※この作品はR-18です。

女舞戦記   作:愚犬

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ナリルとソエルの過去1

「へえー!ふたりはノーブラウルフの研究をしてるんだ?」

「ノーブラじゃなくてノーブルです!」

「あははは!たしかに狼はブラをつけないね!」

 

 

 ソエルは笑って酒ビンをあおる。

 はじめのうちはグラスに注いで優雅にたしなんでいたが、三本目を空けたところでナリルの許しを得て、一人ビンで飲み始めたのだ。

 

 

「おまえもノーブラだもんなあ、ココ!」

 

 

 ご機嫌なソエルはカリカリと椅子をひっかいている子狼の頭を撫でまわす。

 ココは撫でられながらも、目だけは酒ビンを凝視していた。

 

 

「ノーブルウルフはとても頭のいい動物なんです。人語も理解できるんですよ。」

「じゃあ、ココとも話せるの?」

「いや…リュウさんの言っていることを理解できるというわけで…この子が話せるというわけでは…。」

「でも意思の疎通はできるでしょ。さっきのリュウの説教も理解してるみたいだし。なんだココォ!おまえも飲みたいのか?しょうがないなあ、なら少しだけ――」

「ダメよ!飲ませちゃダメ!ココもやめなさい!もう看病してあげないわよ。」

 

 

 

 

「でも危ないんじゃないの?野生のノーブ……えーと…」

「ノーブル!」

「そう、ノーブル!襲ってきたりとかはないの?」

「だいたいは逃げるわ。ここ数百年で人間がしたことなんて破壊しかない。彼らにとって人間は危険な生き物なの。」

「でも全部が全部、逃げる訳じゃないです。やっぱり気性の荒い子もいますし…ココみたいに好奇心旺盛な子もいます。」

「ナリルは覚えてる?一緒に動き始めて一か月くらい経った日に…」

「今でも鮮明に覚えてるわ。あれはすごかった。」

「なになに?なにがあったの?」

 

 

 目をキラキラさせながら身を乗り出してくるリュウ。

 それを見ながらナリルの空いたグラスに酒を注ぎ、続きをうながすソエル。

 ナリルは注がれた酒を一口飲むとゆっくりと話し始めた。

 

 

――――――――――――

 

 人里から離れた森の中。

 ナリルはじっと息をひそめて、茂みに隠れている。

 心地よい風が木々の葉を揺らし、優しい陽光が降り注ぐ。

 小鳥たちの歌が木々から木々へ響き、聞くものに安らぎを与える。

 そんな森の代表的な美しい光景がひろがる中、二匹のウサギが仲睦まじく追いかけっこしはじめた。

 普通の少女ならば、この仲睦まじいウサギをみて笑顔を浮かべ、いつか自分もと未来のロマンスへ想いを馳せるだろう。

 

 だがこの少女は違った。 

 恋い焦がれた少女の笑顔とは程遠い、獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべ、音を立てずに弓に矢をつがえる。

 ゆっくりと弦を引き絞り、その時を待つ。

 そしてウサギが動きを止め、抱き合うように互いに鼻をすりつけた瞬間――

 

 

(もらった!)

 

 

 風切り音とともに矢が飛来する。

 木々で休んでいた小鳥たちが一斉に空へと羽ばたく。

 一瞬騒がしくなった森の一画で、二匹のウサギが抱き合ったまま無情な一本の矢に貫かれていた。

 

 茂みから身体を出し、ゆっくりと獲物に近づく少女。

 しかしその表情は不機嫌なまま固まっていた。

 

 

「人の獲物を盗らないでください。」

 

 

 ナリルはある一本の木をにらみつけながら言う。

 ガサッという音とともに、もう一人の少女が木上から落ちてきた。

 

 

「このままじゃ逃がすと思って。」

 

 

 現れた少女――ソエルは仕留めた獲物から矢を引き抜くと耳をつかんで肩に背負う。

 

 

「いこう。今日こそ見つけなきゃ。」

 

 

 そういうとソエルは隠れ家のほうへと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナリルはソエルが嫌いだった。

 村にいたときからだ。

 同じ年同じ日に生まれ、同じ村で育った彼女たちだが、村人の扱いには差があった。

 

 ソエルは村の優等生。

 弓の腕は村一番で、各村が集まって行う弓射大会で何度も優勝している。

 剣技にも優れ、勉学もそつなくこなしているので、「村始まって以来の天才」「我が村の救い主」ともてはやされている。

 最近きいた話では、帝都の高等学舎に入学する手続きもしたらしい。

 

 

 そんな秀才ソエルとは違い、ナリルは多数の村人の一人。

 弓の腕はせいぜい下の上、勉学もそこまでできるわけでもない。

 親からはいつも「ソエルを見習え」と言われてきた。

 

 悔しかった。

 ソエルに一つでも勝ちたいと努力したが、足元にも及ばない。

 村中からちやほやされるソエルだが、いつも興味なさげにふるまっている。

 その態度も腹が立った。

 

 ナリルたちの村では15歳になると村外へ出るという村掟がある。

 最低3年は外で修業しなければ、村へ戻ってはならないとされている。

 

 ナリルは早く外に出たかった。

 村の居心地が悪かったこともあるが、ナリルには夢があった。

 

 

 伝説のノーブルウルフの研究

 

 幼少時に読んだ英雄譚、そこで英雄とともに世界を救い、英雄の唯一無二の親友でもあるノーブルウルフ。

 彼らの物語が希望を与え、成長しても心に残った。

 もっと彼らのことを知りたい、そして英雄のように彼らと友情を育みたい。

 そんな自身の夢を親に語ったら怒られた。

 

 「そんな夢物語に興じる暇があるならソエルに一歩でも近づけるように努力しろ」と。

 

 村人にも怒られた。

 

 「そんなことよりも村に役立つことをしろ」

 「同い年のソエルは村の希望。せめてソエルを助けるくらいのことはしろ」と。 

 

 

 ナリルたちが15歳になった日。

 ソエルを送り出す盛大な宴が催された。

 限られた者しか行くことのできない帝都の高等学舎への入学が決まり、村人全員がソエルに期待した。

 宴の主役であるソエルは村人に囲まれ、激励の言葉をかけられても興味なさげな表情を崩さなかった。

 それは村を去る翌日でも変わらなかった。

 

 村を去る日、ナリルは一人寂しく村を出ていく。

 背中側…村の反対方向からはソエルを見送る村人全員の歓声が響いている。

 ナリルの両親の声もあるだろう。

 

 

「やっと出られた…」

 

 

 ナリルは一言つぶやくと一度も振り返らずに村を去る。

 もう二度と戻らないと誓いながら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからナリルはノーブルウルフに関する知識を片っ端から吸収していった。

 常識的にはありえない都市伝説のような噂から生息域とされる森の植物までノーブルウルフに関係することはすべて。

 

 村では味わえなかった充実した毎日を過ごしていたナリルだったが、一か月前に思わぬ出会いをすることになった。

 

 とある森でソエルと再会したのだ。

 

 ナリルは心底驚いた。

 村を去ってから数年、今頃は帝都で重職に就いていると思っていたソエルとこんな森で会うとは夢にも思っていなかった。

 が、次の一言がさらにナリルを驚かせた。

 

 

「あなたについていきたい。」

 

 

 

 そんなこんなで何故か一緒に行動している。

 無理やり押し切られた感はあったが、元々博学であったソエルの知識は役に立っている。

 ノーブルウルフに関する知識ではかろうじてナリルのほうが一歩進んでいるが、いつ抜かれるかわからない。

 先程の食料調達でもソエルの優秀さは認めざるを得ない。

 ナリルは手前の一匹を狙っていたのだが、ソエルは二匹同時に仕留めたのだ。

 悔しさと腹立たしさを胸に隠れ家にむかう。

 

 ソエルは焚火の前に座り、ウサギに串を刺しているところだった。

 

 

「ソエルさん!ちゃんと内臓を処理してください!」

「焼けば同じ。」

「同じじゃありません!」

 

 

 ナリルはウサギを取り上げると、てきぱきと内臓の処理にうつる。

 串に手を伸ばすソエルを制してウサギの肉を切り分けると、丁寧に串に刺して焚火に近づける。

 しばらくすると、肉の焼ける香ばしいにおいがしてきた。

 

 

 食事を済ませると、地図を広げて今日の計画について話し合う。

 

 

「昨日調べたこの地域には痕跡がなかったです。となると残りは…」

「ここしかない。」

「でもここらへんは食料となる草食獣が少なくなったときいています。すでにノーブルウルフが移動している可能性も…」

「それならほかの場所に移動の形跡がみられるはず…それがないのだからまだここにいる可能性は十分ある。」

(あなたが痕跡を見逃していなければね…)

 

 

 村を出てから森に入り浸っていたナリルはそういった森の生き物については自信がある。

 痕跡を見逃したことで起こる危険も体験している。

 だが、ソエルにはそういった経験がないのだ。

 これまでは痕跡を見逃すといったヘマはしていないが、いつやらかすかわからない。

 

 

「…とりあえず調べてみましょう。」

 

 

 ナリルが言うとソエルはうなずく。

 この一か月ずっとそうだった。

 ソエルは森の先輩であるナリルの指示に逆らったことはない。

 ナリルの行動から学ぼうと常に目を向けている。

 ずっとみられているため、ナリルは正直うんざりしていた。

 森で二手に分かれている理由もそこにある。

 

 出発の支度を整えると二人は目的地へと向かう。

 険しい獣道に流れのはやい川、ほかにも崖を登ったりと道なき道を進んでいく。

 はじめのうち、ソエルはついてくるのも精一杯だったが、持ち前の運動神経の良さで今ではスイスイついてくる。

 目的地に到着すると、二人で近辺を捜索する。

 なにもなければ別の場所を捜索し、痕跡を見つければそこを中心に二手に分かれて捜索する。

 なにかみつけたときのために二人は笛を持っている。

 獰猛な獣たちを刺激しないよう特殊な音が出る笛だ。

 

 

 しばらく周辺を捜索していると、ソエルはとある木にマーキングの痕をみつけた。

 ノーブルウルフは自身の縄張りを示すためにこのように木にマーキングする習性がある。

 近くに濃茶色の毛も落ちていたので間違いないだろう。

 

 風が木々の葉を優しくなで、サワサワと心休まる音楽を奏でる。

 ふいにソエルの耳がぴくりと動く。

 ここ一か月、ナリルから徹底的に訓練されたこと…それが特殊な音を出す笛の音色を聞き分けることだ。

 常人には風音にしか聞こえない。

 ソエルもはじめは違いがわからなかった。

 聞こえなかったこともあるが、ナリルは根気よく訓練に付き合ってくれた。

 毎日毎日うんざりするほど聞かされた笛音が森に響いている。

 ナリルがなにかみつけたらしい。

 

 ソエルは音のほうへ静かに、かつ迅速に進んでいく。

 そして草むらに身を潜めているナリルにそっと近づいた。

 

 

「笛の音を聞き分けられたみたいですね。合格です。」

 

 

 上から目線の発言に内心ムッとしたが、事実だから仕方がない。

 正直、笛の音を聞き分けられたときはうれしかった。

 

 

「あそこみてください」

 

 

 ナリルが茂みの向こうを指さす。

 心なしか震えているように見える。

 ソエルはナリルが指さしたほうをじっと見つめる。

 先は広い空き地になっており、青々とした草のクッションを陽の光が照らしている。

 そしてそこへ…

 

 

「ノーブルウルフ……の赤ちゃん!」

 

 

 見間違うはずもない。

 童話にでてくるノーブルウルフそのままの子狼。

 違いは毛色で薄黒い毛に全身が覆われ、所々が白くなっている。

 伝説のノーブルウルフ…その赤ちゃんが目の前で黄色い蝶を捕まえようとはしゃぎまわっている。

 

 信じられなかった。

 人間の手によって乱獲され、絶滅危機にまで陥った狼。

 その希少性から目にすれば幸運が訪れるとさえいわれる神獣。

 ここ数年、目撃情報が出ず人知れず絶滅したとまでいわれている。

 そんな存在が今目の前にいる。

 涙で曇る瞳を拭うこともせず、ソエルはじっと子狼を見つめ続けた。

 

 

「やっぱりいた…本当にいた…伝説じゃなかったんだ!」

 

 

 ふいにナリルがつぶやく。

 声は感動で震え、瞳からは幾筋も涙があふれている。

 先程の上から発言も、自分を抑えようとしてわざと発したのだろう。

 結局抑えきれなかったみたいだが…。

 

 

 こうして二人は共に初めて、夢にまで見たノーブルウルフと出会ったのだった。

 

 

 

 

 

 

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