一日前……
「ねえ、これからどこへ向かうの?」
リュウは前を進むナリルにたずねる。
今朝、突然に頭領に会いに行くことになったリュウは言われるがまま身支度を整えて隠れ家を出た。
「これから向かうのはセイルラム領とクアレズ領の領境です。そこを越えてさらに北上します。」
頭領に会いに行くと決まってからリュウは何度も目的地について尋ねたが、二人とも大まかな情報を伝えるだけだ。
これ以上聞いても答えてはくれないだろうとリュウも諦める。
代わりに別のことを尋ねることにした。
「ねえ、これ脱いでいい?」
リュウは身に着けている外套をつまんでヒラヒラさせる。
隠れ家から出るときにナリルから渡されたもので、頭まで隠れる頭巾がついている。
ナリルとソエルも同じものを身に着けている。
「ダメです!わたしたちは女の旅人。それだけで目をつけられます。ソエルなんか顔がいいからすぐ男に声をかけられる。」
「褒めてくれてありがと、ナリ。」
「じゃあ、この頭巾だけとっていい?暑いんだもん。」
「話を聞いてましたか?女だってバレたらいろいろと面倒なんです。リュウさんはその髪でただでさえ目立つんですから尚更ダメです。」
「うぅー!」
「唸ってもダメだよ、リュウ。ナリルの言うことを聞きな。」
ソエルは笑いながらリュウに話しかける。
ココはリュウに傍についていきながら、たまに脇道の草や花に鼻を近づける。
「ナリ、あれ。」
ソエルが先頭のナリルに注意をうながす。
目をむけると前方から商人の荷馬車が一台進んでくる。
「少し休みましょう。そこの木陰にいてください。」
そういうと、ナリルは一人商人のほうへと歩いて行った。
「ナリルどうしたの?」
「情報収集さ。ナリはそういうのがうまいんだ。私もできるけど、この綺麗な顔が目立っちゃってね。だからだいたいは普通顔のナリルに任せるのさ。」
「ふーん、そうなんだ。」
「さあ、少し休もう。歩きっぱなしで疲れたろう?」
「じゃあ、頭巾…」
「とっちゃダメ。木陰に入れば涼しいさ。さあ、ココもおいで。」
ソエルは白毛の一人と一匹を連れて木陰に入る。
そのころナリルは、頭巾を被ったまま商人の荷台に近づいていた。
「なにか食料はありますか?」
頭巾を被った旅人に警戒していた商人だが、声を聞いて納得した表情になる。
「もちろんあるよ。キャベツに人参にリンゴ、干し芋。塩漬け肉もあるが、街で半分近く取られちまったから量は少ないな。」
「では商人さんの食べるお肉を考えて、干し芋とリンゴをいただきます。」
「ははは!俺のことまで考えてくれるとは。男は肉に飢えてるからな。行きの関所の奴らなんか荷物を検めるとか言って遠慮なく持っていきやがる。とっておきの酒まで取られちまった。まあ、全部取られなかっただけマシだが…。」
「それは大変ですね。」
「あんたも大変だろ?女の旅なんて。」
「そうですね。これまでのところ問題なく来られました。多少の護身術はできますが、やはり不安です。」
「まあ、ここらで山賊が出るなんて噂は聞いたことねえが、クアレズのほうじゃいるらしいな。なんでも女だけの山賊らしいが…。」
「女性だけの?」
「ああ。噂では身体のどこかに赤い布を巻いて領主や悪徳商人が民から搾取したものを奪って貧しい村々に還元してるそうだ。一部では義賊なんて呼ばれてるよ。俺もこれからクアレズに戻るんだが、襲われないか心配だよ。」
「あら、何か悪いことでもされたんですか?」
「関所を通過するために賄賂を少しね。本当は渡したくないんだが安全には代えられないよ。ほいっ!」
「それなら義賊さんもわかってくれますよ。」
ナリルはお代を払って袋を受け取る。
「あら?塩漬け肉が混ざってましたよ。」
「やさしいお姉ちゃんにサービスだ。少しだがお連れさんと食べてくんな。」
「ありがとうございます。」
ナリルは一礼してもと来た道を戻る。
木陰ではリュウとココが無防備にゴロンと草むらで寝っ転がっていた。
「リュウさん、無防備にもほどがありますよ。」
「あっ、おかえりナリル。お肉あった?」
「おかえり、ナリ。進展は?」
戻って早々二人から質問されるナリル。
「塩漬け肉を少しもらえました。進展は特になしですね。」
ナリルの返答にリュウがクスクス笑う。
「どうしました?」
「いや、ソエルの言った通りになった。」
「?」
「ソエルがね、ナリルは絶対お肉を買わないでもらってくるっていうから。」
「なるほど。だからいきなりお肉あった?なんて聞いたんですね。私は普通顔ですけど、ソエルよりそういうことは得意なんです。」
「あら、聞こえてたのね。」
「あの商人さんいい人だね。派手な帽子かぶってたけど。」
「派手な帽子はともかく、いい方でしたよ。少ないお肉も譲ってくれましたし。」
肉と聞いてココが鼻を鳴らして近づいてくる。
目ざとく肉の袋をみつけたが、ナリルによって遠ざけられてしまった。
そんなココの様子をみていたリュウだが、ふいに不安そうな表情でナリルに話しかける。
「ねえ、これから領境に行くの?」
「ええ、そうですよ。」
「リュウ、さっきからどうしたの?」
さすがにこう何回も聞かれれば不審に思う。
ソエルもリュウの様子がおかしいことに気づく。
「うん……その……あの……」
「リュウ、はっきり言わないとわからないよ。」
「……うん。領境ってことは関所があるよね?」
「ありますね。それがどうしました?」
「………関所通りたくない。」
領境には必ず関所が設けられている。
その目的は危険物資の流入を防ぐことや領を行き来する人の安全の確保などいろいろあるが、中でも不法移民の取り締まりが重視されている。
三国戦争から十数年後、ある領地で抑圧に耐えられなくなった民がひそかに隣の領土へ新たな可能性を求めて移動を始める。
そこでその民は大成功し、巨万の富を手に入れた。
その話はすぐに領土中に広まり、隣の領のほうが抑圧が少ないとの噂が民の間で広まり始めた。
噂は広まり続け、あれよあれよと民は新たな可能性を求め、隣の領土へ移動し始めた。
領主は武力を用いて民を押さえようとしたが、移動は止まらない。
結果、その領土は民の半分以上を失う状況になってしまった。
隣の領主も初めはただ傍観していた。
民が自領土に移りたいと言ってきたのだ。
労働力が増し、自身の財が増えると両手を広げて迎え入れた。
だが、増えすぎた民は瞬く間に財政を壊していった。
そして極め付けがもともといた民と移民との争いである。
移民が増えたことで生活が苦しくなった民と移民の間に小さな争いが起き始めた。
事態の悪化を恐れた領主は一部の移民をもとの領地に返そうとしたが、そこで移民が蜂起した。
各地で争いが起き、とうとうその領地は崩壊してしまった。
この事態を重くみた帝都は即座に領境に関所を設置、不法な移民の取り締まりを開始した。
「関所を通りたくない?」
「…訳を教えてもらえますか、リュウさん?」
目を合わそうとしないリュウに対してナリルはやさしく理由を訪ねる。
しかし、少女は下を向いて石ころを転がしている。
ナリルとソエルは相手から話すまで辛抱強く待ち続けた。
おそらく、このまま何もなかったら少女は何も話さなかっただろう。
その少女に話す勇気を与えたのは小さな子狼だった。
ココは小石をいじる少女の手を数度舐めると、その手を止めるように片足を乗せる。
そしてうつむくリュウをじっと見つめ続けた。
「………あたし追われてるの。」
リュウがポツリと呟く。
この後の展開はわかっている。
「どうして?」「誰に?」「何をしたの?」
しかし、その問いにリュウは答えられない。
そうなると皆、問題に巻き込まれることを恐れて離れていく。
役人に恩を売ろうと通報されたこともあった。
これまでの経験が他人に対する疑心を生み出していた。
先だってのマリアンの「一緒に行こう」という誘いを断った理由にもこの疑心が含まれる。
ナリルとソエルはとてもよくしてくれている。
でも最後には裏切られるのではないか、と。
リュウは人を信じるあと一歩が踏み出せないでいた。
「そうか……それなら…」
ああ、また捨てられる
そんな予感がリュウの頭をよぎる。
「別の方法で行きますか。」
「そうね。そっちのほうがよさそう。さっきの商人がお酒もとられたって言ってたから危なそうだし。ここで騒ぎを起こすと面倒。」
自分の予想した言葉と違い呆然とするリュウ。
そんなリュウをみて不思議そうな顔をするソエル。
「どうしたの?」
「えっ……だって……あたし、追われてるんだよ?」
「それがどうしたんです?」
「どうしたって……あたしといると危ないんだよ?一緒に追われちゃうんだよ?」
「なあに?怖がらせたいの?あの痴態を見せられたら怖がることなんて」
「ソエル、からかわないの。リュウさん。あなたが問題を抱えていることもわかります。それも考慮して私たちはあなたを頭領に会わせると言いました。」
「そうだよ。それにわたし達もある意味追われてるようなものだしね。」
「どういうこと?」
「ノーブルウルフの研究をするために旅をしていることは言ったよね?でも二人だけじゃどうしてもノーブルウルフを探し出せない。そこで同じように旅してる人、例えば商人とかから情報を買っているのさ。」
「ただ、ノーブルウルフは伝説ともいわれるほど希少種です。その原因が領主や貴族による乱獲。自身の権威の誇示のために奴らはノーブルウルフを絶滅危機にまで追い込んだんです。そして今でもその危機を気にすることなく、欲望を満たそうとしている。」
「そんな奴らが商人からわたし達の情報を買うのさ。でも手を出してくることはない。見張るだけ。あわよくばおこぼれをなんて考えはあるかもだけど。」
「それでも我慢できずに手を出してくる奴もいます。この間の領主の息子が典型的な例です。」
「そんなだからわたし達はできるだけ身を隠して旅してるわけ。そしてそのための抜け道も考えてある。」
ソエルは呆然とするリュウにウインクする。
「ただ、そういうことはもっと早く言ってください。こっちにも準備があるんですから。」
ナリルも怒った風を装いながら笑いかける。
そんな二人をみて、リュウは暖かな感覚が胸に広がるのを感じた。
「うん。ごめんなさい。」
「よし!リュウが謝ったとこで腹ごしらえでも……ってココ!勝手にリンゴ食べてる!」
皆がリンゴに食いつくココに目がいった瞬間、突然強い風が吹く。
そしてリュウの頭巾を絡め取るとあっという間に彼方へ飛んで行ってしまった。
「!!?リュウさん!」
「わっ!?」
リュウの白髪があらわになった瞬間、勢いよくナリルが覆いかぶさってくる。
そして顔をあげると、周囲を警戒する。
「ソエル。予備の頭巾を用意して。」
「わかった。」
「ナリル、大丈夫だよ。怪しい人はこの近くには…」
「リュウさん、改めて言いますがあなたの髪は特殊なんです。その色はとても目立ちます。」
「でも街にも同じ髪の人いたよ?」
「それは皆年をとってただろう?リュウみたいに若い年の女の子で同じ髪の子はいた?」
「……いない。」
「リュウさん気を付けてください。あなたが追われているならば、その白髪を目印にしているはずです。それに領主の息子の追手がいないとも限りません。ここはまだセイルラム領なんです。」
「…ごめんなさい。」
「そんなに落ち込まないの。幸い誰にも見られてないようだし、今後気を付けよう。はい、頭巾。」
「うん、ありがとう。」
リュウはすぐさま頭巾を被る。
そして自身も周囲を警戒するが怪しい人影はみあたらない。
「とりあえず移動しましょう。」
ナリルの指示で荷物をまとめる二人。
そして周囲を警戒しながら、関所に向かう道とは違いほうへと歩き出した。