ブリルは椅子に腰かけ、手に持っていた鞭を机に置く。
そして葡萄酒を盃にそそぎ、口をつける。
額にはうっすらと汗が光るが、表情は恍惚としている。
その目は全身を鞭で打ちすえられ、脱力している領主の娘に向けられている。
「あなたは昔から強情な人だった。わたくしたちの言いつけを守らず、いつも好き勝手なさる。今回の視察もどれほど家中の者に迷惑をかけたことか…」
「…あなたたち…ほどじゃ…ないわ…」
マリアンは椅子に腰かけた男をにらみつける。
身に着けていた服はボロボロになり、露わになった肌には赤い線がはしっている。
「わたくしたちが?御冗談を。こういってしまうのも心苦しいのですが、あなた様は家中の者から嫌われております。わたくしたちがどれほどあなた様の尻拭いをさせられたかご存知ですか?」
「私は…あなたたちと違って…賄賂を…贈るなんて…しないわ。…あなたこそご存知?…領民から…どれほど嫌われているか…」
「納税の義務を怠る者は領民とは申しません。」
「…納税?…ただでさえ…つらい…納税を…重くしたのは…誰?」
「あの程度の税を納められないのは怠けているからです。もっと必死に働けばあの程度、どうとでもなる。」
「…民の…つらさを……わかって……ない!」
「民を理解していないのはあなた様です。奴らは自分たちの権利しか主張しない。あれをしろこれをしろと、要求するだけ。それでいて義務を果たそうとしない…愚かなのです!わたくしたちはそれを正しているだけ。むしろ感謝されるべきなのです。」
ブリルは盃に入った葡萄酒を一息に飲み干す。
「さて、あなた様とお話しするのは楽しいが、わたくしには時間がないのですよ。そろそろ本当のことを教えていただけませんか?あなたが……魔術師だと。」
マリアンは無言で男をにらむ。
魔術師であることは事実だが、そのことは父親であるオーストにも話していない。
ブリルはマリアンが口を割らないとわかると、大きくため息をつく。
「まったく…人がやさしく接しているというのに、あなた様ときたら…」
「ええ…やさしいわね……吊し上げて…鞭で…打ち据える…なんて……理想の…男性…だわ」
「…もう手加減はしません。」
ブリルは鞭を振り上げると、脱力している娘の背中に思い切り叩き付けた。
マリアンの悲鳴が部屋に響き渡る。
鞭の音とともに身体は腫れ上がる。
しかしブリルは手を休めることなく鞭をふるい続けた。
やがて鞭を振るう腕がとまり、肩で息をするブリル。
吊るされた娘はもう悲鳴をあげる力もない。
意識があるかもわからない状態だった。
「本当に強情な娘だ。なら望み通り、死ぬまで叩き続けてやる!」
ブリルが鞭を振り上げた瞬間、部屋の扉が勢いよく開く。
ふと目を向けるとそこにはオーリルが立っていた。
「何しに来た?邪魔すると容赦…」
「護衛が来ました!ここは危険です!今すぐ退避してください!」
ブリルは驚愕した。なぜこの場所がわかったのかと。
奴らがいた場所からはずいぶん離れているし、時間も経っている。
しかもこの隠れ家は巧妙に隠されているため、見つけること自体も難しい。
「すぐに兵士を向かわせろ!」
「もう向かわせています。それでも時間稼ぎが精一杯です。」
オーリルが目に見えて焦っていることがわかる。
マリアンの護衛がここまで優秀だとは思わなかった。
ブリルはすぐに逃げる準備をする。そのとき…
「ぐわぁ!」
兵士が一人、部屋の前に吹き飛んできた。
そしてすぐさま金髪の戦士が現れる。
「これはブリル殿。こんなところでお会いするとは思いませんでした。」
「セディーンっ!!」
金髪の護衛隊長は赤い血で染まった剣を片手に、震える男を見下ろす。
扉を見ると、赤髪の護衛が己の武器を赤く染めて立っている。
マリアンを人質にしようと目を向けるが、そこにはいつ入ったのか、御者がマリアンを抱きかかえ縄をほどいている。
「くそっ!貴様らっ!」
「まさか領主の娘に手を出すとはね。もうおまえは終わりだよ。」
護衛たちから殺気が漏れる。
特にロビーナはマリアンを抱えていなければすぐさま飛びかかりそうな勢いだ。
もう終わりだ…護衛たちが勝利を確信したその時、男が笑い始める。
「くくく、はははははは!」
「なにがおかしい?とうとう気でも狂ったか?」
「いえいえ、保険をかけておいてよかったと思っただけですよ。」
オーリルの手から何かが落ちる。
護衛全員がすぐさま反応した。
ロビーナがマリアンを抱えて部屋を飛び出し、それに続いてアシェルも部屋から転がり出る。
部屋に煙が充満する。
最後に出たセディーンはすぐさま扉を閉めると、煙を部屋に封じ込めた。
「あいつ、まだ隠し持ってたのね!」
「同じ手を何回も食らうかってんだ!これであいつらも閉じ込めたぜ!ざまあみろ!」
「いや、奥に逃げたからおそらく脱出用の隠し扉でもあるのだろう。お嬢様の容体は?」
「衰弱してるけど大丈夫。命に別状はない。」
全員がマリアンの無事を確認してほっとする。
そのとき、入口のほうから男たちの雄叫びが響いてきた。
「敵の増援か?」
「ブリルのいってた保険は煙玉だけじゃなかったみたいね。」
「ちょっとまずいな…」
そのとき、マリアンがせき込んだ。ロビーナはマリアンを抱きかかえる。
「お嬢様!しっかりしてください!」
「ロ…ビー…ナ…み…んな…」
「もう大丈夫です。遅くなり申し訳ありません。」
マリアンは皆に目を向けると弱弱しくつぶやく。
「リュウ…は?…たす…けて…あげ…て」
「ご安心を!リュウのところにはディールとヴァリが向かっています。とりあえずここを離れましょう。」
そういうと、ロビーナがマリアンを抱きかかえ、セディーンとアシェルが前後につく。
そして出口のほうへ歩き始めた。
ーーーーーー
拷問部屋では男がリュウの菊門に痒み液を塗って遊んでいた。
オーリルは先程、侵入者の報せを受けて部屋を出ていった。
男はリュウの見張りとして残されたが、ただ待つだけでは退屈と机にあった筆をとり、リュウの肛門に痒み薬を染み込ませている。
少し前までは「たすけて」と叫んでいた少女だが、今はうめき声をあげながら身体を震わせている。
マリアンの護衛は強者だらけで油断できないが、全員が美人だ。
捕まえたら楽しめそうだと下卑な笑みを浮かべていると、扉が叩かれる。
オーリルが戻ってきたと扉に目を向けるが、開く気配がない。
不審に思い扉に近づくと、突然扉が開き、槍が突き出された。
男は間一髪で槍を避けると、腰の剣を引き抜く。
「あら、今のを避けるの…やるわね。」
「いきなり襲い掛かってくるのは失礼じゃないか?」
「最初に襲ってきたのはあなたたちよ。リュウは……とりあえず無事みたいね。」
ディールは台に拘束され震えているリュウを一目みると、すぐさま男に視線を戻す。
(こいつはなかなか強い…久しぶりに退屈しなくてよさそうだ。)
ディールは槍を握りなおすと、電撃のような突きを繰り出す。
男は紙一重でかわすとすぐさま反撃の一撃を振り下ろす。
ディールはすばやく槍を戻し一撃を受け流す。そしてすぐさま突き返す。
両者の激しい攻防が繰り広げられる。
「おまえ!なかなかやるな!」
「なんで上から目線なのよっ!」
狭い室内でディールは巧みに槍を操る。
高速の突きを繰り出したと思うと、瞬時に手元に引き戻し、また突き出すと今度は横から殴りつける。
時々、男の剣がリュウの身体をかすめるが、ディールの槍はリュウの身体をすり抜けるように通過する。
もちろん傷つけはしない。
次第に男は防戦一方になっていった。
男が我慢できずに態勢を立て直そうとする隙をつき、剣を弾き飛ばすと、ディールはがら空きの胸に深々と槍を突き刺した。
胸を貫かれたまま膝をつき絶命する男。
ディールは槍を引き抜き、一瞥もせず死体を通り過ぎると、リュウに近寄りやさしく頬を撫でた。
「おまたせ。助けに来たわよ。」