「うむむむ…」
いやぁ、こりゃ参ったわねぇ。
まさか比企谷くんにあんな変態プレイを強要されるなんて…。
まるで雌豚を見下すような視線で視姦する彼の瞳。
力強く私の太腿を掴む手。
寝付いた私を優しく撫でてくれた彼の手つき。
思い出しただけでも濡れてきそうになるほどの、その強烈な記憶が頭の中で何度も何度も反芻する。
彼と私が一線を越えてから数日経った今でも、それを思い出しながら自慰するだけで、味わい深い快楽を得られるのだ。
「…ふむ。でも1人でやるのも飽きてきたし…。正妻となった今や、遠慮する必要もないわよね?」
彼の寝顔がホーム画面となっている私のスマホ。
思わずニヘらと頬が緩んじゃう。
…おっと、違う違う。
電話電話〜っと。
土曜日の昼間ならきっと暇な彼はお家でゴロゴロしてるはずだ。
タップを数回繰り返すと、小気味良い電子音が鳴り響く。
とぅっとぅるーるるる。
とぅっとぅるーるるる。
『…はい?』
「おっす!比企谷くん大好き!」
『はいはい。それで?何か用ですか?』
「デートだよデート!」
『デート…』
「私たち付き合ってるんだよ!?それなのに、特殊なエッチをして以来、電話とLINEしかしてないじゃない!」
『特殊なエッチ言うな…。まぁ、学校もありましたからね。デートか…。ん〜』
電話先から何かを躊躇う呻き声。
そもそも平日だって、受験を終えた彼は自主登校のクセに、律儀にのたのたと学校へ向かうのだ。
きっと奉仕部が、彼の重たい脚を動かす理由なのだろうけど…。
…べ、別に不安とかじゃないよ?
だって彼は私の全てを受け入れてくれたんだもん。
雪乃ちゃんやガハマちゃんじゃなくて、私を選んでくれたんだもん。
大人な私はね、お子ちゃまな彼女達と違って、他の女の子と会うからっていちいち情緒不安定になったりなんかしないんだからね?
「えへへ、一緒に水族館に行こうよ。それでぇ、夜景が綺麗な所でディナーを食べてね、ふかふかなベッドでまた…、その…、へへへ」
『…ふむ。それ、今度でも良いですか?』
「な、なんですって!?」
『っ!ちょ、声が大きいな…。これから、少し用事があるんですよ』
「用事が…、ある、だと!?…も、もしかして女の子との用事!?」
『…情緒が不安定すぎません?』
「雪乃ちゃんはガハマちゃんと2人で千葉まで買い物に行くって言ってたし…、ってことは小町ちゃんね?小町ちゃんくらいしか居ないもんね!?」
『あ、いや、一色が来年の…』
「ぐわぁーっ!!ぬかったわ!ぬかってしまったわ!あの小娘がまだ居たんだー!!」
『あ、あの、本当に少し落ち着いてもらえます?』
「あぅ…。私の何に飽きたのよぉ。まだ処女は奪ってもらってないのに…」
『おまえマジで落ち着けよ』
彼の呆れた声に、私は涙声でしか返すことが出来ない。
まさか、付き合って直ぐに浮気をするなんて…。
うぅ、私の身体だけじゃなく、心まで傷モノにするのね…。
『…はぁ。一色が来年の受験に向けて参考書を買いたいって言うから付き合わされるだけですよ』
「…ほ、本当に?そのまま夜に一色ちゃんの未成熟な身体を襲ったりしない?」
『しねえよ。普通はしねえよ。…そんなに言うなら、雪ノ下さんも来てくれませんか?』
「へ?」
『…俺なんかよりも雪ノ下さんの意見を聞いた方が絶対良いですし』
邪魔をしちゃっていいのかなぁ、なんて思う反面、私は彼の彼女だ!と言う事実をあの子に知らしめる良い機会だとも思える。
ふむ、彼の事だから、きっと私を正妻に迎えたと、誰にも言ってはいないだろう。
……。
「ご、ごほんっ!」
『?』
「わ、私は…、比企谷くんの彼女です…、よね?」
『…まぁ。そうですね』
「か、か、彼女とは、彼氏の動向をチェックする義務があります」
『……』
無音がひどく怖いと感じるのは何故だろう。
好きな人に嫌われたくないという深層心理が働いているのか。
この年齢まで恋愛をして来なかった私にとって、その理由は分かりようもないのだが…。
「ぁぅ…、あの、本当に私も…、行っていいの?」
ーーーーー☆
某所待ち合わせ場所。
私は卒業前の先輩がわざわざ学校へ登校している所を捕まえて、受験勉強の参考書選びを理由に休日のデートを取り付けた。
この1年間、私の小悪魔的誘惑を交わし続けた先輩も、ようやくにその重たい貞操を私に捧げる覚悟が出来たのだろう。
ヘタレな先輩の事だ、いざ当日になってみれば雪ノ下先輩と結衣先輩を連れてきました、なんて事もあり得無くない。
その辺は抜かりなく、雪ノ下先輩達には千葉市の映画館で使える、有効期限が今日までのタダ券を渡しておいた。
狙い通りに、彼女達は今頃千葉で百合百合やっていることだろう。
へへへ。
勝った…。
勝ちました!!
「…ふへへ。今日で決めてやります。邪魔はもう居ませんしね…」
ふわふわと浮かぶ前髪を手鏡で整えること80回。
待ち合わせ時間の5分前になり、ようやく彼は現れた。
ゆらゆらと左右に揺れるアホ毛。
だるそうに腰を曲げる歩き方。
整った顔にギャップを生む瞳。
先輩に違いない。
「おーい!せんぱーい!せんぱーい!!」
と、大声を出す私に気がついた先輩は、若干嫌そうな顔を浮かべながらもゆっくりこちらへ向かってくる。
もう、照れ隠しですか?
本当は小走りしたいクセに。
「先輩!遅いですよ!」
「まだ待ち合わせの時間じゃないだろ」
「わかります。わかります。そうやって、楽しみじゃなかったぜ?俺。のアピールですね?でもね、先輩。それって単なる自己満足に過ぎないんです。女の子は早めに来てくれてる男子にときめくんですから!」
「あれ、こんなにうざかったっけ」
私と会えたことが嬉しいのだろうか、先輩は減らず口を叩きながらポケットに手を突っ込んだ。
寒そうに身体を縮こまらせて、うっすらと白い息を吐く。
「はぁ。なんだってこんな寒い日に…」
そうやって、グレーの雲に覆われる空を見上げた先輩の首元にはいつものマフラーが巻かれていない。
「もぉ、そんなに寒いならマフラーくらい巻いてくればいいじゃないですか」
「…取られたんだよ」
「?…ほら、私のマフラー使っていいですよ」
「は?それじゃあおまえが寒いだろ」
「私はタートルネックのセーターなので大丈夫です。それとも、私の使っていたマフラーは恥ずかしくて使えませんか?」
そう言って、私は拒もうとする先輩の手を払いのけ、少しだけ強引にピンク色のマフラーを先輩の首に巻きつけた。
まったく、世話が焼ける人です。
「…暖かい。…なんだ、急におまえが正統派のヒロインに見えてきたよ」
「ほぇ!?」
「ありがと。ほいじゃ行きますか。あの人を待たせても怖いし」
「わ、わ、私がヒロイン!?そ、それって私の事を口説いているんですか!?」
「はいはい振られた振られた。たったと歩け。置いてくぞ」
先輩は言った。
私の事を正統派の後輩系美少女小悪魔ヒロインと。
ほんのりと、顔が熱くなる。
せ、せ、先輩も私の事を好きだったとは…っ!
すでに両思いなら怖いものなんて一つもない。
イケる!
手を繋ぎながら照れつつもホテルに誘われる所まで想像が出来てしまう!!
「…ぅへへ。こりゃ今夜は眠れませんな!!」
.
…
……
………
恐怖は嵐のように突然で、私の自由も尊厳も、全てを軽々しく吹き飛ばす。
それは場所を大型書店に移し、意気揚々と自動ドアを潜ろうとした時だった。
店内の暖房に誘われ、ここが千葉の沖縄ですね、と小ボケを先輩に漏らすも、先輩は私の事など気にする素振りも見せずに、自分のスマホをちらちらと見続けていた。
これは減点ですね。
デート中にスマホを見るのは大減点ですよー!と、怒ってみせるも、先輩は構ってくれるどころか私の頭を軽く叩くだけ。
なんとなく悔しくなって先輩の腕を強く抱きしめてみたり…。
その時にふと、店内の温度が5℃程下がった。
暖房は呻き声を上げて温風を吐き出し続けているにも関わらず、どこからともなく吹き荒れた冷気が、まるで私の喉仏にナイフを押し付けているかのような殺気と共にその場を支配する。
耳よりも早くに、脳が危険を感知した。
ーーー離れなさい。
さもなければ
貴方の顔を剥ぐ。
っ!?
凍りつくように身体が固まる。
その声の持ち主が背後に居る事は確かなのに、私は恐怖のせいで振り向けなかった。
「…やっはろー、一色ちゃん。ねぇ、貴方は誰に許可を得て発情しているの?」
「…っ!ま、魔王の襲来警報発令です!せ、先輩!早く逃げましょう!!」
「誰が魔王よ!」
「黒より黒く、闇より暗き漆黒に。我が真紅の混交に望み給もう」
「え、詠唱!?この子っ、爆裂魔法を撃つ気ね!?こんな街中で…っ!」
覚醒の時来たり、無謬の境界に堕ちし理…。
魔王の眼光に詠唱を噛みそうになるも、命を削り落とす気持ちで唱え続ける。
…へへ、先輩。
そんな不安そうな顔をしないでくださいよ。
総武族の頭が悪い子こと一色いろはが、全身全霊を持ってこの悪魔を消し飛ばしてさしあげましょう!
「っ!…エクスプロージョョョン!!!」
「くわぁ〜〜っ!!」
「…ノリが良すぎだろ。こいつら」
……で。
「どうして雪ノ下先輩のお姉さんが居るんです?」
「愚問ね。そんなの彼に呼ばれたからに決まってるじゃない」
「むむ。どういうことですか?先輩」
先ほどの大立ち回りのせいで、書店の店員さんによって店から摘み出されてしまった私達は、近くの喫茶店にて一時休戦としている。
店員さんへ平謝りをした後も、なんやかんやと言い争う私とお姉さんを見て、先輩は心底面倒そうな顔を浮かべていたが、正直な気持ちを言うならば、私の心は穏やかではない。
「…どうもこうもない。参考書選びなら俺よりも雪ノ下さんの方が最適だと判断したまでだ」
「有り難迷惑にも程があります!察してくださいよ!私の気持ちをもっと察してくださいよ!!」
ホットコーヒーが熱かったのか、先輩は一度傾けたコーヒーカップを直ぐにテーブルへと置き直す。
ほんのりと漂う大人に雰囲気と、カップの周りに散乱するスティック砂糖の残骸が物悲しい。
ふと、私は雪ノ下先輩のお姉さんが小さく笑いながら、私を憐れみな目で見つめていることに気が付いた。
「ぷぷ。残念だねぇ、一色ちゃん。せっかくのデートだったのに」
「くっ、な、なんなんですかこの女!」
「ふふん。ねえ比企谷くん。あんまり勿体付けずに言っちゃおうよ。正妻は誰の物かってね」
「…っ、か、軽々しく正妻戦争について語らないでください。バーサーカーの分際で」
「誰がバーサーカーよ!これだから影の薄いアサシンはムカつくの!」
言ってくれましたね?
私をアサシンだと侮辱するならば、私の持てる力全てを使ってあなたを倒してさしあげましょう!
と、取っ組み合いながらガシャンガシャンと暴れていると、先輩は呆れた様子で静かに呟いた。
「…俺はイリヤが好きだなぁ」
「「……えっ」」