「もう大丈夫だろう。」
そういうとソエルはリュウの右足に張り付けていた湿布をはがす。
濃緑の薬草が塗られた湿布は粘液と刺激臭を発生させながら白い肌から離れていく。
「うん!ありがとう!」
湿布をはがされたリュウは笑みを浮かべて治療してくれた友に礼をいう。
そして治ったばかりの足を見つめ、動作確認するように足首を回す。
白い子狼が待ってましたとばかりに足に近づくが、薬草の刺激臭に顔をしかめ一進一退を繰り返す。
「思ったよりも重症でなくて良かった。引きずり方が変だったから心配だったんだ。」
今リュウたちがいる場所は国境近くの山中にある小屋の中だ。
ソエルたちが青のほとりと呼ぶ隠れ家で、他の地域にもあるらしい。
砦から逃げてもう三日になる。
リュウはここに到着するや高熱をだして倒れてしまったのだ。
ナリルとソエルの看病のおかげで事なきを得たが…。
「骨が折れてるふうにも見えたんだけど、こんなに早く腫れが引いたんなら私の気のせいだね。無茶苦茶しない限り大丈夫だろう。」
大丈夫という言葉を聞いて子狼が飛びついてくる。
リュウは子狼の耳の裏をかいてやりながら再度礼をいう。
「ほんとにありがとう。あたしは足手まといにしかならなかったね。」
「そんなことないよ。あんたの助けがなかったら今ここにいれたかわからない。感謝してるよ。」
はがした湿布を丸めながら笑うソエル。
辛い拷問を受けたにもかかわらず、傷ついた自分を心配してくれるソエルに申し訳ない気持ちになるリュウ。
「そんな顔しない。自分が思っている以上にあんたは役立ってるよ。」
「うん、ありがと。そういえばナリルは?」
「情報収集と食料調達。あんたが寝込んじゃったからできてなかったけど、今日は宴よ!無事に逃げ出せたことをお祝いしなきゃ!」
酒を呑むしぐさをしてニカッと笑うソエル。
リュウは宴ときいて一瞬うれしそうな顔をするが、すぐに心配そうな顔で外に目を向ける。
少しずつ暗くなり、ポツポツと水滴が小屋に降りそそぐ。
「雨降ってきちゃったね。大丈夫かな?」
「大丈夫よ。それより私の好きなお酒も買ってきてくれるかしら…」
「ソエルはどんなお酒が好きなの?」
「私はねえ、ディブルの実で作ったお酒が好きなのよ。あの芳醇な香りに爽やかな口当たり、何杯でもいけるわ。」
そんなことを話しながら待つ二人。
しばらく待っていると外から慌てて駆けてくる足音。
「ただいまー!いやー参った参った。いきなり降られるなんて。」
「おかえり。どうだった?」
「とりあえず、今のところは大丈夫そうだよ。手配書もまわってないし…」
「あいつらにとっては奴隷に逃げられたなんて面目丸潰れだし、しかも領主の息子がいたんだ。表沙汰にはできないさ。」
「うーん、もう少し何かあると思ったんだけどね……。まあいいか。はい!ソエルの好きなお酒!」
「やった!やっぱりできる子は違うねえ。」
ナリルから酒ビンを受け取ったソエルは大事そうにビンを抱え込む。
「おかえりなさ~い。」
「あ、リュウさん。元気そうで何よりです。足の具合はいかがですか?」
「全然平気!二人の治療のおかげだよ。ありがとう!」
リュウは足首を上げてピョコピョコと動かす。
治った様子を目で確認すると、ナリルはソエルに向き直る。
「ほらね、折れてなかったでしょ?」
「こんなに早く治るならそうだね。見たときは腫れてた気がしたんだけどなぁ。」
ソエルは酒ビンを抱えながら首をひねっているが、さりげなく近づいたナリルの手に何かを渡した瞬間をリュウは見逃さなかった。
その後、宴の準備を始める三人……というかほぼ一人。
リュウが手伝おうとしたところ、怪我人だからという理由でソエルが椅子に無理やり座らせ、自分も怪我人だと言って支度のほとんどをナリルに押し付けた。
ナリルはこういう扱いに慣れているのか、手際よく料理を作り始める。
そしてサボろうとしているソエルに皿や器などを机の上に並べさせる。
完全に一人何もしてないリュウは必死に手伝おうとナリルに指示を仰ぐ。
「やっぱりあたしも何かするよ。いや、やらせて。」
「じゃあリュウさんには最も重要な仕事をしてもらいます。」
ナリルは姿勢を正すリュウに微笑むと、ある方向を指差して言った。
「ココを見張っていてください。」
キョトンとするリュウ。
ナリルの指差した先では子狼が自身の尻尾を追いかけてクルクルと回っている。
「えっ?見張る?」
「そうです。この子はとんでもないイタズラ小僧なんです。放っておくとまた何するか…。」
「ああ、おとなしすぎるからココの存在忘れてた。」
酒ビンに口をつけながらソエルがあっけらかんと言う。
ナリルの目を盗んで栓をあけたらしい。
しかし、ごくっと一口飲んだところでナリルに没収される。
「ああっ!」
「いつの間にあけたの!?少しは我慢しなさい!」
「いいじゃないか少しくらい…」
「ダメ!飲みたいなら早く食卓を整えて。」
ナリルに命令され、ブツブツと何かを呟きながら皿を置く。
子狼は今は床に寝そべってゴロゴロと転がっている。
「またって何をやったの?」
「食材を勝手に食べちゃったり、水樽をひっくり返したり、泥の付いた足で走り回ったり…」
「この間は料理を運ぼうとしたナリルに体当たりしたんだ。おかけで料理はめちゃくちゃ。」
「それでお仕置きするために捕まえようとしたんだけど外に逃げちゃって…そしたらあいつらに捕まっちゃってたわけです。」
今回の事件の原因である問題児は今は無防備に腹をみせてくつろいでいる。
「とにかく!放っておくと何するかわからないので、リュウさんはしっかり見張っていてください!」
「了解しました!」
ビシッと敬礼してリュウは子狼に目を向ける。
しばらく見張っていたが、イタズラ小僧は特に問題を起こすことなく、毛繕いをしたり、転がったりとまったりとすごしている。
今の様子ではただのかわいい子犬にしかみえない。
リュウは床に寝そべって頬杖をつきながら子狼のすることをぼんやりと眺めていた。
そんなことをしている間にも宴の準備は着々と進んでいく。
部屋は香ばしい料理の香りで満たされていく。
酒ビンを取り戻したソエルは、ナリルに気づかれないようにチビチビとつまみ飲みしている。
「さあ!できたわよ!」
ナリルの声にソエルはビクッと身体を震わせ、慌てて酒ビンをもとの位置に戻す。
リュウも食卓に目を向けるが、ココは知らん顔している。
そうこうしている間にナリルが焼いた大魚をのせた大皿を持ってきたが、子狼を警戒しているのかゆっくりと大皿を運ぶ。
(さすがに怖い思いしたあとだからこれはないか。)
警戒を解き食卓を向いた瞬間、今まで知らん顔していた子狼がカッと目を見開き、ナリル目掛けて駆け出した。
足音も立てずに滑るように距離を縮めるココにソエルもナリルも気づかない。
子狼が奇襲成功を確信したまさにその時、自身と同じ白色の髪の少女がバッと行く手を遮った。
「フッフッフッ、ココ!君の考えていることはお見通しだよ。」
フフンっ、と笑うリュウに悔しそうな表情を浮かべる子狼。
「ココはまだまだ甘いよ!いい?イタズラっていうのは相手の思ってもみないことをやることで……」
ああだこうだと狼相手に議論を始めるリュウ。
その様子を眺める二人の女性。
「やっぱり仲いいわね。」
「ああ。ココもここまで受け入れるとは思わなかったよ。」
「うん。でも、この状況。端からみれば犬と議論してる頭のおかしい女の子にしか見えないわね。」
「ノーブルウルフが人の言葉を理解するってことを世間は知らないからね。知っててもここまでしないだろうけど…。」
「食べ物は粗末にしちゃいけないんだよ。じゃないと豊作の神様が怒ってお腹いっぱい食べられなくなっちゃうよ。もしかしたらお腹を壊しちゃうかも…」
白熱した(一方的な)議論を交わしている少女に微笑む二人。
「さて、リュウさんがココを引き付けている間に仕上げちゃいましょう。もう一枚取り皿を用意して。」
しぶしぶ取り皿を取りに行くソエル。
だが、戻ったソエルの手にはディブルの実で作られたお酒のビンがにぎられていた。
「……取り皿を取ってきてって言ったよね?」
「だってもうなくなりそう…」
「なくなるって…また隠れて飲んでたのね!とにかく、ビンを元の場所に戻してきなさい!そして取り皿を取ってらっしゃい!」
そのあとも色々なやりとりがあり、宴の支度には時間がかかった。
――――――
「さてと、リュウさん。もういいわよ。食事にしましょう。」
「はーい。」
いつの間にか議論を終え、床でココとじゃれあっていたリュウは飛び起きて食卓へ向かう。
ココも自身の皿の前へ駆けていくと、行儀よくお座りする。
いつも皿の前でまだかまだかと落ち着きなく催促する姿をみていたので、ナリルは驚く。
リュウの講義(脅し)は効果があったようだ。
全員が席につくと、ソエルが中身が半分ほどに減っている酒ビンの蓋をあけ、それぞれの前にあるグラスに注ぐ。
ココは目の前の皿に盛られているごちそうを前に足をもじもじさせ、必死に自分を抑えている。
「それじゃあ、無事に逃げ出せたこととまぬけな帝国領主の面目をつぶせたことを祝って、かんぱーい!」
「「かんぱーい!」」