※この作品はR-18です。

艦娘抱けるかな   作:狂猫病

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自由奔放+立方格子

 鎮守府本棟の屋上庭園に通じる扉を開けると、湿気を帯びた芝の匂いがした。

 薄暗い踊り場から出てきた提督は、光量の差に目をくらませて額に手をかざす。暦の上では秋だが、日中の暑さは衰える気配もない。

 目を細めて周囲を見まわす。

 階段から少し離れたところにある日よけの下のベンチに、ひとりの艦娘がこちらに背を向けて座っていた。柔らかい芝生を踏んで歩み寄る途中で、それが目当ての艦娘であることがわかった。

 艦娘は背を丸め、膝の上に置いた手もとで何かをいじくり回していた。提督が背後に立っても、艦娘は手もとを動かし続けたまま気づいた様子がない。

 

「おい、川内」

「わっ──」

 

 川内は声を上げて背筋を伸ばした。慌てて振り向き、提督を見て目を丸くする。

 

「提督──びっくりさせないでよ」

「気づかないほうが悪い」

 

 言って、提督は川内の手もとを眼で示した。

 

「ずいぶん熱中してたみたいだが、何やってんだ」

 

 川内は軽く息を吐き、手の中の物体を肩ごしに掲げて見せた。よく見覚えのある、鮮やかに彩色が施された小さな立方体だった。

 

「──ルービックキューブか」

「やってみたら結構難しくてさ。2面までは揃えられるようになったんだけど」

 

 そう言うとキューブをかざし、手の中で転がすように回転させる。青と緑の面だけが揃っているようだった。

 川内は口を尖らせ、手の中の立方体を眺めていた。やがて膝の上に手を戻し、かちゃかちゃと音をたてながらブロックを回転させはじめる。

 提督はベンチの後ろにつっ立ったまま、その様子をしばらく眺めていた。

 

「となり、いいか」

 

 川内は振り返りもせず、黙って尻を横にずらした。

 提督はベンチを踏み越え、川内の横に腰を下ろした。

 日よけの下のベンチは思いのほか涼しく快適だったが、正面の海から吹く風にはどこか秋の気配が感じられた。

 かちゃかちゃと音をたてて、合成樹脂のブロックが回転している。川内とは肩が触れ合わんばかりの距離だが、提督を一顧だにする様子がなかった。

 

「今日は、非番か」

「うん」

 

 キューブをいじりながら、川内が頷いて言った。

 

「提督は、休みじゃないよね」

「ああ、ちょっと手が空いた。もうしばらくしたら、またつまらん書類仕事に戻る」

「ふーん……」

 

 川内は手を止め、キューブをためつすがめつして眺める。揃っているのは依然として青と緑の2面のみで、側面の色は相変わらずばらばらだった。

 

「……これも駄目か」

 

 小声でつぶやいた川内の前に、提督は手のひらを差し出した。

 

「やってもいいか」

 

 川内はちらりと提督の顔を見ると、すぐに手のひらに視線を戻した。

 

「ん……いいよ」

 

 提督の手にキューブを乗せる。受け取ったキューブの表面が、かすかに温かかった。

 

「崩してもいいか」

「うん。もう2面までなら揃えられるから」

 

 提督は底面の青に隣接する側面の色の順番を確かめ、ブロックを組みかえ始めた。記憶の中にある配色とは少し異なっていて、行きつ戻りつしながら配置を調整する。

 

「今日ずっと、これをやってたのか」

「うん。昨日の夜から、だけど」

「夜からって……徹夜か?」

「まあね」

 

 提督はさりげなく腕時計を見た。午後2時を回っている。

 

「眠くないのか」

「へーき。艦娘だし」

「……もしかして、冗談のつもりか」

「そうそう。兵器だからへーき」

 

 提督は苦笑して首を振った。

 側面の下段二列の色が揃った。横目で川内を窺うと、目を閉じて首をそらし、周囲に立ち昇る芝の匂いを嗅いでいるようだった。

 ときおり涼やかな風が吹き、かすかにさざめくような音をたてて芝が揺れる。

 

「平和だねぇ……」

 

 目をつぶったまま、しみじみとした口調で川内がつぶやいた。横目でその様子を見ながら、提督はキューブの上面を揃える作業に移る。

 

「退屈か、鎮守府(こっち)は」

「まあ、ね。……夜戦したいなあ」

 

 大した手間もかからず、上面の色が揃った。だいぶ手が思い出してきている。残りは側面の最上段のみだ。

 川内は変わらず首をそらした姿勢のままだった。形の良い顎と首筋が強調され、性的というよりはどこか精悍な雰囲気を醸している。

 

「金剛さんも赤城さんも、前線に行ってからだいぶ経つよね。もうどれぐらい?」

「赤城は3ヶ月半、金剛が4ヶ月になるな。もう鎮守府に戻したいんだが、連中自身がもう少し前線に留まると」

「タフだなあ、ふたりとも」

 

 川内は空を見上げながら言った。

 前線基地は鎮守府から遠く離れた遠洋、深海棲艦が多数出没する激戦海域近くの小島にある。30隻から40隻程度の艦娘が常駐しており、ほぼ毎日のように制海権を巡っての戦闘が行われている。

 防衛ラインを突破した深海棲艦の攻撃を受けることも珍しくなく、生身の人間が滞在することができないため、ベテランの艦娘が司令代理として現地で直接の指揮を執る。現在の司令代理は金剛で、副司令代理を赤城が務めていた。通常の滞在期間は75日だが、両名ともそれを大幅に超えて駐留を続けている。

 

「四水戦は、もうすぐ帰ってくるの?」

「あと10日ってところだな」

「そっか──那珂に知らせてやろうかな。四水戦の駆逐艦たちが、会いたがってるだろうし」

「……そうだな。あいつも仕事の都合がつくかわからんが、そうしてやるといい」

 

 提督はキューブを回す手を止め、全体を眺めた。すべての面が揃っていた。

 空を見上げたままの川内に向かって声を掛ける。

 

「おい、できたぞ」

「えっ──」

 

 弾かれたように提督に向きなおり、キューブを持った手に顔を寄せる。まじまじと見つめたあと、ひったくるように奪い取って様々な角度から眺める。

 

「──ホントだ。全部揃ってる」

 

 疑わしげに眉根を寄せ、提督を見る。

 

「まぐれ?」

「馬鹿言うな。──じゃあ、崩してみろ。もう一回揃えてやる」

「よーし」

 

 川内ががちゃがちゃとブロックを回転させる。念入りに色の繋がりを切ると、提督に手渡した。

 今度はスムーズに手が動いた。川内はじっと提督の手もとを見つめている。

 数分で、すべての面の色を揃え終えた。

 

「ほらよ、どうだ」

 

 完成したキューブを返すと、川内は顔を輝かせ、提督の顔と交互に見比べながら声を上げた。

 

「すごい……すごいよ! やるじゃん、提督!」

 

 川内が提督の手を取り、座りながら飛び跳ねるように喜んだ。ひとしきり手を上下に振り回されたあとで、提督はわざとらしく謙遜した。

 

「まあ、俺だって将官の端くれだからな。これぐらいは軽い」

「いやいや、すごいって、ホントに。──じゃあ、私も」

 

 川内が適当にキューブを崩し、ふたたび組み換えはじめる。提督は種明かしをしようと口を開きかけたが、まぶしいほどに顔を輝かせている川内を見て口をつぐんだ。

 ブロックの回転する音だけが、ふたりの間に漂っていた。

 川内は自分の手もとを熱心な表情で見つめていたが、唐突に口を開いた。

 

「ねえ、提督」

「なんだ」

「……仕事、たいへん?」

 

 川内は手を動かし続けている。提督は少し言葉に詰まったが、答えた。

 

「おまえたちに比べたら、楽なもんだ。俺は実際に戦うわけじゃない」

「うん。そうなんだけどさ──」

「ん?」

「そっちのほうがたいへんなんじゃないか、って思った。私たちの仕事は命がけだけど、提督は命をかけたくてもかけらんないじゃん」

「まあ……引け目は感じるが。かといって、生身の俺が前線に出ろなんて命令されてもな。命あっての物種だ」

 

 川内は手を動かしながら、小さく笑った。

 

「そりゃそうだよ。私が言いたいのはそういうことじゃなくて──」

 

 手を止め、提督を見た。髪の色と同じ濡羽色の大きな瞳が、提督の姿を映している。

 

「そういうことじゃなくて、なんだ」

「──なんだろう、わかんなくなっちゃった」

 

 自分でも不思議そうに言って、首を傾げる。髪飾りが小さく揺れた。

 

「とりあえず、お疲れ──って感じ」

「なんだそりゃ」

「たまには息抜き、しなよ」

 

 そう言って川内は、提督の肩に手を置いた。提督は小さく笑って返す。

 

「おまえもな。今夜は徹夜するなよ」

「明日はお仕事だからね。夜までやって駄目なら、寝る」

 

 川内がふたたびキューブに眼を戻し、ブロックを組み換える作業を再開する。

 提督はベンチから立ち上がった。川内が手を止め、見上げた。

 

「あれ、もう行っちゃうの」

「ああ、邪魔したな」

「ううん。正直、もう無理なんじゃないかって思ってたから、助かったよ」

 

 提督は軽く顎を引いて頷いた。踵を返す。

 川内に問いただしたいことがあったが、もう気分ではなくなっていた。錆の浮いた階段の扉の前まで歩いていき、振り返ってベンチを見た。

 提督が来たときと同じように、川内は背を丸めていた。

 

 

 ◇

 

 昨日までの晴天が嘘のように、朝から雨が降っていた。日暮れの時刻になって、屋外の電灯の光の中に無数の芯のような霧雨が見える。

 提督は執務室の窓から踵を返し、ソファーに歩み寄って吹雪の隣りに腰掛けた。陸奥が机の上のソーサーにコーヒーカップを戻して言う。

 

「──というわけで、もう神通は完全に立ち直ってるわ。お手柄ね」

 

 提督に向かって微笑んだ。

 提督は溜息をついて背もたれに体を預ける。

 

「どうだろうな。表面上の様子でそう思ってるのも、問題じゃないか」

「この一週間ずっと経過を観察してたのよ。面談もしたし。あなたが神通と夜を過ごしてから、状況は劇的に改善されたわ」

「演習で失敗する前にも、神通は問題を抱えていたはずだ。見抜けたか?」

「それを言われると痛いけど……でも吹っ切れたような様子というか、以前に比べても自信が増した感じになったのは確かよ。──抱いたことは間違いじゃないわ」

 

 一週間前の夜、私室での情交のあと、恐縮する神通に提督はなかば命じるようにシャワーを浴びさせ、明け方まで一緒のベッドで眠った。

 日の出の前に神通は起き出して身支度を整えた。退室する前に提督は『つらくなったら、また来ればいい』と告げた。

 神通は提督を見上げ、しっかりと頷いた。

 抱いたことで神通の何かが変わったのか、提督にはわからなかった。だから陸奥に命じて経過を観察させ、報告させた。

 立ち直った、という陸奥の言葉を鵜呑みにしていいものか、いまだに迷っている自分がいるのを、提督は感じていた。

 

「二水戦の様子はどうなんでしょうか?」

 

 隣りに座る吹雪が陸奥に訊いた。

 

「結束が強まったわね。前は神通に判断を丸投げ気味だったのが、能代や陽炎がリーダーシップを見せるようになったし、駆逐艦たちも自分の意見を口にするようになった。それを神通がしっかりとまとめ上げてる。──二水戦に張りついて訓練を監督している長門も同意見よ」

 

 ここしばらく、長門が執務室に顔を見せていない──提督はぼんやりと思った。普段の仕事に加えて二水戦を見ているためか、最近の長門は多忙そうだった。

 陸奥が続ける。

 

「貴方に抱かれることは、艦娘にとって大きくて、前向きな意味があるのよ。だから、この調子でどんどん関係を拡大していきましょう。実は、次に抱くべき艦娘にも目星がついているのよ。というのも──」

 

 陸奥がノート型の端末を広げ、提督に画面を向けた。件のストレス値のリストが表示されている。

 提督は一方的に話す陸奥に内心で閉口しつつ、リストに眼を向けた。

 

「あの、陸奥さん」

 

 吹雪が声をかけると、陸奥は顔を上げた。

 

「その──司令官は最近お疲れですし、次の艦娘の件は、もうちょっと間を置いてもいいんじゃないでしょうか」

 

 陸奥が少し驚いたような顔で、提督を見た。

 

「疲れてるの、貴方?」

「あー……まあ、それほどでもないんだが」

 

 提督は横目で吹雪にちらりと視線を向けた。

 

「むしろ、いま、これからその話題ってのがな……わかるだろ。そういうことを話したい気分じゃないというか……」

 

 陸奥がはっとした表情になり、慌てた様子でしきりに頷いた。

 

「あ、ああ、そういうことなのね。ごめんなさい、気がつかなかったわ」

 

 陸奥は立ち上がり、急ぎ足でコーヒーカップを流しに持っていった。吹雪がその様子を眺めて訊く。

 

「どうしたんですか、陸奥さん?」

「ええっと……ちょっと用事を思い出して、失礼するわね。コーヒーをごちそうさま」

 

 陸奥はらしくないほど狼狽を露わにして、どたばたと執務室から出ていった。

 吹雪が不思議そうにつぶやく。

 

「どうしたんでしょう……急に慌てた感じでしたけど」

「さあな。気でも利かせたつもりなんだろ。……ま、助かったよ」

 

 提督はひとつ大きく伸びをした。吹雪が心配そうに提督の顔を覗き込む。

 

「でも司令官、本当に……お疲れのように見えますけど」

「疲れちゃいないさ。ただ、神通の件が解決してるかわからないのに、はい次の艦娘です──ってのは勘弁してほしい。流れ作業めいててな」

 

 長門との旅行から帰って以来、吹雪とは毎晩一緒に寝ていた。それでもセックスの頻度が増えたわけではないので、肉体的な疲労はない。

 川内、吹雪と続けて疲労を指摘されたのは、精神的な迷いが表面に出ているためだろう。

 吹雪が遠慮がちに言う。

 

「あの……差し出がましいことかもしれませんけど、長門さんと神通さん、またお部屋に呼ばれますか?」

「ああ、なにかあったら来るように、ふたりには言った」

 

 吹雪が無言でうつむく。言おうか言うまいか逡巡している様子だ。

 

「どうした?」

「あの……司令官からお声をかけていただいたほうが、来やすいんじゃないかと。今はおふたりとも忙しいでしょうから、また後日にでも。──私は、大丈夫ですから」

「──そうだな。いずれ、声をかけてみるべきか」

「はい。すみません、無理を言って」

 

 吹雪が頭を下げた。

 提督は首筋を掻き、陸奥が置きっぱなしにしていった端末を眺めた。なにげなくリストをスクロールさせる。

 ふと思いつき、名前欄を注視しながらリストを下降させていった。

 川内の名前は、下から数えたほうがはるかに早いというほどの下位にあった。ストレス値が高めの艦が多い古参のなかにあって、異質だ。

 

「なあ吹雪、今日、三水戦は砲撃訓練だったんだよな」

「え? あ、はい。ヒトフタマルマルからヒトゴーマルマルまでの3時間ですが」

「川内の様子は、どうだった」

「川内さんですか? えっと……特に変わった様子は。いつも通り、明るい感じでしたけど」

「……ルービックキューブ、やってなかったか」

 

 提督が言うと、吹雪は手を胸の前で合わせ、ああ──と声を上げた。

 

「色のついた四角いおもちゃですよね。集合して訓練開始までの間、ずっとやってましたよ。おとつい、江風ちゃんが遊んでいたのを借りていったんです。ご存知だったんですか」

「昨日、屋上であいつと話したんだ。神通の件について訊きたかったんだが、訊きそびれてな。結局ふたりしてキューブで遊んだだけだった」

「だいぶ揃えられるようになってきたって言ってましたよ。江風ちゃんは、自分が買ってきたのにってぼやいてましたけど」

 

 提督は思わず微笑んだ。なんのかんの言いながら、川内の信奉者である江風がどこか嬉しそうにしているのが眼に浮かぶ。

 

「あいつ、俺が全部揃えてみせたら、子供みたいにはしゃいでな──」

 

 提督の話を、吹雪はにこにこと黙って聞いていた。

 昨日の屋上での出来事を話しているうちに、川内が今もキューブのブロックを動かし続けているのか、気になってきた。

 なぜだか無性に、会って話したいと思った。熱心な視線でキューブと格闘する川内を、横で見ていたかった。

 いつの間にか黙り込んでいる自分に、提督は気がついた。吹雪が困ったように、眉尻を下げて提督を見ている。心の中を見透かされたような気がして、提督は息を深く吸った。

 吹雪は微笑し、霧雨がけぶるように降っている窓の外に顔を向けた。

 

「──そういえばその川内さんですけど、訓練が終わったあとも『部室』に残って、ずっと遊んでましたよ」

「……『部室』、か」

「実は、ちゃんと戸締まりしてくれたのか、気になってるんです。艤装も置いてあるんだから鍵はちゃんと掛けてくださいって、何度言っても、川内さん忘れてるから……」

 

 そう言って、ちらりと横目で提督に視線を送った。

 提督は少し迷ったが、感情を抑えて口を開いた。

 

「──ちょっと、見てくるか。レインコートを出してくれ」

 

 吹雪は嬉しそうに微笑み、大きく頷いた。

 

 

 ◇

 

 『部室』とは、執務室のある鎮守府本棟から見て工廠の陰となる位置、岸壁沿いに建てられた平屋建てのプレハブ小屋のことだ。

 艤装の装着に特殊な設備が必要な出撃時とは違って、帰投時には手作業での取り外しが可能であるため、水雷戦隊の艦娘たちはもっぱらこの海沿いの『部室』で着替えやら休憩やらを済ませている。海側にはドックとなる開口部があり、休憩用に使われている二十畳ほどの空間とはドア付きの薄い壁によって隔てられていた。

 提督が陸側のドアを開けて中に入ると、奥のフロアソファーに腰掛けていた川内が驚いた表情を見せた。

 

「えっ──提督? なんで?」

「見回りだ。明かりがついていたから、まだ艦娘がいるのかと思ってな」

 

 言って、提督はレインコートを脱いだ。土間に置かれたラックのハンガーに掛ける。

 

「少し、いいか」

 

 提督は土間から訊いた。きょとんとしていた川内が、嬉しそうに頷く。

 

「うん! 散らかってるけど、まあ上がってよ。──ちょうど見せたいものがあるんだ」

 

 川内が立ち上がって手招きし、提督を自分が座っていたソファーに座るように促した。

 ふわふわとした感触のソファーへ腰掛けた提督の正面に、ローテーブルがある。その上に、色の揃ったルービックキューブが置かれていた。

 

「おい、もしかして……」

「うん! 揃った!」

 

 川内が勢いよく提督の隣に腰を落とした。それほど大きくもないソファーなので、二の腕や腿のあたりが密着する。

 提督は手を伸ばしてキューブを手に取り、いろいろな角度から眺めた。全面の色が揃っている。

 

「……まぐれか?」

「まさか。じゃあ、試してみなよ」

 

 川内が指をくるくると回して言った。提督はブロックをいくつか回転させ、色の繋がっている部分を切っていった。

 

「ほら」

 

 提督がキューブを手渡すと、川内はしばらく角度を変えてあちこちから見やり、やがて淀みなくブロックを回転させはじめた。

 ものの2分と経たずに色が揃い、キューブが完成する。

 

「はいっ、どうだ!」

 

 川内が両手で、提督の前にキューブを掲げた。満面の笑顔だった。

 

「これは……すごいな」

「でしょ? 苦労したもん」

 

 川内は得意そうに胸を張った。

 

「おまえ、解き方を調べたり、人に訊いたりしなかったのか?」

「してないよ。こういうのは、自力でやったほうが面白くなるから」

「それはそうだが……これを自力で解くやつなんてあまりいないんじゃないか。だいたいは、手順を覚えて揃えようとするもんだ」

「手順?」

「面をひとつ揃えたあとはそれを底面にして、側面の下段二列を揃える。そして上面、最後に側面の最上段って具合に揃えていくのが簡単な解法なんだが、回し方は暗記するんだ。この列をこっちの方向にいくつ回して──って感じにな」

「へえー……金庫のダイヤルみたい」

 

 川内がしげしげとキューブを見ながら言った。

 

「おまえは、どんなふうに考えながら揃えた?」

「うーん……考えてはいないかな。こう回したらこう動くってのが、なんとなくわかるようになったって感じだから」

 

 提督は呆れ半分に苦笑した。『習うより慣れろ』がモットーの三水戦の旗艦らしい流儀だ。

 

「提督も、解き方を暗記してるの?」

「そうだな。覚えたのは……高校のころだったか」

「ふーん……」

 

 覚えた理由は、大したものではなかった。昔遊んだものが解けないのがなんとなく癪だったとか、そんなことだ。手順をネットで調べ、そのとおりに手が動くように訓練した。作業を覚えている間はそれなりに楽しいことのように思えたが、いざできるようになってしまうと、なんとも言えない虚しさがあった。

 

「つまらんよな、そういうやり口は」

 

 提督が言うと、川内はキューブを見ながら首を振った。

 

「楽しみ方は、みんなそれぞれだよ。──それに、終わっちゃえば同じことだし」

「……やっぱり、おまえは夜戦か」

 

 川内は提督に向きなおり、破顔して頷いた。

 

「うん! 夜戦は奥が深いよ」

 

 夾雑物のない川内の笑顔がまぶしかった。提督は笑んで、しみじみと言った。

 

「まったく……変なやつだよ、おまえは」

「よく言われるけど、そんなに変かな」

「悪い意味じゃない。おまえぐらい好きなことにまっすぐだと、今の世の中じゃ『変だ』とか『馬鹿だ』って言われるだけのことだ。艦娘たちの間ですら、そうなんだろう」

 

 川内は提督をじっと見つめた。わずかに首を傾げる。

 

「提督がいちばん、変なやつだよ」

「俺が? なぜ」

「来てほしいなって思うと、急に現れるから」

 

 まっすぐな濡羽色の瞳が、提督の眼を捉えていた。提督はわずかに息を呑み、かろうじて平静をよそおい、言った。

 

「まあ、それが提督の技能のひとつだからな」

「ふふ……そっか」

 

 川内はわずかに笑み、視線を正面に向けた。横顔は妙に大人びていて、不思議なほど理知的に見えた。

 しばらく沈黙したあと、川内は正面を向いたまま言った。

 

「神通のこと……ありがとう」

 

 虚を突かれ、提督はとっさに言葉が出なかった。川内が言葉を継ぐ。

 

「昨日、屋上でも言おうと思ったんだけど、なかなか言えなくてさ。本当に、感謝してるんだ」

「……神通は、もう大丈夫か」

「とりあえずは。でもまた……呼んでやってよ。気が向いたときでいいからさ」

 

 川内が少しはにかむようにして下を向いた。

 提督は川内の横顔に言う。

 

「吹雪にも、同じことを言われたよ。半分叱られたようなもんだ」

「しっかり者だからね、吹雪は。よくわかってるよ」

 

 川内が軽く頷きながら言った。

 提督は少し息を吸い、口を開いた。

 

「なあ川内、実は俺も昨日、おまえに訊こうと思っていて訊けなかったことがあるんだ」

 

 川内が提督に顔を向けた。

 

「なに?」

「なぜ神通を俺の部屋に寄こしたか──だ」

 

 吹雪に送信したメッセージの文面は、提督が艦娘を抱くことを予期しているかのような雰囲気があった。

 

「……今、答えたほうがいい?」

「いや、訊かなくても、もうわかった」

 

 川内が眼を輝かせた。

 

「面白いじゃん、言ってみてよ」

「なんとなく──だな。後先のことなんて、おまえはなにも考えちゃいない」

「……あたり!」

 

 川内は笑った。

 実際のところ、誰よりも鋭く、速く先読みをするのが三水戦の旗艦──川内の特徴だった。その読みの根拠となるのは、言語という制限つきの『思考』ではなく、より単純な『直感』でしかありえなかった。

 提督は肩から力が抜け、膝の間に落とすように深々と溜息をついた。

 

「……提督、やっぱり疲れてる?」

「まあな。ここしばらく、シュールな状況が続いてる」

 

 事実として、軍人として務めていればよかったこれまでの環境とは、完全に状況が一変している。

 横で、川内が軽く溜息をついた。

 

「せっかく全部揃ったのに、そんな顔されると言いにくいよ」

「何を──」

 

 言いながら顔を向けた提督の唇に、柔らかな感触が重なった。すぐ眼の前で、川内の目が閉じられるのを見た。

 唇を離し、川内はにんまりと笑った。

 

「好きだよ……ってさ」

 

 

 

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