リュウとナリルは砦近くの茂みに隠れ、様子をうかがっていた。
「馬車と護衛がいるね。なんでだろ?」
「あれは領主の紋……たぶん、私たちを捕まえたと知ったからです。」
「へぇー、ナリルって有名なの?」
「…私よりも連れのほうが有名ですね。それはおいといて、まずどうやって中に入るか…。」
「正面から入っちゃえば?」
「…それだとあの護衛たちを相手にしなければなりません。」
護衛の数は五人、全員が重厚な鎧を身につけている。
「倒しちゃえばいいじゃん。」
「あの分厚い鎧は面倒です。倒すのに時間がかかれば相手に気づかれる確率が上がります。ここは相手の敷地です。数からみても私たちが不利。もし囲まれれば救出どころではありません。それに私の連れも危険にさらされます。」
「そっか…。」
ナリルはリュウがわかりやすいように理由を説明する。
ここにくるまで、ナリルとリュウはお互いの力について簡単に話し合っていた。
先程の戦闘でリュウの戦闘能力の高さは実感できた。
だが話し合いの結果、リュウは「本能に忠実な子供」だということがわかった。
作戦なんてものとは無縁。
正面から突っ込んで敵と戦う。
嫌な奴は露骨に拒否する。
まさしく子供であり、獣なのだ。
ただし、ちゃんとわかるように理由を説明すれば納得してくれる。
こちらの指示に従うかどうかはわからないが…。
ナリルは弓の速射が得意で、普通の弓兵が一射する間に三射は射つことができる。
弓は遠くの敵を倒す飛び道具として帝国全土にに普及しているが、正確な射撃は技術を要する。
その技術を得るためには長い時間をかけて訓練しなければならない。
また弓を引き絞らなければ、最大限の力が出せないため、接近戦には不利だ。
ナリルは接近戦ができるよう剣も習っていたそうだが、うまくいかなかったらしい。
そこで弓の速射精度をあげ、接近戦でも対応できるようにした。
先程の戦闘で見たとおり、多少の距離があったとはいえ、近くにいた敵を瞬く間に射倒した。
なにより矢を弓につがえる速さが桁違いだ。
一射放った瞬間にはすでに次の矢が指にかかっている。
それに加えてあの正確な射撃精度。
世にいる弓を扱う人からみれば、無敵といえる。
「でも、護衛を倒さないでどうやって中に入るの?」
リュウの質問で現実に引き戻される。
「あそこをみてください。」
ナリルの指さす方向、砦の一番高い塔の上を見ると、男が一人砦の周辺を見張っている。
「先程から見ていて、この砦外の見張りはあの男しかいないんです。」
「なるほど。あいつを倒せばあそこから中に入れるってことか。」
「そういうことです。ここは私にまかせてください。」
二人は見張りに気付かれないように、ちょうど正門の反対側に移動する。
「ここで待っていてください。」
ナリルはそういうと、近くの高木に登り始める。
するすると猫のように登るナリルを下から眺めるリュウ。
汚れてはいるがすらりとした足、無駄な肉のない引き締まった太もも。
そしてその奥に広がる薄毛に覆われた女性の象徴。
「見ないでくださいっ!!」
敵に気付かれないように小さい声だったが、リュウの耳にしっかりと届く。
(…おこられた。)
少しシュンとしつつ、塔の上の見張りに目を向ける。
ナリルは無駄に音を立てることなく見張りの見える位置まで上ると、ゆっくりと弓に矢をつがえる。
そして見張りが後ろを向いた瞬間、つがえた矢を離す。
葉にかする音で見張りが目を向ける。
しかし、こちらに完全に向き切る前に、男の喉に矢が突き刺さる。
男は声を発することなく、塔の壁に寄りかかるように倒れこんだ。
ナリルは次にかぎづめのついた矢をつがえる。
一呼吸おいてから放つと、矢は塔の端の窪みに飛んでいき、見事にひっかかる。
矢尻につけた縄をひっぱり、ちゃんと固定されたことを確認すると、縄の端を下に垂らす。
リュウはその端をたどって塔の真下に移動した。
ナリルも木を降り、リュウに合流すると、リュウは目を輝かせながら手を握ってきた。
「ナリルすごいね!あたしあんなの初めて見たよ!」
「あ、ありがとう。ひとまず上に登りましょう。今度はあなたが先に登ってください。」
「わかった。」
感動冷めやらぬまま、リュウは縄を登る。
塔にたどり着くと、石の床に木製の扉がつけられている。
ここから上り下りして中に入るのだろう。
扉に耳をつけ、中の様子をうかがうが、人の気配はしない。
そうこうするうちにナリルが上がってきたので、塔に登るのを手伝う。
「あなた、登るの早いわね。」
「ナリルも木に登るのすごく早かったよ。おサルさんみたいだった。」
「…あんまりうれしくないですね。」
複雑な表情を浮かべたナリルは木扉に近づき、リュウと同じように耳をつける。
「人の気配はないみたいですね」
「うん。でももしかしたら扉の下にいるかもしれないから私が先に降りるよ。」
そういうとゆっくりと扉をひらく。
頭を中に入れ、周囲の様子をうかがうが、人の気配はない。
リュウは下がっている梯子をつたい、着地する。
安全を確認すると、ナリルに合図を送る。
ナリルも静かに着地すると、リュウによって来る。
「これからどうするの?」
「とりあえず私たちが最初に捕まっていた場所にいこうと思います。まだあそこにいるかもしれないですから。」
今度はナリルを先頭に塔内への侵入を開始する。
ナリルは警戒しながら螺旋状の階段を降りていく。
階段の終わりに差し掛かると、右壁に大きな穴があいており、男たちの声が漏れている。
どうやら部屋につながっているようだ。
ナリルは壁に背をつけ、中の様子をうかがう。
そして後ろのリュウに指で指示を出す。
(中に三人いる。私は左の二人、あなたは右の一人を倒して。)
(了解。)
ナリルは弓に矢をつがえ、息を整える。
そして一呼吸すると、勢いよく中に飛び込んだ。
こちらに顔を向けている男に矢を放つ。
男は驚いた顔のまま、喉に矢を受ける。
目の前の男の喉に矢が刺さっているのをみたもう一人が後ろを振り向くと、もう一本の矢が自身に向かってきていた。
「な、なん…うっ!」
反対側から見ていたもう一人は突然の出来事に動揺し、目の前に迫る白髪の少女に気付かなかった。
リュウは瞬時に男との距離を詰めると、がら空きの喉に剣を一閃する。
男は喉から血を吹き出しながら倒れ掛かるが、リュウが抑え、ゆっくりと床に寝かす。
「よかった。無事だったのね。」
ナリルの声に振り向くと、彼女は小さな檻の前にひざまずいている。
「仲間がいたの?」
「はい。よかった。今出してあげる。」
そういうとナリルは鍵穴に細い棒をねじ込む。
でたらめに動かしているように見えるが、しばらくするとガチャンと音をたてて錠が外れる。
「こんな小さな檻に仲間が入れられてるの?」
リュウが檻に近づくと、警戒するような唸り声が聞こえる。
開かれた扉から中をのぞくと、鋭い牙をむき出しにしたノーブルウルフがリュウをにらみつけていた。
「わあ!ワンちゃん!」
リュウの発言に眉をひそめるナリル。
(もしかして、ノーブルウルフを知らないの?)
「おまえ、こんなところに閉じ込められて。もう大丈夫だよ。」
リュウはやさしい猫なで声でノーブルウルフに話しかけ、ゆっくりと手を下から差し出す。
「リュウさん、ダメッ!」
ナリルの注意が届く前にノーブルウルフが行動に出た。
ゆっくりと近づくリュウの手に思い切りかみついたのだ。
「あ痛ぁっっ!!」
リュウの叫び声が部屋に響く。
すぐさま扉が開き、男二人が駆け込んできた。
「な、なんだおまえらは!」
「あっ!こいつは逃げ出した…」
ナリルの矢が一人に突き刺さる。
もう一人が剣を振りかぶったが、振り下ろされる前にリュウの剣が男の腹を薙ぐ。
一瞬全員の目が扉に集中した。その隙にノーブルウルフはリュウの脇をすり抜け、部屋から逃げ出した。
「あっ!待て!」
「リュウさん!あなたが待って!」
ナリルの制止もむなしく、リュウは一匹を追いかけて部屋を飛び出した。