※この作品はR-18です。

女舞戦記   作:愚犬

28 / 37
救出達成

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 薄暗い部屋…

 汚れた石壁…

 動物用の頑丈な檻…

 ずらりと並ぶ鞭や淫具…

 傷ついた裸身を拘束する晒し台…

 

 

 

 忘れたくても忘れられない光景…

 脳裏に刻まれた苦痛の記憶…

 

 

 拘束を解こうと身体をゆするが、固い拘束具は外れない。

 暴れる背後から誰か近づいてくる。

 

 あいつだ…

 恐怖で身体が震える…

 身体に合わせて拘束具が小刻みにふるえる。

 

 

 鞭のしなる音…

 響き渡る破裂音…

 臀部への激痛…

 

 声の限りに叫ぶが、何も聞こえない。

 部屋に響くのは鞭が空気を裂く音と肉にぶつかる打撃音。

 

 

(やめて!許して!!)

 

 

 尻を振って激痛から逃れようとするが、固い鞭は容赦なく降り注ぐ。

 ギシギシと晒し台が揺れるが拘束が解かれることはない。

 泣き叫ぶ自身の声が頭の中で響く。

 

 

(お願い!やめて!もう許して!!)

 

 

「なんでおまえは言われたことができないのだろうか。簡単なことなのに何度言ってもできない。言葉でわからないなら身体にわからせるしかない。そうだろう、リュウ?」

 

 

 あいつの声がする…

 鞭に襲われるたびに悲鳴をあげる。

 その悲鳴を聞いてうれしそうに笑うあいつ…

 

 

(誰か……誰でもいい……誰か助けて!)

 

 

 泣き叫ぶリュウ…

 笑う男…

 鳴り響く肉を裂く鞭の音…

 

 

 

 

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 

「…さん……ウさんっ……リュウさんっ!」

 

 

 身体をゆすられて目を覚ます。

 

 薄暗い部屋だがあの場所ではない。

 周囲に目を向けると、心配そうな顔をしたナリルがのぞき込む。

 

 

「リュウさん大丈夫ですか?うなされてましたが…」

「うん、大丈夫…痛っ!」

 

 起き上がろうとして痛みが走る。

 ふとみると右足が布で固定されている。

 

 

「怪我をしてるんですから無理しないで。骨は折れてないようですが、とりあえず固定しました。」

「ありがとう……ごめんね。仲間を探さなくちゃいけないのにこんな…」

「大丈夫です。仲間はもう見つけました。あとはここから逃げるだけです。」

 

 ナリルは微笑みながら横を見るよううながす。

 つられてみると、子狼がリュウの腕に頭を押し付けている。

 

 

「この子がこんなに懐くなんて驚きました。」

「ワンちゃん…そうか。あたしを守ってくれてたんだね。ありがとう。」

 

 

 リュウが耳の後ろを掻いてやると嬉しそうな声をあげる。

 

 

「名前はココ。リュウさんを仲間と認めたみたいです。」

「ココか…いい名前だね。」

 

 

 ほんわかとした空気が流れるが、状況は変わっていない。

 ナリルはリュウの脇から腕を入れ、肩をかす。

 

 

「さあ、行きましょう。」

 

 

 ナリルに手伝ってもらい、リュウは上階にあがる。

 広間には椅子に座ったソエルが弓に弦をはって待っていた。

 

 

「待ってたわ。あなたがリュウね。」

 

 

 微笑みながら手を差し出すソエル。

 リュウも微笑んで手を出す。

 

 

「よろしくね。……ええと…」

「ソエルよ。あなたのことはナリルから聞いてるわ。」

 

 

 互いに握手し、ソエルがふとリュウの足元をみる。

 

 

「ふふっ、ずいぶんと懐かれたみたいね。」

 

 

 つられて見ると、白い子狼がすり寄って頭を足にこすりつけて甘えている。

 

 

「この子がこうするのは信頼してる人だけなんだよ。」

「信頼してくれるのはうれしいけど、怪我してないときがいいな…」

 

 

 先程から子狼はリュウの怪我したほうの足にすり寄っていた。

 子狼が頭をこすりつけるたびに痛んだのだが、甘えてくれることがうれしくて口に出せないでいた。

 

 

「こら、ココ!離れなさい!」

 

 ナリルが慌てて追い払うが、子狼は隙あらば己の愛情表現をしようと近づいてくる。

 

 

「言ってくれればよかったのに。」

「だってやっと近づいてきてくれたんだよ?追い払ったら嫌われちゃうと思って…」

「一度信頼すれば、相当なことがない限り嫌われないですよ。」

 

 シュンとするリュウをみてソエルがぷっと吹き出す。

 

 

「ど、どうしたの?」

「いやあ、話を聞く限りそうじゃないかと思ってたけど。やっぱり似てるわ。」

「誰と?」

「リュウとココさ。今の顔なんてそっくりだったよ。」

 

 

 顔を見合わせるリュウとココ。

 似てると言われて嫌な気はしない。

 

 

「仲がいいのはいいけど、そろそろ逃げないと…」

 

 

 ドンッ!ドンッ!

 

 

 ナリルの催促の声が扉に体当たりする音で途切れる。

 武器庫側にあった扉は剣や斧が閂代わり刺さっており、さらに扉の前には机や椅子が積み上げられている。

 ナリルがリュウを迎えに行っている間にソエルがしたのだろう。

 

 

「長居しすぎたみたいだね。」

 

 

 今はまだ持ちこたえているが、この扉は古い。

 防御壁の隙間から見える表面は衝撃でミシミシと音をたてている。

 破られるのも時間の問題だ。

 

 

「ナリルが先行、リュウはわたしが背負う。ココ!後ろを見張りながらついてきな!今度ははぐれるんじゃないよ!」

 

 

 指示を聞くとナリルとココはすぐに行動を起こす。

 ソエルは手元のナップザックを背負うとオロオロとするリュウに近づくと左肩をリュウの右脇に突っ込む。

 

 

「で、でもソエルも傷ついて…」

「ガタガタ言わない!黙って従う!」

「はっ、はいっ!」

 

 

 ソエルの迫力に負け、おとなしくなるリュウ。

 その様子を先方からみていたナリルがふっと微笑む。

 

 

 ナリルとソエルはこうした危機をいくつも乗り越えてきた。

 ソエルはいつも状況判断が速く、適切な指示を出してくれる。

 これまでもそれに助けられてきた。

 状況が状況だけに、今は無理やり従わせる形になってしまったが、リュウもわかってくれるだろう。

 

 

 三人と一匹は広間を離れると脱出口に向かって駆け出していく。

 リュウは同じ怪我人であるソエルに気を使って体重をかけないようにしていたが、当の本人はリュウを無理やり引き寄せて、力強く引っ張っていく。

 ナリルの過保護な扱いに比べると乱暴な印象があるが、今はそれがいい。

 気を使われると逆にこっちが気を使ってしまい、今のような速度でにげられなかっただろう。

 

 初めは後続の二人を心配して度々振り返っていたナリルだが、ソエルに一睨みされたあとは前方に集中している。

 ココも今回はおとなしくついてきている。

 少しシュンとしているのは、何度かリュウに近づこうとしてソエルににらまれたからだ。

 

 

 ナリルの先導もあって、一行は迷うことなく小さな檻のある最初の部屋に到着する。

 ソエルは椅子の一つにリュウを座らせると、床に転がる死体から剣をとる。

 そして扉の前でビクビクしているココを近づいて、無理やり部屋に放り込む。

 放られたココはまっすぐにリュウの膝に着地すると、震える小さな体をリュウの下腹部にすりつけた。

 

 

「大丈夫だよぉ。もう檻に入れられたりしないからねぇ。」

 

 

 リュウはぶるぶる震えているやわらかい背中を優しくなでつける。

 だが震える子狼の視線が、扉に剣を叩き付け、閂代わりにしているソエルに向けられていることにリュウは気付いていない。

 

 

「さてと、出口は上かい?」

「うん、階段を上った先に小さな部屋があって、そこに梯子がかかっているわ。」

「問題は外がどうなっているかだね。奴らの仲間が戻ってきたことは確かだ。」

「おまけに領主の部下もいる。」

「こっちは怪我人が二人か……厳しいね。」

「ごめんなさい…」

 

 

 うつむくリュウに二人が微笑みかける。

 

 

「なにも謝ることないよ。こっちは手助けしてもらって感謝してるさ。」

「そうですよ、リュウさん。塔の中にいた敵はほとんどリュウさんが倒してくれたんですよ?」

「でも…」

「はい、やめやめ!後悔はあとでできる。今はここから逃げ出すことを優先しよう。」

 

 

 そういうと、ソエルはリュウに肩をかして、出口のある部屋に向かう。

 そして梯子を前に皆を集める。

 

 

「まず、わたしが先頭を行く。次がリュウだ。ナリルは後ろを警戒してここに待機。ココはわたしが連れていく。」

 

 

 ソエルは子狼を肩に乗せると、梯子に手をかけ瞬く間に登って行った。

 ココは必死の形相で足を踏ん張って、床から離れる恐怖と戦っている。

 ソエルは扉を静かに押し開けると、ひらりと外に飛び出る。

 そしてリュウに合図を送る。

 

 リュウが梯子を握りしめると、ナリルがそっと肩に手を置く。

 

 

「大丈夫ですよ。ゆっくりでいいですからね?」

「わかった。ありがとう。」

 

 

 そういうとリュウは梯子をスルスルと登っていく。

 負傷した右足を使うことなく。

 

 心配したソエルが上から覗いたときには、すでに梯子の上段に到達していた。

 驚いた顔で手を差し出すと、リュウもその手を握り返し外に引き上げてもらう。

 

 外はもう真っ暗だった。

 黒い空に点々と星が輝いている。

 

 

「驚いた…こんなに早く登ってくるなんて。ほんとに足を怪我してるのかい?」

 

 

 下から眺めていたナリルは唖然としている。

 

 

「小さいときによく木登りして遊んだからね。足を使わないで登る方法なんかも覚えたんだ。」

 

 

 リュウの顔が一瞬暗くなる。

 だが、すぐに笑みを浮かべて隠した。

 無理やりひきつった笑みを…

 

 ソエルはふっと微笑むと、下にいるナリルに合図を送る。

 ナリルもスルスルと登ってくると、リュウに向かって言う。

 

 

「私よりもあなたのほうがお猿さんみたいです。怪我してるのにあんな速さで登るなんて…」

「おっと、おしゃべりはここまで。見てごらん。」

 

 

 ソエルにつれられ、塔の端から周囲をうかがう。

 

 眼下にはいくつもの松明が灯されており、所々に武装した男の姿が見える。

 そしてこの塔から離れた一画…壁に空いた小さな穴に男たちが槍を並べて構えている。

 よくみると、砦の外側からも槍が並んでおり、その小さな穴を挟みこむように布陣している。

 

 

「どうやらこの侵入経路は敵にばれてないみたいだね。」

「どうして?」

「見てごらん。あそこの小さな穴を外と内から見張っている。あそこには外壁から侵入できる穴があるのさ。」

「そうだと思う。ここから見える穴の前には護衛の兵士がついてた。たぶんあの裏側にも穴があって、そこから侵入したんだと思われてる。」

「どっちにしても都合がいい。奴らはあそこを重点的にみてる。反対側のこの塔は無関心だ。」

 

 

 敵もまさか塔を登って侵入したとは思ってもないだろう。

 

 

「だが、私たちの後ろに敵がいるのも確かだ。いずれはここから入ったとばれる。あそこをみな。」

 

 

 ソエルの指さすほうをみると、数頭の馬が柵につながれている。

 鞍はついたままだ。

 

 

「もし私たちが逃げたらすぐに追いかけられるように準備万端にしてくれてる。まさか私たちに使われるとは想定してないんだろうね。」

「待って!罠の可能性は?」

「なくはないけど、行くしかないよ。後ろの奴らが来る前にここから降りよう。奴らにとっては袋のねずみ。なのにこつ然と姿を消した私たち。まだ塔内にいると思うはずさ。」

 

 

 そういうと背のナップザックから鉤のついた縄を取り出し、一ヶ所に固定する。

 何度か引っ張って外れないことを確認すると、子狼をつかんでナップザックに入れ、ソエルはスルスルと塔下に降りていった。

 リュウとナリルも続いて降りる。

 そして鉤縄を回収すると近くの茂みに身を隠した。

 

 しばらく待っていると塔上に男たちらしき影が姿をみせる。

 

 

「ふふふ、あいつら戸惑ってるよ。」

 

 

 ソエルは塔の上に目を向け静かに笑う。

 

 

「よく見えるね?」

「私は夜目が利くのさ。さあ、馬のところに行こう。」

 

 

 頭を下げて三人は進む。

 リュウは苦労しながらも、ナリルに支えられなんとかばれずに馬のもとまでたどり着く。

 

 

「馬は二頭でいいね。私とココが先頭。リュウはナリルの後ろに乗る。集合場所は“青のほとり”だ。もしはぐれた場合にね。」

 

 ソエルはウインクして馬をつなぐ綱を切ると、ひらりと鞍に飛び乗った。

 

 

「誰だ!なにしている?」

 

 

 突然背後から男が現れる。

 ソエルはすぐさま弓を引き絞ると男の喉に矢を放つ。

 

 

「行くよ!」

 

 

 男が崩れ落ちると同時にソエルは馬を駆けさせる。

 馬の駆ける音を聞いて周囲にいた男たちが集まってくる。

 

 

「リュウさん、乗って!」

 

 

 いつの間にか馬にまたがったナリルが手を差し伸べる。

 リュウは手を取ると、ナリルの後ろにひらりと飛び乗った。

 

 

「しっかり捕まっててください!」

 

 

 リュウが乗ったことを確認するとナリルも馬を駆けさせる。

 背後から男たちの叫び声が聞こえるが、それもどんどん離れていく。

 時折、矢が飛んでくるが狙いは狂って見当はずれのほうへ飛んでいく。

 

(逃げられる!)

 

 二人でそう思った瞬間、突然リュウの身体に何かが絡みついた。

 

 

(縄!?)

 

 

 対処する暇もなく、リュウは馬の背から転げ落ちる。

 

 

「うぐっ!」

 

 固い地面に背中から落ちて肺中の空気が外に漏れる。

 

 

「リュウさん!」

「逃げようったってそうはいかねえぞ。」

 

 

 暗闇から男の声がする。

 リュウは全身に絡みついている縄の先に目を向け驚愕する。

 そこには地下牢で対峙し、リュウを苦しめたダチルが立っていた。

 

 

「な、なんであんたがここに…」

「その言いぐさだとあいつに会ったらしいな。俺の片割れが帰ってこないんだが、居場所を知ってるか?」

 

 そういって手元の縄を操り、リュウの身体を締め付ける。

 

 

「うぐぁぁぁ!」

「リュウさん!」

「おっと、動くな。こいつがどうなってもいいのか?」

 

 ナリルが矢をつがえたところで男が手で制止する。

 それに続きリュウの悲鳴が大きくなる。

 

 

「おとなしくしてろ。おまえもかわいがってやるからよ。」

 

 

 男はリュウを足元に引きずりよせる。

 そして白銀に光る髪に手を伸ばしたそのとき、彼方から一本の矢が飛来し無防備な肩に深々と突き刺さった。

 男は悲鳴をあげて倒れこむ。

 ナリルはその隙に矢を引き絞り、自慢の速射でリュウに絡みつく縄を切断する。

 縄を散らした矢はそのまま地面に倒れる男に向かって飛んでいく。

 男は身を転がしてなんとか矢を避ける。

 

 絡む縄を振りほどいたリュウはナリルのもとに走る。

 

 

「リュウさん、つかまって!」

  

 

 差し出された手をつかみ、馬の背に飛び乗ると、今度は離さないとばかりに力強くナリルの腰にしがみつく。

 ナリルはすぐさま馬を駆けさせてこの場から離れる。

 後ろから男たちが追いかけてくるが、遠方からの矢が逃走を援護する。

 見えない位置から正確に飛んでくる矢に男たちも怖気づき始める。

 男たちの後方で先程の男が怒鳴り散らしているが、ナリルたちを乗せた馬はどんどんと距離を離し、ついに男たちから逃げ切った。

 

 

 こうしてたった二人による救出作戦はセイルラム第五皇子を巻き込んで達成されたのだった。

 

 

 

   

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。