お邪魔します。
深夜。提督の私室へ昨夜に続き今夜も私、榛名は侵入する。ウォークインクローゼットの奥。壁に偽装された秘密の出入り口。
クローゼットの扉を僅かに開けて、中の様子を伺う。室内は静寂。月明かりが僅かに部屋を照らしている程度ではあるが、その僅かな光源だけで充分暗闇の室内を見渡すことが出来る。
うん、しっかり寝てる。
ベッドの上を膨らませている人影を確認。そして僅かに、ほんの僅かに耳に届く彼女の寝息。他に人影はない。邪魔者は隣の執務室だ、感づかれてはいけない。金剛お姉様の同じ轍は踏まない。
ゆっくりと、音を立てぬようクローゼットの扉を開き、室内への侵入を果たす。邪魔者、あきつ丸どころかこの部屋の主、提督も知らない侵入口。元々は緊急時の脱出口として設計されたものだ。
それを何故、本来利用する立場にある提督が知らないのか。
簡単だ、彼女がここにやってきた初日、案内をした駆逐艦娘が教えていなかったから。それ以降も私達艦娘共有の秘密となっているからだ。何故か。
今、私のやっていることをやりやすくする為。
夜這い。
実際の因習としての夜這いではない。詳しくはないが本当は色々とルールがあり、彼女、提督に拒否権を与えぬ強姦のような今の行為に付ける通称としては相応しくないかもしれないが、とりあえず私達の間ではそう呼んでいる。
彼女、百武 環提督がこの舞鶴鎮守府に着任し、私達艦娘の指揮を執るようになって十日程。彼女も知らない内に、彼女について私達艦娘の間でこの行為を含めた協定が結ばれていた。
金剛お姉様の提言によって協議、決められたそれ。
提督を慕う艦娘達、その暴走を抑制する為、もしくはライバル達を出し抜く為にルールを定めたのだ。
まず提督の同意なしに、力で以って犯すことをしてはならない。
これは艦娘による人間への乱暴という事態を招いた場合、鎮守府自体の崩壊に至る可能性が高い為だ。少なくとも提督がこの鎮守府を去るか乱暴を働いた艦娘が排除されるだろう。それは誰にとっても望ましいことではない。
彼女は、提督は艦娘を魅了する何かを持っている。
その姿、その声、その匂い、その感触。たぶん味も。
全てが甘露であり劇薬。個人毎に差はあれど、須らく私達は彼女に魅了されている。理屈も何もなく、惹かれ、欲してしまう。
この身、女性の形を取る艦娘にあるはずのないモノが存在するようになったのも恐らく彼女の影響だ。
発生する条件や機能については私達自身にも分からないが、気づけばそこにある。感覚としては同じくどこから発するのか分からない艤装が意思せず勝手に展開するような感覚。
……その、男性器が、生えるのだ。
彼女を想う時、彼女の傍に在る時。彼女に意識がいく時、勝手に。とても困るのだが、さらに困るのが男性的な欲求も同時に湧き出てしまうこと。
射精したい、孕ませたい。
女性が本来感じることのない欲求が脳髄を焼くのだ。私も、同じ事態に陥っている艦娘達もそのことに随分困惑した。
だから、その暴走を恐れた。提督はこの身に代えてでも守りたいと想うほど愛おしい。しかし同時にこの手で手折って犯して壊したい。そんな矛盾に身が裂けてしまう前に、ルールを設け彼女と私達を守ることを選んだ。
とはいえ、制約を設ける際にはそれを継続する為のガス抜きも必要だ。それが、夜這い。
彼女に選ばれた秘書艦のみがその権利を得ることとなっている。そして他の艦娘はそれに出来る限り協力する。どこまでしてもいいのかについてはかなり厳格に定められており、当然性交はなし。
――『後ろ』はいいのか、臍は? 口は? などとかなり過激な議論となったが基本的に膣への異物挿入はなし、他は提督に気づかれないこと、気づかれても誤魔化しが効く範囲に収めることとなっている。
「提督、今夜も、お邪魔しますね……」
だから、控えめな私がするのはこの程度だ。
規則的な寝息で深く眠っているのを確認すると、ゆっくり、静かに彼女の寝床に身を滑り込ませる。暗闇の中だからだろうか、より彼女の匂い、体温を鮮明に感じる。うっ。
いけない、気づけば私の股間は大きく盛り上がっている。同時に、それを彼女の中に捻じ込みたいという欲求も。
「大丈夫、榛名は、大丈夫……」
そう自分に言い聞かせ、彼女に寄り添う。寝間着越しに彼女の柔らかさを感じる。多幸感。
ただ隣に居るだけで幸せな気持ちになる。秘書艦である私は協定によりもっと色々しようと思えば出来るのだが、こうして静かに彼女の傍に寄り添っているだけで充分だ。嘘。本当はもっと色々したい。
だが、それは大切なモノを壊してしまうということだ。だから、この穏やかな幸せで自分を満足させる。何時の日か。何時の日か、彼女と結ばれるのを夢見ながら。
とはいえ股間のソレは不満を訴え続けている。後で何時ものように霧島に処理してもらおう。
今はただ、総員起こしがかかり彼女が起きてしまうその手前まで、出来る限り添い寝を楽しむことにした。
◇
今朝もまた、執務室を目指す。どんよりと雲が覆う空を窓越しに見上げて、空模様と同じくもやもやとした心情のまま台車を押していく。昨夜も、榛名は同室の私を置いて部屋を抜け出していった。
夜這い。司令に好意を持つ艦娘達によって結ばれた協定により許されたそれの為に。
夜中、司令が寝静まった頃を見計らってその私室に侵入、起きるぎりぎりまで同衾しこっそり帰ってくる。そして欲望を蓄積させ、朝から私にぶつけて何食わぬ顔で秘書艦としての仕事へ向かう。榛名が秘書艦となってから毎日だ。辟易する。
私は、こんなにも榛名を愛しているのに。愛して、欲しいのに。
なのに榛名は司令を見ている。私を抱いている時にも司令を見ている。腹立たしい。憎い。
そんな苛立ちを少しでも解消しようと色々こっそりやってはみたものの、この気持ちは晴れない。しかし直接手を下すようなことをすれば榛名も、何より金剛お姉様が悲しむしきっと怒る。それは、嫌だ。
比叡お姉様はどう思っているのだろうか。秘書艦を交代してから金剛お姉様に元気がないのを随分気にしておられたようだけど。
そう姉妹艦のことを考えながら今朝の朝食が載った台車を押していると、もう執務室前。今朝は和食、秋鮭の塩焼きにお麩の味噌汁、切り干し大根と人参の煮物。司令と榛名の二人分。トレーに一人分ずつ並べられた器、その一つが目に入る。
今日は、こうしてやろう。
「んぁ……」
執務室を前にして、髪を片手で押さえながらその直上で口を開け舌を出す。溜めた唾液が舌を伝い、ぽちゃり。と小さな音を立てる。私の唾液は味噌汁の椀に落ちて、その白濁色に混じり形跡は残らない。うふふ。
私の榛名を奪った悪い人、司令に私の唾を飲ませる。そんな密かな嫌がらせで少し、胸が晴れる。そう、バレてはいけない。あくまでこっそり。高価そうな万年筆や大事にしてそうな写真を隠したり、辛い獅子唐を掻き集めて配膳したり。
子供の虐めのような、みっともない行為だとは思う。だが、最初ほんの出来心で始めた行為は何故か妙に楽しい。姉妹の中で一番の長身でありながら子供だったということだろうか。
俯いた為、少しずれた眼鏡を直してから執務室の扉をノック。しっかり三回。何時ものどうぞ、の声に失礼します、と入室する。二人はそれぞれの机の上、今日の仕事の準備をしていたようだ。
そんな二人の机に朝食を配膳していく。司令に配膳し終えると、ありがとうございます、と微笑みながら言ってくる。何も、知らないで。うふふ。その味噌汁、私の唾入りだよ。マイクを使い大声で知らしめたい。うふふ。
配膳を終えると空になった台車を押し、執務室を後にする。これで後は時間を見計らって食器を回収しにまた部屋を訪れる、のだが。
執務室を出て扉を閉じる際、僅かに隙間を残す。台車を扉脇に置いて、少し様子を見る。大丈夫、気づかれていない。
「いただきます」
二人分のいただきます。それを聞きながら、残した扉の隙間から中の様子を盗み見る。司令の位置は丁度正面。その食事の様子がよく見える。
司令は早速、味噌汁の椀を手に取った。それを見て、ぞくり、と背筋が震える。うふふふふ。
司令の、彼女の唇が椀の縁に触れる。音を立てず、私の唾液、体液の混じった液体が彼女の中に落ちていく。彼女の、一部になっていく。うふ、ふ……?
おかしい。何、これ。
自分の息が荒い、あまり煩くすると見つかってしまう。ダメ。目が釘付けだ、彼女の喉が嚥下によって動くのすら見えてしまう。ダメ、ダメ。膝が震えている。一気に腰が落ちてしまう前に、ゆっくりとその場に腰を下ろす。力が、入らなかった。
彼女が食事を進め、合間合間に椀を傾ける度に自身の臍下に熱が溜まっていく。そこに手を伸ばすのを必死で我慢しながら食事が、彼女が私の一部を彼女の一部にしていくのが終わってしまうのを惜しむ。
――何だろう、この気持ち。
そうして食事が終わってしまった後、落ち着く為に座り込んだまま壁に背を預ける。わからない。わからない、でも。凄く、興奮していた……うん、またやろう。またやりたい。
その気持ちの正体を理解しないまま私は立ち上がり、食器を下げる為執務室の扉を再びノックした。
◇
しつこい。まるで猟犬の如し、でありますな。朝も早くから倉庫裏、その影に身を隠し追撃者の動向を探る。
今日も提督殿が執務室に入られる前に襲撃をかけてきた金剛型の二番艦に追われている。そう、追われているのだ、この自分が。
襲撃、その一応の言い訳としては手合わせして欲しいとのことだ。やはり海軍は阿呆だ、そんな言い訳が通る筈がない。だが、自分はこのことを提督殿に知らせられずにいた。
圧倒されているのだ、陸の者である自分が、海の者であるあの比叡に。
提督殿の護衛として傍に置かれ、あ奴の姉を制圧せしめたこの自分が。このような恥、どうして晒せようか。
「見つけましたよ」
ちい。またいつの間にか背後を取られ、腕を掴まれる。即座に投げをかけられ、無様に地を転がる。疾い、巧い。姉の激情に任せた拳など比べ物にならぬ程、計算し尽されたかのような柔術。受身を取るのが精一杯だ。
昨日今日と何度投げられたか。これでは閣下にも提督殿にも、顔向けできない。
「お姉様の邪魔する人は許しません」
それが本音でありますか。
立ち上がり隙を見て執務室へ駆けようとするのを遮られる。自分が彼女のお姉様、あのらいみーの邪魔だというのなら、その狙いは何だというのだろうか。この身に覚えがないということは。狙われて、いるのは。昨夜の榛名の行動もそうだ。提督殿は、狙われている。
御護りせねばならない。『拳』を造る。
右手の一指一指を折り、掌の内側、その密度が零に。手首を固める。肘から先が、一本の槍を形成。肩の力は抜きながらも、二の腕の筋に力を溜める。腕は下げたまま。
今まで柔でのみ対応してきた。いくら不埒者であろうと提督殿の艦だ、損傷させることは避けるべきと判断したのだ。だが、その提督殿自身に危害が及ぶ可能性があるのならば見過ごすわけにはいかない。
――間合い。
槍と固めた右腕以外、全身全てが鞭の如く撓る。足の指先から足首、膝、腰、胴、肩。連動し連結しその先、右腕に加速が載る。
全力の、最速の右。比叡は応ずることも出来ず、彼女の鳩尾の少し右の辺りに直撃。捻り込むような一撃は確実に肝を射抜いた。相手が意識を喪失し膝から崩れ落ちる。
さて。執務室へ向かうとしよう。
烈
風
拳
前書きは念の為。一稿目からかなり削ったんで大丈夫な、はず。物足りない紳士淑女の方にはごめんなさい。
前話の回答編というか裏話的な。自分はあきつ丸、提督は狙われているであります!
ご感想、お待ちしております。