何の気なしに訪れたコンビニで、無意識にも彼が愛飲する黄色と黒が特徴的な甘いコーヒーを探す。
あまりに甘すぎて飲めたもんじゃない。
少なくとも、私の口には合わないそのコーヒーを、私は何故か探していた。
…ないなぁ。
思えば彼くらいしか飲んでいる人を見た事が無い。
ミルクコーヒーのようなそれを、少し大人びた彼が傾ける姿はほんの少しだけ格好良く、気付かぬうちに見惚れていたっけ。
……変なの。
歳下の癖に卑屈で、達観した彼の物言いが聴きたくなるなんて。
そう、考えていたときだった。
彼が突然に声を掛けてきたのは。
「へ?え!?ひ、比企谷くん!?」
浮ついた声が溢れる。
私らしくないのは分かっていた。
突然に現れるのはいつも私の役目だったから。
途端に血が沸騰するような熱を感じながら、私は普通を装って彼へと接する。
「顔が赤いです」
どうやら私の顔は赤いらしい。
いや、自覚してたけど…。
ふと、部屋での妄想が頭を過る。
彼の優しい手つきが、イヤらしく私の恥部を弄ったあの妄想。
顔が熱い。
身体も熱い。
キュっと、下半身が切なく悶える。
彼に触れられたおでこから、冷たくも気持ちの良い体温が私の身体へと流れた。
思わず握った彼の腕。
漂う甘い彼の香り。
気付けば、私は彼に家まで送れと要求していた。
…もっと可愛らしく甘えられたら、要求せずとも比企谷くんは私を送ってくれていたのかな…。
彼の嫌がる素振りが少しだけ心を傷ませる。
雪乃ちゃんやガハマちゃんなら何も言わずに送ってあげるくせにさ…。
冗談だよ。1人で帰れるからまたね。
と、コンビニを出たら言うつもりで。
私は彼の腕を掴む力を弱めた。
ふんわりと。
彼の暖かさに包まれる。
私の首元に巻いてくれたマフラーは穏やかな淡い優しさみたいに。
そっと、彼は呟いた。
「送りますよ。ほら、とっとと行きましょう」
………
……
…
.
.
流石に腕を解放した私は、彼の1歩後ろを歩く。
いつもなら先導を切る私に、彼は不思議がりながらもゆっくりと歩幅を合わせてくれた。
「…今日の雪ノ下さんは静かですね」
「え?そ、そうかなぁ」
「いつもはウザいくらいにうるさいじゃないですか」
「言葉選べよ」
そんな彼の憎たらしい口調に苦笑しながら、私はマフラーに深く顔を埋める。
…比企谷くんの香り。
コレは妄想がまた捗りますなぁ。
「…もうすぐ卒業だね」
「そうですね」
「雪乃ちゃん達と離れ離れになっちゃって寂しい?」
「…まぁ、少しだけ。なんだかんだ長い付き合いになりましたからね」
茶化したつもりが思わぬ彼の素直さに面を食らった。
「雪ノ下さんも、卒業したときは寂しかったですか?」
「…私はどうかな。…キミ達みたいに大切だって言い合える人は居なかったし」
「はは。さすがはぼっちの海賊王です」
「だれがワンピース探してるって言った?」
「でも、それは雪ノ下さんが完璧過ぎたから、周りが敬遠したんでしょうね」
「……。そうかもね」
敬遠なんて生易しい物じゃないよ。
私は自らの完璧さを自覚した上で、周りを一定の所までしか近付かせないように壁を張ったんだ。
見下して、操って、利用して。
そんな最低な女なんだ。
「…私は完璧なの。誰よりも優れて誰よりも強い」
無意識に呟いたその言葉。
私と比企谷くんの間に強い風が吹いた。
「…俺には欠点だらけに見えますよ」
「…へ?」
そう言って、彼は寒がるように身を縮こまらせた。
私が欠点だらけ?
私の欠点なんて少し寂しく部屋でゴニョゴニョしてる事くらいだわ。
それもキミをオカズにしてね!
…。
「…比企谷くんは、私を何だと思ってるのかな」
「何とも思ってないです」
「…敬遠しなさいよ。完璧なこの私に」
「…ふっ」
「鼻で笑った!?鼻で笑ったのね!?謝りなさいよこの完璧な私に!!」
私は彼に詰め寄り謝罪を要求した。
そういえば、彼は初めて会ったときから無遠慮な子だったな。
そんな彼の反応が楽しくって、見つける度にちょっかいを掛けていたんだ。
「まったく。キミには困ったものよ」
「はいはい。ほら、お家に着きましたよ?」
彼が面倒臭そうに到着を知らせた。
ズキンと、胸を刺す小さな痛み。
ただ一緒に歩いただけだけど、この日が終わればまた、彼に会うのは難しくなるから。
「…ぅぅ。そ、そうだ、お茶していかない?」
「いえ、帰ります」
「ぐぬぬ。外は寒いよ?このまま路頭に迷う気?」
「帰る家がありますから」
分かっていた事だ。
彼が私の誘いに乗らないことくらい。
仕方がない、
「わかった。じゃあね、比企谷くん」
「はい。あ、その前にマフラーを…」
「早く帰って!帰りたいんでしょ!?」
「え、そうですけど、マフラー返して…」
「じゃあね!」
「おい!マフラーを返せ!」
「何のことやら!寒いから私は家に入るわね!」
「マフラー返せって言ってんだろうが!!」
ーーーー☆
首元がスースーする。
俺は抵抗も虚しく、彼女の罠に掛かってしまったようだ。
門前での一悶着後に、俺は渋々と家の中へと上がらされ、柔らかいソファーで紅茶を啜ることに。
何なんだよ。
返してほしければココまで来なさい!って。
「…いい加減マフラーを返してくれません?」
「嫌よ。寒いし」
「部屋の中なんだから暖かいでしょ」
彼女はダッフルコートを脱いだにも関わらず、何故か俺の貸したマフラーだけは外そうとしなかった。
「…はぁ、それにしても雪ノ下家の一族は不在なんですか?」
「なにその犬神家の一族みたいな言い方」
リビングには紅茶を片手に持つ俺と、お茶菓子を用意する雪ノ下さんしか居ない。
あまりジロジロと見渡すのも失礼かもしれないが、室内には所々にモダンな洒落た家具が置かれていた。
「お父さんとお母さんは講演会で東京に行ってるよ。雪乃ちゃんは知らない」
パカパカとスリッパを鳴らせ、雪ノ下さんはお茶菓子を持って俺の対面へと座った。
マフラーは着けたままだ。
「嫁入り前の娘さんが男を誰も居ない実家に招待するもんじゃないですよ」
「え?いつも来てるじゃない」
「は?」
「あ、間違えた。アレは妄想か…」
ごしょごしょと小さくなる声に、最後の方の言葉は聞き取れなかった。
雪ノ下さんは気を取り直してとばかりに、偽りの冷静さを装い紅茶を傾ける。
「…雪ノ下さんて、いつも1人で何をやってるんですか?」
「ぶっーーー!?」
「……。汚い…」
「あ、ご、ごめんね!?で、でも比企谷くんが変な事を聞くから…」
目に紅茶が入って染みる…。
俺は手で顔に掛かった紅茶を拭いながら、ジト目で雪ノ下さんを睨む。
「ご、ごめん!タオルタオルー!」
…おかしい。
こんなに慌てた雪ノ下さんは見た事がない。
先ほど会ってから、ずっとどこか浮ついているような…。
「あの、これ、タオル…」
「…どうも」
受け取ったタオルで顔と髪を拭き上げ、服に掛かった所をポンポンと叩く。
「…染みになっちゃうね」
「まぁ、染みの一つや二つは気にしませんが」
「は、早く洗った方が良いよ…」
「…?そうっすね、それじゃ俺、帰って服を…」
「早く!早く洗わなきゃ!!」
「ちょ、え?な、何を…?」
雪ノ下さんが突然に立ち上がり、リビングから出て行く。
しばらくして、パタパタと鳴り響く音が廊下から近付いて来たと思うと、彼女はスウェットとバスタオルを一式手に持ち現れた。
「ほら!比企くん早く!」
「へ?へ?」
「早く脱いで!!」