「ふざけないで!明日行くからね!ちょっ!…き、切られた…」
静まり返るリビングで、バスローブ姿の私は鼻息荒く彼との通話が途切れたスマホをソファーに投げつける。
その姿にビクっと驚いた雪乃ちゃんが怖いものでも見るかのように私を見つめた。
「ね、姉さん、どうかしたの?」
「ふん。雪乃ちゃんには関係ないよ」
「え?私に用があるんじゃないの?」
「へ?」
「なんか、比企谷くんから姉さんがナニかを持て余してるから帰ってやってくれと言われたのだけれど」
ナニか…。
えぇ、性欲を持て余していますよ。
ついさっきキミに裏切られた分、より持て余しているわよ。
…それで?
キミは妹でソレを発散しろと?
「…っ!わ、私は雪乃ちゃんと違ってそっちの趣味は無いの!!」
「……は?」
「私はもう寝るから!おやすみ!ゆりのんちゃん!」
「……ゆ、ゆりのん?」
不思議そうに首を傾げる雪乃ちゃんを放っておき、私は大股で自室へと戻った。
怒りをぶつけるように、ノーパンノーブラのバスローブ姿のままでベッドへと飛び込む。
「とぅ!」
ばふん!
あーー!もう!!
本当なら今頃、比企谷くんが意地悪に私を焦らしてるハズだったのに!!
…んん、私のこと嫌いなのかなぁ…。
でも、あの年齢の男の子は私くらいのお姉さんに欲情しやすいって本に書いてあったし…。
解せぬわ…。
「…あ、そうだ」
悩むことをやめ、私はクローゼットの下着入れを開けた。
そこに隠しておいた比企谷くんのマフラーを取り出し首元に巻き付ける。
…はぅ、良い香り…。
これで5回はイケそう…。
「…でも、今日はやめておこう」
妄想後の嫌悪感。
今は彼と過ごした時間に酔って、幸せな気分のままに眠りたい。
香りに包まれて、彼の暖かさを…。
「…明日、押しかけてやるんだから」
.
…
……
………
空気が気持ち良い。
普段なら寒くて仕方がないこんな日も、今の私はスキップする程に浮かれていた。
ほっほっほっ!と、横断歩道の白い所だけを踏んで歩き、比企谷くん家が見えてきた所で前髪を整え直す。
インターフォンのボタンを押し、小気味好い音が鳴り響いた。
ピーンポーン!
『はいはーい!どちら…、おろ?陽乃さん?』
インターフォン越しに伝わる元気な声は小町ちゃんであろうか。
彼女はカメラに写る私を見て、不思議そうに呟いた。
『今開けますねー、って、お兄ちゃん?窓からどこに行くの?』
「小町ちゃん!比企谷くんを捕まえて!」
『ほえ!?わ、わかりました!あ、鍵は開いてるので勝手に入ってきてください!!』
家の中からドタバタと騒がしい音が聞こえてくる。
私は小町ちゃんの了承に従い、家主の出迎えが無い玄関を潜り、リビングへと早足で向かった。
「お、お兄ちゃん!どうして逃げようとするの!?」
「おま、魔王と悪魔を足して5で掛けたような人が近付いてるんだから逃げるに決まってんだろ!」
窓枠から今にも飛び出そうとする比企谷くんと、それを阻止しようと腰にしがみつく小町ちゃん。
比企谷くんの顔は青ざめ、窓枠に掛けた脚は大きく震えている。
「へぇ、お姉さんって魔王と悪魔を足して5で掛けたような人なんだ」
「ふぇ!?!?」
情けない声を出しながら、彼は私に目を合わそうともせずに固まった。
「あ、陽乃さん!こんにちは!」
「はい、こんにちは。小町ちゃんは挨拶が出来て偉いね」
小町ちゃんは猫のように目を細めて笑う。
可愛らしい笑顔だこと。
それに比べて……。
「ねぇ、比企谷くん、キミはどこへ行こうとしてるのかな?かな?」
「…っ、え、あ、はい、えっと、ちょっと川へ洗濯に」
「嘘だっ!!」
「こ、声が似てる…」
私は比企谷くんの首根っこを掴み上げ、空いていたソファーにぶん投げる。
「何枚がいい?」
「な、何がっすか?」
「剥がすの」
「へ?」
「つ・め ❤︎」
「!?」
ーーーーー☆
雪ノ下さんはは感情を読み解かせない笑顔を貼り付ける。
ただ、こめかみに出来た青筋が、隠しきれない感情を表していた。
頭を下げれるだけ下げるも、雪ノ下さんから漏れる殺意のオーラは消えることがない。
よ、よし…、ここは日本人ならではの文化
お・も・て・な・し!だ。
確か冷蔵庫にマッ缶が入っていたはず……。
「ゆ、雪ノ下さん!喉が乾きませんか!?」
「……」
「マッ缶だー!小町!最高級のマッ缶を用意するんだ!!」
と、俺の怒鳴り声は誰にも届くことなく部屋に響き落ちた。
こ、小町が…、居ない…?
「小町ちゃんなら出掛けたよ。…お兄ちゃんをよろしくお願いします。だってさ」
「…っ!」
雪ノ下さんはニコリと笑い、一歩、また一歩とこちらへ近付いてくる。
本能が叫んでいた。
逃げろ。直ぐに逃げろ。と。
…逃げれるなら逃げたいさ。
脚が動けばな…。
「…比企谷くーん?どうして怯えてるのー?」
彼女の大きな瞳に怯える俺が映った。
吐息の音が聞こえる程に近い距離。
気付けば、雪ノ下さんはソファーに腰掛ける俺の膝へと座り、首に腕を回した。
こ、このまま首を360度回されるの?
「…あ、あの、俺は殺されるんでしょうか?」
「殺されたくない?」
「…それはもちろん」
「じゃぁ、私の言う事を絶対に聞く?」
ほんの数センチでも動けば唇がくっ付いてしまいそうだ。
柔らかそうに潤う唇が今にも…。
って、どんな状況だ!コレは!!
俺の無言を肯定と捉えたのか、雪ノ下さんは表情を和らげて小さく首を傾げる。
「それじゃあ、キミの部屋に連れていって?」
「……は?」
.
…
……
「ほえ〜、ここが比企谷くんの部屋かー」
先程までの不機嫌は何処へやら、雪ノ下さんの注文通りに俺の部屋へと案内すると、彼女はきょろきょろと室内を見渡しながらベッドに腰掛けた。
「あんまり詮索はしないでくださいよ」
「ふふん。わかってるわかってる。ベッドの下の拘束具なんか見てないよー」
「そんなマニアックなもん隠してねえよ!」
俺はそんな彼女の冗談を聞き流しながら床に腰を降ろす。
…昨日といい今日といい、この人は何を考えてるんだ。
…遊ぶ人が居ないのかなぁ。
やばい、そう考えると少し可哀想に思えてきた…。
すると、雪ノ下さんはこてんと身体をベッドに倒し、挙句、枕を引き寄せ顔を埋めた。
「ちょ、何やってんですか」
「ふもぉー!ほぐふぐふぐ!!」
「……」
「ほむ……、ぷはっ!」
「……」
「へへ、いっぱい香りを嗅いじゃった」
…精神がここまでやられていたのか…っ!
俺がもう少し優しくしてやってれば…。
「はふ…。比企谷くんの香り。…大好き…」
「…おい、枕をバッグに仕舞おうとするな」
「これは没取よ。キミはけしからんからね」
「あんたはどんだけ俺の私物を奪う気だ」
「いいじゃない!香りを堪能するくらい!」
「くそっ!枕を離せっ!」
「いやっ!コレは持ち帰るの!」
強引に雪ノ下さんから枕を取り返そうとするも、一向に掴む手を緩める気配が無い。
なんで!?
なんでそんなに俺の大切な物を奪っていくの!?
「…ぐすっ。ぅう、もっと愛してよ!」
「な、なんだ急に!?」
「私をもっと愛して!」
「…マジでコイツ帰ってくんねえかな」
雪ノ下さんはぐずぐずと鼻水を垂らしながら目に涙を浮かべた。
腕にはしっかりと枕を抱いて。
「うぅ…、昨日だって、私をその気にさせて勝手に帰っちゃうし…」
「ぐっ、いやアレはですね、行き過ぎた冗談に仕返ししたって言うか…」
「冗談じゃないもん!本当に私は比企谷くんが好きなの!」
「はいはい」
「信じてないわね!?…そ、それなら…」
何の冗談だと笑い飛ばしながら雪ノ下さんの話を聞いていると、彼女は突然に立ち上がり、キッと俺を睨みつけた。
「ココで私のおっぱいを吸わせてあげるわ!!」
「え…」
お、おっぱいを…?
何を言い出したんだこの処女は、と思っている内に、服をぬぎぬぎぬぎぬぎ……、っておい!!
「ちょっ!?な、何を突然バカな事を!?」
「バカじゃないもん!」
「え!?ちょ、マジで!?」
ふわりと投げ捨てられたセーターとTシャツ。
露わになった綺麗な肌と、2つの膨らみを隠す黒のブラジャー。
蒸気させた頬で、恥ずかしさを我慢しながら俺の目の前に立つ彼女は、ゆっくりとその手をブラホックへと伸ばす。
「ま、待ってくださいっ!…っ、あの、これ以上は冗談じゃ済まなくなります…」
「…冗談じゃ…ないもん…」
「…っ、わ、分かりましたから…。雪ノ下さんの言葉を信じます。…だから服を着てください」
「…信じてくれたの?…私の気持ち」
「…っ」
「なら…、分かるでしょ?」
「…は?」
黒いブラジャーがひらりと床へ落ちた。
それは彼女の豊満な胸を隠す最後の砦。
少しでも目を開けてしまえば、俺は……。
「…もう我慢出来ない。…早く私を犯して…」