※この作品はR-18です。

艦娘抱けるかな   作:狂猫病

2 / 39
痕

 提督が目覚めると、目の前にむきだしの太腿があった。

 

「お目覚めね。おはよ」

 

 頭上から、聞き慣れた甘ったるい声が降ってくる。見上げると、ベッドの端に腰かけた陸奥が艶然と微笑んでいた。

 提督は枕から顔を上げ、薄暗い部屋の中を見渡した。吹雪の姿は見えない。枕元の時計の針は、午前5時30分を指していた。

 片肘をついて裸の上体を起こしつつ、足もとのシーツをさりげなく腰まで引っ張り上げた。下穿きは身に着けていたが、寝起きで陰茎が中途半端な硬度を得ているのを隠したかった。

 

「──なんで、おまえがここにいる」

「ご挨拶ね。もちろん、貴方に用があって来たの」

 

 陸奥は手に持った黒革のバインダーを掲げて示した。

 

「始業前だ」

「昔なら、とっくに仕事を始めてた時刻よね」

「俺が毎日4時起きしなくてもいいように、おまえたちに仕事を任せたんだよ。──急ぎか?」

 

 顎をしゃくって訊くと、陸奥は掲げたバインダーをぷらぷらと前後に振った。

 

「それほど緊急ってわけでもないけど、ちょっとした問題発生ね。とりあえず内密に伝えたいことだったし、この時間のこの部屋なら邪魔も入らないでしょ?」

「そういえば、どうやって入ってきた? 鍵はどうした」

「早起きで仕事熱心な貴方の秘書艦が開けてくれたわ。事情を説明したら、起こしてあげてくださいってね」

「吹雪のやつ──横着しやがって」

「あら、目覚ましが私じゃご不満?」

「セットしてない目覚ましに起こされれば、大概の男はご不満だ」

「あら、そう。次に『男』を起こすときには気をつけるわね」

 

 陸奥は悪戯っぽい眼差しで微笑むと、ぐるりと室内を見まわした。

 

「──この部屋、改装されてからは初めて入ったけど、結構いい感じよね。シャワールームも付いてるし」

「あまり言いふらすなよ。風呂が混んでるから貸してくれって連中が来るようになったら鬱陶しい」

「黙っててあげるから、次の戦艦寮の改装のときには個室にシャワーを付けてくれる?」

「今後の働きしだいだな」

 

 下半身に掛けたシーツはそのままに、提督は体を起こして座りなおした。

 陸奥から、ほのかに甘い香水の匂いがする。昨夜あれだけ発散したにもかかわらず、自らの内部に揺らめく性的な疼きを感じ、気まずさから提督はひとつ咳ばらいをした。

 

「──問題発生なんだろ」

「そうね。お喋りしにきたわけじゃなかったわ」

 

 陸奥は膝の上でバインダーを開いた。一枚の書類がセットされており、細かい数字で一覧表が印刷されているのが、提督の角度からでもわかった。

 

「ついこのあいだ、艦娘の定期検査、やったでしょ?」

「先々週のか? 前線基地の連中以外は全艦受けたはずだな」

「これが、その検査結果の抜粋なんだけど……」

 

 バインダーから書類を取り出そうとする陸奥を、提督が片手を上げて制した。

 

「それは明石の仕事だろ。なぜおまえが持ってくる?」

「うん。そうなんだけど……追って説明するから、とりあえず見て」

 

 陸奥が一覧表の印刷された書類を差し出した。見ると、うんざりするほどの数字と文字が印刷されている。

 

「……寝起きの頭にはきついな。手短にまとめて話せ」

「そう言うと思ったわ」

 

 陸奥は頷き、書類をバインダーに戻して話を続けた。

 

「検査では、艦娘のストレス値の測定もしているのは知ってるわよね?」

「ああ、たしか……問診と脳波測定と……なんだっけ」

「血液検査。それら各種検査結果の数値を総合して、簡易的な『ストレス値』って項目にしてるんだけど──ここまでの話、寝起きの頭でもついてこれてるかしら?」

「あんまり気にしたことのない項目だったな。特に高い艦娘でもいたか?」

「──『特に』じゃなくて、『全体的に』急上昇してたのよ」

「なに?」

 

 陸奥はバインダーの中の書類をちらりと眺め、眉をわずかにひそめた。

 

「検査を受けた全員の平均値で比較してみると、前回までは10点満点中の1点2点の間ぐらいのストレス値が、今回は8点超えだったわ。明らかに変よね」

「それは──なんかの間違いじゃないか? 測定機器の故障とか計算をミスったとか」

「そのあたりの可能性は明石が入念に検証したらしいから、薄いと思うわ」

「明石から相談されたのか」

「昨日の夕方、青い顔で司令室に来たの。明らかに異常な数値だけど、原因が不明だから報告書が書けないって。半泣きになってたわ」

「……明石の見解は、『明らかに異常』か」

「ひとりふたりの数値が乱高下するのは、よくあることらしいけど。平均値がここまで跳ね上がったからには、必ずなんらかのストレス要因があるはずだと」

 

 艦娘の健康管理は、実質的な『艦娘の医師』である明石の管轄だった。

 さすがに定期検査のような大がかりな作業を鎮守府内で完結させることはできないので、外部の海軍施設や人員を利用していたが、そのデータの取りまとめは明石の役目のひとつである。

 これまでの検査では、明石が遺漏なく結果をまとめ上げて報告書にしていた。

 

「原因未特定なら未特定で、そのまま報告してくれりゃいいんだが。こっちで調べるしかないわけだし」

「あの子、責任感が強いでしょ。ここ数日まともに寝てなかったみたいで、だいぶ参ってたの。とりあえずこの件は私から報告するってことで、強引に預からせてもらったわ」

 

 提督は髭の伸びた頬をさすりながら思案した。定期検査でこれほどの問題が出てきたのは初めてのことだ。

 

「身体面で異常は出てないのか?」

「脳内物質のバランスがあまり良くないぐらいで、内臓や筋骨格系には問題なし」

「代謝や、神経系は?」

「そっちも問題なし。純粋に心理的なストレスの問題ね」

「ストレス値だけが、この半年で急上昇……か」

「そうなるわね。──どう思う?」

「どう、とは?」

「原因よ。心当たりは?」

 

 提督は腕を組んだ。

 原因と聞いてすぐに脳裏に浮かぶのは、吹雪との関係である。

 肉体関係を結んだのは三ヶ月前、大勝に浮かれて大騒ぎをしていた夜がきっかけだった。最古参の艦娘であり、秘書艦として苦楽を共にしてきた吹雪への愛着が愛情に変化していることに気がついたときには、すでに男女の関係になっていた。

 以来、連日とは言わないまでも、かなりの頻度で性交渉を続けている。この半年間において最大の変化であるのは間違いなかった。

 

「やっぱり吹雪、かしら」

 

 提督は思わず顔を上げた。陸奥が、穏やかな眼で見つめていた。

 

「どういう意味だ」

「だから、貴方と吹雪の関係よ。もう深い仲なんでしょ。ほんとにポーカーフェイスが下手なんだから」

「……いつから、知ってた?」

「なんか怪しいなって思ったのは、ニヶ月──いや、三ヶ月ぐらい前かしら。確信したのは、ついさっき」

「さっき?」

「ええ。その肩──」

 

 提督の裸の肩に、陸奥が手を伸ばした。冷たい感触の指先が、昨夜の吹雪の噛み痕近くに触れる。

 

「こんなキスマークつけてれば……あれ、噛まれたの? ここ」

 

 陸奥は提督の肩に顔を近づけ、驚いた様子でまじまじと見つめている。提督は逆の手で頭を掻いた。

 

「ああ、なるほどな」

「驚いたわ……結構激しいのね、貴方たち」

「べつに、普通だよ」

「……しながら噛むのって、普通なの?」

「いつも噛んだり噛まれたりってわけでもない。それより──」

 

 提督は少し言葉を切ってから言った。

 

「──このことに気づいている艦娘は、ほかにいるのか?」

 

 陸奥は提督の肩から、名残惜しそうな様子を見せつつ視線を戻した。

 

「私の見たところ、半分くらいの艦娘は、たぶんね。古株の多くは見て見ぬふりってところかしら」

「俺と吹雪の関係は、艦娘たちの間で噂に?」

「それはない……と思う。気づいてそうな艦娘どうしの間でも、一種のタブーというか……みんな気を遣ってるってところかしら。あくまで私の知る範囲での話だけど」

「俺と吹雪の関係が、問題の原因だと思うか」

「……発端だとは思うけど」

「さっきの一覧表は、平均値だけなんだよな。個々のストレス値は確認したか?」

「権限がないから、平均以外のデータは見てないわ。艦娘個々の測定データを閲覧できるのは、提督と秘書艦、それに明石だけでしょ」

 

 鎮守府内のデータベースには機密レベルに応じた閲覧制限が設定されていた。提督の許可がなければ、艦娘はたとえ自身のものであっても詳細な測定値を確認することはできない。

 

「よし──執務室で確認しよう。陸奥、おまえも一緒にだ。俺と吹雪だけじゃどうにもならん」

「明石は?」

「寝不足なんだろ? いま呼ぶのはさすがにかわいそうだ。専門家の意見が必要になってからでいい」

 

 陸奥は複雑そうな表情で頷いた。

 

「わかったわ──いろいろ気まずそうな問題だけど」

「吹雪は執務室にいるな? あいつに言って端末でデータベースを確認しておけ。俺はシャワーを浴びてから行く」

「了解。──吹雪に、貴方との関係が問題の原因かもしれないって言わなきゃいけないけど、いい?」

「仕方ないが……あいつが責任を感じないようにしてほしい。なんなら俺を悪者にしても構わん」

「今回、その手だと逆効果になりそうね。雰囲気軽め、冗談も飛ばしながら明るい感じで、どうかしら」

「それでいこう。おまえが進行役をやってくれ。頼りにしてるからな」

 

 陸奥は軽く肩をすくめて立ち上がった。提督に背を向け、部屋の出口へと歩を進める。

 執務室に通じるドアの前でふと立ち止まり、横顔だけを提督に向けるようにして口を開いた。

 

「ねえ──ひとつだけ訊かせて」

「なんだ」

「してるときに噛まれるのって、気持ちいい?」

「ずいぶん、こだわるな」

「耳年増だから、ね。知りたいのよ」

「艦娘として生き返ったときに、そっちのほうの知識も付与されたんじゃなかったか? 特におまえは、最初から博識だしな」

「……人間の男女の営みがどういうものかは知ってる。世の中の性的嗜好についても、多少の知識はある。でも、知識だけ。なにひとつ私の実感じゃないわ」

 

 横を向いて話す陸奥からは、表情を読み取ることができなかった。

 

「俺の感想を聞くんじゃ、結局は知識だろ」

「なら、実感させてくれるの?」

 

 陸奥は部屋の壁に顔を向けたまま言った。

 沈黙と、微妙な緊張感がふたりの間に降りる。

 やがて、根負けしたように提督は口を開いた。

 

「──噛まれるのは痛いし、特にそうされたいってわけじゃない。ただ、痛いぐらいのほうが、ときには『いい』って気もする」

「それって──好きな相手だから、痛くても許せるってこと?」

「どうかな。嫌いなやつにベッドの上で噛まれたことがないから、よくわからん」

 

 陸奥の口もとが、笑ったかのようにかすかに動いたが、総体としての表情は相変わらず判然としなかった。

 

「早く、支度してね」

 

 陸奥はそれだけ言うと、部屋から出ていった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。