ラウルはただ呆然と立ちつくすしかなかった。
(こんなはずじゃなかった。)
良家の三男坊として生まれたラウルは何不自由ない生活を送ってきた。
教育を受け、剣術を習い、皆から褒められ、甘やかされて育った。
顔立ちがよかったこともあり、女性にもモテた。
しかし、ラウルは自身の立場に満足していなかった。
どこにいっても良家の息子という肩書が先行し、もてはやされる。
そのことに不満はなかったが、自分だけの功績が欲しいと思うようになった。
家を飛び出し賞金稼ぎを始めたのも自分だけの評価を得たかったからだ。
今回の山賊退治。
自身の村は山賊の被害を受けてはいなかったが、「村に危害を加える山賊」に思うところがあり、また自身の剣の腕ならば山賊ごときに遅れはとらないだろう、自分なら退治できるという慢心もあった。
計画では、宴で酔いつぶれた山賊の頭を討ち取り、自身の村に帰還。
山賊退治の英雄として村で地位を築き、悠々自適な生活を送る……はずだった。
実際は情報よりも規模の大きい山賊たちの奇襲にあい、仲間を殺され、自身は無様に命乞いをした。
初めての挫折を味わうとともに、自身の人生の終わりを感じたが思わぬ助けがあった。
自分たちの慰み者として連れてきた乞食にしかみえない小娘が剣を手にとり、瞬く間に山賊たちを全滅させたからだ。
あのリーダー格の男は強かった。
少なくとも自分よりは強いと向き合った瞬間に察した。
それを一瞬で切り伏せ、さらに強いと思われる頭領のいる砦に単身で乗り込んでいったあの娘は何者なのだろうか。
このまま組合に戻り、手柄を横取りすれば当初の計画通り村の英雄になれる…という都合のいい考えはもっていなかった。
ラウルが今感じているものは恐怖だ。
先程まで少女におこなっていた凌辱行為。
あそこまで強い剣士に自分はとんでもないことをしてしまったという後悔。
唯一生き残っていた団員は報復を恐れてすでに逃げ出した。
なぜラウルは逃げなかったか?それは逃げても捕まって殺されるだろうという消極的な感情に支配されていたからだ。
それほど「死の恐怖」が彼に与えた影響は大きかった。
根拠のない自信も消え失せ、ただ殺されるのを待つだけのモノに成り下がっていた。
リュウが戻ってきたのははじめの襲撃の三刻(約1時間半)ほど経った時だった。
依頼の成否は行きには持っていなかった赤い染みのある包みが物語っていた。
「あれ、どうしたのラウル?そんなところにつっ立って?」
返り血を浴びた服を身に纏っていながら何事もなかったかのように話すリュウに、ラウルは心の底から恐怖した。
「とりあえず街に帰ろう!もうすぐ暗くなるし、早く汚れた服を取り換えたいしさ。」
強者の提案に反対できるわけもなく、ラウルはおとなしく街へ戻る道を進む。
当然、荷物は自分で持っている。
「そういえば、生き残ったもう一人は?」
「……逃げた」
「そっか…しょうがないよねぇ、あんな怖い思いしたんだもん。」
道中、リュウは積極的にラウルに話しかけてきたが、言葉少なに返事をするにとどまった。
「そういえばなにも言わないで飛び出してごめんね。でも、依頼はちゃんと達成したよ!これであのヒゲを見返してやれる!」
仕事を終えた達成感からかリュウは上機嫌だった。
しかし、ラウルからしてみればその上機嫌が恐ろしかった。
この上機嫌は演技なのか。
いつ機嫌を損ね殺されるかわからない、そんな恐怖がラウルの精神を追い詰めていた。
「山賊は全滅させたから、追加報酬とかもらえ…」
「殺せよ」
「えっ?」
「もう殺せよ!いつまでそうしてるつもりだよ!やるんならさっさとやれよ!」
「えっと…なんでラウルを殺さなきゃならないの?」
「なんでって、さっきまで俺たちがしたこと覚えてんだろ!おまえを犯して、やつらに渡そうとしただろ!」
「ああ、あれ?別にいいよ。大したことじゃないし。」
「大したことって…えぇ!?だってあんな乱暴にあつかって…おまえだって泣き叫んでただろ!」
「昨日のあれは痛かったなぁ。ダメだよ、女の子にはもっとやさしく接しなきゃ。」
「なんで……そうか!笑ってんだな!バカにしてるんだろ!?山賊に襲われてビビッて、無様に命乞いしたやつなんか殺す価値もないって…なあ、そうだろ!」
「私はラウルをバカにしてなんかないよ。誰にでも怖いことはあるもん。」
「うるせえ!なら殺せよ!憎いんだろ?さんざん犯した俺がよ!」
もうラウルは限界だった。
このままいつ殺されるかわからない恐怖にじわじわと追い詰められるくらいならここで死んでやると剣に手をかけた。
そんなラウルを見ながら、リュウは悲しそうな顔でつぶやいた。
「殺せないよ。だってラウルは命の恩人だもん。」
「なんだって?」
「私を仲間に誘ってくれた。ご飯もおごってくれたし、お風呂にも入れてくれた。あのままだったら私どうなってたか…」
「ならおしえてやる。俺がおまえを誘ったのはおまえを犯したかったからだ。飽きたらそこらに捨てる気だったのさ。おまえを騙してたんだよ!」
「でも助けてくれたのは事実だよ。おかげで今こうして生きていられる。」
「…なんなんだよ。あんな目にあったのに…なんでそうやって…」
奴隷のようにあつかい、面と向かって利用していたと宣言もした。
にもかかわらず目の前の少女は自分を恨んでいないと、許すといっている。
混乱しているラウルに、少女は思いもよらない言葉を口にした。
「…私、奴隷だったんだ。逃げ出してきたんだよ。」
奴隷――帝国法のよって認められた権力者の所有物。
人としての尊厳など与えられず、ただ主人に尽くすのみ。過酷な扱いを受ける奴隷だが、逃げ出すものはあまりいない。
その理由の一つが逃亡奴隷の厳罰化である。
方法は主人に一存されているが、主人の面子にかけて残酷な刑が執行されることが多い。
逃げた本人だけでなく奴隷仲間も複数処刑された例もある。
二つ目の理由として、帝都を中心に幾重にも設けられた関所が挙げられる。
手形がなければ通過することができず、関所ごとに厳しい検査が実施される。
三つ目が奴隷の刻印。
奴隷は身体の一部分に主人の刻印を押される。
目的はもちろん逃亡防止用である。
関所では必ず身に着けているものをすべて脱ぎ、身体全体を調べられる。
奴隷の刻印があれば即座に連行、主人のもとに戻され残酷に処刑される。
逃げられる確率が限りなく低いうえ、仲間に危害を加えられる可能性もある。
奴隷仲間はともに苦しみを味わっている友であり、家族である。
多くの奴隷は身内がいないため、奴隷仲間は人質になりうる。
リュウは逃げてきたといったが、この近辺まで来れたことは奇跡に近い。
「何年も…奴隷だった。やっと奴らから逃げ切っても…誰も助けてくれない。みんな私に近づかない。来るのはいつも奴隷商人だった。剣の腕には自信があったから組合に入れば生活できると思ったけど…だめだった。そんなときにラウルは私に話しかけてくれた。仲間にならないかって誘ってくれた。それがとてもうれしかったんだ。犯されるくらいなんでもないよ。」
ラウルは自分が恥ずかしくなった。
これまでリュウが経験してきたことは地獄に等しい。
常日頃から死の恐怖に直面していただろう。
自分はたった一度の死の恐怖で絶望し、死にたがった。
自分で口にしたように殺す価値もない。
リュウはそんなラウルを助けようとしてくれていた。
「ひどいことを言って…いや、これまできみにひどい行為をしてきた。ほんとうにすまない。」
「私もごめんね。元奴隷だって隠してた。それに仲間が死んだのに無神経に話しかけてた。」
「いいさ。あいつらは仲間ってほどのものじゃない。山賊退治のためだけに一緒にいただけだ。墓もつくってやれたから成仏してくれるだろ。」
賞金稼ぎはどこで野垂れ死にするかわからない。
死体がないこともあるし、誰にも知られることなく孤独に死ぬこともある。
行方不明扱いになる者も多い。
「とりあえず、街に戻って祝勝会だ。リュウも新しい服…よりも装備を買ったほうがいい。これから賞金稼ぎをするならな。」
「そうする。今はとにかくこの服を代えたい。」
もうすこし進めば街へ戻るための整備された道にでる。
リュウはラウルと仲直りできた喜びを感じつつ、豪華な食事に胸を躍らせた。