「…雪ノ下さん」
私を呼ぶのはどこか柔らかくて暖かい声音。
声の主は、いつもアホ毛を左右に揺らす可愛い年下の男の子だ。
待ち合わせ場所に選んだ駅前ロータリーの時計塔下で、彼は分厚いモコモコなコートに身を包み、私に向かって小さく手を振った。
「ごめんね、比企谷くん。遅れちゃった」
「待ち合わせの時間にはまだ5分もありますよ」
「へへ、ありがと。優しいね。それじゃあ行こうか」
私は無言で彼に手を出す。
ちょんと、彼は意地悪にも、差し出した私の手の平に飴を置いた。
分かっている癖に、そうやって照れ隠しをするのは彼の常套手段だ。
「飴よりも、私は君の手が握りたいんだけど」
「そうですか。それは察しが悪くてすみません」
ふわりと。彼は小さく笑いながら、私の手をそっと握る。
「俺も丁度、雪ノ下さんの手を握りたいと思っていたんです」
「最初から素直になりなさい」
「はは、すみません」
「相変わらず捻くれてるんだから」
そんな捻くれている所も、意地悪な所も、根は優しい所も、全部大好きなんだけどね。
なんて、口に出したら彼が調子に乗るから言ってやらない。
私はキミを振り回すためなら悪魔にだってなってやるんだから。
「行きましょう。時間が勿体無いです」
「あら?そんなに私と一緒に居たいの?」
「……言わせないでくださいよ」
「ふふ。可愛いなぁ、照れちゃって」
ツンと、彼の頬に指を軽く当てながら、私は優しくキスをする。
ほんのりと唇が当たるだけのキス。
「…続きは今夜ね」
「…っ。まったく、雪ノ下さんには敵いませんね」
.
.
..
…
………
……………
「…ってなるはずだったのに!!」
「は?」
比企谷くん家のリビングで、朝っぱらから放映されるプリティでキュアキュアなアニメを視聴する彼の背中に抱きつきながら、私は別の世界線を妄想していた。
ほら、私ってお姉さんキャラじゃない?
しかも頭の回転が早くて、周りを顎で使うような完璧なぱーふぇくとうーまんよ!?
「邪魔です…。プリキュアに集中できません」
「私とプリキュア、どっちが大事なのよ!?」
「キュアミラクルに決まってるでしょ」
「きゅ、キュアミラクル…。こ、こんなヒラヒラなスカートで戦う痴女のどこがいいのよ!」
「…おまえに痴女って言われたらお終いだわ」
黙々と、彼は抱きつく私を鬱陶しそうにしながらも、その視線をテレビから外すことをしない。
「せっかく彼女が朝早くから来たっていうのに冷たいなぁ…」
「早すぎですけどね」
「会いたくなっちゃった!」
街で暴れていた怪物が痴女によって倒されると、なんだかんだと変なオチを付けて物語は終わりを迎える。
終わった!終わったから構ってもらえる!
「比企谷くん!あそぼう!!」
「エンディングまでがプリキュアでしょうが!!」
「あぅ…」
ちょっと怒られてしまってシュン…。
ていうか、こんな子達よりも私の方が絶対に可愛いしおっぱいも大きいのに。
「…よかった。今日も最高だった…、感動した!」
「今度こそ終わったのね!それじゃあ遊びに行くわよ!」
「すみません。寝不足なんでまた今度にしてください」
「こんなクソアニメ見てるからでしょうが!!!」
「おまえもういっぺん言ってみろコラぁぁぁ!!!」
こうやって始まる日曜日。
最近何かと邪魔者が入るけど、今日はずっと2人きりだ。
それに、付き合ってからと言うものの、あまり恋人同士っぽい事も出来ていないし…。
偶には手を繋いで街を歩いてみたい!!
ブライダルフェアのポスターを見て気まずくなりたい!!
口に着いたクリームを舐めてあげたい!!
やりたい事が沢山だわ!!!
「ご、ごほん。…え〜、比企谷くん、今日はデートをします」
「えぇ…」
「…ぁぅ、だ、だって、せっかく付き合えたのに、あんまり比企谷くんと2人で居る時間もないし…」
「…」
「ぅぅ、す、好きな人と一緒に居たいって思うのはおかしくないでしょ?」
ちらりと、断られるかもしれない恐怖に抗いながら、私は彼の瞳を見つめる。
視線が合うと、あまり感情が表情に出ない彼は、ゆるりと口を開いて私の頭を優しく撫でた。
「別におかしくないですよ。…たまには2人でデートでもしましょうか」
ーーーーーー
優しく暖かい彼の手と私の冷たい手が繋がれる。
そこから伝わる暖かさは、私の身体に深く充満していき、想いを募らせ頬までをも赤くさせた。
もっと恥ずかしい事は沢山しているのに、ただ手を繋いで街を歩くことだけに、どうして私はこんなに照れているのだろう。
そう考えるも、ただ隣に好きな人が居てくれて、そっと微笑んでくれることに照れるのは可笑しくないと自答する。
「…どうしました?なんだか静かで不気味ですけど」
「君ねぇ、私だって恥じらいを持つ女の子なんだよ?男の子と手を繋いでデートをすれば静かにだってなるの」
「恥じらい…、女の子…」
「変なこと言ったらぶっ飛ばす」
「あ、はい。すみません」
た、確かに、比企谷くんとは只ならぬ関係だし、それに女の子と言うほど幼くもないけども…。
ち、違うわ!
恋する女性は皆んな恥らう女の子なの!
そう相場が決まっているの!
「そ、それで?どこに連れていってくれるの?」
「…ちょっとウィンドウショッピングでもしましょう」
「ほぇ、なんかリア充みたいな事を言うね」
「可愛い彼女と手を繋いでるんですから、十分にリア充でしょ?」
「はぅ…」
ふわりと微笑むその表情は、底が無いほど綺麗で純粋だった。
冬の寒さも忘れさせる程の熱が身体にこもる。
そうやって、君が突然優しい言葉を掛けてくれるから、私はずっと好きでいれんだ。
「ぅぅ、そ、そんな優しく微笑まないで!もう!ずるいんだから!」
「…ずるいって」
「キンキンに冷えた身体が温まるったらありゃしないわ!犯罪的よ!」
「…まったく、雪ノ下さんは熱の解放の仕方がヘタッピだから…」
.
…
……
雑談を交えながら、ショップ巡りをする事数分。
比企谷くんはとある雑貨屋さんの前で脚を止めた。
その雑貨屋さんの店前ウィンドウには、綺麗なコートとマフラーを羽織ったマネキンが立っている。
「…この店に入りましょうか」
「あいさー!」
カランコロンと、小気味好い鈴の音に出迎えられる店内。
外の寒さを遮断する扉が閉じると、暖気がふわりと頬を撫でる。
店内には様々なファッション雑貨が並び、特定のブランドでは無い物が多く並んでいた。
「あ、このスリッパ可愛い…。雪乃ちゃんに買ってあげようかな」
「買ってあげる前に盗んだスリッパを返した方が良いのでは?」
なんて、軽口を叩き合いながらも店内を物色する。
可愛らしい小物なんてのはあまり私の趣味じゃないけど、どうしてだろうか、比企谷くんと居ると全てが輝いて見えるのだから不思議…。
ふと、彼が何かを見ながら立ち止まっていることに気付いた。
「ん?なにか欲しいものでもあったの?」
「…欲しいと言うか、雪ノ下さんに似合いそうな物がありましたよ」
「ほぇ?」
そっと、彼はソレを棚から取ると、私の首元に巻きつける。
手慣れた手つきで私の首に巻かれるソレは、薄いオレンジ色のマフラー。
思わず、そんな彼の行動に照れてしまい、私は下を向いてしまう。
…急に、顔を近づけられたからびっくりしちゃっただけだもん。
「…似合ってますよ」
「ぁ、ほ、本当に?」
「はい。これまで彼氏らしいことなんて出来てませんからね。俺からのプレゼントです」
「ぅ、ありが…、とう…」
だめだ。
恥ずかしくて、暑くて、照れて…
比企谷くんの顔が見れないよ。
少し背伸びすればキスが出来そうな距離で純粋な優しさを向けてくれる彼。
今は、マフラーがいらないくらいに暖かい。
これからも、ずっと暖かい陽だまりを私に与えてくれますようにと、切ない想いを抱きつつ、私は精一杯の照れ隠しを見せる。
「か、買ってくれるだけじゃ私の気が収まらないわ!なにか…、比企谷くんにも……」
「はは…、そんな気を使わなくて結構ですよ。俺はただ……」
ただ…。と、呟いた彼の視線と私の視線がぶつかった。
ねぇ、比企谷くん。
その瞳に映る私は、君の本物になれている?
なんて…、少しだけ恥ずかしい事を考えてみたり。
「ただ…、なに?」
「俺はただ、俺のマフラーを返してもらいたいだけです」
「良い雰囲気をぶち壊しただと!?」