※この作品はR-18です。

乙女提督が着任しました。   作:蒼樹物書

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【9】

 終わった。

 本日処理すべき最後の一枚、それに確認の判を押す。

 内容は呉の遠征部隊が遭遇した鬼級深海棲艦への注意喚起だ。

 鬼級、そして姫級深海棲艦。

 人の、女性の形を採る深海棲艦。特に強力な力を持つ深海棲艦の呼称、分類。偶発的に遭遇した艦隊では対応し得ない程強力な個体に与えられるものだ。

 どこか生物的な異形、黒の艤装を身に纏い血の気を失ったような白の肌を持つ彼女達。

 これまで、深海棲艦は陸上型と呼ばれる型を除いて陸より遠い海域に出没する型ほど強力になると言われている。

 曰く、深い海に連中の本拠があるからだ、とか。海水量の多い所で力を発揮できるからだ、等々諸説あるようだが。否、あるようだったのだ。

 

 それが近日、覆されつつあるらしい。

 先の鬼級出没もそうだが、軽巡、駆逐艦級を中心とした遠征艦隊が本来出遭うはずのない強力な水上打撃艦隊に遭遇したり、性能にモノを言わせた正面からの突撃を行ってきた連中が挟撃や奇襲を狙ったかのような動きをしていたり。

 そうした報告が重なる度、本部の研究部は慌てはためいているようだった。艦娘登場、そしてその戦術的運用によって深海棲艦の無限とも思える物量を押し返している現状、それを更に覆しかねない動向。

 

 性能、物量で勝る相手がさらに戦術で拮抗、もしくは勝るような状況になれば。

 

 背筋に氷柱が捻じ込まれる。漸く軌道に乗り始めた鎮守府運営、それによって安定化の兆しが見えた半島、大陸との海上輸送ルート。例の鬼級深海棲艦が確認されているのは太平洋側のみだが、何時こちらが護るべき日本海側に出没するとも限らない。

 現状の手持ちで、対応出来るのだろうか。未だ鬼級や姫級との会敵経験はない。奴らの性能は単体で最低でもル級の倍以上の戦力と見積もるべきとされている。

 戦力増強は何時だって急務だ。しかし、艦娘の数が限られる以上手持ちの錬度向上が一番の近道となる。

 

 処理すべき最後の一枚の後、もう一枚の書類を手に取り処理を進める。もう何度目になるか分からないこの申請書。手馴れたものだ、すぐに書き上がって処理済みの棚へ。

 内容は呉鎮守府との演習申請書。彼への、彼の艦隊へのリベンジを願う旨のものだ。

 あの日、彼の艦隊に敗北してから戦術書を漁りに漁った。訓練学校時代の物も読み返し研究し直し、手紙で横須賀の提督に教えを請いもした。訓練内容も見直し私の艦隊は少しずつだが、あの日よりも確実に強くなっている。

 早く、戦いたい。彼と競い、私の成長を見て欲しい。

 次こそは、と考えているとノックが三度。資料室に使いをお願いした秘書艦の榛名が戻ったようだ。

 

 「榛名、ただいま戻りました!」

 「お疲れ様です、資料はそちらの棚に。今日の執務はこれで終わりです」

 「何時も遅くまでお疲れ様です、提督」

 

 執務机の上を簡単に片付けて、大きく伸びをする。胸の重りから肩凝りは長年の付き合いだが提督になってから悪化の一途だ。運動もあまり出来ていないしなぁ……。

 

 「あ、そうだ。今日は一緒に大浴場へ行きませんか?」

 

 そんな私を見てか、榛名からの突然のお誘い。大浴場、艦娘の入渠施設を兼ねた銭湯の如く巨大な入浴施設。私は未だ、利用したことがなかった。

 艦娘達の慰安施設を兼ねてのそこに上官である私がお邪魔するのも気が咎める、というのもあるが何より私は自分のスタイルに自信がない。同性とはいえ同世代くらいの相手にこの身を晒すのが恥ずかしいのだ。

 しかし、大きなお風呂は魅力的でもある。普段の入浴は私室に備えられた浴室で済ませているのだが、そこはシャワーと手狭なバスタブのみだ。足を伸ばせるお風呂というのはとても、とても魅力的だった。

 夜間に一人こっそり、というのも考えたが万が一誰かと鉢合わせてしまうと考えてその魅力に浸る機会がこれまでなかったのだが。

 榛名と一緒になら、いいのかもしれない。彼女が秘書艦となって一週間。彼女はよく私に尽くし、その素直で真面目な性格に助けられてきた。短い期間だが、信頼の深さはかなり深まっている。

 そんな彼女のお誘いなのだし、私の身体を見て笑うような娘でないことは分かっているのだ。

 よし。そう考え、榛名の誘いに了承する……え、何でそんなに喜ぶんだろう。よく分からないが、喜んでくれるのなら良しとしよう。

 それにしても、あきつ丸もいれば誘ったのに。彼女は今日もいつの間にか姿を消していた。何処に行ったのだろうか。

 

◇

 

 榛名と二人、大浴場の暖簾を潜る。銭湯の如く、というか外見上はほとんど銭湯のそれだ。

 入り口すぐの所で履物を脱ぎ、靴入れへ。

 入ってすぐのスペースは休憩所となっておりソファーや横になれる畳敷き、瓶入りのラムネや牛乳といった飲み物が並んだ冷蔵庫も置かれている。あ、卓球台まである。

 何時もより執務を早めに終えたとはいえ既に時刻は就寝時間少し手前だ、広々とした空間に艦娘の姿はない。静かな空間に少し緊張しながら、更に暖簾をくぐり脱衣所へ。当然だが女湯のみだ。

 脱衣所には多数の艦娘に対応する為、ずらりと並んだ棚の一つ一つに衣服を納めるための籠が納まっている。壁側にはずらりと洗面台と鏡、椅子が添えられている。その近くには、奴がいた。

 

 「……あはは、後で、計ってみます?」

 「遠慮します」

 

 榛名の苦笑しながらの言葉をきっぱり拒否する。奴は無慈悲だ、その上に乗った乙女に日々の怠惰を数字という真実で突きつけてくる。食事のバランスは伊良湖のおかげで整えられているが、運動不足のこの身を晒せばひとたまりもないだろう。精神衛生上非常によろしくない。

 ……彼との再会が決まったら挑もう、そして搾ろう。そう決意しながら榛名と並んで衣服を脱いで籠に畳んでしまっていく。衣服をすっかり脱いでしまうと自然と大きなお風呂への期待が高まっていく。丁度榛名も準備できているようだ。

 曇りガラスで仕切られた引き戸を開くと、湯の匂いが鼻腔に広がる。天井が高い、広々とした空間。正面には大きな湯船。

 

 「――ひ」

 

 思わず悲鳴を上げそうになるのをぎりぎりで堪えた。いっぱいいるー!?

 

 「テートクぅ、お疲れ様デース!」

 「提督ー、お疲れー」

 「お、お疲れ様です!」

 「あら、こちらに来られるなんて珍しいですね」

 

 エトセトラエトセトラ。金剛を始め五月雨や飛龍、蒼龍など非番の艦娘はほとんどいるんじゃないかと思うほど大量の艦娘達。こんな時間になんで……? まさか引き返す訳にもいかず、胸元に抱いたタオルで前を隠しながら艦娘達に応え洗い場へと進む。

 傍らの榛名も不思議そうにこんな時間にこれだけ居合わせるのは珍しいですね、と言っているが本当に何故なのだろうか。私が大浴場にいるのが珍しいからか、妙に視線を集めているし。うぅ、恥ずかしい……が、裸の付き合いとも言うし、いい機会だと思うようにしよう。

 

 「ヘーイ! テートク、こっちネー!」

 

 掛け湯を済ませ髪を湯に浸けないよう纏め終えると、金剛が場所を空けて呼んでくれる。艦娘達は皆湯に浸かっており、広いはずの湯船は芋洗い状態だ。空けてくれた隙間に身を滑らせる。

 少し熱めのお湯。ゆっくりと腰を下ろして肩までお湯に浸かる。足を伸ばす空間も空けてくれているので、遠慮なく足を伸ばす。この心地、久しぶりだ。

 

 「はあぁあぁぁ……」

 

 思わず声が漏れる。榛名も隣に。左右に金剛と榛名が並ぶ形になった。

 

 「こちらのお風呂は初めてですけれど……いい、お湯ですねぇ……」

 「温泉を引いているそうですよ。美肌効果もあるとか」

 「テートクには必要なさそうですけれどネー。肌、綺麗ネー」

 

 つつつ、と金剛が私の肌に指先で触れる。くすぐったい。しかし温泉を引いているとは贅沢だなぁ……自室のお風呂は給湯器があったので恐らく水道水だろう、これからもこちらを利用したくなる。彼の為にも出来る限り自身を磨いていたい。

 

 「そうだ、提督。肩、お揉みしますね」

 「えっ、そんな」

 

 悪いです、と言う前に榛名が後ろに回り肩に手がかけられる。やはり、巧い。この間自室のお風呂でもしてもらったが、榛名の力加減は絶妙だ。瞬く間に力が抜けてしまう。

 

 「あっ、ふ……っ」

 「やっぱり凝られてますねー。ほら、首元辺りですとか」

 「んっ……ん、ぁ……」

 「背筋から、腰……」

 「……ひぁ、あ、ぁっ」

 「おなか……」

 「ぁ、ふぁ……っ」

 

 後ろからあちこちを揉み解される。身体中の血行が促進され、体温が上がっていくのを感じる。

 湯の温かさ、榛名の柔らかな掌の熱さ。思考が、茹っていく。

 

 「――ぁ」

 

 日々の執務で溜まった疲労で重しをされるように、私の意識は眠りに沈んでいった。

 

◇

 

 「……また送ってきやがった」

 

 出張と出張の隙間。海軍本部にある自身の執務室に溜まりに溜まった書類の山と格闘する私、山科礼子は何度目になるか分からない申請書を目にし辟易とした声を漏らした。

 演習申請書。他の鎮守府との演習を求める申請書だ。こうした鎮守府同士の訓練実施の為の調整も私の仕事の一つだが、あの新人の陸助娘が提出する量は執拗という他ない。

 呉の頭痛の種からの申請で行った前回の演習内容、そして結果は知っているがそれにしても相当熱を上げているようだ。うるせぇ、と何時ものように却下することはできるが。

 

 「ふむ……」

 

 認可、の判を申請書に下ろす。他の鎮守府との合同演習は貴重な戦力である艦娘を移動させることになり、全てが実戦戦力として本部が数えている以上あまり動かし過ぎることは好まれない。

 が、呉と舞鶴は艦娘の錬度向上が火急とされている。

 

 封筒に入れられた書類を取り出す。こちらは、呉と舞鶴の艦娘達の状況について記された報告書。実験の、経過報告だ。

 ――実験とは艦娘の情動変化について。

 過去に起こった艦娘に因る殺人事件。それは、艦娘がある男性提督に恋し狂ったことが原因とされた。

 人類に対し総じて友好的な彼女達が人類を害した。それは重大に受け止められ、それ以降提督は彼女達と同性である女性のみに許されることとなる。当然だ、人類に深海棲艦を倒す手段がない以上、艦娘達をも敵となった場合そこで人類は終わってしまう。

 原因、条件など未だ研究途上であるが、未だ滅亡の崖っぷちにある我々はその可能性を無視することができない。今回新しく提督となった陸助娘も女性である以上問題はない、はずだった。

 新たに増やす提督、それに対し着任直前に行った艦娘との面接。明らかな、情動変化だった。

 好かれるなんて生易しいものではない。狂っていた、というのも過言ではないだろう。本当に、なんで着任させたんだあの爺。

 上司に当たる海軍大将に心中で唾を吐く。確かに今まで問題がなかった女性提督の異例、貴重なデータとなるがそれは綱渡りだ。そして、私はそれを見守る立場。正直やってられん。

 が、対策がないでもない。それには艦娘の錬度向上が必須条件となる。

 

 演習申請書を処理済みの棚へ。数日内には実施されるだろう。どうせだ、今回は大規模演習にしてしまうか。

 例の鬼級の件もあるので佐世保から戦力を抽出、舞鶴の防衛戦力を補強した上で舞鶴所属の艦娘を出来る限り多く演習に参加させる。呉の提督も舞鶴の艦娘とは接触させないが、今回は現地に行かせて演習の指揮をさせよう。舞鶴の錬度も前回に比べ向上している、直接指揮で対応させねば良好な成果は得られないだろう。

 佐世保の提督には少ない手持ちを動かす頭痛となるだろうが、私の苦労をおすそ分けだ。

 そんな八つ当たりを考えて少し気苦労が軽くなった。これで今日の仕事は終わりだ、呑もう。

 

 何か忘れているような気がするが、大丈夫だろう。

 




色々と話を動かしつつお風呂回。お風呂で寝落ち危険、ダメ絶対。
前作とリンクさせつつ本作のみで読めるようにするの難しい……自身の撒いた種ですが。

さて、いよいよ呉の彼が来ます。楽しくなってきた、作者が。
彼との再会、どうなるどうしよう。ふふ怖。
ご感想、お待ちしております。
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