※この作品はR-18です。

艦娘抱けるかな   作:狂猫病

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第2シーズン
萌芽


 向かい合って、交わっている。

 

 提督の膝の上で、神通がゆっくりと腰を躍らせていた。

 ぬちぬちと、粘った愛液の音がひそやかに響く。

 提督はベッドへ後ろ手に両手をつき、神通の動くがままにさせていた。

 乱れた息遣いと過剰なほどの体温を肌で感じつつ、眺めているだけで昂ぶるものがある光景だった。

 

「はっ……あ……はぁっ……」

 

 漏らされた神通の吐息に、快感の気配が濃い。

 眼の前で、均整のとれた乳房が震えるように揺れていた。

 提督は誘われるままに顔を寄せ、その先端を口に含む。

 

「んっ……」

 

 神通が息を詰める。

 甘い匂いが、提督の口腔から鼻腔までを満たしていった。

 好ましい弾力を唇で確かめながら、その硬く隆起した部分を舌で転がす。

 

「あ……ま、待って……」

 

 神通が提督の肩を抑えながら言った。腰の動きも止めている。

 提督が見上げると、神通は何かに耐えるように眉根を寄せていた。

 

「どうした」

 

 口を神通の胸から外し、提督が尋ねる。

 神通は薄目を開け、切なげな視線を提督に向けて言った。

 

「申し訳ありません……少し、達してしまいそうだったので」

「遠慮をするな。いきそうになったのなら、いってしまえばいい」

「いいえ──遠慮などでは」

 

 微笑を浮かべ、神通は首を振った。汗で首筋に貼りついていた後ろ髪を、手で軽く払う。

 ゆっくりと、動作が再開された。

 ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ──と、接吻に似た水音が、下半身の動きのリズムに合わせて奏でられる。

 

「こうやって、大きな波を、何度も耐えるのが、好きなんです──」

 

 動きながら、神通が恥ずかしそうに言う。

 陰茎に絡みつく膣壁の感覚に、提督は無言で息を呑んだ。

 

「──波に耐えていると、次に達するときが、もっともっと、気持ちよくなれるから……だから、私──」

「探求、熱心だな」

 

 提督はどうにか、それだけを言った。

 神通が首を振る。

 

「いいえ……自分本位、なだけ。気持ちいいのが、好きだから……」

 

 そう言った神通の口の端が、珍しく悪戯そうに上がった。

 提督はその表情に見とれかけ、すぐに自分のほうの終局が近いことを意識した。

 唇を舐め、告げる。

 

「悪いが、神通。俺のほうが限界なんだ。こっちも、自分本位にやらせてもらう」

「──あっ」

 

 提督は片手で神通の腰を掴んだ。前後に揺すりつつ、みずからの腰も上下に遣う。

 

「あっ、あっ……そんな、急に、だめっ……」

 

 神通が表情を乱す。

 

「いやか」

「いやじゃ、ない……やじゃない、けど、そんなの、されたら、わたし、もう──」

 

 神通も髪を振り乱すようにして、腰の前後運動を加速させている。

 陰茎を埋め込んだ胎内のかたちがうねるように変化し、痺れるような強い快感が提督の下半身に広がった。

 腰へ添えた手の親指で、愛液にまみれた肉の芽に触れる。震わせるようにして振動を与え、刺激した。

 神通がびくんと躰を震わせ、声を上げる。

 

「あああっ──! いい、いいっ──それ、すごく──」

「くっ……そろそろ、いくぞ。ぜんぶ、なかにぶちまけてやる」

「あっ──ください──ください、あなたの、ぜんぶ、わたしのなかに──」

 

 瞬間、神通が提督を強く抱きしめる。

 陰茎を包む膣壁が、激しく収縮した。

 提督は放出の快感と同時に、躰を大きく反りかえらせる。

 

 

 

「あの……シャワーをお借りしても、よろしいでしょうか」

 

 明け方になって目覚めるなり、神通が遠慮がちに言った。

 お互いに裸のまま、寄り添って寝ていた。

 提督は枕もとの置時計を見やる。

 季節はすでに冬の入り口で、日の出もだいぶ遅くなってきているのだが、それでもまだ業務開始までにはかなりの余裕がある時刻だった。

 

「構わないが……まだずいぶん早いな。今朝の二水戦は、非番だったはずだが」

「はい……実は、見たい番組がありまして」

「番組。テレビのか」

「はい。民放の情報番組なのですが」

「情報番組──」

 

 提督はようやく事情を呑み込み、言った。

 

「那珂か」

 

 神通が無言で頷く。

 提督は顎を掻きながら尋ねた。

 

「事務所が送ってきた予定表には、何も載っていなかったと思うが」

「短いコーナーですが、急なゲストで出演することになったそうです。昨日の夕方、本人からメッセージがありましたので」

「なるほど。それなら、俺も見ておきたいところだが」

「本棟の娯楽室のレコーダーに、録画予約を入れておきました。のちほどにでも、ゆっくりご覧になられては」

「そうだな、そうしよう。──俺はもうひと眠りするから、シャワーでもタオルでも、好きに使ってくれ」

「ありがとうございます。ご厚意に甘えさせていただきます」

 

 神通は裸の胸をさりげなく腕で隠しながら、上体を起こして一礼した。

 提督は笑って言う。

 

「しかし残念だな。起きなきゃいけない頃合いまで、だらだらと抱き合っていられると思ったのに」

「あ……えっと……」

 

 神通はほんのりと頬を染め、はにかんだ。

 少しためらったのちに、思いきった様子で顔を寄せてくる。

 私も──と神通が、提督の頬の間近で囁く。

 控えめに唇が重ねられる。

 提督は、くらりと脳を痺れさせた。

 性交時の熱が退くといつもすぐに、普段の慎みを取り戻してしまう神通である。こうして自分から接吻してくるというだけで、予想外に大胆な行動だった。

 すぐに真っ赤な顔になって離れた神通はベッドの縁に座り、持参していた襦袢を肌の上にまとう。

 その様子を背後からなんとなく眺めていた提督は、ふと気がついて言った。

 

「そういえば那珂のやつ、四水戦の連中には連絡してやったのかな。せっかくこちらへ戻ってきたことだし、あいつらも元(・)指揮艦の晴れ舞台を見てみたいんじゃないか」

 

 神通が、襦袢を着る手をぴたりと止めた。わずかの間だが、微妙な雰囲気の沈黙があった。

 提督に振り返り、口もとを微笑のかたちにして言う。

 

「それは、どうでしょう。四水戦の一部はまだ入渠中ですし、そうでない艦も、まだ前線での疲れが残っているでしょうから。早朝の番組ですので」

「……そうか。それもそうだな」

「はい」

「興味があれば、録画を観るだろうしな」

「はい。番組のことは、私から四水戦の子たちに伝えておきます」

 

 神通は、わずかに沈黙してから言葉を継いだ。

 

「──それはそうと、由良さんが今日出渠されると聞きおよびましたが」

「ああ。明石の報告では、今夜遅くになる予定だと。損傷は比較的軽微だったから、ほかの連中よりもだいぶ早い」

「今夜、お会いになられますか?」

「そのつもりだ。帰還してきた直後には、ほとんど言葉を交わせなかったしな。出渠があまり遅くなるようなら、挨拶程度しかできないかもしれないが」

「あの、差し出がましいとは存じますが──」

 

 神通は襦袢の襟もとを手で合わせながら、提督に向きなおる。

 

「──ぜひとも、由良さんをねぎらっていただきたいと思っております。今回の救援作戦で、損傷した全艦が帰還できたのも、本当に彼女の力が大きかったかと」

「……そうだな。間違いなく作戦の功労者ではある」

「四水戦の旗艦に就かれてから日が浅いにもかかわらず、立派に務めを果たされました。しっかりと報奨されるべきではないかと」

「なるほど、検討しておこう。公平な扱いになるように努める」

 

 神通は小さく息をつくと目を伏せ、深々と頭を下げた。

 

「ありがとうございます。そのお言葉を聞いて安心いたしました。──このような格好で分をわきまえぬお願いを申し上げましたこと、お許しください」

「いいさ。俺だって同じことを考えていた」

 

 神通は重ねて非礼を詫びると、立ち上がってシャワー室へと姿を消した。

 提督は起こしかけていた上体を脱力させ、後頭部をどさりと枕へ落とす。頭の後ろで両手を組み、天井を見上げた。

 眠気は、どこかに消えてしまっていた。

 

 

 ◇

 

「そう。ご明察のとおり、由良を抱いてあげてって意味よ──それは」

 

 執務机の向こうの椅子に脚を組んで腰掛けている陸奥が、きっぱりと言った。

 提督は机に片肘をつき、こめかみを揉んだ。

 

「やはり、そういうことなのか」

「そういうことよねえ。扱いを公平にするというのは、貴方が自分で言ったんでしょ? まさにそれよ」

「俺は賞罰の話をしただけで、なにも平等に抱いてやろうなんて言うつもりはなかったんだが」

「4つの水雷戦隊の旗艦のうち、神通、川内、阿武隈ときて、由良だけ仲間はずれはまずいわよ。神通が言ってこなかったとしても、たぶん私がこの場で貴方に言っていたと思うわ」

 

 提督は天井を見上げ、溜息をついた。陸奥が笑う。

 

「贅沢な悩みよね」

「由良にその気がなかったら、こんなことを話し合っている意味もないな」

「貴方って実績のわりに自信がないのねえ。──ま、ものは試しで誘ってみなさいよ。由良が応じるなら、それでよし。拒否するにしても、それはそれで貴方がちょっと恥をかくだけでしょ」

「気楽に言ってくれる」

「気楽にやりなさいよ。由良は昔から貴方にお熱だったわけだし、どんなかたちにしろその気持ちに応じてあげるのは、そんなに悪いことでもないでしょ」

「……気になるのは、ストレス値の件が進まないことだが」

 

 提督がそう言うと陸奥は笑みを引っ込め、わずかに唇を尖らせた。

 

「まあ、たしかにね。由良は前回の検査を受けていないからデータがないし、そっちのほうは少し足踏みになるわね」

「そもそも前回のデータ自体が、もうだいぶ古いだろう。次の検査は3ヶ月後だったか」

「だいたい半年に1回の検査だから、そうね。前線から戻って検査を受けていない艦が、由良たち四水戦のほかに、金剛と赤城、それに榛名と加賀」

「前回の検査で上位だった艦のうち、未対処なのは──」

「上位10以内では北上と大井、それから羽黒。4位の叢雲には貴方がご自分で対処してくれたので、助かったわ」

 

 陸奥が冗談めかして頭を下げる。提督は額を掻いた。

 

「由良や金剛たちも含めて重要な戦力ばかりだな」

「そうね。次回の検査までには何らかの対応をしておきたいところだけど」

「……忘れていたが、おまえも6位で未対処だったな」

 

 提督がそう言うと、陸奥は驚いたように目を見開いた。

 

「はぁ? 私のは、もう原因がはっきりしたんだから解決してるじゃない。ていうか今この場で検査してくれれば、私がダントツの1位になる自信があるんだけど」

「というと──」

「長門が前線行っちゃったせいで、代わりに私が『艦隊指揮』やってるでしょ。こういう表立った仕事はもともと私向きじゃないんだから、早く誰かに交代してもらいたいのよ。毎日毎日、仕事終わりにはもうクッタクタで」

「……なるほど」

 

 提督は苦笑する。

 『艦隊指揮』は、鎮守府における現場方面の統括責任者ともいえる役職だ。

 ほぼ丸一日司令室に詰め、鎮守府の担当海域内における哨戒や演習のスケジュール管理、作戦行動中の部隊への細かな無線指示などをおこなう。

 陸奥は長門の補佐としての経験が長く、『艦隊指揮』の職務内容には精通している。だが気をまわしすぎる性格が災いするのか、ほかの艦娘に任せるべき細かい仕事まで自分でこなしており、ここしばらくはオーバーワーク気味であることが提督にも明らかに見てとれた。

 部隊への無線指示は航空管制官に似て、下手をすれば艦娘たちの生死に直結する面もあり、かなりの緊張を強いられる。金剛や長門のような図太さのない陸奥には、むしろ不向きな仕事であるのかもしれない。

 

「無理をさせてすまないな。金剛や赤城が出渠してくればすぐに交代できるところだが、まだ目途もたっていない。榛名と加賀が出てきたら、おまえのヘルプにつけることにする」

「それって、どれくらい先?」

「明石の話では、あと2、3週間はかかるそうだ。多少の前後はありそうだが」

「ま、それぐらいならいいわ。勘弁してあげる」

 

 陸奥は笑って、椅子から立ち上がった。

 

「じゃあ、司令室に戻るわね。妙高に代わりを頼んでおいたんだけど、彼女も艦娘の教育関係の仕事を抱えてるんでしょ? あんまり長い時間外しているのも悪くって」

「妙高にでも龍驤にでも、遠慮なく頼め。どちらも無理そうなら俺に言えばいい」

 

 陸奥は目を細めて提督を一瞬だけ見つめ、すぐに首を振って言った。

 

「強がらないでよ。貴方のほうの後任こそ問題なんだから」

「俺の後任?」

「貴方の秘書艦の後任よ」

 

 

 ◇

 

 鎮守府本棟の娯楽室には大型テレビのほか、将棋や囲碁、麻雀といったボードゲーム類、新聞や雑誌などが置かれている。

 利用する艦娘はそれほど多くない。艦種別の各寮にも多少手狭ではあるが同様の娯楽室があり、ゲーム機などの私物をそちらに置く艦娘が多いためだ。

 提督が入室すると、この夜はめずらしく、テレビ前のソファーに三人の艦娘たちの姿があった。

 長ソファーの上で川内にどういうわけでか組み敷かれている夕立が、真っ先に気づいて声を上げた。

 

「あ! 提督さんっぽい!」

 

 その声に反応して川内が振り向く。躰は相変わらず夕立にのしかかったままだ。

 

「──や、いらっしゃい。めずらしいね、提督がこんなとこに来るなんて」

「めずらしいのはおまえたちのほうだ。何の真似だ、それは」

「見てのとおり、夕立を手籠めに、ね」

 

 答えた川内の下で、夕立が、てごめ──? と首を傾げる。

 

「そう、手籠め。あんたみたいに聞き分けのない悪い艦娘は、こうして、こう──」

 

 川内が片手で器用に夕立の両手を拘束し、空いた手を脇腹へと這わせた。

 

「──うりうりうりうり」

「きゃははははは──やだ、やだ、くすぐったいっぽい!」

 

 悲鳴に似た笑い声を上げた夕立が、しきりに身をよじる。川内は巧みにバランスをとって、両脚と片手で夕立を抑え込んでいた。

 部屋の入り口で立ちつくしている提督へ、別のソファーに腰掛けていた叢雲が声をかけた。

 

「スカウトしてたのよ、本当のところは」

「スカウト? 夕立をか」

 

 提督の問いに、叢雲が頷く。片手に紙パックのジュースを持ち、膝には大判の雑誌を広げていた。モデルが大きく写った写真の雰囲気からして、おそらくはファッション系の女性誌だろう。

 川内と夕立はソファーの上で騒ぎ続けているが、叢雲はさして不快な表情も見せず、我関せずといった様子だ。こうしたやりとりを眺めるのには慣れているのかもしれない。

 

「吹雪が抜けて三水戦(うちら)の戦力が落ちたでしょ。だから、江風みたいに転籍してこっちに来ないかって、隊長が直々のお誘いを」

「そうだよ、夕立ぃ。隊長直々のお誘いなんだぞお。意地張ってないで、おとなしく我が支配下に入るのよ。そしてあんたは私のもとで──夜戦最強の艦娘になる」

 

 芝居がかった口調で川内は言った。夕立が笑顔で激しく首を振る。

 

「やだ! 夕立、由良といっしょがいちばんいいもん! 四水戦でいいっぽい!」

「その強情がいつまで続くかな──ほれ、ほーれほれ」

「あはははははははははははは!」

 

 底の抜けたじゃれ合いを、提督はただつっ立って眺めていた。

 さすがに呆れた表情で叢雲が首を振り、提督を見上げた。

 

「──で、あんたは何の用なのよ?」

「ああ──録画した番組を見ようと思って来たんだが」

「あ、それってもしかして那珂ちゃんの? それな──」

 

 叢雲が言いさした瞬間、夕立に覆いかぶさっていた川内が、ぱっと顔を上げて提督を振り返った。

 

「なに!? 提督まだ、あれ見てないの?」

「ああ。さっきやっと仕事が片づいて時間が空いたんで、それで──」

「よおし! んじゃまたみんなで見るかぁ、我が妹の晴れ姿、栄光の五分間!」

「五分間?」

「ほらほら叢雲、テレビ点けて再生! 提督はここ、ここ!」

 

 身を起こした川内が愉しそうに仕切りながら、自分の隣りを手のひらでバンバンと叩いて示す。唐突に解放された夕立は、キョトンと目を丸くしていた。

 はいはい──と面倒そうにつぶやきながら、叢雲がテーブルの上のリモコンを手に取った。

 

 

 一時間の番組の中で、那珂が登場したのは番組開始から三十分を過ぎてからだった。

 早朝らしからぬテンションで挨拶を済ませた那珂は、海軍主催の軍港公開イベントの告知をおこない、その内容についてのいくつかの質問に、明るい調子で答えていた。

 その後もスタジオゲストとして残ってはいたが、司会からはほとんど話を振られることもなく番組は終了した。川内の言っていたとおり、単独でカメラに抜かれていた時間はせいぜい五分前後というところか。

 

「あらためて見てもやっぱり、那珂ちゃんのあのテンションは早朝にはキツかったんじゃないの。周りの人たち明らかにドン引きだったわよね」

 

 叢雲はリモコンでテレビを消し、そう言った。

 携帯電話を手もとで操作しつつ、川内が応える。

 

「いやいや、那珂はあれで売ってるんだから、司会の人はちゃんとイジってくれないとダメでしょ。そういうキャラってわかっててオファーしてるんだろうからさ」

「海軍イベントの告知をやるから──ってだけだったような気もするけど。那珂ちゃんのギャラ、安そうだし」

「那珂が庶民派アイドルなのは否定しないけどさあ──ほら提督、見て。那珂の非公式ファンブログのコメント」

 

 川内が気安げに提督の肩へ手をかけて、携帯電話を見せてくる。画面に、今朝の番組の感想がいくつか書き込まれているようだった。

 受け取って、提督は読み上げる。

 

「『待望の朝番組ゲストなのにのっけから那珂ちゃんスベりちらしててワイ憤死』」

「ほら、ファンの間でもスベってるって認識じゃないの」

「違う違う、那珂のファンはそういうのも喜んでるんだってば」

「『無能司会が那珂ちゃんに全然話題を振らず絶望した! 那珂ちゃんのファンやめます』」

「これはお約束よね。本気でとる人はさすがにいないでしょ」

「そう、お約束。こういうノリを司会の人も予習しておいてほしかったよ」

 

 不服そうに言う川内へ、提督は携帯電話を返した。

 

「デビューしてまだ一年も経っていないのに、もうファンブログやら、お約束やらができているのか」

「今の時代、テレビなんかに出ちゃえばあっという間だってば。那珂は海軍所属っていうオンリーワンだしね」

「──夕立、おまえの感想は? おまえたち四水戦の元隊長も、ついにバラエティばっかりじゃなく情報番組のゲストにお呼ばれするまでになったぞ」

 

 提督は、同じソファーの川内を挟んだ向こう側へと声をかけた。しどけなく寝そべっている夕立が、川内の膝の上に自分の両脚を預けるように投げ出している。怖いもの知らずの夕立らしい態度だが、川内も平然とそれを許容している。

 満面の笑顔で、夕立は答えた。

 

「那珂ちゃんかわいい! アイドルっぽい!」

「『っぽい』んじゃなくて、正真正銘、本物のアイドルなのよ。那珂ちゃんが聞いたら、夕立、あんた怒られちゃうわよ」

 

 叢雲が軽い調子でそう脅すように言うと、とたんに夕立は表情を不安げに変え、ぽいぃ──と口の中でつぶやいた。

 提督は笑って立ち上がった。

 

「──なんにせよ、那珂の元気そうな姿を見られてよかった。おまえたち、あまり遅くまで騒ぐんじゃないぞ」

 

 川内が提督を見上げる。

 

「あれ、もう行くの? 仕事、終わってたんじゃないの」

「いちおうは終わっているが、これからもう少し、やらなきゃならんことがある」

 

 横で聞いていた叢雲が、ふんと鼻を鳴らした。

 

「……吹雪がいなくなったから、書類仕事だけでいっぱいいっぱいなんでしょ。こいつ、要領が悪いから」

「たしかに、それはあるな。以前はひとりでも大丈夫だったんだが、鎮守府もこれだけの規模になってくると、秘書艦なしですべての書類をさばくのは少し苦しい」

「ああ、だったら──」

 

 川内が思いついたように言う。

 

「──叢雲を使いなよ。吹雪の手伝いをしょっちゅうやってたし、勝手はわかってるだろうからさ」

「なっ……」

 

 目を見開いて、叢雲が川内を見る。

 

「ちょっと待ってよ、私には水雷戦隊での仕事が──」

「それは吹雪だって、そうだったっしょ。ていうか吹雪は副艦やってたから大変だったけど、叢雲はヒラじゃん。どうせ暇でしょ。今は副艦、綾波だし」

「なっ、なっ……ヒラとか暇とか、そんなの、関係ないでしょ。ていうか、旗艦代理と副艦以外、みんなヒラといえばヒラなわけなんだから──」

 

 動揺する叢雲をよそに、川内が提督に目配せする。提督は苦笑して言った。

 

「──そうだな、叢雲が来てくれるなら、俺としてはとても助かる。前に吹雪の手伝いをやってもらったときも、おまえはずいぶん手際がよかったからな」

「えっ……そ、そう? でもまあ、あんたも吹雪もちょっとトロいところあるし、あれぐらい、普通よ、普通」

 

 叢雲は口もとを緩めかけ、落ちつかなげに横を向いた。

 川内がしかめ面で腕組みをして言う。

 

「むう……もしかしたら、叢雲は秘書艦の天才なのかもしれないなあ。といっても、いかにヒラ隊員でも引き抜かれるのは三水戦的に痛手……いやいやしかし、ここはヒラの叢雲にとって大きな成長のチャンス……さらには、ヒラからの出世という喜ばしい──」

「ヒラヒラ言うなっ! ああもう、うっさいわね──やればいいんでしょ、やれば!」

 

 叢雲は大声で言うと、ふん──とそっぽを向いた。

 川内がにこにこと笑って、親指を提督に立ててくる。

 終始キョトンとした顔で蚊帳の外にいた夕立が、まじまじと叢雲を見つめていた。小首を傾げて、言う。

 

「──叢雲、けっこう嬉しいっぽい?」

「ぽくないっ!」

 

 顔を真っ赤にして、叢雲が言う。

 提督がこらえきれずに吹き出すと、川内も腹を抱えて笑った。

 

 

 ◇

 

 執務机の向こう側で、由良は驚いたように目を見張っていた。椅子に腰掛けたまま、背を伸ばして提督を見つめ、二度三度とまばたきを繰り返す。

 提督は尋ねた。

 

「何をそんなに驚いている? いちおう、笑える話のつもりだったんだが」

「あ──ううん、ごめんなさい。ただ、ちょっと、その──」

 

 由良は口ごもり、はにかむような笑みを口もとに浮かべた。

 

「──そんなふうに提督さんが、艦娘たちとの楽しい話をしてくれるなんて、全然思ってもみなかったから、ちょっとびっくりしちゃって」

「思ってもみなかったか」

「うん。完全に予想外。きっと前線での敗戦のお叱りをうけるものだと思って、覚悟を決めてたの」

 

 肩をすくめるようにして、提督に笑いかける。

 主照明が落とされて薄暗い執務室内でも、以前と変わらないその笑顔のやわらかさは、はっきりと感じられた。

 提督はさりげなく視線を外し、手もとの万年筆の丸い胴軸をもてあそびながら言う。

 

「叱れるわけがないさ。由良は今回の作戦の最殊勲、MVPだ。金剛たちが無事に帰還できたのは、おまえの功績が大きい。誰もがそう認めている」

「そんな……それは、由良の力じゃないわ。夕立ちゃんや秋月さんや、四水戦のみんなが頑張ってくれたおかげ」

「なら、同じことさ。四水戦はおまえの隊で、隊の功績はおまえの功績だ。由良は水雷戦隊の旗艦として、立派に務めを果たした」

 

 由良は困惑したように唇を口に巻き込み、うつむいた。暗い中でもわかるほどに紅潮した頬を、両手で挟むように押さえる。

 

「やだ……もう、どうしよう。提督さんにそこまで褒められるの、由良、初めてかも」

「そうか?」

「うん。前はもっと、艦娘を寄せつけない雰囲気もあったから。叱るときにはちょっと怖いな、って思うこともあったし……」

「由良が前線に行っている間、俺は口先ばかりが巧くなった気がする」

「ううん、そんなことないです。本当に優しいのは、前からずっと同じ」

 

 由良はにっこりと笑った。

 提督も机に頬杖をつき、合わせて微笑む。

 しばらく間を置いてから、言った。

 

「前線で、金剛や赤城たちがやられた件だが」

「──はい」

 

 座ったまま、由良が背筋を伸ばした。提督は静かな口調のまま、続ける。

 

「誰かを責めるつもりは毛頭ないが、事の経緯は確認しなくてはならない。前線から帰ってきたメンツの準備が整ったら、『研究会』をやることになる」

「はい」

「金剛と赤城の出渠はもうしばらく先になるだろうから、検証はそれまでお預けだ。いずれにしろ現状では俺も事務仕事の処理で手いっぱいだから、あまり事前の準備を手伝ってやることもできない」

「あ……はい。あの、それって──」

 

 由良は何かを問おうとしたようだったが、途中でやめて口をつぐんだ。

 

「なんだ?」

「……ううん。あの、報告書とか、由良が書いて提出しておいたほうがいいですか?」

「記憶が薄れないうちに、経緯だけでも書きとめておいたほうがいいだろうな。だが、提出はしなくていい。『研究会』に備えておけ」

「はい。了解しました」

 

 由良はそう言って深呼吸し、指を組み合わせた両手をスカートの上に下ろした。

 短いスカートから伸びているその腿の透きとおるような白さが、眼に刺さるようだ。提督は小さく咳払いした。

 

「──『研究会』だが、それなりに覚悟しておいたほうがいいぞ。陸奥やら妙高やらの鬼みたいな連中が、きっと手ぐすね引いて待っているだろうからな。前に二水戦が演習で失敗したときにも、奴らは嬉々として神通を問い詰めまくっていたぐらいだ」

 

 由良は片手で口もとを押さえて笑った。

 

「嬉々としてなんて、きっとそんなことないと思いますけど。おふたりとも責任感が強いから」

「さて、どうだろうか。そうやって由良が余裕を言っていられるのも、今のうちだけかもな」

「提督さんが由良に優しくしてくれるのも、今のうちだけ?」

「そうかもしれない。あとで絞られるのがわかってるから、今だけでも甘い顔をしてやってるんだ」

 

 提督がそう言うと、由良はいっそうくすくすと笑いをこぼす。

 

「──そうなんだ。それじゃあ由良も、今のうちだけでも優しい提督さんに甘えておこうっと」

 

 提督に向けてくる由良の笑顔には、慌ただしい一日で疲弊した心身の安まる思いがした。

 ひとしきりふたりで笑い合ったあとで、沈黙が降りる。

 潮時だった。

 それでは今夜はお開きにしよう──そう言ってやれば、由良とは何事もなく終わる。関係は良好だ。むしろ信頼関係は、以前よりも強固なものになっている気がするぐらいだ。

 だが──。

 一瞬の逡巡のあとで、提督は言った。

 

「なあ──よければ、奥で──狭い部屋だが、一杯だけ、付き合ってくれないか」

 

 腰を浮かせかけていた由良が動きを止め、見つめてきた。

 垣間見えたその瞳の輝きに、提督は眼をそらすことができなかった。

 

 

 

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