マリアン一行と別れたリュウは一人、ジャルークへ戻る山道を行く。
整備されてるとはいえ、登り下りの激しい道を軽やかに進んでいく。その表情はとても晴れやかで、生き生きとしていた。
これまで、リュウは誰からも信用されなかった。乞食のような格好をしていたせいでもあるが、誰一人手をさしのべてくれなかったのだ。
マリアンと一緒に誘拐され、別の部屋へ連れていかれたとき、自分はもう助からないと思った。
セディーンたちにとってみればリュウは途中で雇っただけの賞金稼ぎであり、誘拐されたからといって助ける義理はない。あのとき、全員でマリアンのもとへ向かえば助け出せる可能性も高くなるし、そのまま逃げ出せば無駄に敵と戦うこともなかった。
だが彼女たちは救出班を二手に分け、リュウも助けに来た。そして自分を仲間と呼び、秘密会議にも参加させた。
領内の情勢や今後の活動予定をリュウに聞かせてもメリットはない。むしろリュウから情報が漏れる可能性のほうが高い。
リュウは賞金稼ぎであり、多くの賞金稼ぎは金がすべてだ。金のために味方を売ることも厭わない。リュウもそう見られておかしくなかった。
だがマリアンたちは素性の知れないリュウを仲間と呼び、信じてくれた。
手をさしのべ、信頼してくれたことがリュウにとっては嬉しかった。
ウキウキしながら歩いていると、ふいに叫び声が聞こえる。
「待てこら!」
「逃がさないぞ!」
「やめて!誰か助けて!」
リュウの進行方向から少女が走ってくる。その後ろから山賊らしき男たちが3人ほど得物をもって追いかける。
少女はリュウの姿を見つけるとこちらに走りよってきたが、途中で男たちに捕まってしまった。
「このアマ!手間かけさせやがって!」
「離して!」
「おとなしくしろ!」
男たちは少女を地面に押し倒すと上から押さえつける。両手を後ろ手にまわして縄で縛り上げる。
「やめろ!その子を離せ!」
リュウは両手に愛剣を携え、山賊たちに歩み寄る。
「おまえら!その子に手を出すな!」
「なんだ、おまえは!」
「たまたま通りかかっただけだ!」
「なら口出しするな!痛い目にあいたいか!」
「お願いです!助けてください!」
少女は縛られながらもリュウに助けを求める。
「黙れ!こいつ!」
「あうっ!」
男の一人が少女の腹を蹴りあげる。少女は少し宙に浮き、体を丸めながら地面に落ちる。
「なにするんだ!」
「何をしようが俺たちの勝手だ!こいつは俺たちの奴隷だ。おまえは口出しするな!」
「奴隷…」
リュウの心の奥底から黒い記憶がよみがえる。
表情が暗くなり、両手の剣が震える。
「はっ!ビビったな。当然だ。わかったらさっさと…」
リュウは瞬時に距離を詰めると、無言で男の喉を引き裂く。男は言葉の代わりに血を吐き出しながらその場に倒れた。
「貴様!俺たちに手を出して…」
「…うるさい。」
リュウの操る剣は光の線を描き、男の身体に赤線となって刻まれる。
最後の一人が剣を構えるが完全に腰が引けている。
リュウが一歩近づくごとに後退し、ついには武器を捨てて逃げ出した。
リュウは逃げる男を追いかけることはせず、倒れている少女に近づくと、縛られている後ろ手に剣を突き立てて縄を切る。
「怪我はない?もう大丈夫だよ。」
少女は手をさすりながら、リュウに礼を述べる。
「あの、助けてくださってありがとうございます。私はナリルといいます。」
「私はリュウ。賞金稼ぎだよ。ところで、なんであいつらに追われてたの?」
ナリルはうつむきながらも理由を話し始める。
「私は狩人です。仲間と旅をしていました。訳あって東にあるマサドラ領へ向かう途中でした。そこで奴らに捕まって…」
「そうだったんだ。仲間がいるの?」
「はい。もう一人いるのですが、奴らに捕まってしまったんです。私だけなんとか隙を見つけて逃げ出したのですが…」
「見つけたぞ!あいつらだ!」
声のしたほうを見ると、十人程の騎馬がこちらに向かってくる。先頭には先ほど取り逃がした男もいる。
「おい!おまえら!おとなしくしろ!」
男たちはそれぞれ剣や槍を構え、後ろの3人は弓を引き絞り、リュウたちに狙いを定めている。
「なんだよ、あんたら!」
「おい!女!おとなしくそいつを渡せ。そうすれば見逃してやる。」
「嫌なこった!」
「ならば死ね!」
三本の矢が飛んでくる。リュウは顔に飛んできた一本を紙一重でかわし、残りの二本を剣ではたき落とした。そして、敵の集団に突っ込んでいく。
「殺せ!」
号令とともに二騎の騎馬が並んで向かってくる。
二騎は槍を構え、リュウを挟み込むような形で迫る。
二本の槍がリュウを貫こうとした瞬間、リュウは駒のように身体を回転させながら、向かって右側の騎馬の左側面に移動する。そして回転の勢いをそのままに、目標を見失ってがら空きになっている男の左脇に剣を叩き込んだ。
騎馬の突撃の勢いも加わり、男は左脇から血を流しながら馬から転げ落ち、地面に何度も叩きつけられてから絶命した。
リュウはそのまま眼前の騎馬集団に向かっていく。
もう一騎は馬首を返しリュウに向き直るが、馬前に石が飛来する。驚いた馬が立ち上がり、騎手を振り落とした。落馬し、地面に叩きつけられた男は受け身を取り損ね、悶絶する。そこに少女が現れ、手にした木の棒を男の喉に突き刺した。
リュウは先ほどと変わって道の右側に移動する。騎馬の弱点は左側面である。右手に持つ武器を扱いづらく、左手は手綱を手にしているため、どうしても左側面は手薄になる。先ほどはその弱点を突いたのだ。
リュウに向かって新手の二騎が槍を手に突撃してくる。だが先頭の騎手の左手には盾が装備されている。騎手は槍を構え、リュウが右手に逃げられないようする。その後方からは複数の弓が狙っており、万が一リュウが右手に逃げても仕留められるようにしている。
これでリュウは盾側に逃げるしかなくなるが、もう一騎が騎馬の左後方につき、盾側に逃げ込んだリュウを串刺しにしようとする。
リュウは覚悟を決める。
(一か八かだ!)
リュウは盾側に逃げ込む。だが、目の前に槍を構えた騎馬が迫る。
「死ね!」
逃げ場のない白髪の少女に槍を突き出す。が、穂先が血に染まることはなかった。
リュウは盾側に移動すると鐙をつかみ、勢いをつけて馬の腹下をくぐり反対側に移動した。そして男の右脇腹に剣を突き立て、すぐさま引き抜く。そして勢いをつけたまま地面に転がる。
弓兵は矢を放つが、突然馬の腹下から現れたリュウに動揺したのか狙いが外れる。だがそのうちの一本がリュウ顔面に向かって飛んでくる。態勢を崩しているリュウは避けることができない。
万事休すだ。
その時、リュウの後方から一本の矢が飛び、顔前の矢を弾き飛ばす。
飛んできたほうを見ると、弓を構え弓兵の一人に矢を放つナリルの姿がある。
矢は正確に真ん中の男の眉間に突き刺さる。右隣にいる男はすでに喉に矢が突き刺さっている。
リュウが左隣の男に向かおうとすると、またもや男の眉間に矢が突き刺さる。
見事な速射だった。瞬時に三人の男を射止めた腕も去ることながら、リュウに飛んだ矢をも弾き飛ばした。相当な弓の使い手だ。
「女相手になにをしている!さっさと殺せ!」
残った男二人は馬から降りてリュウに向かってくる。
リュウは降り下ろされる剣をかわし、男に剣を突き立てようとするが、もう一人の男が槍を突きだしリュウの一撃を防ぐ。そして二人かがりで攻めたてる。
連携がとれることには驚いたが、リュウの相手ではない。数合打ち合うと槍を穂先から切り落とし、男の胴に剣を走らせる。
もう一人の男が剣を突き出すが、素早く受け流して首を胴から切り離す。
最後の一人に目を向けると、すでに地に仰向けに倒れている。その眉間には正確に矢が刺さっていた。
「ありがとうございます。おかげで助かりました。」
「お礼なんかいいよ。でもすごい腕だね。あんなに早く射抜ける人初めて見た。」
「これだけが私の取り柄です。もう一人の仲間も弓の使い手なんですよ。」
「そうなんだ。その捕まってる仲間の居場所はわかるの?」
「はい。幸い、武器も手に入ったので私はこれから仲間の救出に向かいます。」
「じゃあ、一緒に行くよ。」
「いえ、これ以上ご迷惑をかけるわけには…」
「迷惑じゃないよ。それにあいつらが許せないんだ。人を奴隷にするなんて…」
嫌な記憶が再び脳裏をよぎる。
目の前の白髪の少女が過去に大きな傷を受けていたことはわかったが、ナリルは口に出さなかった。
「ご助力感謝します。あなたのような猛者がいれば百人力です。」
狩人は倒れている男たちから矢を抜き取ると自身の矢筒に入れる。そして賞金稼ぎを連れて、自分が走ってきた道を引き返した。