ナリルは呆然と立ち尽くしていた。
たった今起きた出来事に頭が追い付かない。
(なんでこうなるの…)
ナリルの考えでは、ノーブルウルフは厳重な監視下に置かれているはずだから、まず先に仲間を救出。
その後、三人で手分けしてノーブルウルフを見つけ出し、砦から脱出…という予定だった。
まさかこんな檻に少数の見張りで放置してるとは思わず、見つけたときは内心大喜びだった。
それが連れの不手際により、潜入が発覚。
ノーブルウルフは逃走し、問題を起こした連れは狼を追いかけて迷子。
はじめからやり直しどころか、捜索対象が一人増える有り様。
イライラを抑えるため、しばらくその場で黙想し精神を集中させるナリル。
「よし!まずはソエルを探そう!リュウさんならたぶん大丈夫!」
無理やり自分を納得させ、当初の計画通り仲間を探すことにした。
――――――――――――
「ほらほら、どうした?動きが鈍くなってるぞ!」
ダチルは双節棒を巧みに操り、リュウの逃げ道を封じつつ、一撃一撃を的確に繰り出す。
だがどれも決定打というには程遠く、紙一重でリュウが防げる程度に加減されている。
(くそぉ…遊ばれてる!)
遊ばれてるという自覚があってもどうにもできない。
現にリュウは加減された攻撃にもついていくのがやっとだ。
負傷した足を庇いながら、なんとか糸口を見つけようとしているが、ダチルが負傷した足を狙って攻撃を仕掛けるため、足を防ぐことに集中しなければならない。。
足を奪われればリュウに勝つ手段はない。
そうなると足を重点的に防ぐ態勢になってしまう。
足の防御に徹すると、どうしても他の部位の対処が遅れてしまう。
そのためリュウの肩や腹部には双節棒による痣が多数みられる。
(どうしよう…このままじゃなぶり殺しにされるだけだ。)
リュウは左右から繰り出される殴打を剣を交差させ防ぐが、足に力が入らないため、打たれるたびに身体を左右に弾き飛ばされる。
「打たれ強いのは結構だが、そろそろ飽きてきた。決めさせてもらおう。」
ダチルは振りかぶるとリュウの脳天目掛けて双節棒を力一杯降り下ろす。
リュウは両手の剣を交差させ強力な一撃の衝撃に備える。
が、双節棒は剣に当たる直前に勢いがなくなり、コツンという軽い音が鳴る。
(しまった!)
リュウはとっさに足を庇おうとするが、間に合わない。
「うぐっ!」
鈍い打撃音が響く。
痛みに耐えきれず膝をつくリュウ。
間髪入れずに横殴りの一撃が襲い掛かってくる。
リュウは必死に剣を突き出し、一撃を止める。
(抑え…)
後頭部に衝撃が走る。
目の前が真っ暗になり、全身の力が抜ける。
「終わりだ。」
リュウは腹部に衝撃を受け、背後の壁まで吹き飛ばされた。
(もう…動けない……)
ダチルは動かなくなったリュウを一瞥すると、背を向けて歩き出す。
男の離れてゆく足音が耳に残るが、身体を動かすことも、目を開けることもできなかった。
――――――――
「リュウ、槍を持ってる相手に同じ間合いで対峙してどうする!」
「だってあたしが間合いを詰めたらすぐ離れるんだもん…」
「当たり前だろ?自分の間合いで戦わないでどうする。」
「ずるいよ!」
「ずるくない!そんなに槍の間合いで戦いたいならおまえも槍を使えばいいんだ。もっとも、そんなことしたらおまえは習い始めた幼児にも負けると思うがな。」
「オル、そんなこと言ったらリュウが泣いちゃうでしょ。」
「シイ姉!オル兄が…」
「おい、シイ!俺はいじめてないぞ。」
「どうだか。ねえ、リュウ?間合いを詰めようとしすぎてたんじゃない?いつもの動きじゃなかったわよ?」
「えっ!ほんと?」
「いつもの動きであったとしても俺の間合いには入れん。」
「ウゥゥッ!」
「ほら、唸らないの。しょうがないわね。一回だけ私のとっておきをみせてあげるわ。」
――――――――
ダチルはリュウを壁際に吹き飛ばしたあと、目的のノーブルウルフの回収に向かう。
子狼はダチルの双節棒の一撃を受け、床でのびている。
「つい加減を忘れてしまった。まあ大丈夫だろう。」
男は床に転がる狼を無造作につまみ上げる。
軽く揺らすとわずかに反応がある。
死んでいないことに一安心し、上に上がる階段に向かう。
ふいに、背中に悪寒が走る。
振り返ると、先程吹き飛ばした白髪娘が頭を垂らして立っている。
「馬鹿な!あれだけの一撃を受けて立てるわけが…」
驚愕した表情で見つめていたが、ふと違和感を覚える。
よくよくみると立ち上がってはいるが足元がおぼつかない。
両手の剣もかろうじて握っている感じだ。
そしてなにより……
「あいつ!意識がないのか!?」
顔を伏せているため見えにくいが、意識があるようには見えない。
身体も満身創痍で今にも倒れそうだ。
「そんな状態になってまで挑んでくるとは…。」
突然、少女の雰囲気が変わる。
ふらついていた足元もしっかりとし、トーン、トーンと小さく跳ねている。
(走って間合いを詰めようってのか。足の痛みを感じていない今ならできるのかもしれないが、そこまで甘くない。もう一度打てば痛みがぶり返して倒れこむだろう。今度こそ止めを刺してやる。)
ダチルが迎撃態勢を整えるなか、白髪の少女はなおも小さく跳ねる。
隙だらけともいえる今の状態が、言いようのない不気味な雰囲気を醸し出している。
(大丈夫だ…距離もある…間合いに入った瞬間、おまえは終わりだ!)
跳ね方が変わる。
それはほんの微細な変化だったが、ダチルにはわかった。
(くる!)
相手の一挙手一投足を見逃すまいと、身構えるダチル。
リュウが倒れるように前のめりになる。
力尽きて倒れたようにもみえたが、ダチルは気を抜くことはなかった。
万全の態勢で攻撃に備えていた……はずだった。
「なっ!?」
気が付いたとき、白髪娘の姿は消えていた。
注視していたはずなのに、こつ然といなくなった。
そしてふいに自らの腹部付近に現れたのだ。
ダチルは身動き一つ取れなかった。
対処しようとしたときにはもう手遅れで、心臓に剣を突き立てられていた。
自身の肉が刀身を包む感触。
鋭い痛みと燃えるような熱さ。
そして最後に感じたのは、石床の氷のような冷たさだった。
ダチルに剣を突き立てた後、リュウは数歩歩いて糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
「あれ…あたし……どうしたんだっけ?」
状況を確認しようとゆっくり身体を起こそうとするが、足に激痛が走る。
なんとか仰向けになると、顔の横に子狼がすり寄ってくる。
「よかった……無事だったんだね…。」
子狼は助けてくれた礼をするように、リュウの頬をやさしくなめる。
「ごめんね…すぐには動けそうにないや……少しだけ…休ませて…。」
リュウの言葉を聞くと、子狼は「今度は自分が守るんだ」というように横たわるリュウの傍に立ち、階段を見張り始めた。