※この作品はR-18です。

艦娘抱けるかな   作:狂猫病

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泥舟と残り香

「問題は、誰を総大将にするか──やろ?」

 

 人差し指を立ててそう言った龍驤が、小会議室に集った面々を見渡した。

 陸奥と妙高が、眼だけで様子を窺ってくる。

 提督は龍驤に問い返した。

 

「まずは、言い出しっぺのご存念を窺おうか。北方作戦の指揮艦候補、龍驤殿のご推薦は」

 

 龍驤はしかめっ面をして腕を組み、せやなあ──と言って唸った。北方への侵攻作戦の実施決定を伝えられてから、終始渋面(じゅうめん)を崩さないでいる。

 一方の陸奥は机に頬杖をついた姿勢で、いつものように余裕の表情だ。おそらくは鎮守府外からの独自の伝手(つて)で、何らかの情報を得ていたのだろう──と提督は推測していた。

 腕組みしたまま、龍驤が口を開く。

 

「──そいじゃ、格からいって金剛か赤城」

「二艦とも入渠中だ。それに、南方の前線から戻ったばかりでまた別の前線へというのは、できるだけ避けたい」

「ま、せやろな」

 

 提督が否定すると龍驤は当然のように頷き、続ける。

 

「同じ理由で、最近退院してきたばかりの榛名と加賀も無しと」

「だろうな。ふたりとも体調的な問題はなさそうだが、前線からの復帰組は作戦要員から除外だ」

「──となると四水戦もアウト、と」

 

 独り言のようにつぶやいたのは陸奥だった。龍驤が天井を睨む。

 

「作戦海域が北方やし、『前世』での戦闘経験ってとこを買うなら那智とか足柄あたりもおるけれど」

 

 長テーブルの端で控えていた妙高のほうを、龍驤は眼だけで見やる。少し困ったように、妙高が首を傾げてみせた。

 

「お薦めはいたしかねます。妹たちは戦闘要員としてなら、その意欲も能力も十分だとは思いますが……」

「駄目かな──大将は」

「作戦全体の指揮艦を務めるのは難しいでしょう。現時点ではその器にあらず、と見ていますが」

「器、ねえ」

 

 首をひねった龍驤に、陸奥が片手を差し出すようにして割り込んで言った。

 

「ねえ龍驤、そう言う貴女自身は候補としてどうかしら」

「あ? うち?」

 

 龍驤が目を見開き、驚いた顔をしてみせる。

 

「『前世』においての北方での戦闘経験と艦娘としてのキャリア。それに貴女は指揮能力も性格的な資質も備えていると思うのだけど」

「持ち上げるねえ。盛りすぎちゃう?」

「事実として多くの艦から頼りにされてるでしょう。駆逐艦たちや新任の艦娘たちからは、特に」

「正直なところ言わせてもらうと……気が進まんなあ。上から仕切るのって、案外難しいし」

「あら、下から支えたい感じなんだ?」

「そうそう。縁の下の力持ち、みたいな? ──せやから司令官、うち以外でうまく担(かつ)がれてくれそうなお神輿(みこし)、あったりせーへんかなあ、なんて……」

 

 龍驤が提督に問うような眼差しを向けてくる。提督は答えて言った。

 

「実を言うと、龍驤には副司令を頼もうと考えていた」

「ん? 副?」

 

 龍驤は大きな目をぱちくりとし、ついで頬を緩めた。

 

「なんやねん──ってことはきみ、もう大将は決めてあるっちゅうこと?」

「決定ではない。今朝、内々(ないない)に打診だけはしてみたが。おまえたちの意見も聞いて、ほかに有力な候補を見逃していないか確認しておきたかった」

「いま挙げた中には、おらんかった?」

 

 提督が頷くと、龍驤は顎に手をやって首を傾げた。

 

「誰やろ──五航戦はまだまだ大将って感じちゃうやろうし、高雄型もそういう仕切れるタイプとちゃうやろ? 大和と武蔵も実戦不足やし、まさか隼鷹……いやいや、うちが副将でそれはバランス的にありえんわな」

 

 降参や──と、龍驤が両手を広げる。提督が視線を向けると、陸奥も妙高も揃って小さく首を振った。

 提督は告げた。

 

「ビスマルクだ」

 

 沈黙。

 龍驤がぽかんと口を開け、陸奥はわずかに眉をひそめている。

 

「──え、マジ?」

 

 龍驤がどうにか、それだけを言った。提督は頷く。

 

「海外艦の連中も、そろそろ戦力として活用する時期だ。厳寒海域での航行能力も国内艦より良好そうだしな」

「待って──海外艦を前線に出すのは、軍令部がいい顔をしないってことじゃなかった? 諸外国に借りをつくるのがうんぬんって」

 

 机の上で腕を組むようにしながら、提督を見つめて陸奥が言った。

 

「今なら艦娘(ひとで)不足という名目が立つ。軍令部主導の作戦を遂行するには強力な海外艦を多数投入する必要がある──ということで納得させられるだろう」

「ということはドイツ組だけじゃなくて、ほかの国からの艦娘も作戦に参加させるってこと?」

「そのつもりだ。そちらにはまだ打診してないが、イギリス組とフランス組……それに旧ソ連組やゴトランドあたりも主力として考えている」

「イタリア組は?」

「連中は暖かい南洋向きだろう? まあ、もう少し詳しいデータを採(と)ってから検討したいところだな」

「大規模作戦で多国籍艦隊か……初めての試みになるわね」

「──ビス子が大将って、マジ?」

 

 龍驤は呆けた顔をしたまま、同じような言葉を繰り返す。気にとめた様子もなく、陸奥が妙高へ水を向けた。

 

「妙高、貴女の意見も聞いておきたいわ。実際に軍令部での会議に出席もしたわけだし、上層部の反応なんかはどう予測する?」

「そうですね……鎮守府が現状でも手いっぱいになりつつあることは、会議の場でお伝えいたしました。軍令部の方々も、多少の無理は承知のうえで作戦を押し通そうとしている雰囲気があります。それゆえに海外艦の参加は容認されやすいかと。──指揮艦をビスマルクさんにというのは、たしかに少々意外な気もいたしましたが」

 

 妙高が言葉の最後に提督を見やった。こういったときの視線に何か男女の関係を醸(かも)してしまうことがありはしないだろうかと、出張から帰ったのちに提督は秘かに懸念していたのだが、これまでのところ妙高はそうした感情を完璧に隠蔽している。

 提督は頷いて言った。

 

「海外艦としては最古参でもともとリーダーシップはあるし、艤装の改造後は艦単体としての戦闘能力も申し分ない。少しばかり迂闊なところがあるのが難だが……そのへんは、妙高が言うところの器の大きさの裏返しでもあるからな」

「そうですね。龍驤さんが補佐ということで、その点は安心できます」

「ちょいちょい、ちょい待ちーや!」

 

 勢いよく龍驤は立ち上がり、両手を机について大声を上げる。

 

「なに決定事項みたいに語っとんのや! ビス子が大将の多国籍艦隊、そこにうちが副将って、それめっちゃうちの胃が痛くなるやつやん! てゆーかうちだけアホみたいに苦労しそうな予感するんやけど?」

「縁の下の力持ちなんだろう」

「上が重すぎるわ! 違法建築や! だってあいつら、海外艦同士で絶対ケンカするやろ、ビス子は作戦の細部とか絶対気にせんやろ、それから……あ、海外艦て読み書きできひんやん。書類仕事も全部うちがやるっちゅうことかいな」

「カタカナだけならプリンツが読み書きできるわよ。よかったじゃない」

 

 陸奥が微笑んで言うと、龍驤はぴしゃりと自分の額を叩いた。

 

「っかー……そりゃ助かるわ。作戦要綱に全部カナふっとくよう、軍令部にはよく言うといてや。報告書もプリンちゃんに書いてもらおか」

「そのあたりは書類仕事のできそうな艦をつけてやるから安心しろ。海外艦の連中も、作戦中にいがみ合うほど馬鹿じゃないだろうしな。今朝ビスマルクが言ってたぞ、『泥舟に乗った気で任せなさい』とな。あいつは日本語の言いまわしが達者になった」

「かちかち山やないかい! ビス子の天然エピソードとかもうおなかいっぱいやねん!」

 

 陸奥と妙高が揃ってうつむく。妙高はこらえているようだったが、陸奥は小刻みに肩を震わせていた。

 さんざん文句を言って収まりがついたのか、龍驤はいかにも憤然とした様子で椅子に腰を下ろした。口を尖らせて言う。

 

「──で、うちの当面の仕事は」

「とりあえずは作戦参加メンバーの選出だ。いま言った海外艦も合わせて、30隻から40隻程度の規模を想定している。データ測定用の屋内プールを好きに使って構わないから、寒冷状況での運動データを採りつつ選抜してもらいたい」

「水雷戦隊は連れていけるん?」

「『前世』での戦歴を考えれば一水戦を使いたいところだったが、いないものは仕方ない。二水戦か三水戦、どちらか片方を連れていくことになるだろうな。ビスマルクとおまえで話し合って決めていい」

 

 龍驤は頷き、立ち上がった。

 

「そんじゃあもう、今日から動くで。待機中の艦娘呼んで、どんどんデータ採りを始めてええんやな」

「任せる。命令書なんかの細かい事務については大淀に。現地への輸送と警備については陸軍の協力が得られそうだが、そちらとの連絡は妙高が担当する」

「ビス子にはまだ正式決定と伝えてないんよね?」

「周囲に自慢したくてたまらなそうな様子だったな。おまえから伝えて喜ばせてやるといい」

「はあ……しんど」

 

 退室しようと踵(きびす)を返しかけた龍驤に、提督は声をかける。

 

「龍驤──おまえにしかできない仕事だと思った。おまえの調整能力にかかっている」

「ん、わかっとるよ。ま、せいぜい泥舟に乗った気でおるんやな」

 

 龍驤は愉快そうに笑い、部屋を出て行った。

 

 

 小会議室に残された三名で、もうひとつの議題に移った。

 

「──羽黒については、明日にでも面談をおこなおうと考えている。そこですっぱり解決──とはならんだろうが、とりあえずは軽く探りをいれてみる程度で」

 

 提督が言うと、陸奥は意外そうに目を見開いた。

 

「めずらしくやる気ね。どうしたの?」

「先日の出張の際に、妙高から大まかな事情を聞いた。ストレスの原因が不明であることだし、おまえを除(の)け者にするわけじゃないが、あまり余計なのを関わらせないほうがいいかと思ってな」

「余計なの、ねえ」

「いや……語弊があった。悪意にはとるな」

「まあ、べつに構わないけど」

 

 陸奥は含みのある視線で提督を眺め、ついで妙高を見やった。妙高は特に表情も変えず、端然と椅子にかしこまっている。

 

「──今日、羽黒は非番だったかしら?」

 

 陸奥の問いに、妙高は頷く。

 

「足柄と連れ立って、街へ出かけました」

「買い物?」

「ええ。ただ……なかば足柄が無理やり連れ出したと言ったほうが正しいかもしれません。最近どうにも元気がないと心配しておりましたので」

「羽黒って、ここのところの戦績は抜群だったわよね」

「ええ。ですから、それはおそらく逆に──ということではないかと、私は考えています」

「ああ、そういう系? なるほど……それは、ちょっと心配ね」

 

 提督はやりとりの意味を掴みかね、訝(いぶか)しんだ。

 

「戦績が良くて心配とは、どういうことだ」

 

 陸奥が意地悪そうに微笑む。

 

「あんまりこういう内輪の事情を、貴方にぺらぺら説明しちゃうのもどうかと思うのよねえ」

「なんだ、女同士の事情ってやつか」

「艦娘同士の事情ってやつよ。貴方ってしょせん、人間だもの」

「しょせんときたか」

「あら失礼。語弊があったかしら」

 

 意趣返しのような陸奥の言い方に、提督は苦笑した。

 妙高が申し訳なさそうに頭を下げて言う。

 

「──提督、ご説明することは無論やぶさかではございませんし、そこまでご理解の難しいことであるとも思いません。ですが、あくまで羽黒の心情をわたくしどもが推測したものになってしまいますので……先入観をもたれてしまうのも、障(さわ)りがあろうかと」

 

 落ち着いた口調で割って入った妙高に、陸奥が同意したように頷く。

 

「そうね。まずは羽黒に会って、話をじかに聞いてみるというのがいいと思うわ。まっさらな状態でね」

 

 釈然としない思いもしたが、ふたりの意見に押されて提督は反論を諦めた。とりあえずは明日の午前中、執務室にて羽黒との面談をおこなうことが取り決められた。

 

「──さて、じゃあ今回の会議はこんなところでお開きかしら。司令室は加賀に任せてきたけど、専業がひとり要るだけでずいぶん楽になったわ」

 

 陸奥がリラックスした様子で、椅子の背に躰を預けながら言う。提督は尋ねた。

 

「加賀の様子はどうだ? 艦隊指揮の仕事は無事こなせているか」

「まあ、ぼちぼちね。さすがに前線帰りだから緊張感が違うわ。──そっちこそどうなの? 秘書艦榛名は」

「こっちもぼちぼちだ。さすがに最初は緊張しているようだったが、仕事の覚えは早い。今日も叢雲にぴったりくっついて、主に工廠関係を研修中だ」

 

 加賀と榛名は、提督と妙高が軍令部へと出張した数日前に、揃って出渠を完了していた。ふたりには復帰直後早々、手薄になっていた部署への配置が提示された。

 近海で哨戒中の艦娘たちを司令室から制御する艦隊指揮と、吹雪の不在で席の空いていた秘書艦である。

 

「でも、ふたりの希望が被らなくてよかったわよね。秘書艦の取り合いになったらどうしようかと思ってたのよ」

 

 余計なトラブルを避ける意味で、加賀と榛名には役職の希望をあらかじめ聞き取りしてあった。そこで利害の衝突が起こりそうな場合には、最悪それぞれの就任を先送りしてしまうことも、提督と陸奥は念のため想定していた。

 幸いなことに加賀は艦隊指揮、榛名は秘書艦をそれぞれ志望し、艦娘としての実績も申し分ないほどに積んできている二艦であることから、すんなりと就任が決定された。

 鎮守府内での反応も、それはしごく当然のことであるとして受け容れられているようで、少なくとも表面的には波風の立つ気配は感じられない。

 

「俺としては、おまえと加賀がうまくやれるかが心配だったんだが」

「は? 馬鹿言わないでよ。長門型にとって、加賀は妹みたいな存在なんだけど」

「ああ──『前世』での縁があったな。しかし今の加賀は、芯から空母って感じの艦娘だからな」

「それはまあ……たしかにね。私は加賀のことであれこれ世話を焼いてあげたいって思ってるんだけど、加賀のほうからの私への態度って、ちょっと冷淡に感じる部分もあるのよね」

「やたらと先輩面をしてくる鬱陶しい戦艦──なんて思われているのかもな」

 

 ふん、と陸奥が鼻を鳴らし、ふくれっ面をしてみせた。

 

「やっぱり、しょせんは人間ね。艦娘の機微ってものがわかってないんだから」

 

 そこまで黙って話を聞いていた妙高が小さく笑い、提督を見つめる。

 

「機微はともかくとして、金剛さんや赤城さんについても復帰後の役割を一考しておく必要がありそうですね」

 

 まったくだ──と提督は頷く。

 解決すべき問題は連綿とやってきて、絶えることがなかった。

 

 

 ◇

 

 提督は執務室に戻り、軍令部に上げる報告書の取りまとめにかかっていた。細かい日常業務については叢雲と榛名ですでに大半を片付けてしまったらしく、かなりの余裕が生まれていた。

 さして急ぎでもない書類仕事を半分ほど終えたあたりで、開け放たれた執務室の入り口へ巫女服姿の艦娘が姿を覗かせた。

 

「あっ──提督、お戻りになっておられましたか」

 

 榛名はそう言って、嬉しそうに笑う。丁寧に一礼して入室し、提督のいる執務机の前までやってきた。胸に抱えていた書類の束を差し出してくる。

 

「ええと……こちらが、工廠の明石さんからの日報になります。特記事項はないそうです」

「置いといてくれ、あとで眼を通しておこう。ほかに明石は何か、急ぎの用件を言っていたか?」

「いいえ、特には。──あ、ただ、寒冷地用の装備の点検や在庫確認についてしきりに気にしていらっしゃいました。近いうちに資料をまとめて提出されるとか」

「ああ、こちらから頼んであったことなんだ。近いうちに新しい作戦が予定されててな」

「新しい作戦……ですか。今度は寒いところなんですね」

 

 榛名が表情を引き締める。提督は首を振った。

 

「榛名がそんなに気負う必要はない。南方からの復帰組は、しばらく鎮守府で留守番だ」

「しかし、それはサポート役ということでもありますから。全力で頑張ります」

 

 両手の拳を握りしめて言う榛名に、そうだな──と提督は笑う。

 

「で、どうだ? 秘書艦の仕事には慣れてきたか」

 

 問われて榛名は破顔し、勢いよく頷く。さらりと長い髪が揺れた。

 

「はい、まだまだ未熟者ですけれども、叢雲さんからとっても丁寧に教えていただいてますので」

「その叢雲は?」

「あ、なんでも三水戦のほうで明日の演習にそなえたミーティングがあるとかで。榛名はひと足お先に戻らせていただきました」

 

 提督はなるほど──と答えながら報告書を適当に切り上げ、万年筆をキャップにしまった。

 

「あのう……提督」

 

 顔を上げると、榛名がどことなく照れたような様子で続けて言った。

 

「その──榛名は今後も、秘書艦のお仕事を続けさせていただけるのでしょうか? ──いえ、あの、もちろん、吹雪さんが帰還されるまでの間、という意味でですけれど」

「続けてもらえれば、こちらとしてはありがたい。榛名は飲み込みがいいし、よほど戦況が逼迫(ひっぱく)して戦力の再編を迫られる状況にでもならないかぎりは、事務方兼任で回してもらうつもりだ。吹雪の席を奪うくらいの気持ちで構わないぞ」

「い、いえいえ、そんなとんでもない。そんなところまでは、とても、榛名には──」

 

 榛名は慌てたように両手を胸の前で振った。しかしすぐに、深々(ふかぶか)と頭を下げて言う。

 

「でも──ありがとうございます、提督。こんなに大事なお役目を任せていただけて、感激しています」

「慣れてくればいろいろと面倒な仕事だぞ。あちこちに行ったり来たりのおつかいばかりだからな」

「あ、いえ、それは全然大丈夫なんですが……」

 

 わずかにうつむくようにして、榛名は羞じらいの気配を滲(にじ)ませる。

 

「──できれば、その、寝泊まりに秘書艦室のほうを使わせていただくことは可能でしょうか……? 戦艦寮は本棟から少し遠くて、緊急の業務などには対応が遅れてしまいそうなので」

「秘書艦室? そういえばそんなものもあったが──」

 

 提督は椅子越しに首を傾け、斜め後ろにある小さなドアを見やった。執務室の側面、提督私室の入り口と向かい合う反対側の位置に、秘書艦用の控室はある。

 

「──物置に使う予定だった部屋を改装しただけだから、ひどく狭いぞ。空調とベッドだけはなんとか入れられたが、ほかに家具もない」

「いえ──狭いのは大丈夫です! 全然、はい!」

 

 勢い込んで榛名が答える。提督はその声の大きさに少し驚いたが、続けて言った。

 

「洗面所は執務室の隣りのを使えばいいが、風呂がないな……。かつての吹雪みたいに駆逐寮のを使わせるわけにもいかないだろうし──」

「それでしたら、こちらの本棟の一階にあるシャワールームをお借りするつもりでした! ご安心ください!」

 

 眼を輝かせて食いつくような勢いの榛名に提督は圧倒されつつ、頭を掻いた。

 

「そうか……まあ、ゆっくり入浴したいなら戦艦寮に戻ればいいだけのことでもあるしな」

 

 机の引き出しを探り、小さな裸の鍵をひとつ取り出して立ち上がる。

 

「だいぶ開けてなかったから、埃が積もってるかもしれんが」

「あ、ありがとうございます──大丈夫です、自分でお掃除いたしますので!」

 

 榛名は飛び跳ねそうなほどに喜色を見せている。個性的な金剛型姉妹の中では大人しく落ち着いている印象があっただけに、提督には少し意外な心持ちがした。

 後ろに榛名を従えて、秘書艦室の小さなドアの鍵を解除し、開けた。

 出征前に吹雪は片付けを済ませてあり、私物らしい私物の見あたらない、がらんとした小部屋だった。

 空調以外では唯一の家具であるシングルサイズのパイプベッドは剥きだしのフレームのみで、部屋の殺風景さを強調している。ベッドの頭側にある窓に付けられたレースのカーテンだけは、吹雪が設置して残していったものだろうか。

 この部屋を秘書艦室として使いはじめたのは、提督と吹雪が関係をもつようになる時期の直前だ。以後、吹雪は提督私室に寝泊まりすることが多くなり、たまに十一駆の部屋に戻ることがある程度だった。つまり、吹雪が実際にここで寝起きしていたのはほんのわずかな期間にすぎない。

 しかしそれでも、確かな匂いが残っていた。

 提督の鼻腔の奥に染みついていた、かすかに甘い、吹雪の肌の匂いだった。

 記憶が綯(な)い交ぜになって、脳裏に押し寄せてくる。

 しっとりと湿る、小さな手。唇。前髪。声帯を震わせる、かすかな息遣い。体温。汗に濡れた肌。

 肌、肌、肌──。

 

「あの、提督……」

 

 後ろから榛名に声をかけられて、提督は我に返った。

 さして長い時間でもないだろうが、鍵を握りしめたまま立ちつくしていた。

 振り返ると先ほどまでの喜色が嘘のように、榛名は悄然と肩を落としていた。眼を伏せたまま、小声で言う。

 

「よくよく考えてみれば、たいへん厚かましい、失礼なお願いをしてしまいました。ですから、やっぱり──」

 

 提督は片手を上げ、榛名の言葉を遮った。

 

「あんまり狭いんで、驚いたか」

「え──? いえ、そうではなく──」

「埃は大して積もっていないようだが、ベッドの布団をしまいこんでいたのを忘れていた。天気が良ければ明日虫干しをしておくから、入れるのは早くても明日の夜になる。それで構わなければ──ぜひ来てほしい」

 

 問われて、榛名は一瞬の間にさまざまな葛藤を覗かせるような複雑な表情を見せた。

 淡い橙色の瞳が、じっと提督の眼を見つめてくる。

 やがて意を決したように、まっすぐに頷いた。

 

「はい──それで榛名は、大丈夫です」

 

 

 ◇

 

 夕刻にさしかかっていた。

 提督はひとり机に向かい、報告書の仕上げに苦吟していた。榛名が来た際に中断した箇所から、いっこうにペンが進まない。

 かたかたと、机の上の筆立てが揺れている。苛立ちが貧乏揺すりとなって現れていたことに提督は初めて気がつき、舌打ちした。

 叢雲が執務室に入ってきた。両手でファイルの束を抱えている。提督を認めると、あら──と小さな声を上げた。

 

「あんたひとり? 榛名さんは?」

「……もうすぐ日暮れだし、することもなくなってたんで先にあがらせた。お前が戻ってくるまではと榛名は言っていたが──べつに構わなかっただろう?」

「うん、いいわ。今日伝えようと思ってたことは、全部終わってたから。あとはまた明日──よいしょ」

 

 どさり、とファイルを秘書艦用の机に下ろす。

 

「それは?」

「ちょっと工廠に寄ってきたんで、明石さんから。いま使ってる主な艤装とか消耗品とかの仕様書の写し。次の作戦で必要な装備を検討するのに、執務室にも同じ資料があったほうがいいだろうからって。いま見る?」

「いや、そっちの書架の空いてるところに入れておいてくれ」

 

 壁面に設置された書架を提督は指差した。はーい、と叢雲は返事をして、ファイルをふたたび抱え上げる。

 

「──ところで榛名さんだけど、秘書艦室使わせてほしいってあんたに言ってきた? いちいち通ってくるの大変だろうから、遠慮しないで使わせてもらったらどうですかって、私が勧めたんだけど」

 

 執務机に背を向けて書架へと歩を進めながら、叢雲が問うてきた。

 提督は後ろ姿を見つめる。薄いワンピースの白い生地の下に浮かんでいる、その小ぶりながら確かな丸みを帯びた腰つきから眼が離せなかった。

 

「ああ……来ることになった」

「よかった。榛名さんすごい遠慮深いひとだから、あんたに言い出せないんじゃないかと思って心配だったのよ。榛名さんが正式な後任で決定?」

「そうかもな」

「ほんと、よかった。これで私も安心して本来の任務に戻れるってものね──よっ……と」

 

 叢雲は話しつつ背伸びをし、書架のいちばん上の段にファイルを収めようと苦労していた。提督は立ち上がった。

 

「あら、ごめん。なんか踏み台みたいのさえあれば、自分でやれるけど」

「いや、いい。こっちももう、業務終了だ」

「ふふ……ありがと」

 

 叢雲からファイルをひとつずつ受け取り、書架に収めていった。

 最後のひとつを収め終わったところで、叢雲と眼を見合わせた。満足そうに、叢雲は微笑んでいた。

 疼くものを感じた。

 これまで似てるとも思ったことのない叢雲の面影の奥に、吹雪のやわらかい笑顔を見た。

 生唾を呑み込み、提督は思わず叢雲の手をとっていた。

 

「え──な、なに」

「来い」

 

 なかば強引に叢雲の手を引き、提督は私室にむかって歩いていった。

 ドアを開け、中に引っ張り込む。

 入るなり両手で思いきり抱き寄せ、唇を重ねた。

 

「んっ──」

 

 叢雲は小さくもがき唇を離そうとしたが、すぐに抵抗する気配を緩めた。

 舌を挿し入れると、とまどいを漂わせつつも受け容れ、ひどく遠慮がちに応じてきた。

 いっそう強く抱き寄せ、舌をさらに絡めようとすると、唐突に叢雲が顔を離した。

 

「ちょ、ちょっと待って、どうしたのよ、急に」

「やりたくなった」

「え──」

 

 絶句して唖然とする叢雲へ、ふたたび唇を重ねる。

 尻の曲面に片手を這わせたところで、叢雲が身をよじった。

 

「ちょっ……駄目だってば、いまは」

「なぜ」

「なぜって、だって」

「もう誰も来ない。来たところで、この部屋の外に声が聞こえることはない」

「だから、そうじゃなくて──」

 

 もどかしそうに口ごもる叢雲を無視して尻のさらに下、腿の付け根の微妙な場所を指先で探ろうとした。ワンピースの薄い布地の奥、下着とは異なる妙な感触があった。

 どん──と、叢雲が提督の胸を両手で突いて密着から逃れる。突き飛ばすほど強いものではなかったが、明確な抗議の意が伝わってきた。

 

「だから、駄目だって言ってるの。……始(・)ま(・)っ(・)ち(・)ゃ(・)っ(・)た(・)のよ。悪いけど」

 

 提督は、はっとした。

 叢雲が不機嫌そうに睨みつけてくる。提督は慌て、幾度も言葉を呑み込んだすえに、ようやく絞り出すように言った。

 

「……すまなかった」

「まったく……ちゃんと話を聞いてからにしなさいよ」

「悪い」

 

 提督は恥じ入り、うつむいた。抵抗する叢雲の態度を、甘えの一種だろうと勝手に都合よく解釈してしまっていた。

 叢雲はいつの間にか腕組みし、部屋のドアに寄りかかるようにしていた。

 

「相手次第じゃ大事故、大事件よ。わかってる?」

「ああ……反省している」

 

 提督が神妙に言うと、ぷっ──と叢雲が吹き出す。

 

「どうやら本気で反省してるのね。あんたがそんなにしょんぼり、肩を落としちゃうなんて」

「いや……全面的にこちらが悪かったからな」

「まったく、馬鹿よね」

 

 やわらかい声音で叢雲は言うと、提督に躰を寄せてきた。

 

「ほら、そんな叱られた子犬みたいになってないで、こっち来なさい」

 

 手をとり、私室の奥へと提督を引いていく。

 リビングのソファーに提督を座らせ、自分はその前に跪(ひざまず)いた。

 

「おい、べつにそんな──」

「いいから」

 

 叢雲が手際よくベルトを解き、提督の下半身を解放する。

 

「ふふ……こっちもしょんぼり、可愛い」

 

 すっかり萎えてしまっていた陰茎を引き出してそう言い、ちょん──と指先でつついた。首を傾げて見つめ、笑い含みに話しかけてくる。

 

「すぐ、元気にしてあげるからね」

 

 尖端を、唇の間に挟まれた。

 ちろちろと細やかに動く舌先が、鈴口をくすぐってくる。挑発的で扇情的な、たまらない舌の動きと力加減だった。

 みるみるうちに育ちきってしまい、手に余るほどになった提督を見つめて叢雲はくすりと笑う。

 

「──ほんと、現金な子」

 

 添えた両手で支えられ、きつく吸い上げられた。

 

「う……」

 

 提督は呻(うめ)く。

 叢雲はけっして深く口中に含んだり、これみよがしな技巧を凝らしてきたりはしなかった。尖端をそっと咥(くわ)えたまま、細かく舌先を遣ってくるぐらいだ。

 しかし、包み込むような愛情が横溢(おういつ)していた。

 ときに、ちゅ、ちゅ──という秘めやかな音をたてて、幾度も吸いたてられる。

 叢雲は目を閉じていた。

 提督の切先への、秘かな接吻だ。

 不実な行為と自覚しつつ、提督は吹雪を想ってしまう。吹雪もまた、こうした口での行為をするときにはきまって、尖端への愛おしげなキスを繰り返していたものだった。

 叢雲が、陰嚢の表面をさわさわと優しく撫でている。

 

「は、あ……」

 

 ぞくぞくと腰から背へと這いのぼる快感に、提督は深い溜息を漏らしてしまう。叢雲がくすくすと笑った。

 

「あなたって、これ触られるの、好きよね。前にも気持ちよさそうな声、出てたわよ」

 

 唇の間から発せられる呼気が、濡れた亀頭を刺激してくる。提督はもどかしい快感に呻くのみで、とても答える余裕はなかった。

 叢雲は含み笑いをし、陰茎のさまざまな箇所へと接吻を繰り返してくる。睾丸にさえも、幾度も柔らかな唇が吸いつく感触があった。

 ふたたび、尖端を口内に含まれる。

 先ほどまでよりも少し強めに吸われ、上下の唇で小刻みにしごきあげられた。

 提督は叢雲の肩を掴む。もう終局が近い。

 叢雲はちらりと提督の顔を窺い、すべてを承知しているといった様子でペースを速めた。

 

「う、あ──」

 

 破裂させる瞬間、提督はだらしなく呻いてしまった。大量の精液を、叢雲の口中へと放出させる。

 驚くほど長い射精を、叢雲は静かに受け止めていた。

 最後の一滴まで吸い出しきって、唇が陰茎から外される。

 虚脱しきった提督が我を取り戻してふと気づくと、頬を膨らませた叢雲が困ったように眼でうったえていた。

 手近な棚のティッシュを数枚引き出し、手渡す。

 両手に広げたティッシュの上へ、叢雲がとぽりと白濁を吐き出した。たっぷり盛り上がるほどの量があった。

 まじまじと見つめて、叢雲はつぶやく。

 

「すご……出したわね、いっぱい」

「いや、すまない」

「謝らなくていいわよ。逆になんか嬉しいし」

 

 叢雲は手を揺らして白濁を眺めていたが、やがて鼻先を近づけ、顔を歪めてみせた。

 

「臭(にお)いもまた、強烈ね」

「勘弁してくれ」

 

 提督はティッシュを叢雲から奪うようにして取り、丸めてごみ箱へと放った。白濁した粘液のその量の多さが、自分の不実さと、際限のない欲望の強さとを露骨に示しているようで落ち着かなかった。

 叢雲はその行き先をぼんやりと眺めていたが、やがて提督を見上げて尋ねる。

 

「ねえ……ほかの艦娘って、呑んだりする?」

「あ?」

「だから、みんなは呑むのかって訊いてるの──その、精液」

 

 怒ったように言って、叢雲はぷいと顔をそむける。

 提督は後始末をし、下着とズボンを引っ張り上げた。

 

「まあ……その、呑んでくれと頼んだことはないと思うが」

「つまり、呑むのよね? みんな」

 

 横目で睨みつけられ、提督はやむをえず頷いた。

 

「べつに真似しないでいいからな。不味いだろう」

「たしかに不味いけど、ちょっと惜しいことした気もするのよね……。あんなに、たくさんだったのに」

「わけのわからんこと言ってないで、ほら、立て」

 

 叢雲を立たせて、唇を重ねようと顔を近づけた。叢雲は即座に顔をそむけて拒否する。

 

「──ちょっと、やめてよ。あんたのせいで、口が生臭くなってるんだから」

「気にしない」

「私が気にするのよ、馬鹿。ぜったい駄目」

 

 頑(かたく)なに拒否されて、提督は仕方なく叢雲の額に口づけした。

 

「──悪かった。それに、ありがとうな」

「うん……いいのよ。たまには」

 

 叢雲は口もとを手で押さえて横を向いていたが、頬をほんのりと染めていた。

 

「ねえ」

「ん」

「いつも中途半端になっちゃって、ごめん」

「おまえが謝ることじゃない」

「今のこ(・)れ(・)が終わったら、いっぱい……してよね?」

「ああ」

 

 さりげなく背を預けるように、叢雲が躰を寄せてきた。柔らかな銀髪が香り、懐かしいようで新鮮な匂いが、鼻腔を満たした。

 すべやかな細い指が、提督の手に絡んでくる。

 提督は複雑にわだかまる想いを押し殺し、強くその手を握り返す。

 

 

 

 

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