※この作品はR-18です。

女舞戦記   作:愚犬

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再会

 ナリルは気配を消しながら薄暗い通路を進んでいく。

 途中にある部屋はすべて確認した。

 もしかしたらリュウから逃げた子狼が隠れているかもと、淡い期待を抱いていたが、これまで見た部屋には子狼は愚かネズミ一匹いなかった。

 

(リュウさんはどこにいったんだろう?見失ったら最初の部屋に戻って来ると思ってたのに…)

 

 

 

 文献にはノーブルウルフは王者足る風格を持つ誇り高い生物とある。

 ノーブルウルフを描いた絵画も真っ正面から敵に対峙する描写ばかりだ。

 子供に語って聞かせる物語に、英雄の危機にノーブルウルフが現れ、ともに困難に立ち向かったというものがある。

 子供にとってノーブルウルフは英雄の友であり、憧れでもある。

 ノーブルウルフは希望の象徴とも言われる。

 結果、王族や貴族によって乱獲され、数を減らしたノーブルウルフは森の奥へと消えてしまった。

 

 ナリルは子供の頃にノーブルウルフの物語を聞いてから、人一倍憧れを抱いた。

 そしてもっと知りたいと願い、ノーブルウルフについて研究を始めた。

 姿を消したノーブルウルフの研究は困難を極めたが、ナリルは諦めなかった。

 毎日一人で森の奥深くへ入り込み、ノーブルウルフを追いかけ続けた。

 そしてソエルという夢を共有できる仲間に出会った。

 お互いに支え合い、研究を重ねた結果、未だ謎は多いがノーブルウルフの生態を明らかにすることにも成功した。

 ノーブルウルフの研究家を自負しているが、あながち間違いではない。

 ノーブルウルフに関してこの二人に並ぶものはいないだろう。

 

 先程、子狼を見失うと予想していたナリルだが、それにもちゃんとした理由がある。

 ノーブルウルフは敵無しといえるほどの力を備えているが、それは成長した大人になってからである。

 成獣期の巨体に比べ、幼獣期は体の大きさが子犬程しかないので、逆に多くの獣に狙われる立場にある。

 そしてその幼獣期に身に付ける能力が、身を隠す技術と逃げる技術である。

 特に逃げ足は特筆すべきものがある。

 あっという間に距離を離され、一瞬でも姿を見失うと物陰や隙間に隠れてしまう。

 誇り高いと称される生物には似つかない能力だが、これが成長したときに大きく役に立つ。

 この砦は所々に隠れられる場所があり、通路も迷路のようになっている。

 特にあの子狼はやんちゃで、慣れているナリルやソエルでも苦労する。

 素人のリュウには見つけることはおろか、追いかけることもできないだろうとナリルは考えていたため、迷子になったと結論付けていた。

 まさか一度も見失うことなく、地下牢に追い詰めるまで追いかけっこを続けていたとは夢にも思わないだろう。

 

「ここらへんにもいないとなると、やっぱり……」

 

 ナリルは不安を抱えながら先を急ぐ。

 記憶が正しければ確かこの先は奴らのたまり場だったはず。

 頭の地図を思い浮かべていると、広間らしき部屋が見えてくる。

 リュウの騒ぎのせいで自分たちの侵入はバレている。

 おそらく、奴らも戦闘準備を整えているはずだ。

 こうなれば先手必勝と、ナリルは弓に矢をつがえ、広間に乗り込む。

 しかし、目の前に広がるのは乱闘の痕と男たちの死体だった。

(傷口から見て斬られた痕…リュウさんね。)

 

 リュウの暴れた痕跡を見つけ、無事なことに安心するナリル。

 さらに周囲を見渡して、部屋の隅に転がる木箱の横に白毛を見つける。

 

(あの子もここにいた…となると)

 

 ナリルは開け放たれている扉を見つめる。

 そこには上に行く階段と下に行く階段がある。

 薄暗い廊下に目を凝らすと、上へ上がる段に血痕がみえる。

 その痕は上階へと続いている。

 ナリルは警戒しながら、一段一段ゆっくりと上っていく。

 そして部屋の入り口に着き、絶句した。

 小さく開いた部屋の扉にもたれ掛かる一人の男。

 しかしその全身は扉から飛び出す無数の針に貫かれ、大量の血を垂れ流している。

 

 ナリルは弓に矢をつがえ、細心の注意を払い扉を開ける。

 

 円形の部屋…

 薬品や珍品がところ狭しと並ぶ大棚…

 一ヶ所にまとめて置かれる大甕…

 全体の壁に掛けられている拷問器具…

 部屋の中央に置かれる氷水入りの飼葉桶…

 そして…

 

 

「ソエル!!」

 

 X字の拘束具に両手足を拘束され、荒い息を吐き悶えている仲間を見てナリルは叫んだ。

 顔色は悪く、全身がカラカラに乾燥しているようにみえる。

 股関にはなにやら異物が挿さっており、身体をビクッビクッと震わせながら、潮を撒き散らす。

 

 

「待ってて!今助けるから!」

 

 急いで駆け寄り、拘束具を解こうとするがどうにもうまくいかない。

 その間にもソエルは目に見えて衰弱していく。

 

 

「くっ!…解けない……もう少しだから頑張って!」

 

 ソエルはもう虫の息だ。

 大切な仲間が目の前で力尽きかけていることにナリルはパニックを起こし、机の上に無造作に置かれている短剣に気づかない。

 

 

「どうしよう……早く助けなきゃ……助けなきゃいけないのに…」

 

 涙で目の前が曇り手元がよく見えなくなる。

 それでも必死に拘束を解こうと奮闘するナリル。

 手の甲で涙を拭い、もっとよく見えるように台に顔を近づける。

 その時、ちょうどナリルの耳がソエルの口元を横切る。

 

 

「…ナリ……つくえ……ないふ…」

 

 絞るように出した掠れ声。

 必死になっているナリルには聞こえないかもしれない。

 それでも希望をかけて、ソエルは呟いた。

 

 

「えっ!?机?ナイフ?…あっ!」

 

 届いた!

 ソエルの希望の一声を耳にしたナリルはすぐさま机の短剣を手に取る。

 そして乱雑に拘束具を切り裂いた。

 

 拘束されていた左手が自由になった瞬間、ソエルは股関に突き刺さっている異物を掴む。

 そして素早く抜き去ると部屋の隅に投げ捨てた。

 

 

「あはぁっ!!」

 

 異物が抜けた時の衝撃で身体が大きく震える。

 ナリルが最後の拘束具を切り裂くと、ソエルの身体が倒れ込んでくる。

 ナリルはしっかり受け止めると、力をなくした身体をゆっくりと横に倒す。

 

 

「ソエル!しっかりして!」

 

 必死に呼び掛けるが、ソエルの反応はない。

 薄く開いた眼はナリルを通りすぎ、彼方を見つめている。

 

 

「落ち着いて…冷静に…焦ってはダメ…」

 

 ソエルの呟いた一声が落ち着きを与えたのか、ナリルは衰弱している身体を冷静に分析する。

 

 

「肌が乾いてる……脱水症状?…それにこの棒…まさか!」

 

 ナリルはぐったりとするソエルの両脇を抱え、部屋の中央の飼葉桶の前に引きずってくる。

 そして飼葉桶の氷水を杓子にすくうと、ソエルの口元に近づけた。

 唇が冷たい水に触れた瞬間、ソエルは目を見開き、両手で杓子を掴んで中身を飲み干した。

 杓子の中身が空になると乱暴に投げ捨て、飼葉桶にすがり付いて、両手で氷水をすくって一心不乱に飲む。

 ナリルはソエルが倒れないようにしっかりと身体を支えている。

 

 水分補給に一区切りつくとソエルは飼葉桶から離れ、ナリルに支えられながらゆっくりと腰を下ろす。

 

 

「大丈夫?」

 

 ナリルの心配そうな問いかけに、軽く微笑む。

 

「ええ、大丈夫よ。おかげで助かったわ。ありがとう。」

 

 少し顔色も良くなり、肌の張りも戻っている。

 もう命の危険はないだろう。

 

 

「他の奴らは?」

 

 奴ら…とは彼女たちを捕まえた男たちのことである。

 おそらく侵入者の情報は回っていたはず。

 この状況でソエルを一人にするはずがない。

 

 

「わからない。拷問してた奴は二人いたんだけど、一人はこのセイルラムの第五皇子だった。外から報告があったみたいでもう一人の男はそのまま出ていった。それからしばらくしてまた報告があったみたいで、第五皇子は慌ててそこから出ていったよ。」

 

 そういうとソエルは飼葉桶の後ろの壁を指差す。

 まだ回復していないのだ、と労るような視線を向けるナリルに、ソエルは額を小突く。

 

 

「バカ!隠し扉だよ。そこの燭台を左回りに回すと開くよ。」

 

 小突かれた額をさすりながら、ナリルは指差された壁に近づく。

 しはらく無言で見つめていたが、大きくため息をつくとソエルのもとに戻る。

 

 

「へえ、追いかけないんだ。」

 

 驚いた表情でナリルを見つめるソエル。

 

「うん。ソエルの仕返しはしたいけど罠の可能性もある。このまま私たちが入った場所から逃げよう。」

「私たち?」

 

 怪訝な表情のソエル。

 ナリルはリュウのことを話し、これまでの経緯を伝えた。

 

 

「あのいたずら狼を追いかけていくとは、中々やるね。」

 

 大笑いするソエル。

 時折、苦しそうに胸を押さえたりしているが、大分回復したようだ。

 

 

「笑い事じゃないよぉ。そのままふたりとも行方不明なんだから…。」

「ナリルは予想外の出来事に弱いからねぇ。じゃあまずはふたりの捜索だな。」

 

 そういって立ち上がろうとするが、膝が震えてうまく立てない。

 

 

「無理しないで。まだ休んでなよ。」

「いや、いつまでもここにいるわけにはいかない。あいつが部下を連れて戻ってくるかもしれないし…なんとか歩けるから大丈夫。」

 

 ナリルに支えてもらいなんとか立ち上がることはできたが、膝の震えは止まっていない。

 

 

「肩につかまって。私が支えるから。」

「いいよ、ナリルは先に行ってふたりを…」

「ダメ!ソエルを置いていけないよ。それに私が痕跡を見落としてるかもしれないし。だから一緒に行こう。拒否はなしだよ。」

 

 ナリルはソエルの脇の下から腕を入れ、弱った腕を肩に回す。

 そしてゆっくりと扉に向かって歩き出した。

 

 

  

 

 

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