「おはよう、神通」
呼びかけられた神通は弾かれたように振り向き、提督に向きなおるとすぐに姿勢を正した。
「おはようございます、提督。──何か、ご用でしょうか」
微笑を浮かべ、涼やかな声で言った。
「いや、べつに用があったわけじゃない。ただ、この時間に本棟の廊下で見かけるのも珍しいと思ってな」
「指令室へ演習計画書の提出に参りました。執務室へもご挨拶にお伺いしようかと思いましたが、早朝でしたので」
「今ぐらいの時刻なら、吹雪が詰めている。たまには執務室にも遊びに来るといい。お喋りでもしよう」
凛とした微笑が、はにかむような少女の笑顔に変わる。
「──ありがとうございます。それではお言葉に甘えて、また後日にお伺いさせていただきます」
うん──と提督は頷き、神通をあらためて眺めた。
一輪の華のように、可憐な艦娘だった。このたおやかな少女の姿と、精強を誇る水雷戦隊の指揮艦である事実は、とても結びつかない。
「今日の演習というと──支援砲撃を入れて、一水戦と二水戦で対抗戦だったな。監督役は長門か」
「はい。私たち二水戦は海域防衛の想定です」
穏やかに話す神通の頬に、かすかな赤みが差している。提督は素知らぬふりで話を続けた。
「能代を指導しながら隊を指揮するのは、きつくないか? 駆逐艦もひと癖ある連中が多いから、少し心配していたんだが」
「問題ありません。能代は頑張っていますし、ほかのみんなもいい子たちばかりですから」
注意して観察していても、神通の様子に変わったところは見られない。さらに踏み込むべきか、提督はわずかの間で逡巡した。
「……神通、おまえ自身についてだが、なにか最近変わったことはないか。悩みとか、困っていることとか」
神通の微笑に、どことなく固いものが混じる。
「──いえ、特にございませんが」
「……体調も大丈夫か? 夜眠れなかったり、気持ちが落ち着かないなんてことは?」
神通が、胸の前で自分の右手を包むように握りしめた。
「──ございませんが……提督、なにか──」
瞳を揺らがせながら、心細げな声で言った。先ほどまでの態度とは一変している。
廊下の角のむこうから、おそらくは駆逐艦たちの笑い声がかすかに聞こえた。
提督は、自分が軽率な質問をしたことを悟った。少なくとも、いつ誰が通るかわからない廊下でする会話ではない。
「いや、いい。おかしなことを訊いて、悪かった」
明らかな不安と不審を顔に浮かべたまま、神通は身を硬くしている。
提督はなだめるように片手を上げて付け加えた。
「神通、本当に何もないならいいんだ。……なにか困ったことがあれば、気軽に執務室に来てくれ」
こうした言葉を重ねるほど、神通の疑念は大きくなるだろう──それがわかっていても、喋るのをやめることができなかった。
神通は目を伏せるようにして、視線を落とした。
「……お気遣いに、感謝いたします」
抑揚のない口調でそう言うと、静かに頭を下げた。
◇
「馬鹿ね。本当に悩んでる子に、悩みはないかって訊いたって答えるわけないでしょ。前に貴方が自分で言ってたじゃない」
提督のすぐ隣で、執務机になかば尻を乗せるように寄りかかっている陸奥が、心底から呆れたように言った。
提督は今朝の話をしながら、軍令部に上げる報告書を取りまとめていた。
書類に視線を戻しても、視界の端にむっちりとした陸奥の太腿がちらつく。もう夕方にさしかかろうかという時間だが、いっこうに能率が上がらない。
「とりあえずケツをどけろ。そっちの椅子に座れ」
提督が正面の椅子を万年筆の尾部で指すと、陸奥は肩をすくめた。
「いいじゃない、寄りかかってるだけなんだし。──あ、興奮しちゃう?」
「馬鹿言うな」
「男の子は喜ぶんじゃないの? 自分の机に女子が座ってたりすると」
「オナニー中毒の中学生じゃあるまいし」
「下品ねえ。吹雪がいたら、そんなこと言わないくせに」
腕を組んで呆れたように言った陸奥だが、どこか愉快そうな表情だった。
提督は手に持っていた万年筆を、机の上に置いた。
「それより、神通のことだ」
「声をかけたときには、いつもと変わらない様子だった?」
「ああ。だからつい、気軽に訊いちまった。……正直、あそこまで動揺するなんてな」
「ストレス値2位の悩みよ。元凶の貴方に、廊下で世間話をするみたいに言えるわけないわ」
「元凶ってのは、決めつけだろ」
「決まってるわよ。いくら朴念仁の貴方でも、あの子の想いはわかるでしょ。──長門のときとは違って」
提督は言葉に詰まった。今朝の神通の様子を思い出す。提督と話すときは例外なく、いつでも同じように頬を赤く染めていた。
「ほんと──自分では感情を上手く隠せてるつもりで、まったく隠せてないのは貴方といい勝負よね。こっちまで恥ずかしくなっちゃう」
「うるせえよ」
投げやりに言って、背もたれに寄りかかる。
ふと思い出して言った。
「──夏祭りのときは、普通だったんだがな」
「夏祭り? ──ああ、そういえば貴方、二水戦と行ったわね。あれってひと月前くらいだったかしら」
「あのときは前線基地から二水戦が戻ったばかりで、ねぎらいも兼ねたご褒美だ。もちろん神通も来たが、慣れない浴衣姿で恥ずかしそうにはしていても、悩んでいる様子じゃなかった」
『夏祭り』とは、鎮守府に近い街で毎年行われている花火大会のことだ。全国的にはそれほど有名でもない地方都市の祭りだが、居並ぶ屋台と露店、鎮守府では見られない雑多な人混みの様子に、二水戦所属の駆逐艦たちは眼を輝かせていた。
「貴方の観察眼はあてにならないわ。問題解決能力はちょっと見直したけど」
陸奥が、含みをもたせるような口調で言った。
「──そういえば、長門の様子はどうだ?」
「おかげさまで。すっかり態度が丸くなったわ」
「何か嫌味を言われなかったか? 結果的に騙したことで」
「まあ、なんだか言ってたけど。結局のところ好きな人と旅行して結ばれたんだから、嬉しいのは隠せないのよね」
陸奥は、わずかに上体を乗り出すようにして提督に顔を寄せた。
「ねえ、そのときのこと聞かせてよ。最初はお風呂場でしたんですって?」
「長門は、そんなことまで話したのか」
提督は呆れて言った。
陸奥の眼が好奇心で輝いている。
「すぐに赤くなっちゃって、ろくに話してくれないの。──最初から気持ちよかったって言ってたけど、本当?」
「長門は、そうだったみたいだな」
「最初は痛いのが普通でしょ」
「おまえたちは人間の常識じゃ測れないところがあるからな。たいして不思議でもない」
「吹雪はどうだったの?」
提督は陸奥を見つめた。陸奥が平然と見返してくる。
少し間を置いてから、ゆっくりと答えた。
「出血はなかったが、最初は痛かったみたいだな。慣れるのはたぶん、早いほうだ」
「ふーん……教えてくれるんだ」
「このことであれこれ詮索され続けたら、面倒だ」
「──私も、最初から感じるかしら。それとも痛がると思う?」
「最初から感じるさ」
「なんで?」
「不慣れなわけないだろ、おまえが」
「実際、不慣れよ。
「そうは思えないな。ベテランの風格がある」
「……じゃあ、
陸奥の口調は冗談めかしたものだったが、言葉を発したあとの唇がわずかに震えるのを、提督は見た。とたんに陸奥の視線が不安げに揺らいだ。
かすかに喘ぐように、陸奥が息を吸った。
瞬間、執務室の扉が開いた。吹雪が慌てた様子で駆け込んでくる。
「司令官! 大変です、神通さんが──」
言いさして、ふたりの様子を確認したのか口をつぐむ。駆け込む足を止めそこね、たたらを踏んでつんのめった。
「す、すみません。お邪魔を──」
吹雪は体勢を取り戻しながら言った。
「勘違いしないで、吹雪。邪魔じゃないわ。──それより、神通がどうしたの」
陸奥が机から離れ、入り口に向きなおって訊いた。
吹雪は陸奥と提督を交互に眺め、呼吸を整えると口を開いた。
「先ほど演習が終了したんですが、神通さんを含む二水戦の約半数に轟沈判定が。神通さんはひどくショックを受けていて──」
吹雪が言いづらそうに表情を歪めた。
「──もう二水戦の旗艦を務めることはできないと、監督役の長門さんに辞意を伝えられたそうです。今は川内さんの付き添いで、お部屋で休んでいます」
陸奥が唖然とした表情で提督を見る。
提督は、今朝自分がしでかした失敗の大きさに打ちのめされ、貼り付いたように椅子から離れることができなかった。
◇
「──以上が、演習の推移だ」
小会議室の楕円形のテーブルに広げた海域図から顔を上げて、長門が言った。
正面に座った提督は腕を組み、小さく溜息をついた。
「要約すると、こうか。神通率いる二水戦は隊を割って陽動を仕掛けたが、阿武隈率いる一水戦が乗らずに後退。神通の本隊が追撃に引き出されたところで、一水戦が反転逆襲。二水戦の別働隊は、その間に支援砲撃を受けて立ち往生。本隊の後退も遅れて、無勢の二水戦は各個撃破された──」
「判断ミスのバーゲンセールね」
長門の隣に座っている陸奥が言った。両手でテーブルに頬杖をついている。
「監督役として私が見るかぎり、判断ミスは少なくとも3回あった。防衛戦なのに隊を割って陽動を仕掛けたこと。一水戦の後退に釣り出され、これを追撃したこと。無勢の状況で後退の指示が遅れたこと──」
長門が淡々と言った。
「明日以降、一水戦と二水戦を交えて『研究会』を行うことになる。二水戦16隻中、轟沈判定が7隻、大破が4隻。小破以下の損傷で乗り切ったのは島風と雪風だけだ」
『研究会』は、実戦形式の演習で轟沈判定が1隻でも出た場合の反省会である。監督役の長門はもちろんのこと、演習に参加していない艦種からも代表者が出席し、問題のあった部隊の指揮艦はかなり厳しい追及を受けることになる。実戦での艦娘の轟沈をなんとしても避けるという、鎮守府の基本理念を体現している慣例だった。
「忙しいところ、悪かったな。さがっていいぞ、長門。──ありがとう」
礼を言った提督に、長門は目を細めて微笑んだ。陸奥に軽く頷き、提督の隣の吹雪に目礼して退室していった。
ドアが閉まると陸奥がからかうような視線を提督に向け、短く口笛を吹いた。
「報告しろ、陸奥」
提督はあえて無視して言った。
「了解。──まず神通に会ってきたけど、とても話せそうな状況じゃなかったわ。うつむいたまま『申し訳ありません』って繰り返すばかりで」
今朝の神通の、可憐な笑顔が頭に浮かんだ。あまりにも痛ましい。
「……ほかの二水戦の連中はどうだ」
「みんな、ショックを受けてる。雪風は泣きじゃくりながら『神通さんは悪くありません』ってすがってきたわ。能代と陽炎は補佐役としての責任を感じて落ち込んでる。島風だけは飄々としてたけど、あの子はあの子なりに心を痛めているわ」
「……まさか二水戦で、こんなことになるなんて」
吹雪がつぶやくように言った。溜息をついて陸奥が続ける。
「神通が抜きん出た指揮艦であることが仇になったわ。二水戦の子たちからの信頼が絶大だっただけに、今回の演習での失態が大きな動揺を招いてる」
「ほかの水雷戦隊にも、影響はあるだろうな」
「鎮守府全体に影響があるわ。水雷戦隊の士気が下がれば、空母や戦艦にも不安が広がる。よりにもよって失敗したのが、あの二水戦なんだから」
鎮守府には第一から第四まで、4つの水雷戦隊が常設されている。各隊の旗艦は軽巡が務め、『旗艦代理』の軽巡が1隻、下士官役として隊を引き締める『副艦』の駆逐艦が1隻、計2隻が旗艦の補佐役となる。二水戦の旗艦代理は能代、副艦は陽炎である。所属の駆逐艦たちも含め、『前世』での縁を重視した構成だった。
二水戦は徹底した訓練による高い練度を誇る部隊で、所属する駆逐艦も島風、雪風の両エース格に加えて朝潮、長波、天津風といった優秀な艦を揃えている。神通の卓越した指揮能力もあり、4つの水雷戦隊の中では最も信頼度が高かった。
その二水戦が実戦ではなく、演習の結果だけで打ちのめされている。陸奥の言うとおり、鎮守府全体に動揺が広がりかねない事態だった。
「吹雪、私が神通に会っている間、部屋の外で川内と話したわよね。どんな感じだった?」
陸奥が正面の吹雪に尋ねた。川内は三水戦の旗艦で、吹雪はその副艦でもある。
「それが、意外と落ち着いた様子で……『かわいそうだ』とは言ってましたけど」
「神通の悩みについては何か言ってた?」
「いえ……ただ、私が今朝の提督と神通さんの会話についてお話したら、しきりに『なるほど』と頷いて、合点がいった様子でした」
「何か知ってるわね、その感じだと」
「はい。『神通と話して、うまくいったらあとで携帯に連絡するから』と……」
吹雪はテーブルの端に置いた自分の携帯電話を眺めた。
「なら、川内からの連絡待ちね。その口ぶりからすると、悩みについての心当たりがあるってことかしら」
「そうみたいですね。以前から知ってたのか、演習が終わって私たちが部屋に行くまでに神通さんから聞いたのか、どちらなのかはわからないですけど」
「──その、『悩み』って何だ」
提督が言うと、ふたりが揃って視線を向けた。
「やっぱり、夏祭りのときに何かあったんじゃない? 貴方が唐変木だからそれと気づかなかっただけで」
「と言われてもな……そもそも花火も最後まで見なかったしな」
吹雪が小首を傾げて思案する。
「夏祭りって、ひと月くらい前ですよね。途中で帰ってきたのは、たしかイ級の目撃情報が入ったからですね」
「そうだ。だから、そんなに長い時間一緒にいたわけでもない」
「神通が告白めいたこと言ったりしなかった? それとなく愛情をほのめかしたりとか」
片手の人差し指を立てて、陸奥が訊いた。
「いや、神通は終始恥ずかしがっていて、ほとんど俺と口をきかなかった」
「ふたりっきりになることはありました? あのときは、二水戦の駆逐艦がみんな一緒だったはずですけど」
吹雪の言葉に、提督は記憶を探った。
花火が始まると島風や雪風が興奮して、もっとよく見える場所に行きたいと言いだした。ほかの駆逐艦たちも同調し、皆が先を争うように駆け出して──。
「そうだ──駆逐艦たちが駆け出していったんだが、神通は不慣れな浴衣で歩きにくくてついていけなかった。人混みもひどくてはぐれそうだったから、手を繋いで──」
「それよ! あったじゃない、大変なことが!」
陸奥が立ち上がらんばかりに興奮して言った。
「いや、繋いだと言っても10分ぐらいの間だけだし、それにあれはむしろ手を『引いた』って感じだったから、そんなに深い意味は──」
「あんたになくても、神通にはあったのよ、馬鹿」
陸奥の口調がずいぶん雑になっていたが、さすがに指摘するのはためらわれた。
横で聞いていた吹雪がしきりに首をひねっている。
「でも、それでストレス値が上がったり、悩んだりするのって変ですよね。むしろ嬉しいぐらいじゃないですか。だって、神通さんは前からその、司令官のことが……」
「わかりやすいぐらいに好意を見せていたものね。──じゃあ、それがきっかけで、なにかほかのストレス要因が引き起こされた?」
「やっぱり、私と、司令官の──」
吹雪が口もとを押さえながら言った。
「いや、それなら俺が吹雪の名前を出したときに、もう少し反応があったはずだ」
今朝の会話では、吹雪の名前を聞いても神通に大きな動揺はなかった。
会議室に沈黙が降りた。
陸奥が諦めたように椅子の背へ体を預けた。
「本当に夜眠れてないだけだったり──なんてことはないわよね。定期検査で数値に表れるはずだから」
「やっぱり、司令官が直接訊いてみるのがいちばんじゃないでしょうか」
吹雪が言うと、陸奥は小さく首を振った。
「提督に会ってくれるかしら。たとえ会えたとしても、神通のあの様子じゃ、とても何かを話せそうには思えないわ」
吹雪がうなだれたところで、その脇に置かれた携帯電話が短く振動した。慌てた手つきで手に取り、画面を確認する。
「……どうなの、吹雪。川内はなんだって?」
「えっと……これです」
画面を複雑な顔つきで見つめていた吹雪が、テーブルの中央に携帯電話を差し出した。
陸奥と提督が身を乗り出して覗き込む。
『神通が提督とふたりだけで話したいことがあるってよ~ 今夜10時に執務室に行かせるから、提督に準備しとくように言っといて!』
顔を上げると、眉をひそめた陸奥と目があった。
「話せるみたいだな」
提督の言葉に、陸奥は疲れきった様子で天井を見上げた。
◇
提督は、私室の光源を間接照明から中央の蛍光灯に切り替えた。陸奥が提督を強引にシャワー室へ押し込んだあとに調整したのだろうが、下心があまりにも露骨すぎる。
ベッドの脇に、ひとり掛けのソファーが2脚、若干斜めの角度で向かい合うかたちに置かれていた。場所が寝室というのは厭らしいものの、ダイニングのスツールは固くて落ち着かないので、これは許容できる。
避妊具を収めた枕元の小箱を確認しようとして、思いとどまった。
心の中で、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
──まず話を聞く。
抱く羽目になったら、その時はその時だ。
壁に取り付けたインターホンが作動し、吹雪の声が流れた。
『司令官、神通さんがいらっしゃいました』
神通はうつむいたまま、ソファーに腰掛けている。どこか萎れかけの花を連想させる姿だったが、儚げな美しさがよりいっそう際立つように提督には思えた。
「神通──」
呼びかけに顔を上げ、神通はどこか怯えたような視線を提督に向けた。
「ほかの艦娘に聞かれたくない話でも、ここなら心配しなくていい。執務室で誰かが聞き耳を立てていても、この部屋の音はまったく聞こえないようにできている」
「……お気遣いに、感謝いたします」
神通はわずかに頭を下げ、朝の別れ際とまったく同じ口調で言った。
「それで、話というのは?」
提督が言うと、神通は痛みをこらえるような表情で目を閉じた。
「……二水戦を辞するお許しを、いただきたいのですが」
絞り出すようにして言う。
提督はわずかに息を吸い込んだ。
「旗艦だけでなく、二水戦自体を?」
「……はい」
「そこまでする必要があるか?」
「私は、二水戦に不適格です」
目を閉じたまま、神通はきっぱりと言い切った。
その態度は、提督には不可解だった。今回ほど大きなものでなくても、演習での失態はよくあることだ。割合としては少ないものの、研究会での厳しい追及を神通は幾度も経験している。その後の実戦のたびに失態を上回る戦果を上げ、実績を積み重ねてきたのが、二水戦とその指揮艦なのだ。
明らかに、神通は秘密を抱えている。提督の疑念は、確信に変わっていた。
「水雷戦隊を率いるうえで、おまえより優れた軽巡はいない」
感情を殺した声で提督が告げると、神通は膝の上で拳を握りしめた。
「お許しは……いただけないのでしょうか」
「おまえが本当のことを話してくれないかぎりは、駄目だ」
神通が、ぱっと目を開けて提督を見た。不安と驚愕の入り混じった眼だった。
──やはり、知られたくない秘密か。
「朝は、中途半端に訊いてすまなかった。おまえはなにか問題を抱えている。そして、それを話す気になったから、今ここに来た──違うか?」
神通の顔から表情が消える。
ソファーから静かに立ち上がった。
「神通?」
提督の問いには答えず、ゆっくりとベッドの端に向かって歩みだす。
ベッドの際に達すると、背を向けたままたたずんでいた。
「──お話しするつもりは、ありません」
唐突に、芯のある声で神通は言った。
「言葉では、きっと伝わらない。きっとまた、取り繕った偽ものの私が、偽りを言ってしまう。だから──」
振り向いた。
凛とした声とは裏腹に、顔を紅潮させている。それは、羞恥によるものなのだろうか。
「──お見せして、わかってもらうしかないと……本当の、私の姿を」
提督は鼻腔の奥で、よく知っている匂いを感じた。これは──発情している女の匂いだ。
「ご覧になって、いただきたいのです。私がいかに──淫らな女なのかを」
神通がスカートをたくし上げた。
下着は身につけていない。剥きだしの花弁が、露に濡れて光っている。
「私は、提督──貴方を、穢しました。穢し続けているのです。あの日から、毎晩、毎夜──」
唖然とする提督の眼の前で、愛液の雫が一筋、花弁から糸を引いて滴り落ちた。