「あ、ねぇねぇ一色ちゃん。この参考書なんてどう?」
「…『処女の生きる道』。…あははー、陽乃さん面白い冗談ですねー。…あ、コレなんて陽乃さんにオススメですー」
「『あなたはひとりぼっち』…へぇ、良い度胸だね」
大型書店の一角で、相変わらずに仲の悪さを披露する2人を無視し、俺はそもそもこの場に来た理由である、一色の参考書を探し続ける。
喫茶店で取っ組み合う2人を仲裁するのも面倒になり、早く目的を済ませてしまおうと再度書店に訪れてみたものの、2人は先ほどから互いの逆鱗を刺激し合うだけで参考書を探そうとしない。
そもそも、一色が文系なのか理系なのか、どこを受験するのか、試験科目はなんなのか、全てを知らされずにいるために、参考書の探しようがないのだが…。
「…一色、おまえってどこ受けるの?」
「ほぇ?」
「文系か?理系か?国立?私立?」
「…んー。先輩は?」
「あ?俺は文系だけど…」
「じゃあ文系です!」
じゃあ文系ですって、そんな決め方で良いのか?
少なからず、大学の選択は今後の人生に大きく影響を及ぼすと思うのだが…。
俺が訝しげに一色を見ていると、ひょろっと割って入った雪ノ下さんが大きな胸を張った。
「はい、一色ちゃん」
「ん?『発情した犬でも分かる算数』…なんですか?コレ」
「私のおすすめー。一色ちゃんは絶対に理系脳だよ」
「……」
…なんか、変なタイトルの本ばかりが置いてあるな。ここの書店。
特段に興味があるわけではないが、俺は雪ノ下さんの選んだ参考書をパラパラと捲る。
その間も2人は硬い表情で笑い合っているが放っておこう。
「文系文系文系!」
「理系理系理系!」
「…まぁ、俺は国立文系が志望校だったから、センター試験は理系科目も必須科目だったけどな」
「!!やっぱり理系科目も勉強します!私の志望校も国立文系なので!」
「あ!この子!不純な動機で大学選んでるよ!いけないんだよ!そんな理由で大学を選んじゃ!」
なんでコイツらは静かに出来ないんだろう。
さっきから周りの注目を集めてるんだよなぁ。
それにしても、一色が国立文系を志望しているとは驚いたな。
こいつのことだから、大学なんて簡単に入れて4年間遊べれば良いですぅ、とか言うと思っていたが…。
「私も先輩と同じ大学に行きます!」
「ぶーっ!比企谷くんの受かった大学は一色ちゃんみたいなエロ妄想しか出来ないような頭じゃいけません!」
「なんつったてめぇ!」
「やんのか小娘っ!」
国立国立…っと、お、赤本めっけた。
ふむふむ、自分が受かった大学ながら倍率が凄まじいな。
よく受かったわ。俺。
最初の方のページに羅列された、各学部の受験者数や合格者数の数字に、改めて合格した実感が湧いてくる。
ふと、入試要領の欄に載っていた、とある入試内容が目に入った。
「…ほら、推薦入試ってのがあるぞ?総武高は進学校だし。おまえ、生徒会長もやってんだから、これで受けた方がいいんじゃないか?」
「ほー!推薦ですとな!ふむふむ、確かにコレなら…」
「まぁ、名前ほど簡単なもんでもないと思うが、平塚先生に相談してみろよ」
「はぅ…。せ、先輩…っ。そんなに私のために…」
「比企谷くんは早く帰りたいだけだよね?早く帰って私といちゃいちゃしたいだけだよね?」
「はいはい。妄想乙です」
「妄想じゃないんだけど!?私は比企谷くんの正妻なんだから!!」
「あらら、この人また虚言を吐いてます」
「ぶち殺すコイツ」
ふむ。結局参考書は買いそうもないな。
2人のテンションが高いためか、一緒に居るだけですごく疲れてしまった。
雪ノ下さんといちゃいちゃしたいわけではないが、確かに早く帰ってゴロゴロしたい。
そういえば、今日はお袋達が旅行に行って帰ってこないんだったな。
小町も友達と卒業旅行に行くと言っていたし。
…夕飯作るの面倒だなぁ。
「…夕飯作るの面倒だなぁ」
「「!!」」
あ、声に出ちゃった。
「…く、詳しく聞かせてくれようか?」
「ん?あ、いや、今日は家に誰も居ないので…」
なんだかんだ1人分を作るのって1番面倒なんだよなぁ。
カレーを作り置きするのも良いが、いかんせん自分で作ったカレーは飽きてしまう。
外で食べてしまおうか…。
「…むぅ」
「「……」」
ーーーーー☆
で。
もはや驚いたりはしないさ。
書店にて解散したはずのコイツらが、我が物顔で俺ん家に居ることに。
なんか嫌な予感がしたもん。
帰ってみればすでに2人分の靴が玄関に放り散らかされていた事に、どうやって鍵を開けたの?なんて思いもしたけど、もはやそれも聞きやしない。
「…で、その格好は料理でも作る気ですか?」
「まぁねー」
「はーい」
オレンジ色のエプロンを身に付けた雪ノ下さんと、ピンク色のエプロンを身に付けた一色。
なに。2人揃って料理するなんて、食戟でもする気なの?
ていうか、コンビニで買ってきたこのお弁当はどうすればいいの?
「…あのさ、ありがたいんだけど…」
「さて、ちゃっちゃと始めちゃいますか。一色ちゃん、ゴーヤを切ってもらえる?」
「はいさーい!」
…ゴーヤなんてウチにあったのか。
俺は突然に意気投合した2人を不思議に思いながら、なんとなく申し訳ないのでコンビニの袋は隠すことにした。
ゴーヤを切って、卵をといて、豚バラ肉を塩胡椒で焼いてと、息の合った2人が料理を着々と進めていく。
ゴーヤちゃんぷるか?
なにそのシブいチョイス。
まぁ、嫌いじゃないけど…。
「後は蜂蜜を掛けて完成ね」
「はい。美味しそうなホットケーキが出来ました」
「おい。ゴーヤと豚バラ肉はどこ行った」
「嘘でーす!!はい、あとはお皿に盛り付けて完成だよー」
「みんな大好きゴーヤちゃんぷるです」
「なんだコイツら」
ゆるふわな冗談の飛び交う暖かな食卓。
テーブルには3人分のごはんとゴーヤちゃんぷる、そしてお味噌汁が並ぶ。
…こんな言い方はアレかもしれないけど、なんか質素だな…。
「「いただきまーす」」
「…いただきます」
不思議な面子で囲む食卓で、何の気なしに手を付けたゴーヤちゃんぷるは苦味に旨味が絡み合うような、絶妙な味を醸し出していた。
美味しい…。美味しいけど。
「なんでゴーヤちゃんぷる?」
「比企谷くん、ちゃんぷるじゃないよ。ちゃんぷるーだよ」
イラ。
「冷蔵庫開けたらゴーヤが入っていたので。なんかいきり勃つ感じが先輩にそっくりでした」
「あぁ、そう」
…もう、なんか頭が麻痺してるのかな。
女性2人が両親の居ない家に、それも空が暗くなったこの時間に居ると言うのに別段焦ることもない。
先ほどからニヤニヤと何かを企む雪ノ下さんも、ソワソワと何かを望む一色も、もしも襲ってこようものなら殴り飛ばしてやろうと思ってる。
「…ねぇねぇ、比企谷くん」
「…はい?」
「もう時間も遅いじゃない?」
「遅くない。帰れ」
「ま、まだ何も言ってないでしょ!?」
「ポケットから四角い袋が見えてんですよ!」
「は!こ、これはタダのゴムだから!!」
タダのゴムってあのゴムしかないだろうが。
本気でコイツは何かをしでかす前に叩き出した方がいいな。
すると、一色がガタンと途端に席を立った。
その音に驚きつつも、俺と雪ノ下さんは一色に視線を向ける。
どこか頬を蒸気させて。
赤く染めたままに、彼女の小さな口が静かに動く。
「あ、あの!私は…、大丈夫な日なので…っ、な、生でもっ!!」
あぁ、コイツも叩き出さないと。