不貞腐れた様子でソファーに腰掛けていた比企谷くん。
本来なら、誰も居ない2人きりのお家にこんな美人で歳上な女性と泊まれるイベントを泣き叫びながら喜んでもおかしくない。
……はっ!!
AVで見たことがあるわ…。
気の無い素振りを取りつつ、ベッドに潜れば狼となる童貞物を。
…そっちなのね。
そっち系の男なのね比企谷くん!!
「草食系の皮を被った狼さんめ…」
「…は?」
帰れないと悟ったであろう彼は、夕食の準備をし始めた私を見て。
「何を言ってるのか分かりませんが、タダ飯ってのも居心地悪いんで」
「もう。お客様なんだから座っててくれていいのに」
私はお味噌汁に混ぜようとしていた媚薬を咄嗟に隠しながら、比企谷くんへ笑いかける。
なんだかんだ律儀な子だ。
「料理も出来るんですね」
「そりゃね」
「メニューもいっぱいです」
「簡単なものばかりだけどね」
ポテトサラダ(媚薬入)と生姜焼き(媚薬入)をお皿に盛り付けると、比企谷くんがそれを食卓へと運んでくれた。
この隙にお味噌汁へ媚薬を混入させておこう…。
全品が揃ったテーブルに座り揃って手を合わせる。
「「いただきまーす」」
…食え、食え、食え!!
口に運んだら最後、キミは私の料理で胃袋も性欲も鷲掴みにされるのよ!
「…あの、そんなにジロジロ見られてると食べ辛いんですけど」
「ふぇ?あ、ごめんごめん。さて、私も食べよーっと」
訝しげな目で私を睨みつつも、彼はソレを口へと入れる。
…た、食べたわっ!!
「…ん、普通に上手い」
「えへへ、そう?…ほら、もっと食べて食べて」
彼は素直に料理を食べる。
それが媚薬入だとも知らずに。
…ぇへ。今夜、襲われちゃうのね…。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
あれ?なんにも変化がないわね…。
飲んだことがないから知らないけど、AVとかだと即効性の薬だと思ってたのに。
そろそろ目がトロンとなって、抑えきれない性欲を私にぶつけてきてもいい頃合いだけど…。
「…ねぇ比企谷くん。なんか身体におかしな事は起きない?」
「ちょ、何んすかその怖い質問。これ毒でも入ってたんですか?」
「え、いや、えへ、毒じゃないけどさ…、もうっ!無粋な事を聞かないでよ」
「毒じゃない何かは入ってのかよ!全然無粋な事じゃねえよ!」
「あれー?おかしいなぁ…」
「…ホントどうかしてんだろこの女…」
彼は呆れながらお箸を止める。
「…なに入れたんです?」
「いやいや、ちょっと媚薬を入れただけだよ」
「いや、そんな隠し味にチョコ入れた、みたいなノリで言われても…」
媚薬と聞いてもなぜか落ち着いている彼に、私はぐいぐいとおかわりを進めるも、流石に受け付けてくれない。
ただ、彼は媚薬入りと分かっていながら出された料理は残さなかった。
…ま、まさか、比企谷くんも媚薬の効果を期待して…っ!?
「よ、夜の準備…、した方がいい!?」
「…何を言ってんですか」
「い、今のキミは媚薬で性欲狼と化しているじゃない。わ、私も覚悟を…」
「飲ませたのはあんただろ。…あと、何か勘違いしていませんか?」
「ほぇ?」
比企谷くんは食べ終えた食器を重ねてキッチンへと運ぶ。
その際に彼の下半身を見たがテントを張ってる様子はない。
「媚薬は理性をぶっ飛ばす物ではありません。感度を高める物です。さらに言えば、ネットで出回る媚薬の多くは偽物です」
「…っ!う、うそ…、そんなわけ…っ。ち、違うわ!!偽物なわけが無い!」
「…特に、品名が漢字のみの商品は偽物率が高いです」
「な、なん…、だと…?」
絶句。
地に落ちた有象無象の嘲笑。
貧困な考えを持った痩せた発想。
この私が…。
この完璧である私が偽物を掴まされた…っ。
ふと、ポケットに入れていた媚薬の品名を確かめる。
【絶頂淫乱夜行】
掴まされた…。
全てが漢字の品名。
その値段、現在のレートで39800円。
「…っ、ぅ、うぅ…。なんて…、なんて迂闊なのよ、私…っ」
「な、泣くほど!?ていうか、それを俺に飲ませてどうする気だったんだよ…」
「ぐぬぬっ…」
彼はジャージャーとキッチンで自らの食べた食器を洗い終えると、時計を1度見る。
「…はぁ、そろそろ本当に帰りますよ。流石に小町が心配しますから」
「だ、だめよ!帰らせないんだから!」
「ちょ、は、離せっ!そして靴とマフラーを返せ!!」
帰ろうとする比企谷くんの腰にしがみつき、私は必死の抵抗を見せた。
「1人にしないでよ!私を1人にしないで!!」
「く、くそっ!な、なんだってんだよコイツっ!」
「媚薬まで用意したんだから私を襲ってよ!」
「俺を社会的に抹殺する気か!?」
「満足させるから!比企谷くんの言う事をなんだって聞くから!」
「俺の言う事は一つだ!この手を離して家へ帰らせろ!」
「嫌よ!もう嫌なの!1人でするのはもう嫌なの!!」
「ひ、1人…?ちょ、まじで何を…」
「エッチしてよ!私とエッチして処女を奪ってよ!!」
ーーーーー☆
聞き間違いだろうか。
俺は自らの耳を疑うも、腰にぶら下がる雪ノ下さんの言葉は今も尚聞こえている。
私とエッチして処女を奪ってよ!
魔法少女になってよ!みたいに言うなよ…。
…。
この人は本当にあの雪ノ下さんか?
いつも冷静沈着で、人を弄ぶように手のひらで転がす彼女が、こんなにも必死に懇願し、あまつさえエッチしてと叫んでいる。
考えてみれば、コンビニで声を掛けたとき、スク水で現れたとき、媚薬を混入させていたとき…、妙な所は沢山あった。
沢山ありすぎた。
…ま、まさか…。
…っ!
「…しょ、処女をこじらせやがったのか…っ!」
「しょ、処女って言うな!」
「今さっき自分で言ってたろ!」
俺はひっつく雪ノ下さんから距離を取ることを諦め、仕方なく玄関へと向かう脚を止めた。
尚もひっつく彼女の肩をトントンと叩き、降参の意思を伝える。
「とりあえず泣き止んでください。そんな下らないことで泣かれても困りますので」
「下らなくないもん…」
腰から手は離したものの、雪ノ下さんかは不安気な眼差しを俺に向けながら、俺の右手をギュッと掴んだ。
……うん、すごく胸キュンな行動だけどさ、さっきの言葉が頭から離れなくてね…。
彼女に手を握られたまま、俺たちはリビングのソファーへと再度座り直す。
ピトリとくっつく雪ノ下さんが邪魔くさい。
「…私、おかしいの」
「そうですね。今日はずっとおかしいです」
「ずっと比企谷くんの事ばかり考えちゃう。寝ても覚めてもオナニーしてても」
「おい待て、最後になんか違うのが混ざってたぞ」
「比企谷くんが好きなの!エッチしたいの!!」
「色気もクソもねえな!」
もしも、普通に雪ノ下さんから告白を受けたら、断る断らないを関係無しに緊張して声が出なかったかもしれない。
見た目は綺麗で女性としての器量も良いし。
俺とは釣り合いようがない女性だ。
夜空の下で星座を教えてくれながら、自然手を握り告白をしてくれる。
彼女ならそんな素敵な物語を描いてくれるだろう。
…それが実際はどうだ?
媚薬だの処女だの、挙げ句の果てにはエッチがしたいだの、こいつへ抱いていた俺の想像を見事にぶち壊してくれやがった。
好きなの!エッチがしたいの!
って…。
「…一旦落ち着きましょう。処女ノ下さん」
「しょ、処女ノ下さん!?」
向き合えば再確認させられる美しさ。
どんな状況であれ、こんな人が俺に告白してくれたのかと溜息が出る。
俺も男だ。
処女の覚悟を無駄にすることは出来ない。
そっと、俺は彼女の耳元で小さく呟く。
「わかりました。一緒に大人になりましょう」