ナリルは弱っているソエルを背負い、階段を降りていく。
ソエルに負担のないようゆっくりゆっくりと…
「ねえ、ナリル。そんな割れ物扱うみたいにしなくても…」
困惑しながらソエルがつぶやく。
ナリルは両手でソエルの太腿をやさしく包み、不揃いな石段の上を一段、一段、傷ついた身体を揺らすことなく降りている。
「ダメだよ!ソエルは怪我人なんだから!それより大丈夫?痛くない?」
ソエルの困惑をよそにさらに慎重になるナリル。
(この子、過保護なところあったわね…)
心配してくれることはありがたいが、このままでは逃げるどころではない。
「怪我は大丈夫よ。けどこのままじゃまた奴らに捕まっちゃうわ。多少揺らしてもいいから早く降りましょ。探し物もあるんだから。」
「わかった。しっかり捕まっててね。」
ソエルの言葉を聞き、降りる速度を速めたナリルだが、それでも慎重に降りる。
こうして二人はたっぷり時間をかけて段下の広間にたどり着いた。
「すごいありさまだね。ナリルがやったのかい?」
部屋の惨状をみて思わずつぶやいたソエルに、ナリルは笑いながら言葉を返す。
「違うよ。これをやったのはたぶんリュウさん。ソエルの救出を手伝ってくれてる人。」
「ああ、もうひとりの捜索者か。なかなか面白そうだね。」
ナリルは荒れた部屋の中から壊れていない椅子を見つけると、ゆっくりとソエルを座らせる。
そして意を決したようにナリルが言う。
「ソエル、やっぱり二人の捜索は私ひとりで行くよ。」
「…わかった。そのほうがいいだろうね。」
今の自分はどう考えても足手まといだ。
捜索をするのならばなおさらだ。
それよりもここで体力を回復し、逃げる力を蓄えたほうがよっぽどいい。
無事に逃げたあとのことも考えなくてはならない。
これからの逃走計画を練ろうとして、ふと思い出したようにソエルは言う。
「ねえ、ナリル。来る途中に武器庫かなにかなかった?できれば服と武器を取り戻したいんだけど…」
今のソエルはぼろきれを身体に巻いてなんとか裸身を隠している状態だ。
これから逃げるにあたってもう少し動きやすい格好をしたい…
武器も必要だ。
できれば使い慣れた自身の得物がいい。
「ここに来る途中にはなかったよ。もしかしたらこの近くにあるのかも…ついでに探すね。」
ナリルは矢筒の矢を確認すると、床に落ちていた剣を拾い、ソエルに握らせる。
「いい?剣は置いていくけど、なにかあったらすぐ叫ぶんだよ?それから…」
「わかったから、はやく探しに行きなさい。」
ナリルはまだ納得してない表情だが、ソエルにいわれて駆け出していく。
一度心配そうに振り向いたが、手で追い立てると慌てて走って行った。
「まったく、あの子は。」
しつこい相棒を追い払ったソエルはふう、とため息をつく。
そして部屋を見回す。
机や椅子が散乱する部屋に開け放たれた扉がふたつ。
ひとつは今降りてきた拷問部屋に続く扉で、もうひとつはナリルが走って行った扉だ。
さらに固く閉じられた扉がふたつ。
そのうちのひとつは段を数段上がった上にある。
装飾が施されており、他の扉とは明らかに違う。
ソエルは剣を握りしめると、ゆっくりと扉に近づく。
なにかあったらすぐ避けられるよう、つま先に力を入れている。
そしてゆっくりとドアノブをひねる。
カチッという音とともに扉に無数の小さな穴が開く。
とっさに後ろに飛ぶ。
扉から鋭い針が飛び出す。
身に纏ったぼろ布に無数の針が突き刺さるが、間一髪避けきって背中から床に落ちる。
「はあ、はあ、あぶなかった。」
拷問部屋の扉で串刺しになっていた男の姿を思い浮かべる
あと一瞬判断が遅ければあの男と同じ目に合っていただろう。
「こっちはダメか。」
息を整えながらもうひとつの扉に目を向ける。
こちらは打って変わって装飾など施されていないが、扉の表面はおびただしい血痕で汚れいる。
扉の持ち手もノブではなく取っ手だ。
先程のようにひねって作動するような仕掛けはないはずだが、油断はできない。
ソエルはゆっくりと扉に近づき、おそるおそるその汚れた表面を指でなぞる。
血は乾いていたが、触れた指にはうっすらと赤い跡が残る。
注意深く扉に触れているが、穴があくような仕掛けは見当たらない。
意を決して取っ手に手をかけると、扉を勢いよく開いてすぐさま飛び退く。
バンッと扉が壁に当たる音とともに、扉の先の暗い空間が現れる。
扉自体に仕掛けはなかったが、中の暗闇は危険なにおいに満ちている。
ソエルは剣を握りしめ、警戒しながら中に入る。
ひんやりとした空気が強張る身体を包み、鉄のにおいが鼻をつく。
「武器庫か……ナリルは無駄足だったね。」
荒れてはいるが棚や壁にはさまざまな武器が保管されている。
剣に斧、メイスに弓などあきらかに倒れていた男たちよりも多く武器がある。
「ただ貯め込んでただけならいいけど…」
ソエルの得物はすぐに見つかった。
弦が切られていたが、弓身に施された蔓の装飾のある弓。
短刀より長く、剣よりも短い、弓と同じく柄に蔓の装飾が施された片刃の反った剣が一本。
「剣が一本ない…あいつら盗りやがったな。」
自身の愛剣を盗まれたことに歯ぎしりするソエル。
弓の弦も切られ、着ていた服はない。
だが、これ以上望むのは無理だろう。
得物が一部でも戻ったことに感謝しなければ…
ふいに背後に気配を感じ頭を下げる。
ヒュッという音とともに頭上をなにかが通り過ぎる。
無意識に足を蹴りだし、後ろのものを蹴り飛ばす。
足に柔らかい脂肪の感触があり、男の苦悶の声が聞こえ棚の倒れる音が続く。
それを聞いて二人分の笑い声が漏れる。
ソエルは気配のする方向をにらみつけながら剣を引き寄せる。
「ぎゃはは、かわされてやんの。」
「反撃もくらってるぞ。」
部屋が明るくなる。
ソエルの目の前には斧と剣を携えた男が二人。
そして右手に細鞭を持ち、床に転がっている太った男。
「うるせえ!おい、女!おとなしくすれば優しくかわいがってやるぞ?」
男は立ち上がると鼻息荒くソエルにそんな言葉を投げつける。
(最悪だね…やっぱりまだ仲間がいたのか…)
ソエルは引き寄せた愛剣を左手に、奪った剣を右手に持ち敵と相対する。
「がはは、こいつやる気だぜ。」
「痛くしてほしいんだとよ。」
「ぐふふ、それなら得意だ。」
太った男は腰に下げた棍棒を抜く。
そのときソエルは見た。
男の腰に光る緑葉の装飾の柄。
見間違うはずもない自信のもう一本の愛剣。
こいつが盗っていたなんて…
「わたしの剣を!」
ソエルのつぶやきに、太った男は不審な顔をする。
そして視線の先が自身の腰の剣にあるのをみてにやりと笑う。
「これはおまえのだったのか。だが、もう俺様のものだ。脂のついた肉を切るのにちょうどいいんだ。」
愛剣を肉切り包丁に…
ソエルは愛剣を強く握ると、男の首に突き出す。
男は難なくよけると、細い手首をつかんで引き寄せる。
「ほら、お返しだ。」
男の足がソエルの腹部を蹴り上げる。
「ぐふっ!」
強烈な一撃にうずくまりそうになるがなんとか耐える。
太った男は棍棒を振り上げると、苦痛に耐えるソエル目がけて叩き付けた。
さっと後ろに引き、棍棒をかわす。
そして振り下ろした無防備な腕を切り落とそうと右手の剣を振る。
バチンッという破裂音とともに頬に激痛がはしる。
目から火花出る感覚…
一瞬ぼうっとなったソエルだが、そこに棍棒が襲い掛かる。
なんとか右手の剣を出し一撃を防ぐが、ピシッと刀身に亀裂がはしる。
(なまくらめ!)
一瞬気を取られたところに細鞭が襲い掛かる。
さっと頭を下げるソエル。
ギリギリ避けたところを再び棍棒が襲う。
数撃はなんとか持ちこたえていたが、とうとう右手の剣が折れる。
これまで拷問に耐えていた身体に残された力も尽きかけてきた。
再度腹部に蹴りをくらい、態勢を崩したところで太い指に首をつかまれ、そのまま投げ飛ばされた。
ソエルの身体は扉を抜け、広間の壁に叩き付けられる。
壁に叩き付けられた衝撃で左手に残っていた剣が手を離れ飛んでいく。
身動き取れないソエルに対し、太った男とその仲間はにやけ笑いを浮かべソエルを取り囲む。
「がはは、か弱い小鳥ちゃんが人間様に挑むとは」
「ぎゃはは、もしかして逃げられるとか思ってた?」
ソエルはキッと男たちをにらみつける。
「ぐふふ、小鳥はおとなしく鳴いて人間様を楽しませればいいんだよ!」
太った男が細鞭を振り上げる。
そのとき、ヒュンッという音がなり、後ろにいた斧を持った男が崩れ落ちる。
「ソエル!!」
声のしたほうに顔を向ける男たち。
その一瞬のスキをつき、ソエルは男の腰からもう一本の愛剣を引き抜く。
そして男のふくよかな腹に深々と突き刺した。
見開かれた目をソエルに向け、自身に起きたことが信じられていない男にソエルは言い放つ。
「本当だ…脂のついた肉を切るのにちょうどいいね。」
剣を引き抜かれると男は力なく倒れこんだ。
ソエルは残った一人に向き直る。
剣を持った男はナリルの早撃ちを剣で巧みに防いでいる。
苦戦するナリルに加勢しようとしたそのとき、男の足に白い塊が襲い掛かった。
「ぐわっ!」
不意打ちを食らった男は態勢を崩す。
その隙にナリルの放った矢が正確に男の喉に突き刺さった。
「ココ!」
敵を倒すのに一役買った子狼は誇らしげに胸をはっている。
「ソエル!無事!?」
息を荒くしたナリルが駆け寄ってくる。
「ああ、大丈夫さ。武器もみつけた。服はあった?」
窮地を救ってくれた相棒に笑顔を向ける。
ナリルはほっとした表情をみせたが、ソエルの質問には首を振って答えた。
「そうか。しょうがないね。今頃奴らの慰み物になってるだろうよ。」
ソエルの冗談に軽く笑うと、ナリルは胸を張る子狼に向き直る。
「今までどこ行ってたの!?心配したでしょ!」
褒められると思っていたのか子狼は「なんで怒られるの?」と驚愕の表情を浮かべる。
そしてソエルに助けを求める視線を送るが、ソエルは肩をすくめただけだった。
うなだれる子狼の前で仁王立ちし、説教を始めそうなナリルに対してソエルはいう。
「お説教は後。奴らの仲間が戻ってきたみたいだよ。さすがに今は分が悪い。はやくリュウを見つけてずらかろう。」
それまでうなだれていた子狼はリュウの名前を聞くやスクッと立ち上がり、ナリルの裾をくわえて引っ張った。
「ちょっとココ、どうしたの?」
ナリルの気をひくと、子狼はさっと走り出し、拷問部屋に続く扉に向かう。
「ついてきてほしいみたいだね。」
「うん。もしかしたらなにかあるのかも。ソエルはここで待ってて。」
「わかった。急いだほうがいいよ。奴らが来るかもしれない。」
子狼が一声吠える。
ナリルはうなづくと扉に向かう。
子狼はナリルが来ると地下へと降りる階段を駆け下り始めた。
続いてナリルが降りていくと、その光景をみていたソエルがつぶやいた。
「下に行く階段があったのかい。最近のわたしはほんとヘマばっかだねぇ。」