しい旨を言付かっております」
そんな思惑は漣の一言で覆される。二人相手に、全力? つまりは一艦隊、艦隊連携を考慮した場合最大数である六人でこの二人に挑めということだろうか。
正直、舐められている。
いくら呉の精鋭二人が相手であろうと三倍の戦力に適う訳がない。どういう意図だろうか。それでも勝てると思われているのか。いくら彼の望みであろうと、その考えは不快だ。そしてご主人様って何。もしかしなくても提督、彼のことだろうか。
え、彼そういう趣味が?
「……了解しました。編成後、すぐに演習を開始したいと思います。お二方は港で準備をお願いします」
――そう。私は、舞鶴は彼にとってその程度と思われているのね。
ならば簡単だ、覆そう。叩いて潰し、その考えを改めさせよう。
私は執務室を後にする二人を見送りながら、編成を練り始める。後に、彼が考えを改め謝罪し許しを乞う様子を妄想しながら。ああ、そういうのも悪くないのかもしれない。自身の加虐的な部分が目覚めるのを感じる。
彼に、後悔させてあげよう。
後、幼い容姿の駆逐艦にご主人様と呼ばせていることについても問い詰めたい。そういう趣味なら努力したい。
◇
やっべぇ。
演習開始地点、そのポイントを目指し海上を進みながら、私、陽炎は冷や汗を垂れ流し続けていた。傍らを走る不知火も同様のようだ。無理もない。
先を走る金剛型のお姉様方四人はそんな私達の様子に気づくこともなく意気揚々としている。仕方ないだろう、相手は駆逐艦と軽巡洋艦クラスの二人。戦艦四人に駆逐二人の最大編成なら鎧袖一触だ。そのはずなのだ。
しかし今回相手にする二人と一時期、同じ鎮守府に在籍していた私達は知っている。揃って指輪持ち、二つ名持ちである彼女達は六対二、それも格上の艦種相手であろうと覆し得ると。
呉鎮守府、二つ名『狸』、綾波型九番艦漣。呉の最古参、彼女の前任の秘書艦を務めた歴戦の駆逐艦。錬度を極限にまで高め、私の知る限り出撃したのは片手で数える程だろうか。しかし、だからこそ呉にいた者は知っている。彼女の強さを。お気楽な表面から知ることの出来ない強さを。
そして同じく呉、二つ名『蛇』、球磨型三番艦北上。呉、有馬提督の懐刀。漣とは逆に彼女が呉鎮守府を引き継いだすぐから最前線に立ち続けている艦娘。彼女が、最初に指輪を与えた艦娘。呉最強を論じた時、決まって最初に名が挙がる彼女。
呉にいた頃、毎日のように鎮守府内、もしくは偶に他の鎮守府と合同で行われる演習の結果は非公式に行われる賭けのいい対象だった。艦娘は、特に駆逐艦は血の気の多い者が多い。だから艦娘同士の戦闘、それは訓練でありながら大いに私達を沸かせる娯楽の一つだった。
その数少ない娯楽を盛り上げるために密かに行われていた勝敗や最大武勲が誰かについての賭け、その胴元の一人だった私は鎮守府内の戦力について勤勉だったのだ。だから、知っている。胴元を手伝ってもらっていた不知火も、知っている。
錬度極限に達した艦娘のみが与えられる指輪を持つ彼女達の強さを。国内百五十を超える艦娘、その中で十指に満たない数しかいない二つ名持ちたる彼女達の強さを。
「そろそろ開始デース。予定通り、火力で押し潰すヨ。駆逐艦の出番はないデショー」
私達の旗艦、金剛さんが告げる。彼女の姉妹艦三人もそれに頷き砲を揃える。勝利を、確信している。私と不知火だけが青褪めている。本当は、大丈夫だと思いたい。戦艦四人による超長距離からの大火力。駆逐艦と軽巡級だけならそれだけで普通は終わる。終わるはずなのだ。
……あー、でも一発くらい当てて見せないと神通さんに知られたら殺されるな。
そう元鬼教官のことを考えながら手にした砲を握る。どうか、初撃で終わってくれますように。
たぶん叶わない願いを心の中で願いながら演習開始のブザーを聞いた。
◇
「……面目ない、デース」
「……」
莫迦な。
事実が、受け入れられない。演習を終え、港に居並ぶ艦娘達。私の心境などお構いなしに雲一つない晴天、穏やかな海。私の目前、左右に分かれた私の艦隊と、彼の艦隊。居並ぶ彼女達の状態を見るだけでも結果は明白だった。
敗北。演習とはいえ、提督となって初めてのそれを私は受け入れられないでいた。
何故。どうして。負けに不思議の負けなしと言う。しかし、どういう理屈だ。戦艦四に駆逐二、それが軽巡級一と駆逐一に『傷一つ付けられず』敗北する。それもこちらに掠り傷を付けて後は回避に徹し判定での勝利ならば、苦しくはあるが理解できる。
しかし、私の目前にある彼女達、金剛型四人と陽炎型二人の姿は演習弾のペイント塗れ。誰も彼もが中破以上、金剛に至っては大破判定に至っている。
それも始まって十分そこらの結果だ。ここまで圧倒的だと理不尽すら感じる。本当に、演習相手の二人、彼の艦娘は私のそれと同じなのだろうか。実際、艤装による速力や砲の火力はそれぞれの本来の性能を超えていたようだったが、恐らく指輪型艤装による性能限界の突破からだろう、そこはいい。
何より、巧い。その一点が圧倒的だったはずのカード、それを覆した。
こちらの意図は全て読まれ、一番居て欲しくない位置を取られる。狙われたくない相手、狙われたくないタイミングを穿たれる。それらをこちらの思考が、指揮が間に合わない速度で行われる。
……これが、精強呉の力。受け入れたくない、認めたくないが敗北だ。私の、敗北だ。これが演習であったことだけは、喜ぶべきだ。実戦であったならば彼女達を沈めている。だから、受け入れねばならない。次の、為に。
「お疲れ様でした」
私の声を待っていた艦娘達、特に金剛達の肩が僅かに震えるのに気づく。そうだ、私は彼女達の指揮官だ。私の艦隊は怯えている。恐ろしい敵を目の前にしても果敢に戦う彼女達が、私の叱責に怯えているのだ。
結果だけを見れば確かに叱責するに値する失態だろう。圧倒的な戦力差、それをこうも簡単に、完全に覆された。だが。
彼女達の敗北は、私の敗北だ。
「今回の結果、残念であると言わざるを得ません。金剛以下、舞鶴の艦は今回の演習で得た経験を今後に活かすように」
金剛達が私の声に応じながらも、悔しそうに俯く。両の拳には力が入っており、彼女達の心情が垣間見える。
「ですが、敗北は私の責任です。精強、呉の力を侮っていたことを否定しません」
「ご主人様なら空母も突っ込んできただろうしねー」
「一人でもいれば制空取られてたしね」
……そう、全力でというはずだったが金剛型四人の後、残り二人に空母を私は編成しなかった。
手持ち戦力に正規空母たる飛龍、蒼龍がいるにも関わらず、だ。相手に空母がいない以上、枠一つに入れるだけでもかなりの優位を得られる、そのはずだったのに。
編成時、元呉鎮守府所属の二人、陽炎型の二人を編成しようと決めたのにはいくつか理由があった。一つは、元呉であり演習相手のことを知っている艦娘であるということ。一つは、駆逐艦の錬度向上の必要があること。後は小回りの利く駆逐艦で金剛達の脇を固めさせること。
どれもこれも言い訳だ。結局のところ、飛車角落ちどころではない彼の艦隊相手に本当の全力で挑むことに躊躇したのだ。舐められたくないと思ったのだ。そんな幼い矜持で私の艦隊を敗北させてしまったのだ。
「呉のお二人もご苦労様でした。食堂で甘味とお茶をご用意しますので、お帰り前にごゆっくりしていって下さい」
「マジで! キタコレ!」
「あざーっす」
辛辣な指摘をしてくれた二人は相変わらず緩い様子で食堂へと向かう。彼女達は被弾なし、碌に汚れてすらいない。
「さて。先にも言いましたが今回の敗北、私の指揮に起因します。ですが彼女達に錬度で劣っていたことは事実でしょう。今後も、励みましょう。一緒に、強くなりましょう」
そして二人が去っていった後、気丈に堪えていたのだろう、ペイント塗れの金剛達が目尻に涙を浮かべ始める。本当に、いい子達だ。彼女達と一緒になら、私も強くなれる。強くなってみせる。
この日、私はようやく彼女達の提督になれた気がする。彼の隣に在りたいという願いは変わらない。だが、その道中にあった優れた提督となるという目的。その大きさが、重さが、私の最大の願望に並ぶ。
彼との会話が楽しみだ。敗北したにも関わらず、合わす顔がないにも関わらず、そう思えた。提督として格上である彼の言葉。恋慕の情からではなく、それから学べることが楽しみだった。
◇
「そろそろおけつが痛くなってきましたぞ北上殿ー」
「どっちも車運転できないんだから我慢しなよー」
呉への帰路を進む二人乗りのスクーター。決して舗装が充分でない路上を走る座席後ろ、私にしがみ付いて苦情の声を上げる漣を諭す。天下の艦娘様なんだから専属ドライバー付きで送迎してくれてもいいだろうに。相変わらずの人手不足らしい。
彼とのケッコンカッコカリ後、どうも鎮守府外へ出る機会が多い。そろそろ車運転できるようにしようかな。場所によっては艤装で海上を進むのだが、今回のように舞鶴へ行き来するなら陸路を選んだ方がだいぶ早いわけだし。
道路状態はよろしくないが一部都市を除けばほとんど車が走っておらず、そういう意味では快適だ。漣は文句を言うがこうして運転するのは嫌いじゃない。
「いやー、圧勝でしたなー。ひよっこ相手に大人気ないくらい」
「ま、そーゆー指示だったしね。でもそのお陰か、終わった後イイ顔してたじゃん、向こうの提督」
うん、いい顔になってた。一人前の提督の顔だった。腕はこれからついてくるだろう、そう予感させる程に。あの様子ならリベンジを申し込まれる日もそう遠くはないだろう。
だが。
私の感が警鐘を鳴らしている。彼女は、危険だと。理由についてはいくらか想像が付く。警鐘を鳴らしているのは、私の女の部分だから。彼女は、ライバルだ。
とはいえ、私は彼の最初のケッコンカッコカリ艦。浮気は私の目の入る範囲なら許しているが相手が人間である彼女というのは問題だ。だから、次も叩き潰そう。追い払おう。
そう結論しながら彼の待つ呉への帰路を急ぐ。たくさん褒めて貰わなくちゃねー。
環ちゃんにとってターニングポイントとなる第六話。
カッコカリの二艦編成は舐めプと思われてもしょうがないですが、呉は秋刀魚漁追い込みに忙しいそうです。何それ。