一行は次の視察対象の町<ミレカンス>に入った。
この町はセイルラム領のはずれにある町で、別名「農奴の町」。
他の村や町から追い出されたものが行き着く町で、町長の農場で働く以外に仕事はない。
視察の名目は「領地の農場視察」であるが、セイルラム領民から「最下層の町」とも呼ばれる場所である。
得られるものがあるとは思えない。
ミレカンスの出迎えには誰も出てこなかった。
町の入口に立つ衛兵に手形を見せると、素っ気ない態度で中に入れてもらう。
町での注意事項は騒ぎを起こすなというだけで、あとは自由にしてよいと…
町に入るとすぐ目の前が畑だった。
キャベツや大根など様々な野菜が植えられている。
土地柄にあわずよく育っている。
だが、そこで働いている人々の姿は痛々しかった。
痩せた身体から満足に食事を与えられていないことがうかがえる。
足元もふらついているが、周囲を監督官が見張っているので、皆休むことなく働く。
畑地帯を抜けると、更地が広がっている。
人々が農具を持っている…おそらく新しい畑をつくるため、開拓しているのだろう。
働いている農民は皆疲れ切っていたが、動きが鈍くなると監督官の鞭がとぶ。
ところどころで農民の悲鳴と鞭のとぶ音が響いている。
ふとマリアンを見るとつらそうな表情を浮かべていた。
あの夜以降、リュウはマリアンに会っていない。
魔術師…かつて三国戦争の折、現在の帝国に力を与え二国を滅ぼした。
そしてマリアンの領地ウェーランズを滅ぼしたのも魔術師である。
その強大な力ゆえ、帝国は魔術師を手元に集め、一括管理している。
魔術を学ぶことができるのは限られた権力者のみ。
だが、学べば必ず身につけられるものでもない。
才あるものしか扱うことができず、それゆえ魔術師の数は年々減っている。
さらに一度でも魔術を学ぶと、二度と帝都の外に出ることはできない。
完全に帝都にのみ存在する。
帝都から勝手に出れば「異端」として追われ、厳罰に処される。
逃亡奴隷と同じである。
そんな魔術師がこの場にいることはありえないのだ。
リュウと同じように…
物思いにふけるリュウをよそに、ある農民が一行の行く手に倒れこんだ。
運んでいる土がこぼれ、監督官の怒声が響く。
「貴様!なにを休んでいる!」
監督官の鞭が倒れた農民を襲う。
しかし農民は動く力もないのか、ただ鞭に打たれるままになっている。
「やめなさい!」
突然マリアンが監督官と農民との間に割って入る。
「誰だ貴様!よそ者が邪魔をするな!」
そういうと監督官が鞭を振り上げる。
が、振り下ろされる前に赤髪の護衛が動き、その喉元に剣を突き付けた。
「無礼な奴だな。領主のご息女に鞭を振り上げるとは。」
マリアンの周りはすでに護衛が囲んでいる。
各々が威圧し、誰も近づけない。
リュウも倒れた農民のそばに立ちマリアン共々守る態勢に入る。
マリアンは己の衣服が汚れることを気にもせず、倒れた農民を抱きかかえている。
小さな声で話しかけているが、農民は答える様子もなくただマリアンに抱かれるままになっている。
「お嬢様。移動しましょう。」
御者ロビーナがマリアンに近づき、声をかける。
一瞬躊躇したマリアンだが、すぐ立ち上がり監督官と向き合う。
「邪魔をしました。失礼します。」
そういうと、町長の屋敷のほうへと歩き始める。
端正な顔に悔しさを滲ませながら…
マリアンは屋敷に立ち寄り町長に挨拶すると、すぐに町を出た。
開拓地での騒ぎを聞いたらしく、町長はマリアン一行が出ていくことを喜んでいた。
賓客に出ていくと言われあそこまでうれしそうな表情を浮かべる者はいないだろう。
もっともマリアンたちは初めから「仕事の邪魔をする厄介なお偉いさん」としか思われていないようだが…
今一行は最初に出会った街ジャルークに向かっている。
しかし、空気が重い。
馬車からも暗い雰囲気が伝わってくる。
セディーンの指示で今日はここで休むことになった。
マリアンの体調を考えてのことだ。
これまで通り火を焚き、夕飯の支度をして各々休む準備をする。
今日の見張りはリュウの番だ。
周囲を警戒しつつ、リュウはミレカンスでの出来事を思い返した。
倒れた農民を抱きかかえるマリアン。
領主一族は下々の者には目もむけないことが多いが、マリアンは違う。
自ら鞭の前に身体を晒し、農民を守ろうとした。
身を挺して守ったマリアンだったがおそらく、あの農民は助からないだろう…
あのときリュウは動けなかった。
振り上げられる鞭を凝視し、その場で固まっていた。
マリアンが身を晒し、他の護衛が動いたあとやっと動き出したのだ。
マリアンの近くで守る態勢にはなったが、身体は震えていた。
(ダメだな…私は。護衛失格だ…)
落ち込んでいたリュウだが、気配を感じ警戒する。
が、暗闇から現れたのはディールだった。
「お嬢がお呼びよ。見張りはわたしが代わるから行ってらっしゃい。」
そういうと槍を脇に置き、天幕へ行くよううながす。
天幕の前にはロビーナが立っていた。
近づくとマリアンにリュウが来たことを伝え、入口を開ける。
中に入るとマリアンが膝を抱えて待っていた。
ひどく落ち込んでいる。
リュウは話しかけいいものかわからずその場に立ちつくす。
「そんなところに立ってないで座ったら?」
マリアンの許可を得て対面する形で座ったが、どうすればいいかわからずうつむく。
「突然呼び出してごめんね。話し相手が欲しくて…」
落ち込んだ様子のマリアンはポツポツと話し出す。
「驚いたでしょ?突然あんな行動にでて。」
「うん、びっくりした。」
「倒れた姿をみて思ったの。もう助からないって。でもじっとしてられなかった。気付いたら叫んでて、彼に駆け寄ってた。」
「うん。」
「もっと早く気付いていたら…助かってたかもしれない…そう思うと…」
マリアンは顔を抱えた膝にうずめた。
すすり泣く声が聞こえる。
「私はマリアンが正しいことをしたと思うよ。あのままだったら、彼は痛い思いをしながら死んでいったと思う。でもマリアンがやさしく抱きしめてあげたから、彼はうれしかったと思うよ。」
震えるマリアンの肩に手をかける。
そしてやさしく包み込むようにリュウは抱きしめた。
「ありがとう、リュウ。」
マリアンも腕を回す。
お互い抱き合ったまま時が過ぎる。
ふと気が付くと、リュウが抱きしめていたのに代わってマリアンがリュウを包むように抱きしめている。
そしてリュウの頭を撫でつける。
「ああ…いいわ。やっぱりいい。」
「な、なにが?」
「私の周りには妹のような存在がいなかったのよ。ロビーナもセディーンもディールもアシェルもヴァリもみんなお姉さんって感じでしょ。いつも私が妹のような立ち位置だったの。」
そういうとリュウの白髪をなで回す。
リュウも悪い感じではなかったのでしばらくされるがままにした。
ーーーーー
いつの間にか眠ってしまったらしい。
目が覚めるとリュウはまだ天幕の中にいた。
隣ではマリアンが寝息をたてている。
その表情はとても穏やかだ。
起こさないように気を付けながら外に出るとまだ辺りは暗い。
ロビーナの姿も見えない。
リュウは見張りをしているディールのところに戻った。
「ごめんね、遅くなっちゃった。」
「いいわ。お嬢のご要望だもの。今のところ異常なしよ。」
リュウはディールの横に腰を下ろす。
ディールは見張りを続けるらしく、暗闇の一点を見つめている。
「お嬢、様子はどうだった?」
なにか話したほうがいいと話題を探していたリュウだが、まさかディールから話しかけてくるとは思ってもみなかった。
驚きつつも、会話できることをうれしく思う。
「うん、はじめは落ち込んでたけど、今はよくなったと思う。」
「そう。ならよかったわ。」
ディールは安心したのか、ほっと息を吐く。
「お嬢はとてもやさしくて繊細なの。自分のことは後回しにして、いつも誰かに気をかけてる。今回の件はとても傷ついたと思う。わたしたちにも落ち度があったわ。」
「あの時は、私が一番動くのが遅かった。反省してる。」
「護衛は初めてでしょう?これからは気を付けないとね。」
「うん。気を付ける。もうマリアンにあんな目にあってほしくない。」
「わたしもよ。でも、お嬢が気軽に話せる相手がいてよかった。わたしたちも話し相手になることはあるけど、やっぱりあなたとは違うわ。あなたがいてよかった。ありがとう。」
ディールがリュウに微笑む。
初めて見た笑顔だ。
ある程度話すと、ディールは「少し休む」とリュウの横で目を閉じる。
そしてそのまま眠りについた。
リュウは先日加わったばかりの賞金稼ぎだ。
これまで共に旅してきたセディーンたちとは違い、信頼関係はない。
むしろ警戒されているだろう。
ディールが横で眠っているのも、リュウがなにかやっても対応できるという自信からだろう。
信頼されたわけではない……だが、リュウはうれしかった。
「あなたがいてよかった。ありがとう。」…その言葉がどれほどリュウを癒しているか。
うっすらと涙を浮かべ、リュウは星が輝く夜空を見上げた。